風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

恋する地球を恋する

2019年05月03日 | 「新エッセイ集2019」

  初恋の味

イチゴは
甘くて酸っぱい
マーブルチョコレートは
ちょっぴり甘い
初恋は
夏ミカンの味
体じゅうが夏ミカンになって
ピアノをさぼった
今日のわたし
カルピスを飲んで
古い話ばかりしてしまう

*

  黒ネコ

黒ネコが
ペリカンを好きになりました
その想いを伝えたくて
彼はとても悩んでいます
ペリカンは水辺にばかりいるし
黒ネコは水が嫌いなのです
届かない想いをなんとかして届けたい
魔女の宅急便に相談したけれど
黒ネコはただ
ダンボールの中にうずくまったきりです

*

  

彼女は羊の飼育係です
13匹いる羊の顔を
それぞれ見分けることができる
でもそのことは秘密です
不眠症の彼女は
ベッドで羊を数えながら眠ります
夢の中の羊は
どれも同じ顔をしているので
判別することができません
いつも1ぴき足りないのです
なので休日は
普段よりも化粧をていねいにして
迷子の羊を
探しに出かけます

*

  フランス

アテネ・フランセの
フランス人のフランス語の先生に
彼は恋をしました
ジュ・テームあなたが好きです
だけど彼のフランス語は通じません
日本語も通じません
セーヌ川は
ミラボー橋の下を流れているそうです
恋の歌も流れているそうです
ジュ・テームあなたが好きです
ぼくの苦しみは川に似ている
中央線御茶ノ水駅の下を
流れているのは
神田川です

*

  雨女

気象予報士の彼女は
雨女です
晴れの日がつづくと
彼女の気分は曇りがちです
お昼休みは
コスモスの花びらを数えたり
枝毛を抜いて占ったりしています
遠距離恋愛の彼氏も
てるてる坊主のような雨男です
日曜日は傘がないので
ひとりテレビで
サザエさんと天気予報ばかり
みています

*

  ホトトギス

テッペンカケタカ
ホトトギスはそういって鳴くのだと
彼が教えてくれました
テッペンカケタカ
鋭く空を切りさいて飛び去る
あれから彼女の
空のてっぺんも欠けてしまったのです
虚しくて思いは
空へ空へと抜けていくのです
もういちど聞きたいのは
あの日の空から聞こえてくる
テッペンカケタカ

*

  ミルキーウェイ

ぼくはほとんど青い水だ
と彼は言いました
手の水をひろげ足の水をのばす
水は水として生き
やがて一本の川となって
新しい水と出会う
ミルク色した彼女は言う
水から生まれ水を孕むわたし
やわらかくて丸い
始まりはいつも一滴のしずく
さらに大きなものを
ふたりは
宇宙の川と呼びました



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