遠つ川の山桜の花が散るころ
はらはらはらと
道と空との境界があいまいになって
両手をまっすぐに伸ばしたひとは
山桜の木になってしまったそうですね
ひとの腕は折れやすいから
風が強いと心配です
季節がゆっくり移ってくれればいいのですが
ひとは鳥に追いつけるでしょうか
しずかな声で渡ってゆきます
山の稜線をていねいになぞっていた
あれは古い山桜の話です
遠つ川の山は深くて
風のゆくえもわかりません
どんな色合いに山が染まろうとも
古い約束は風化するばかり
もう花の山を見ることはできないから
はらはらはらと
遠くの声に耳をすますのです
こんな季節のあとには
ひとの想いも風になります
はらはらはらと
ハーブのお茶が飲みたくなるのです
深い谷から山の上へ
背中ばかりに花びらが散って
からだの奥を白い風が吹きぬけてゆく
そんな味のミントティーを
(2004)