自民党総裁選―「高揚なき『祭り』」に政治の劣化を見る―
自民党の総裁選の投票は2024年9月27日に行われ、石破茂元幹事長が新総裁に選出されました。
この選出結果は自民党の問題なので、その是非について私が何か言うことはありません。それよりも、私には
総裁選の過程で明らかになった自民党(議員)の劣化にとても危惧しました。
正直に言ってしまえば、今回の総裁選は最初から最後まで、“一体この中身のない総裁選は何なんだ”、“彼ら立
候補者の政治思想の軸は何なのか”という疑問がぬぐえませんでした。
立候補者9人のうち林芳正官房長官(63)、小泉進次郎元環境相(43)、加藤勝信元官房長官(68)、河野
太郎デジタル相(61)、石破茂元幹事長(67)の5人は、いわゆる世襲議員であることにも違和感がありました。
林氏と小泉氏に至っては「四代目」で、もうほとんど政治家・議員であることが「家業」となっている人たち
です。このような状況は、いわゆる”先進国“においては見られません。
家業の問題を別としても、自民党は、告示日から投開票までの2週間もの間「テレビジャック」にまんまと成
功し、広告費を一切使わずに党の宣伝をした、というのが実態です。
これは、自民党としては大成功だったのかも知れません。
もちろん、立候補者や自民党議員は、自分たちの利害に直接に係わっているので、「お祭り気分」で大いに高
揚していたかも知れませんが、自民党関係者以外の私たちには高揚感はまったくありませんでした。
ここで、今回の総裁選を時系列と全体的構図を俯瞰してみましょう。
まず、今回総裁選を行うことになったのは、岸田首相が8月14日、突然、時期の総裁選再選不出馬を宣言した
ことに端を発しています。
岸田氏は6月末の段階では政策に自信をもち、総裁選への出馬に強い意欲を見せていました。
しかし、裏金問題と旧統一教会と自民党との深い関係にたいして国民の不信が高まり、内閣支持率は急速に落
ちてゆきました。
『毎日新聞』が7月20、21日に実施した世論調査では、内閣支持率は21%と“危険水域”に達する低迷が続きま
した(注1)。
それでも岸田氏はこの時期には首相に留まる意向を強くにじませていました。しかし、自民党内からは、「今
の政権では次の衆議院選挙を戦えない」という声が日増しに強くなっていました。
こうした声に押されて岸田首相は、8月14日には総裁選不出馬を表明せざるを得ないところに追い込まれ
たのが実情です(注2)。
それにしても、8月14日というのは、いかにも無神経なタイミングで、岸田首相に歴史的なセンスが欠如して
いうことを示しています。
いうまでもなく翌15日は、日本が連合軍に降伏したことを国民に告知した”敗戦記念日“です。前日の14日と
いうのは、日本が無謀な戦争に突き進んでいった歴史を厳粛に反省する日であるべきです。
しかし、岸田首相が14日に再選不出馬を表明したことにより、政治家もメディアも雪崩を打って一斉に総裁
選に向けて走り出しました。
つまり、総裁選が事実上スタートしたのです。具体的には、立候補者は20人以上の国会議員の推薦を得て9
月12日の告示日までに立候補の届け出をしなければなりませんでした。
20人の推薦人を簡単に集めることができた人もいますが、締め切りギリギリまで奔走した立候補者も多くい
ました。
また、20人の推薦人を確保できても、投票で上位に食い込むためには、一人でも多くの議員と党員の支持者
を増やすために必死の獲得運動を展開しました。
そして、9月12日の告示日をもって選挙戦に突入しました。この選挙戦には、表に出ない個人的な支持者の獲
得競争と、9人が勢ぞろいし、テレビカメラの前で行われる演説会での、いわゆる“討論会”あるいは“論戦“と称
する自己アピールがありました。
前者について誰がそんな動きをしたかは部外者には分かりません。しかし、今回のように9人もの立候補者がい
ると、演説会では一人の発言時間は数分となり、私が見た限り“討論”とか“論戦”に値するような議論が展開され
ませんでした。
時間の短さだけでなく、立候補者の発言には深い思索や洞察に基づく、未来を見据えたビジョンを提示するわけ
ではなく、そうかといって個々の問題にたいして具体的な政策を提言するわけではありません。
彼らは、うっかり問題発言をしたら後で不利なしっぺ返しを受けることを恐れていたのかもしれません。
いずれにしても私は、総理・総裁を狙う自民党の候補者の発言や姿勢に「政治の劣化」を感じました。
実行性の問題は別として、前回の総裁選で岸田首相は「新しい資本主義」(これは、結局、不発のまま消えてし
まっていますが)、金融所得課税の強化による所得の再分配といった、国家の基本方針、ビジョンを提示しまし
た。
総じて、各立候補者の発言は、あいまいな内容に終始するか、ほとんど思い付きの表面的な空疎なコメントに
すぎませんでした。
しかも、そもそも今回岸田首相が、総裁選への出馬を断念せざるを得なかったのは、自民党の裏金問題と旧統
一教会との関係が国民的不信と批判を浴び、内閣支持率がさがり、政権の危機が原因となっていたのです。
だとすれば、立候補に当たり、自分はこの二つの問題についてどのように考え、どのように解決します、とい
う表明がなければなりません。しかし、候補者はみんなこれらの問題から逃げて、誰一人として正面から意見
を述べませんでした。
こうした状況を作り出したのは、岸田首相と自民党の巧妙な策略が見て取れます。
通常、総裁選ともなれば、立候補を考える人は周囲の人に相談したり、他の候補者との兼ね合いや、訴えるべ
き政策などについて綿密に考えます。
しかしすでに指摘したように、岸田首相が再選不出馬を公表すると、立候補を考えていた人たちは、とにかく
推薦人と支持者の確保に奔走し、政策についてじっくりと考える時間的余裕を持てませんでした。
『毎日新聞』によれば、そこで、候補者は公示後の討論会ではあわてて作った表面的な政策を述べるにとどま
ったと指摘しています。
さらに同紙は、国民については、考える時間をできるだけ確保しないうちに総選挙をしてしまう、という岸田
首相の魂胆が見え隠れする、とも指摘しています。
岸田首相は、政権の支持率を下げさせた裏金問題と旧統一教会との組織ぐるみの関係について国民がじっくり
考える時間を与えたくなかったのです。
こうした底の浅い総裁選全体を、(『毎日新聞』(2024年9月28日朝刊)は、「高揚なき『祭り』」と評してい
ます。私も全く同感です。
つぎに、今回の公開討論会というか”論戦“では、同じ質問に対して候補者一人ひとりが自分の考えを述べる形
式が採用されたので、候補者同士の直接的な対決や”論戦“は見られませんでした。
ところで、今回の候補者のうち何人が、本気で総裁の地位を目指していたのでしょうか。私の目には、とりあ
えず立候補して顔を売っておけば、将来、首相の座を狙うにしても、党内の勢力争いに有利になると考えたの
でしょうか?
さらに、総裁選で一定の票を獲得しておけば、新政権において何らかのポストの処遇を受けられるのではない
か、という打算が透けて見えてしまいました。
いずれにしても、総裁選は、もちろん自民党内部の問題であり、それを公の電波を使って宣伝するからには国
民が知りたい重要な問題をじっくり訴えるべきだったと思います。
以上の観点から、少しきつい表現かも知れませんが、私には今回の総裁選は「高揚なき空騒ぎ」であったとい
う印象が強く残りました。
(注1)『毎日新聞』電子版 (2024/7/30 05:30(最終更新 7/30 05:30) https://mainichi.jp/articles/20240729/k00/00m/010/190000c
(注2)NHK NEWSWEB(2024年8月14日 12時49分)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240814/k10014548611000.html (
自民党の総裁選の投票は2024年9月27日に行われ、石破茂元幹事長が新総裁に選出されました。
この選出結果は自民党の問題なので、その是非について私が何か言うことはありません。それよりも、私には
総裁選の過程で明らかになった自民党(議員)の劣化にとても危惧しました。
正直に言ってしまえば、今回の総裁選は最初から最後まで、“一体この中身のない総裁選は何なんだ”、“彼ら立
候補者の政治思想の軸は何なのか”という疑問がぬぐえませんでした。
立候補者9人のうち林芳正官房長官(63)、小泉進次郎元環境相(43)、加藤勝信元官房長官(68)、河野
太郎デジタル相(61)、石破茂元幹事長(67)の5人は、いわゆる世襲議員であることにも違和感がありました。
林氏と小泉氏に至っては「四代目」で、もうほとんど政治家・議員であることが「家業」となっている人たち
です。このような状況は、いわゆる”先進国“においては見られません。
家業の問題を別としても、自民党は、告示日から投開票までの2週間もの間「テレビジャック」にまんまと成
功し、広告費を一切使わずに党の宣伝をした、というのが実態です。
これは、自民党としては大成功だったのかも知れません。
もちろん、立候補者や自民党議員は、自分たちの利害に直接に係わっているので、「お祭り気分」で大いに高
揚していたかも知れませんが、自民党関係者以外の私たちには高揚感はまったくありませんでした。
ここで、今回の総裁選を時系列と全体的構図を俯瞰してみましょう。
まず、今回総裁選を行うことになったのは、岸田首相が8月14日、突然、時期の総裁選再選不出馬を宣言した
ことに端を発しています。
岸田氏は6月末の段階では政策に自信をもち、総裁選への出馬に強い意欲を見せていました。
しかし、裏金問題と旧統一教会と自民党との深い関係にたいして国民の不信が高まり、内閣支持率は急速に落
ちてゆきました。
『毎日新聞』が7月20、21日に実施した世論調査では、内閣支持率は21%と“危険水域”に達する低迷が続きま
した(注1)。
それでも岸田氏はこの時期には首相に留まる意向を強くにじませていました。しかし、自民党内からは、「今
の政権では次の衆議院選挙を戦えない」という声が日増しに強くなっていました。
こうした声に押されて岸田首相は、8月14日には総裁選不出馬を表明せざるを得ないところに追い込まれ
たのが実情です(注2)。
それにしても、8月14日というのは、いかにも無神経なタイミングで、岸田首相に歴史的なセンスが欠如して
いうことを示しています。
いうまでもなく翌15日は、日本が連合軍に降伏したことを国民に告知した”敗戦記念日“です。前日の14日と
いうのは、日本が無謀な戦争に突き進んでいった歴史を厳粛に反省する日であるべきです。
しかし、岸田首相が14日に再選不出馬を表明したことにより、政治家もメディアも雪崩を打って一斉に総裁
選に向けて走り出しました。
つまり、総裁選が事実上スタートしたのです。具体的には、立候補者は20人以上の国会議員の推薦を得て9
月12日の告示日までに立候補の届け出をしなければなりませんでした。
20人の推薦人を簡単に集めることができた人もいますが、締め切りギリギリまで奔走した立候補者も多くい
ました。
また、20人の推薦人を確保できても、投票で上位に食い込むためには、一人でも多くの議員と党員の支持者
を増やすために必死の獲得運動を展開しました。
そして、9月12日の告示日をもって選挙戦に突入しました。この選挙戦には、表に出ない個人的な支持者の獲
得競争と、9人が勢ぞろいし、テレビカメラの前で行われる演説会での、いわゆる“討論会”あるいは“論戦“と称
する自己アピールがありました。
前者について誰がそんな動きをしたかは部外者には分かりません。しかし、今回のように9人もの立候補者がい
ると、演説会では一人の発言時間は数分となり、私が見た限り“討論”とか“論戦”に値するような議論が展開され
ませんでした。
時間の短さだけでなく、立候補者の発言には深い思索や洞察に基づく、未来を見据えたビジョンを提示するわけ
ではなく、そうかといって個々の問題にたいして具体的な政策を提言するわけではありません。
彼らは、うっかり問題発言をしたら後で不利なしっぺ返しを受けることを恐れていたのかもしれません。
いずれにしても私は、総理・総裁を狙う自民党の候補者の発言や姿勢に「政治の劣化」を感じました。
実行性の問題は別として、前回の総裁選で岸田首相は「新しい資本主義」(これは、結局、不発のまま消えてし
まっていますが)、金融所得課税の強化による所得の再分配といった、国家の基本方針、ビジョンを提示しまし
た。
総じて、各立候補者の発言は、あいまいな内容に終始するか、ほとんど思い付きの表面的な空疎なコメントに
すぎませんでした。
しかも、そもそも今回岸田首相が、総裁選への出馬を断念せざるを得なかったのは、自民党の裏金問題と旧統
一教会との関係が国民的不信と批判を浴び、内閣支持率がさがり、政権の危機が原因となっていたのです。
だとすれば、立候補に当たり、自分はこの二つの問題についてどのように考え、どのように解決します、とい
う表明がなければなりません。しかし、候補者はみんなこれらの問題から逃げて、誰一人として正面から意見
を述べませんでした。
こうした状況を作り出したのは、岸田首相と自民党の巧妙な策略が見て取れます。
通常、総裁選ともなれば、立候補を考える人は周囲の人に相談したり、他の候補者との兼ね合いや、訴えるべ
き政策などについて綿密に考えます。
しかしすでに指摘したように、岸田首相が再選不出馬を公表すると、立候補を考えていた人たちは、とにかく
推薦人と支持者の確保に奔走し、政策についてじっくりと考える時間的余裕を持てませんでした。
『毎日新聞』によれば、そこで、候補者は公示後の討論会ではあわてて作った表面的な政策を述べるにとどま
ったと指摘しています。
さらに同紙は、国民については、考える時間をできるだけ確保しないうちに総選挙をしてしまう、という岸田
首相の魂胆が見え隠れする、とも指摘しています。
岸田首相は、政権の支持率を下げさせた裏金問題と旧統一教会との組織ぐるみの関係について国民がじっくり
考える時間を与えたくなかったのです。
こうした底の浅い総裁選全体を、(『毎日新聞』(2024年9月28日朝刊)は、「高揚なき『祭り』」と評してい
ます。私も全く同感です。
つぎに、今回の公開討論会というか”論戦“では、同じ質問に対して候補者一人ひとりが自分の考えを述べる形
式が採用されたので、候補者同士の直接的な対決や”論戦“は見られませんでした。
ところで、今回の候補者のうち何人が、本気で総裁の地位を目指していたのでしょうか。私の目には、とりあ
えず立候補して顔を売っておけば、将来、首相の座を狙うにしても、党内の勢力争いに有利になると考えたの
でしょうか?
さらに、総裁選で一定の票を獲得しておけば、新政権において何らかのポストの処遇を受けられるのではない
か、という打算が透けて見えてしまいました。
いずれにしても、総裁選は、もちろん自民党内部の問題であり、それを公の電波を使って宣伝するからには国
民が知りたい重要な問題をじっくり訴えるべきだったと思います。
以上の観点から、少しきつい表現かも知れませんが、私には今回の総裁選は「高揚なき空騒ぎ」であったとい
う印象が強く残りました。
(注1)『毎日新聞』電子版 (2024/7/30 05:30(最終更新 7/30 05:30) https://mainichi.jp/articles/20240729/k00/00m/010/190000c
(注2)NHK NEWSWEB(2024年8月14日 12時49分)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240814/k10014548611000.html (