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大木昌の雑記帳

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少子化の本当の問題(4)―本気度が試される―

2023-04-15 05:23:17 | 社会
少子化の本当の問題(4)―本気度が試される―

1997年から翌98年の1年間にわたって『朝日新聞』に連載された小説『平成三十年』の中で
著者の堺屋太一氏(注1)は、平成三十年(2018年)には出生数が100万人を割るだろうと、
書いています。

連載当時の出生数は約120万人前後であり戦後の第一次ベビーブームの270万人、第二次
ベビーブームの200万人と比べると半減していたが、それでもまだ100万人を優に超えて
いました。

しかし当時はまだ少子化対策を禁忌する空気があり、大蔵省は国の財政への負の影響を心配し、
政治は傍観していました。

2006年夏、堺屋氏は猪口邦子少子化対策相に、「大学内に保育所を増やして学生結婚しやすく
し、両親とも24歳になるまで学費と保育料の全額を奨学金として出せばいい」と大胆な提案を
しましたが、受け入れられませんでした。

これ以降の歴代政権は少子化相を置き、対策に取り組んでいる風を装ってきましたが、改善は
みられませんでした。

そして、彼の予想通り2016年の出生数は100万人を割ってしまいました。彼はそうなった一
因が、若い世代の晩婚化だとみていました。まことに卓見だといえます(注2)。

晩婚化と並んで深刻なのは、前回紹介した立憲民主党の長妻議員が指摘したように、むしろ結
婚そのものの減少こそが問題となっているのに政府は、そこに手を打ってこなかったのです。

そこには、日本においては結婚していることが子供を産む前提となっている点が大きな障害に
なっています。

欧州では法律婚でないカップルからの誕生がかなりの比率を示しています。例えばフランスで
は、生まれる子どもの62.2%(20年)が法律婚でないカップルから誕生しています。一方、日
本では法律婚でないカップルからの誕生はわずか2.4%(20年)です。

このような実態があるので、日本では未婚が増えると直ちに少子化に影響を及ぼす状況になっ
ています。

もし、現政権が、法律婚であろうとなかろうと、子どもは社会の宝、社会全体で差別なく育て
ましょうという姿勢を強く訴えてきたらな、事態は大きく変わったと思います。

しかもその背後にはもう一つの問題があって、岸田首相がはしなくも本音を言ってしまいまし
たが、同性婚やLGBTの家族を認めると、日本の社会が「変わってしまう」という保守的な
政治家が自民党の中核を占めているからです。

日本では、50歳時未婚率(結婚経験が一度もない)を見ると男性で28%、女性で18%(20年
国勢調査)と、50年前に比べて男性16倍、女性5倍と急増しています。男性3人に1人が結婚し
ない社会となっているのです(以下の図参照)。


では、独身者はどのような状態にあるかといえば、日本は先進国の中でも親との同居率がトッ
プクラスです。独身者は男女ともに30代も40代も6割以上が親と同居しています(20年国勢調
査)。いわゆるパラサイトシングルと言われた状態です。

一方、欧米では独身者の親との同居率は男性18%、女性12%と低く、欧米では成人すれば独
立するのが通例でで、同居率は男性が18%、女性が12%にすぎません。

日本では1人暮らしをしようとしても住宅費が非常に高いうえ、非正規雇用が4割を占め、金
銭的な不安が常につきまとうのです。このため、男性では、非正規雇用者の結婚率は正社員
の半分しかありません(17年総務省調査)。親と同居していれば、家賃や家事の負担も少な
くて済みます。

このように考えると、日本では非正規雇用者の賃金が低く、この階層の男女は結婚には積極
てきにならない一因となっており、この事態が改善されないと、結婚→出産という風にはな
かなか進みません。

しかも、このブログの2015年10月16日に掲載した「恋人要らない 結婚したくない」と
いう記事でも書いたように、アンケート調査では、結婚の前の段階で、恋愛さえも積極的で
はない独身男女が予想外に多かったのです(『毎日新聞』2015年6月16日)。

もう少し、詳しく見てみましょう。

内閣府の意識調査(2021年)調査「人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査」
は20歳以上70歳未満の2万人(男女ほぼ同数)を対象に実施しています。

男女の独身者(未婚、死別、離婚)は全体で約38%でした。結婚経験のない独身者のうち
「結婚の意思なし」は女性の場合、20代で14・0%、30代で25・4%、つまり4分の1もい
ました。

20代、30代といえば、まさに出産期です。これほど多くの出産期の女性が「結婚の意
思なし」となれば、将来的に子どもの数が増えることは期待できません(以下の図参照)。



この調査結果を分析した斉藤正美氏(専門は社会学、フェミニズム研究)は言います。
    いま岸田政権が異次元の少子化対策と言っているが、実際には経済対策だと見て
    います。行政はお金を出すけれども、実際に事業を行うのは委託された結婚情報
    産業です。4月に発足する「こども家庭庁」の新年度予算案では、結婚支援とし
    て約2億円をかけて、結婚をテーマにしたテレビ番組の製作や電車内の動画広告
    など、幅広い媒体で結婚の機運醸成がうたわれています。

しかし、結婚を礼賛すればするほど、子供を持つ可能性がない人や、持ちたいと思っても
持てない人、LGBTなど性的少数者で異性との結婚という法制度に入りたくても入れない
人にとっては生き地獄ではないでしょうか、と斎藤さんは危惧しています。

また、子供を持ちたくない、子供を持てない人は、社会から置いてけぼりにされたという
気持ちになるでしょう。自分を責める人もいるでしょう。そういう政策をとるべきではな
いと、指摘しています(注4)。

東京大大学院の赤川学教授(社会学)は、そもそも少子化は悪いことなのか、と問いかけ
ます。というのも、これは子どもを産まない女性の社会進出が進み、一人で生きていける
時代になったということです。

女性にとって、結婚と出産は「オプション」(選択肢のうちの一つ)になったことを挙げ
ています。

これ自体は非常に良いことで、社会に必要な価値観だと考えるならば、出生率が下がった
としても構わないと主張していくべきだと述べています(注5)。私もこれに賛成です。

テレビのある報道番組で以下のような数字が示されました。

出産期の女性人口(25歳~39歳)の動きをみると以下のごとくです。
 2000    2005    2010     2015   2020   2021
1292万人  1295万人  1231万人  1067万人 959万人 711万人
  
2005年から2020年までに26%減少しており、その後の25年間に25%ずつ減少する
(これは決まった未来)。というのは、2021年において0~14才の女性が711万人だから、
25年後の25歳~39歳の女性は711万人に減少してしまいます。

番組では、今後100年は人口は増えない。できることは、そのスピードを少しゆるやか
にすることだけだ、と指摘しています。

河合雅司(人口減少対策総合研究所理事長 現内閣の対策員会のメンバー)は、現実的問
題は出産する女性が激減期に入っており、人口が増えないとすると、今できることは、縮
小した日本でどう社会を組み立てるかを考えることだと、述べています。

また、山田昌弘(中央大学教授 家族社会学)は、まず、ここ30年間、政府は対策をさ
ぼってきた付けが現在の出産期の女性の激減をもたらしたことを指摘しています。

日本社会は2040年には高齢者の多死社会となる一方で、超少子化が同時進行します。
これは、火葬場不足、消費激減、社会保障費上昇、人事不足、労働人口不足、介護難民、
自治体消滅など、社会的機能が満たされない社会になります。

こうなると、 社会は混乱し、若い世代が社会に希望を持てない状況だったら、もっと子
供を産まなくなる。子供がいないことを前提に社会が組み立てられると、ますます子供の
数は減り、人口も減る、という悪循環に陥ることが考えられます(注6)。

私は、少子化の背景には、若者が将来の生活に希望をもてるビジョンを描けないこと、あ
るいは政府や社会がそのようなビジョンを若者に提示できないこと、も少子化の非常に重
要な背景であると考えています。

以上を考えたうえで、それでは、どうしても避けられない少子化=人口減少を何とか食い
止めようとするなら、日本にはどのような選択肢があり得るのか考えてみましょう。

①欧米諸国のように移民を積極的に受け入れる。
②同性婚やLGPTの人たちから成るカップルも含めて、結婚や家族の多様性を社会が認める、
 あるいはそのような空気を政府や社会が一体となって醸成する努力をする。
③上記と同じであるが、事実婚であれ、法律婚であれ、生まれた子どもは社会が責任をもっ
 て育てる財政制度と経済支援を確立する。
④政府も社会も、若者に明るい未来のビジョンを提示する。
⑤若者が子どもを産むことを躊躇する一つの要因は、教育費であることを考えて、ヨーロッ
 パの多くの国で実際に行われているように、幼稚園から大学まで公教育は全て無料とする。
⑥労働者の4割を占める非正規の賃金を上げる。
⑦これまでのようにひたすら経済成長を追い続けることを止めて、社会の全ての仕組みを人
 口に見合った規模に縮小する。
⑧もしこれらすべてが不可能なら、特に少子化対策を講ずることなく、事態の進行をあるがま
まに放置しておく。

以上の選択肢には、政治家や社会の価値観を根底的に転換し、国の資源(財政的資源や人的
資源)の配分を少子化対策に大胆に振り向ける必要があります。

①~⑦はいずれもハードルが高く、簡単にしかも短期間に実現することは不可能かも知れま
せんが、今、日本の政府と国民の少子化を食い止める本気度が試されています。もし、全ての
可能性がむりなら、⑧の衰退の道をあゆむことになります。


(注1)堺屋太一氏は、旧通産官僚で、1998~2000年は経済企画庁長官を務めた。その後大阪万博
    の企画から実施までを担当するなどの事業に腕を振るう一方で、作家としても活躍した。
(注2)『日本経済新聞』電子版(2019/3/11 2:00)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42213140Y9A300C1TCR000/?n_cid=MELMG011
(注3)『毎日新聞 プレミア』(2023年2月21日)
    https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230220/pol/00m/010/005000c
(注4)『毎日新聞』(電子版 2023/3/24 15:00 最終更新 3/24 15:00) https://mainichi.jp/articles/20230322/k00/00m/040/192000c?utm_
    source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20230325
(注5)『毎日新聞』(電子版 2022/1/1 09:00 最終更新 1/1 09:00)https://mainichi.jp/articles/20211230/k00/00m/040/092000c
(注6)TBSBS 『報道1930』(BSTBS 2023年3月31日 )


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少子化の本当の問題(3)―根本的に本質を理解していない岸田首相―

2023-04-06 20:08:34 | 社会
少子化の本当の問題(3)
―根本的に本質を理解していない岸田首相―


岸田内閣は2023年3月31日、「異次元の少子化対策」の只たたき台を発表しました。

岸田首相の頭の中では、このたたき台は少子化を食い止めるだけでなく、増加に転ずる
“反転攻勢”の切り札ともなる、との思いがあったのでしょう。

たたき台は、今後3年間で取り組む主なこども・子育て政策は大きく3つの領域から成
っています(『東京新聞』2023年4月1日 朝刊)。

一つは、経済的支援の強化。①児童手当の拡充として所得制限撤廃、高校卒業までの支
給延長、多子世帯の増額、②出産費用の保険適用、③学校給食の無償化に向けた課題の
整理、④給付型奨学金の対象拡大、⑤授業料後払い制度の導入、子育て世帯への住宅支
援強化が含まれる。

二つは、こども・子育てサービス拡充。①保育士の配置基準改善と処遇改善、②就労要
件を問わずに保育園等を時間単位で利用できる制度の創設、③放課後児童クラブの受け
皿拡大が含まれる。

三つは、共稼ぎ・共育ての推進。①男女の育休給付を手取り10割相当に引き上げる
(最大28日)、②育休を支える体制整備を行う中小企業への助成措置を大幅に強化す
る、③自営業、フリーランス等の育児期間中の国民年金保険料免除がふくまる。

まず確認しておくことは、今回のたたき台は、どのようにしたら急速な少子化を食い
止め、岸田首相の言葉にあるように、逆転させるかの政策を示すことが目的でした。

しかし、上の内容を見てわかるように、これらの施策は、将来に向けてどうしたら多
くの子供を産んでもらうかというのではなく、すでに子供がいる家庭や親にたいする
子育て支援となっています。

もちろん、こうした子育て支援は、これから子供を産もうとするかどうかを決める際
の多少の後押しにはなるかもしれませんが、専門家の間では、その効果はそれほど大
きくない、と考えられています。

岸田首相は、お金をばらまけば、女性は積極的に子どもを産むようになると思ってい
るようです。

しかし、たとえば、これから出産年齢に達する二十歳前後の若い女性に、国が経済的
な育児支援をするからできるだけ多く子供を産んでくださいと言っても、彼女たちが
それでは積極的に産みましょう、と言うとは到底思えません。

というのも、女性が子どもを産まないのは、たんにお金の問題だけではないからです。

私には、岸田首相は事態の本質を理解していないように思えます。天野妙「みらい子
育て全国ネットワーク」代表は、岸田首相にたいして手厳しい批判をしています。

今の日本社会は、子どもを産むことが女性にとって「人生最大のリスク」になってし
まっているのです。

多くの女性が働きながら、有痛分娩(ぶんべん)で命がけの出産をし、産めば待機児
童のリスクと時短勤務で職場の隅に追いやられる。子どもが増えていくごとに所得と
時間を失い、経済的リスクを負います。

さらに、出産前後は孤独になりがちだ。出産前から専門家による継続的な伴走型支援
が必要だ。さらにサポートを保育園までつなげ、全ての人が支援を受けられる仕組み
に変える必要があります。

社会や地域が助けてくれ、共働きでも子育てをしながら生きていける自信ができて、
はじめて2人目を産めるようになるのです。最初の育児経験が、「地域も社会も誰も
助けてくれない、夫はいないも同然」では、2人目を産みたいとは思わない。これが
実態だというのです。

天野氏は、政府の「社会全体で子どもを育てようという空気を作る」「異次元」と
いう方向は正しい。しかしいつも「打ち出す政策=着地」で間違う。

というのも、岸田首相は、なぜ少子化がこれほど進んでいるのか、根本的な原因を
理解していないと感じる、と述べています。

確かに、政府の調査では、理想の数の子どもを持てない理由の1位は「お金がかか
り過ぎるから」だそうです。だから、お金は重要でることは間違いありません。

しかし、今あるメニューは目先のお金を配る政策ばかりで、女性の視点に立ってい
ない。お金だけの問題ではないことを理解していない。

天野氏が最も強く批判しているのは、政府の少子化対策が根本的にずれているのは、
「女にどうやって産ませようか」という発想です。

もっときつい言い方をすれば、政府は女性を、子供を産む道具のように考えている
と考えている、ということです。

しかも、岸田首相は、お金を配るメニューを示しているだけで、その財政的な裏付
けは一切示していません。だから、これらのメニューは「絵に描いた餅」になる可
能性もあります。

ある自民党幹部は、岸田首相が示したメニューを実行しようとすれば、8兆円は必
要だと述べています。防衛費予算を増額させたうえで、巨額の少子化関連予算をさ
らに積み増すとなれば、国家の財政は破綻してしまいます。

なぜ政策が間違っていることに気がつかないのでしょうか?

天野氏が昨年2月に参考人として参院予算委員会で発言した際、男性議員から「手
短にしろ」とやじを浴びた。「ご声援ありがとうございます」と返したが、次の男
性参考人にはやじが飛ばなかった、という。

これは、政府や自民党議員の間に女性の発言にたいして謙虚に耳を傾けるという姿
勢が、欠けていることを示しています。

    問題を理解できないのは、組織の同質性が高すぎるからだ。経験や価値観
    がみな同じだから、問題点に気づくことができない。(議員の中に―筆者
    注)子育てしながら働いた経験があって、今日の卵が198円か224円かとい
    うことに機微を感じながらやっている人がほとんどいない。いたとしても
    意思決定過程に入れてもらえていない。

つまり、政府や自民党議員の多くは一様に保守的で、男性が家庭でも社会でも優位
に立った家父長制的な伝統社会を望んでいるし、それが当然だと思っているので、
自分たちの考えに疑問を持たないし、女性からの視点をもつことがない、というこ
とです。

岸田首相も例外ではありません。2023年3月31日の予算員会で首相は自身も3人
の子供の親であるとふれたうえで「子育てが、経済的、時間的、さらには精神的に
たいへんだということは目の当たりにしたし、経験もした」と強調し、「決して甘
く見るということではないことはご理解をいただきたい」と語りました。

しかし、2022年2月25日付『文藝春秋digital』に掲載された、フリーアナウンサー
の有働由美子さんと、岸田裕子首相夫人の対談記事に以下のくだりがあります。
    有働 子育ては広島でお一人でという、今でいう「ワンオペ育児」ですか。
    岸田 そうです。子どもが小さい頃は一人が夜中に熱を出したら他の子を
       どうするかとか、そういう時は結構大変でしたね。あとは子どもた
       ちの幼稚園、小学校、中学校のPTAの役員をやらなきゃ、とか。

つまり岸田首相は、自分も子育てを「経験している」と国会の場で大見栄を切った
のですが、実はすべて婦人任せで、自分は子育てにかかわっていなかったことが夫
人の口からばれてしまったのです。

しかも、婦人は首相が家庭では「聞く耳を持たない」ことも暴露しています(注2)。

これまでの、育児支援とは別に、2023年1月31日の衆院予算員会で、立憲民主党
の長妻昭氏は、自公政権の少子化対策はこの10年、「小粒で的外れ」というしかな
い、と批判しました。

「的外れ」という点は、少子化の最大の要因でもある未婚の増加を直視した対応を
取らなかったことを意味します。

というのも、結婚したカップルから生まれる子どもの平均は、2.2人(1977年)か
ら44年を経て、1.9人(2021年)と減少しましたが、激減ではありませんでした。

それでも、子どもの出生数が激減しているのは、そもそも結婚そのものが大きく
減少してきたからなのです。

結婚後、望めば子どもを持つことができる環境整備は急務すすが、長妻氏は、政
府には少子化のより大きな原因である、未婚の増加への対応が欠けていたことを
指摘しました(注3)。

子供を産むことが結婚とセットになっている日本では、未婚の増加はただちに産
まれる子ども減少につながります。

この必然の帰結として、人口全体が減少すれば、子供を産む女性の数も減ります。

現在問題となっている出生数の減少は、今突然始まったわけではありません。今、
出産期を迎えている女性は30年前に生まれた人たちで、その時点ですでに出産
する女性の絶対数が減少していたことの必然的な結果なのです。

もし、30年前に少子化に備える施策を講じていれば、現在のような極端な事態
は緩和されたはずです。しかし、当時の政権は、少子化の問題を軽視していて、
真剣に取り組む姿勢は全くありませんでした。

次回以降、なぜ結婚が減少したのかをもう少し詳しく検討し、将来、日本の人口
がどうなってゆくのか、そして、日本はそれにどのように対応してゆくべきかを
検討してゆきたいと思います。


(注1)『毎日 プレミア』(電子版)2023年3月14日
     https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230313/pol/00m/010/0 05000c?utm_source=premier&utm_medium=
email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20230314
(注2)『朝日新聞』電子版(2023年2月1日 20時00分)https://www.asahi.com/articles/ASR216FJCR21UTFK01C.html;
    『文芸春秋 digital』(2022年2月25日08:00) https://bungeishunju.com/n/nc42ba5fa0f2d 1/31(火) 17:45;
(注3)『毎日 プレミア』(2023年2月21日)https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230220/pol/00m/010/00500
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満開の紅白の桜。周囲の木々は新緑の衣に着替えています。                      初頭には枯葉が道を覆っていたのに、今は鮮やかな新緑が道を縁取っています。   
  

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少子化の本当の問題(2)―岸田政権の「空疎すぎる」少子化対策―

2023-03-26 11:23:56 | 社会
少子化の本当の問題(2)―岸田政権の「空疎すぎる」少子化対策―

岸田政権は今年に入り、立て続けに子育て政策を打ち出しています。そして年頭の会見
では突如、「異次元の少子化対策」を掲げました。

「異次元の少子化対策」が果たして言葉に見合うだけの内容をもっているのか、たんに
安倍政権時代の「異次元の金融緩和」に倣ったキャッピコピーにすぎないのか、検討し
てみたいと思います。

岸田文雄首相は2023年3月17日午後6時から首相官邸で子育て支援・少子化対策につい
て説明する記者会見を開きました。

その詳細を検討する前に、岸田首相自身が行った会見で示した少子化に関する指針を見
てみましょう。

首相は、2022年の出生数が過去最少の80万人を割ったことから「30年代に入ると若
年人口が現在の倍の速さで急速に減少する」と指摘し、それにたいする11項目の対応
と対策を語りました(注1)。

ここで、それらすべてを紹介することはできませんが、項目だけ挙げておくと、以下の
通りです

1 少子化反転のラストチャンス;2 若い世代が希望通り結婚し安心して子供をもち
子育てができる社会;3 若い世代の所得を増やし社会全体の構造や意識を変える;4 
多様な働き方を阻む年収106万円の「壁」なくす;5 職場の雰囲気の抜本的変化・
気兼ねなく育休を取れる状態が必要;6 育休取得の給付率「手取りの10割に」;7育
児による収入減、非正規・フリーランスへ新支援策;8 給付型奨学金の対象、多子世
帯の中間層へ拡大;9 子育て世帯支援に公営住宅など活用;10 子ども関連予算の
倍増;11 子連れ利用者に優先窓口、国立博物館など。

以上は、これまでも首相や政府が個別に言及してきた少子化対策ですが、この日の会見
ではそれらをまとめて提示しています。

この会見の内容に関して『週刊文春』(2023年3月30日号)は「岸田『少子化対策が
空疎すぎる根本原因』と題して批判しています。 いかに、この記事を参考にして岸田
首相の「異次元の少子化対策」の中身を検討しよう。

まず、この会見に至る経緯ですが、2月15日の国会で家族関係社会支出について20
年度のGDP比2%から倍増を目指す考えを示したことが、事の発端でした。

20年度のこの支出は10兆円でしたから、首相の言葉通りだとするとさらに10兆円
の予算が必要になります。

このような巨額の予算の裏付けはなく、翌日から官房長官らが火消しに追われました。
しかし、国会で相次いで批判を浴び、首相は行き詰まりを見せていました。

財源問題から目をそらすために、首相が新たに持ちだしたのが、働き方改革への“方向転
換”でした。このため首相や周辺の政治家がドタバタを動き回った末に、首相の強い意向
で記者会見を開くことになりました。

そこで、首相の口から発せられた少子化対策が上に挙げた項目でした。

「会見では哲学を話すのだよ」
会見前に首相は周辺には、「ミクロじゃない、大事なのはマクロの議論だ。会見では哲
学を話すのだよ」と洩らしていました。

では、どんな”哲学“が語られたのか。上に挙げた項目の中の目玉、と言えるのは、男性
の育休取得率を30年度に85%とし、育休を取得した場合の給付率を手取りの10割
に引き上げる、というものです。

しかし、これには二つの大きな問題があります。一つは、内閣府「男女共同参画会議」
民間議員で、中央大学の山田昌弘教授(家族社会学)が指摘した、育休取得率と期間の
問題です。

山田教授は、取得率だけを上げて取得期間が一週間程度にとどまっているのでは、これ
がどれほど少子化に貢献するのか疑問だと指摘していますし、この点を首相にも直言し
ています。

しかも、育休はいわば、恵まれた正社員夫婦を前提にしており、非正規雇用やフリーラ
ンス(このひとたちだけで全勤労者の4割を占める)や自営業者は育休をとることがで
きません。こうした人々も育休を取れる制度ができれば、少子化の一助になるけれど、
首相にはこうした立場の人たちへの支援の具体策はありません。

2月20日に行われたこども政策関係府省関係会議に首相も参加しました。この会議に
有識者として意見を述べた京都大学大学院の柴田悠准教授(社会学)によれば、「保育
サービスの拡充にも言及されましたが、例えば、保育の賃金をどれほど引き上げるのか、
配置基準をどこまで改善されるのかは不明瞭でした。児童手当も同様です」。と述べて
います。

つまり、育休についても保育サービスの充実についても、児童手当についても、岸田首
相の発言には内容に具体性がないのです。

二つは、財政的な裏付け場全く示されていないことです。たとえば、育休の拡大につい
て元財務官僚の森信茂樹氏によれば、「育休給付金は財源の多くを労使折半の雇用保険
で賄います。・・・普通に考えれば年数百億円規模の財源が必要で、経済界も受け入れ
がたいでしょう」。また、官邸では企業に助成金を出す案も出たらしいが、その財源に
ついては、全く考えられていません。

柴田教授は、少子化対策には子育て世帯尾経済的負担を軽減する制度の拡充などの「即
時策」と働き方改革(男女が平等に子育てに参加し、税制上でも優遇する)など、根本
的な「長期策」があり、同時並行で進めるべきであると語っています。

柴田教授の試算によれば、「児童手当の多子加算(第二子以降を増額)」、「高等教育
の学費軽減(全ての学生に国立大授業料相当分を免除)、「保育の質(保育士賃金)・
配置」という三つの即時策を実施すれば、予算6.1兆円増で、現在1・30の出生率
が1.75まで上昇すると見込まれるという。

首相は出生率1・8を目標に掲げていますが、これだけの予算が毎年必要となるのです。

これに加えて「長期策」も同時に実施するとなると、先に挙げた10兆円も必要になる
でしょう。そうなると、現実にはハードル非常に高いと言わざるを得ません。

しかし、岸田首相は決して財源に触れようとはしません。というより、私の推測では、
項目を並べただけで、必要な財源を確保することができないことが分かっており、本
気で少子化問題を解決しようという強い意志がないとしか思えません。

それどころか、「男性育休85%」のほか、大々的に打ち出した政策といえば、子連
れ家族が並ばずに済む「子供ファスト・トラック」を国立博物館などで導入するとい
うものです。

誰が考えても、この政策が本当に少子化対策になりえると考えているのでしょうか? 
一国の首相の発言としてはあまりにもお粗末なので、私としては、これは周囲の官僚
が苦し紛れに首相に進言した政策であったと信じたいです。

私は、この項目を最初に見た時には、首相が冗談でついでに言ったのかと思いますが、
どうやら冗談ではなさそうです。

前出の山田教授は「もちろん有難いと感じる家族も少しはいるでしょうが、マクロど
ころか超ミクロ過ぎる政策で。これを異次元と言われても・・・当事者の若者ががっ
かりしなければよいのですが」と、皮肉を込めて苦言を呈しています。

岸田首相の「少子化対策」がなぜこれほど空疎なのだろうか?これについて首相周辺
が明かしています。
    首相は子育て政策に何ら信念がありません。総裁選挙の公約でも大して触れ
    ていませんでした。そもそも首相は国会で『子育ては大きな負担ということ
    は経験している』と述べていましたが、裕子夫人は月間『文芸春秋』の対談
    で、ワンオペ育児だった(つまり父親である首相が関わることなく妻が一人
    で育児を行った―筆者注)ことを明かしていた。逆に首相がやったことと言
    えば、長男の翔太郎氏を秘書官に据える“箔付け”人事です。

実際には、「子育ては大きな負担ということは経験していなかった」ことが妻の口か
ら暴露されてしまっているのです。

それでは、このタイミングで少子化対策を打ち出してきた理由は何なのだろうか?こ
れは言うまでもなく、今春の統一地方選挙などに向けた選挙対策としか考えられませ
ん。

財源について、防衛費増加に対してはすぐに増税を決めたのに、少子化に対して財源
に触れようとしません。

実現の可能性があるのは、子連れ家族が博物館など国の施設で並ばずに入場できる制
度の導入という、超ミクロで、お金が全くかからない、「哲学なき」口だけの少子化
対策だけです。

ただし、私には、本気度も哲学もない岸田首相の少子化対策は論外として、少子化と
いう厳然たる事実、そしてそれが次世代以降の日本の急激な人口減少をもたらす危機
を防ごうとするなら、この現象の背後にある財源問題よりもっと根本的な原因に立ち
返って考える必要があると思います。

(注1)2023年3月17日 17:00 (2023年3月17日 19:10更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA174C20X10C23A3000000/?n_cid=NMAIL007_20230317_Y
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冬の寒さの中で懸命に咲くツバキ                                  春の到来を告げるコブシ
  

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少子化の本当の問題(1)ー縮小する人口と「老化」する社会ー

2023-03-18 10:14:55 | 社会
少子化の本当の問題(1)―縮小する人口と「老化」する社会―

厚生労働省は2023年2月28日、人口統計の速報値を公表しました。それによれば、
2022年の出生数が過去最少の79万9728人で、統計を取り始めた1899年以降初
めて80万人を割ったことが明らかになりました。

しかも80万人割れは2030年と想定されていたから、想定より8年ほど早かったこ
とになります。

一方で死者数は過去最多の158万2033人。死者数から出生数を引いた「自然減」は16年
連続で、減少幅は過去最大の78万2305人でした。ここには、少子高齢化による日本全
体の人口減がはっきりと表れています。

出生数減少の経緯をもう少し詳しく見ると、22年は前年より4万3169人(5・1%)減
で、これは新型コロナウイルスの感染拡大により出産を先送りする「産み控え」などが
影響したとみられる可能性はあります。

しかし、出生数は新型コロナ禍以前から7年連続の減少しており、必ずしもコロナ禍のた
めだとは言えません。

しかも出生数は70年第後半から一貫して減少しており、出生数の減少を長期の趨勢と
して考えるべきでしょう(表1参照)。

表1 日本の出生数の推移(1947年~2022年)

出所『毎日新聞』電子版(2023/2/28 14:29 最終更新 3/1 07:47)(注1)参照

岸田文雄首相は厚労省の公表の日、首相官邸で記者団の質問に答え、「出生数が80万
人を切り、危機的な状況だと認識している。少子化トレンドを反転させるために、今
の時代に求められる政策を具体化することが重要だ」と述べました(注1)。しかし
後に述べるように、事態は首相が考えるほど単純ではありません。

他の先進国におけるコロナ禍の影響を含めた少子化や人口動態を見ると、日本はやや
別の状況にあります。

すなわち、新型コロナウイルス禍で出産を取り巻く状況がまだ厳しい中でも、先進国
の8割で2021年の出生率が前年に比べて上昇し、反転しました。

経済協力開発機構(OECD)に加盟する高所得国のうち、直近のデータが取得可能な
23カ国の21年の合計特殊出生率(この場合、ある期間(1年間)における各年齢
(15~49歳の女性の出生率を合計したもの)を調べると、19カ国が20年を上
回っていたのです。

ただし、反転の背後には国家間の差も鮮明に現れました。男女が平等に子育てをする
環境を整えてきた北欧などで回復の兆しが見えた一方、後れを取る日本や韓国は流れ
を変えられていないのです。

21年の出生率に反映されるのは20年春から21年初にかけて妊娠した結果です。
まだワクチンが本格普及する前で健康不安も大きく、雇用や収入が不安定だった時期
でも北欧などでは産むと決めた人が増えたことを意味しています(表2))。

表2 各国の出生率の変化:欧米上昇 日本減少

出典:『日経新聞』電子版(2022年7月31日 2:00)(注2)参照 

なお、日本では出生数に先行する婚姻数も長期低下傾向にあります。1970年の婚
姻数は102万組でしたが、その後若干の増減を繰り返しながらも、2020年には
52万5000組みとほぼ半減しています(注3)。

これでは、人口減少は止まることはありません。では、こうした日本の少子化の現状
は、将来的にどのような展開をするのでしょうか?

国立社会保障・人口問題研究所は日本の総人口1億人割れを2053年と推計していま
すが、それはかなりの早まることを予想しています。

こうした事態を受けて岸田政権は子育て支援策の強化を打ち出しましたが、これまで
の出生数減によって子供を産める年齢の女性数が激減していくという「不都合な未来」
は変えようがありません。

つまり、すでに子供を生める年齢の女性が激減してしまっているという実態に対して、
そうした女性を後から増やすことは不可能なのです。

厚生労働省によれば、21年に誕生した子供の母親の年齢の85.8%が25~39歳です。
総務省の人口推計(同年10月1日現在)でこの年齢の女性数を確認すると943万6千人で
した。

これに対し25年後にこの年齢となる現在「0~14歳」は710万5千人で24.7%も少
ないことが分かっています。短期間にここまで「少母化」が進んだのでは、出生率が多
少上昇しても出生数そのものは減り続けます。

こうして、いったん子供を産む女性の数が減少すると、次の世代の女性はさらに減少す
る、という悪循環となります。

上の試算を適用すると、25年後に710万人5000人にまで減少した出産可能な女
性の数は、それ以後も年々減少することが想定されるのです。

こうした人口の減少は、さまざま影響を日本社会にもたらす。これについてジャーナリ
ストとの河合雅司は、もはやここまで来たら日本は「戦略的に縮小」する道を考えるべ
きだ、と提言しています。筆者もこの提言に大賛成です。

どういうことなのでしょうか。まず、人口減少が社会経済に及ぼす影響をみると、国内
マーケットの縮小と勤労世代(20~64歳)の減少が同時に進みます。

しかも、マーケットの縮小は実人口の減少にとどまりません。全体の人口は減少します
が、高齢化率は伸び続けるため、30年代半ばまでに消費者の3人に1人は高齢者となる
からです。

高齢になると多くの人は現役時代のようには収入が得られず節約に走りがちとなり、若
い頃のように消費しなくなる。今後の国内マーケットは一人あたりの消費量が減りなが
ら消費者数も少なくなるという“ダブルの縮小”に見舞われてしまいます。

他方で、自動車や住宅といった「大きな買い物」をし始める30代前半の人口は今後30
年で3割ほど減少し、その結果、倒産や廃業する企業が続出することが考えられます。

すでに“ダブルの縮小”に備える動きは一部で始まっています。たとえばファミリーレス
トランやコンビニエンスストアの24時間営業の見直しや、鉄道会社の終電時間の繰り上
げや運行本数の削減などです。

これらはコロナ禍による一時的な需要減少への対応ではなく、かねて進められてきたこ
とです。

しかし、これらの取り組みはほんの一部であり、大半の企業はいまだに売上高の拡大に
まい進しているのが実情です。しかし、拡大路線を続ければその分だけ行き詰まりは早
くなる、という皮肉な結果が待ち受けています。

若い世代の減少は日本からイノベーションを起こす力も奪います。「新しいこと」とい
うのは往々にして若者の挑戦から誕生します。

しかし、人手が足りなくなると会社組織は失敗に不寛容になりがちです。新しいことへ
の挑戦より目先の利益の確保が優先されるようになればマンネリズムに支配されます。
資源小国にとって技術力の衰退や新しい発想の欠如は致命的です。人口減少の最大の弊
害は日本社会全体が「老化」し、チャレンジ精神を失うことなのです(注4)。

岸田首相の勘違い
岸田首相は、「異次元の少子化対策」として、さまざまな育児支援策を打ち上げていま
す。もちろん、これも少子化対策ですが、あくまでもこれらは育児支援であって、すで
に子供をもった家庭を想定しています。

金銭的な育児支援もいくらかは少子化に貢献はします。しかし、その前になぜ、若者世
代(特に女性)の結婚数が減少し、進んで子供を産もうとしないのか、という根本的な
問題に目を向けていません。

そこには、結婚・出産・育児を積極的に行おうとする環境が整っていなっからです。

この「環境」には金銭的な問題のほかに、男女平等の価値観が定着すること、女性は家
庭で家事と育児に専念すべしという男性の古い価値観が変わること、出産と育児で一時
仕事から離れても後で職場復帰できること、子育ては家庭の自己責任ではなく社会全体
の責任であるという意識が名実ともに定着することなどが含まれます。

要するに、これは人口減少を止めるという問題を越えて、社会の根本的な変革の問題だ
ということを意味しています。これらの問題については、稿を改めて検討したいと思い
ます。

次回以降に、結婚・出産・育児は女性にとって多くの負担とリスクを負うことになる、
という実態を検討したいと思います。

(注1)『毎日新聞』(電子版 2023/2/28 14:29 最終更新 3/1 07:47)https://mainichi.jp/articles/20230228/k00/00m/040/057000c
(注2)『日経新聞』(電子版2022年7月31日 2:00) 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA1965P0Z10C22A7000000/?n_cid
=NMAIL007_20220731_A&unlock=1
(注3)『東洋経済Online』(2022/02/01 11:00)
https://toyokeizai.net/articles/-/505870?
(注4)『週刊朝日』(2023年3月10日号)
『AERA dot.』https://dot.asahi.com/wa/2023030100062.html?page=1




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監視社会への恐怖―池袋ホテル殺人事件にみる―

2022-01-26 20:26:57 | 社会
監視社会への恐怖―池袋ホテル殺人事件にみる―

2022年1月21日、池袋のラブホテルで、82才の男性がホテルで殺害されました。テレビなど
の第一報では、殺したのは20代の女性で、胸や太ももカッターナイフで刺し殺した、というこ
とでした。

私は、とっさに事件の構図が理解できませんでした。

まず、なぜ、82歳の男性が、この男性の年齢と、ラブホテルという組み合わせがあまりにも異
様でした。

この女性は、それほどお金をもっているとも思えない老人をどのようにしてホテルに誘い、殺人
を犯してまで金品を奪おうとしたのか?

そして、事件の詳細が分るにつれて、この事件は単なる殺人事件というだけではなく、日本社会
が抱え込んだ深い「闇」の部分が図らずも明らかになりました。

まず、殺されたのは、さいたま市南区に住む今野勝蔵さん(82才)、東北の豪雪地帯出身で1人
暮らsiでした。今野さんには身寄りもなく、遺体の確認は昔の職場の関係者がおこなったという。

『文春オンライン』の表現を借りると今野さんは「身寄りのない孤独老人」だったそうです。

そして、今野さんは池袋のホテル街でよく姿を見かける“有名人”だったという。

そんな今野さんは、若い女性に声を掛けられ、思わず、口車に乗ってホテルに入ってしまったと
したら、ちょっと悲し過ぎます。

他方、殺人の疑いで逮捕された女性は職業不詳の藤井遥容疑者(24)。藤井容疑者は、新宿の路
上で見つけた今野さんに言葉巧みに声をかけ、ホテルに誘って、金品を奪い、そして殺した。

藤井容疑者は今野さん殺害後、池袋駅付近で、藤井容疑者の元恋人である小林優介容疑者(29)
と弟の翔太容疑者(25)と合流し、新宿の歌舞伎町にむかった。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を伺ったようです。

その後は再び歌舞伎町に引き返し、カラオケ店にはいった。事件後にもかかわらず、藤井容疑者
もカラオケで歌を歌っています。カラオケが終わった後、ネットカフェに移動し、一晩を過ごし
た3人は、翌朝電車でJR西八王子駅に向かい、改札を出て別れたところをそれぞれ警察にスピ
ード逮捕、となりました。

小林兄弟の容疑は、藤井容疑者の逃亡を手助けしたというものでした。

この事件にはさらに、おどろおどろしい背景がありました。

藤井容疑者は、いわゆる「パパ活」の常習者でした。「パパ活」とは年上の男性と一緒に時間を
すごすことで、金銭的な報酬を得る行為のことで、性的関係が伴う場合も伴わない場合もありま
す(注1)。

藤井容疑者は広島県出身で、軽度の知的障害があり、障害者手帳も所持していました。小林兄弟
がネットの出会い系サイトで女性を演じて客を探し、藤井容疑者に売春をさせていたようです。

藤井容疑者は小林兄弟の言いなりで、「パパ活」や売春で得たお金を小林兄弟に貢いでいました。

弟の翔太容疑者は西八王子駅付近の小さなマンションに住み、病弱な母親との暮らし、アルバイ
トと生活保護を受けながら母親の面倒をみていました。そして、兄の優介容疑者や藤井容疑者も
このマンションに出入りしていました(注2)。

こうした背景をみると、殺された今野さんにしても、孤独な老後の寂しさが伝わってきます。

また、藤井容疑者にしても、小林兄弟にしても、日本社会からこぼれ落ちて闇の部分を生きてい
る人たちです。そのことが、この事件を一層、暗くやるせないものにしています。

しかし、これらの事情とは別に、私は、今回の逮捕劇に関して、心底、恐ろしくなる思いをしま
した。

それは、なぜ、これだけ早く容疑者が逮捕できたのか、ということです。それは、昨年より取り
付けが強化された防犯カメラでの追跡だったのです。

一方で、監視カメラのおかげで容疑者がスピート逮捕されたことで、“良かった”と思う反面、な

こんなに早く逮捕できたのは不気味でもあります。

まず、事件が起こる前に、藤井被告が新宿で男性と話している様子が映っていますが防犯カメラ
に映っています。

警察関係者への取材によれば、藤井容疑者は今野さん殺害後、優介・翔太の両容疑者と池袋駅周
辺で合流。『遠くまで逃げよう』と話し合い、優介容疑者が土地勘を持つ八王子市に向かうこと
に決めた。

新宿区内のマンガ喫茶などで時間を潰し、朝になって八王子方面へ電車で移動。JR西八王子駅で
降りたところ、捜査員に気づいた3人はばらばらに逃走したが、いずれも身柄を確保された」池
袋駅付近で小林兄弟と合流し、新宿の歌舞伎町に向かいました。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を窺っていたようです。

警察は、どのようにして、彼ら3人の行動を追跡したのかを明らかにしていません。しかし、池
袋での藤井被告の映像が防犯カメラに捉えられて以降、彼女と小林兄弟とが合流した後も、途中
の防犯カメラで、追いかけて繋いでいったものと思われます。

私が恐怖を覚えたのは、現代日本において、とりわけ都市社会においては、ある特定の個人の行
動は常に、どこかの防犯カメラ(つまり監視カメラ)で捉えられ、それらの映像をつなぎ合わせ
ることで、ほぼ完ぺきに追跡可能になっている事実です。

私は、気付かないうちにいつの間にか監視社会の中で生活していたことに、ぞっとしました。

今回の場合のように、監視カメラで監視されているだけでなく、さまざまな場面で監視されてい
ます。

このブログでも以前、電話やメールが傍受されていることを書いたことがありますが、これらの
他に、思いもかけない場面で私たちの行動は監視されています。

たとえば、町の図書館で本を借りると、それはデータとしてどこかに送られ、ある特定の人がど
んな本を読んでいるか、がわかります。

これは、個人の思想や心情まで踏み込んで監視されている、という意味でかなり深刻な問題をは
らんでいます。

また、インターネト上で、本を購入したり検索すると、それに関連した本の広告がすぐに送られ
てきます。ここでも、私たちがどんな問題に関心を持っているかが、第三者に知られている、言
い換えれば監視されていることを意味します。

同様に、インターネットを使って、何かの問題について検索すると、それはデータとして、たと
えばグーグルやフェイスブックなどの巨大な基幹IT企業(プラットフォーマー)にマスデータ
として蓄えられてゆきます。

今回は、くわしく説明しませんが、最近では、経済学者の間で、現代資本主義を「監視資本主義」
という概念で議論されるようになっています。

いずれにしても、私たちは広範な監視システムの網の中で、常に行動や言動を監視されているこ
とは確かです。

そう考えると、ちょっと憂鬱な気分になりますが、かといってこの監視社会からは逃れられない
というジレンマがあります。


(注1)「パパ活」については差し当たり『PRESIDENT Online』(2021/12/31 10:00)
    https://president.jp/articles/-/52379?page=1 を参照。
(注2)事件のあらましや経緯については『文春オンライン』https://bunshun.jp/articles/-/51638
 『デイリー新潮』(2022年01月25日)https://www.dailyshincho.jp/article/2022/01251729/?all=1
 を参照。

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2021年を振り返る―この年、何が起こったのか―

2021-12-31 22:38:09 | 社会
2021年を振り返る―この年、何が起こったのか―

今日で、2021が終わろうとしています。私にとって今年は良いことも、良くないことも
あった、激動の1年でした。

日本においても、多くの国民を巻き込んだ出来事としては、新型コロナウイルスの感染によ
り、社会も個人も大きな波にもまれて翻弄されたこと、そして、7月23日から8月8日ま
で東京オリンピックが開催されたことです。

まず、新型コロナの問題から振り返ってみましょう。

昨年の年末を考えてみると、信じられないことですが、12月後半にはすでに新規感染者が
増え始めていましたが、安倍政権は「Go to Travel」と「Go to Eat」を12月26日まで実
施していました。

その結果が今年1月の感染爆発(第三波)につながり多くの犠牲者と出してしまったのです。

続いて第四波(3月1日~6月30日)と第五波(7月1日~7月27日)に見舞われ、こ
の間に緊急事態宣言が、感染者が多い都府県に適用されてきました。

この間に主流となるウイルス株も、一昨年の武漢株(仮称)からイギリス発のアルファ株、
インド発のデルタ株移ってきました。

そして、直近では南アフリカ発と考えられる、最も感染力が強いオミクロン株が深く静かに
日本にまん延し始めています。

昨年の1月に最初の感染者が確認されて2年間、日本人はずっと、コロナの問題で戦々恐々
としてきました。

おそらく、戦後の日本において、収束が見えない不安がこれほど長期にわたって続いたこと
はこれまでなかったでしょう。

こういった状況の中で「コロナうつ」とも言うべき精神的な問題、ひいてはこれまでの平均
の2倍に達する自殺者の存在など、コロナ禍社会の深部に深い傷を与えました。

ところで、新型コロナのまん延は、これまで隠れて見えにくかったいくつもの問題が明らか
になってきました。

たとえば、不織布マスクというありふれた衛生用品の大部分が外国産(中国産)に依存して
いたことです。

たとえ、当座は準備できていなくても、不織布マスクの生産ラインを直ちに立ち上げること
は日本の技術力で出来たはずです。

田中秀征・元経済企画庁長官秋声氏は「昨年のコロナ禍の急拡大の中で、マスクの配布に血
眼になったことは特筆に値する統治力の劣化現象だ。今になって8000万枚も残って廃棄する
と言うから驚く」と述べています。(注1)全く同感です。

次に、2年も経つのに、未だに国産のワクチンは開発されておらず、外国からの輸入に頼ら
ざるを得ない、という現実です。もはや、「技術立国日本」の看板を下ろすべきです。

ドイツのビオンティック社がワクチン開発に乗り出したのは、武漢で新型コロナウイルスが
見つかった2019年に12月からです。それが現在のファイザー社のワクチンになってい
るのです。

欧米では国民を守るために、国家が相当の資金援助をして製薬会社にワクチン開発を勧めま
したが、日本では国家を挙げてワクチン開発はしませんでした。

最後に、コロナ禍によって、非正規の労働者がいち早く解雇されたり、就労日数を減らされ、
収入の道を絶たれて一挙に極度の貧困に追い詰められてしまいました。とりわけ、子どもを
抱えた一人親世帯は非常に深刻な状況を

これは、日本の企業がいつでも解雇できる、身分保障のない非正規労働者を景気の調節弁と
して利用し、そのために増やしてきたことの結果です。

ある非正規の女性が、食べる物もなく「私はコロナで死ぬか餓死するかどちらかです」とテ
レビカメラに向かって言っていましたが、これが本当に日本の現実なのか、とショックを受
けました。

ただし、コロナ禍で、自主的にマスクを着用し、三蜜を避け、手指の消毒を実行するなど、
日本人の良い面が発揮されたおかげで、欧米に比べれば感染者も死者も少ない状態が続いて
いることは高く評価されるべきでしょう。

さらに、コロナ禍で人びとの行動が制限され、外国からの観光客によるインバウンド収入は
ほとんどゼロになってしまい、観光関連の広い事業者は倒産したり、雇用者を減らすなどの
大打撃を受けました。

コロナ禍は、観光業者だけでなく、世界的な不況のあおりを受けて、中小企業全般の経営を
窮地に追い込み、2020年には例年の倍の倒産件数となっています。

また、当然のことながら労働者の賃金は減少しました。これでは消費が増えるはずはありま
せん。

おおざっぱに言って、コロナ禍は、金融取引で大金を掴んだごく一部の富裕層や大企業(お
よびそこで働く正規労働者)を除いて、人びとの生活は苦しくなりました。

これは、欧米でも起こっていることですが、社会の中核をなす中間層が減少し、富裕層と貧
困層とに二極化と分断が進行する兆候です。

コロナ禍の中でのオリンピックは、多くの日本人が疑念を抱き、反対していたのに強行開催
されました。

しかし、その大部分は無観客で、選手にしても張り合いがなく、開催国の日本においてでさ
え盛り上がりませんでした。

通常は自国開催なら言うまでもなく、他国の開催でさえ、オリンピックという一大イベント
は、その開催中だけでなく、その後々まで、いろいろ話題となり興奮状態が続きます。

しかし、今回の東京オリンピックは、開催の終了とともに、潮が引いたように人びとの関心
が無くなってゆきました。

そして残されたのは、当初「コンパクト・オリンピック」を謳い文句にしていたにもかかわ
らず、当初予算の倍の経費(税金)を使い、後には、これからも維持のため巨額の税金が垂
れ流し的に使われてゆく運動施設が「負の遺産」が残されました。

以上、今年の日本社会が経験した、コロナ禍とオリンピックという大きな二つの問題に焦点
を当てて振り返ったことがらです。

これらとは別に、日本が長期的に抱えている問題については、来年から少しずつ書いてゆこ
うと思います。

一言で言ってしまうと、それは長期低落基調にある日本の現状とその解決策、ということに
なります。

皆様、良い年をお迎えください。」

(注1)『毎日Premier』電子版 2021年12月31日
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20211228/pol/00m/010/016000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20211231

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東京五輪へ天皇陛下の懸念―国民の気持を代弁―

2021-06-27 10:12:54 | 社会
東京五輪へ天皇陛下の強い懸念―国民の気持を代弁―

宮内庁の西村泰彦長官は24日の定例記者会見で、天皇が名誉総裁を務める東京オリン
ピック・パラリンピックが近づいてきたことについて質問され、次のように語りました。

    天皇陛下は現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変ご心配しておられ
    ます。国民の間に不安の声があるなかで、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリ
    ンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されてい
    る、ご心配であると拝察しています。私としましては、陛下が名誉総裁をお務め
    になるオリンピック・パラリンピックで感染が拡大するような事態にならないよ
    う組織委員会をはじめ関係機関が連携して感染防止に万全を期していただきたい、
    そのように考えています。

西村長官は、陛下との日々のやりとりの中で自らが感じたことだとして、「直接そういう
お言葉を聞いたことはありません」と説明。一方、大会組織委員会などの関係機関に対し、
開催が感染拡大につながらないよう「連携して感染防止に万全を期していただきたい」と
話しました(注1)。

この西村長官の話に続いて記者との質疑応答がおこなわれ、テレビでも放送されました。

記者  確認したいのですが、天皇陛下が五輪で感染拡大することを懸念している、とい
    うことですか?

長官  私の拝察です。陛下とお話ししている中で私が肌感覚として感じているというふ
    うに受け取っていただきたい。 

記者  仮に拝察だとしても長官の発言として報道されれば影響があると思うんです。発
    信してもいい情報ですか?

長官  はい。オン(オフレコードではなく公にしてよい「公式」)の発言だと認識して
    います。私として感染拡大するような事態にならないよう組織委員会をはじめ関
    係機関が連携して感染防止に万全を期していただきたい。

すると、直後に記者会見を開いた加藤勝信・官房長官が即座に「天皇陛下の心」を否定し、
「長官自身の考え方を述べられたと承知している」とコメントしました。

西村長官が勝手に言ったことで、天皇の考えではないと言いたいのだろう。さらに翌25日
になると、丸川珠代・五輪相も会見で加藤官房長官に追随して、「私どもとしては、長官
ご自身の考えを述べられたものと承知している」 。

そして、とどめは菅義偉・首相が、 「長官本人の見解だと理解している」  と記者団に語
って「陛下の考えではない」と決めつけてしまいました。

麻生財務相は「長官の気持ちを言われたのかもしれない」と述べた。「長官は陛下の言葉を
代わりに伝えることは普通はない。そういうルールじゃん。」、とコメントしました。

このような、反応は逆に、現政権がいかに長官の言葉に衝撃をうけ狼狽しているかを浮き彫
りにしてしまいました。

西村長官ですが、彼は日本の警察官僚出身で、 第10代宮内庁長官。 第90代警視総監、第19
代内閣危機管理監、第14代宮内庁次長等を歴任、という経歴の持ち主です。

このような経歴の人物が、天皇陛下の気持を確認もせず、個人的な意見など言うはずはあり
ません。そのことが分かっているからこそ、閣僚が大慌てで、打ち消しに走ったというのが
実情でしょう。

もし、そうでなければ、彼らはよほど鈍感で国会議員の資格はありません。

皇室に詳しい、名古屋大学大学院の河西秀哉准教授は、テレビの取材に答えて、
    今回の長官の発言は、陛下の思いを国民に伝えるギリギリの方法だった。実質的に
    は長官が天皇のことを「推察している」と言ったら、天皇の意見。そういう言葉を
    使うことで和らげている、ということ。
    天皇と長官がきちんと相談してこういう風に発表していいという、ある種、お墨付
    きをもらっているからこそ長官は自信をもって発言していると思う。

別の皇室ジャーナリストも、天皇と異なる意見を長官が公に言うことは考えられない、と同
様のコメントしていました。

このジャーナリストによれば、陛下はわれわれが想像する以上に、今回の感染症に関して、
たとえば尾身分科会会長に直接聞くなど、とにかく非常に詳しい知識と情報を持っていると
のことです。

専門家でなくても、今回の長官の発言を日本人の多くは、天皇陛下が今回のオリンピック・
パラリンピック開催により新型コロナウイルスの感染が拡大することを、心底懸念している
んだな、と感じたのではないでしょうか?

天皇陛下の東京五輪に対する“懸念”は海外でも大きな波紋を呼びました。

アメリカ有力紙『ワシントン・ポスト』は「東京五輪は天皇から重要な不信任決議を得た」
と報道しました。

その記事には、「天皇は東京五輪の名誉総裁であり日本では広く尊敬されているが、政治的
権力はない」としたうえで「彼がそのような重要で物議を醸すトピックについて話すことは
まれだ。だからこそ彼の言葉は重要だ。警告は政府と国際オリンピック委員会(IOC)を
当惑させるだろう」と新型コロナ禍が深刻化する中での東京五輪の開催論議に大きな影響が
出ると指摘しています。

ただ同紙は「主催者の間に心変わりを引き起こすには、ほぼ間違いなく遅すぎた」とも付け
加えており、開幕まで1か月となった現時点では開催中止はもはや難しいとの見解も示して
います(注2)。

『ワシントン・ポスト』の見解は、長官の言葉を天皇の言葉と解釈しています。これはおそ
らく国際常識であり、ほとんどの日本人も共有している思いでしょう。

ところで、先に引用した河西准教授が「ギリギリの方法」といった言葉にはいくつかの背景
があるように思います。

まず、日本国憲法では、天皇は「国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しな
い」(第4条)と定められているため、政治的発言を直接に発することはできません。

そこで天皇は、政治的発言という形を避け、しかし何とか自分の懸念を国民と政府に伝える
ギリギリの方法として採られた方法が、長官の「推察」という方法だったのだと思う。

したがって、天皇と長官との間に綿密な調整があったと考える方が普通でしょう。

ただし、考えてみれば、天皇はオリ・パラの名誉総裁という立場にあり、しかもオリ・パラ
は、建前としてはスポーツの祭典であるから、これに対して何かを言うことは、決して憲法
に触れることではない、という意味でも、ギリギリ憲法に触れない動きだった。

もう一つの「ギリギリ」は、開会まであとひと月というタイミングです。もし、これが2か
月とは3か月前であったなら、「懸念」はたんに感染拡大だけでなく、オリ・パラの開催自
体の可否が問題となった可能性はある。

しかし、1か月前ということで、もはや開催中止はできない、というタイミングで長官に発
言させたのは、政府に対する配慮があったものと思われます。このあたりの配慮を菅首相は
分かっているのでしょうか?

中止はともかく、まだ、感染拡大防止のために「無観客」という方法は残っているので、感
染拡大防止に最大限の努力をして欲しいという強い思いがあったのだと私は「推察」します。

というのも、天皇陛下は、東京五輪の名誉総裁ですから、五輪が感染を拡大させてしまった
としたら道義的な責任を感ずることになるでしょう。

もう一つ、開会に当たっては、慣例として開催国の元首が、「お祝い」の言葉を述べることが
オリンピック憲章で決められています。

天皇とすれば、国論を二分するような現状の中で、自ら「お祝い」という言葉を発しなければ
ならないことに深い違和感あるいは戸惑いをかんじているのではないでしょうか。

現段階では、果たして天皇陛下がどのような形で開会の挨拶をするのかは決まっていないので
す。これは、少し異常な事態です。

いずれにしても、今回の長官の言葉は、どんな反対があろうとも東京五輪は開催する、と突っ
走っている菅内閣に、冷や水を浴びせたことは間違いない。

おそらく菅首相の心のうちは、「西村長官は面倒なことを言いやがって」と煮えくり返ってい
るでしょう。

”普段は「保守だ」「天皇への尊崇だ」と軽口を叩いていても、彼らの尊王の心などこんなもの
なのだ。菅内閣と、それを支える「保守派」の誠意と良心が問われている”ことは間違いありま
せん(注3)。

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梅雨の季節を象徴するアジサイも終わりに近づきつつあります                        代わってムクゲの花が初夏への季節の変化を感じさせます
     

(注1)『NEWS ポストセブン』(2021年6月25日 16:05配信) https://news.yahoo.co.jp/articles/edfd4f2fcee3f1d22acf84ff38273ad3727b99ff?page=2
(注2)『東スポ Web』 https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/3340104/ (2021年06月24日 18時33分
(注3)(注1)と同じ。

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東京五輪の開催―菅首相の理念なきギャンブル―

2021-06-13 15:55:21 | 社会
東京五輪の開催―菅首相の理念なきギャンブル―

6月3日の参議院厚生労働委員会で、政府の分科会の尾身会長は、東京オリンピック・パラリン
ピックについて、「本来は、パンデミックの中で開催するということが普通でない。それを開催
しようとしているわけで、開催するのであれば、政府もオリンピック委員会もかなり厳しい責任
を果たさないと、一般の市民もついてこないのではないか。開催するなら、そういう強い覚悟で
やってもらう必要がある」と強調しました(注1)。

この発言をニュースで見て、“あれっ”と思った人は私も含めて多いのではないでしょうか?

というのも、これまで尾身会長は、政府の言うことを聞く“御用学者”とみなされてきて、菅首相
の会見の際に菅首相が答えに詰まると、“先生の方から何か”というように、振られるたびに政府
を擁護するように助け舟を出してきたからです。

しかし、感染拡大が止まらず、収まったかと思うと再燃することを繰り返してくると、さすがに
「研究者の良心」が目覚めたのかな、と思いました。

菅首相にしてみれば、“飼い犬に手をかまれた”思いではないでしょうか。

政権のある幹部は「彼らが一体何を知っているのか。人の流れや五輪競技について分かるのか」
「現場を知らない作文だ」。感染症対策の専門家らが五輪に関する発信を強めることに、政権幹
部は一様にいら立ちを見せています。

しかし、感染症と医療現場について政権幹部は何を知っているのか、と逆に問いたい。
派閥の後押しがない菅首相にとって、長期政権を目指すなら、何がなんでもオリパラを開催し、
国民の盛り上がりを自分の成果として衆議院総選挙と自民党総裁選に打って出るつもりのよう
です。

もう一つ菅首相が成果としてアピールしようとしているのは、迅速なワクチン接種の拡大です。
確かに、現在は当初より速く接種は進んでいるようですが、考えてみれば、欧米のワクチン争
奪戦は昨年の秋には始まっており、早い国では今年の1月から接種が始まっています。

日本は、この争奪戦に出遅れてしまい、「ワクチン敗戦」とも評されています。世界の動きか
ら周回遅れのワクチン接種です。当初から、ワクチン確保に力を入れておけば、今頃はコ
ロナ対策もオリンピックの環境も全く違っていたでしょう。

この点を政府は素直に認めるべきでしょう。

今、菅首相は、なりふり構わず必死でワクチン接種を加速化させるよう、あらゆる場に圧力を
かけているので、接種は実際かなり進んでいるようです。

しかし「八割おじさん」で有名な西浦博京大教授は6月9日、高齢者のワクチン接種が順調に
進んだとしても、8月初めに再び緊急事態宣言を出すレベルの流行が来るとする最新のシミュ
レーションを公開しました。このデータは同日開催された厚生労働省のアドバイザリーボー
ドでも提示されました(注2)。

“8月始め”と言えば、オリパラ真っ盛りの時期です。

もし菅首相が、このシミュレーションを真摯に受け取るならば、今からでも遅くはありません、
徹底的に規模を縮小するか、中止するかを真剣に考えるべきです。

それにしても、オリパラは日本だけが参加するわけではなく、世界中の国や地域が参加するわ
けですから、WHOはパンデミックと宣言中で解除されておらず、さらに発展途上国において
はワクチンも供給されていない現状でも東京オリンピックを強行するのは、菅首相にどんな理
念があるのでしょうか?

思えば、今回のオリンピックの開催を正当化する理念は「復興オリンピック」から出発しまし
た。その時安倍首相は世界に向かって、福島第一原発から漏れ出る放射性物資を含んだ汚染水
は、湾の中で「アンーダー・コントロール」されている、という真実でないことを世界に向か
って言いました。

しかし今や、政府から「復興五輪」などという言葉は全く出てきません。そして、当の3・11
で被害を受けた東北三県(岩手、宮城、福島)では、「復興五輪」の理念はすかるかすんでし
まい、これに関連したイベントはほぼ消滅しています(『東京新聞』2021年6月13日)。

その後、安倍氏は東京五輪の理念として、「復興五輪」を取り下げ、「人類がコロナに打ち勝
った証として」という文句を掲げるようになった。


これは、安倍政権を途中から引き継いだ菅政権も、しばらく安倍氏の理念を持ち出していたが、
実態は、コロナに打ち勝ったどころか、昨年末から今年の5月まで、激烈な感染拡大が起こり、
春からは金事態宣言が発令されました。まさに「コロナに打ち負けた」証ばかりが目立ってい
ます。

このため、さすがにこのフレーズは使われなくなり、今では「安全、安心な大会を実現するこ
とにより、希望と勇気を世界中にお届けできるもの」という表現に変わってきています。ほと
んど説得力を持たない空疎な言葉です。

しかし、ワクチンを買うお金もなく、練習やオリンピックへの参加そのものさえ危ぶまれてい
る貧しい国の人たちに、どんな希望や勇気をあたえられるというのだろうか?

国会でも、このコロナ禍の中で、なぜ東京五輪を開催するのかと、何度も問われても能面のよ
うに無表情で「国民の命と健康を守る」という言葉を呪文のように繰り返すだけです。

この光景を見ていると、この人には語るべき「理念」などないとしか思えません。

その本心としては、“今は反対していても、いざ始まってしまえば日本国中がオリンピックで
盛り上がるに違いない”、と国民を見下した思いが透けて見えます。

私は、科学的なシミュレーションがオリンピックの最中に感染が拡大することを予測してい
るのに、強行することには重大な問題があると考えています。

これに対して、菅首相はこれまで、オリンピックの開催に関して「安全・安心」という精神
論を繰り返すだけで、その化学的な根拠を示してきていません。

私には、どう考えても西浦氏のシミュレーションの方が説得力をもっていると思われます。

ひょっとしたら、オリンピックを開催してもコロナの感染はそれほどでもないかもしれない
し、その後で感染が激増するかもしれません。それは誰にも確実なことは言えません。

オリンピックの開催は、支持率が低下しつつある菅政権にとって、一つの大きな「賭け」、
あるいはもっと平たく言えば「ギャンブル」です。

しかし政治家は絶対に、国民の命と健康を的(対象)にしたギャンブルを行ってはいけま
せん。

菅首相はおそらく、ワクチン効果もあるので、感染はそれほど問題にならない、と踏んで
いるのでしょう。

あるいは、かつて太平洋戦争の時に、自分は日本の安全な場所にいて、戦況報告をうける
と、“我が方の損害は軽微”といった軍の幹部のように、オリンピックで感染者や死者が多
少出ても、政権幹部は、“損害は軽微”、という言い方で無視するのでしょうか。

自分たちは、満員電車で毎日通勤することも、感染の危険に身をさらうこともなく、食事
も安全な高級レストランや料亭でゆったりと仲間と楽しむことができるかも知れません。

他方、感染が広がれば、それで苦しむ人、亡くなる人がおり、その家族・友人・知人は悲
しみます。また、医療関係者は休むこともできずに過酷な状況に追い込まれます。

菅政権にとっては、こうした人たちの一人一人の人生に思いを馳せるというより、統計数
字で、何人が感染し、重症となり死亡したのか、“損害が軽微かどうか”だけが重要なので
しょう。

一体誰のため、何の為に東京五輪を開催しようとしているのか、と菅政権の理念なき開催
に、スポーツ・ライターの谷口源太郎さんは、怒りをあらわにしています。まったく同感
です(『毎日新聞』2021年6月9日 夕刊)。

ちょっと話はずれますが、私がとても不快で、嫌悪感をもつのは「人流」という、コロナ
禍で突如登場した造語です。

この言葉はおそらく「物流」にたいする意味で考案された行政用語なのかも知れませんが、
そこには為政者が国民を上から目線で、人の動きを「物の流れ」のように冷たく見ている
響きがあります。

なぜ、「人出」とか「人の動き」ではいけないのでしょうか?


(注1)NHK WEB (2021年6月3日) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210603/k10013065271000.html
(注2)『毎日新聞』デジタル 2021年6月9日 https://mainichi.jp/articles/20210609/k00/00m/040/280000c?cx_fm=mailasa&cx_ml=article&cx_mdate=20210610 ;
日経新聞 デジタル(2021年6月10日更新)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA091TH0Z00C21A6000000/
m3.com ニュース 医療維新 (レポート 2021年6月10日 (木) 橋本佳子(m3.com編集長)) https://www.m3.com/news/open/iryoishin/926376



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“運動会は中止 オリンピックはいいの?”

2021-05-30 10:29:28 | 社会
“運動会は中止 オリンピックはいいの?”

TBS系の午後の情報番組「Nスタ」(25日)で紹介された、小学生1年生が親に発した
ある質問が、話題を呼んでいます。

それは「なんで運動会は中止なのにオリンピックは開催されるの?」という、素朴で本質を
突いた鋭い質問です。

これは、小学校ではよく発せられる質問だそうです。現場の先生たちは、子どもたち納得さ
せる説明はできない、ということでした。

羽生田文科相は、「秋になれば景色が変わるので、その時に運動会を移す」と言っています
が、もし、秋になっても運動会ができなかった場合、どうするのでしょうか?

いずれにしても、このコロナ禍の下で、オリンピックを強行しようとしているのは、自らの
権威と地位とお金を確保しようとしているIOCの幹部たちの野心と、オリンピックを政権
浮揚の道具として利用しようとしている現政権の意図が、本当の理由なのですから、それを
隠したまま言い訳をしても、子どもだけでなく、多くの日本人の大人をも説得できるはずは
ありません。

つまり、事の本質を表に出すことはできないので、もっともらしい理由を語るか、有無を言
わせず強引に開催に突き進むしかない、というのが現状です。

今回のオリンピック開催については、当初から疑惑や矛盾が付きまとっています。これにつ
いては、このブログですでに2回にわたって書いています(注1)

思えば、今回のオリンピックの大義・理念は「復興オリンピック」で3.11からの復興だ
ったはずでした。しかし現在、この大義が語られることはありません。

それに代わって「人類がコロナに打ち勝った証として、完全な形で行われる」という安倍前
首相が語った言葉に置き換えられ、菅首相は、自ら大義を考え出すことなく、ひたすら、安
倍首相の言葉を繰り返すだけです。

人類とは言わないまでも、日本においてはまだ緊急事態宣言が発令されている最中なのに,
「コロナに打ち勝った証」などとは到底言えないはずです。

菅首相は事あるごとに、「安心・安全」なオリンピックを準備していると繰り返すだけで、
一向にコロナ感染者は安心・安全なレベルに減ってはいません。

この矛盾を、小学生は的確に感じていて、それが表題に示した「なんで運動会は中止なのに
オリンピックは開催されるの?」という質問となって表現されているのです。

小学生にとっては運動会だけでなく遠足や学芸会のような行事、中学・高校生たちにとって
は、クラブ活動の禁止、卒業旅行、さらに言えばごく当たり前の入学式や卒業式もできない
という、事態に置かれているのです。

こうした学校での行事というのは、一生のうち1回限りのもので、少年期から思春期にある
生徒・学生の人間としての精神的・文化的な成長にとって、かけがえのない非常に重要な体
験です。

それが、コロナ禍という事情のため中止させられるとしたら、大人の側からの、とりわけ政
策を実施する政府や自治体による、それなりの説明と代替措置が必要です。

しかし「蜜」を避けよ、と言いながら、運動会よりもはるかに多くの人を集めることが前提
となっているオリンピックは、何が何でもやる、という。

子どもたちの大人に対する不信感は、決して軽いものではありません。

東京都の小池知事は「3蜜を避ける」との言葉を発して、コロナのまん延防止の先頭にたっ
ている、というイメージを与えてきました。

しかし、その小池知事がオリンピックに関しては、東京都の施設である代々木公園に、オリ
ンピック組織委員会と共同で、パブリック・ビューを設置するという。

これにたいしては多くの反対署名が集まっていますが、そんな反対を物ともせず、すでに工
事を始めています。

これは国も同じで、全国で6か所、パブリック・ビューイングの会場を設置することが決ま
っています。

そして都は、これ以外に都独自で4か所、50億円をかけてパブリック・ビューイング会場
を設置することにしています。

言うまでもなく、パブリック・ビューイングの意義について都は、「大会の感動を共有でき
る重要な機会」だからと説明しています(注2)。

しかし、たとえば、代々木公園の場合、定員は当初、1600人でしたが、あとで710人
に削減しました。しかし、これをもって、都民全体が感動を共有する、というのは、いくら
何でも言いすぎです。

しかも、この場所は、桜の季節には。「蜜を避ける」ためにフェンスで隔離されていたのに。
今度は、「蜜を作って」盛り上がる場所として、邪魔な木の枝を切り払っています。

これでは、子どもたちも大人も納得するわけがありません。

これに対して、分科会会長の尾身氏は、PVは人の流れを増やすので望ましくない、と発言
しており、田村厚労相も、オリンピックは家でテレビ観戦を、と訴えているのに、です。

こうしたちぐはぐさ、矛盾は、たとえば大声を出して飛沫が飛び散る歌舞伎と演劇は通常
公演が認められてきたのに、黙ったスクリーンを見ているだけの映画館は、ダメという。

これについては最近、若干の修正が行われているようですが、これまでの政府の施策には
どう考えても一貫性がなく、説明不能な矛盾があります。

もう一つ、奇妙なことがあります。何でも、大会期間中に訪日する外国人選手のために、日
本の4社がそれぞれ4万個のコンドーム、計16万個を選手村に配布するという。

しかし、組織員会の説明では、選手村の宿舎にいる選手は互いに濃厚接触は禁止されている
はずなのに(もちろんセックスは禁止)、なぜコンドームを配布するのだろうか?

組織委の一つの弁解は、これはオリンピックに関する慣習だから、というものです。しかし、
緊急事態宣言が出ている現在、たんなる慣習では説得力がありません。

そこで持ち出した組織委員会の説明は、子どもでも笑い出してしまうほど、ばかばかしいも
のです。

一部では「濃厚接触を助長する」との声もあるが、との声に組織委は
    選手村で使うというものではなく、母国に持ち帰っていただき啓発にご協力いただ
    くという趣旨・目的のもの」
と説明し、その上で
    HIV(エイズ)はアスリートをはじめ若者の未来を奪う病気であり、差別や貧困
    も生んでいる。IOC(国際オリンピック委員会)がその撲滅のための啓発活動の
    一環として行っている
と話しました。2004年からは国連とも連携した取り組みになっているという。組織委は
「IOCからは引き続き実施するよう求められている」としたうえで「東京大会においては、
こうした趣旨・目的を踏まえながら、配布方法等について現在検討中です」と話しています
(注3)。

私は、IOCがエイズ撲滅活動を積極的に行っていったことは知りません。ただ、今問題に
なっているのは新型コロナウイルスのまん延防止なのに、なぜ組織委員会が突然、エイズを
持ち出したのか、そしてそのことのばかばかしさに気が付いていないのか、理解できません。

こうした言い訳は官僚が考えるのでしょうが、そうだとすると、官僚の能力に深い失望を感
じます。

そう言えば、当初ははなばなしく宣伝された「聖火リレー」は、今では人々の関心は薄れ、
メディアでもほとんど取り上げません。

ほとんどの県では行動を走らず、どこかの公園や競技場で、ひっそりと点火の儀式が行われ
ているだけです。

聖火リレーが尻つぼみになっている実態は何となく、今回のオリンピックがたどりそうな
「竜頭蛇尾」を象徴しているように思えます。

(注1)2019年11月2日の記事「混乱の東京オリンピック―全ては出発点のウソと無理にあ
    った―」でも、2021年3月23日の『「人類が新型ウイルスに打ち勝った証として」
    “無観客でも”というブラック・ジョーク』を参照されたい。

(注2)『毎日新聞』デジタル版 (2021年5月29日)
    https://mainichi.jp/articles/20210529/k00/00m/040/139000c
(注3)Yahoo ニュース (2021年5月27日)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/ba090fe7f9d2cbd65283ad20a3fb9a23687f0f10

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東京五輪の強行―コーツ氏・バッハ氏への拭い難い疑念―

2021-05-24 06:53:59 | 社会
東京五輪の強行―コーツ氏・バッハ氏への拭い難い疑念―

5月19日から3日間にわたってリモートで行われた調整委員会の合同会議の冒頭で国際オリン
ピック委員会(IOC)のバッハ会長は、「IOCはすべての人たちのために安全な形で大会を
運営することに完全に注力している」と宣言しました。

そして「日本の友人の皆さんとともに、私はすべての人にとって安全なオリンピック・パラリ
ンピックを開催するというIOCの完全な決意を、改めて強調することができる。この約束を実
現すべく、われわれはいま開催に全力を注いでいる」とも述べました(注1)。

今朝のテレビ朝日の情報番組で、さらに驚いたことに、バッハさんは、何のためにオリンピッ
クを開催するのか、という質問に、一生に一度の機会でもある「選手のために」開催する、と
答えたというのです。

インド変異株がまん延する危険が指摘されている中、「選手のために」とは冗談ではない、と
言いたいです。(タイムス・オブ・インディア)

また、こういうイベントには、ある程度の犠牲は仕方がない、とも言っているのです。バッハ
さんの頭の中は、日本人の不安や命よりも、もうお金のことしかないようです。

21日に終了した合同会議後、日本組織委の橋本聖子会長と会見を行ったコーツ調整委員長は、
開幕までに緊急事態宣言が解除されない状況でも五輪は開催するのかと問われ「答えはイエス
だ」と明言、「WHOなどから、緊急事態宣言下であってもなくても、十分安全で安心な大会
を開催できると助言を受けている」と理由を示した。

ここで注意しなければならないことは、彼らが「十分安全で安心な大会を開催できる助言を受
けている」という場合、誰の安心・安全なのか、という点です。

確かに、選手に関しては、事前のワクチン接種やホテルでの隔離によって安全は保たれるかも
知れませんが、5万~6万人ともいわれるメディアやスポンサー、政府要人などは隔離されず、
市中に出歩く可能性は十分あります。

彼らが、新たにウイルスを持ち込む可能性もあり、逆に感染する可能性もあります。

いずれにしても、これらの人たちの管理とケアをどうするのか具体的には決まっていません。

コーツ氏はまた、日本国内で開催反対が80%にも高まっている状況に関し、「ワクチン接種
が増えていけば、世論調査の結果も良くなっていくのではないか。もし支持率が改善しなけれ
ば、安全な大会になるようにわれわれの仕事をやるだけだ」との認識を語りました(注2)。

ワクチン接種が増えてゆけば世論調査の結果も良くなってゆく、と言いますが、現状では65
歳以上の高齢者でさえ、7月末までに接種を終えることは難しいのです。

その後で、65才以下の、最もオリンピックに関心があり観客としても参加の可能性がある人
たちへは8月から接種を始めるわけですから、少なくともオリ・パラの期間に大半の日本人が
ワクチン接種を終えて、安全な状況になることはありません。

バッハ会長とコーツ委員長の発言を聞いて、私は非常に憤りを感じました。とりわけ、コーツ
調整委員長が、支持率が改善しなくても、自分たちは開催を推し進める、と言い切っています。
彼の頭の中には日本人のの国民感情には一顧だにせず、無視しているだけでなく、逆なでして
います。

日本人が東京オリ・パラを望んでいようがいまいが関係なく、そんな日本人の心情など考慮に
値しない、自分たちは予定通り開催する、と、まるで植民地の総督にでもなったような傲慢さ
です。

ちなみに、最近の調査ではオリ・パラを積極的に支持しているのは、NHKの調査では5月に
は35%まで下がっています(注3)。

ちょっと待って欲しい。開催地は日本で、日本が緊急事態宣言下にある、ということはコロナ
禍の下で人々は感染を恐れ、大阪では感染しても病院にたどり着けるのは10人に1人にすぎ
ないのです。

つい最近、3月以降の第四波で大阪では5月22日時点で、医療をうけることなく在宅のまま
亡くなった方が19人もいることが発表されました。

すでに感染した人はもちろん、感染していない多くの日本人が感染におびえて、我先にワクチ
ン接種を求めて、予約を取ることさえ大変な状況です。

一言でいえば、日本人の多くが感染の危険におびえ、命の危機に直面している状況で、そして
休むこともできずに懸命に患者の治療に当たっている医療従事者の現状を考えれば、どうして、
「そんなの関係ねー」、と言えるのだろうか?

そもそもIOCは、国連の一部というような国際組織ではなく、れっきとした民間NPOなの
です。それが、日本という国家主権の上に立って、開催するかどうかはIOCだけが権利を持
っている、と主張するのは、規約に書かれているとはいえ、あまりにも傲慢です。

以下は私の個人的な偏見かも知れませんが、私はどうしてもバッハ氏とコーツ氏の言動にある
種の疑念を拭い去ることはできません。

まず、彼らにとっては、何がなんでもオリ・パラを開催することが自分たちの地位と実利を守
ることが最大の目的なのです。

その際、万が一、日本で多くのコロナ感染者が出ようが死者出ようが、それは自分及び自分た
ちの母国には関係ない、という意識がどこかにあるような気がしてならないのです。

バッハ氏はドイツ人ですが、もしドイツが非常事態宣言下にあったら、果たしてオリ・パラを
強引に開催するでしょうか?

私は、ドイツ国民は、何が何でも開催を支持するとは思えないし、政府も国民の意思を無視し
て開催を推し進めることはないでしょう。

そしてコーツ氏はオーストラリア人ですが、オーストラリア国民の多くがオリ・パラに反対し
ていたら、開催を強行するでしょうか?

オーストラリアでは、最近ごく少人数の感染者がでただけでメルボルンにロックダウンを実施
しており、そのような国が非常事態宣言下でも開催を強行するとは考えられないし、国民も政
府も開催を支持しないでしょう。

悪く癇癪すれば、彼らは母国開催ではなく、日本での開催だから、このような態度に出ている
のではないか、という疑念を私はもってしまいます。

万が一、オリンピックの開催後に日本で感染爆発が起きて、多数の死者を出す状況になったら、
バッハ氏もコーツ氏もどう責任を取るのでしょうか?もっとも、そうなっても実際には、責任
といっても取りようがないと思いますが・・・。

現在、日本で進行しているコロナ禍は、まさに人の命に係わる国難といっていい状況です。こ
のような状況下では、オリンピック・パラリンピックは戦争や大災害と同様、中止もやむをえ
ないと考えるのが常識ではないでしょうか。

もう一度、言わせてもらいますが、オリンピックは世界の平和と融和という崇高な理念に基づ
いていることは十分理解しています。

しかし、それでも敢えて言わせてもらえば、オリ・パラはIOCという民間NPOのイベント
なのです。

日本では、菅首相は政権浮揚のためにも、何が何でも開催を強行するつもりのようだし、オリ
ンピック組織委員会も、菅首相の方針と一体化しています。

では開催都市の東京都はどうでしょうか?

もちろん、小池都知事は、開催に向けて最善を尽くす、と言っていますが、本心はどうか分か
りません。

というのも、もし、開催して東京での感染爆発が起きたら、彼女の都知事の地位はいうまでも
なく、政治生命を失いかねないからです。

私は、オリンピック開催期間中は、ほとんど他のことはできず、テレビ画面にかじりついてい
るほどのファンなので、「安心・安全」に行われる条件が整っていれば、是非開催してほしい
と思っています。

ただ、今回だけは、お祭りよりも、命を重視し、開催は慎重にしてほしいと思います。

今や、日本社会の中に開催賛成派と反対派の分断が生じています。そして、かつて原発推進派
の研究者や支持勢力が「原子力村」と呼ばれたように、オリンピック推進派の「オリンピック
村」ともいうべき、政治家や評論家が出現しています。

稿を改めて、彼らの主張に耳を傾けてみたいと思います。


(注1)Yahoo News 5/20(木) 9:32( Reuter)
https://news.yahoo.co.jp/articles/490c78b25fe81c7c72bcca209b496546dfde862a
(注2)Yahoo News 2021年5月22日  https://news.yahoo.co.jp/articles/fadfcbff9a88c1f0b969840e21efbe837ec6a286
(注3)https://news.yahoo.co.jp/byline/suzukiyuji/20210512-00237573/ 



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何か変だぞペットブーム―コロナ禍とペットの関係―

2021-05-16 22:08:03 | 社会
何か変だぞペットブーム―コロナ禍とペットの関係―

最近のペットブームは、どこか違和感があります。

横浜市戸塚区で、体長3.5メートルもあるアミメニシキヘビがカギの外れたケージから
逃げ出し、連日の捕り物にも関わらず、未だに捕獲されていません。

付近の住民にとっては安心して生活できない状況に置かれています。

私たちが驚いたのは、こんなに大きなヘビが個人の家(というよりアパートの部屋)で飼
われていたことです。

このように大きな動物をペットとして飼うこと自体は今に始まったことではありません。
ワニやオオトカゲを飼っている人はこれまでもいました。

ただ、こうした“危険”な動物は、めったに一般の目に触れることがないだけです。

しかし、今回のニシキヘビ“脱走事件”は、コロナ禍で不要な外出を控えるステイホームの
状況下で、突如、近隣住民の日常生活の中に這い出して“野生”の迫力、恐怖を呼び起こし
ました。

人間からすると“脱走”なのですが、狭い空間に閉じ込められていたニシキヘビにとっては
ごく自然な動きです。

人は、手も足もなく、音もなく動くヘビに対して本能的な恐怖を感じる傾向があるようで
す。今回のニシキヘビは見た目にも、恐怖を掻き立てますが、他方、目に見えない超ミク
ロのウイルスにも私たちはおびえています。

一方で巨大なニシキヘビの姿と目に見えないウイルスに恐怖し、他方でステイホームを求
められる人間と、これまで強制的にステイ・ホームさせられてきたニシキへビが自由に動
き回る、という二重の対称的組合わせが実に皮肉な構図です。

ところで、今回のニシキヘビ脱走事件は、改めて私たちの生活に入り込んでいるペットと
いう存在の意味を考えさせました。

これまでペットといえばイヌとネコが代表ですが、最近のテレビなどでは、番組の始まり
の部分でイヌやネコの愛くるしい姿や動きの映像がよく使われていますし、イヌとネコを
特集した番組もあります。

確かに、多くの子犬や子猫の純粋で好奇心に満ちた目は無条件で可愛いし、見ているだけ
で癒されます。

ところが、私は最近のペット事情を知って驚きました。

昔は、犬や猫を飼うという場合、子供が近くで捨てられた子犬や子猫を家に連れ帰ってし
まい、親に頼み込んで飼わせてもらうか、どこかの家で何匹も産まれた子犬や子猫を貰っ
てくる、という形が普通でした。

あるいは、野良犬や野良猫がいつの間にか居ついてしまった例も珍しくありませんでした。

しかし、今は、こんな牧歌的な状況はほとんどあり得ません。今、ペットは「買うもの」
となっています。

しかもペットの値段が驚くほど高騰しているのだそうです。以下に『東京新聞』(2021
年5月16日)の記事を参考に最近の異常なペット事情を見てみましょう。

記者がペットショップを訪れて見た生後3か月のチワワは40万円の値がついており、
人気のトイプードルは80万円を超えていました。

猫も高く、垂れた耳が可愛いらしいスコティッシュフォールドが50万円、人懐っこい
とされるアメリカンショートヘアは約40万円だったという。

ペットショップの店員によれば「二十万円で犬や猫を買える時代はかなり昔に終わりま
した。ペット人気が長年続く間、値段も上がり続けています」という状況だそうです。

ペット流通協会の会長によれば、20年前に3万円ほどだったのが今は10倍の30万
円になっている。

値上がりの最大の要因は取引数の減少で、国の基準が変更され一定数以上の繁殖には届
け出が必要になり、素人が繁殖させられなくなったからだという。

加えて、動物愛護法が2019年に改正され、その柱の一つが飼育数上限の新設でした。
環境省は昨年7月に飼育数上限案を示しました。それによれば繁殖業者の場合、従業員
1人当たり犬の飼育は15匹、猫は25匹まで、販売業者の場合は1人当たり犬20匹、
猫30匹を上限としています。

しかし、これには業界の反対が強く、昨年の12月には繁殖業者の場合犬の上限は25
匹、猫25匹、販売業者の場合、犬30匹、猫40匹でスタートすることになりました。

しかし、繁殖数の上限が決められ、今後さらに減らされる可能性を見越して値段がさら
に上昇するという悪循環が生じているようです。

こうした事情に加えて、コロナ禍のため家で過ごす時間が増え、ペットを飼おうとする
人が増えました。

社団法人ペットフード協会の推計によると昨年(2020年)10月時点で新たに飼わ
れた犬は5万8000匹、猫は6万7000匹増え、過去5年間で最も多かった。

私が驚いたのは、中には100万円を超える例もあったそうで、そんな値段でも店頭に
出したその日に買い手がつくことは珍しくないそうです。こうした高額のペットを購入
するほぼすべての客がローンを組むのが実態だという。

ペットをローンを組んでまで買う、というのは、私の感覚では尋常ではありません。

それでは、こんな高額な値段で買ったペットは、大切に飼われているかというと、飼育
放棄も相変わらず多い。

環境省によれば、自治体の動物愛護センターが引き取った飼い犬や飼い猫は2019年
度の1年間で1万4000匹も達しました。

芦屋市の公益座師団法人「どうぶつ基金」理事長は、「高額のペットを買うのは経済的
に余裕がある人で、『旅行や飲食などでお金を使う機会が減った』『浮いたお金でペッ
トでも』」と飼い始めたように思う、とコメントしています。

上記記者が書いているように、コロナで家にいる時間が増えたからペットを飼い始めた
人が、コロナ後に、今度は仕事が忙しくなり、ペットと過ごす時間がない、と飼育放棄
するようになることが心配だ、とコメントしています。

最近のペットは、子ども時から飼えば10年、15年と生きます。それまで、責任をも
って飼い続ける覚悟がなければ、やはりペットを飼うべきではないと思います。

私の知り合いの年配のご夫婦は最近子犬を飼い始めましたが、事前に自分たちが死んだ
ら息子さん夫婦が引き取って育てる、との確約を取っておいたそうです。

さて、以上に書いたように、現在のペットの高騰の背景には法律的な変更に加えて、コ
ロナ禍でのペットブームという特殊事情があったことは間違いありません。

しかし、ペットの価格上昇は過去20年間くらいの傾向だという前出のペット流通協会
会長の言葉を信ずるなら、コロナによる影響とは別の要因があると背景もあったと考え
るべきでしょう。

私は以前、このブログで「当世ペット考」と題して2019年5月26日(1)、6月
24日(2)、7月3日(3)と3回にわたってペットの問題について書きました。

当時はすでにペットブームは始まっており、その背景として、人びとがペットに「癒し」
と求めるようになっていったことを強調しました。

確かに、それは間違いではないし、今でも人がペットを飼うのは「癒し」を求めている
からです。

問題は、なぜ、人は家族や友人、知人、あるいは趣味ではなくペットに癒しを求めるよ
うになっていったのか、という点です。

これにたいする確実な根拠があるわけではありませんが、私は長期的趨勢として、日本
社会の変質があると思います。

具体的には、地域社会が崩壊したこと、家族関係が以前のように無条件で安らぎを与え
てくれる場ではなくなったこと、そして社会的には貧富の格差が拡大しつつあること、
これらの要因は、全体として人と人との関係性が薄くなっている方向に私たちを追いや
っているような気がします(注1)。

その分を、ペットで埋めようとしてきたのではないか、もっとはっきり言えば、人が精
神的な安定のために、ますますペットに依存するようになってきているのsと思います。

一つの象徴的な例を紹介しましょう。私のゼミ生から聞いた話が非常に象徴的でした。

その学生によると、飼っていた犬が死んでしまったことから、家族がバラバラになって
しまったという。その学生によると、今まで家族を結び付けていたのは、実は犬だった
ということに気が付いたというのです。

これはちょっと極端な例かも知れませんが、私には、今の日本人の生活で、ペットはも
うなくてはならない存在、家族の一員になっているのかもしれません。

(注1)筆者は、この問題については『関係性喪失の時代―壊れてゆく日本と世界―』
(勉誠出版、2005)でくわしく論じている

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「ぼったくり男爵」トーマス・バッハIOC会長の野心と傲慢

2021-05-09 09:54:39 | 社会
「ぼったくり男爵」トーマス・バッハIOC会長の野心と傲慢

この夏に行われている東京オリンピック・パラリンピックに対しては、内外から逆風がふいています。

その発端の一つは国際オリンピック委員会(IOC)会長のトーマス・バッハ氏の、無神経で傲慢な発
言です。

たとえば「緊急事態宣言は五輪と無関係」というバッハ氏の発言は日本では多くの反感を呼びました。

というのも、日本および東京で緊急事態宣言が出されるほどと事態が深刻になり、重症者や死者が出
るようになっても、オリンピックは決行する、という本音がつい出てしまったことを多くの日本人が
感じ取ってしまったからです。

バッハ氏にとっては、とにかくオリンピックを実際に開催されることが彼の地位と業績を積み上げる
ために絶対に必要だからです。

この数日後、橋本聖子オリ・パラ組織委員会会長、小池東京都知事、丸川オリ・パラ担当大臣、バッ
ハIOC会長、パーソンズ国際パラリンピック委員会(IPC)会長の五者会談(リモート)では、さす
がに、不用意に“本音”を漏らすことはありませんでした。

その代わり、
    われわれは日本国政府の決定、都が要請された緊急事態宣言を尊重している。日本の国を守
    ろうという勤勉な精神を非常に称賛している。五輪コミュニティーは日本とともに歩んでい
    る。日本国民とともに歩み、思いを寄せている。
    日本の社会は連帯感をもってしなやかに対応している。大きな称賛をもっている。精神的な
    粘り強さ。へこたれない精神をもっている。それは歴史が証明している。逆境を乗り越えて
    きている。五輪も乗り越えることが可能だ。献身的な努力で未曽有のチャレンジをしている。
    ・・・・リスクを最小化し、日本国民に安心してもらえる五輪になる。
と、日本人の「勤勉な精神」、「精神的な粘り強さ」、「へこたれない精神」と、今度は短いスピー
チの中で3回も日本人の「精神」を持ち上げました。(注1)

コロナのまん延による緊急事態は、精神論で克服することはできません。ここまで露骨に日本人の精
神性を褒めたたえるのは、コロナ禍から話題をそらせて、ただただオリンピックを開催したいからで
しょう。

ここに、バッハ氏の節操のなさが余すところなく表れています。

もし今回、オリ・パラを中止すれば、IOCとIPC収入の大半を占める放映権料をはじめ、多くの協賛
金をもらえなくなる。バッハ氏にとっては、金こそが全てで、自らの死活にかかわることなのです。

何がなんでもオリ・パラを開催することにこだわっている、という点では日本の菅首相も同様ですが、
菅首相は、オリ・パラの開催を政権浮揚に利用しようとしています。

ところで、日本ではバッハ氏の影響力はかなり強いように思われていますが、海外では彼の金にたい
する執着と野心にたいする悪評は折り紙付きなのです。

しかも、バッハ氏はノーベル平和賞の受賞という野心をもっている、との噂が絶えません(注2)

また、最近では日本のテレビなどでも紹介された『ワシントン・ポスト紙』(2021年5月5日)の
「日本は損失をカットし、どこかほかにオリンピックの略奪場所を見つけるようIOCと話し合うべき
だ」というタイトのサリー・ジェンキンス氏の入りコラムを掲載しました(注3)。

このコラムでジェンキンス氏は、バッハ氏を「ぼったくり男爵」と呼んで、痛烈に批判しています。
「ぼったくり男爵」の原語は Baron Von Ripper-off で、Baron は男爵、Von はドイツの貴族の家柄
を示すタイトル、Ripp-off は「搾取」「詐取」の意味で、Ripp-erは、「そのような人」となります。
日本のメディアでは「ぼったくり」と訳しています。

このコラムは次のように書いています(以下は私の仮訳です)。
    「ぼったくり男爵」とその取り巻き偽善者たちは、国際オリンピック委員会において日本を
    彼らの踏み台とすることを決定した。・・・・・・
    もし、夏の東京大会が日本の脅威となったなら、日本のリーダーたちは、略奪するどこか他
    の領地(duchy)を探すようIOCに伝えるべきだ。
    このパンデミック(世界的大流行)の中で国際的メガイベントを開催するのは非合理的。    
    中止は大変かもしれないが、救い(cure)にもなる。

ここで「略奪するどこか他の領地」の原文は another duchy to plunder となっており、plunder と
いう、戦争あるいは豪雨等の襲撃などで暴力的に他人の領土や家に押し入って奪い取る(略奪する)
という、かなりきつい言葉です。これを「食い物にする」と訳している新聞もありますが、原文の表
現は、もっと強烈な意味を伝えています。

批判はさらに続きます。「ぼったくり男爵」とその取り巻きは、「旅行中に小麦を食べ尽くすどこか
の王族のように、ホスト(オリンピック主催地や主催国)を「麻痺させるような借金で」「破滅させ
てしまう悪癖がある」「五輪開催は常に不合理な金額の出費がかかり、そのため不合理な決定をする」、
さらにオックスフォード大学が9月に出した報告を引用して、「IOCは一貫してホスト国が負うリ
スクとコストに関して“欺いて”きた」というも批判しています。

IOCは収益を得るための施設建設やイベント開催を義務付け「収益のほとんどを自分たちのものにし、
費用は全て開催国に押し付けている」と強調した。

ここで「麻痺させるような」の原文は crippling で、もともとは手足など身体の自由が利かなくなる」
というほどの意味で、この文脈では日本経済が破綻するような、というニュアンスを伝えています。

日本はすでに巨額の資金をオリンピックに投ずることになっており(注4)、新型コロナウイルス感
染拡大下のバブル開催で1万5000人以上の訪問者を受け入れ、防疫や大規模な物流と運用コスト
提供にさらにコストがかかることなどを指摘したうえで、今すぐ損失をカットすべく開始を中止すべ
きだと言及しています。 

コロナとの関連で言えば、日本ではまだ国民の2%以下のワクチン接種率であること、政府やオリン
ピック組織委員化は開催中に1万人の医療スタッフを動員しようとしており、それに対する医療側か
らの猛反発が巻き起こっていることを指摘している。

こうした状況の中で、次のように問いかけています。

    このパンデミックの最中に、15000人もの外国人選手と関係役員を持てなすことに国民
    の72%が反対ないしは消極的であるというのに、はっきり言って、IOCは一体どのような
    立場で、オリンピックを開催に向けてすすめなければならないと、威圧的に主張するのか?

『ワシントン・ポスト』というアメリカのメジャーな新聞が、国際オリンピック委員会の会長をここ
まで、こき下ろすのは、よほどバッハ氏に強い嫌悪感を持っているからでしょう。

五輪に否定的な報道は米国で相次いでおり、ニューヨーク・タイムズ紙は4月、コロナ禍の五輪開催
は最悪のタイミングで「一大感染イベント」になる可能性があると指摘。サンフランシスコ・クロニ
クル紙は5月3日、世界で新型コロナの影響が長期化する中、東京五輪は「開催されるべきではない」
との記事を掲載しました(注5)。

また、イギリスの高級紙『ガーディアン』(2021年4月12日)は、このコロナ・パンデミックの中
で看護師協会に500人のボランディアを派遣するよう要請したことに対する森田会長の「私は、患
者と看護師の健康と命を危険にさらしてまでオリンピックを開催しようとしていることに激怒してい
る」、また、名護市の看護師の「怒りを感じるだけでなく(要求)の鈍感さに驚いた。それは人間の
生命がいかに軽視されているかを示している」という言葉を引用しています。

そして尾崎東京都医師会会長の、オリンピック開催は「極めて難しい」とのコメントも付け加えてい
ます(注6)。

ここでは直接に中止を呼び掛けているわけではありませんが、間接的にはやはり開催に否定的です。
その後、同紙(2021年5月3日)は「このショー(オリンピック)は進めなければならないのか?」
というタイトルの社説を掲げて、オリンピックの開催に疑問を投げかけています(注7)

ところで、政府は5月8日、東京など大都市への緊急事態宣言を5月末まで延長することを決定しま
した。バッハ会長は17日に来日の予定でしたから、当然、緊急事態宣言下の訪日ということになり
ます。

橋本オリ・パラ組織委員会会長は、もし受け入れれば国民からの非難は必至で、来て欲しくないとい
うのが本音でしょう。このため、8日の会見では、バッハ会長の訪日は難しくなった、との見解を示
してしめしています。

「緊急事態宣言と五輪は無関係」と言った手前、バッハ会長はどうするのでしょうか?

(注1)『デイリー』(2021年4月28日) Yahoo ニュース経由   https://news.yahoo.co.jp/articles/549c40bc4f5b2c650906ed3db6ca7b79d36ac670
(注2)『J-cast』 (2021年4月30日)
  https://www.j-cast.com/kaisha/2021/04/30410757.html?p=all
(注3)Wasihngton Post (May 5,2021)
https://www.washingtonpost.com/sports/2021/05/05/japan-ioc-olympic- contract/
(注4)日本側の投資についていて言えば、本来“コンパクト五輪”のはずだった東京五輪の予算があっというまに膨れ上がり、さらにコロナ禍が追い打ちをかけて、当初の6倍に上る1兆7000億円が見積もられている。
(注5)『産経新聞』デジタル(2021年5月6日)
https://www.sankei.com/tokyo2020/news/210506/tko2105060002-n1.html
(注6)The Guardian (3April 2021.08/07)
   https://www.theguardian.com/sport/2021/may/03/japan-nurses-voice-anger-at-call-to-volunteer-for-tokyo-olympics-amid-covid-crisis
『東京スポーツWeb』(2021年5月3日)
https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/3112722/
(注7)The Guardian (3May 2021 08 07) https://www.theguardian.com/commentisfree/2021/apr/12/the-guardian-view-on-the-tokyo-olympics-must-the-show-go-on


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オンライン授業について―個人的感想―

2021-05-02 21:20:20 | 社会
オンライン授業について―個人的感想―

昨年の3月、大学から、新型コロナ禍のため、本年度の私の授業はオンラインでお
願いします、という連絡がきました。

私の授業は9月末から始まる秋学期に行われることになっていたので、当時はまだ、
ひょっとしたら夏にコロナ禍も収まり、対面で行われるのではないか、というかす
かな希望がありました。

しかし、コロナのまん延は夏に向かって収まるどころか、ますます拡大してゆき、
ついに、秋からの授業がオンラインになることは決定的になりました。

オンライン授業をどのように行うのかについて大学もほとんどの教師は経験がな
かったので、当初は大混乱でした。

とりわけ、4月から始まった春学期は、大学はシステムの構築に大わらわで、教師
は新たなシステムの使い方を試行錯誤しながら講義を行ったようです。

そんな経験の蓄積があったため、秋学期には大学も教師もかなりの程度問題を解決
して使いこなせるようになっていました。

以下に、私自身の経験や個人的な感想も含めて、オンライン授業について書いてみ
たいと思います。

まず授業を行う教師の立場からすると、授業の度に電車で大学に足を運ぶ必要がな
いので、身体は楽で、コロナへの感染リスクをさけることができるというメリット
は確かにあります。これはある程度、学生にとっても同じことがいえるでしょう。

その反面、講義の進め方には相当の工夫が必要だと思いました。まず、講義の全体
が分かるように、私は、自作の簡易テキスト「講義ノート」を4月くらいから準備
して作成し、受講生が予め「講義ノート」を自分のパソコンに取り込んで(プリン
トもでき)、予習も復習も、いつでも読むことができるようにしました。

次に、私の場合、文化の問題を扱うので、授業では動画や写真などの映像資料、さ
らには音楽などの教材を多用します。

最初のうち、動画教材のうち音声が消えてしまうなどのトラブルはありましたが、
全体を通して何とかこれらの教材を組み込んだ授業ができたと思います。

しかし、これはあくまでも私から見た一方的な感想で、学生が満足していたかどう
かは分かりません。

なお、インターネットのアプリ(Teams)を通じた講義で、受講生は全員がカメラを
オフにしているので、顔は見えず、反応を見ることもできません。

このため、私はただただ、名前だけが表示されている自分のパソコンの暗い画面に
向かって話すことになります。これは、結構、虚しさをかんじました。

ただ、少しでも受講生とのコミュニケーションをはかり、同時に反応を知るために、
私はできる限り双方向通信機能を利用して質疑応答を行いました。

私は、時間割に設定された時間でのリアルタイム授業をしていましたので、受講生
はその時間に、パソコンの前で授業を聞く必要があります。

これに対して、予め録画してある講義を、学生が好きな時に呼び出して講義を聞く、
というオンデマンド方式を採用していた先生もいました。

この場合、学生を特定の時間に拘束しないで、空いた時間に講義を聞けるという良
さがある反面、講義の臨場感も緊張感もないので、私はこれを採用しませんでした。

私が半年のオンライン授業を終えて最も強く感じたのは、インターネットを通じて
かなりのことは伝えられるが、その反面、教室の対面授業では、同じ時間に同じ空
間で同じ空気を共有している教師と学生によって、ごく自然に形成される「場」の
雰囲気が、リモートの場合には存在しないことです。

私は、文字や映像資料では伝えられないこの「場」こそ、教育においてとても重要
な要素だと考えており、この点、オンライン授業に一種の物足りなさを感じました。

具体的には、教師から見て受講生のちょっとした反応、どんな服装で、教室全体に
どんな空気がながれているか、また学生から見て、教師の話す息遣いから、教壇を
歩きながら講義をしている様子や服装にいたるまで教師が醸し出す雰囲気が「場」
をつくりあげているのです。

一方、オンライン授業では受講している学生同士の触れ合いがないことも大きな
「欠落」です。

もちろん、新型コロナがまん延している日本の現状を考えれば、オンライン授業は
仕方がありませんが、あくまでもこれは「次善の策」であるとの印象を持ちました。

以上は私の個人的な感想ですが、もう少し視野を広げてみると、教育の未来に関し
て少し心配な面があります。

たとえば、以前、一部の塾で「サテライト授業」のような形で、講師がカメラの前
で講義を行い受講生がモニターを通して聴くという形式が活用されていましたが、
今はそれもなく、講義を録画したDVDを受講生に買ってもらい、都合の良い時に見
て学習するという方式が一部で採用されています。

これは、塾だからまた仕方ないとして、普通の公教育の現場としての学校の授業で
はありえないし、あって欲しくありません。

しかし、ひょっとすると公教育の場でもオンライン授業は今よりもっと普及するか
もしれません。

以下に、オンライン授業を受けた大学生が何を感じているのか、ある組織がおこな
ったアンケートから彼らの声の一部を引用してみます(注1)。

まず、オンライン授業ばかりで、何のために大学に通っていたのか分からなくなっ
たし、改めて大学の授業は楽しくないと感じた、このまま大学に通うことが正解な
のか何度も考えさせられた、という奈良県の大学2年生(男性)の声です。

これは程度の差はあっても、かなり多くの学生が感じた率直な意見のようです。

同様に、よく聞かれる声は、地方から上京してきたのに授業がオンラインになって
しまい、友達も作れず、ひたすら授業をこなすだけで何のために大学に授業料を払
っているのか分からなくなってしまい退学も考えた(東京都 大学2年生 男性)、
というかなり深刻な声もあります。

まさに、キャンパス・ライフなき大学生活に対する嘆きが聞こえてきます。オンラ
イン授業によって失われたことも多いけれど、それを少しでポジティブにとらえよ
うとする学生もいます。

授業が全てオンラインになってしまったうえ、大学では他県からの友達、サークル
仲間との出会いの機会が失われ、また留学に胸を膨らませて入学したのに、これら
全が失われてしまった。

しかし、将来を考える良い時間になったとも考えている。そんな中で。プログラミ
ングのプロジェクトに出会いことができ、これを良い変化につなげていきたいと思
う(福岡県 大学2年生 女子)。

オンライン授業は、学生の心身の健康にも影響を与えているようです。

ある学生は、オンライン授業で、家に一日中閉じこもってパソコンの画面に向き合
う生活となり、授業に集中できないばかりでなく、腰痛に悩むようになったそうで
す。また、オンラインで授業中に出た疑問もすぐに質問できないため不安が増えた、
といいます(宮崎県 大学3年生 男性)。

それでは対面授業を受けた学生にとって不満はなかったのかというと、必ずしもそ
うではありません。

大学生活では常にマスク着用で、食事中も距離を空け、周囲の人とコミュニケーシ
ョンをとる機会が減った。教室でも距離を空けて座るため、人との距離との対話は
限られる(京都府 大学4年生)。

ここでもやはりコロナ禍は大学生に大きな負荷をかけていることが分かります。

オンライン授業とは直接関係ありませんが、このコロナ禍が大学生の生活全般、
さらには将来設計にも大きな影響を与えていることは間違いありません。

大学としても社会としても、将来を担う大学生にコロナ禍の下でどのように希望を
与えてゆくかを真剣に考える必要があると思います。

ちなみにアメリカでは、コロナのまん延が最も激しかったころ、学校はほぼオンラ
インに切り替えられました。そのころマイクロソフトやグーグルは教育用アプリを
開発し、大々的にテストする機会を得ました。

いわゆる「スクリーン・ディール」と言われるもので、「スクリーン」とはパソコ
ンの画面を指し、公教育をも含めた教育を新たな産業としてIT大手が取り込むこ
とを意味しています。いかにも資本主義の総本山、アメリカ的な動きです。

アメリカでは授業料が払えない階層の子弟は、オンライン授業だけで大学卒業資格
を得て、高い授業料を払える富裕層の子弟は、これまでどおり対面授業を中心とし
た大学教育を受けることができるという、経済的格差が教育面での格差につながる
方向にむかいつつあるようです。

私は、日本がこのような方向に向かわないことを願っています。

(注1)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000049664.html

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聖火リレーへの強い違和感―無責任で無神経な人集め―

2021-04-25 10:59:03 | 社会
聖火リレーへの強い違和感―無責任で無神経な人集め―

聖火リレーは3月25日から7月23日に新国立競技場で行われる開会式まで121日間をかけ、
約1万人のランナーが全国の859市区町村を巡りますが、海外メディアも、聖火リレーのス
タートを次々と報じました。

テレビでは毎日のように、聖火ランの映像が放送されています。しかし、私はどうしよも
なく強い違和感、というよりむしろ憤り感じます。

まず、このコロナパンデミックの最中、一方で、多くの医療従事者は自らの命の危険をさ
らしてコロナ患者の治療にあたっているのに、笑顔でトーチをもって走っているというイ
ベントを強行する無神経さです。

昭和大学の二木芳人客員教授(感染症学)は
    医療従事者は、命の選別をしなければならないような状況の中で、死に物狂いで
    対応している。そんな中で、笑顔で手を振って走る聖火ランナーの姿は申し訳な
    いが場違いだ。
    聖火リレーにかける時間とお金があるなら、医療現場や貧困の現場に回してほし
    い。いったん中止してください。
と、聖火リレーの中止を訴えています。これが良識というものでしょう。

同じく医師でNPO法人医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏も、
    なぜ五輪は行われ、一生に一度の就学旅行は中止なのか。なぜ屋外の聖火リレー
    はよくて、飲食を伴う花見はだめなのか。全てがダブルスタンダードで、誰も合
    理的な説明ができない。
と聖火リレーの矛盾を指摘しています(『東京新聞』2021年4月21日)。
  
こうした意見は、多くの医療従事者が心に抱いている気持ちでしょう。聖火リレーの映像
を見て、日夜患者の治療に格闘している医療従事者は、気持ちを逆なでされる思いでいる
のではないでしょうか?

同様に、コロナウイルスに感染して苦しんでいる人、またその家族にとっても、そして、
コロナかで仕事を失い経済的に苦境に立たされている人にとっても、この聖火リレーの光
景は、あまりに無神経で無責任に映ると思います。

この聖火リレーが無責任であるというのは、一方で政府も小池都知事も事あるごとに「蜜」
を避けて」と、この1年間、国民に言い続けてきました。というのも、「蜜」になることが
ウイルスの感染を拡散する大きな要因になるからです。

実際、リレーが始まる前には、もし聖火リレーで「蜜」が発生したら、そこは「スキップ」
つまりその区間を飛ばす、と言ってきました。

しかし、実際にリレーが始まってみると、明らかに「蜜」を作り出す聖火リレーに対しては、
菅首相も、丸川オリンピック担当相も、オリンピック組織委員化も、政府のアドバイザリー
委員会も、尾身分科会会長も、中止勧告も、注意勧告さえ発していません。

これは、建前とは別に、政府も組織委員会も、聖火リレーをテコに、一向に燃え上がらない
オリンピック熱を盛り上げるこことに利用しようという意図があるからでしょう。

事実、聖火リレーを囲む沿道宇には人が詰めかけ、異常なくらいの「蜜」となっています。
これは、明らかに無責任です。

この聖火リレーは、東京五輪が「復興五輪」を掲げて始められたことのシンボルとしてフク
シマのJビレッジか出発しました。

しかし、この聖火リレーは、どう考えても「復興五輪」を思わせる影も形もありません。そ
れどころか、現在のコロナ禍の状況を全く無視したお祭り騒ぎの様相を呈しています。

最初に小型車が来て、「もう少しでランナーが来ます。大声は控え、拍手で応援しましょう」
とアナウンスされました。

続いて、有力スポンサー企業(つまり多額の寄付をした企業)の大型トラックを改造した宣
伝カーが大音量で音楽を流しながらの“お祭り騒ぎ“です。

宣伝カーの車列は、聖火リレー最上位スポンサー企業のコカ・コーラを先頭にヨタ自動車、
日本生命、NTTグループなどの有力企業からなるの「コンボイ」(警備車両も含めて30
台ほど)という、まるで車による“大名行列”のような異様な光景です。

マスクを付けたDJが負けじと声を張り上げる。いくつもの音楽と掛け声が重なり、かなり
うるさい。

「これはちょっと違うんでねえか」。隣で地元の一人がしきりに首をひねっていた。「復興
五輪って感じはないですね」、記者がそう聞くと、「全然違う。しらけてしまう」との答え
が返ってきたそうです(注1)。

異様と言えば、4月1日、聖火が長野県善光寺を出発した1分後、沿道から「オリンピック
はいらないぞ」「オリンピックに反対」といった声が聞こえると、放送していたNHKの音声
が突然消え、30秒続いた後、音声が徐々に戻った、という“事件”が発生しました(注2)。

これは、NHK側が“政治的判断”で音声を消した事件でした。

これ以外にも、報道にも大いに問題があります。毎日毎日、聖火リレーの模様を、何の躊躇
もなく、ましてや疑問を呈することなく、むしろオリンピックを盛り上げために、垂れ流し
ています。

この状況は、海外からは異常にみえているようです。東京五輪の気運を高めることへの期待
もあるのだが、巨額な放映料をIOC(国際オリンピック委員会)に支払い、多大な影響力を
持つ米NBCははっきりと、「新型コロナウイルスの恐怖がある中、東京五輪大会の聖火リレ
ーが始まる。これは廃止されるべき」という厳しい意見記事を掲載した。

そして記事は、
    (新型コロナウイルスの)パンデミックのまっただ中で始まった東京の聖火リレー
    は、ずばりナチスによって始められた五輪の伝統儀式だ。(今回も)公衆衛生を犠
    牲にするリスクを冒している。特にナチスの宣伝活動に由来するような伝統のいく
    つかは廃止されるべきだ、
と聖火リレーの廃止を主張した(注3)。

ひょっとすると政府やオリンピック委員会は、聖火リレーの最後のランナーとして池江璃花
子氏やゴルフのマスターズで優勝した松山英樹氏を起用し、聖火台への点火をおこなって、
開会式という儀式のクライマックスを演出しようとしているのではないか、と私は邪推して
います。

オリンピック開催そのものの是非については別の機会に考えてみたいと思います。

追記 一方で緊急事態宣言やまん延防止措置を適用しつつ、明らかに「3蜜」が起こる
   聖火リレーでオリンピックを盛り上げようする政府やオリンピック組織委員会の
   思想性というか無節操ぶりに呆れるばかりです。これでは、「人の流れを止める」
   という言葉が空しく響き、誰も従おうとは思わないでしょう。


(注1)『東京新聞』デジタル版 2021年3月26日 https://www.tokyo- np.co.jp/article/94041
(注2)『東京新聞』デジタル版 2021年4月7日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/96386
(注3)Yahoo ニュース 3/26(金) 6:37 https://news.yahoo.co.jp/articles/ab908f3e11c44ad366220f8b3e7162d65df79833


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聖火リレーを考える―島根県知事と宮本亜門さんの勇気―

2021-03-30 13:54:53 | 社会
聖火リレーを考える―島根県知事と宮本亜門さんの勇気―


新型ウイルスのまん延が止まりません。

政府は現状を “第四波の恐れ”、とか“第四波にならないように”、と言っていますが、実際には
もうすでに、第四波に入っていると考えるべきだと思います。

もし第四波に入っていることを公式に認めてしまうと、政府が3月8日に発出した緊急事態宣
言を3月21日に“全面解除”したことが間違いであったことを認めることになるからです。

しかし、いち早く解除した大坂府や兵庫県で第三波を上回る勢いで新規感染者が増えています
し、これまでほとんど新規感染を出していなかった愛媛県でも、両府県の知事は第四波に入っ
たと明言しています。

東京でも新規感染者は“微増”から、はっきりと“増加”に転じており、今まで少なかった宮城県や
山形県などは“激増”といってもいいほどの増加ぶりです。

全国を見回してみると、多少の違いはあるものの、全体に新型ウイルスの感染は増えることは
あっても減る兆候はありません。

この理由は、主に3つあると思います。

一つは、感染を抑えきるに緊急事態宣言をかいじょしてしまったこと。

二つは、しかも、緊急事態宣言の対象は飲食店などで、しかも営業時間の短縮(夜8時まで)
の要請(お願い)ベースだったこと。

三つは、今、感染が拡大している変異種の問題を政府は過小評価していること。

こんな状況の中、3月25日、聖火リレーが、福島県第一原子力発電のある双葉町のJヴィレ
ッジをスタートしました。

これは、政府としては、何が何でもオリンピック・パラリンピックを開催する、という強い
姿勢を示したものでした。

私は聖火リレーそのものを否定するわけではありませんが(かといって、やるべきとは全く
思いませんが)、現在の状況の中では、中止すべきだと思います。

ここで“現在の状況”とは、全国的に新型コロナウイルスが拡大していること、しかも、昨年
の12月にイギリスで確認され、日本でもここ数カ月のうちに主流になるとみられているイ
ギリス型が増えていることを指します。

イギリス型ウイルスの特徴は、感染力が従来型ウより40~70%強く、致死率が30%~
100%も高く、さらに、子供にも大人と同様に感染するというイギリス驚異のウイルスで
す。

話を聖火リレーに戻すと、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長は2月2
日、自民党本部の会合に出席し、大会の開催について「新型コロナウイルスがどういう形だ
ろうと必ずやる」と強調した。「やるかやらないかの議論は放っておいて、どうやってやる
かだ」と語りました。

この発言に反応したのは、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんで、翌3日に『「コロナが
どんな形でも開催するんだ」という意味不明な発言をなさっていました』と反発し、聖火リ
レーのランナーを辞退することを発表しました。

田村さんは去年、聖火ランナーとして登録していたことからも分かるように、聖火リレーそ
のものには反対ではありませんでした。

これ以後、理由はいろいろですが、著名人ランナーの辞退が20名を超えています。

しかし、どれほど多くの日本人と海外からの選手やスタッフ、観客が感染し、場合によって
は死者が出るかも知れない状況になっても、オリンピックはやるんだ、という発言は、私も
田村さんと同じように、「意味不明」だと感じました。

この聖火リレーに対して海外の反応は否定的です。

特に、夏季と冬季のオリンピック10大会で総額1兆2700億円を放映権料としてIOCに
払っているアメリカのテレビ会社「NBC」は、聖火リレーに関して、「新型コロナウイルス
の恐怖がある中、東京五輪の聖火リレーが始まったが、これは廃止すべきだ」との見出しで、
との公式見解は重要です。中身を見ると、全く筋の通った見解です(注1)。

    聖火リレーのスタート地点である福島県は東日本大震災で地震に襲われ、原発事故
    が起きているところだ、これは儀式の偽善、危害、不条理を浮き彫りにしているだ
    けでなく、日本が五輪全体を進めるうえでの問題を象徴している。

福島をスタート地点にしたのは「偽善、危害・不条理」と、かなり強烈な批判を述べています。
その上で、理由を述べています。
    聖火リレーは新型ウイルスの流行を悪化させる可能性がある。日本ではワクチン接
    種が進んでおらず五輪が始まるときにワクチン接種が済んでいることはない。五輪
    の主催者は外国人の観客は入国させないと発表したが、何千人ものアスリート、コ
    ーチ、ジャーナリストが入国すると予想されるのにワクチン接種を受ける義務はな
    いと、言っている。

冷静に考えれば、最大のスポンッサーで、アメリカのゴールデンタイムに合わせて競技時間
を設定させるくらいの権限があるNBC(ちなみに、秋ではなく最も過酷で不適切な真夏の五
輪開催を押し通したのもNBCです)の見解には説得力があります。

海外から見たら日本の現状はとうていオリンピックを開催する状況にない、との認識こそが
国際常識なのだと思います。

興味深いのは、この記事を紹介した『東スポ』は、「東京五輪が中止になった場合、米放送
局は甚大な被害を被るはずだが、さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろうか」とコメントし、
NBCの見解に理解を示している点です。

テレビの番組では聖火リレーに反対の意見を持つ人はめったコメンテータに使われないし、
これだけの一大イベントなのに、そもそも聖火リレーやオリンピックを行うべきかどうか、
さえも特集を組んで議論すべき番組がないのも不思議です。

こうした中で、丸山達也島根県知事は、2月17日、島根県は聖火ランナーを中止すると
の見解を発表し、中国地方3県の知事も理解を丸山知事の見解に理解を示しました。

丸山知事は、聖火リレーに巨額な警備費用(6000億円とも見積もられている)をかけ
るより、そのお金で感染症予防に使うべきだ、との考えを明らかにしています。

丸山知事に続いて鳥取県の平井伸治知事も規模を縮小する方向け検討するとの立場を表明
しました。これら県知事の対応も、非常に納得がゆきます。というのも、地方自治体の財
政はただでさえコロナ対策で逼迫しており、そのうえ聖火リレーのためにお金を支出する
のは、県民に申し訳ない、との思いがあるようです。島根県民も知事の方針を支持してい
ます。

政府は、国民の間にオリンピックへの熱が冷めたままなので、聖火リレーを全国に走らせ
れば、消極的な人も関心を持つようになるだろう、との目論見です。

オリンピックの開催は、菅政権にとって、政権浮揚にとって必須のイベントで、いまだに
7割以上の国民が、開催中止か延期という状態ですから、何とか盛り上げようとします。

いわば芸能界の言葉でいえば、聖火リレーはそのための“にぎやかし”のイベントなのです。

原発の被害を大きく受けた双葉町の区間では、また住民はもどっていないのに、駅前のき
れいに舗装され整備された場所を聖火リレーは走りました。

こうした”演出が”にたいして住民の間には、この五輪が果たして「復興五輪」なのか疑問
を抱く人もいたようです(注2)。

いずれにしても、やはり今は、華やかな聖火リレーを行う時期ではないと思います。

オリンピックや聖火リレーに異議を唱えることがタブーであるかのような雰囲気の中で、
先週末の夕方の情報番組に出演した演出家の宮本亜門さんは番組の最後に、何か言うこ
とはありませんか、との司会者の問いかけに、”大炎上することは十分覚悟の上で、言わ
せてください。オリンピックは中止すべきです。」と力を込めて言いました。

本当に勇気のある発言です。日本は、もっと多くの人が、本心を言える社会になって欲し
いと願っています。

(注1)『東スポ』電子版 2001.3.26 12:38
https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/2945577/


(注2)『河北新報』デジタル (Yahoooニュース経由)2021年3月26日
     11:55配信。 https://news.yahoo.co.jp/articles/8a59f0216b6e4f71a6968a6844e88bde5955b0dd 


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