風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

5球スーパーラヂオに恋してた

2022年09月04日 | 「詩エッセイ2022」



深夜のラヂオを抱きしめる 真空管がピーピー鳴るんだ 温かいねラヂオの匂い 5球スーパーマジックつき シゲがラヂオを自慢する なかなか合わないダイヤル すばやく逃げる電波 耳をすまして追いかける ニュースも音楽も恋も 新しいものは遠くにある 見えないものはすべて 波に乗ってやって来る ラテン音楽はうねりながら 眠れない夜を犯しにくる ベッキーサッチャーの声に誘われ トムソーヤーが山から下りてくる 電波は混信し世界は混線する モスクワ放送だけ静かに日本語 歌うような北京放送 平壌放送はスミダスミダ カミナリ先生のハングル文字 誰も読めないノートの秘密 コメだイモだと 悪がきシゲが喧嘩する 叱責するオトンの叫びは アイゴーアイゴー アイゴチョケッター 逃げ出す息子はグッバイ チャオチャオバンビーナ ゴムのズック靴を脱いで つま先にたまった砂粒を払う それがシゲの潔癖 ついでにズボンからチンポを出す 僕らも強いられて真似をする 痛みを我慢して包皮をむく 遠くの感覚が押し寄せてくる 津波のように体が浮きあがる 周波数の合わない ラヂオの悲鳴に貫かれて アンテナの先から落下する 雑音だらけの言葉に溺れながら 恋ってこんな気分やで とシゲが言う 僕らは頭だけが熱いので 冷たい鉄路で耳を冷やす 近づいてくる微かな響き 汽車は幾つもトンネルを抜け 電波は幾つも山を越えてくる そんな風景に閉じこめられている やがて誰もが山を越える 戻ってくる者は忘れられる アバヨッバイバイ アルデベルチ シゲは穴のあいた靴を履いて 肩をいからせ山を越える 波のように押し寄せてくる 波のように引いていく 難破したラヂオとともに 残された者はただ漂っている 夜になると真空管の熱を慕い いつか捨ててしまうだろう 迷走する夢にダイアルを合わす
 



自作詩「残されて、夏の」

 

 

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