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風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

かくれんぼ

2010年04月19日 | 詩集「カクテル」
Ran


むすめはきょう
幼稚園で泣いたらしい
でもどうして泣いたのか
言おうとしない


けど泣いたの


むすめは小さな幼稚園バッグの中を
なんべんもなんべんものぞいている
泣き虫のおともだちが
どこかに隠れているかのように


むすめが眠ったあとで
私もそっと
幼稚園バッグの中をのぞいてみる
バッグの底には
小さくなって
両手で顔をかくしたむすめがいて
もういいかい、と小声でいう


まあだだよ、とこたえて
それから
もういいよ、といって


私も泣いた


(2004)


ヤマザクラ

2010年04月19日 | 詩集「カクテル」
Saigyo


遠つ川の山桜の花が散るころ
はらはらはらと
道と空との境界があいまいになって
両手をまっすぐに伸ばしたひとは
山桜の木になってしまったそうですね


ひとの腕は折れやすいから
風が強いと心配です
季節がゆっくり移ってくれればいいのですが
ひとは鳥に追いつけるでしょうか


しずかな声で渡ってゆきます
山の稜線をていねいになぞっていた
あれは古い山桜の話です
遠つ川の山は深くて
風のゆくえもわかりません


どんな色合いに山が染まろうとも
古い約束は風化するばかり
もう花の山を見ることはできないから
はらはらはらと
遠くの声に耳をすますのです


こんな季節のあとには
ひとの想いも風になります
はらはらはらと
ハーブのお茶が飲みたくなるのです
深い谷から山の上へ
背中ばかりに花びらが散って
からだの奥を白い風が吹きぬけてゆく
そんな味のミントティーを


(2004)



ひな飾りの家

2010年04月19日 | 詩集「カクテル」
Hina2


正面から夕日がさしてくる
ひさしぶりの道で
ぼくは体があつくなった
釘で引っかいた土塀の落書き
古い名前が傷ついている


日陰の庭は
水の匂いが強くなる
この季節だけ
座敷の奥に女雛がすわる
蝋梅の縁側から覗いてみる
人形は変わらない顔のままで
同じ目をした女雛とおばあさんが並んでいる


ひいな遊びほどの昔でもないのに
おばあさんのしゃべる言葉が
ぼくにはよくわからない
蛙の鳴き声のように
ぐゎっこうぐゎっこうと聞こえる
女雛の小さな口が
かすかに開きそうになる


春が終わると
ふたたび住むひとがいなくなる
小さな闇を幾つも閉じ込めて
ひっそりと季節を越してゆくのだろう


よそ者の背中の軽さで
木戸を抜けて出る
ふり向いて誰かがいたとしても
雛のように古い顔をしているだろう
土塀の文字を読めるひとも
すでにいない


塀にそって
西日の伸びるずっと先に
ぐゎっこうがある


     * * *


          *ぐゎっこう=学校


(2004)