何か変だぞペットブーム―コロナ禍とペットの関係―
最近のペットブームは、どこか違和感があります。
横浜市戸塚区で、体長3.5メートルもあるアミメニシキヘビがカギの外れたケージから
逃げ出し、連日の捕り物にも関わらず、未だに捕獲されていません。
付近の住民にとっては安心して生活できない状況に置かれています。
私たちが驚いたのは、こんなに大きなヘビが個人の家(というよりアパートの部屋)で飼
われていたことです。
このように大きな動物をペットとして飼うこと自体は今に始まったことではありません。
ワニやオオトカゲを飼っている人はこれまでもいました。
ただ、こうした“危険”な動物は、めったに一般の目に触れることがないだけです。
しかし、今回のニシキヘビ“脱走事件”は、コロナ禍で不要な外出を控えるステイホームの
状況下で、突如、近隣住民の日常生活の中に這い出して“野生”の迫力、恐怖を呼び起こし
ました。
人間からすると“脱走”なのですが、狭い空間に閉じ込められていたニシキヘビにとっては
ごく自然な動きです。
人は、手も足もなく、音もなく動くヘビに対して本能的な恐怖を感じる傾向があるようで
す。今回のニシキヘビは見た目にも、恐怖を掻き立てますが、他方、目に見えない超ミク
ロのウイルスにも私たちはおびえています。
一方で巨大なニシキヘビの姿と目に見えないウイルスに恐怖し、他方でステイホームを求
められる人間と、これまで強制的にステイ・ホームさせられてきたニシキへビが自由に動
き回る、という二重の対称的組合わせが実に皮肉な構図です。
ところで、今回のニシキヘビ脱走事件は、改めて私たちの生活に入り込んでいるペットと
いう存在の意味を考えさせました。
これまでペットといえばイヌとネコが代表ですが、最近のテレビなどでは、番組の始まり
の部分でイヌやネコの愛くるしい姿や動きの映像がよく使われていますし、イヌとネコを
特集した番組もあります。
確かに、多くの子犬や子猫の純粋で好奇心に満ちた目は無条件で可愛いし、見ているだけ
で癒されます。
ところが、私は最近のペット事情を知って驚きました。
昔は、犬や猫を飼うという場合、子供が近くで捨てられた子犬や子猫を家に連れ帰ってし
まい、親に頼み込んで飼わせてもらうか、どこかの家で何匹も産まれた子犬や子猫を貰っ
てくる、という形が普通でした。
あるいは、野良犬や野良猫がいつの間にか居ついてしまった例も珍しくありませんでした。
しかし、今は、こんな牧歌的な状況はほとんどあり得ません。今、ペットは「買うもの」
となっています。
しかもペットの値段が驚くほど高騰しているのだそうです。以下に『東京新聞』(2021
年5月16日)の記事を参考に最近の異常なペット事情を見てみましょう。
記者がペットショップを訪れて見た生後3か月のチワワは40万円の値がついており、
人気のトイプードルは80万円を超えていました。
猫も高く、垂れた耳が可愛いらしいスコティッシュフォールドが50万円、人懐っこい
とされるアメリカンショートヘアは約40万円だったという。
ペットショップの店員によれば「二十万円で犬や猫を買える時代はかなり昔に終わりま
した。ペット人気が長年続く間、値段も上がり続けています」という状況だそうです。
ペット流通協会の会長によれば、20年前に3万円ほどだったのが今は10倍の30万
円になっている。
値上がりの最大の要因は取引数の減少で、国の基準が変更され一定数以上の繁殖には届
け出が必要になり、素人が繁殖させられなくなったからだという。
加えて、動物愛護法が2019年に改正され、その柱の一つが飼育数上限の新設でした。
環境省は昨年7月に飼育数上限案を示しました。それによれば繁殖業者の場合、従業員
1人当たり犬の飼育は15匹、猫は25匹まで、販売業者の場合は1人当たり犬20匹、
猫30匹を上限としています。
しかし、これには業界の反対が強く、昨年の12月には繁殖業者の場合犬の上限は25
匹、猫25匹、販売業者の場合、犬30匹、猫40匹でスタートすることになりました。
しかし、繁殖数の上限が決められ、今後さらに減らされる可能性を見越して値段がさら
に上昇するという悪循環が生じているようです。
こうした事情に加えて、コロナ禍のため家で過ごす時間が増え、ペットを飼おうとする
人が増えました。
社団法人ペットフード協会の推計によると昨年(2020年)10月時点で新たに飼わ
れた犬は5万8000匹、猫は6万7000匹増え、過去5年間で最も多かった。
私が驚いたのは、中には100万円を超える例もあったそうで、そんな値段でも店頭に
出したその日に買い手がつくことは珍しくないそうです。こうした高額のペットを購入
するほぼすべての客がローンを組むのが実態だという。
ペットをローンを組んでまで買う、というのは、私の感覚では尋常ではありません。
それでは、こんな高額な値段で買ったペットは、大切に飼われているかというと、飼育
放棄も相変わらず多い。
環境省によれば、自治体の動物愛護センターが引き取った飼い犬や飼い猫は2019年
度の1年間で1万4000匹も達しました。
芦屋市の公益座師団法人「どうぶつ基金」理事長は、「高額のペットを買うのは経済的
に余裕がある人で、『旅行や飲食などでお金を使う機会が減った』『浮いたお金でペッ
トでも』」と飼い始めたように思う、とコメントしています。
上記記者が書いているように、コロナで家にいる時間が増えたからペットを飼い始めた
人が、コロナ後に、今度は仕事が忙しくなり、ペットと過ごす時間がない、と飼育放棄
するようになることが心配だ、とコメントしています。
最近のペットは、子ども時から飼えば10年、15年と生きます。それまで、責任をも
って飼い続ける覚悟がなければ、やはりペットを飼うべきではないと思います。
私の知り合いの年配のご夫婦は最近子犬を飼い始めましたが、事前に自分たちが死んだ
ら息子さん夫婦が引き取って育てる、との確約を取っておいたそうです。
さて、以上に書いたように、現在のペットの高騰の背景には法律的な変更に加えて、コ
ロナ禍でのペットブームという特殊事情があったことは間違いありません。
しかし、ペットの価格上昇は過去20年間くらいの傾向だという前出のペット流通協会
会長の言葉を信ずるなら、コロナによる影響とは別の要因があると背景もあったと考え
るべきでしょう。
私は以前、このブログで「当世ペット考」と題して2019年5月26日(1)、6月
24日(2)、7月3日(3)と3回にわたってペットの問題について書きました。
当時はすでにペットブームは始まっており、その背景として、人びとがペットに「癒し」
と求めるようになっていったことを強調しました。
確かに、それは間違いではないし、今でも人がペットを飼うのは「癒し」を求めている
からです。
問題は、なぜ、人は家族や友人、知人、あるいは趣味ではなくペットに癒しを求めるよ
うになっていったのか、という点です。
これにたいする確実な根拠があるわけではありませんが、私は長期的趨勢として、日本
社会の変質があると思います。
具体的には、地域社会が崩壊したこと、家族関係が以前のように無条件で安らぎを与え
てくれる場ではなくなったこと、そして社会的には貧富の格差が拡大しつつあること、
これらの要因は、全体として人と人との関係性が薄くなっている方向に私たちを追いや
っているような気がします(注1)。
その分を、ペットで埋めようとしてきたのではないか、もっとはっきり言えば、人が精
神的な安定のために、ますますペットに依存するようになってきているのsと思います。
一つの象徴的な例を紹介しましょう。私のゼミ生から聞いた話が非常に象徴的でした。
その学生によると、飼っていた犬が死んでしまったことから、家族がバラバラになって
しまったという。その学生によると、今まで家族を結び付けていたのは、実は犬だった
ということに気が付いたというのです。
これはちょっと極端な例かも知れませんが、私には、今の日本人の生活で、ペットはも
うなくてはならない存在、家族の一員になっているのかもしれません。
(注1)筆者は、この問題については『関係性喪失の時代―壊れてゆく日本と世界―』
(勉誠出版、2005)でくわしく論じている
最近のペットブームは、どこか違和感があります。
横浜市戸塚区で、体長3.5メートルもあるアミメニシキヘビがカギの外れたケージから
逃げ出し、連日の捕り物にも関わらず、未だに捕獲されていません。
付近の住民にとっては安心して生活できない状況に置かれています。
私たちが驚いたのは、こんなに大きなヘビが個人の家(というよりアパートの部屋)で飼
われていたことです。
このように大きな動物をペットとして飼うこと自体は今に始まったことではありません。
ワニやオオトカゲを飼っている人はこれまでもいました。
ただ、こうした“危険”な動物は、めったに一般の目に触れることがないだけです。
しかし、今回のニシキヘビ“脱走事件”は、コロナ禍で不要な外出を控えるステイホームの
状況下で、突如、近隣住民の日常生活の中に這い出して“野生”の迫力、恐怖を呼び起こし
ました。
人間からすると“脱走”なのですが、狭い空間に閉じ込められていたニシキヘビにとっては
ごく自然な動きです。
人は、手も足もなく、音もなく動くヘビに対して本能的な恐怖を感じる傾向があるようで
す。今回のニシキヘビは見た目にも、恐怖を掻き立てますが、他方、目に見えない超ミク
ロのウイルスにも私たちはおびえています。
一方で巨大なニシキヘビの姿と目に見えないウイルスに恐怖し、他方でステイホームを求
められる人間と、これまで強制的にステイ・ホームさせられてきたニシキへビが自由に動
き回る、という二重の対称的組合わせが実に皮肉な構図です。
ところで、今回のニシキヘビ脱走事件は、改めて私たちの生活に入り込んでいるペットと
いう存在の意味を考えさせました。
これまでペットといえばイヌとネコが代表ですが、最近のテレビなどでは、番組の始まり
の部分でイヌやネコの愛くるしい姿や動きの映像がよく使われていますし、イヌとネコを
特集した番組もあります。
確かに、多くの子犬や子猫の純粋で好奇心に満ちた目は無条件で可愛いし、見ているだけ
で癒されます。
ところが、私は最近のペット事情を知って驚きました。
昔は、犬や猫を飼うという場合、子供が近くで捨てられた子犬や子猫を家に連れ帰ってし
まい、親に頼み込んで飼わせてもらうか、どこかの家で何匹も産まれた子犬や子猫を貰っ
てくる、という形が普通でした。
あるいは、野良犬や野良猫がいつの間にか居ついてしまった例も珍しくありませんでした。
しかし、今は、こんな牧歌的な状況はほとんどあり得ません。今、ペットは「買うもの」
となっています。
しかもペットの値段が驚くほど高騰しているのだそうです。以下に『東京新聞』(2021
年5月16日)の記事を参考に最近の異常なペット事情を見てみましょう。
記者がペットショップを訪れて見た生後3か月のチワワは40万円の値がついており、
人気のトイプードルは80万円を超えていました。
猫も高く、垂れた耳が可愛いらしいスコティッシュフォールドが50万円、人懐っこい
とされるアメリカンショートヘアは約40万円だったという。
ペットショップの店員によれば「二十万円で犬や猫を買える時代はかなり昔に終わりま
した。ペット人気が長年続く間、値段も上がり続けています」という状況だそうです。
ペット流通協会の会長によれば、20年前に3万円ほどだったのが今は10倍の30万
円になっている。
値上がりの最大の要因は取引数の減少で、国の基準が変更され一定数以上の繁殖には届
け出が必要になり、素人が繁殖させられなくなったからだという。
加えて、動物愛護法が2019年に改正され、その柱の一つが飼育数上限の新設でした。
環境省は昨年7月に飼育数上限案を示しました。それによれば繁殖業者の場合、従業員
1人当たり犬の飼育は15匹、猫は25匹まで、販売業者の場合は1人当たり犬20匹、
猫30匹を上限としています。
しかし、これには業界の反対が強く、昨年の12月には繁殖業者の場合犬の上限は25
匹、猫25匹、販売業者の場合、犬30匹、猫40匹でスタートすることになりました。
しかし、繁殖数の上限が決められ、今後さらに減らされる可能性を見越して値段がさら
に上昇するという悪循環が生じているようです。
こうした事情に加えて、コロナ禍のため家で過ごす時間が増え、ペットを飼おうとする
人が増えました。
社団法人ペットフード協会の推計によると昨年(2020年)10月時点で新たに飼わ
れた犬は5万8000匹、猫は6万7000匹増え、過去5年間で最も多かった。
私が驚いたのは、中には100万円を超える例もあったそうで、そんな値段でも店頭に
出したその日に買い手がつくことは珍しくないそうです。こうした高額のペットを購入
するほぼすべての客がローンを組むのが実態だという。
ペットをローンを組んでまで買う、というのは、私の感覚では尋常ではありません。
それでは、こんな高額な値段で買ったペットは、大切に飼われているかというと、飼育
放棄も相変わらず多い。
環境省によれば、自治体の動物愛護センターが引き取った飼い犬や飼い猫は2019年
度の1年間で1万4000匹も達しました。
芦屋市の公益座師団法人「どうぶつ基金」理事長は、「高額のペットを買うのは経済的
に余裕がある人で、『旅行や飲食などでお金を使う機会が減った』『浮いたお金でペッ
トでも』」と飼い始めたように思う、とコメントしています。
上記記者が書いているように、コロナで家にいる時間が増えたからペットを飼い始めた
人が、コロナ後に、今度は仕事が忙しくなり、ペットと過ごす時間がない、と飼育放棄
するようになることが心配だ、とコメントしています。
最近のペットは、子ども時から飼えば10年、15年と生きます。それまで、責任をも
って飼い続ける覚悟がなければ、やはりペットを飼うべきではないと思います。
私の知り合いの年配のご夫婦は最近子犬を飼い始めましたが、事前に自分たちが死んだ
ら息子さん夫婦が引き取って育てる、との確約を取っておいたそうです。
さて、以上に書いたように、現在のペットの高騰の背景には法律的な変更に加えて、コ
ロナ禍でのペットブームという特殊事情があったことは間違いありません。
しかし、ペットの価格上昇は過去20年間くらいの傾向だという前出のペット流通協会
会長の言葉を信ずるなら、コロナによる影響とは別の要因があると背景もあったと考え
るべきでしょう。
私は以前、このブログで「当世ペット考」と題して2019年5月26日(1)、6月
24日(2)、7月3日(3)と3回にわたってペットの問題について書きました。
当時はすでにペットブームは始まっており、その背景として、人びとがペットに「癒し」
と求めるようになっていったことを強調しました。
確かに、それは間違いではないし、今でも人がペットを飼うのは「癒し」を求めている
からです。
問題は、なぜ、人は家族や友人、知人、あるいは趣味ではなくペットに癒しを求めるよ
うになっていったのか、という点です。
これにたいする確実な根拠があるわけではありませんが、私は長期的趨勢として、日本
社会の変質があると思います。
具体的には、地域社会が崩壊したこと、家族関係が以前のように無条件で安らぎを与え
てくれる場ではなくなったこと、そして社会的には貧富の格差が拡大しつつあること、
これらの要因は、全体として人と人との関係性が薄くなっている方向に私たちを追いや
っているような気がします(注1)。
その分を、ペットで埋めようとしてきたのではないか、もっとはっきり言えば、人が精
神的な安定のために、ますますペットに依存するようになってきているのsと思います。
一つの象徴的な例を紹介しましょう。私のゼミ生から聞いた話が非常に象徴的でした。
その学生によると、飼っていた犬が死んでしまったことから、家族がバラバラになって
しまったという。その学生によると、今まで家族を結び付けていたのは、実は犬だった
ということに気が付いたというのです。
これはちょっと極端な例かも知れませんが、私には、今の日本人の生活で、ペットはも
うなくてはならない存在、家族の一員になっているのかもしれません。
(注1)筆者は、この問題については『関係性喪失の時代―壊れてゆく日本と世界―』
(勉誠出版、2005)でくわしく論じている