先日ベルリンの博物館島に新オープンしたジェームズ・サイモン・ギャラリーのことが報道されていました。

この博物館島には5つの博物館がありますが、私のお気に入りはペルガモン博物館です。
その中でも「イシュタル門」が好きです。

一週間ほど前、南ドイツ新聞に掲載された「青の奇跡」という記事を読んだ所だったので、紀元前6世紀頃に青色釉薬はどのように製造されたのだろうかと考えました。

当時、青色顔料はラピスラズリなど高価な鉱石から採取されていました(ツタンカーメンなど)。
でもイシュタル門のような巨大な建造物にこのような高価な顔料は使えなかったはずです。
この新聞記事から多分「エジプシャンブルー」という合成顔料が使用されたと想像しています。
エジプト人は5000年前から植物を燃やしたあとの灰と砂、それに銅を混ぜて(カルシウム銅ケイ酸塩)世界初の青色合成顔料を作っていたということです。
青色は自然界にはほとんど見られないため、その後も多くの科学者が青色製造の研究開発に取り組みます。
北斎や若冲の青は当時プロイセンと呼ばれたドイツからの輸入品で「プルシアンブルー」と呼ばれます。
特に興味深かったのはサントリー植物科学研究所の田中良和さんが取り組み成功した「青い薔薇」についての記事でした。

今年の3月には筑波で「青い菊」の展示会もあったようですね。
私たちが筑波周辺を訪れたのは2ヶ月後で、鑑賞できなくて残念でした。


この博物館島には5つの博物館がありますが、私のお気に入りはペルガモン博物館です。
その中でも「イシュタル門」が好きです。

一週間ほど前、南ドイツ新聞に掲載された「青の奇跡」という記事を読んだ所だったので、紀元前6世紀頃に青色釉薬はどのように製造されたのだろうかと考えました。

当時、青色顔料はラピスラズリなど高価な鉱石から採取されていました(ツタンカーメンなど)。
でもイシュタル門のような巨大な建造物にこのような高価な顔料は使えなかったはずです。
この新聞記事から多分「エジプシャンブルー」という合成顔料が使用されたと想像しています。
エジプト人は5000年前から植物を燃やしたあとの灰と砂、それに銅を混ぜて(カルシウム銅ケイ酸塩)世界初の青色合成顔料を作っていたということです。
青色は自然界にはほとんど見られないため、その後も多くの科学者が青色製造の研究開発に取り組みます。
北斎や若冲の青は当時プロイセンと呼ばれたドイツからの輸入品で「プルシアンブルー」と呼ばれます。
特に興味深かったのはサントリー植物科学研究所の田中良和さんが取り組み成功した「青い薔薇」についての記事でした。

今年の3月には筑波で「青い菊」の展示会もあったようですね。
私たちが筑波周辺を訪れたのは2ヶ月後で、鑑賞できなくて残念でした。

