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大木昌の雑記帳

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日本学術会議問題に見る菅首相の本性(1)―「菅義偉という人物の教養のレベルが露見した」―

2020-10-11 06:34:13 | 政治
日本学術会議問題に見る菅首相の本性(1)
―「菅義偉という人物の教養のレベルが露見した」―

日本学術会議(以下、「会議」と略す)が推薦した105人の新規会員のうち、6人が菅首相
によって拒否されたことが、今月初めに明らかになりました。

これにたいして、当事者である「会議」はいうまでもなく、多くの識者から抗議の声が上がり
ました。抗議の理由は後で述べるとして、まず、日本学術会議とは、どのようにして生まれ、
どんな法的な根拠をもち、何を目的とするのか、という基本を押さえておく必要があります。

上記の点を理解すると、今回6人の任命を拒否した菅首相は、「会議」設立の趣旨と経緯を無
視し、科学や学問にたいする敬意も理解がいかに希薄であるかが明になります。

まず、設立の経緯ですが、日本学術会議は昭和24年(1949)に設立された日本の科学者
を代表する機関で、その趣旨は発足時の「決意表明」に述べられています(注1)。

くわしくは、「決意表明」をみていただくとして、その中でも特に重要な部分は、「これまで
わが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し」という個所で、この具体的内容はは
発足の翌年1950と1967の声明に、より明確に示されています。

1950年に「会議」が出した宣言には、次のように書かれています。

    われわれは、文化国家の建設者として、はたまた世界平和の使として、再び戦争の惨
    禍が到来せざるよう切望するとともに、さきの声明を実現し、科学者としての節操を
    守るためにも、戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わないというわれわ
    れの固い決意を表明する。(注2)

すなわち、決意表明の「反省」とは、戦前、科学者が戦争へ協力してきたことへの反省を指し、
二度出された声明は今後、軍事目的の研究を行わないことを宣言したものです。

この姿勢は、「会議」の法的根拠となる現行の「日本学術会議法」にもはっきり表れています。

まず、「日本学術会議法」の条文の前に、「前文」(元の法律には「前文」の文字はありませ
んが)に相当する文章があり、そこで、「会議」の理念が述べられています。

「日本学術会議法」は、一種の個別法ではありますが、その理念から説き起こしている点が、
「家族法」や「道路交通法」のような他の個別法と異なり、むしろ憲法に近い構成になってい
ます。

何よりこの法律は、「会議」が独立した特別な組織であることを示しています。以下に、「前
文」に相当する部分を示しておきます。

    日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の
    下に、 わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の
    進歩に寄与する ことを使命とし、ここに設立される。

この部分からもうかがえるように、科学が文化国家の基礎であることの確信に立って、わが国
の平和的復興だけでなく、人類社会や世界の学会と提携の福祉に貢献する、という崇高な理念
がこの会議を支えているのです。次に、「会議」の設立及び目的につては

第一条 この法律により日本学術会議を設立し、この法律を日本学術会議法と称する。
2 日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。
3 日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする。 (平一一法一〇二・平一六法二九・一部
改正)

第二条 日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を 図
り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする。

そして、重要な第二章の「職務および権限」では

第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

と定めている。つまり、「会議」の最も重要な性格は、その「独立性」あるいは「自律性」であ
ることを、謳っています。この「独立して」という部分は、単に個人が己の心情にしたがって、
という意味に留まらず、「日本学術会議」として、政治権力や軍部や企業などの干渉を受けずに、
という強い主張が込められているのです。

この学術の独立性こそが、仮にも日本が文化国家を名乗るならば、尊重されるべき最も重要な点
なのです。

それでは「会議」の具体的な組織の構成その他をみてみましょう。

第七条 日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、こ れを
    組織する。
第二項 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

その第十七条は、「推薦」に関して、「 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研
究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内
閣総理大臣に推薦する ものとする」と規定しています。(平成一六法二九・全改)(注3)

なお、補足しておくと、「会議」は210人の「会員」の他に2000人ほどの「連携会員」が
おり、かれらは「会員」から選ばれて、会議の会長により任命されます。任期はいずれも6年で
3年毎に半数が入れ替わります

一般会員も連携会員(非常勤ではありますが)特別国家公務員という地位が与えられ、一般会員
と同様、日当と経費が支払われます。

以上を念頭において、改めて菅内閣が、6人の任命を拒否した問題を考えてみましょう。

まず、「会議」が、菅首相による任命拒否に対して強く反発していますが、それはなぜなのでし
ょうか。

学会側の反発の根拠は幾つかあります。第一は、1983年11月、中曽根首相(当時)が、国
会で、「政府が行うのは形式的任命」「学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない」
といった政府答弁があり、政府は「会議」が推薦した新会員を拒否することはない、と明言し、
それは公文書として残っていることです。

第二は、もし、「会議」が推薦した人の任命を拒否するなら、その理由をはっきり説明すべきだ、
という点です。これまで、政府側は誰一人、理由を明らかにしていません。

第三は、安倍政権の時から、一般の研究助成予算は徐々に減っているのに、軍事研究へはますま
す多額の予算をつける政策をとっていることに対する「会議」としての危機感があります。

具体的には、2017年には、軍事応用できる基礎研究に費用を助成する防衛省の「安全保障技術研
究推進制度」の予算を大幅に増やしている、という実態があります。

この制度のもとで、2015年度の予算は3億円だったものが、16年度には六億円、そして17年
度には110億円と激増しました。

これにたいして「会議」は17年、50年ぶりに軍事研究に関する声明を発表し、その中で「政
府による介入が著しく、問題が多い」と批判しました。

つまり、政府に協力して軍事研究をすれば研究費をつけてやるという、お金を通じて研究に介入
することを全面的に推進してきています。

これは、「会議」の根底にある、「学問の自由と独立」、そして軍事研究を絶対に行わない、と
いう発足の理由となった理念と真正面からぶつかり、これらの点は絶対に譲れないでしょう。

以上の背景を考えると、6人の任命がなぜ拒否されたのかが、浮かび上がってきます。

任命を拒否された6人とは、①宇野重規教授(東京大学 政治思想史)、②芦名定道教授(京都
大学 キリスト教学)、③岡田正則教授(早稲田大学大学院 行政法)、④小沢隆一教授(東京
慈恵会医科大学 憲法学)、⑤加藤陽子教授(東京大学大学院 日本近現代史)、⑥松宮孝明教
授(立命館大学大学院 刑事法)です。

この6人は、上記の順に、①特定秘密法を批判、②安保関連法に反対する学者の会等の賛同者、
③安保関連法に反対、④国会で安保関連法案について反対、⑤憲法学者でつくる「立憲デモクラ
シー」の呼び掛け人で改憲や特定秘密保護法に反対、⑥国会で「共謀罪」を「戦後最悪の治安立
法」と批判した、という背景があります。

一言でいえば、政府が強硬に推進してきた、これらの法律は「戦争への準備」という性格をもっ
ています。

これら拒否された人物と彼らの過去の言動を対応させれば、外形的には誰が見ても、そして、菅
首相をはじめ他の政府幹部が、どんな「理屈」をつけようが、拒否の背景に政府の施策に反対し
た学者を排除する意図があったとしか思えません。

「理由の説明もなく、到底承服できない。学問の自由への侵害ではないか」、もしそうでないな
ら、はっきりとした根拠を示すべきだ、もし、示せないなら拒否した6人を任命すべきだ、とい
うのが「会議」側の主張です。

任命を拒否した菅首相は、5日行われた内閣記者会によるインタビューで、ほとんどは官僚が書
いたと思われる文章を棒読みするだけでした。

そして、拒否の理由については「総合的、俯瞰的な活動を求めることになった。総合的、俯瞰的
な活動を確保する観点から、今回の任命についても判断した」「個別の人事に関するコメントは
控えたい」、とついに、本当の理由を一言も言っていません。

これ以後、政府側の答えには「総合的、俯瞰的」という言葉が、まるで「壊れたレコード」のよ
うに繰り返されました。

しかし、全体を通してみると、菅首相が、学問の自由とか独立、ということにほとんど関心がな
いことが分かります。

こうした首相の一連の言動をみて、静岡県の川勝平太知事は7日の定例会見で、「菅義偉という
人物の教養のレベルが露見した。『学問立国』である日本に泥を塗った行為。一刻も早く改めら
れたい」と強く反発しました。
 
川勝知事は早大の元教授(比較経済史)で、知事になる前は静岡文化芸術大の学長も務めた、い
わゆる「学者知事」です。川勝知事は6人が任命されなかったことを「極めておかしなこと」とし、
文部科学相や副総理が任命拒否を止めなかったことも「残念で、見識が問われる」と述べています
(注4)。

次回は、任命拒否の問題点を、さらにくわしく検討し、合わせて、この問題に対する内外の反応を
みてみます。

                (注)
(注1)設立の際の声明は http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-01-s.pdf を参照。
(注2 http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/index.html
(注3)http://www.scj.go.jp/ja/scj/kisoku/01.pdf
(注4)『朝日新聞』デジタル版(2020年10月7日18時24分)
    https://www.asahi.com/articles/ASNB761QMNB7UTPB00D.html?ref=mo r_mail_topix3_6


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菅内閣誕生(2)―理念なき政治と安倍政権の継承の中身は?―

2020-09-24 22:57:45 | 政治
菅内閣誕生(2)―理念なき政治と安倍政権の継承の中身は?―

一体、この国の国民はどうなっているのだろうか? 私には到底理解不能です。

安倍首相が辞任を発表する直前の8月22~23日に共同通信が行った世論調査では、
安倍内閣の支持率は36%まで落ちていました。

ところが辞任表明の直後の29日~30日の調査では56.9%に跳ね上がりました。

同じ29~30日の調査で、次期首相にふさわしい人のトップは石破茂氏で34.3
%、菅義偉氏は14.3%でした。

ところが、有力派閥がこぞって菅氏を推すようになり、菅氏の勝利が確実になった9
月8~9日の調査では、菅氏が50.2%でトップになりました。

まず、安倍首相の支持率からみると、わずか1週間で20%以上も跳ね上がったので
す。少なくとも、病気のため辞任という行為以外、安倍首相に何かプラスの要因があ
るとは思えません。

この1週間に国民の心に何が起こったのでしょうか?何を信じたらいいのでしょうか?

菅氏に対する評価にしても、自民党の有力派閥がこぞって支持したという点以外、一
気に36%も支持が上がる、という理由は見つかりません。

安倍氏に関しては、病気による辞任に、きっと本人には無念の思いがあるのではない
か、という同情が集まった可能性はありあす。

しかし、菅氏に関しては、国民の多くが突如として日本の顔としてふさわしい、と評
価が上げた理由は私には分かりません。

姜尚中氏は、菅政権は、自民党内にも国民の間にもただよっていた「長いものには巻
かれろ」という雰囲気と、安倍政権にたいするノスタルジー(郷愁)のなかで誕生し
た、と述べています(注1)。

前半部分は分かりますが、国民が安倍政権へのノスタルジーを感じたという点は、私
にはちょっと疑問です。

総裁選に際しての岸田文雄、石破茂、菅義偉の三氏による討論でも、「森・加計・さ
くら・問題」にかんして、岸田・石破両氏は、国民が疑問に思っている以上は再調査
すべき、という姿勢をみせていたのに、菅氏は、もう決着済みだから再調査の必要は
ない、と突っぱねていました。

安倍首相が政権末期にこれらの問題で追及され、国民の支持率がそのために低かった
のに、菅氏が、その再調査を拒否すれば評価はさがることはあっても上がるとは、不
思議というほかはありません。

また、三氏の立候補の所見発表演説でも、岸田氏は、所得格差が広がっており、社会
に分断が生じているとの認識から、キャッチフレーズは「分断から協調へ」という、
それなりに社会の大枠をとらえ、将来像を示しています。

また、石破氏は、「平成で民主主義が大きく変質を遂げた」と指摘したうえで、戦前
に軍部が国民に正確な情報を伝えないまま、第二次世界大戦に突き進んだ悲劇に触れ
「正しい情報が有権者に与えられなければ民主主義は機能しない」との認識から、キ
ャッチフレーズを「納得と共感の政治」を主張しました。これも、歴史認識を踏まえ
た政治に対するまっとうな姿勢です。

これにたいして菅氏は、優位に立っている自信なのか、首相としての価値観を含んだ
理念については語らず、安倍政権の継承のほかは、自民党の綱領に盛り込まれた「自
助・共助・公助」に「絆」を付け加えたフレーズを示しただけでした。

つまり、まず、自分の力で問題を解決すべく努力し、それが無理なら他の人の協力で
乗り越え、それでもだめなら、ようやく「公」(国や自治体)が助ける、という姿勢
を前面に出しました。

石破氏も岸田氏も、社会全体と歴史認識を含んだ理念を語っているのに対して、菅氏
はそうした他理念ではなく、国民に対して、「こうせよ」と上から命令している感じ
がします。

菅氏の「売り」は7年8カ月、安倍政権を支えてきた実績と、秋田の貧しい農村で生
まれ、高校卒業後、単身上京し、町工場で働き、自分の力で大学を出た、という生い
立ち話です。

菅氏が以前『週刊文春WOMAN』(2019年夏号)に、「私の田舎はものすごく貧しい
ところでした(略)。高校卒業後、たいていは農業を継ぐんですが、豪雪地帯ですか
ら、結局冬には出稼ぎに行くんです」と語っています。

貧しい田舎、出稼ぎ、といった言葉からは、かつての青少年の苦労が滲むようですが、
実際はかなり違っていました。

菅氏のある同級生によれば、「中学校は一学年に150人くらいいたのですが、高校
に進学したのは三十人ほど。当時、進学するにはある程度、家が裕福でなければなら
なかった」という状態でした。

さらに菅氏の二人の姉は大学に進学しています。女性が大学に進学するのは珍しかっ
た時代でしたが、「義偉の二人に姉はともに大学に進学し、高校の教師になっていま
す。母親も結婚前は尋常小学校の教員で、叔父や叔母も教員という家系。普通の農家
とは違いますね」(菅家を知る人物)

裕福な暮らしの背景には父親のイチゴの栽培事業がありました。70年代には父親が
開発した冬場にできるイチゴ事業が大当たりして菅家は一気に裕福になりました。現
代でいう「カリスマ農家」でした。

菅氏の父親は、義偉氏が高校一年生の時から四期にわたって雄勝町議を務めるなど、
地元の名士でした。

母校の湯沢高校のHPには、2013年7月8日に講演した時の発言が紹介されています
が、そこには「湯沢高校卒業後に東京の町工場に集団就職した」と記されています。
自分一人で出て行ったのに集団就職はまずいのではないか、という小学生からの同級
生に対して、それは敢て訂正しない、と答えたという(注2)。

つまり、実際には相応に裕福な家庭だったにもかかわらず集団就職などの言葉を使っ
て、苦労人を演じていましたが、あくまでも自分の意志で東京暮らしを選んだという
のが実際です。苦労人としての自分を印象づけたかったのかもしれません。

このようなイメージから、菅氏は地方の出身だから、地方の声を聞き地方に寄り添っ
てくれるのではないか、との期待する人もいます。

では、その地方の人たちはどう思っているのだろうか。福島の自民支持者でもある畜
産農家のご主人は、総裁選で菅氏の勝利をみて、「地方の声なんて届かない。政治な
んてそんなもんだ」と苦笑すると、彼の妻も「次の総選挙まで一年。そう思ってあき
らめているようなところもあるよね」と、つぶやいていた。

また、菅氏はこれまで官房長官時代から福島の問題で自ら踏み込んだ発言をしたこと
はほとんどなく、避難者の生活実態に目を向けず、これまで家賃補助や住宅の無償提
供といった支援の打ち切りを進めてきました。

福島から横浜市に避難した「原発事故被害者団体連絡会」幹事の村田弘氏は「安倍政
権を継承する菅さんが総裁に就いたところで、希望や期待は持てない」、「冷淡な印
象しかない」と語っています(『東京新聞』2020年9月15日)。

首相指名された後の記者会見で語った菅氏の発言は期待外れでした。

菅氏は、最優先課題は「新型コロナウイルス対策と、その上で社会経済活動(実態は
経済活動)をとの両立を目ざすと言い、経済については「Go To キャンペーン」や、
持続化給付金、雇用調整助成金、無利子無担保融資の経済対策、携帯電話料金の値下
げなど、具体的な方策を語っています。

しかしコロナ対策については、具体的な方策も、方向性さえも触れていません。私は、
菅氏の関心は、やはり経済優生で、コロナ対策は付け足しに過ぎないとの印象を持ち
ました。

菅氏は、理念を語ることを嫌うそうです。これまでは、安倍首相の広報官として首相
の考えを説明したり、ある場合には批判を抑え込んだり問題を隠蔽したり、と黒子役
でした。

しかし、首相になったからには、携帯電話料金の値下げなどチマチマしたことを言わ
ず、日本をどのような国にしたいのか、そして自分の国家観なり政治理念を明確に指
し示す必要がありますが、それには全く触れませんでした。これには大いに失望しま
した。

ところで菅首相のもう一つの看板は、安倍政権の継承ですが、よく言われるように、
何を継承し、何を継承しないのかを明らかにはしていません。

菅氏の行政改革の方向について「行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義を打ち破
って、規制改革を全力で進める」と述べています。

携帯電話料金の値下げも、大手三社による寡占状態を打破することも、規制緩和の一
環に位置付けられています。

規制緩和による自由競争の推進、という考え方は小泉首相時代の新自由主義への回帰
です。これは、経済は企業や個人の自由な活動に、価格も市場にまかせ、そのために
障害となる規制をできるだけ排除する、その代わり、そうした活動の結果は自己責任
である、という市場原理主義の思想です。

ところが、携帯電話の料金を下げろ、と国家が市場価格に介入するというのは、この
原理に反しています。

そもそも安倍政権時代から、いわゆるアベノミクスは、政府が日銀を使い、530兆
円の国債を買い、また日銀は、株式で構成される金融商品、株価指数連動型上場投資
信託(ETF)を毎年6兆円のペースで買い増すことにより間接的に株式を保有して
います。日銀が間接的に保有する株式(時価ベース)は、3月末時点、東証1部だけ
で28・4兆円に達して医います。

これではまだ足りないのか、「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)が投入
した金額は、19年3月末の時点で東証1部上場企業の株式の形で総額で37・8兆
円にも上ります(注3)。

要約するとアベノミクスは、巨額の貨幣を市場に流して円安に導き、大量の株式を公
的資金で買い上げて株価を上げて、見かけの経済の好調を演出してきました。

安倍政権時代は、日本の経済は、新自由主義とは反対の、実態は「国家資本主義」に
なっていたのです。菅政権もこれを引き継ぐことを表明しています。

菅氏は、一方で新自由主義的な発想で規制緩和を叫びながら、大枠では「国家資本主
義」を維持するという、原理的に矛盾した経済運営を目指しています。

この原理的な矛盾を、菅政権はどのように考えているのでしょうか?あるいは、全く、
矛盾していること自体に気が付いていないのでしょうか?

いずれにしても、菅氏は7年8カ月におよぶ安倍政権の功罪を検証する必要がありま
す。それなくして、軽々しく「安倍政権の継承」などとは言うべきではないでしょう。



(注1)『朝日新聞』デジタル 2020年9月22日 16時30分
     https://www.asahi.com/articles/ASN9L4JH2N9JUPQJ00K.html?ref=mor_mail_topix2
(注2)以上は、『週刊文春』20209月17日号:「菅義偉『美談の裏側』集団就職はフェイクだった」22-25ページ);『東京新聞』2020年9月13日「本音のコラム」より。
(注3)『赤旗』電子版(2019年7月12日(金)  https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-07-12/2019071203_01_1.html;『日刊ゲンダイ』(2020年9月9日)「金子勝の天下の逆襲」
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
お彼岸の頃になると、忘れずに一斉に咲くヒガンバナ                           木立の間に朝日が斜めに差し込む早朝の林
   

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菅内閣誕生(1)―練りに練った執念の首相の座―

2020-09-17 08:32:16 | 政治
菅内閣誕生(1)―練りに練った執念の首相の座―

2020年9月14日自由民主党は菅義偉氏(71)を総裁に選び、16日の臨時国会で
第九九代首相に指名され、菅内閣が発足しました。

この新内閣はまだ誕生したばかりなので、その評価は現時点では何とも言えません。以下
に、現時点での私の個人的な感想を書いておきます。

菅氏はこれまで、総裁選に出馬すること(首相の座を狙っていること)をずっと否定して
きました。

ところが、安倍首相の突然の辞任したため、急遽、次期の総理総裁を決める必要が生じま
した。この時になって、菅氏は総裁選に出馬することを発表しました。

この時の出馬会見で菅氏は、「熟慮に熟慮を重ねて判断」し、安倍政権を支えてきた一人
として「やむを得ず出馬に至った」ことを強調しました。

しかし、『週刊朝日』(9月18日号)の「菅義偉 “首相”のギラつく野心」と題した記
事や、『週刊ポスト』(25日号)の「菅義偉『姑息な新宰相』“アベ官邸乗っ取りの全
内幕」などの記事によれば、出馬会見での言葉はにわかに信じられません。

というのも、そこには「菅氏は自民党の二階俊博幹事長と水面下で手を握り、早い段階か
ら次期総裁のイスを虎視眈々と狙っていた思惑が垣間見えるからだ」という(『日刊ゲン
ダイ』2020年9月9日号)。

これについて、『東京新聞』(2020年9月15日)が詳細に報じています。それによると、
今回の首相選出の3か月前、まだ安倍首相(当時)の健康上の問題はまったく話題にもな
っていなかった、今年の6月17日、国会が閉幕したその夜、菅氏、二階幹事長両氏と森
山裕国対委員長、林幹雄幹事長代理は膝を突き合わせた。そして以下のような会話が交わ
されたという。

二階氏はすでに菅氏の野心を見抜いており、「次はあんたしかしない」、というと菅氏は
「首相が四選出馬しないなら目指したい」と本音を明かし、二階氏らは支援を誓った。

菅総理総裁への決意表明と二階氏による菅首相選出へのレールが敷かれ、菅首相誕生が規
定路線として決まった瞬間でした。

ただこの時点では、四氏の念頭にあったのは、任期満了にともなう来年秋の総裁選でした。
ところが、安倍首相は8月28日、突如、病気を理由に辞任を発表します。

退陣発表に先立って、安倍首相は官邸で麻生氏と会い、「緊急再登板」(つまり首相に再
登板)を打診したが、麻生氏は固辞しました。続いて、安倍首相は「次は菅さんだね」と
伝えました。これは事実上の後継指名でした。

さて、6月の二階氏を含む4人の会談と結論(菅首相の実現)について安倍首相が知って
いたのかどうかは分かりません。私は知らなかったと思います。

この際、安倍首相が菅氏を指名した最大の眼目は「石破氏つぶし」でした。政権幹部は、
それまで政権中枢から排除されてきた「石破氏が天下をとれば、(安倍)首相への報復が
必定だ」と漏らしています

8月28日の、安倍首相辞任発表の翌日、29日には二階氏、森山氏、林氏の三氏は菅氏
の求めに応じて集まり、その場で菅氏が「総裁選に出るのでよろしくお願いします」と伝
えました。菅首相誕生への最終確認でした。

6月からの「腹合わせ」で二階氏のシナリオ通り(二階派幹部)、自民党7派閥のうち
5派閥が、勝ち馬に飛び乗るように我先に菅氏支持に回わりました。

では「石破の追い落とし」は、どのように行われたのでしょうか?一つは、総裁選挙は地
方党員も含めたフルスペックの方法ではなく、両院総会で国会議員と各県3票の地方票に
よる投票、とすることでした。

というのも、議員プラス地方党員全員の総裁選を行えば、地方に人気がある石破茂氏が勝
つ可能性があったからです。これを避けるために二階氏は緊急事態を理由に、そして幹事
長の立場を利用して後者に導きました。この時点で石破氏の目は全くなりなりました。

石破追い落としのもう一つは、総裁選の際に、菅氏を支持する派閥から20票ほどがもう
一人の候補者、岸田文雄氏に流され、石破茂氏を何としても最下位の3位に落とし、来年
の総裁選への立候補の芽を摘んでおこうとする反石破勢力によって実行されたことが分か
っています(『東京新聞』2020年9月15日)。

さて、私は総裁選・首相選出の裏話、それ自身にはあまり興味はありませんが、安倍首相
の思惑とは別に、二階―菅ラインで密かに菅首相へのシナリオが書かれ、実行されたこと
は、今後の菅内閣の運営を見てゆく際に、心に留めておく必要があります。

私個人として、官房長官としての菅氏について、ある種、本能的な恐怖と不気味さ、そし
て暗さを感じてきました。

菅氏は、官房長官としての記者会見の際、あまり正面を向かず、分厚なノートのようなも
のに目を落としながら、ほとんど無表情で抑揚のない話し方をします。こうした雰囲気か
ら私は、菅氏とロシアのプーチン大統領と同様の印象をもっています。

2017年5月に、それまで政府の加計学園問題に関して批判していた文部事務次官(文部官
僚完了のトップ)が新宿歌舞伎町の出会い系バーに通っていたことを話したとき、唇の端
のほうで、かすかに薄笑いを浮かべているように私には見えました。

ついでに言えば、前川氏はそこで決していかがわしい行動をしていたわけではありません。

この時の一瞬の映像に私は、芯から菅氏の不気味さを感じ、背筋が寒くなる思いをしまし
た。そしてこの時の菅氏の表情は今でも脳裏に焼き付いており、不気味さの感覚は今でも
ずっと続いています。

この出会い系バーに通っていた、という情報事態は読売新聞の記事(2017年5月22日の
朝刊)を引用する形を取っていますが、それでは読売新聞はどこから情報をえたのか、な
ぜ、前川氏の行動を監視していたのでしょうか?

私は直感的に、ここには誰かが指示をして前川氏をマークしていたのではないか、と思い
ましたが、この点についてメディアはフォローしていません。

歌舞伎町の関係者は、この出会い系バーには、それまでにも警察にマークされていたよう
だ、と語っています(注1)。

それでは、なぜ警察はこのバーをマークしていたのでしょうか、誰の指示で警察は監視活
動をしていたのでしょうか?

真実は闇の中で、本当のことは分かりません。しかし、最近菅氏の総裁選に関連して幾つ
かの記事を読んで、なぜ、菅氏から受ける印象が暗いイメージをもつにか何となく腑に落
ちました。『日刊ゲンダイ』2020年9月9日号)は次のように書いています。

    危機管理という名のもとに菅が重用した「官邸ポリス」と呼ばれる警察官僚、警
    察権力との関係にも底知れぬ闇を感じざるを得ない。    
そして、政治ジャーナリストの伊藤博敏が『日刊ゲンダイ』に書いた「政権の闇」と題す
るコラム記事を引用して、
    「菅」を支えるのが公安警備畑の警察官僚だとすれば、ただでさえ華のない菅政
    権が、地味で暗いものになるのは避けられまい。

もう一つ、ジャーナリストの北丸雄二氏が『東京新聞』2020年9月4日に書いた「第5次
アベ内閣」と題するコラムで、この内閣(もちろん菅氏も含まれます)は
    内閣情報調査室で反対勢力の情報を握り、内閣人事局で官僚人事を握り、内閣法
    制局でほしいままの法解釈を手中にする無敵の第五次アベ内閣が継続するらしい
と書いています。

菅氏は霞が関の人事権を掌握し、政権の意に沿わない官僚は「移動してもらう」(左遷す
る)ことを明言しており、ある省庁幹部は「首根っこをつかまれ、官邸に意見を言いにく
い空気が続く」とことを危ぶんでいます(『東京新聞』2020年9月15日)

前出の前川氏は、安倍政権の権力を支え、内政を仕切っていたのは実質菅氏だったから、
このような体質は、菅内閣ではさらに強化されると警戒しています(『日刊ゲンダイ』
2020年9月9日号);(注2)

私は、もし菅政権が、官僚を左遷の恐怖で支配し、自由な議論を抑え込むことになれば、
日本にとって非常に大きな損失だと思います。

なぜなら、恐怖による支配下では官僚のモチベーションも下がり、優れたアイディアで
も出てきにくくなります。官僚は、ただ官邸の指示通り、無難に仕事をするだけになり
ます。しかし、本来は、自由闊達な議論こそが国を良くする源泉です。

先日、官庁にインターンで働いている東大生が、その省庁の優秀な官僚がどんどん辞め
ている、と語っていました。

さらに、菅官房長時代の菅氏の記者会見で記者の質問に対する答え方がとても気になっ
ていました。

映画監督の想田和弘さんは菅氏の答え方について、「コミュニケーションを一切遮断し
ている」と批判してきた。中でも繰り返された「ご指摘はあたらない」「まったく問題
ない」という説明を問題視します。

どんな質問をしても木で鼻をくくったような回答が返ってくるだけだと追及ができなく
なり、あたかも『無敵』に見える。だが、実は対話の土俵に乗るのを拒むもので、記者
の背後にいる国民とも対話する気がないという姿勢の表れだ」と話す。会見の主催は内
閣記者会で、「記者は質問を工夫し、追及しなければ」と注文を付ける(注3)。

これは菅氏が質問への答え、説明することを事実上拒否している姿勢で問題だと指摘す
る一方、質問する記者も工夫すべき、と注文を付けています。

私もまったく同感です。

たとえば、12日に開かれた記者クラブ主催の公開討論会で、森友、加計学園や首相主
催の「桜を見る会」について聞かれ、森友問題の公文書改ざんについて菅氏は「財務省
で調査し、検察でも捜査した。結果は出ている」、だから追加の調査はしない、と答え
ています。

財務省の調査が本当に適切であったか、検察の捜査が公正であったか、という問題もあ
る。この点に関して石破氏は、検察がどうのこうでではなく、70パーセント以上の人
が納得していないのだから、それを説明するのが政治の責務だ、としごくまっとうな反
論をしていました。

加計学園問題にしても「法令にのっとって、オープンなプロセスで検討が進められたこ
とが明らかになっている」、だから第三者による再調査は必要ない、とこれまでの回答
を繰り返しました(『東京新聞』2020年9月13日)。

そして、世論が納得しているか認識を聞かれたのにたいして、「世論というより、やは
り政府」と答えています。つまり、世論がどうあれ、政府の意志決定が優先すると、言
っているのです。この姿勢にも私は大いに疑問と不安を感じます。

菅氏が、全て過去の問題は決着済みだから、再調査する必要はないという態度を今後も
取り続けるとしたら、そして、今までのように「木で鼻をくくったような」回答しかし
ないとすれば、国民の菅政権に対する信用は失われてしまうでしょう。

(注1)NEWSポストセブン( 2019年4月7日 7時0分 )
https://news.livedoor.com/article/detail/16278770/
(注2)『サンデー毎日』デジタル版 2020年9月10日 05時00分(最終更新 9月10日 11時57分)
  https://mainichi.jp/sunday/articles/20200907/org/00m/010/003000d
(注3)『朝日新聞』(デジタル)2020年9月15日 20時36分
https://www.asahi.com/articles/ASN9H6JVDN9HUTIL00S.html?ref=hiru_mail_topix2_6

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2019年参院選(2)―「れいわ新選組」の衝撃―

2019-08-07 07:21:00 | 政治
2019年参院選(2)―「れいわ新選組」の衝撃―

今回の参院選でもっとも注目を浴びたのは、「れいわ新選組」の大躍進ではないでしょうか。
「れいわ」は、発足後、わずか3か月あまりで2人の国会議員を出し、政党要件である、比
例区での得票率2%をはるかに超える4・55%を獲得したのです。

そして日本では珍しい現象ですが、政党にもなっていない山本太郎氏(44才)率いる「れ
いわ新選組」(以下、「れいわ」と略記する)に、最終的には4億円を越す寄付が集まった
ことも、特筆すべきことです。

山本氏自身は比例区で落選しましたが、「特定枠」で重度の身体障がいをもつ舩後康彦氏と
木村英子氏の二人を当然させました。

「特定枠」とは、政党が比例区で優先順位を決めて得票数のいかんにかかわらず議席を与え
る、という今回初めて適用された制度です。

これは、そもそも自民党が合区によって議員定数を減らされた選挙区の定員分をこのような
形で議員を確保する目的で作った制度でしたが、皮肉にも、それを山本氏は逆手に取って、
まずは身障者2人に優先権を与えて当選させたのです。

「れいわ」が比例で228万票とったので、名簿上の上位2名の当選を勝ち取ったのです。

「れいわ」の驚くべき躍進は、山本太郎という傑出した演説家のパフォーマンスと、物事を
分かり易い言葉で熱を込めて言い切る明瞭さに負うところが大きいと思います。

彼のいくつかの演説はyoutubeで「山本太郎 演説」と検索すれば聞くことができます。例え
ば、“伝説の演説”ともなった、5月5日の小倉駅での演説では、“日本は壊れていくしかな
いんですよ。もう壊れているじゃないですか。”もう私たちは食い物にされているんです。
こうした状況に本気で怒っているんです。それを変えるために本気なんです“、と心からの
叫びを熱っぽく語りかけます(注1)。

彼は「本気である」ことを強調します。議員を一つの職業と考え、その地位を守ることが最
大の目標となった候補者の演説と比べると、その差はあまりにも明らかです。

もし、あなたが苦しんでいるとしたら、それはあなたのせいではなく、政治の構造の問題な
んです、という指摘も聴衆の気持ちをつかむ言葉です。

そして、毎年2万人以上の自殺者が出ている日本の現状に触れて、“死にたくなるような世
の中を、生きていたい世の中に変えましょう” と胸に刺さる言葉で訴えます。

そして最後に、「れいわ」が考える目的を達成するために“力を貸して下さい”と繰り返し
お願いします。

これは“あなたの清き1票を私に・・”といった古い言い回しとは説得力が違います。

山本氏の演説が説得力もって共感をもって受け入れられたことは、比例区で山本氏は個人で
比例最高得票の99万票もとっていることかも分かります。

上記の演説の動画には多くの人からコメントが寄せられています。今まで政治の演説で泣い
たことはなかったが、山本太郎の演説で泣いた、というコメントがありますが、こうした聴
衆はかなり多かったのではないでしょうか。

従来の選挙演説で、これほど熱っぽく、心からの言葉で政治を語った人があまりいなかった
ため、人びとの心に刺さったのだと思います。

『朝日新聞 デジタル版』の編集委員は、「こころからの言葉だから刺さった」というタイ
トルで、「街頭演説を何度か聞いて驚かされたのは、山本代表以外のほぼ無名の候補者たち
が発する言葉の強さだった、と記しています。

たとえば木村英子氏は「障害があるというだけで子供を分けていいはずがありません。もう
私のような子供たちを増やしたくないんです」。決して絶叫するわけではなく、静かな語り
口で語る言葉に、涙ながらに拍手する人がいたという。

さらに、次のような聴衆の声を書き止めています。
    元コンビニオーナーは、「強い者が弱い者をいじめる。コンビニはそういう世界。
    もういい加減、強い者が人間を部品のように扱うのはやめてくれ」。元派遣労働者
    のシングルマザーは、「若者が政治に無関心なんて絶対にウソ。政治が若者を、貧
    乏人を排除している。だったら、こっちは手作りの政治をつくるしかない」。
    れいわの候補者はみな、自分の生活に根ざした「言いたいこと」を持っていた。そ
    れが聴衆の心に刺さった。演説後に何人もが寄付の受付に列をなし、財布から千円
    札を取り出した光景がそれを物語る(注2)。

以上の他にも「れいわ」躍進の理由についてはさまざまな立場から見解が寄せられています。

たとえば、映画監督の想田和弘氏は、「政治に痛みつけられている人たちに希望を与えたこ
と」(『朝日新聞』2019年8月2日)と述べていますが、私も同感です。

ここで彼は、「政治に痛みつけられている人たち」の中身について具体的に述べてはいませ
んが、おそらく、非正規雇用で収入も上がらず貧困に甘んじている人、懸命に働きながらも
一向に生活の向上が実現できない人たち、半分以上が貧困となっている母子家庭、性的マイ
ノリティー、よりよい生活を求めて大学や大学院を修了したけれども多額の借金を負って社
会に出てゆく人たち(つまりマイナスからの出発)などなど、要するに現在の日本で見向き
もされず、貧困や困難にあえいでいると感じている人たちを想定しているものと思われます。

同様のコメントは、前新潟県知事の米山隆一氏も寄せえいます。
    左派ポピュュリズムど真ん中の政策・理念が、現在の政治で報われていない層の心
    をつかみ、そこに恐縮ながら「負け組ルサンチマン」と、山本太郎氏自身の演説能
    力・カリスマ性が加わって、各地の演説現場で見られた「熱狂」を生み出したから
    だと思われます。(注3)

「負け組ルサンチマン」とは、「今の日本には、一部の富裕層やITや金融でとんでもない富
を築いているごく少数の「勝ち組」がいる。自分は何も悪いことしていないし、一生懸命頑
張っているのに、なぜ報われず、将来の明るい展望も開けないのか」といいう「怨念、憎悪、
恨み」の感情です。

山本氏は、自腹で全国遊説する一方、演説を youtube のような動画投稿サイトに上げたり、
インターネットのSNSを通じて訴えるなどの選挙戦を展開しました。

山本太郎という人物の個人的な資質、とりわけ演説の能力が今回の選挙で大きな力を発した
ことは間違いありません。

それと同時に私は。この党の選挙公約(マニフェスト)であり、今後追及してゆく党是でも
ある目標に注目したいと思います。これらは、メディアでもあまり取り上げられませんが、
私はとても重要だと思います。

くわしくは、「れいわ新選組」のホームページ(注4)を見ていただきたいのですが、主な
ものをいくつか挙げておくと
    消費税は廃止、奨学金チャラ、全国一律!最低賃金1500円「政府が補償」、一次産
    業個別補償、真の独立国家を目指す(地位協定の改訂)、原発即時禁止)、障がい
    者への配慮、障がい福祉と介護保険統合路線の見直し・・・

これらのうち、今回の選挙でもっとも強調し、かつ多くの支持を得たのは消費税廃止の主張
ではないでしょうか。他の党が消費税値上げ凍結や、軽減税率の適用(飲食物は8%)など
を訴えましたが、山本氏は明快に「廃止」を主張しています。

一見、経済実態を無視したような主張ですが、彼によれば、消費税の値上げは確実に消費を
減らし、それが景気を一層悪くするというのです。

逆に、廃止によって消費は増え、経済は活性化し、企業利益も国民の所得も増え、結果税収
も増える、というのが彼の主張です。

消費税廃止の他にも、重要な項目が目白押しです。以上のマニフェスト項目の中で、私が特
に注目したのは、「真の独立国家を目指す(地位協定の改訂)」、『「トンデモ法」一括見
直し・廃止』です。

これまでの選挙向けのマニフェストであれ、党の公式見解であれ、「真の独立国家を目指す」
という見解を示した政党はありません。

この言葉の裏を返せば、日本はいまだに「真の独立国になっていない」、平たく言えば「属
国」であり、それが露骨に現れているのが日米地位協定(在日米軍の治外法権的な権利を認
めたもの)である、と言っているのです。

かつて、これほど明確に、日本は「真の独立国ではない」ことを前面に出した政党はあった
でしょうか?

つぎは『「トンデモ法」一括見直し・廃止』で、安倍政権下で行われた部政権下で行われた
法改正で、これにはTPP協定、PFI法、水道法、カジノ法、漁業法、入管法、種子法(廃止)、
特定秘密保護法、国家戦略特別区域法、所得税法等の一部を改正する法律、派遣法、安全保
障関連法、刑訴法、テロ等準備罪などが含まれます。

とりわけ安全保障関連法、テロ等準備罪(共謀罪)、特定秘密保護法などは、国民を二分す
る大問題です。

「トンデモ法」の中の、水道法、漁業法、種子法廃止は農水漁業(食料)と水の供給を自由
化(海外の企業含めた企業の自由競争に任せる)という法律で、これらに注目した政党は他
にありません。このあたりに、山本氏の政治的センスがはっきりと表れています。

つまり、山本氏は、安倍政権下で行われた法律改訂と新設の主要部分のほとんど全部を否定
し廃止するとしているのです。

これまでの記述は山本太郎という人物に焦点を当て過ぎたかもしれません。最後に、選挙の
結果で二人の重度身障者が国会議員となったことの意味と衝撃について触れておきましょう。

8月1日に開かれた参議院の臨時国会に、舩後氏と木村氏に登院しました。当日のテレビニュ
ースでは、国会の建物構造を、大型の車いすで登院し、議場では移動できるよう改造したり、
車いすに組み込まれた電気器具が使えるよう急遽電源を設置したり、と大わらわでした。

一般社会では、さまざまな障がいをもつ人が存在していることが当たり前なのに、国会の場
では、このような重度の身体障がいを持つ議員の存在を全く想定してきませんでした。

そこに、突然、この重度の身障者二人が国会の場に登場し、その姿に、口には出さないけれ
ど多くの議員は“衝撃”と“とまどい”を感じたのではないでしょうか?

この二人が国会議員となったことは、改めて国会議員や国民に、障がい者の問題を考える機
会を与えたわけで、「れいわ新選組」が特別枠の優先順の一番と二番にこの二人をおいたこ
とには大きな意義があったといえます。

私は、山本太郎氏の主張に全面的に賛成というわけではありません。たとえば、彼が今こそ
財政出動を大胆に行って景気の回復を図る必要があるとの提案には少し疑問をもっています。

それでも、今回「れいわ新選組」が登場したことにより、政治に緊張感をもたらし、安倍一
強といわれる政治の閉塞状況に風穴を開けたという意味で、大きな意味があったことは間違
いありません。

問題は、これが一時のブームで終わるのか、さらに勢力を増して、政治の変革への一歩とな
ってゆくのか、注視してゆきたいと思います。



(注1)https://www.youtube.com/watch?v=V6jbn9Ye670 
(注2)『Web論座』(2019年07月24日)
     https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019072300006.html?page=1
(注3)『朝日新聞 デジタル版』(2019年7月31日05時00分)
     https://digital.asahi.com/articles/DA3S14120713.html?rm=150
(注4) https://v.reiwa-shinsengumi.com/policy/ 



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2019年参院選(1)―本当は3回続けて負けていた自公―

2019-07-29 17:33:21 | 政治
2019年参院選(1)―本当は3回続けて負けていた自公―

7月21日に投開票が行われた参院選について、新聞やその他のメディアの見出しは、「改憲勢力
3分の2割る」または、「自公過半数は維持」のいずれか、あるいは両者を併記しています。

安倍首相は、国政選挙において与党が6回続けて勝利したことを強調しました。確かに、今回の参
院選で自公は改選過半数の63を上回る71議席(自民38、公明14)を獲得し、これだけ見れ
ば「与党勝利」と言えます。ただし、自民が目標としていた単独過半数は取れませんでした。

しかし、前回の参院選の時の得票数と比べると、今回の選挙で自公は「負けていた」、という見方
も成り立ちます。

政党別の支持者数を反映する比例での得票数を比べると、3年前の参院選で自民が比例で獲得した
のは2011万票でしたが、今回は1771万票、実に240万票も減らしているのです。

ゆるがない集票組織を持つ公明党ですら100万票減の653万票でした。17年衆院選も含めれ
ば、実は自、公とも、3回連続で得票を減らしているのです。これは、自公とも組織が弱体化して
いることをはっきりと示しています。

何よりも自民党は前回から9議席減らしており、公明党は2議席増やしてはいるものの、100
万俵減らしているのです。

一方、野党は、だめだだめだ、と言われながらも結構踏ん張っています。今回の立憲民主の791
万票と、国民民主の348万票の合計は、1139万票で、前回、民進党が取った1175万票と
さほど変わりません。

共産党は150万票減らしましたが、他方、「れいわ新選組」が228万票を獲得しています。つ
まり、自公という二つの政党が失った240万票に近い票が「れいわ新選組」に流れた、というこ
とです。

議席を得た野党トータルの得票数をみると、前回の2552万票から2510万票とほぼ横ばいな
のです。

野党は少し票を減らしたように見えますが、実際には、今回、投票率が前回比5・90ポイント減
の48・80%しかなかったにもかかわらず、野党は得票数を何とは維持しました。

選挙区でも自民党が大きな支持を得たわけではありません。今回の参院選で自民は選挙区の74議
席中、38議席を獲得しましたが、全有権者に占める得票割合(絶対得票率)はわずか18・9%
に過ぎません。

つまり、選挙区では、2割の得票で5割超もの議席を得ているのです。これでも、国民の大多数の
支持を得たといえるでしょうか?(注1)

しかも、今回の安倍自民党と政権は幾つもの禁じ手を使いました。

一つは、参院選前の3か月、野党の度重なる要請にもかかわらず、政権は予算員会を開くことを拒
否し続けたのです。

予算委員会というのは、どんな問題でも議論できる場で、野党としては、これこそ政権に挑み野党
の主張を国民に示す最も重要な機会ですが、安倍政権はその機会を奪ってしまいました。

さらに、国会での集中審議中に、敢えて首相が国会の場から離れて外交のため海外に出てしまうこ
ともありました。

つまり、安倍首相は国会で議論の場に立つことを徹底的に避けてきたのです。とりわけ、国民にと
って大きな関心事となっていた、老後資金が2000万円必要であるという問題、消費税を10パ
ーセントに挙げることの是非、などについて徹底審議が必要であったのに、これらの議論からひた
すら逃げていました。

この問題と関連して、厚労省は5年に一度、将来の年金がどうなるのかを検討し、その報告を「年
金財政検証」として公表することになっています。

前回は2014年で、この年の6月3日に公表されました。しかし、今年は、報告書は既にできてい
るはずなのに政府は発表していません。

おそらく、その見通しは国民にとって非常に厳しい内容となっているので、参院選の前には公表で
きなかったものと推測されます。つまり、年金問題を参院選で争点となることを避けた、争点隠し
を行ったのです。

次に、通常はG7の後にG20を行うのですが、安倍政権は、いきなり多くの国の代表が日本(大阪)
に集まるG20を参院選の前に開催しました。

世界の外交の舞台で活躍する首相というイメージを与えることで、参院選を有利に戦うために強引
に順序を逆にしたのです。

さらに、韓国における徴用工判決に対する報復として、政府は7月1日、半導体材料3品目について
7月4日以降、厳格な審査の上で韓国へのこれら物資を輸出する際には厳格な審査を適用する、と
発表し、実際4日にこれを発動しました。

日本政府は、韓国に輸出されてきた半導体材料の一部が軍事利用されている可能性があるので安全
保障上の理由から輸出の審査を厳格化するだけだ、と説明しています。

しかし、もし政府がそのような疑いをもっていたとするなら、もうずっと以前から審査を厳格化し
ていてもいいはずなのに、わざわざ、参院選の告示直前になって強硬な姿勢を打ち出したのです。
これはやはり選挙を意識しての方策としか考えられません。

安倍自民党としては、最近の韓国の対日姿勢に憤りを抱いていた人たちは安倍自民党を支持してく
れるだろう、との読みがあったと思います。

実際、安倍政権のこの対応に溜飲を下げた人も多くいて、インターネットへの書き込みでは60%
弱の人がこの措置に賛成のコメントをしています。

この点では、輸出規制の強化は選挙において自民党の有利に働いたことは十分考えられます。

「禁じ手」ではありませんが、安倍自民党が他党よりも圧倒的に有利な条件があります。それは、
豊富な資金を使って、自民党はあらゆる媒体に広告を出すことができたことです。

自民党には、以上のような有利なハンディがあったにもかかわらず、上に示したように、実質的
に参院選の得票を減らしているのです。

ところで、今回の参院選でもっとも注目を浴びたのは、「れいわ新選組」の大躍進です。これに
ついては次回に検討してみたいと思います。




(注1)『日刊ゲンダイ』(2019/07/24 14:50 更新日:2019/07/24 14:50)
     https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/258950/3

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まるで紙でできたような芙蓉(フヨウ)の大きな花。                              地を這うような草の先に咲いた大きなユリの一種

  


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『存在の耐え難い軽さ』―「外交の安倍」の実力と真価

2019-07-12 10:17:28 | 政治
『存在の耐え難い軽さ』―「外交の安倍」の実力と真価―


本年の6月26~28日に大坂で開催されたG20サミットは、安倍首相にとって「外交の安倍」
の実力と真価を発揮する絶好の舞台でした。

議長国の首相として安倍首相は、参加国の利害をどのように調整し何らかの展望を示すことができ
るかどうかが試されたのです。、

しかし、会議期間全体を通じて、安倍首相の影はあまりにも薄く、まことに失礼ながら、『存在の
耐え難い軽さ』(注1)という映画のタイトルを思い出させました。

安倍首相としては、国際的なひのき舞台で大活躍をして“外交の安倍”をアピールするはずでした。

同時に、本来はG7の後にG20を行うことがこれまでの慣例でしたが、G20サミットを参議院
選の直前にもってきて、そこでの活躍をバネに参院選での大勝利を目論んだはずでした。

ところが、実際に会議をリードし注目を浴びたのはトランプ大統領と習近平国家主席でした。それは、
米中貿易戦争がどのような展開をするのかが、現在の世界の景気の動向に影響をあたえることから、
多くの国が注目している問題だからです。

しかし、安倍首相はアメリカへの「忖度」から、「反保護貿易主義」という表現を宣言に盛り込むこ
とはできず、「自由、公正な貿易を実現」という中身のない抽象的な表現にとどめました。

加えて、サミット最終段階では、トランプ大統領が韓国に行き、北朝鮮の金正恩委員長と会うかもし
れない、との観測が流れ、人々の関心は、G20サミットの合意事項などには、ほとんど関心をもた
なくなっていました。

実際、サミット終了の翌日にはもうトランプ氏は、南北朝鮮を隔てる板門店の休戦ラインを越えて北
朝鮮側に足を踏み入れるや、人々の関心はもっぱら米朝問題に向けられました。

サミットの議論を通じて将来の方向性を取りまとめることは議長国の責任であり、それは「首脳宣言」
に集約されます。

「首脳宣言」は九分野に要約できます。項目だけ挙げておくと、【世界経済】【貿易と投資】【デジ
タル化】【インフ投資】、【世界金融】、【女性】、【国際保健】、【気候変動】、【環境】です。

これらについては既に新聞各紙で紹介されていますので、ここでは、いくつかの問題に絞ってみてお
きましょう。

まず【世界経済】ですが、そこでは「今年後半から来年に向けて穏やかに上向く見通し」を述べた後
「ただ、成長は低位でリスクは下方に傾いている。貿易と地政をめぐる緊張は増大している」と、
「穏やかに上向く」という見通しとは反対の認識を示しています。

ところが、「下方に傾いている」成長をどのように上向かせるかについて注目すべき対応策や提案は
ありません。

【貿易と投資】は、多くの国が関心をもっていた問題で「自由で公平、無差別な貿易・投資環境を実
現し、市場を開放的に保つよう努力する」とされ、最も「自由で公平でない」アメリカへの忖度から
「反保護貿易主義」という表現を避けています。

「議長国会見」においても「自由貿易体制の揺らぎへの懸念に対し、必要な原則を打ち立てることだ」
と述べるにとどめ、どんな原則をいつごろまでに打ち立てるかは全く触れていません。

【インフラ投資】は、借り手の国の債務返済を持続可能にするとした原則を承認したとしていますが、
これは中国が推し進める「一帯一路」による周辺国へのインフラ投資に対する警戒心を表わしたもの
と思われます。

【女性】に関しては、雇用の質を改善し男女の賃金格差を減少させる行動をとる、としています。欧
米においては、この問題はかなり改善されていますが、むしろ日本においてこそ、男女の賃金格差は
改善されるべき大きな問題です。

【気候変動】で、一方で地球温暖化対策のパリ協定を完全に実行することを要請しながら、「アメリ
カのパリ協定からの脱退を再確認する」、としています。

気候変動に背を向けるアメリカを非難するなら分かりますが、「再確認する」とは、そういう現実を
再確認しましょう、という意味でしょうが、これは本当にG20会議で共有されたのでしょうか?

少なくともヨーロッパ諸国は、トランプ氏の脱退を強く非難しています。そんな中で、「再確認」を
入れることで一体安倍首相は、何を言いたのでしょうか、意味不明です。

【環境】で、海洋プラスチックごみの流出の抑制や大幅な削減のため、適切な行動を速やかに取るこ
と、これを安倍首相は「ブルー・オーシャン・ビジョン」と呼び、2050年までにプラスチックご
みによる追加的な汚染をゼロに削減することを目指す、としています。

この項目に対してもすでに批判が出ていますが、まず、30年後に汚染をゼロにするといっても、そ
れまでには既に海洋は十分すぎるほど汚染されてしまっています。

これでは「適切な行動を速やかに取る」ことにはなりません。さらに、それでは、どのようにして汚
染をゼロにするための行動をとるのか、の具体策の提案が全く示されていません。これは間違いなく、
「絵に描いた餠」です。

安倍首相は議長国の特権で上記の項目を並べましたが、現実的な意味をもつものは一つもありません。

一体、今回のG20サミットは、何のために行われたのでしょうか?そして、議長国の安倍首相は、
どんな問題に、どのようなリーダーシップを発揮したのでしょうか?私には安倍首相の影が全く見え
ませんでした。

安倍首相は、反対の多い問題を取り上げるより、「一致点を見出すことに力点」を置いた、と弁明し
ていますが、最初から異論のないテーマに絞るなら、何も20カ国の代表が集まるまでもありません。

恐らく今回のG20サミットの目玉は、その公式会議ではなく、その背後で行われた二国間交渉にあ
ったと見るべきでしょう。

この点に関しては、米中貿易交渉の行方に、会議そのものより大きな関心が集まったことは既に述べ
た通りです。

日本が関係した二国間交渉の中の日米交渉内容に関しては、トラン大統領が会見を開きました。彼は、
「日米安保条約」の破棄は考えていないが不公平な合意であると日本に対する不満を述べています。

何度となく繰り返されてきたアメリカの言い分で、アメリカは日本のために戦うが、日本は米国が攻
撃されても戦わなくてもいい、という話です。しかも、この6か月間、このことは安倍首相に言って
きた、とも述べています。

安倍内閣は、トランプ大統領から安保条約の不公平について言われてきたことはない、と言ってきた
のに、トランプ氏の方が暴露してしまった形です。

これは、在日米軍の費用のさらなる負担、可能なら全額負担を押し付けるための布石なのでしょう。

そして、対日貿易に関してトランプ氏は、世界の多くの国を軍事的に守ってきているのにその対価を
払っていないことをもちだしました。日本が米国に何十億ドル相当もの自動車や他の製品を輸出して
いるのに対して、米国は実質的に何も輸出していない。彼は安倍首相に「どうしてこんなことが起き
るのか」と尋ねた、と明かしています。

しかし、日本は新型戦闘爆撃機(F35)だけで1兆2000億円(100億ドル超)、イージス・
アショア2基で6000億円兆(60億ドル)超の武器・兵器を、大切な血税で買わされていること
を忘れてはいけません。これだけ、何台分の自動車に相当するのかを考えれば、貿易の不均衡などと
言えないはずです。

いずれにしても、アメリカの日本に対する市場の開放要求は参院選の後に持ち越されましたが、すでに
密約で受け入れている可能性があります。

安倍首相はG20サミットで日ロ間の北方領土問題に筋道をつけ、サミット中のロシア側との二国間交
渉で合意に持ち込むと言ってきました。

しかし、6月29日の日露首脳会談で、ロシアは平和条約交渉を進展させる条件として、「北方領土が
第二次大戦の結果としてロシア領になったと認めよ」「日米安全保障条約に関するロシアの懸念を払拭
せよ」という2点を突きつけてきました。

前者に応じれば交渉は土台から崩れる。後者は、日米関係に揺さぶりをかける意図が明らかです。

つまり、ロシアは歯舞・色丹の二島返還させ、まったく応じるつもりがないことを鮮明にしました。

安倍外交は何の成果を得ることができず、そして話題にもならずこの話は
立ち消えてしまいました。

もう一つ大切なことは、安倍首相はサミットに出席する韓国の文在寅大統領との会談を行わないことを
事前に伝えていました。実際、会場では8秒間の握手をしただけで、一切の会話もありませんでした。

この時すでに安倍首相は、後に明らかになるように、徴用工問題に関する韓国の法的処置への報復を決
めていました。そして実際に、7月4日をもって報復措置を適用します。

この問題については、別稿に譲りたいと思いますが、一ついえることは、報復はやがてブーメランのよ
うに日本の産業界や政治に打撃を与えることもあり得ますが、安倍首相は果たしてその後の出口戦略を
しっかり固めた上での行動であったかどうか、はなはだ疑わしい気がします。

総じて、今回のG20サミットでは、議長国としての日本、それを率いる安倍首相の存在は非常に希薄
でした。

おそらく、多くの日本人は、鳴り物入りで開催され、「外交の安倍」の進化が問われたG20サミット
でしたが、そこで何が話され、そんな成果があったのか、安倍首相はどんな役割を果たしたのか、につ
いてほとんど知らないのではないでしょうか。

国際的舞台における「外交の安倍」の「存在の耐え難い軽さ」だけが印象づけられたG20サミットで
した。

(注1)原題は The Unbearabale Lightness of Being (1988年 アメリカ)
(注2)https://www.asahi.com/articles/ASM6Y4VP1M6YUTFK00C.html (
   朝日新聞 2019年6月29日23時59分
   日ロ会談については『産経新聞』デジタル版(2019.6.29.21:16)
   https://www.sankei.com/world/news/190629/wor1906290043-n1.html

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トランプ大統領訪日(2)―完敗に終わった安倍接待戦略―

2019-06-09 06:45:14 | 政治
トランプ大統領訪日(2)―完敗に終わった安倍接待戦略―

トランプ大統領(以下は敬称略)は訪日のあと、6月3日から5日にイギリスを訪問しました。

それを迎えたイギリス社会は、どのような反応をしたのでしょうか?

ニュースで見た人も多いと思いますが、2万人ものイギリス市民が議会の建物の前で、トランプ
の訪英に抗議してデモを行ったのです。

その理由は、トランプがイギリスをヨーロッパから引き離し、イギリス社会とヨーロッパ政界に
分断を持ち込もうとしているからです。これは、ヨーロッパ社会に共通したトランプ評です。

それについて聞かれてトランプは、「デモは見ていない。フェイクニュースだ」と嘘ぶいていま
した(注1)。

このエピソードを持ちだしたのは、日本の政府とメディアがこぞって、露骨な「おもてなし・よ
いしょ」でトランプを大歓迎した状況が、世界の常識とあまりにもかけ離れていることを示した
かったからです。

今回のトランプ訪日で、安倍首相は「おもてなし」接待で「外交の安倍」をアピールし、同時に
日米貿易に関するアメリカの厳しい要求を和らげてもらうことを期待していました。

しかし、私の個人的な結論を言えば、接待作戦による安倍首相の目論見は失敗でした。

ここで、今回のトランプ訪日で、日本が得たものと失ったものを冷静に考えてみましょう。

安倍首相の支持者は、トランプ―安倍関係の親密さを世界にアピールできた、日米同盟がさらに
深化した、拉致被害者と会って、協力を約束してくれた、ことが大きな成果だったと言うかもし
れません。

しかし、前回紹介したように、欧米では安倍首相は「トランプ転がしの名手」と嘲笑されていま
すので、今さら親密ぶりを世界に見せつけても、それで安倍首相や日本への評価が高まることは
あり得ません。むしろ、「またか」という印象でしょう。

日米同盟の進化強化にしても、これまでずっと安倍首相が強調してきたことで、今回の訪日で特
別に両国の同盟が深化した事実があったわけではありません。

拉致問題に関しては、何年も前から、トランプは協力を口にしてきましたが、それは多分に外交
的なリップサービスの域を出ていませんし、実際、アメリカが強力に北朝鮮に圧力をかけて、拉
致被害者を取り戻す具体的な行動を起こすことを約束したわけではありません。

安倍首相は、これからは自分が全面に出て、条件を付けずに北朝鮮の金委員長と会って交渉する
と、方針を転換しました。

しかし、トランプと拉致被害者との会見の後に安倍首相自ら、具体的に金委員長との会談は「現
時点でめどがたっているわけではない」と実情を明かしています。

この言葉から推測して、トランプは、今までと同様、北朝鮮に拉致問題を解決するよう伝えるが、
その後の具体的な折衝は、安倍―金の二人でやるべきだ、との立場から一歩も出ていません。

では、安倍首相が、今回のトランプ訪日から得たものはあったのでしょうか?

前回の記事でも書いたように、安倍内閣が強く願っていた、日米貿易問題で合意した(と思われ
る)内容を7月の参議院選挙の後に発表する、との言質をとったことである。

しかし、これはあくまでも安倍政権(もっと言えば、安倍首相個人)の選挙対策にとっては大き
な収穫かも知れませんが、日本の国民全体にとっての収穫ではありません。

それどころか、その内容が明らかになってしまうと、7月の選挙で自民党にとって逆風になって
しまうことが予想されるから、つまり日本が農産物の輸入などで、すでにトランプに譲歩したこ
とが明らかになってしまいます。それは、トランプの曝露によって明かされました。

トランプは、安倍首相が何としても隠したかった「内輪」の交渉内容を、ツイッターで暴露して
しまったのです。たとえば以下のように。

安倍首相とゴルフを行った26日の昼直後にツイッターを更新し、「貿易交渉で大きな進展があ
った。農産物と牛肉が中心だ。七月の選挙(参院選)後を待つ。大きな数字に期待している」と述
べています。

さらに追い打ちをかけるように、27日の日米首脳会談後の共同記者会見で、日本のメディアが
安倍首相に、「農産品の(譲歩は)TPPの水準が最大限か」と質問した時、トランプは割って
入って、「TPPは関係ない。米国は何にも縛られない」と言い切ってしまったのです。

つまり、日米貿易問題の交渉入りを決めた昨年9月の共同声明では、日本側が保護したい農産品
の関税について、「(TPPを想定して)過去の経済連携協定の内容が最大限」と明記されてお
り、この4月からの協議もこれを基に進んできたという経緯があります。

日米は農産物の貿易に関して、TPP合意以上の自由化(関税の撤廃や引下げ)はしない、との合意
のもとに交渉を進めてきたのに、トランプは、「他の国々が合意したものであって(水準)縛ら
れるものではない」と宣言してしまったのです。

これは、いわゆる「ちゃぶ台返し」で、今までの交渉の土台をひっくり返してしまいました。

それを聞いて安倍首相は困惑して、「共同声明を大前提に、双方がウィンウィンとなる合意をす
る」「日米貿易交渉の早期妥結に向け、協議を加速させる方針で一致した」と答えるのが精一杯
でした。

しかも、安倍首相にとって、さらに衝撃だったのは、トランプが「八月にも発表できる」と期限
を切ったことでした。

トランプが「8月」と期限をきったことは安倍首相にとって想定外でした。政府は、火消しに躍
起となりましたが、「やっぱり、トランプのペースに追い込まれたな」との印象を与えました。

安倍首相がいかに苦心して、トランプを持ち上げ、接待をすれば、称賛を何より欲しがるトラン
プは、それはそれで喜びますが、現実の利害関係に関しては、一歩も譲らず、徹底してアメリカ
の利益を強引に押し付けます。

それは、昨年の鉄鋼・アルミニウムの輸入制限を発表した際に(2018年3月22日)トランプが
公の場で語った本音を見れば、明らかです。(以前にも引用しましたが採録します)
    
    日本の安倍首相らは『こんなに長い間、米国をうまくだませたなんて信じられない』と
    ほくそ笑んでいる。そんな日々はもう終わりだ。

さらにトランプ氏は、安倍首相を「いいやつで私の友人」と持ち上げながら、「特別扱いはしな
い」との姿勢を鮮明にしています(注2)。

一般論ですが、人は、自分におべっかを使う人間に対して表面的には喜び、実利がある限り喜び
ますが、内心ではそんなおべっか使いを見下していることが珍しくありません。

上に引用したトランプの言葉と、現在日本に迫っている譲歩の内容をみれば、トランプには、そ
のような表と裏があるとしか思えません。

こうした一般の貿易品とは別に、今回の訪日の最終日の28日に横須賀の海上自衛隊を訪れた際、
安倍首相がステルス戦闘機F35を147機買うことを約束した、と発表しました。機体だけで、
総計1兆2000億円の爆買いです。

ステルス戦闘機F35は攻撃力が高く、長距離巡行ミサイルを搭載できる能力をもち、事実上、
専守防衛を止めることを意味します。

しかも、147機というのは、米国に次いで世界第二位の保有数です。

武器取引反対ネットワークの杉浦浩司氏は、「そもそも値段設定の妥当性を検証できず、価格
は事実上米国の言いなりだ」と批判しています(『東京新聞』 2018年5月28日)。

さらに、今回の首脳会談を、明治大学の西川伸一教授(政治学)は、
    安倍首相は米国追従が日本の国益にかなうという信念で、接待外交をしている。だが、
    一方がへりくだるのは、主権国家同士の交渉として正常ではない。一方の要求をのむ
    だけなら、交渉の意味はなく、「外交」にはならない(同上)。

杉浦氏の発言も西川氏の発言も、まったくその通りで同感です。

戦闘機やイージス・アショアーなどの武器を爆外する余裕があるなら、福祉や教育面に予算を
割くべきです。

愛国主義者を標榜する安倍首相には、日本の利益を守りつつ世界の平和を追求し、追従ではな
く、相手を尊重しつつ対等な関係を維持する、真正の愛国主義を発揮してもらいたいものです。

(注1)BBC News Japan (2019年6月5日)
    https://www.bbc.com/japanese/video-48522741
(注2) 『日本経済新聞 電子版(2018/3/23 21:50更新) https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28503690T20C18A3EA2000/
    (2018年3月24日アクセス)






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トランプ大統領訪日(1)―安倍首相の「過剰接待」を世界はどう見たか―

2019-06-02 08:16:11 | 政治
トランプ大統領訪日(1)―安倍首相の「過剰接待」を世界はどう見たか―

2019年5月25日から28日まで、トランプ・アメリカ大統領が訪日しました。

今回の訪日に備えて安倍政権は、新天皇即位後はじめての国賓という名誉を与え、ゴルフ、大相撲の観戦(しかも、
「トランプ杯」の新設まで!)、六本木の高級炉端焼店での夕食などなど、なぜ日本の首相がここまでゴマをすらなければならない
のか、一日本人として屈辱的ですらありました。

安倍首相自身はこの過剰接待こそが自分の武器であると思っているかも知れませんが、日本のメディアまでもが、トランプ歓迎一色
という有様でした。

安倍首相はもちろん、安倍政権およびその支持勢力(自民・公明・維新など)全部をひっくるめて、今回のゴマすりぶりに対してほ
とんど違和感を抱いていた雰囲気は全くありませんでした。

一般の国民の間にも、安倍首相は一生けん命やっている、という印象をもった人もいたかもしれません。

安倍首相周辺はトランプ氏の来日前、今回のトランプ接待の狙いを「参院選を前にトランプ氏との蜜月ぶりを国内外に発信する。本
格的な貿易交渉は参院選後という言質も取りたい」、と語っていました(注1)。これについては次回にも触れます。

安倍首相のこの狙いがどの程度成功したのかどうか、の評価については次回に回すとして、今回は、国際社会において、今回の接待
(ゴマすり)がどれほど異常であるかを、海外メディアがどう伝えたかを手掛かりに考えてみます。

というのも、今の日本社会は日米関係に関して「井の中の蛙 大海を知らず」の状態で、日本国内だけで物事の重要度や意味を理解
し、広い国際社会を見る視野が欠けているように思えるからです。

しかし、今回の過剰接待に関して海外メディアは皮肉と半ば嘲笑を込めて、コメントしているのです。

まずお膝元のアメリカAP通信は、「世界中の多くの指導者たちが、お世辞と好意を見せてトランプ氏にゴマをすろうとしているが、
安倍首相はそのハードルを上げた」と伝えました(注2)。

つまり、安倍首相のトランプ氏にたいするゴマすりがあまりにも過剰なので、他の国の指導者たちが、ゴマをすろうとすれば、安倍
首相以上にゴマをすらなければならない(ハードルを上げてしまった)、とからかっているのです。

また、Newsweek Japan に寄稿したイギリスの通信社(ロイター)の記者(Joshua Roberts)は、『「トランプ転がし」の名人安倍
に勧める5つの秘策』と題する秀逸な論評を紹介します。少し引用が長くなりますが、海外メディアが今回のトランプへのゴマすり
をどう見ているかが実に見事に書いています(注3)。

彼は冒頭で、「トランプ米大統領をおだてることにかけては、日本の安倍晋三首相の右に出る者はいない。手放しの称賛を何よりも
好むトランプの性格を考えれば、重要なスキルだ」と皮肉たっぷりに安倍首相の「トランプ転がし」の極意を授ける。そして5つの
秘策を提案する。要約して引用します。

(1)国内政治 安倍はトランプに会うたび、もろ手を挙げてアメリカ国内での成功や政策を称賛し続けなければならない。

(2)選挙対策 安倍は2020年の大統領選でトランプのライバルになる政治家の弱点をあげつらうこと。ただし攻撃対象には、大統
   領選で、まず勝ち目のない政治家を選ぶこと。トランプは口が堅い人間ではないので、内輪話が外に漏れれば(かつその政治
   家が大統領になった場合)将来の対米関係に悪影響が出かねない。
(3)東京五輪 安倍は20年のオリンピック東京大会の準備過程にトランプを巻き込み、アドバイスを求めるといい。もし1つでもア
   イデアが実現すれば、トランプは自分の功績を誇り、東京五輪に貢献したと思い始めるかもしれない。
(4)対中関係 安倍と中国の習近平国家主席の関係は改善に向かっている。中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、安倍は
   今後もトランプを称賛し続ける一方で、習との緊密な関係も強化し続ければいい。
(5)対ロ関係 ロシアのプーチン大統領はトランプの理想の人物。日ロ間には懸案の北方領土問題があるが、安倍がプーチンに気
   に入られているとトランプが感じれば、それは安倍への特別なオーラを与えている可能性がある。

日本のメディアの中で、インターネットのサイト(LITERA)は、今回の安倍首相の過剰接待に鋭い批判を展開していた。たとえば、
『ワシントンポスト紙』(5月23日)を引用して、「天皇からお相撲まで 安倍がトランプのご機嫌を取るために伝統を総動員し
た」と題して、もほぼ同様のコメントを掲載しました。

なかでもひどいのは相撲観戦だろう。通常、VIPは2回の貴賓席に座る。天皇はもちろん、イギリスのダイアナ妃など海外の要人が
観戦した際もそうだった。

ところが、トランプにはわざわざ土俵近くの升席を用意し、警備のために周辺の升席を1000席おさえ、座布団などが当たらない
よう大量の警備員を配置した。

そして、天皇にもしたことのない特別扱いでトランプに媚びへつらおうとしているその接待内容は、まさに“属国”“植民地”根性
丸出しというしかない、と断じています(注4)。

しかも、こうした過剰接待はトランプが要求したのではなく、日本政府内部で昨年秋の段階で、トランンプ招待を決めており、安倍
首相自らが外務省や国家安全保障局との勉強会で「どうすればトランプ氏の機嫌がよくなるか、さまざまな趣向を凝らしたい」と支
持し、相撲観戦も安倍首相のアイディアだったという(注5)。

今、国際社会の中で安倍首相に対する位置づけは、トランプ大統領に取り入っている第一人者というものでしょう。

しかし、そのトランプ大統領は、たとえばアメリカにお最も近いイギリスの『ファイナンシャル・タイムス』でさえ、「ドナルド・
トランプ大統領のもと、米国はならず者の超大国になった」と断定しているのです(注6)。

これからの日本が国際社会の中で尊敬される国としてやっていくうえで、このような評価を与えられているトランプ大統領に、一方
的にこびへつらうだけでいいのでしょうか?

もし、今回の「おもてなし」戦略が狙い通りで、日本の国民にとって利益をもたらしてくれたとしたら、それはそれで、意味があっ
たということですが、果たしてどうだったのでしょうか。次回に考えたいと思います。

(注1)『日経ビジネス』(2019年5月28日)
    https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/052800393/?P=1
(注2)Yahoo News (2019年5月28日)
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190528-00010000-bfj-int
(注3)Newsweek Japan (2019年05月25日(土)20時40分)
    https://www.newsweekjapan.jp/sam/2019/05/5_2.php
(注4)LITERA (2019.05.25 03:15)https://lite-ra.com/2019/05/post-4733.html 
(注5)『毎日新聞』(電子版)(2019年5月22日 15時56分(最終更新 5月22日 15時
    56分)。https://mainichi.jp/articles/20190522/k00/00m/010/159000c
(注6)『日経ビジネス』(電子版2019年5月30日)
    https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/world/00064/?P=1



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新元号決定―政治ショー化した狂騒曲―

2019-04-07 04:39:02 | 政治
新元号決定―政治ショー化した狂騒曲―

2019年4月1日、新元号「令和」が発表されました。この文字をテレビで見た瞬間に受けた
率直な印象は、冷たさと重苦しさでした。

それは、「令」という文字が「命令」とか「逮捕令状」のような、威圧的、上から目線で命令的
なイメージを連想させるからです。

「令和」の二文字は、万葉集の中の大友旅人が詠んだ和歌の序文、「初春令月 気淑風和 ・・」
(新春の好き月にして、気淑風はやわらかに・・)から採られたようです。

九州大の静永健教授(中国文学)はこの序文が、張衡(78~139年)作の「帰田賦」に出てくる、
「仲春令月、時和気清(仲春の令月、時和し気清(す)む)」を下敷きにしたといって間違いな
い、とコメントしています。

また、小島毅東大教授 「梅は中国の国花の一つで中国原産ともされ、日本に伝わった。今回の
元号選びは、ふたをあけてみれば、日本の伝統が中国文化によって作られてことを実証したとい
える」とコメントしています(『東京新聞』2019年4月2日)。

日本の国書である万葉集から採ったとはいえ、大和言葉の和歌そのものではなく、引用したのは
序文で、しかも中国の古典を下敷きにした漢詩の形式を踏襲しています。

しかし、そのことには何の問題もありません。そもそも「混じり気のない」「純粋な文化」など
はあり得ません。文化とは他文化との接触を通じて形成されてゆくものなのです。

ところで、今回最終的に残った候補は6つあり、令和・英弘が日本の古典、久化・万和・万保が
中国の古典、広至は国書と中国の古典からとなっています。

私個人は、「万人が和する」という意味の「万和」がもっともしっくりときます。

「令」について漢字の大家白川静氏の『字通』(1635ページ)を調べてみると、「礼冠をつけてひ
ざまずいて神意を聞く様」を表わすとなっています。

加納善光茨城大学名誉教授によれば、「令」という字は、「人を集める」という上半分と、「ひ   

ざまずく人」を指す下の部分から成り、両方で「君主が家来や民に指図をするために人を集める
情景を指し、人が整列して命令を聞く情景を図形化したもの」だそうです。

 
『朝日新聞』(4月2日) 画像をクリックすると拡大できます。         

「令」には「よい」という意味もあると説明する人もいますが、実は、加納教授によれば、命令    
を聞く民がきちんと並ぶ様が、「姿、形が良い」の本来の意味らしい(『朝日新聞』2019年4月
2日;『東京新聞』2019年4月2日)。やはり、上から目線です。

石橋茂氏は「我々は『令』という字の持つ意味をきちんと調べ、国民にすんなり納得していただ
けるよう説明する努力をしなければならない」と語っていますが、同感です(『朝日新聞』2019
年4月2日)

杉並区在住の山岸令和さん(72才)は、「私の名前には、“命令に従って和をもたらす”とい
う意味が込められています。軍人だった父親が、易者からつけてもらった名前でした」(『週刊
新潮』4月11日号。23 ページ)とコメントしています。これが、一般の受け止め方でしょう。

ところで、今回の元号選定の過程に関して、本当に公平であったのかどうか私は疑問をもってい
ます。というのも、安倍首相の「日本古典が本命」との意向は、古谷一之官房副長官を筆頭とす
る元号担当チームに「二~三年前」(官邸筋)には伝わっていたことが明らかになっているから
です(『東京新聞』2019年4月2日)。

さらに安倍首相は昨年末、「国書がいいよね・『記紀万葉』から始まるんだよね」と、古事記や
万葉集を例示しながら日本古典を典拠とする意欲を側近議員にもらしていました(『東京新聞』
同上)。

「元号に関する懇談会」の有識者メンバーに関しても、どういう基準で選ばれ、本当に適任だっ
たのかどうか分かりません。

政府が新元号の選定に関して有識者から意見を聞いたのは、2017年6月に特例法が制定され
て以来、今年の4月1日だけでした。有識者は朝に候補名を渡されて簡単な説明を受けて感想を
述べただけで終了し、多数決も賛否も問わない、実質30数分足らずの集まりでした。

メンバーの大久保好男(民放連会長)は「事前に候補を教えてもらったわけではなく、準備でき
なかった。感想のようなものを述べたにとどまる」と語っています(『東京新聞』同上)

しかも、「令和」という候補は3月中旬以降になって、政府の要請で急遽、中西進国際日本文化
研究センター名誉教授に要請して、追加されたようです。つまり、この時点まで、政府が望む候
補はなかったことを示唆しています。

中西氏は、「新元号発表の後なら取材に応じると」としていましたが、発表後には「諸般の事情
で報道機関の取材は全て断る」と対応を一変させました(『東京新聞』2019年4月4日)。

もう一つの問題は、4月1日の有識者懇談会の冒頭で、古谷一之官房副長官補は「国書を出典と
する候補名が選ばれれば、歴史上初めてだ」と強調する形で説明しました(『東京新聞』同上)。

水上雅晴中央大学教授(元号に関する著書もある)は、有識者会議の人数は前回より増えたが、
それぞれが意見表明する時間は極めて短い、「事実上、最初から地ならしがされていたのでは、
という疑問をぬぐえない」(『朝日新聞』2019年4月2日)と述べています。同感です。

安倍首相は昨年末に「国書がいいよね。『記紀万葉』から始まるんだよね」と、古事記や万葉集
を例示しながら日本古典を典拠とする意欲を側近議員にもらしていました。(『東京新聞』2019
年4月2日)

改めて候補をみると、三つは中国の古典から、一つ(広至)は日本・中国両方からですが、秋篠
宮家が「皇嗣」(こうし)となることが分っており、同じ発音となるので、除外されました。こ
れは最初から分かっていたはずです。「国書」を優先する政府の意向を考えれば、選択しとして
残るのは事実上「令和」か「英弘」の二つとなります。

ここで、三月中旬以降に、政府の要請で急遽加えられた、という点が重要で、水上氏のいうよう
に、「地ならしがされていたのでは」という印象を強く持ちます。

懇談会の出席者の何人かは、「令和」が一番人気で、政府側からの誘導はなかった、と会合後語
っていますが、これは予め聞かれることを予測しての答えのような気がします。

衆参両院の正副議長への意見聴取に参加した一人は、「『命令』の『令』だから、ありえない」
と不快感を示しましたが、全閣僚会議では、首相自ら「古事記や万葉集など国書の中から出すべ
きだ。令和でいいのではないか」と議論を収め、閣議決定に至ったのです。

一つ一つを見てゆくと分かりにくくても、総合してみると全体の構図がはっきりします。つまり、
露骨に、これを、と言う意味での誘導はされなかったかも知れませんが、「忖度」をするための
「地ならし的誘導」は十分すぎるほどあったように思えます。

私が、今回の一連の政府の動きから強い違和感をもったのは、選定過程のほかに、安倍首相を始
め政権幹部が、これを絶好のチャンスと見て、「政治ショー」化してしまったことです。

前回の改元の際には、新元号を示しただけで、時の竹下首相は、短い文章を寄せただけなのに、
今回は安倍首相の強い意向で談話を行いました。

会見で記者からの質問をうけると、安倍首相は「平成ほど改革が叫ばれた時代はなかった。政治
改革、規制改革。抵抗勢力という言葉もあった。平成の時代、改革はしばしば大きな議論を巻き
起こした」など、まるで所信表明演説です。 

それでけでなく、「働き方改革」に触れ、「一億総活躍社会を作り上げることができれば日本は
明るい」と自らの政策に引き付けて「新たな時代」とも持論を展開しました。

宗教評論家の大角修氏「元号は純粋に儀礼的なもので、本来は選定や発表に関わる人は己を無に
して臨まなければならない。そこに私的な思いを持ち込むから不純な印象を受ける」と語った後、
「だからこそ、代替わりの時たまたま首相という立場にある人は、『選定作業にあたらせていた
だいた』というくらいの抑制が必要」と手厳しい。

政治評論家の盛田実氏は、「前に出てきて、俺が決めたんだぞ、ということをアピールすべきで
はなかった。」「これまでの元号の慣習を破って万葉集から言葉を採用したとナショナリズムを
打ち出した。象徴天皇制となり、政治利用を厳に慎まなければならないということを、平成の代
替わりのとき竹下首相はよくわかっていた」、と安倍首相を批判しています。

元号擁護派でもある思想家、内田樹さんは、統一地方選挙の最中、「朝から晩まで特定政党の総
裁と幹部がメディアに露出するのは作為を感じる」「自身の政治思想を宣布する機会を、改元と
いう全国民的な行事に絡めたことは、公人として節度を欠いていた」と批判し、歓迎一色のよう
なメディアにも「仕組まれた政治ショーに踊らされて大騒ぎ。見識を疑う」と厳しい(『東京新
聞』2019年4月2日)。

別の個所で内田氏は「『平成』から『令和』にかわっても日本が『落ち目』局面であることには
変わりない」「少子高齢化で経済成長はもう期待できない・・・格差は拡大している。しかし、
多くの国民の目にはこれからの日本社会の鮮明なイメージが提示されていない」と指摘していま
す(『朝日新聞』2019年4月2日)。この認識が安倍首相にナショナリズム的な姿勢を取らせて
いるのかも知れません。

同様の見解は、前出の水上氏も「これまでは漢籍の出典を持つことが無条件の前提だった。しか
し、GDPで中国に抜かれるなど、日本の地位が低下してきている。何か心の拠り所が求められ
る部分があるので、元号もその一つになってくるかもしれない。日本がある意味で勢いを失った
ことの反映のような気がする」と、安倍氏のナショナリズム的姿勢の背景を説明する(『朝日新
聞』4月2日)。

内田氏と水上氏の見解を合わせて考えると、安倍首相のナショナリズムは、どうやら、日本の相
対的な没落にたいする危機感とそれに対する反動とみると分かり易い。

最後に、「令」に関して歴史学者の本郷和人東京大学教授は、4月2日の「モーニング・ショー」
(『テレビ朝日』)に招かれた際に、論語の「巧言令色鮮し仁」(口先がうまく、顔色をやわら
げて人を喜ばせ、媚びへつらうことは仁の心に欠けている)の例を出し、「令色と言うのはニヤ
ニヤ顔を作ることで、仁の概念からは一番遠いという意味です」と説明しています。

現代日本にはこの手の政治家や官僚が何と多いことか。この意味では、皮肉にも、「令和」はぴ
ったりの元号かも知れません。
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見事なしだれ桜                                               土蔵と桜 日本の原風景の一つ
   


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北方四島返還交渉(1)―まず、歴史的経緯を確認しよう―

2019-03-10 08:19:11 | 政治
北方四島返還交渉(1)―まず、歴史的経緯を確認しよう―

ここ数年、国後・択捉・歯舞・色丹を含む「北方四島」の帰属にかんする日本とロシアとの交渉がにわかに
メディアを賑わせてきました。

それは、日露首脳会談は、今年の1月の分を含めてすでに25回もおこなっており、安倍首相がこの問題を
解決することに意欲を示しているからです。

それでは、戦後70年も経つのに、なぜ、今、安倍内閣はこの問題に積極的になっているのでしょうか?

その背景には、安倍首相のロシアの現状にたいする認識があります。つまり、ロシアはクリミア半島の併合
による経済制裁によって経済的に苦しい状況にある、また、国内的にはプーチン大統領の支持率が年金の問
題などで下がっている状況です。

だから日本からの経済援助と引き換えに領土問題を有利に解決できるのではないか、という“読み”です。
この“読み”が正しいかどうかは、これからの交渉で明らかになるでしょう。

もう一つの理由は、私の邪推かもしれませんが、この領土問題に決着を着ければ安倍首相は、歴史に名を残
すことができる、との期待があるのではないでしょうか?

実際、安倍首相が尊敬する祖父の岸信介元首相も含めて70年もの間、歴代のどの首相も成し遂げることが
できなかった領土問題を解決することは、歴史的な偉業と評価されるでしょう。

この点では、北朝鮮の非核化を実現し、朝鮮戦争を終結に導けば、その歴史的偉業にたいして「ノーベル賞」
も受賞できるのではないか、との期待をもって北朝鮮との交渉に乗り出したトランプ米大統領の野心とどこ
か重なります。

安倍首相の熱意にもかかわらず、ここ数年の日ロ首脳会談の結果をみると、日本の立場は1ミリも前に進ん
でいないし、むしろ後退し、ますます困難な袋小路に入り込んでしまった感さえあります。

では、一体、何がこの問題の解決にとって障害となっているのでしょうか、そしてその障害は最初からあっ
たのか、あるいは安倍政権になって作りだしてしまったのでしょうか。

この問題を考える時、「北方四島」は日本の固有の領土、ロシアは戦中・戦後のどさくさに強引にこれらの
島を奪いとった、と叫んでいるだけでは一歩も進みません。

日本に言い分はあると同様、ロシア側にも根拠や言い分はあるはずです。

それを含めて、“今さらながら”、ではありますが、今日の領土問題の歴史的経緯を一度、客観的な視点か
らおさらいしておく必要があると思います(注1)。

1855年 「日露通好条約」 徳川幕府とロシアとの条約。択捉以南の島(つまり北方四島)は日本の領
      土で、樺太に関しては国境を定めずに両国人の雑居地域とした。

1875年 「樺太・千島交換条約」 明治政府とロシアとの条約。日露戦争の後、樺太全土をロシア領と
      し、ウルップ島以北のロシア領千島列島を日本の領土とした(北方四島から千島列島まで、す
      べて日本の領土になった)。
1905年 「ポーツマス条約」日露戦争で日本が勝利した結果、樺太の南半分まで日本の領土となった。
      (北方四島はそのまま日本領)

ここまでが北方領土に関する第一ラウンドで、この状態が1945年に日本が第二次大戦で敗戦するまで続
きます。この敗戦前後の錯綜した事態が、今日の北方四島の問題を複雑にし、解決を困難にしている問題を
持ち込みました。

第二次世界大戦末期、1945年2月、米国大統領ルーズベルト、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスタ
ーリンと「ヤルタ」で戦後処理の問題を話し合う、いわゆる「ヤルタ会談」を行いました。

その際、ルーズベルトはスターリンに対日参戦を要請しました。その代わり、樺太・千島列島をソ連領とし
て認めることが合意されました。これは、今日では「密約」とされています。

それでは、なぜ、ルーズベルトは樺太・千島列島をエサに、ソ連に日本を攻撃させたのでしょうか?

恐らくこの時点では米ソ連との冷戦は始まっておらず、アメリカとしては日本との戦争に巻き込まれて犠牲
者を出すよりも、できるだけソ連に日本を攻撃させて終戦を早める狙いがあったのかもしれません。

これは一種の「密約」ですが、ソ連としては日本侵攻の「お墨付き」を得たことになります。

1945年7月17日 「ポツダム宣言」。 アメリカ、イギリス、中国(8月8日にソ連も参加)が対日共
同宣言を発表し、合わせて日本へ無条件降伏勧告しましたが、同28日、日本は黙殺を言明しました。

1945年8月9日、日ソ中立条約の不延長を日本に通告したうえで、ソ連は対日参戦しまし、8月11日に
は当時日本領だった南サハリンに進攻しました。

ポツダム宣言受諾の勧告を7月に受けて以来、日本政府が黙殺している間に、8月6日には広島に、9日に
は長崎に原爆が落とされたこともあって、日本政府は国体の維持を条件に、8月14日にポツダム宣言の受
諾を決定しました。

しかし連合国側は、無条件降伏を主張したため軍部は反対しました。そこで、翌15日、天皇が終戦を玉音
放送という形で公表しました。

しかし、日本が最終的に敗戦を認めて降伏に署名したのはようやく9月2日でした。日本人の多くは日本の
敗戦(終戦)は8月15日と考えていますが、国際法的には9月2日です。

実は、この署名が9月2日に延びたことが、後に北方四島の帰属にかんする複雑な問題を発生させる原因と
なってしまいました。

ソ連軍は8月28日には択捉島に、9月1日(法的には戦争終結前)には国後島に上陸して占領しました。
しかし9月2日の降伏文書への署名が過ぎても侵攻を続け、5日までに歯舞・色丹島を占領し、北方四島全
部がソ連領に編入されてしまったのです。

1956年の「日ソ共同宣言」の際、ロシアが歯舞・色丹は平和条約締結後に日本に引き渡す、と明記され
ましたが、その背景には占領の日に関する微妙な違いがあったのです。

これについて池上彰氏は、ソ連(現ロシア)にすると、「国後島と択捉島は戦争で勝ち取ったものだ。しか
し、歯舞群島と色丹島は戦争が終わったあとに占拠したもの。国際法上は、日本に返さなくてはならないと
いう思いを持っているのです」。また、降伏調印後にもかかわらず「歯舞と色丹に侵略したという引け目が
あります」とも説明しています(注1)の二番目の資料。

いずれにしても、この問題は現在でも「二島先行返還」か「二島+α」「二島だけ」なのか、という具合に、
歯舞・色丹が国後・択捉とは違うカテゴリーとして扱われる根拠になっています。

しかし、このカテゴリーの問題とは別に、1941年に締結した日ソ中立条約の不延長を事前に通告したと
はいえ、千島・樺太に侵攻したこと自体、果たして正当性をもつのか、という問題は残ります。この点も、
現在まで未解決で残されたままです。

ところで、日本が最終的に受諾した「ポツダム宣言」に日本の領土について「日本国ノ主権ハ本州、北海道、
九州及四国並ニ吾等ノ決定スル小島に局限セラルベシ」となっています。言い換えると、上記の領土以外、
日本は放棄する、となっています。

また、ポツダム宣言第七条、一般命令一項(ロ)により、「千島」はソ連の占領下におかれることになりま
した。ここで「千島」がどこまで含むのかが問題です。

そして1946年1月29日、GHQは日本の行政区域を定める指令(SCAPIN-677)で、クリル(千島)列島、
歯舞、色丹を日本の行政範囲から正式に除かれました。この時、クリル(千島)と歯舞・色丹とを分けてい
ることに注意しておきましょう。

なおこの時、竹島も日本の行政範囲から除かれています。正式にはこのとき以降、日本の施政権は北方領土
や竹島に及ばないことになり、現在にいたっています。

第二次大戦の最終的な終結条約は、1951年のサンフランシスコ講和条約で、日本の領土範囲がさらに確
認されます。

条約第2条C項で、日本国は世界に向けて、「日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポー
ツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及
び請求権を放棄する」となっており、千島を放棄することを承認しました。

ここまでが第二ラウンドで、「千島」の定義の問題は残ると思いますが、どうやら日本にとって、あまり有
利な状況にはないことが分ります。

しかし、それを少しでも有利にするのが外交の力です。次回は、サンフランシスコ講和条約以後、日本政府
はどう対処してきたのか、そして現在、安倍政権はこの問題をどのように日本に有利な条件で決着しようと
しているのかを考えてみたいと思います。

今こそ、“地球儀を俯瞰する”“外交の安倍”の恥じないよう、安倍首相の外交の力量が試されています。

(注1)北方四島をめぐる歴史的経緯は日本近現代史の問題で、日本史の本をみれば、どこでも確認できま
    すが、とりあえず、『朝日新聞』(デジタル版 2019年1月22日18時36分)
    https://digital.asahi.com/articles/ASM1J5H5YM1JUTFK00X.html?rm=1732
    あるいは『東洋経済』(デジタル 2019/01/22 6:30)https://toyokeizai.net/articles/-/261166
    が便利です。


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「高速道路を逆走する安倍政権」―“木枯らし紋次郎”の怒り―

2019-02-17 05:23:00 | 政治
「高速道路を逆走する安倍政権」―“木枯らし紋次郎”の怒り―

「木枯らし紋次郎」といっても、今では誰の事だかわからない若者が大部分かも知れません。これは、
笹沢佐保の股旅物小説をテレビドラマ化した超人気テレビドラマのタイトルで、その主役を演じた俳
優が中村敦夫さん(以下、敬称略)です。

紋次郎は旅の途中で悪を成敗するも、その場に居続けるのではなく、「あっしには関わりのねえこっ
てござんす」と言って、大きな網笠を被りぼろぼろの合羽を羽おり、楊枝をくわえて立ち去ってゆく
ラストシーンは、一世を風靡したあまりにも有名なシーンです。

中村は1940年の生まれ、今年で78才。敗戦時には4~5才、戦争の記憶がある最後の世代です。彼は
疎開先でB29爆撃機が飛来すると防空壕に飛び込む、危機感の中ですごしたという。

その中村が、「関わりのねこって」どころから、小説を書き、司会者、ニュースキャスターを務め、
1998年(平成10年)から6年間、国会議員(参議院議員)として活躍するなど、現実と正面からぶつ
かる濃密な関わり方をしてきています。

中村は『日刊ゲンダイ』のインタビューを受けて現代日本、とりわけ政治に怒り、これを鋭く批判し
ています。その内容は後で書きますが、このインタビュー記事の人物紹介があまりにも興味深いので、
少し長くなりますが、以下に引用します(『日刊ゲンダイ』2019年2月1日号)。

中村は東京外国語大学のインドネシア語科を中退(“インドネシア語科”がいいですね)し、そのこ
ともあって『ジャカルタの目』などの小説を書いています。

最近では2017年から反原発の一人朗読劇『線量計が鳴る』を全国公演中で、後で触れるように大好評
です。

また菅官房長官(?)をパロディーにして日本の改憲を笑い飛ばした新作喜劇『流行性官房長官―憲
法にかんする特別談話―』(KADOKAWA『憲法についていま私が考えること』に収録)を書いています。

この喜劇について中村は「日本は民主主義でも独立国家でもないのに、間違った前提で議論が進んで
いることを描く不条理演劇です」と語っています。

つまり、「日本は民主主義でも独立国家でもないのに」そのような「フリ」をして議論をしているこ
とが「不条理」だと言っているのです。これは、なかなか思い切った発言で、一般の俳優やタレント
にはなかなか言えません。

しかし、彼のインタビュー記事を読んでみると彼の現代世界と日本に対する批判は決して思い付きで
はなく、現実を冷静に見つめた筋の通った思考から発していることが分ります。

インタビュー記事の見出しにしたがって整理すると、全体のタイトルが「おいおい経済成長ってオイ
チョカブかよ!」となっており、中身は4つの部分から成っています。

第一は、「平成の次は大混乱の恐ろしい時代へ」です。ここで彼はこれまでの日本を大まかに、昭和
は侵略戦争、太平洋戦争、経済復興、バブル経済と、激動の時代と位置付けます。

戦争で行犠牲を払ったけど、先進国に追いついていく時代。ところが昭和の終わりくらいから、それ
までの経済成長のあり方、資本主義の行方が怪しくなってくる。つまり、オーソドックスなモノづく
りから金融経済にシフトしてゆく。

その結果、平成になると、世界を操る権力構造が変わり、資本はグローバルになり、金融中心となる。
そして、国籍そのものが重要性を失い、多国籍化したものに権力がシフトしていく。

ところが、ここで奇妙な現象が起き始めています。トランプ政権下では、金融の覇者、米国が一国主
義を唱えているのです。

これにたいして中村は「そう、私は平成の後半の特徴は、金融中心のグローバルな資本主義も崩壊し、
世界中が混乱していく過程に入った」と考えます。

政治的にはナショナリズムが台頭し、反グローバリズムを叫ぶ勢力が強くなってきている。

これは明らかに矛盾です。「資本主義を肯定しているのであれば、グローバリズムに行き着くしかな
いのに、何をいっているのか。それじゃあ、昔の資本主義に戻れるかというと、もう戻れませんよ」。

平成の時代を「恐ろしい時代」と規定する感覚は、このブログでも取り上げた、経済同友会代表幹事
の小林氏が、「平成の30年は敗北の時代」と言った認識と奇しくも一致しています。

第二点は「高速道路を逆走しているような時代錯誤を感じる」という彼の見解です。

インタビュアーの、資本主義は成長拡大するものだという前提でもがいているが、日本は成長戦略と
いって、原発輸出にシャカリキだったが、失敗した、との指摘に次のようにコメントしています。

安倍政権は経済成長を神のように崇めているが「内容がないんですよね。いろんなことをブチあげて
いますが、どれも不成立でしょう。金融政策で株が上がっただけで、いつ崩れるか分からない、バク
チ経済です」。

実体経済で売るものがないから原発でも輸出するかということになるが、「自分の国で始末に負えな
いものを他国に押し付けるなんで商道徳に反しますよ。しかもことごとく失敗、破談じゃないですか。
残るのは大阪万博にからめたカジノ構想ですか?おいおい、経済成長ってオイチョカブと同じかよっ
て。そういう貧しい発想でしか経済を捉えていないんですね」。

中村の世界認識の鋭さは、安倍政権が、「いま、人類はどういう時代に突き進んでいるか、という認
識が決定的に欠如していて、高速道路を逆走しているような時代錯誤を感じます」。本当に、“言い
得て妙”とはこのとこです。

第三は、「経済至上主義を止めなければ破滅の道」です。中村は『簡素なる国』という本も出してい
ますが、そこで「小欲知足」(欲望を抑えて充足を知る)が重要になります。

というのも、このまま「大きいことはいいことだ」という経済哲学が膨らんでいったらパンクするに
決まっている。そこで「小さいことこそ、よいことだ」という逆転の発想が必要となる。

経済至上主義は、貪欲を限りなく推奨し、経済成長を追求するが、資源も環境も有限だから、このま
ま続けばゼロになってしまう。

これまでどういう時に経済成長したか。一番手っ取り早くて効果があるのは戦争だ。戦争は一時的に
経済を救う。「米国は戦争を続けることで成長を確保しているし、そもそも戦争は経済政策なんです
よね」と、本質を突いた指摘をしています。

経済成長がもたらすもう一つは環境破壊です。環境破壊をやったら終わりなのに、核兵器と環境破壊
で人類は滅びる運命にある。「このまま拡大経済を神として崇めていったら終わりです。いや終わっ
ていて、だからバカなことをいう指導者が、各国で出てきているでしょう。バカの行く先は大変です
よ。必ず悲劇になります」。

彼は反原発の朗読劇『線量計が鳴る』を全国公演していますが、「凄いですよ。4月いっぱいまで公
演が詰まっています。4月末までに70回くらい上演できる」と予想しています。国民は、ひそかに
悲劇を予感しているのでしょう。

中村は行動する表現者・芸術家です。しかも、並の政治家よりも大きな影響を人びとに与えています。
彼がこのような活動をするには、政治家としての過去の過去の経験があるからです。

第四は「政治家の9割は選挙活動が就職活動」。本当は政治家が頑張らなくてはダメなのに、議員に
なって分かったことは、政治家は与野党とも、みんな就職のために議員になるんだということだった。

原発の危うさはわかってはいても、票にならないから反対しない。逆い票になるなら何党でも構わな
い、次に当選できるのであれば、どこでもいい。「そんな議員が9割ですよ」と実感を込めて言う。

私もまったく同感です。実際、現職の世襲議員をみると、政治信条のために政治家になっているとい
うより、家の「家業」として親の地盤、看板、鞄(金)を相続している場合が珍しくありません。

これでは、日本の政治は良くなるはずはありません。せめて同一選挙区での世襲は二世まで、三世以
上は認めない、程度のルールは必要だと思います。

インタビュー全体をとおして感じたことは、中村敦夫という人物の懐の深さ、表現者としての抜群の
才能と行動力、問題の本質を突く透徹した視線です。

とりわけ、資本主義を肯定するならグロ-バリズムは当然の方向なのに、反グローバリズムを叫ぶこ
との矛盾に指導者も国民も気づいていない、との指摘は鋭いと思います。

こうした発想から自国第一主義に走り、露骨にナショナリズムを煽ることには危険を感じます。

もう一つ、日本は「民主主義でも独立国でもないのに」という指摘は、口には出さなくても、多くの
国民が感じていることではないでしょうか。

森・加計問題における政治家と官僚の忖度関係、統計の改ざんなどをみていると、このブログでも書
いたように、本当に日本は民主主義の国と言えるのか、疑いたくなります。

そして、米軍機が我が物顔に日本の空を飛行し、飛行訓練の回数や時間についての申し合わせを破っ
て夜間訓練をしたり、米軍基地のために辺野古の海を埋めさせたり、米の軍人が犯罪を犯しても、日
本側に裁判権がほとんど与えられていないなど、日本は本当に独立しているのか、国民は心の奥底で
本能的に感じ取っているのではないでしょうか。

私は、今回のインタビュー記事を読んで、気が付かされたことも多々ありました。中村敦夫氏の今後
の活躍に期待しています。







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厚労省の統計不正―これでも日本は近代国家ですか?―

2019-02-03 07:43:20 | 政治
厚労省の統計不正―これでも日本は近代国家ですか?―

一体、日本の政界・官界はどこまで腐敗してしまったのだろうか、という深い落胆を感じます。

私たちはすでに、森友・加計学園問題を通じて、官僚の文書改ざんや証拠の隠滅について、うん
ざりするほど聞かされ見せられてきました。

政権や官僚はその都度、「調査中」「隠蔽、改ざんの意図はなかった」と繰り返してきました。

今回の厚労省の統計改ざんについては後で触れますが、昨年だけでもデータ偽造は、裁量労働制
をめぐる厚労省の調査データの(意図的)誤り、28の中央省庁機関による障害者雇用数の水増
し、失踪した外国人技能実習生に対する法務省調査の、意図的とも思われる隠蔽と過小評価問題
など、次から次へと統計データに関する、「捏造・隠蔽疑惑」が噴出しました。

そして、今回の「毎月勤労統計」は、政府の諸統計の中でも「基幹統計」といわれる、非常に重
要な統計です。「毎月勤労統計」は、自業所ごとに労働者がどれほどの時間働き、いくらの収入
を得ているかを、実際に事業を訪れて調査した結果を集計するものです。

「毎月勤労統計」は雇用保険や労災保険の金額算定の基礎データです。もし、その基礎データが
実際より低く抑えられていたら、当然ながら雇用保険や労災保険という、不幸にして職を失った
り労働で災害を受けて働けなくなった人たちの、最後の拠り所、本来支払うべきセイフティー・
ネットが「値切られて」しまうのです。

この意味で、この調査と数字が不正にねじ曲げられたとすると、その影響は、他の不正とは比較
を絶して大きな影響があります。

東京都の場合、500人以上の雇用者を抱える大手企業の労働実態について、全ての企業の調査
を行うことが義務付けられています。

しかし、実際には2004年以来、全数調査ではなく、その3分の1のサンプル調査しか行って
いなかったことが明らかになりました。それは、全国平均を高い賃金水準が想定される大手企業
の全数調査と行うと、平均賃金が高くなり、その分、雇用保険や労災保険の支払いが多くなって
しまいます。

厚労省は、これらの支払いを低く抑えるため、とは口が裂けても言わないと思いますが、実際に
何が起こったかといえば、保険対象者の受取金が本来もらうべき金額より少なくしか支払われて
こなかったのです。

ではどれほど人がどれほどの金額をもらい損ねたのかと言えば、これまでの累計で2000万人
以上、金額はおよそ600億円と見積もられています。

さらにとんでもないことに、この問題の処理(調査のし直し)のための事務処理費が195億円
もかかるのです。

この事務費も、私たちが払った税金から支出されるのです。もし、この事務処理を厚労省の職員
が残業のような形で行うとすれば、まるで「焼け太り」のようです。

なぜ、厚労省のいい加減な調査の後始末の事務処理費まで私たちの税金が使われるのかを考える
だけでとても腹が立ちます。

今回のデータ改ざんに関しては、金額の問題だけではありません。

この「毎月勤労統計」は、たとえば政府の政策の結果を客観的に評価する際に、果たして実質賃
金は上がったのか下がったのか、残業などの労働時間は増えたのか減ったのか、などを判断する、
最も重要な基本統計の一つなのです。

1月30日、厚労省は2018年の実質賃金が実際にはマイナスになる可能性があることを始め
て認めました。これまで、この年の実質賃金の伸び率として公表された1月から11月分のうち、
プラスは五か月であったが、専門家が実態に近づけて試算したところ、プラスはわずか一か月だ
けで、厚労省発表のマイナス0.05%より大幅なマイナスで、マイナス0.53%、通年でも
前年を下回っている見通しとなりました。

細かくみてゆくと、厚労省が最も大きく伸びたとしている6月(2%の上昇)も、計算し直して
みると0.6%の伸びにすぎなかったのです。

           
     『東京新聞』2019年1月31日』より

この日、野党によりヒヤリングで、統計問題にくわしい明石順平弁護士による試算を野党が提示
したところ、厚労省の屋敷次郎大臣官房参事官は「(厚労省が試算した場合にも)同じような数
字が出ると予想される」と認めました。

それでも安倍首相は、過去5年間、実質賃金が上昇していると、国会で強弁しているのです。

この問題は、厚労省が18年度に賃金が伸びやすいよう企業を入れ替え、実際に伸び率が課題に
なったためでした(『東京新聞』2019年1月31日)

もし、このような実態がこれまでも続いていたとすると、今年の10月から消費税10%の値上
げが可能かどうか、また妥当かどうか、に大きな疑問符が付きます。

また、政府はアベノミクスにより、まず企業収益が増大し、その一部が働く人たちに滴り落ちで、
景気が上昇する「好循環」が働いてきた、と言い続けてきましたが、そんなことは起きてこなか
ったことが証明されました。

自民党の厚生労働部会に出席した総務省の担当者は、従業員500人以上の事業所を全て調べる
ことを義務付けているのに、総務省に届けることなく勝手にサンプル調査で済ませてしまったこ
とは、統計法違反の疑いがある、と指摘しています(『東京新聞』1月16日)。

今回のデータねつ造ともいえる不正は、調査方法だけではなく、その調査を監査する「外部有識
者」から成る特別監査委員会なる組織にも大きな問題があることがはっきりしました。

この監察委員会の委員長の樋口美雄氏は厚労省所管の労働政策研究・研修機構理事長で、労働政
策審議会(厚労相の諮問機関)の会長などを務める、いわば厚労省の「身内」です。

監察委は設置からわずか6日後の22日に中間報告書を取りまとめ、不正調査の動機などに関す
る検証は終結すると表明しました。

そして、1月22日に発表された特別監察委員会による中間報告では、延べ69人からヒアリングした
ことになっていましたが、閉会中審査での質疑によって実数は37人だったこと、しかも、身内で
ある厚労省職員がヒアリングを行っていたこと、厚労省の官房長が同席したことが明らかになり、
与野党から「身内によるお手盛り調査」と批判を集めました。また、直接に出向いて調査するの
ではなく、郵送で済ませてしまったことも明らかになりました。

中間報告書そのものについても、厚労省の事務方が深く関与していたことも発覚し、監察委員調
査の中立性は完全に失われたことになります。

しかし、この委員会の委員長の樋口氏は、中間報告に結果から組織的な隠蔽や捏造はなかった、
と結論付けています。

ところが、30日の委員会の会合で、委員の中から「複数の職員が不正を認識しながら長期的に
放置してきました。組織的な隠蔽があったと認めるべきだ」との発言が飛び出したという。

このような時、「外部有識者」とか「第三委員会」など、あたか客観的な目で調査をし、評価す
るような印象を与えます。しかし、政府が設置するこのような委員会は、政府が望まない結論を
出しそうな委員長は選ばないので、最初から結論は決まっている場合が多いのです。

ところで、今回明らかになったデータ不正がもはや隠せない状況になると、担当の根本匠厚労相
は、まるで他人事のように「職員の意識向上やチェック体制の強化が必要」と言いい、菅官房長
官は「甚だ遺憾だなど陳謝したものの、一連のデータ不正は「書き写しなど単純ミスが多かった
が、それでもあってはならない」とコメントしています。自民党も一斉に厚労省の批判に走りま
した(『東京新聞』2019年2月1日)。

しかし、国民は彼らのこうした言葉を聞いて素直に受け取ることができるだろうか。

官僚からみれば、時の政権が求める数字を忖度して、いろいろ工夫して作り上げただけなのに、
との思いがあると思われます。

ところで、2007に発足した統計委員会の初代会長の竹内啓氏は、statisticsという言葉には
“state”、つまり「国家」と言う意味と、「状態」という意味があり、正確な統計は国家運営
にとって基礎であること、しかし、統計専門職員を養成せず、むしろ減少していることに警告を
発しています(注1)

では現実はどうかというと、2004年には国の統計に従事する職員は6247人でしたが、小
泉政権下から急速に減少しはじめ、2018年4月には、なんと1940人まで激減しているのです
(『報道ステーション』2019年2月1日)。

なお、偶然かどうか分かりませんが、厚労省の「毎月勤労統計」不正が始まったのも小泉首相が
竹中平蔵内閣府特命担当大臣とともに日本経済の「聖域なき構造改革」と国の赤字削減を断行し
始めた年でした。

今回のような官公庁によるデータ不正は厚労省だけの問題ではなく、何と22の基幹統計に不適
切な処理が行われていることが発覚しました。

このような実態を知ってしまった今となっては、もう政府が出してくる数字を信用することはで
きなくなりました。これは極端にいえば国民の多くが国家に対する信頼を大きく傷つけました。

近代国家は、正しく現実を国民に知らせ、そのために正しい統計は不可欠です。しかし、今回明
らかになったことで、私は、果たして日本は本当に近代国家といえるのだろうか、という暗澹た
る気持ちになりました。

私たちは、たとえば中国や、北朝鮮、ロシアの統計も信用できない、と言いますが、そんなこと
を言う資格はあるのでしょうか?

(注1)『毎日新聞』デジタル(2019年1月27日)
http://mainichi.jp/articles/20190127/ddm/041/020/081000c



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「沖縄」の中の日本―知事選とその後の政府対応で見えてきたこと―

2018-10-21 07:05:33 | 政治
「沖縄」の中の日本―知事選とその後の政府対応で見えてきたこと―

翁長雄志沖縄県知事が、2018年8月8日亡くなりました。

翁長氏は、米軍普天間飛行場の辺野古移設反対を訴えて2014年の沖縄知事選に出馬し、当選後も
移設阻止のために国と対峙してきました。

しかし、意外と知られていないことですが、翁長氏はもともと自民党県議で、普天間飛行場の県
内移設に賛成だったのです。

しかし、2005年11月、政府が移設海域を埋め立てる権限を知事から奪い、国に移管する特別立
法を検討していることをきっかけに、彼の態度は一変しました。

「こういう(強引な)手法は百年先まで県民意識に禍根を残す」と政府を厳しく批判しました。

以来、翁長氏は辺野古への移設反対を政府、県民、本土の日本人全てに訴え続けてきました。

翁長氏が亡くなったことを受けて、9月30日に知事選が行われました。

この選挙では、事実上、翁長氏の志を継承する玉城デニー氏(無所属)と、自民・公明・維新・
希望の四政党が推す佐喜真淳氏との一騎打ちとなりました。

今回の知事選にたいして政府・自民党は国政なみの布陣と組織的体制を組み、何が何でも玉城
氏を落とす選挙運動を展開しました。

菅官房長官と小泉進次郎氏などは、3回も沖縄を訪れ、佐喜真氏の応援に駆けつけました。

菅官房長官は、再三、知事の権限でもないのに、携帯電話料金を4割安くするなど、ピンと外
れのスピーチをして、県民からは反感を買いました。この人の頭の中はどうなっているんでし
ょうか?

小泉氏は、“人寄せパンダ”よろしく、愛嬌を振りまいていました。確かに、女性のファンが
小泉氏の周りに集まりました。恐らく、官邸では小泉氏の女性人気でかなりの票を獲得できる
と思っているのでしょうし、小泉氏自身もそのように思っていたでしょう。

しかし私には、こうした場に刈り出される小泉氏の姿が痛々しく感じられました。

前回の知事選で自由投票だった公明党は、今回ははっきりと佐喜真支持を打ち出し、党と創価
学会を挙げて、徹底的なローラー作戦を展開しました。公明党はここで自民党に恩を売ってお
きたかったようです。

ここまでは、まあ、いかにも政府や公明党のやりそうなことなのですが、実態はなりふり構わ
ないだけでなく、違法すれすれの汚いやり方も展開していました。

例えば、県内の保育園で副保育園長を務める女性は、「読み聞かせなどの研修会と思っていっ
たら」「保守系の沖縄の国会議員やOBが次々出てきて、政治のパンフレットを配られた。壇
上で『バンザイ バンザイ』とやっていた」と語っていました。

9月17日には沖縄の保育園連盟の総決起大会に、連盟加入の保育園に動員をかけ、1000
人余りが出席。この大会には佐喜真氏と、加藤勝信・厚生労働大臣(当時)らが登壇しました。

問題は、この先です。後日、佐喜真氏への期日前投票の呼びかけと、市町村名や、日にちの報
告を求める「実態調査」が参加者にファックスで送られてきました。

こうした投票行動の調査は、憲法で保障された「秘密投票」や「投票の自由」の自由に抵触し
かねません。

同様のことは建設業界でも行われました。告示日翌日の14日、ある参議院議員が出席した業
界の総決起大会の後、やはり「実態調査票」が配られました。ある沖縄県民は、「投票した家
族らの名前を書いてファックスで返送するよう指示があった」と語っています。さらにインタ
ーネットでは、「候補者名を書いた投票用紙を証拠撮影させている」という情報もあります。

自民党は、このような「投票の自由」の侵害を、これまでもやってきたのでしょうか?


この他、佐喜真氏側からの 中傷やフェイク演説など、たくさんのフェアでない選挙運動に、
沖縄県民は嫌悪感を抱きました。

佐喜真氏と安倍政権の戦略は、中央とのパイプによって得られる「カネ」と、自民・公明によ
る締め付けだけが頼りだったのですが、これが逆に県民の反発を買ってしまったのです。

ここにも自民党の伝統的な選挙手法が現れていますが、あらゆる手を使った後の今回の敗北も、
安倍政権の「終わりの始まり」なのかもしれません(『東京新聞』2018年10月2日)。

他方、佐喜真氏は、普天間飛行場の移設により沖縄の安全は高まる、との主張はしますが、そ
れでは辺野古はどうするのかについては一切触れませんでした。つまり、争点を隠したのです。

こうした、自民・公明そして相乗りした政党の、圧倒的な物量作戦と、違法すれすれの(私は
違法だと思いますが)汚い選挙運動にもかかわらず、佐喜真氏は8万票という、誰も予想しな
かった大差で敗北しました。

平和と福祉こそが、創価学会の理念だったはずが、平和に背を向ける党の中央は県民の感情を
無視して一方的に自民党と一緒になって佐喜真氏を応援したことに、反撥した人が学会員の3
割もいたのです。

実際、玉城氏の応援集会にも、玉城氏当選の祝賀集会にも、創価学会の「三色旗」を振りかざ
して参加した創価学会員の姿がテレビなどでも映し出されました。

自民党と連立を組んで政権与党にいることが、ほとんど唯一の存在理由となってしまった公明
党にとって、今回の敗北は、かなり深刻なボディー・ブローとなったのではないでしょうか?

もし、これで党の幹部が根本的な反省と戦略の立て直しをしなければ、公明党は沈没します。

玉城氏は、辺野古への基地移転に反対することを掲げて選挙に臨んだので、今回の選挙で沖縄
県民は二度、辺野古移設に「ノー」を突きつけたことになります。

問題は、政府が今回の選挙結果を受けてどのように対応するか、です。

玉城氏は、当選直後から、できるだけ早い時期に首相と直接話し合いたいと語っていました。
翁長氏が知事に当選してから、首相に会うまでに4か月も待たせたので、今回はどんな対応を
するのかを注視していました。

さすがに今回は、選挙結果を無視できず、10月12日に異例の速さで首相と玉城しとの話し
合いが実現しました。

しかし安倍首相は、政府の方針は変わらない、と姿勢を変えず、ほとんど門前払いでした。

さらに、その5日後の17日、防衛省沖縄防衛局は埋め立て承認を県が撤回したことに、「行
政不服審査法に基づく不服審査」に加えて「承認撤回の効力停止」を石井敬一国土交通相に申
し立てる、という対抗措置を取りました。

皮肉なことに、石井氏は公明党の議員ですから、ここでも公明党は自民党に忠義を尽くすこと
を迫られたということです。

公明党はこれからも自民党との関係で「下駄の雪」(下駄に挟まった雪のようにくっついたま
ま離れられない)状態を続けるのでしょうか?公明党にとって、ここが正念場です。

玉城氏は、「行政不服審査請求」は国民の権利救済が目的で、趣旨をねじ曲げた法治国家とし
てあるまじき行為だ」とさっそく政府を批判しました。

成蹊大学の武田真一郎教授は「同じ政府に属する国交省が申請の可否を判断することは、原告
と裁判官が同じという、全くおかしな対応」と、この措置の異常さを指摘しています(『東京
新聞』2018年10月18日)。この請求は本来、国民が政府に申し立てる制度なのです。

つまり、行政機関どうして判断するわけですから、この審査が始まれば、国交省はただちに防
衛省の主張を認める可能性が大きいのです。一種の“できレース”審査のようです。

ここに、安倍政権の、沖縄県民の声に耳を傾ける姿勢が全くないことが現れています。

もう一つ、今回の政府の対応で明らかになったことは、日本はアメリカ軍の要請を拒否できな
い、ということです。

矢部宏冶氏が『日本はなぜ、戦争ができる国になったのか』(2016、集英社:49~106ページ)
が、アメリカ側の公文書によって確認した、日米で取り交わした「密約」で、アメリカは日本
のどの場所でも、期限を定めないで軍事基地を作り、自由に使うことができることを明らかに
しています。

最近、オリンピックに関連して、羽田への航空機の増便のため、現在アメリカ軍が管制をもっ
ている「横田空域」の一部を使用できるよう、政府が要請したところ、一蹴されてしまいまし
た。それに対して、安倍政権は一言も反論できなかたし、しませんでした。

首都圏の空は「アメリカ」で日本の空ではないのです。

つまり、沖縄の状況は、そのまま本土にも適用できるのです。この意味では、日本全体が沖
縄と同じ状況に置かれている、沖縄の中に日本の実態そのものがある、といえます。

これは日本人として、真正面から受け入れるには、あまりにもみじめな現実です。


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検証「安倍政権」(3)―アベノミクスの正体―

2018-10-07 06:50:36 | 政治
検証「安倍政権」(3)―アベノミクスの正体―

このブログの『検証「安倍政権」(1)』で、総裁選を通してみた安倍政権の「終わりの始まり」
について書きました。ここでは、もはや自民党内でも、次回の選挙を安倍首相の下で戦いたいと思
っている人はいない、との声が上がっていることを紹介しました。

「選挙に強い」安倍政権の脆弱性は、9月30日の沖縄県知事選で、辺野古の新基地建設反対を訴
玉城デニー氏が8万票という大差で自公が推薦した候補を破ったことではっきりしました。

今回は安倍政権の国内政治、とりわけ政権が掲げるスローガン、とくに「アベノミクス」を検証し
てみたいと思います。

「アベノミクス」の評価に関してはすでに、弁護士の明石順平氏が『アベノミクスによろしく』
(集英社インターナショナル新書、2017)で、政府や行政機関が発表したデータに基づいて、
徹底的に検証していますので、是非一読をお薦めします。

ここで、この本の内容を紹介する余裕はありませんが、結論から言えば、アベノミクスは現在ま
でとうてい成功しているとは言えない、というものです。

ここでは、明石氏とは異なる観点から、アベノミクスを検証してみたいと思います。その前に、
これまでの安倍政権が掲げてきたスローガンを挙げてみます。

私たちの記憶に新しいものだけでも、アベノミクスを始め、地方創生、一億総活躍、女性活躍、
人づくり革命、働き方改革(現在進行中)など、その都度、国民の目を引く「お題目」を国民
に提示してきました。

しかし、これらのうち、どれ一つをとっても、その成果を検証することなく、数年で言葉さえ
消えてしまいます。

政権としては、スローガンを打ち上げた段階で、ある程度メディアが取り上げれば、つまりメッ
セージ効果が一定程度あれば、もうそのスローガンの役割は終わっているのです。

例えば「地方創生」を考えてみると、官庁にその部署が新たに作られ、担当大臣(最初は石破茂
氏)が任命され、人員もそこに回されますから、その分、どこかの部署が手薄になります。

しかし、その後の状況をみると、この政策がどうなったのかの検証は行われていません。その中
で、地方都市には「シャッター通り」が増え、農山村は人口が減少し、地方は「創生」どころか、
総じてますます地域社会が衰退しつつあります。

政策というのは、まず目標や意味づけがあり、具体的な方法や手段(特に財政的裏付け)があり、
そして一定の時期が来たらその成果を検証することが基本です。

しかし、安倍政権は、こうした政策の基本を無視しています。これは、最初から成果を検討する
気がないのか、公表すべき成果が上がっていないのか、いずれかだと思われます。

言葉だけの政策を打ち上げるのは、安倍首相の政治手法にしばしば現れます。

「アベノミクス」という、スローガンも同じです。ここで、もう一度、確認のために、アベノミ
クスの主要政策、「三本の矢」を示しておきます。
1 大胆な金融政策
2 機動的な財政政策
3 民間投資を喚起する成長戦略[

簡単に言えば、市中に潤沢な資金を流して(これまで毎年20兆円も)景気を刺激し、デフレを
克服する。景気浮揚のため、必要なところには積極的に財政投資をする。長期的な成長のため、
民間投資を呼び起こすための成長戦略を推進する、というものです。

「アベノミクス」というと、いかにも何か新しい経済政策のパッケージのように聞こえますが、
その中身は、自民党がこれまで実施してきた経済政策と基本的には同じです。

もし、何か特徴があるとすれば、「異次元の金融緩和」、もっと平たく言えば、常軌を逸した金
融緩和、お金の供給量をとてつもなく多くすること、金利をゼロからマイナスに下げることくら
いです。これらは、いずれも非常手段ですが、もう5年も続けています。

それも、巨額の国債を発行し、事実上それを日銀が買いとって市中にお金を流すという、いわば
「禁じ手」を使っています。

現在では国と地方の負債額は1000兆円を超えており、国民一人当たり850万円の負債を負
っていることになります。この借金は、いずれ返さなければならないのですが、現状では短期間
で返せる額ではないので、結局は将来世代にその借金の付けを回すことになっています。

国際通貨基金によると、国内総生産(GDP)に占める日本の借金残高の比率はリーマンショッ
ク前年の2007年の175.4%から、2018年の236%と大幅に悪化しています。この
数字は先進七ヵ国の中で最悪で、ヨーロッパ諸国の中でも財政状況が厳しいと言われるイタリア
でさえ192.7%と、日本よりはるかに低い状態です(『東京新聞』2018年9月14日)。

おおざっぱに言えば、アベノミクスの狙いは、「異次元の金融緩和」によって株価を上げ、円安
に向かわせ、インフレを誘導してデフレから抜け出し、物価の上昇を通して企業の利益を増加さ
せる。そうすれば働く人たちの所得も増える。長期的には、確かな成長戦略の下で将来の経済の
土台を強化する、というものです。

しかし、「異次元の金融緩和」にもかかわらずデフレ脱却は、その兆候さえ見らません。

他方、残念ながら成長戦略は、武器の輸出とカジノの合法化以外、これまで見るべきものがなく
不発に終わっています。

安倍首相は、いつも都合の良い数字だけを取り出し、都合の悪い数字は隠したままで、自分の手
柄のように誇示しています。

最近目立つのは、有効求人倍率が全ての県で1を超えた、というものです。

しかし、これを安倍政治の成果とみなすわけにはゆきません。というのも、日本経済が絶頂にあ
った1997年の生産労働人口(15才から64才まで)は8699万人でしたが、それ以後少
子化のため減り続け、2016年には7665万人、つまり生産労働人口は、実に1000万人
も減少しているのです。

最近では、少子高齢化が急激に進み、労働力が絶対的に不足し、人手不足は企業の存続を危うく
するほど深刻なのです。

外国人労働者を積極的に受け入れ、女性や高齢者をも労働市場に参入してもらわないと、経営が
回ってゆかないのが実情です。

このような状況を考えれば、有効求人倍率が上がるのは当然です。安倍首相が、有効求人倍率が
1を超えたことをあたかも自分の手柄のように吹聴するのは、少しおかしいと思います。本来な
ら、もっと上がって当然なのです。

これと連動していますが、完全失業率が第二次政権発足時(2012年)の4.1%から2017年
の2.5%に下がったこと、大学生の就職率が93.6%から98%に上がったことも当然です。

こうした一見、プラスの経済指標を用いてアベノミクスの成果を強調する反面、マイナス面には
触れることはありません。

安倍政権の下で、たしかに株価は上昇し、輸出企業の収益は増え、ごくごく一部の投資家は大き
な利益を得たかもしれませんが、国民全体を見渡すと、まったく異なる姿が浮かんできます(以
下の数字は『東京新聞』2018年9月6日による)。

国民生活にとって重要な意味を持つのは、名目ではなく実質可処分所得(所得から税や社会保険
料などを引いた、個人が自由に使えるお金)は、2012年の44万5497円(月平均)から、
2017年には43万2253円に減少しています。

企業は大儲けしているのに、それを働く人たちに配分するのではなく、将来に備えて、という理
由で社内留保してしまっています。これではお金も景気も良い方向に向かいません。

また預貯金などの金融資産を持たない単身世帯の割合は2012年の33.8%から17年には
46.4%へ急増しています。

この数値はても深刻です。というのも、これから結婚を考える若い独身者たちの金融資産がない
ということは、結婚に踏みきれない層が増えてゆく可能性があり、これはさらに少子化につなが
ってゆくからです。

ちなみに、2015年における「生涯未婚率」(50歳までに一度も結婚しない人の割合)は2000年
以降急上昇し、15年には男性は23%、女性は17%とにまで達しています(注1)。

これにはさまざまな理由があると思いますが、特に男性の場合(約4人に一人です)、経済的余
裕がなく将来も見込めない、という状況もこうした傾向に大きく関わっていると思います。

安倍首相は、雇用が改善されたことを強調しますが、非正規労働者の比率をみると、2012年平均
では35.2%であったものが、2017年では37.3%へ増加しているのです。

結局、安倍政権の「アベノミクス」はメッセージ効果をもたらしただけで、内実はほとんど効果
を上げていないようです(注2)

安倍首相は、日本が進むべき道は「この道しかない」「一本道」だ、と言いますが、その先に何
があるのか、経済政策の出口は見えていません。

「異次元」の金融緩和という劇薬には、「異次元」の副作用をもたらす可能性が大いにあります。

安倍首相はトランプ大統領の「お友だち」であることを「売り」にしていますが、当のトランプ
大統領は、国連総会の演説で各国の笑い者になり、国内の批判にさらわれています。

日本との関係でいえば、容赦なく日本に譲歩を求めてくるでしょう。その時、安倍首相が得意と
する「お友だち」関係は、どれほどトランプの圧力を緩和することに役立つでしょうか。

(注1)HUFFPOST(2017年5月31日) 
 https://www.huffingtonpost.jp/2017/04/05/23-perent-of-men-arent-married_n_15823622.html
    
(注2)『朝日新聞 デジタル』2018年9月6日05時00分
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13666388.html?rm=150
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
夏を代表するサルスベリ                                         夏から秋への移り変わりに咲く芙蓉(フヨウ)

 




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検証「安倍政権」(2)―完敗の日米貿易交渉―

2018-09-30 05:21:33 | 政治
検証「安倍政権」(2)―完敗の日米貿易交渉―

安倍政権をこれまで支えてきた原動力は、大きく三つありました。一つは「選挙に強い」、二つは外交
における存在感、三つは「アベノミクス」に代表される経済政策です。

今回の総裁選で「終わりの始まり」が見えてきました。

次が、「外交に強い」と言う評価です。安倍首相は過去5年1か月で76カ国・地域を訪問しています。

ちなみに小泉首相(当時)の5年5か月で49カ国・地域でした。安倍首相の異常なまでの突出ぶりが浮
かんできます。

こうしたニュースに接すると、安倍首相は外交面で大活躍していると感じる人もいるかも知れません。

外遊には多額の国民の税金を使うわけですから、その成果を検証し国民に示す必要がありますが、これ
までのところほとんど示していません。(特に日中、日韓、日朝、日露関係では)

国民に示すだけの成果がなかったから、発表しないのかもしれません。

直近では9月の27日(日本時間)からの日米貿易交渉ですが、これは日本側の完敗で終わり、外交交
渉における安倍政権の限界をさらけ出した結果となりました。

今回の貿易交渉に先立って、9月25日(日本時間)に茂木経済再生相とライトハウザー米通商代表と
の間で日米貿易協議(FFR)を行いました。

日本側は、アメリカを多国間交渉に持ち込み、何としても日米の二国の包括的貿易交渉(FTA)だけ
は避ける、という基本戦略をもって交渉に臨みました。

FTAの場合は、単に物品だけでなく、サービス、金融、知的財産、輸入枠、為替など貿易に関するあ
らゆるテーマが交渉の対象となります。

他方、トランプはTPPから離脱しており、貿易赤字国第三位の日本との二国間でのFTA交渉を日本
側に呑ませることを考えていました。

結果は、安倍―トランプ会談を待つまでもなく、日本は日米貿易協議の段階で事実上FTAを受け入れ
ることを早くも認め、最初から白旗を挙げてしまっていたのです。

後は、日本国内向けにどのような言い訳をするか、だけの問題でした。

そして、27日の安倍―トランプ会談の後で6項目から成る共同声明を発表しました。要点は以下の通
り(注1)。

1)日米間の強力かつ安定的で互恵的な貿易・経済関係の重要性を確認した。

2) この背景のもと、我々は、更なる具体的手段をとることも含め、日米間の貿易・投資をさらに拡大
する・・・決意を再確認した。

3) 日米両国は、所要の国内調整を経た後に、日米物品貿易協定(TAG)について、また、他の重要
な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るものについても、交渉を開始する。

4) 日米両国はまた、上記の協定の議論の完了の後に、他の貿易・投資の事項についても交渉を行うこ
ととする。

5) 上記協定は、双方の利益となることを目指すものであり、交渉を行うに当たっては、日米両国は以
下の他方の政府の立場を尊重する。
─日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定(TPP 筆者注)で約束した市場アクセスの
譲許内容が最大限であること。
─米国としては自動車について、市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目
指すものであること。

6)我々は、WTO改革、電子商取引の議論を促進するとともに、知的財産の収奪、強制的技術移転、貿
易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対
処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、緊密に作業していく。
    
上記の合意に関して安倍首相は、今回のTAGは、FTAとは全く異なることを強調し、菅官房長官も同
じことを国内向けに説明しています。

しかし、今回の共同声明に盛られた「物品貿易協定」という言葉は、世界の貿易に関する協定用語には存
在しません。TPPも含めて、国際間の貿易協定は全てFTA「自由貿易協定」なのです。

もし、今回の日米交渉で日本がFTA交渉に入ることを認めたと公表すると、来年の統一地方選挙と参議
院選挙で安倍政権に逆風となる、との理由で何とかFTA以外の言葉にして欲しい、とアメリカ側に泣き
ついて、ひねり出した言葉が「物品貿易協定」という「造語」だった、というのが実情のようです。

みずほ総合研究所の菅原淳一主席研究員も「TAGはFTAそのもの」と話していますし、政府関係者でさえ
「政府内に『FTA』という言葉を使いたくない人がいるから『TAG』という言葉を使った」と打ち明けてい
ます。通商担当者は「TAGという文字を初めて見た」と話しています(注2)。

しかし、トランプもアメリカ側のメディアも国際社会も、日米はFTA交渉に入ることに合意した、と発
表しています。AP通信は、「日本はFTA交渉入りで合意」。この合意を「重大な転換」として報じてい
ます(『東京新聞』2018年9月28日)。

トランプ大統領は記者団に対して「我々は今日、FTA交渉開始で合意した。これは日本がこれまで様々
な事情から拒否していたものだ。必ずや満足のいく結論に達すると思う」と語っています(注3)。

しかも、共同声明を見れば、2)、3)、4)6)には、物品だけでなく、投資、知的財産、強制的技術
移転、産業補助金、国有企業による交易の歪曲化や過剰生産、などなど日本の内政にまでが交渉の対象と
なっています。

したがって、安倍首相が今回合意した「物品貿易協定」はFTAとは全く違う、と言い張っているのは、
太平洋戦争中に、日本軍の「敗退」を「転戦」と誤魔化した、あの論法と同じです。

ところで、共同声明には、なぜか盛り込まれていませんが、アメリカの狙いの重要なテーマの一つは、
対日貿易赤字の7割を占める自動車の輸入関税を上げ、日本車の輸入を抑えることでした。

これに関して安倍首相は、交渉中は関税引き上げをしない、との「確約」を取り付けた、と語っています。
しかし、共同声明にはそのようなことはどこにも書いてなく、声明には「共同声明の精神に反する行動を
とらない」とあるだけです。

いずれにしても、今回の合意は一時しのぎです。交渉がアメリカの希望に合致しなければ、直ちに交渉を
打ち切り、車に関する関税を引き上げるでしょう。

アメリカは、何年もかけて世界が合意した環境問題に関する「パリ協定」から一方的に離脱し、EC諸国
とイランとの間で、苦労して作り上げた核合意をも一方的に破棄するという“ちゃぶ台返し”を何度も繰
り返しています。

もう一つのテーマは、農産物の輸入関税問題です。これに関して安倍首相は、TPPの水準以下にしない
ことを「尊重する」という言質を米国から引き出した、とあたかも有利な成果を引き出したようにいって
いますが、これも「大本営発表」と同じ、ごまかしです。

東京大学の鈴木宣弘教授が的確に指摘しているように、「米国はTPPが不十分だからこそ離脱して二国
間交渉を求めた。TPP以上の譲歩を迫るのは間違いない」と語っています。

「アメリカ・ファースト」を旗印にしているトランプにとって、今や日本は互恵的な“お友達”ではなく、
そこから利益を得る対象でしかありません。しかも、安倍首相は拒否できないだろうと確信しています。

これら全てを総合的にみて、農林水産庁OBで貿易交渉経験のある作山巧明治大学教授は「自動車と引き
換えにFTAをのんだといいたくないための詭弁にすぎない」と指摘しています。

また、仮に、今回の合意が、政府の主張通りFTAでないとすると、米国との交渉結果でまとまった関税
引き下げの水準を、世界貿易機構(WTO)の全加盟国に適用する決まりになっているので、農作物の市
場開放は、一層、進んでしまいます(『東京新聞』2018年9月28日)。

世界貿易機関(WTO)のルールは、先進国間で結ぶ質の高いFTAでは、すべての品目のうち9割以上が関税
撤廃の対象になります。当然、日本の「造語」であるTAGもWTOルールでは、こうした水準の関税撤廃が求
められます(注4)。

どちらにしても、安倍政権の発言は事実を正しく伝えていないし、論理的にも破綻しています。

エコノミストの岡部直明氏は、すでに9月5日の段階で次のように警告していました。
    間違っても、トランプ大統領が求める日米FTAに足を踏み入れてはならない。日米FTAに応じれば、
    トランプ政権の圧力に抗しきれなくなるだろう。日本の通商戦略がめざすべきは、2国間主義では
    なく、あくまでWTOルールにもとづく多国間主義である(注5)。

まったく岡部氏の警告通りで、安倍政権はアメリカと一対一で交渉をすれば、アメリカの圧力に屈してし
まうことは、安倍政権のこれまでの日米交渉をみても火をみるより明らかです。

日本はアメリカと対等な立場で交渉することは望むべくもなく、例えは多少極端ですが、高校生とプロレ
スラーとの戦いになってしまいます。

アメリカは、たとえば安全保障の問題など、あらゆる手を使って日本を屈服させようとするでしょうから、
日本がそれに抵抗して国益を守れるとは到底考えられません。

今回の貿易交渉は、安倍政権のアメリカに対する外交力の弱さだけが際立った結果となってしまいました。

(注1)『ロイター』(2018年9月27日 / 12:08)
https://jp.reuters.com/article/us-japan-statement-factbox-idJPKCN1M707Y
(注2)『日本経済新聞 デジタル』(2018年9月29日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35834130X20C18A9EA2000/?n_cid=DSREA001
(注3)NEWSWEEK 2018年9月27日(木)11時25分
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/post-11021_1.php
(注4)『日本経済新聞 デジタル』(2018年9月29日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35834130X20C18A9EA2000/?n_cid=DSREA001
(注5)『日経ビジネス ONLINE』(2018年9月5日)    https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/090300076/?P=3 



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