風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

オタマジャクシは蛙の子か

2022年11月26日 | 「詩エッセイ2022」



センセ ゆんべまた発作がおきましてん そうか おかしいな あんたは蛙になったんだから もう発作はおきんはずじゃが そうだんねん センセに遺伝子たらゆうもん いろうてもろて 悪い血は全部 ほかしてもろたはずやのに ほんまなんでやねん それはそうじゃが 二本の足が四本になったんじゃから まあ慣れるまでは 多少の辛抱はせんといかんな そやかてセンセ 二本は手の代わりに使うてまんのやで よくわかってるけどな その何かの代わりゆうのが 厄介なところなんじゃよ 拒絶反応が起きとるんかもしれん ほんなら 発作がおきるんは 我慢せえ言いまんのか そうだね どんな良い薬でも 副作用というものはあるんじゃよ 蛙になっても直らんようだったら もうワシの手には負えん センセそんな殺生な いまさら人間にも戻れへんし なんとかしとくんなはれな まったく厄介なことになったもんじゃ やっぱりあんたには 蛙の血は合わんかったんじゃろうか よう考えてみたら 蛙の遺伝子にも 発作のDNAはあるようだしな センセそんな殺生な 今になって何おっしゃいますのや ほれ 蛙をよう見てみ ぴょんぴょん跳ねとるじゃろ あれも発作と言えんことはない センセあれは 跳びはねよるんとちゃいまんのか うん 人間からみるとそう見えるけどな でも こないだの学会で知ったんじゃが 蛙は跳ねるとき 発作のDNAを うまいこと活用しとるらしい センセ 今頃そんな新説が出てきよりましたんか うん 科学は日進月歩じゃからな ほならセンセ ワタシはどないなりまんの うん そうだね だったら今度は オタマジャクシにでもなってみるか へえ そんなこと出来まんの そうだね それが医学の進歩といえるかな 人類はもともと 水に棲んどったんじゃから 水の生活に戻るんは そう難しいことじゃない そんなもんでっか そやけどセンセ ビキがオタマジャクシになるのんは 退化とちゃいまんのか そんなことはない 新しい医学の常識は 大きく変わってきとるんじゃ もとの形に戻るということは 必ずしも退化とは言わない 体に付いてしまった汚い垢を きれいに洗い落とすようなもんじゃ そうだっか ほならワタシの体は ほんまにきれいになりまんのか うん シンプルになるとも言えるな シンプルライフや オタマジャクシの あの単純な姿格好を 思い浮かべてみたら良い そう言えばオタマジャクシは 手も足ものうて えろう身がるそうでんな 水の中すいすい泳げたら ええ気持だっしゃろな そうだよ できたらワシだって オタマジャクシになりたいくらいじゃ センセがでっか そんなんセンセが オタマジャクシに変身しはったら 患者はんも困りまっせ そうなんじゃよ 医者だからといって すいすいと何にでもなれる そううまくはいかんのじゃ 医者なんて因果な商売だよ そんなら取り敢えず ワタシを今度は オタマジャクシにしとくんなはれ そうか ではさっそく予約いれとくから せいぜい精つけときや センセ よろしうおたの申します げろげろっ




自作詩『ふたたび冬の森で生きている』



 

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