気がつけばふるさと離れて34年

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メルヘン街道

2016-04-28 16:26:43 | 旅行
夫のギムナジウム時代のクラス会がメルヘン街道にある町ハン・ミュンデンで開かれました。

メルヘン街道はグリム兄弟の生地ハーナウからブレーメンの音楽隊の港町ブレーメンまでの600KMの長い街道です。

街道沿いには「ハーメルンの笛吹き男」で有名な町ハーメルンなどがありますが、今回訪れた町ハン・ミュンデンはそれほど有名ではありません。

でも木組みの家が建ち並ぶ美しい町です。



ここは「ドクター・アイゼンバート(鉄ひげ医者)」の町としても知られています。

このお医者さんは目立ちたがり屋でドイツ各地の広場で群衆の前で派手な治療をしたり、

東部ドイツのマグデブルクの町では(怪しい?)薬を製造したりしていたらしいです。

ハン・ミュンデンには彼のお墓があり、市庁舎のホールにはペンチで歯を抜く「荒療治」のアイゼンバート先生の像なども置かれています。




ハン・ミュンデンの帰りにはグリム童話の「いばら姫」の舞台になったザバブルク城と「ラプンツェル」のトレンデルブルク城を訪れました。

どちらも古城ホテルになっていて日本からも宿泊客がやってくるそうです。




その日は冷たい雨が降る「花冷え」でしたが、小雨の中、名もない小さな古い塔なども見かけ、やはり「メルヘン街道」は幻想的だなぁと思ったことでした。

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記念日 & 夫婦の「語らい」

2016-04-22 16:26:43 | 日記
ゴルフ場入口の八重桜が満開でした。



今週の月曜日、4月18日は36年前にフランクフルト空港に降り立った記念日でした。

いつもの年の4月18日は「今日で○年間、ドイツに滞在したことになるね」と夫と話す位で普段は特別なことはしません。

でも今年は熊本・大分の地震以来、少し気落ちしているのがわかったのか結婚記念日にしか購入しない「バラの花束」を買ってきてくれました。



普段、夫婦の間での語らいはあまり多くありませんが、今回の地震のような時には

「ほら、こんなに被害が甚大なのよ」と話しかけて、「大変だなぁ」と答えてくれる人がいるだけでも大きな慰めになりました。

この間、古本の整理をしていて見つけた「NHK今日の健康」に掲載されていた記事「健康は”語らい”から」を思ったことでした。

家族や友人など、信頼できる人と”語らい”をもつことが、健康に生きるための大きな秘けつだということです。

もしひとりで周りに話せる人がいなかったら被災地の人を思うばかりで益々落ち込んでいったかもしれません。

それにしても「バラの花束」を渡すときに夫は「これからの36年も頑張ってくれたまえ」と言ったのですが、

「エーッ!私がそんなにも長生きすると思っているの?」と苦笑したことでした
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日独二人の詩人

2016-04-17 10:20:53 | 日記


自然は美しい春の風景を提供してくれるのに、熊本やエクアドルのような熾烈な地震ももたらす。

傲慢な人間社会への鉄槌なのでしょうか。

定期的に地元紙には「詩」が掲載されます。

もともと詩にはあまり興味がないので、これまでじっくり読むこともありませんでしたが、この間のドイツの詩人ヨアヒム・ザートリウスの詩は目にとまりました。



毎夕、訪れる静謐なひとときを描写している詩ですが(語彙力不足の拙訳は恥ずかしくて披露できません)、

目にとまったのは4行目に夕暮れに一条の光が樫の木に射す光景を表現するのに「日本のカスパー・ダーヴィッド」という言葉があったからです。

この光景がカスパー・ダーヴィッドの絵と似ているというのはわかりますが、この詩人は日本の「墨絵」などを想い描いたのだろうか、

などと、たった一つの言葉「japanischer (日本の)」から色々思いを巡らせてしまいました。

この詩人に興味を抱き、ネットで検索したら次のようなスイスの雑誌に掲載されたインタビュー記事を見つけました。



2013年の古い記事です。「詩作の国で」というタイトルに惹かれました。

興味深い言葉が色々あったのですが、長いのでひとつだけ特におもしろいと思った箇所をご紹介します。

それは「エンツェンスベルガーの定数」という箇所です。

ザートリウスは「完璧な詩というものはほとんどない、同じことは詩の読者にもいえる」という考えの持ち主で

詩の読者数を計算したというドイツの社会派詩人ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーの「詩の読者に関する定数」のことに言及しています。

エンツェンスベルガーは20年ほど前に特殊な数式を使って1900年以来、詩の読者はコンスタントに1354人しか存在しないと計算したのだそうです。

ザートリウスはこれを「物理学におけるアインシュタインの法則と同じように詩業にとっては重要な数字」と(笑いながら)述べています。

ところでザートリウスの詩の中に「Das Gedicht versteht mich nicht (詩はわたしをわかってくれない)」という一文があるそうです。

これを読んで谷川俊太郎さんの新詩集「詩に就いて」を思ったことでした。



日独二人の詩人の詩と真摯に向き合う姿勢が似ているような気がしました。

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ゴルフ場でお花見

2016-04-07 09:30:52 | 日記
日本の桜は見に行けないのでゴルフ場でお花見です。



私たちが行くゴルフコースには野鳥が多くいます。

私たちの下手なプレーをせせら笑っているようでした。

雉、ナイル雁、カナダ雁です。



鳥はゴルフ場にすっかり馴れてしまって、ボールが飛んできても逃げようとしません。

以前、夫のティーショットがカナダ雁の頭に命中して気絶してしまったこともありました。

今日もカナダ雁のペアはボールの方を見ようともしませんでした。

今日はボールが池のポールのそばで止まってくれたので池におちず、ラッキーな日でした



18番ホール、向こうにクラブハウスが見えています。

あの柳の木のところが大きな池になっていて、ここにも私たちのボールが随分沈んでいます。





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墨の話 & 長谷川等伯「松林図屏風」

2016-04-04 10:52:04 | 日記

先日、書道のお稽古に伺った折、何気なく

「墨の値段って色々あるけれど、どうやって決まるのかしら」

と、ふともらしたら先生が次の本を貸して下さいました。



文房四宝(墨、筆、硯、紙)の中で「墨」について書家の榊莫山先生がお書きになった本です。

墨の材料は「煤、膠、香料」で種類としては「油煙墨」と「松煙墨」の二種類、作られてから十年ぐらいでようやく性能が冴えてくる。

四十年から六、七十年くらいの間が墨色のきらめく時期 - など色々学びましたが、印象に残ったのは次の文です。

「変幻きわまる墨色」の項で

『東洋の芸術ともいえる水墨画は、そんな墨と水と、硯と紙の神秘から湧きでるようにしてあらわれた。
 長谷川等伯の「松林図」も牧谿の「猿猴図」も、見ているとそんな神秘の匂いが、深く鋭く伝わってくる』

と記述されています。

篠田桃紅さんのベストセラー「103歳になってわかったこと」の続編「ひとりで生きる作法」でも

『私は墨のなかにあらゆる色を見ている』
『幼いときから墨と付き合ってきて、おのずからそこに無限の色を見るようになりました』

と墨が表現できる無限の可能性について述べられています。

榊獏山や篠田桃紅、堀文子などの芸術家が絶賛する水墨画が長谷川等伯の「松林図」です。



この写真は夫が日本を離れる時、仕事でお付き合いしていた方からいただいた「東京国立博物館」の本に掲載されていたものです。



2010年の「等伯展」には行けなかったので、いつか「松林図」の実物を鑑賞できたらなぁと思っています(博物館の国宝展示は常時、替わっているので)。

でも今年の一時帰国では能登半島を訪れる予定なので等伯が描いた七尾市付近の海岸で松林の風景を眺めることができるかもしれません。

等伯は息子を亡くした後、失意の中で故郷の「松林」を描いたということなどが安部龍太郎の「等伯」に記されています。



それにしても堀文子さんの「等伯展を見て」の感想文には気持ちが引き締まりました。



『物欲に狂奔する貧相な人間の蠢く今の東京に、等伯の強靭華麗な鉄槌が振り下ろされたような、衝撃の1日であった』

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