風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ラヂオ

2010年04月28日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Aso


僕らは深夜のラヂオを抱きしめる
真空管がぴいぴい鳴るんだ
温かいねえラヂオの匂い
5球スーパーマジックつき
なかなか合わないダイヤル
電波はそっと逃げる
僕らは耳をすまして追っかける


ニュースも音楽も波に乗ってやってくる
世界というものは遠いところにあるようだ
ラヂオはいつも明るい声で
僕らのトムソーヤーは山から下りてくる
こちらはモスクワ放送です
北京放送です平壌放送です
ラテン音楽は大きくうねりながら
眠れない夜に忍び込んでくる


朝鮮語放送は子守唄に似ている
スミダスミダという言葉のあとの小さなブレス
ハングル文字で書かれたK先生のノートの秘密
がき大将シゲが小遣い稼ぎするコメ騒動
アイゴーと叫びながら息子を追いかける父親
コメが貴重だった
そんな時代の臨時ニュース


ズック靴をときどき脱いでは
つま先にたまった砂利を落とす
それがシゲの癖だ
ついでにズボンも脱いでちんぽを出す
僕らも真似をしてちんぽを出す
獣のような痛みに耐えながら包皮をむく
痛みはすこしずつ未知の感覚に近づいて
とおい津波のように体が浮きあがる
きいんと周波数のさけびに貫かれ
僕らはアンテナの先から落下してゆく


サナギのように耳をすまし
白い繭に電波がとどくのをじっと待つ
雑音にくるまれた言葉にときめきながら
恋ってきっとこんな気分だろうと思う
いつか音楽のような電波が届くかもしれない
僕らは飢えて頭だけが熱いのだ


ひんやりとした線路に耳をあてる
遠くの汽車はことことと
まぼろしのトンネルをいくつも抜けていく
お~い
電波が山を越えてくる
お~い
僕らが山へ呼びかける
山はなだらかな夢のかたちをして
千年の噴煙をあげつづけている
そんな風景のなかに閉じこめられている


僕らはひとりずつ山を越える
ふたたび戻ってくる者は忘れられる
バイバイ アイゴチョケッター
シゲは孔のあいたズック靴のまま
肩をいからせて山を越える


波のように押し寄せてくる
波のように遠ざかる
残されたものはひたすら漂っている
夜になるとラヂオのスイッチを入れ
やがて捨てられる短い闇を
僕らはしばし抱きしめる


(2004)


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