日本は「安い国」?(2)―残された選択肢―
前回は、中藤玲著『安いニッポン』を手掛かりに、日本は、諸外国(アジア諸国も含めて)
と比べて物価が安いことを、さまざまな事例を紹介しました。
日本は「失われた20年」と表現されるように、バブルがはじけて以来続いている長期の
デフレ状態にあります。
中藤氏はこれを一言で、『「東京は土地も何も世界一高い」と言われたのも、今や昔』と
表現しています。
給料がそこそこ高くて物価が安いのなら理想的ですが、日本の企業経営者は、少しでも値
段を上げると売れなくなってしまうことを恐れて価格を上げられない、と考えています。
つまり、給料が低いから物価を安くしないと売れない→すると企業の利益は少なくなる→
そのためには人件費(給料)を下げざるを得ない→これが、回り回って物価を安くさせる。
ここで、給料の低さと物価の安さとの負の循環が出来上がってしまいます。
中藤氏によれば、日本人の間には「ずっと日本で生きていくなら、給料が低くても物価が
安ければ暮らしやすい」という意見も少なからずあったという。
このように考える人は、敢えて収入を増やそうとするよりも「我慢して貯める」か「じり
貧で使う」というつましい生活を細々と続けてゆく選択肢することになります。
海外との賃金格差についての記事を書くと「日本は給与よりもやりがいを重要視する文化
だ」という反応が多く寄せられるそうです。
ところが、実際には必ずしも、そのような「文化」で満足しているわけではないようです。
2020年の調査では、日本人は「賃金・給与」への満足はイギリス、フランス、ドイツの4
ヵ国中で最下位でした。
もっと言えば、購買力平価換算(国際比較が可能な調整を行った貨幣の実質的購買力)し
た日本の平均年収は2019年時点で、すでに韓国より低いのです。
それでも「賃金以外の楽しみ」が充足して人びとが幸福であれば問題ありません。
しかし日本人の、「レジャー・余暇」「生活全般」への満足度も最下位でした。つまり、
お金の豊かさもなければ、精神的な豊かさもないのが現実なのです。
リクルートワークス研究所の中村氏は、「自然と四季があるから豊かな国」という価値
観から抜け切れずにいると、このままでは本当に貧しい国になってしまう、と危惧して
います。
一般の日本人は、「安い物価やデフレをどう思うか」というアンケ―トの結果を見ると、
2020年3月、「歓迎すべきだと思う」が25.06%、「良くないと思う」が17.44%、残り
が「どちらとも思わない」となっていました。
2021年1月には、「歓迎すべきだと思う」が27.58、良くないと思う」が14.72%、残り
が「どちらとも思わない」となっていました。
これらの数値をみると、どちらかと言えば、物価の安さを歓迎する人が多いようです。
生産者への還元を思うと適正価格にすべきだが、自分の所得水準を考えると値上げは困
る、といった意見がありましたが、これが多くの人の本音でしょう。
実際問題として、賃金が低いと個人は幸せになれません。豊かさを語るとき、賃金は避
けて通れないのです。
そこで、私たちは現在日本が置かれた状況を冷静に見つめ、そこから、個人として、ま
た社会としてどのような道を歩んでゆくべきかを考える必要があります。
給与の低さと物価の安さの悪循環の根底には何があるのでしょうか?中藤氏はいくつか
の要因を上げていますが、私は、もっとも重要な要因は、日本経済の労働生産性の低さ
であると思います。
労働生産性とは、労働によって成果がどれだけ効率的に生み出されたかを数値化したも
のを、通常は米ドルで示したものを指します。
これでみると、2019年における日本の1時間当たりの労総生産性は47.9ドル(=4866円)、
アメリカ(77ドル=7816円)で、統計がたどれる1970年以降、ずっと、主要七か国
(G7)で最下位が続いています。順位でいえば、先進国(OECD)加盟国37か国中
26位でした。
ちなみにこの年の1位はアイルランド、2位はルクセンブルク、三位アメリカ、四位ノルウ
ェー、5位ベルギー、と続きます。
これにたいして、同年、人口動態や産業構造がよく似ている韓国は、年間の労働生産性が
8万2252ドルで24位、日本は8万1183ドルで日本を1.3%上回っています。
生産性の差は、いろんな場面に現れます。たとえば労働時間です。
OECDによればドイツやフランスの労働時間は年間1300~1500時間、日本は1644時間
で、日本より1~2割短い。それでも、それらの国では人々が長いバカンスを楽しみます。
なぜ、そのようなことが成り立っているのでしょうか? それはひとえに生産性が高いか
らです。時間当たり労働生産性でみると、日本と同様に製造業が盛んなドイツは74.7ドル、
フランスは77,4ドルで、日本の47.9ドルをはるかに上回っています。
これには多くの要因が関係していると思われますが、中藤氏が指摘している事情は示唆に
富んでいます。
つまり、例えば自動車なら、需要が最低の状況を想定して、それでも企業として利益が出
るような生産体制で価格設定をしているからだという。
かつてドイツに滞在したことのある、金融経済研究所の所長は、「ヨーロッパでは5倍の
時間をかけて作った車も10倍の価格で売れば、金額の生産性は2倍になる。それこそが
ドイツの生産性の高さの理由だった」と分析しています。
つまり、ドイツ車のブランド力で、多少高くても、そして品薄になっても消費者は高いお
金を払い、納車も長く待つ、というのです。
こうして、ブランド力、技術力の高さがドイツの製造業に高収益と高賃金を実現させてい
るのです。果たして日本製品は、ここまでのブランド力をもっているだろうか。
これに対して日本のメーカーは、欠品しないように需要変動のピークに合わせて生産能力
を持つため、需要が落ち込むときに値下げをしてしまう。
日本は、本来「物造り日本」を誇りにしていたのに、今ではその技術力の国際的な優位性
が相対的に低下し、日本以外の国でも同様の製品ができるようになってしまいました。
すると、残るのは大量生産による価格の安さで勝負することになってしまいます。
もう一つ、日本全体の給与水準と下げ、したがって物価を下げる圧力が常に働いているのは、
日本の雇用の多くを占めているサービス業の賃金の低さです。
とりわけ、教育、社会福祉分野のサービス業では、日本の1995年から2018年までの労働生
産性上昇率はマイナス0.9%で、G7で最低水準です。
テーマパークなどの娯楽、理容店など対個人のサービス分野でもずっと労働生産性の低下が
続いています。
ダイソーの「100円均一」や廻転寿司の「100円寿司」がずっと続いているように、飲
食業界でも、価格の安さと労働生産性の低さ、企業収益の低さ、そして給与の低さのマイナ
スのサイクルが繰り返されています。
今回はくわしく書けませんが、日本が相対的に後れをとっているのは、これからの経済力を
支えるITの分野です。
たとえば、最近では優秀なIT技術者を世界的な規模で激しい獲得競争が展開されていますが、
日本はこの分野でことごとく負けています。
IT技術者の給与をみると、GAFAでは30才台で1500~2700万円なのに、日本では520~
750万円と大きな差があります。い
NTTの場合、研究開発人材は35才までに3割がGAFAに引き抜かれていくという。さら
に最近では、中国からも現在の給与の2~3倍で引き抜かれた例もあります。
ITだけでなく、たとえば日本の得意分野だったアニメ業界でも、現在では多くの優秀な日本
人アニメーターが日本にある中国企業に高額の給与で雇われて働いています。中国からすると、
日本のアニメーターの方が給与は安くて済むからだいうのです。
日本の企業も、人件費を抑えて安い価格で勝負をするのではなく、優秀な人材を雇い、また教育
・訓練をして労働生産性を上げる努力をすべきです。
また、個人としては、組合により一律の賃上げを要求するのではなく、自分の価値を企業認めさ
せるだけの、知識や技能を身に着ける必要があります。そして、どうしても現状に満足できなけ
れば、転職する勇気を持つことです。
いずれにしても、これからは単なる社員ではなかなか難しい時代になったとこは確かです。
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森にはクチナシの甘い香りが漂います。 日本の植物なのか今まで見たこともない不思議な植物です。
前回は、中藤玲著『安いニッポン』を手掛かりに、日本は、諸外国(アジア諸国も含めて)
と比べて物価が安いことを、さまざまな事例を紹介しました。
日本は「失われた20年」と表現されるように、バブルがはじけて以来続いている長期の
デフレ状態にあります。
中藤氏はこれを一言で、『「東京は土地も何も世界一高い」と言われたのも、今や昔』と
表現しています。
給料がそこそこ高くて物価が安いのなら理想的ですが、日本の企業経営者は、少しでも値
段を上げると売れなくなってしまうことを恐れて価格を上げられない、と考えています。
つまり、給料が低いから物価を安くしないと売れない→すると企業の利益は少なくなる→
そのためには人件費(給料)を下げざるを得ない→これが、回り回って物価を安くさせる。
ここで、給料の低さと物価の安さとの負の循環が出来上がってしまいます。
中藤氏によれば、日本人の間には「ずっと日本で生きていくなら、給料が低くても物価が
安ければ暮らしやすい」という意見も少なからずあったという。
このように考える人は、敢えて収入を増やそうとするよりも「我慢して貯める」か「じり
貧で使う」というつましい生活を細々と続けてゆく選択肢することになります。
海外との賃金格差についての記事を書くと「日本は給与よりもやりがいを重要視する文化
だ」という反応が多く寄せられるそうです。
ところが、実際には必ずしも、そのような「文化」で満足しているわけではないようです。
2020年の調査では、日本人は「賃金・給与」への満足はイギリス、フランス、ドイツの4
ヵ国中で最下位でした。
もっと言えば、購買力平価換算(国際比較が可能な調整を行った貨幣の実質的購買力)し
た日本の平均年収は2019年時点で、すでに韓国より低いのです。
それでも「賃金以外の楽しみ」が充足して人びとが幸福であれば問題ありません。
しかし日本人の、「レジャー・余暇」「生活全般」への満足度も最下位でした。つまり、
お金の豊かさもなければ、精神的な豊かさもないのが現実なのです。
リクルートワークス研究所の中村氏は、「自然と四季があるから豊かな国」という価値
観から抜け切れずにいると、このままでは本当に貧しい国になってしまう、と危惧して
います。
一般の日本人は、「安い物価やデフレをどう思うか」というアンケ―トの結果を見ると、
2020年3月、「歓迎すべきだと思う」が25.06%、「良くないと思う」が17.44%、残り
が「どちらとも思わない」となっていました。
2021年1月には、「歓迎すべきだと思う」が27.58、良くないと思う」が14.72%、残り
が「どちらとも思わない」となっていました。
これらの数値をみると、どちらかと言えば、物価の安さを歓迎する人が多いようです。
生産者への還元を思うと適正価格にすべきだが、自分の所得水準を考えると値上げは困
る、といった意見がありましたが、これが多くの人の本音でしょう。
実際問題として、賃金が低いと個人は幸せになれません。豊かさを語るとき、賃金は避
けて通れないのです。
そこで、私たちは現在日本が置かれた状況を冷静に見つめ、そこから、個人として、ま
た社会としてどのような道を歩んでゆくべきかを考える必要があります。
給与の低さと物価の安さの悪循環の根底には何があるのでしょうか?中藤氏はいくつか
の要因を上げていますが、私は、もっとも重要な要因は、日本経済の労働生産性の低さ
であると思います。
労働生産性とは、労働によって成果がどれだけ効率的に生み出されたかを数値化したも
のを、通常は米ドルで示したものを指します。
これでみると、2019年における日本の1時間当たりの労総生産性は47.9ドル(=4866円)、
アメリカ(77ドル=7816円)で、統計がたどれる1970年以降、ずっと、主要七か国
(G7)で最下位が続いています。順位でいえば、先進国(OECD)加盟国37か国中
26位でした。
ちなみにこの年の1位はアイルランド、2位はルクセンブルク、三位アメリカ、四位ノルウ
ェー、5位ベルギー、と続きます。
これにたいして、同年、人口動態や産業構造がよく似ている韓国は、年間の労働生産性が
8万2252ドルで24位、日本は8万1183ドルで日本を1.3%上回っています。
生産性の差は、いろんな場面に現れます。たとえば労働時間です。
OECDによればドイツやフランスの労働時間は年間1300~1500時間、日本は1644時間
で、日本より1~2割短い。それでも、それらの国では人々が長いバカンスを楽しみます。
なぜ、そのようなことが成り立っているのでしょうか? それはひとえに生産性が高いか
らです。時間当たり労働生産性でみると、日本と同様に製造業が盛んなドイツは74.7ドル、
フランスは77,4ドルで、日本の47.9ドルをはるかに上回っています。
これには多くの要因が関係していると思われますが、中藤氏が指摘している事情は示唆に
富んでいます。
つまり、例えば自動車なら、需要が最低の状況を想定して、それでも企業として利益が出
るような生産体制で価格設定をしているからだという。
かつてドイツに滞在したことのある、金融経済研究所の所長は、「ヨーロッパでは5倍の
時間をかけて作った車も10倍の価格で売れば、金額の生産性は2倍になる。それこそが
ドイツの生産性の高さの理由だった」と分析しています。
つまり、ドイツ車のブランド力で、多少高くても、そして品薄になっても消費者は高いお
金を払い、納車も長く待つ、というのです。
こうして、ブランド力、技術力の高さがドイツの製造業に高収益と高賃金を実現させてい
るのです。果たして日本製品は、ここまでのブランド力をもっているだろうか。
これに対して日本のメーカーは、欠品しないように需要変動のピークに合わせて生産能力
を持つため、需要が落ち込むときに値下げをしてしまう。
日本は、本来「物造り日本」を誇りにしていたのに、今ではその技術力の国際的な優位性
が相対的に低下し、日本以外の国でも同様の製品ができるようになってしまいました。
すると、残るのは大量生産による価格の安さで勝負することになってしまいます。
もう一つ、日本全体の給与水準と下げ、したがって物価を下げる圧力が常に働いているのは、
日本の雇用の多くを占めているサービス業の賃金の低さです。
とりわけ、教育、社会福祉分野のサービス業では、日本の1995年から2018年までの労働生
産性上昇率はマイナス0.9%で、G7で最低水準です。
テーマパークなどの娯楽、理容店など対個人のサービス分野でもずっと労働生産性の低下が
続いています。
ダイソーの「100円均一」や廻転寿司の「100円寿司」がずっと続いているように、飲
食業界でも、価格の安さと労働生産性の低さ、企業収益の低さ、そして給与の低さのマイナ
スのサイクルが繰り返されています。
今回はくわしく書けませんが、日本が相対的に後れをとっているのは、これからの経済力を
支えるITの分野です。
たとえば、最近では優秀なIT技術者を世界的な規模で激しい獲得競争が展開されていますが、
日本はこの分野でことごとく負けています。
IT技術者の給与をみると、GAFAでは30才台で1500~2700万円なのに、日本では520~
750万円と大きな差があります。い
NTTの場合、研究開発人材は35才までに3割がGAFAに引き抜かれていくという。さら
に最近では、中国からも現在の給与の2~3倍で引き抜かれた例もあります。
ITだけでなく、たとえば日本の得意分野だったアニメ業界でも、現在では多くの優秀な日本
人アニメーターが日本にある中国企業に高額の給与で雇われて働いています。中国からすると、
日本のアニメーターの方が給与は安くて済むからだいうのです。
日本の企業も、人件費を抑えて安い価格で勝負をするのではなく、優秀な人材を雇い、また教育
・訓練をして労働生産性を上げる努力をすべきです。
また、個人としては、組合により一律の賃上げを要求するのではなく、自分の価値を企業認めさ
せるだけの、知識や技能を身に着ける必要があります。そして、どうしても現状に満足できなけ
れば、転職する勇気を持つことです。
いずれにしても、これからは単なる社員ではなかなか難しい時代になったとこは確かです。
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森にはクチナシの甘い香りが漂います。 日本の植物なのか今まで見たこともない不思議な植物です。