トランプ大統領の誕生(1)-就任演説にみる基本姿勢-
ドナルド・トランプ氏は2017年1月20日正午(日本時間21日午前2時)、第45代アメリカ大統領就任の宣誓を、続いて就任演説を行いました。
この就任演説で新大統領が何を言うかは、アメリカ国民だけでなく、全世界の人々が注目していました。
この就任演説にかんするコメントや評価は、そのうち各方面からなされるでしょうが、それを含めた私のコメントは別の機会にゆずるとして、今
回は、私自身が演説を聞いた直後に抱いた感想のうち、幾つか印象に残った言葉に絞って書いてみたいと思います。
選挙運動中からトランプ氏が一貫して発してきたフレーズは、「アメリカを再び偉大な国にする」(Make America Great Again)でした。
これはオバマ氏の有名なフレーズ「我々にはできる」(Yes,We Can)と同様、後々までトランプ大統領という存在とともに記憶されるでしょう。
トランプ氏が、このフレーズを商標登録していることからも分かるように(『日刊ゲンダイ』2017年1月21日)、彼はこの言葉にかなり強い思い入
れがあるようです。
さて、演説ですが、アメリカを再び偉大な国にするために、トランプ氏はまず、我々アメリカ国民は国を「立て直す」(rebuild)ために団結しよう、
と訴えました。
言い換えると、現在のアメリカは疲弊し、演説の途中では、「かつての栄光は遠い過去のものとなった」、とも言っています。
続いて、トランプしは大統領としての理想と理念を語ります。
今日の式典は、しかし、特別な意味を持っています。なぜなら、私たちは今、たんに、一つの政権からもう一つの政権へ、
あるいは一つの政党から他の政党への権力の移行を取り行っているのではありません。そうではなくて、私たちは権力を
ワシントンからあなた方、国民(the people)に返そうとしているのです。
経済(金儲け)しか関心がないと言われるトランプ氏ですが、彼の就任演説のなかで、唯一、格調高い部分です。
今回の大統領就任は、民主党政権から共和党政権への、まぎれもない政権から政権、政党から政党への権力の移行です。
しかし、その権力の基礎とは、もともと国民に由来しているはずです。それが、いつしかワシントンの特権階級やエリートによって奪われて
しまっていた、それを、もう一度、国民に返すのだ、この就任式典は、そのためにあるのだと言っているわけです。
この部分は明らかに、これまでの民主党政権に対する痛烈な批判となっています。
「権力をワシントンから国民に返す」という言葉は、1863年にリンカーンの「人民の人民による人民のための政治」という言葉を想い起させ
ますが、果たしてトランプ氏にその意識があったかどうかはわかりません。
今回のスピーチの原稿が、オバマ氏の時のように、スピーチ・ライターによって書かれたものなのか、トランプ氏自身によって書かれたもの
なのかは分かりません。
ただ、この原稿についてはトランプ氏自身が随分前から構想を練り、書き直していたことが報じられていますから、ひょっとしたら彼自身の
政治信条なのかもしれません。
いずれにしても、上の理念が果たして本物なのか、あるいはたんなる、人気取りのリップサービスなのかは、これから現実の政治の中で
試されるでしょう。
また、トランプ大統領を誕生させた、既存の政治に対する強い不満を抱いていた人たちに向けて、既存の政治(実際には民主党政権)に
たいする痛烈な批判を浴びせます。
ワシントンが栄えている一方、(一般の)国民は その富の分け前にあずかってこなかった。政治家は栄華を享受したが、
仕事は減り工場は閉鎖された。既得権者(the establishment)は自らを守ったが、我が国の市民は守られなかった。彼ら
(既得権者や政治家などのエリート)の勝利は、あなた方の勝利ではなかった。彼らの 凱旋はあなた方の凱旋ではなか
った。彼らが首都で祝杯を挙げている一方で、我が国のいたるところで生活のために格闘している家族にとって祝うこと
などほとんどない。(注1) (大木による仮訳。カッコ内は大木が付け加えた)
あたかも韻を踏むように、エリートが栄華を誇っている陰で、それから取り残された人々がいることを対比させています。このレトリックは
随所で繰り返されます。
次に、トランプ氏は、仕事を奪われ、見捨てられた人々は、もうこれからは見捨てられることはない、とのメッセージを繰り返し語りました。
これは明らかに、今回の選挙で、トランプ氏を強力に押し勝利に導いた人々へのメッセージです。
彼らが見捨てられたのは、アメリカ企業が外国に工場を移し、海外からの輸入品によって仕事と市場を奪われたからだ、というのがトラ
ンプ氏の一貫した主張です。これに対して「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇え」と訴えました。
就任演説では、「国境を取り戻す」「富を取り戻す」「仕事を取り戻す」ことを強調しました。
こうした姿勢は、予想された通りで、意外性はありませんでした。
演説の後半では、経済だけでなく外交においても「アメリカ・ファースト」(アメリカ第一主義)で進むことを強調します。
安全保障に関しても、それぞれの国はそれぞれの国の利益を優先して考えるべきである、との立場を鮮明にしています。
つまり、アメリカはアメリカの利益に従って軍事も外交も考えてゆくことを宣言しているのです。
これは、従来の、国際協調主義から一歩引いてゆくことを意味しているのですが、ただ、イスラム過激なテロリズム(具体的にはISを想定
している)に対しては、この地上から根絶する、と述べています。
オバマ政権は、この問題にてこずりましたが、トランプ氏は、この問題に対しては強硬路線をとるようですが、そう簡単にゆくでしょうか。
選挙中の言動で彼に向けられた白人中心主義に対する批判を意識してか、演説の最後の方で、
黒人であろうと、褐色の人種であろうと、白人であろうと、全ての人には愛国という同じ赤い血が流れていることを忘れ
てはならない。我々全ては同じ栄光を享受し、同じ自由を享受し、そして同じ偉大なアメリカの国旗に敬意を表する。
と、人種の壁を越えて団結することを訴えます。
さて、以上は、トランプ氏の言葉をそのまま引用しつつ、彼の政治姿勢を、就任演説をとおして素描したものです。
しかし、私にはやはりトランプ氏に関して大きな疑問符を付けざるを得ない懸念があります。
彼は、ホワイトハウスのエリート、特権階級を非難する一方で、言葉の上では、忘れ去られた人々に対して、ともに団結して「アメリカを再
び偉大な国にしよう」と呼びかけています。
しかし、トランプ政権の閣僚や主要人事をみると、軍人と大富豪(もちろんトランプ氏自身も含めて)によって占められています。
トランプ政権は「軍人と大富豪による、軍人と大富豪のための政治」だ、との皮肉がアメリカ国内で飛び交っています。
果たして本当に、反特権階級の政策を貫くことができるのか、「忘れられた人々」の生活を向上させることができるのか、そして、白人至上
主義者を要職に就けて、本当に人種の壁を越えた国民的統合をもたらすことができるのだろうか?
私には、アメリカ社会の中に生じてしまった断絶はあまりに大きく深く、その溝を埋めて「一つのアメリカ」を実現するのは、きわめて難しい
ような気がします。
確かに選挙には勝ったが、トランプ政権の支持率は40%。過半数の国民にとって「望まれない大統領」には、難問が山積みです。
最後に、日本にとっての影響について触れておきましょう。
就任式の直後、トランプ氏はいくつかの大統領令を出しました。その中に、以前より公約していたTPPからの離脱が含まれています。
安倍首相は、今年1月のアジア太平洋諸国訪問で、TPP実現を説得して回っていました。そして、トランプ大統領がTPP離脱を発表した
まさにそお同じ日、日本政府はニュージーランに、日本はTPPに関する国内手続きを全て完了したことを伝えました。
いずれにしても、安倍政権のこうした言動は、国際社会からみると、恐ろしいほどの政治音痴というか、この上なく間抜けな言動に移ります。
昨年のトランプとの会談の後、トランプ氏を「信頼できる指導者だと確信した」とはしゃいでいましたが、国民の過半数が支持しない大統領
を、どうして「信頼できる指導者」だと確信したのか、首をかしげてしまいます。
トランプ氏は、選挙運動期間には何を言っても、いざ政治を始めれば、現実的に変わるだろう、という日本政府の希望的観測は、見事に打
ち砕かれてしまったのです。
TPPに続いて、基地の存続問題、基地の費用負担問題についても、「アメリカ第一」の徹底したリアリズムで日本に接すてくることは間違い
ないでしょう。
これを期に日本も、そろそろアメリカからの「乳離れ」する必要があります。
(注1)英語の原文書き起こしは『毎日新聞』(電子版)(2017年1月21日)http://mainichi.jp/english/articles/20170121/p2g/00m/0in/004000c?fm=mnm#csidxbceda62f2543599be6316b2f5ce2fdb による。(Copyright 毎日新聞)
大木昌のTwitter https://twitter.com/oki50093319
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1月中旬の関ヶ原は、雪国のようでした。(新幹線の車窓より)

紺碧の空に映える京都平安神宮

同じ日、静岡は快晴、温暖。ロマネスク風の旧静岡市役所

ドナルド・トランプ氏は2017年1月20日正午(日本時間21日午前2時)、第45代アメリカ大統領就任の宣誓を、続いて就任演説を行いました。
この就任演説で新大統領が何を言うかは、アメリカ国民だけでなく、全世界の人々が注目していました。
この就任演説にかんするコメントや評価は、そのうち各方面からなされるでしょうが、それを含めた私のコメントは別の機会にゆずるとして、今
回は、私自身が演説を聞いた直後に抱いた感想のうち、幾つか印象に残った言葉に絞って書いてみたいと思います。
選挙運動中からトランプ氏が一貫して発してきたフレーズは、「アメリカを再び偉大な国にする」(Make America Great Again)でした。
これはオバマ氏の有名なフレーズ「我々にはできる」(Yes,We Can)と同様、後々までトランプ大統領という存在とともに記憶されるでしょう。
トランプ氏が、このフレーズを商標登録していることからも分かるように(『日刊ゲンダイ』2017年1月21日)、彼はこの言葉にかなり強い思い入
れがあるようです。
さて、演説ですが、アメリカを再び偉大な国にするために、トランプ氏はまず、我々アメリカ国民は国を「立て直す」(rebuild)ために団結しよう、
と訴えました。
言い換えると、現在のアメリカは疲弊し、演説の途中では、「かつての栄光は遠い過去のものとなった」、とも言っています。
続いて、トランプしは大統領としての理想と理念を語ります。
今日の式典は、しかし、特別な意味を持っています。なぜなら、私たちは今、たんに、一つの政権からもう一つの政権へ、
あるいは一つの政党から他の政党への権力の移行を取り行っているのではありません。そうではなくて、私たちは権力を
ワシントンからあなた方、国民(the people)に返そうとしているのです。
経済(金儲け)しか関心がないと言われるトランプ氏ですが、彼の就任演説のなかで、唯一、格調高い部分です。
今回の大統領就任は、民主党政権から共和党政権への、まぎれもない政権から政権、政党から政党への権力の移行です。
しかし、その権力の基礎とは、もともと国民に由来しているはずです。それが、いつしかワシントンの特権階級やエリートによって奪われて
しまっていた、それを、もう一度、国民に返すのだ、この就任式典は、そのためにあるのだと言っているわけです。
この部分は明らかに、これまでの民主党政権に対する痛烈な批判となっています。
「権力をワシントンから国民に返す」という言葉は、1863年にリンカーンの「人民の人民による人民のための政治」という言葉を想い起させ
ますが、果たしてトランプ氏にその意識があったかどうかはわかりません。
今回のスピーチの原稿が、オバマ氏の時のように、スピーチ・ライターによって書かれたものなのか、トランプ氏自身によって書かれたもの
なのかは分かりません。
ただ、この原稿についてはトランプ氏自身が随分前から構想を練り、書き直していたことが報じられていますから、ひょっとしたら彼自身の
政治信条なのかもしれません。
いずれにしても、上の理念が果たして本物なのか、あるいはたんなる、人気取りのリップサービスなのかは、これから現実の政治の中で
試されるでしょう。
また、トランプ大統領を誕生させた、既存の政治に対する強い不満を抱いていた人たちに向けて、既存の政治(実際には民主党政権)に
たいする痛烈な批判を浴びせます。
ワシントンが栄えている一方、(一般の)国民は その富の分け前にあずかってこなかった。政治家は栄華を享受したが、
仕事は減り工場は閉鎖された。既得権者(the establishment)は自らを守ったが、我が国の市民は守られなかった。彼ら
(既得権者や政治家などのエリート)の勝利は、あなた方の勝利ではなかった。彼らの 凱旋はあなた方の凱旋ではなか
った。彼らが首都で祝杯を挙げている一方で、我が国のいたるところで生活のために格闘している家族にとって祝うこと
などほとんどない。(注1) (大木による仮訳。カッコ内は大木が付け加えた)
あたかも韻を踏むように、エリートが栄華を誇っている陰で、それから取り残された人々がいることを対比させています。このレトリックは
随所で繰り返されます。
次に、トランプ氏は、仕事を奪われ、見捨てられた人々は、もうこれからは見捨てられることはない、とのメッセージを繰り返し語りました。
これは明らかに、今回の選挙で、トランプ氏を強力に押し勝利に導いた人々へのメッセージです。
彼らが見捨てられたのは、アメリカ企業が外国に工場を移し、海外からの輸入品によって仕事と市場を奪われたからだ、というのがトラ
ンプ氏の一貫した主張です。これに対して「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇え」と訴えました。
就任演説では、「国境を取り戻す」「富を取り戻す」「仕事を取り戻す」ことを強調しました。
こうした姿勢は、予想された通りで、意外性はありませんでした。
演説の後半では、経済だけでなく外交においても「アメリカ・ファースト」(アメリカ第一主義)で進むことを強調します。
安全保障に関しても、それぞれの国はそれぞれの国の利益を優先して考えるべきである、との立場を鮮明にしています。
つまり、アメリカはアメリカの利益に従って軍事も外交も考えてゆくことを宣言しているのです。
これは、従来の、国際協調主義から一歩引いてゆくことを意味しているのですが、ただ、イスラム過激なテロリズム(具体的にはISを想定
している)に対しては、この地上から根絶する、と述べています。
オバマ政権は、この問題にてこずりましたが、トランプ氏は、この問題に対しては強硬路線をとるようですが、そう簡単にゆくでしょうか。
選挙中の言動で彼に向けられた白人中心主義に対する批判を意識してか、演説の最後の方で、
黒人であろうと、褐色の人種であろうと、白人であろうと、全ての人には愛国という同じ赤い血が流れていることを忘れ
てはならない。我々全ては同じ栄光を享受し、同じ自由を享受し、そして同じ偉大なアメリカの国旗に敬意を表する。
と、人種の壁を越えて団結することを訴えます。
さて、以上は、トランプ氏の言葉をそのまま引用しつつ、彼の政治姿勢を、就任演説をとおして素描したものです。
しかし、私にはやはりトランプ氏に関して大きな疑問符を付けざるを得ない懸念があります。
彼は、ホワイトハウスのエリート、特権階級を非難する一方で、言葉の上では、忘れ去られた人々に対して、ともに団結して「アメリカを再
び偉大な国にしよう」と呼びかけています。
しかし、トランプ政権の閣僚や主要人事をみると、軍人と大富豪(もちろんトランプ氏自身も含めて)によって占められています。
トランプ政権は「軍人と大富豪による、軍人と大富豪のための政治」だ、との皮肉がアメリカ国内で飛び交っています。
果たして本当に、反特権階級の政策を貫くことができるのか、「忘れられた人々」の生活を向上させることができるのか、そして、白人至上
主義者を要職に就けて、本当に人種の壁を越えた国民的統合をもたらすことができるのだろうか?
私には、アメリカ社会の中に生じてしまった断絶はあまりに大きく深く、その溝を埋めて「一つのアメリカ」を実現するのは、きわめて難しい
ような気がします。
確かに選挙には勝ったが、トランプ政権の支持率は40%。過半数の国民にとって「望まれない大統領」には、難問が山積みです。
最後に、日本にとっての影響について触れておきましょう。
就任式の直後、トランプ氏はいくつかの大統領令を出しました。その中に、以前より公約していたTPPからの離脱が含まれています。
安倍首相は、今年1月のアジア太平洋諸国訪問で、TPP実現を説得して回っていました。そして、トランプ大統領がTPP離脱を発表した
まさにそお同じ日、日本政府はニュージーランに、日本はTPPに関する国内手続きを全て完了したことを伝えました。
いずれにしても、安倍政権のこうした言動は、国際社会からみると、恐ろしいほどの政治音痴というか、この上なく間抜けな言動に移ります。
昨年のトランプとの会談の後、トランプ氏を「信頼できる指導者だと確信した」とはしゃいでいましたが、国民の過半数が支持しない大統領
を、どうして「信頼できる指導者」だと確信したのか、首をかしげてしまいます。
トランプ氏は、選挙運動期間には何を言っても、いざ政治を始めれば、現実的に変わるだろう、という日本政府の希望的観測は、見事に打
ち砕かれてしまったのです。
TPPに続いて、基地の存続問題、基地の費用負担問題についても、「アメリカ第一」の徹底したリアリズムで日本に接すてくることは間違い
ないでしょう。
これを期に日本も、そろそろアメリカからの「乳離れ」する必要があります。
(注1)英語の原文書き起こしは『毎日新聞』(電子版)(2017年1月21日)http://mainichi.jp/english/articles/20170121/p2g/00m/0in/004000c?fm=mnm#csidxbceda62f2543599be6316b2f5ce2fdb による。(Copyright 毎日新聞)
大木昌のTwitter https://twitter.com/oki50093319
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1月中旬の関ヶ原は、雪国のようでした。(新幹線の車窓より)

紺碧の空に映える京都平安神宮

同じ日、静岡は快晴、温暖。ロマネスク風の旧静岡市役所
