大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

戦争とジャーナリスト(2)―政府・大手メディア・フリーランス―

2015-02-16 05:41:30 | 社会
戦争とジャーナリスト(2)―政府・大手メディア・フリーランス―

後藤健二氏の拘束から殺害に至る経緯に関連して,多くの問題が浮上しました。それは
,今回の「イスラム国」に限らず,危険地帯に入って取材することの問題です。

とりわけ,後藤さんのようなフリーランスは危険を承知の上で紛争地に入ってゆきます。

後藤さんの行動に対して自民党の高村正彦副総裁は2月4日,党本部の記者会見で「日本政府の警告にもかかわらず,
テロリストの支配地域に入ったことは,どんなに使命感があったにしても,勇気ではなく,蛮勇と言わざるを得ない」
と記者団に語っています。

また高村氏は,「後藤さんは『自己責任だ』と述べているが,個人で責任をとり得ないこともあり得ることは肝に銘じていただきたい」
とも述べています。(『東京新聞』2014年2月5日)

政府としては,後藤さんにシリアへの渡航を再三の自粛要請にもかかわらず強行したために,政府が窮地に追い込まれた,
という点に対するいらだちを表わしています。

一般論としては,政府の警告を無視して危険地帯に入ったのだから,そこで何が起ころうとも,それは当人に責任である,
という論に反論することはできません。

しかし,もしそうだとしたら,政府の責任で,「イスラム国」で何が起こっているのかを独自に調査し,
知り得たた情報を救出に活用すべきでしょう。

たとえば,後藤さんが「イスラム国」に向かった理由の一つは,すでに拘束されていた湯川さんの情報を得るためだとされています。

この場合,フリーランスが危険を冒してシリア入りしなくてもすむよう,政府自らがあらゆる情報網を駆使して,
湯川さんの救出に全力を尽くすべきでしょう。

しかし,今回の拘束された日本人二人の釈放に向けた政府の対応を見ていると,日本政府の情報収集能力が,
絶望的に弱いことが露呈されています。

国会の審議の場で外務大臣は,後藤さんを拘束しているのが「イスラム国」であることを確認できたのは1月20であったと答えています。

もしこれが本当だとしたら,日本政府は「イスラム国」との間に全く情報網をもっていないことになります。

というのも,昨年の12月には,後藤さんの奥さんに身代金を要求するメールが来ており,そのことは外務省にも伝えられていたからです。

しかし,そのメールが「イスラム国」からのものであるかどうかさえ,政府は確認することができなかったということになります。

ただし,上記の外務大臣の答弁にも疑問が残ります。というのも,湯川さんが拘束された昨年の夏,
イスラム法学者の田中考氏のもとに,「イスラム国」の司令官,ウマル・グラバー氏から,裁判に立ち会って欲しいとの要請があり,
田中氏とフリーランスの常岡浩介氏が9月に「イスラム国」入りしています。

再度,シリア入りしようと準備していた10月7日,田中氏と常岡氏は私戦予備・陰謀罪の容疑で突然,
警察の家宅捜査を受けパソコン,スマートフォン,「イスラム国」関係の連絡先など,全て押収されました。(注1)

したがって,この時点で警察および政府は,湯川さんが「イスラム国」に拘束されていたことを,知っていたことになります。

田中氏は,自分は「イスラム国」とのパイプがあるから,シリアに出向いて後藤さんの救出に動いてもよい,
と何度も提案したそうですが,彼の提言は政府の側からことごとく無視され,何の反応もなかった,と語っています。

いずれにしても,日本政府の情報収集能力がはなはだ脆弱な状況のなかで,実態を知るためにはフリーランスの活動は欠かせません。

欧米社会では,ジャーナリストが危険地域に入ることを禁ずることはありません。しかし,もし拘束されれば,
国家が全力で救出しようとします。

かつて,「イスラム国」に拘束された人たちを解放したフランス,スぺイン,ドイツでは政府が裏交渉で,
どうやら身代金を払って解放しえいます。

国民の生命・財産を守る,という政府の最も重要な役割である,というのが西欧社会の基本的な認識だからです。

他方,日本における危険地域での報道にはいくつかの問題があります。

『東京新聞』(2015年2月4日)の「こちら報道部」は,「フリー頼み 紛争報道: 問われる大手メディア」と,
「ジャーナリズムの宿題:なぜ守れなかったのか」という特集を組み,この問題を掘り下げています。

外務省は今年1月20日に人質事件が発覚すると,報道各社に翌21日付けで「いかなる理由があっても,シリアへの渡航を見合わせるよう,
強くお願いする」と注意を喚起しました。

言葉では「お願いする」となっていますが,実態としては禁止に近かったようです。

紛争地域への取材がますます制限されてきた現状を受けて,『東京新聞』は,今後の報道をどうするのか新聞各社に問い合わせました。
(『東京新聞』2015年2月4日)

『朝日新聞』は,「見解は(今後)弊社のメディアで示す」とだけ回答しました。つまり,いまだ,様子見といったところです。

『読売新聞』の広報部は,「現地の治安と記者の安全確保を考え,ケース・バイ・ケースで判断している」。
『産経新聞』は「記者の安全と現場の状況に応じ,個々に判断している」との回答でした。

そして,当の『東京新聞』は「記者の安全確保されない場所には派遣しない。外務省の渡航情報も考慮した上で,
総合的に判断している」との方針です。

全体として,自社の記者を紛争地域に派遣して取材させる新聞社はなさそうです。同じことはテレビについても言えます。

たとえば,後藤さんが拘束される前の昨年10月8日,TBSは情報番組「ひるおび!」で「イスラム国」を特集しました。

それは,シリアから帰国直後の後藤さんをゲストに招き,トルコ国境のシリアの都市(アイナルアラブ)の最新情報を放映しました。

またテレビ朝日も「ニュースステーション」で2月と5月に後藤さんがシリアで取材した映像などを使用しています。

つまり,大手のメディアは社員の記者を紛争地域に派遣することはできるだけ避ける傾向は,ますます強まっており,
その分,フリーランスへの依存は高まっています。

しかし,フリーランスにとっても問題がないわけではありません。

「命の保証もないのに取材し,その素材を放送に使用するかどうかはテレビ局が一方的に決める。圧倒的に弱い立場にある」
(元NHKプロヂューサー,永田浩三氏のコメント。

上記,『東京新聞』)。同じことは新聞,雑誌,その他のメディアについても同じです。

フリーランスと大手メディアとの関係について,フランスの世界的な大手通信社(AFP)の決定は,この問題に一石を投じました。

それは。自分たちは安全地帯に身を置いているにもかかわらず,フリーランスにばかり危ない仕事をさせるのは倫理的に問題ではないのか,
という問題意識から発したものでした。

AFPは2013年8月以降,シリア国内の危険地域へ記者派遣を取りやめるとともに,
自社の社員が立ち入らないような地域でフリーランスが取材した素材も使わないことに決めました。

その理由は,フリーランスが「攻撃のターゲットや身代金の商品と見られるようになったため」でした。

実際,同社に映像を提供してきた米ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏は昨年8月,「イスラム国」に殺害されたのです。

上記の倫理観も,殺害という現実を考えると,AFPの決定はまったく正当で,だれも否定できないでしょう。

しかし,それでは,危険地域に関する情報を私たちはどのようにして知ることができるのでしょうか。

さらに,これまで後藤さんのように,フリーランスとして活動し,それを職業としてきた人たちの職を奪うことにもなります。

政府の,報道関係者に対する圧力は,今年の2月に入り,さらに強化されました。

フリーのカメラマン,杉本祐一氏は,シリアへの取材を計画していましたが,7日夜,自宅前に待ち構えていた外務省職員や警察官に,
「旅券を返納しなければ逮捕する」と告げられ,しぶしぶこれに従いました。

政府としては,また日本人が拘束されるような事態は,何としても避けたいのでしょう。これに対して杉本氏は,
報道の自由,渡航の自由に対する侵害であると,激怒しています。

またテレビ局のインタビューに,渡航禁止をしたら誰が事実を伝えるのか,日本の外交などできないのではないかと疑問を呈し,
パスポートを取り返すと語っています。

政府としては,明らかに危険な地域へ立ち入ることにより,後藤さんのように拘束され,政府が振り回されることは
何としても避けたいのが本音でしょう。

安倍政権は,「テロには屈しない,しかし人命第一」という相矛盾する原則を掲げています。

今回の後藤さんの殺害にいたる経緯をみていると,「テロには屈しない」は満たされましたが,
「人命第一」は果たせませんでした。

フランス,スペイン,ドイツのように「イスラム国」と交渉し,金銭を含む取引で人質を取り返した事例をみると,
日本にもその選択肢もあったのではないか,という意見もあります。

私には,安倍首相が現在まで,後藤さんの家族に弔意を示していないことが,とても気になっています。

(注1)日本外国特派員協会での田中考氏の会見はhttp://blogos.com/article/104005/ ,
常岡浩介氏の会見は http://blogos.com/article/104020/を参照。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 戦争とジャーナリスト(1)―後... | トップ | 子どもの世界(1)―詩が語る... »
最新の画像もっと見る

社会」カテゴリの最新記事