ゆきたんくの友だち。
毎日欠かせないもの。
特に夏時は。
ア〇ヒ飲料である。
稲取温泉、ホテル浜の湯
この写真は職員旅行で稲取に出かけたときのものである。
背景は太平洋。
朝日が昇る時にア〇ヒ飲料との記念写真。
カロリーゼロ。
これが一番の魅力だな。
今もこれをやりながら、このブログを書いている。
ゆきたんくの友だち。
毎日欠かせないもの。
特に夏時は。
ア〇ヒ飲料である。
稲取温泉、ホテル浜の湯
この写真は職員旅行で稲取に出かけたときのものである。
背景は太平洋。
朝日が昇る時にア〇ヒ飲料との記念写真。
カロリーゼロ。
これが一番の魅力だな。
今もこれをやりながら、このブログを書いている。
伊豆市湯ヶ島
一高生 毎日暑いけれど大丈夫?
踊り子 うん
一高生 → 踊り子 恋
踊り子 → 一高生 無邪気な好意
全部は書かない。
有名な短編小説だから。
この青年のように心癒されてみたいと思う男性諸氏はおありだろう。
しかし暑い。
一人っ子のゆきたんくである。
競争なんてものと無縁であった。
飯もゆっくり食っていい。
お小遣いをもらっても自分の机の上にむき出しで置いてもなくならない。
あぁ~あ、幸せ。
そんな男が全寮制の高校へ進学だって?
入寮そうそう、やらされたことがある。
寮生活で履くのはサンダルである。
寮でもサンダル、学校でもサンダル。
運動の時だけは運動靴だったな。
雪駄の先輩もいた気がするが、はっきりとはしていない。
そう、何をやらされたか。
白ペンキでサンダルに記名をするのである。
これが面倒くさい。
仲間が書いている間に順番を待つ。
一人っ子自分勝手のゆきたんくはそのわずかな時間が我慢できない。
「面倒くせっ」
書くのをやめてしまったのである。
その意味を思いしらされたのは、次の日だ。
風呂に行く。
風呂から上がる。
自分サンダルがない。
「誰か間違えたんだろう。」
はだしで部屋に戻り、しばらくして風呂場に行った。
残っていたのはボロボロのサンダルだった・・・
さて、先日の「競争」で書き漏らしたことが・・・
ケースの中の食べ物の競争率のことについて書いてなかった。
どんなにたくさん飯がとってあっても、速いもの勝ちの世界だから、行ってもないことがある。
非常にガッカリする訳である。
さて、その物語が展開された食堂の前で過ごす儀式があった。
私達秋川生の学習時間(別名遊び時間)は22時30分で終了する。
その後、場合によっては先輩のところに呼ばれて筋トレタイムになる。
しかし、試験前、試験中には自分のことが忙しいらしく、呼ばれないのである。
ゆきたんくの学習時間は、消灯時刻の後に始まる。
学習時間に勉強するのは、何かかっこ悪いことのように思えたのだ。
部屋の環境もあるが、ゆきたんくの部屋のやつらは結構まじめだった。
邪魔しては悪いので、自分の机について、何がしか本を読んでいたと思う。
さて、学習時間が終わり、消灯時刻が近づいてくる。
今日は筋トレがない→ゆったりとしている→考える時間がある→同室のメンバーの勉強している姿を思い出す。
急に不安になるゆきたんくである。
勉強しなくてはと思う。
消灯後に電気をつけるなんてとんでもない。
部屋のやつらは寝ている。
舎監も周ってくる。
舎監の寝る午前2時過ぎに行動開始である。
食堂の前に電話ボックスがあった。
そこは電話ボックス内の照明で明るいのである。
その灯りで次の日にある科目の試験勉強をするのだ。
試験の結果?
聞かないで下さい(笑)
高校生活での楽しみの一つと言えば・・・
飯だ(笑)
まあ、人気メニューというものはそれなりにあった。
ちょっとしたカツにハヤシソースがかかっているようなメニューだ。
寮生700人近くが一斉に食事をする食堂で、それも人気メニューで残り物が出ることはまずない。
これが食堂の前部分
この写真は閉校後にとった写真である。食堂を埋め尽くしていたテーブルや椅子は3/4は置いていなかった。
たまに、残り物が出ることがある。
それも大量に、20人前くらいとか・・・
部活の試合で、帰寮が遅れる時には、飯をとっておく場所があった。
食堂の前にあるケースに入れておくのだ。
これが、そのケース
サッカー部やラグビー部が試合で遅いなんて時には、大人数の食事がこのケースに入る。
高校生はいつでも腹ペコである。
特に、我々秋川生は自宅に帰るわけではない。
寮に戻っても、朝食のパンの残りとか、前に紹介したタッパーラーメンしかご馳走はないだ。
どうするか。
競争だ。
「姿勢を正して、ご馳走様」
食事当番のこの号令で、一応食事時間は終了するのである。
い・ち・お・う・・・
たいてい部活動で遅くなる時には、みんな外で済ませてくるのだ。
ただ、食事時間後に近い時刻で帰ってくる時には、まず食堂で食事をするのである。
競争はタイミングだ。
19時30分から学習時間が始まる。
部活のやつらはまだ帰ってきていない場合もある。
舎監もを周ってきた。
後は22時30分まで自由時間(そんな馬鹿な)だぁ!
「今だ」(笑)
「食べ物を残しては神様に申し訳ない」と食堂に行ってケースにあるブツを拝借するのである。
自分の部屋まで運んで感謝をこめていただく。
使用後の食器を、洗って返すのは仁義である。
翌日、食堂の調理の方々は、〇〇部は食事の後ちゃんと食器を洗って返してくれるんですよと喜ぶ。
→ 顧問に報告する。
→ 顧問が部員を褒める。
→ 部員は食っていない(笑)
→ 「食ったのは誰だ(笑)」
結論、競争とは本能のもたらす行動なのだ。
「考えてみると、勿体無い」ってシリーズ化できそうだなあ。
なんて考えているゆきたんくであります。
今日は北京での出来事を・・・
北京オリンピックの前年2007年に行きました。
まあ、世界遺産等の建築物の補修が行われていて遠巻きに眺めたものもいくつかありました。
だんだん旅に慣れてきて、予習をするようになったゆきたんくでありましたから、
いただいた旅程表を見て、こことここは写真を撮るとか計画を立てていたのです。
ところが・・・
あんまり悪口はいけないのですが、現地のガイドさんが・・・
観光地を回るバスの時間を気にしてくれるのは良いのだけれど
次の場所が土産物屋などの時は早めに観光を切り上げて、一行をバス乗り場まで引っ張って行きます。
バスの待ち時間が20~30分となることもありました。
Temple of Heaveと呼ばれる天壇にある圜丘(えんきゅう)
次の場所に行くからと、トイレを済ませ目の前の圜丘を通り過ぎて行く。
あれれと思いながらも、ここではぐれてしまっては、片言の中国語もできない自分にとっては大変なことになる。
まさかなと思いながら撮った上の写真が唯一の圜丘の写真となりました。
これからバス待ちを30分もするとは思わなかった。
5分でよかったのです。
この圜丘の上を歩きたかった。
圜丘の中央で、手拍子をして跳ね返ってくる音を聴きたかった。
勿体無い。
旅って音楽みたいなものだと思う。
そりゃあ、ビデオや写真という手もあるけれどね。
その地に行って、自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて・・・
それが旅の醍醐味だな。
結局、写真で見ても、その時に感じたものがなければ、カラー写真であってもモノクロームのようだ。
そんな訳で、旅でスルーしたことで、後で後悔することもある。
鹿児島空港の足湯。おやっとさぁは鹿児島弁で『ご苦労様』、『お疲れ様』という意味だ。
なんだかんだ言って、飛行機で羽田から1時間40分あまり。
体はそれなりに疲れている。
そして空港を出たところで足湯なんてホッとするではないか。
桜島だろうか。
足湯の中に桜島。
山頂からの煙はなかった。
何か演出はほしかったな。
で、結局入らなかったゆきたんくである。
先日は北海道は山川ミルクプラントのバニラアイスを紹介した。
また、喉の渇いた時の話である。
日本が世界に誇る測量家伊能忠敬氏の故郷佐原(現香取市)を訪れた時のことだ。
もちろん一番のねらいは、伊能忠敬の旧家である。
伊能忠敬旧家2009.09.21(2011.03.11の震災では屋根瓦が全部落ちた。)
彼の足跡をたどるための基本地点と言って良いだろう。
近くには伊能忠敬記念館、そして佐原の町自体が昔に近い状態で残っている。
さて、喉が渇いた話だ。
佐原の町を見るに当たって、車を停めておくのが良い。
その駐車場の近くにジェラート屋さんがある。
佐原名産の醤油を使ったしょうゆジェラートは他では味わえない一品である。
お試し下さい。本当に美味しいよ。
ジェラートととは故郷のイタリアでは「凍った」という意味を持つ氷菓である。
イタリアと日本は佐原醤油のコラボレーション。
佐原に行った際には・・・
戦争遺跡と言ってよいのかどうか・・・
日露戦争に備えてイギリスへ発注し建造された戦艦香取。
香取神宮にちなんで命名された。
日本海海戦の勝利により早期に戦争が終結し、就役は戦後の1906年(明治39年)のこととなった。
その後しばらくの間日本海軍の主力艦となり、1921年(大正10年)には皇太子渡欧に際し鹿島とともに遣欧艦隊を編成した。
香取神宮も鹿島神宮も戦いの神である。
1923年(大正12年)、ワシントン海軍軍縮条約により廃艦となり、解体された。
軍艦香取の御紋章
香取神宮に行った時のことだ。
境内をいろいろと見た後に、宝物館に入った。
階段を登ったところに木製のモニュメントがある。
「軍艦香取御紋章」とある。
軍艦の船首に取り付けてある紋章があったのだ。
こんな感じでついていた。
菊花紋章で皇室の菊花紋(十六八重表菊)のものが使われている。
皇室の代名詞であった訳だ。
戦争については悲惨さがクローズアップされているが、軍艦に菊花紋章が使われている訳、歴史的な解釈を今一度日本国民はしっかりと勉強したほうが良いと思う。
もちろん自分を含めてだ。
いやぁ、旅で一番楽しかったのが朝の散歩。
朝早く起きて、誰にも迷惑をかけずに自由に写真を撮ってまわれるからである。
ところが最近、好みに変化が出てきた。
前には、ジジクサイと言っていた温泉が良くなってきた(笑)
福島の南会津に行った時である。
夏の暑い時、すぐに飲み物を探していた自分が、なんと温泉を探していた。
「なんだよ、暖簾なんて」と今までは思っていた。 今では招かれているようにさえ思える(笑)
湯は少し赤味を帯びている。前は「汚らしい」と思っていたが、今では「健康に良さそう」(笑)
いよいよ自分の体に合わせて、旅のスタイルもシフトチェンジする時がやってきたのだろうか。
何か寂しい気もするが、新しいものも見つかるかもしれない。
温泉フリークになったりして(笑)
旨いものは旨い。
今日はソフトクリームのお話。
味はバニラね。
北海道函館に旅行した時に、少し足を伸ばして大沼公園まで行った。
遊覧船に乗り、駒ケ岳の頂上が見えた感動、そして大沼湖岸にある「千の風になって」誕生の地を見たこと。
一通りの見学を終えて、のどがかわいた。
函館への帰り道で目に入ったのが「山川牧場ミルクプラント」。
プラントとは生産設備とか工場とか言う意味ですね。期待しました。
期待にたがわぬ味。
牛乳の風味が濃厚な一品でございました。
これは本当に旨い。
パニラではナンバー1ですな、自分の中で。
15年ほど前に、ゆきたんくの住んでいる千葉県松戸市の馬橋(まばし)にくりやというカレー屋さんがあった。
そこで衝撃を受けたメニューがあった。
石焼カレーである。
今ではどこかの店に行けば出しているところもあるかもしれない。
ところが15年も前に出ていたメニューの写真はこれだ。
石焼ビビンバの石なべを使った石焼カレー
焼いた器にドライカレーとチーズが中心のトッピングがのって
グツグツの状態で運ばれてくる。
スプーンを使って、このカレーをなべ肌で焼きながら食べるのである。
熱くなった口に、サービスのレモン水が美味しかった。
もう一度食べたい1品である。
ベトナムに着いた翌日の朝・・・
すこぶる体調はよかった。
ゆきたんくの旅の恒例、朝の散歩である。
ベトナムは横断歩道を渡ることができれば、こわいものはないという。
朝の6時30分ごろ、幾分少なめの交通量だ。
さて、横断歩道も渡れてごきげんなゆきたんく。
一つ心配が晴れれば、次の心配がクローズアップされてくる。
のどが渇いた。
自動販売機を見つけた。
そして
この自動販売機は日本製だった。しかし、使い方が分からない。
飲めなかった・・・
他国に行く前に、このような細かいことも勉強しておくのだったと思っている。
得体の知れない柄のジュースは飲んでみたかった。
命の洗濯。
この言葉を聞いたことがある方は多くいると思う。
経験された方は・・・
今日は出張三日目。
当然仕事はある。
その中でゆきたんくが感動したことは・・・
「命の洗濯」ができたことだ。
利根川水系の神流川(かんながわ)の水に触れたことである。
目で触れ、肌で触れたのだ。
関東一きれいな川、神流川。
神が流れる川ですぜ。
釣り人も見える。
この透明感を写真で撮るのは難しい。
そうそう、耳でも触れた。
心地よいせせらぎは、心の疲れを取ってくれるものだ。
疲れで緊張していた筋肉もほぐれていくようだった。
ゆきたんくの三大恐怖症。
1 高所恐怖症
2 暗所恐怖症
3 閉所恐怖症
そんなものは飛行機による旅行以外はまず経験しない。
ところが・・・
今日のメニューの中に
上野村スカイブリッジ…高さ90m、長さ225m、空中散歩が売り物の施設。
下はさすがに見れなかったゆきたんくだが、遠景はきれいだった。
また大勢で渡ると揺れるんだこれが・・・
不二堂…洞内の延長2.2km、関東一の規模を誇る鍾乳洞。
約40分間の間、暗所、所々閉所の名所。
お坊さんが発見。仏教にちなんだ名前がついている。
こののどかな上野村でゆきたんくの三大恐怖症を満たしてしまう施設があるとは・・・
今日は疲れが激しい一日になった。