気がつけばふるさと離れて34年

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今年最後のホワイトアスパラガス

2024-06-27 17:55:00 | 日記
今週の月曜日6月24日で今年の新鮮なホワイトアスパラガスのシーズンが終了しました。
天候に関わらず毎年6月24日の聖ヨハネの日が新鮮なアスパラの最終日で、
この日以後店頭から新鮮なアスパラガスは姿を消してしまいます。
あとは缶詰や瓶詰めのアスパラをサラダに使用するくらいです。
何故聖ヨハネの日が最終日なのかわかりませんが、6月末頃から畑を休ませてあげるという説があります。
ホワイトアスパラガスに添えるジャガイモは皮付きのまま塩茹でして卓上で皮を剥きます。
子供の頃からナイフとフォークで皮を剥いてきた夫は慣れた手つきで器用に剥きます。





夫の家ではいつもハムとゆで卵を添えていたのだそうで、我が家でもずーっとこの盛り付けです。



食事前にご近所のお庭拝見散策をしました。
ラベンダーが綺麗でした。





物陰にいたシャム猫はちょっとオドオドしていたけれど、最近野良猫になってしまいそれで警戒しているのかなと思いました。







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和食ブーム

2024-06-21 18:10:00 | 日記
このところ和食店が急増しています。
多くは経営者や料理人は日本人ではなく、いわゆる「なんちゃって和食」です。
私たち日本人は日本の板前さんがいるお店にしか行きません。
これまで日本の友人と定期的に利用していた和食店が残念ながら先月末で休業されたので、
先日は初めての和食店で昼食をとりました。
と言っても私以外の皆さんはこれまで良く利用されていたようです。
「天晴(あっぱれ)」というお店です→とても美味しくて満足しました。



私は「鯖の塩焼き」を頂きました。他の方は「蟹クリームコロッケとエビフライ」「鳥南蛮」などを召し上がっていました。
デザートの小豆入りイチゴプリンも美味しかったです。









食事後はバイオリンマイスター職人のお店を通って帰りました。
子供用の(レンタル)バイオリンが可愛かったです。









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欧州議会選挙

2024-06-12 18:16:00 | 日記
3日前の日曜日は欧州議会選挙の投票日でした。
日本国籍の私に投票権はないのですが、散歩がてら夫について投票所まで行きました(徒歩20分)。
普段は車で通り過ぎるところなので徒歩だと色々発見があります。
「蔦屋敷」の蔦はますます生い繁り鬱蒼として家の中は昼間でも照明が必要なのではないでしょうか。



税理士さんの赤いお宅の庭に古い小屋が立っているのに気づきませんでした。
庭仕事の道具でも入れてあるのでしょうか。



投票所は小学校にあります。
生徒会のメンバー紹介とか、置きっ放しの物など昔々(60年以上前‼︎)の小学生の頃が思い出され懐かしかったです。









投票室(Wahlraum)のドアには投票用紙の見本(Muster)が貼られています。
何しろ34の政党とグループが立候補しているので投票用紙の長さは80cm以上もあります。
ドアには普段この教室を使用している生徒たちのスーパーマンの絵が貼られています。



選挙への関心の高さは69.5%という投票率にあらわれています。

選挙キャンペーン中に配られた社会民主党の(一応野草の花)種は今のところ雑草状態です。
ちなみに社会民主党は今回の選挙では大敗でした。










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第九とバーンスタイン

2024-06-05 12:48:00 | 日記
ひと月ほど前の古い話題ですが、先月5月7日はベートーヴェン作曲の交響曲第九番が1824年にウィーンで初演されて200年ということで、多くの特集記事や番組がありました。
その中で一番印象に残っているのがArte(フランスとドイツの共同公共放送)が制作した、 ドキュメンタリーです。
ベートーヴェンと第九を信奉、崇拝する世界中の著名人も登場しました。

スヌーピーで知られるアメリカ漫画『ピーナッツ』の漫画家チャールズ・シュルツもベートーヴェンを崇拝していたそうで、
ベートヴェンを敬愛する天才音楽家でいつもおもちゃのピアノを弾いている漫画のシュローダー君はシュルツ自身のことだったというのは初耳でした。





感動したのは指揮者のレナード・バーンスタインと第九のエピソードです。
1989年11月9日、東西ベルリンを分断していた壁が崩壊して28年ぶりに自由に東西を行き来できるようになりました。
壁崩壊を記念する音楽イベントの主導を4ヶ月前に亡くなったカラヤンの代わりに任されたのがバーンスタインでした。
バーンスタインはクリスマスの時期にベートーヴェンの第九を記念演奏会を企画しました。
オーケストラは東西両ドイツと戦勝4ヶ国、6ヶ国合同の演奏者により特別に編成されました。
1989年12月25日に東ベルリンのシャウシュピールハウスでの演奏では終楽章で歌われるシラーの歌詞「歓喜(Freude)」を「自由(Freiheit)」に変更しました。
(記念演奏会については音楽ジャーナリスト山田浩太郎さんの記事を参考にさせていただきました)

この時バーンスタインは重い病で自分の余命が限られているのを知っていたと彼のマネージャーは述べています。
演奏会の翌日は疲れ果てていたにも関わらず「壁をみたい」というバーンスタインの強い希望でマネージャーは彼を壁まで連れて行きました。
壁の前では多くのベルリン市民がカケラを記念に持ち帰ろうと金槌で壁を砕いていました。
その中の一人の少年に「私にもその壁のカケラをくれないか」と尋ねたところ、「ご自身でどうぞ」と言われてバーンスタインに金槌を渡しました。





バーンスタインが亡くなったのはその10ヶ月後でした。


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