大木昌の雑記帳

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現代医療の落し穴(1)―薬がたくさん処方されるわけ―

2024-02-13 13:30:22 | 健康・医療
現代医療の落し穴(1)―薬がたくさん処方されるわけ―

現代医学は私たちの病との闘いに対して大きな武器をたくさん与えてくれています。

ここで「現代医学」という言葉は、「科学的根拠に基づく医学」(EBM=Evidence
Based Medicine)を指し、それはヨーロッパで近代以来発達してきた、いわゆる
「西欧医学」とほぼ同じ意味で使われます。

そして「現代医学」は、中国の東洋医学やインドのアーユルヴェーダのような、非
西欧医学とは異なる医学であることをも意味しています。

厳密にいえば「現代医学」は病気や疾病にたいする科学的根拠・理論と、それに基
づいて行われる治療(現代医療)から成っています。以下の記述では、私たちにと
って身近で切実な問題として現代医療を中心に説明してゆきたいと思います。

ところで、現代医学と現代医療には以下のような背景があります。

一つは、病気の原因や構造に関する科学的・理論的な解明(基礎医学)が進み、こ
の知見に基づいて、新たな治療法が開拓されてきたことです。

二つは、CTやMRIといった検査機器の発達し、これまで目で見ることができな
かった病変や体の状態を映像としてみることができるようになったことです。

たとえば、これらの検査機器は、ある臓器のがんが、どの位置にどれくらいの大き
さに広がっているのかを画像として見せてくれます。

三つは、手術の進歩です。従来の手技による職人的な技術に加えて新たな術式が開
発され、これまで不可能とされた治療も可能になったことです。

例えば、手術ロボット(ダヴィンチ)の登場により、脳内の微妙な位置にある腫瘍
を正確に摘出することが可能になりました。

四つは、病気の原因や構造に関する科学的な解明に基づいて、新たな治療薬(化学
合成薬)が次つぎと開発されてきたことです。ただし、後に説明するように、薬品
そのものにも副作用の問題があります。

現代医学は日進月歩で、今は治療できないが、近い将来は治療が可能になるという
希望を持たせてくれます。

ただし治療法が進歩しても、残念ながら病気そのものは減ってはいません。

それどころか、今までなかった病気が新たに発生したり、開発された薬が効かなく
なってしまうこともあります。

このように考えると、人間が存在する限り、病気と医学とは終わることのない闘い
が永遠に続くでしょう。

しかも、“闘うところ敵なし”にみえる現代医学にも泣き所があります。

たとえば、現代医学は急性の疾患に関しては抗生物質や手術など外科的な処置によ
り目覚ましい有効性を発揮しますが、慢性疾患にたいしてはあまりはかばかしい治
療効果を示してくれません。

また現代医学といえども、すべての疾患や病気を科学的に解明できているわけでは
ありません。また、たとえ病の原因などが分かっていても、確立した治療方法が分
からない病気もたくさんあります。

今日、“難病指定”を受けている病気(たとえば膠原病など)はほとんどが原因も治
療法も見つかっていない病気です。

現代医学は、「~病」とはっきり病名がつくほどではないが、確かに体の不調があ
る場合の治療、すなわち、東洋医学でいう「未病」を防ぐことにはあまり熱心では
ありません。

しかし実際には、多くの人は「未病」に悩まされています。

最後に、これも次回で触れようと思いますが、現代医学は病気を身体(臓器)の問
題だと考える傾向があり、精神的な側面(心の問題)と身体的な問題との関連や相
互の影響についてはあまり重視していません。

以上を念頭において、以下に、現代医療における薬の処方に関する「落し穴」問題
を考えてみます。

最近ではほとんど見ることが無くなりましたが、以前は、病院の待合室には薬がい
っぱい入った大きな袋をもった患者さんの姿があちこちで見られました。

これは、病院が処方する薬を院内で渡していたからです。しかし今は、薬は病院が
出す処方箋をもって院外薬局で購入することになっています。

薬の問題も含めて、和田秀樹医師(精神科)は現在の医療の在り方に疑問を提起し
ています。以下に和田医師の論考を参照しながら検討してみましょう(注1)。

和田氏が医学批判をしたり、高齢者の医療について論じていたりすると、「医者
がたくさん薬を出すのは金もうけのためでしょ?」という質問を受けるそうです。

しかし、たとえば開業医が薬を出す際に、今は原則的に院外処方です。いくら薬
を出しても入ってくる処方箋料は一定だし、一定以上の多剤併用だとむしろ保険
の点数を減らされることもある。だから薬をたくさん出しても金もうけになりま
せん。

しかし、薬の量が増えることには金儲けではない別の理由があります。和田氏に
よれば、そこには臓器ごとに専門化した医学の教育システムと医療システムの根
深い弊害があるといいます。

医学生時代は薬の処方のことは原則習わないが、卒業後に臓器別診療の病院で研
修を受けると、やはり各々の臓器に対して薬を出してします。

つまり臓器別診断に基づく薬の処方が行われるようになります。こうしてほかの
国では考えられないような多剤併用を当たり前のようにやるようになってしまい
ます。

現在は人口の約3割、医者にくる患者さんの約6割が高齢者です。高齢者の場合、
いくつも病気を抱えていることが多いので、各々の専門医が薬を出すと多剤併用
が当たり前に起こってしまい、これは医療費の無駄でもあるし、副作用も多くな
ります。

以上は高齢者を対象にした医療と薬の処方問題ですが、実は高齢者だけでなく、
医療全般について根底に横たわる問題でもあります。

臓器別診療が50年も続くと、新たに開業する医師たちもほとんどがその形での
トレーニングしか受けていないし、経験もしていません。

往診もするとか、かかりつけ医もやりますとかいって開業しますが、医者の多
くは、開業前は大学病院や大病院で、呼吸器の専門医とか、循環器の専門医を
やっていた人たちです。

たとえば循環器内科出身の医者は、高血圧とか、ほかの循環器の疾患について
は最新の知識で治療をしてくれるが、その患者さんが肺気腫のような持病をも
ち、血糖値もちょっと高いと、マニュアル本をみて薬を出すので、一人のかか
りつけ医であっても、各々の専門医が出すのと同じような薬の出し方になって
しまいます。

本来は、総合診療といって、患者さんを全体として診て、必要な薬を四つまで
選んでくれるとか(5種類以上の薬を飲むと転倒の発生率が4割にもなるという
調査研究がある)、生活背景や心理状態までも考慮してくれる医療が必要なの
だが、そういうトレーニングを受けている医師はほとんどいないのが現実だそ
うです。

私自身も、医者がマニュアル本を見て処方薬を決めていたことを目撃したこと
があります。実際、自分の専門外でも患者の症状や訴えを聞けば、マニュアル
にはそれらの症状に対して処方できる薬のリストがすぐに見つかります。

和田医師は経験上、薬の処方には大きな落とし穴があるような気がしてならな
いと述べています。それは、検査値が異常な場合、きちんとした生活指導や栄
養指導より、つい薬に頼ってしまうから薬の量がだんだん増えてしまう、とい
う実態です。

生活指導や栄養指導は効果がでるまで時間がかかり、治療という面からみると
間接的なアプローチです。それよりも、短期間に効果が表れる薬を処方した方
が手っ取り早い、という意識が医師の側にあるのかもしれません。

患者の方も、せっかく病院で診察を受けたのに、ただ生活指導や栄養指導のア
ドバイスだけで薬も出ないと、何もしてくれなかった、と失望してしまいます。

そんな患者の心理を知っていて、医者は“それでは一応、お薬を出しておきまし
ょう”といって薬を処方します。それで患者もようやく、診てもらってよかった
と一安心します。

これが、医者と患者の間で交わされる、一種の“お約束”のやり取りではないでし
ょうか?実は、私自身にもこうした経験があります。

日本で薬の処方が増えるのには、薬の副作用には無頓着だから薬が増えるという
側面もありそうです。

医者は必ずしも処方する薬剤にたいしてくわしい薬学的知識を持っているとは限
らず、マニュアルに書いてある副作用などを参考にする程度です。

アメリカでは、医者が薬の副作用を一生懸命勉強する。そして、なるべく薬を出
さないようにする。和田医師のアメリカ留学中もレジデント(研修医)が製薬会
社のMR(医療情報担当者)を捕まえては薬の副作用を根掘り葉掘り聞いていた。
彼は、日本でこのような風景をほとんど見た記憶はないそうです。

訴訟社会のアメリカでは、処方した薬の副作用で患者の症状が悪化した場合には
医者は法的に訴えられる危険性があるから、彼らは薬の処方には非常に神経質に
なるのでしょう。

薬の処方は「足し算」となるので、その数が必要以上に増えてしまう可能性があ
ります。極端な仮定の事例を挙げてみましょう。患者が風邪の症状を訴えれば、
総合感冒薬、のどが痛ければ炎症止めの抗生物質、抗生物質を服用すると消化器
内の微生物も殺してしまうので胃腸薬、咳が出ていれば咳止め、鼻水が出ていれ
ば鼻炎、熱があれば解熱剤、といった風にどんどん薬の数は増えてゆきます。

私は以前、うつ病の診断を受けた学生の処方箋を見せてもらったことがあります
が、驚いたことに、10種類ほどの薬の名前が書かれていて、それらを”ワンセッ
トとする”と添え書きがありました。

これだけ薬を毎日飲んだら、それだけで体に非常に大きな負担をかけ、かえって
健康を害してしまうのではないか、と恐ろしくなりました。

また、私の兄弟も含めて、周囲には食事のたびごとに数種類の薬を服用している
人がたくさんいます。むしろ、ある年齢以上になると、何の薬を常用していない
人の方が珍しいくらいです。

私の印象では、日本人はかなり薬好きで、たくさん処方してもらうと、それだけ
安心する傾向があります。

今回は薬に焦点を当てて、現代医療の「落し穴」についてみてきましたが、次回
は、薬も含めて、もっと全体的な観点から、現代医療の落し穴を検討したいと思
います。

(注1)『毎日新聞』「医療プレミアム」2024年2月10日
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20240208/med/00m/100/005000c?utm_source=column&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20240211
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