12月21日に予告した軍艦島訪問。
結果から言うと「欠航」である。
ホテルから事務所に向かう間に☎をいただいた。
満席だったので連絡に時間がかかったとのこと。
申し訳ないとのことだが、自然が相手では仕方がない。
会社の方に非はないのである。
何とこの時期に台風26号だと。
フィリピンから西方へ流れて行ったが影響は大。
長崎港で途方に暮れるゆきたんくである。 → Map
上陸が叶わないどころか、出航もなかったのだ。
予定時刻に軍艦島デジタルミュージアムでお勉強。
素晴らしい映像が心をつかむ。(映像、展示物のほとんどは撮影不可である。)
実際に軍艦島で生活していた方の解説。
日本最古でそろそろ築100年になる軍艦島30号棟の話。
そして、その探求のためにここに就職した若者の心に触れた。
日本最古の鉄筋コンクリート住宅軍艦島30号棟。
修復は不可能で朽ちるのを待つばかりだそうだ。
当時の社宅コーナーがある。 ちょっと一杯。
このまま帰れるか。
明治日本の産業革命遺産として今夏は萩を中心に回った。
軍艦島はゆきたんくにとっては、その象徴の1つとして重要な島であった。
いつ朽ちて崩れるか分からない建築物たち。
今回30年計画で保存に光明というポスターがあった。
しかし、30号棟に関しては、修復のための重機が入らない状況まで傷んでしまっているそうだ。
今回一緒に行った友人と、近いうちの再訪の話をした。
このままで帰れるか・・・
午後には大分に移動しなければならないが、2人で相談(即決)し大分とは逆方向に走ることにした。
どうしても、自分の目で見ることが大切だと思ったのだ。
移動した先は、野母(のも)高浜という場所だった。
長崎県長崎市高浜町2917の防波堤 → Map 写真は今回800㎞走ったプリウス。
この波では船は出ないよな。左手に軍艦島が見える。
荒波の上を航行するがのごとく軍艦島。
そして聖地。
ゆきたんくのフィバリットアーティストのマイクオールドフィールド氏縁の地はいくつか訪問している。
日本におけるフィバリットアーティストはさだまさし氏と岡崎律子氏だ。
両氏とも長崎県のご出身だ。
今回、さだまさし氏縁の地も訪ねたが後で触れる。
この軍艦島の中にある幹部社宅の3号棟は島の一番高い所にある。
そこが岡崎律子氏が幼い頃過ごした場所なのである。
どうにか撮った写真をレタッチしてみた。
軍艦島3号棟である。 右手には端島神社の一部が残されている。
30号棟の崩れる前に再訪したい。
是非上陸を成し遂げたいものである。
ちなみに、この3号棟は30年計画にて保存される見通しとのことだ。