大木昌の雑記帳

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東京五輪の開催―菅首相の理念なきギャンブル―

2021-06-13 15:55:21 | 社会
東京五輪の開催―菅首相の理念なきギャンブル―

6月3日の参議院厚生労働委員会で、政府の分科会の尾身会長は、東京オリンピック・パラリン
ピックについて、「本来は、パンデミックの中で開催するということが普通でない。それを開催
しようとしているわけで、開催するのであれば、政府もオリンピック委員会もかなり厳しい責任
を果たさないと、一般の市民もついてこないのではないか。開催するなら、そういう強い覚悟で
やってもらう必要がある」と強調しました(注1)。

この発言をニュースで見て、“あれっ”と思った人は私も含めて多いのではないでしょうか?

というのも、これまで尾身会長は、政府の言うことを聞く“御用学者”とみなされてきて、菅首相
の会見の際に菅首相が答えに詰まると、“先生の方から何か”というように、振られるたびに政府
を擁護するように助け舟を出してきたからです。

しかし、感染拡大が止まらず、収まったかと思うと再燃することを繰り返してくると、さすがに
「研究者の良心」が目覚めたのかな、と思いました。

菅首相にしてみれば、“飼い犬に手をかまれた”思いではないでしょうか。

政権のある幹部は「彼らが一体何を知っているのか。人の流れや五輪競技について分かるのか」
「現場を知らない作文だ」。感染症対策の専門家らが五輪に関する発信を強めることに、政権幹
部は一様にいら立ちを見せています。

しかし、感染症と医療現場について政権幹部は何を知っているのか、と逆に問いたい。
派閥の後押しがない菅首相にとって、長期政権を目指すなら、何がなんでもオリパラを開催し、
国民の盛り上がりを自分の成果として衆議院総選挙と自民党総裁選に打って出るつもりのよう
です。

もう一つ菅首相が成果としてアピールしようとしているのは、迅速なワクチン接種の拡大です。
確かに、現在は当初より速く接種は進んでいるようですが、考えてみれば、欧米のワクチン争
奪戦は昨年の秋には始まっており、早い国では今年の1月から接種が始まっています。

日本は、この争奪戦に出遅れてしまい、「ワクチン敗戦」とも評されています。世界の動きか
ら周回遅れのワクチン接種です。当初から、ワクチン確保に力を入れておけば、今頃はコ
ロナ対策もオリンピックの環境も全く違っていたでしょう。

この点を政府は素直に認めるべきでしょう。

今、菅首相は、なりふり構わず必死でワクチン接種を加速化させるよう、あらゆる場に圧力を
かけているので、接種は実際かなり進んでいるようです。

しかし「八割おじさん」で有名な西浦博京大教授は6月9日、高齢者のワクチン接種が順調に
進んだとしても、8月初めに再び緊急事態宣言を出すレベルの流行が来るとする最新のシミュ
レーションを公開しました。このデータは同日開催された厚生労働省のアドバイザリーボー
ドでも提示されました(注2)。

“8月始め”と言えば、オリパラ真っ盛りの時期です。

もし菅首相が、このシミュレーションを真摯に受け取るならば、今からでも遅くはありません、
徹底的に規模を縮小するか、中止するかを真剣に考えるべきです。

それにしても、オリパラは日本だけが参加するわけではなく、世界中の国や地域が参加するわ
けですから、WHOはパンデミックと宣言中で解除されておらず、さらに発展途上国において
はワクチンも供給されていない現状でも東京オリンピックを強行するのは、菅首相にどんな理
念があるのでしょうか?

思えば、今回のオリンピックの開催を正当化する理念は「復興オリンピック」から出発しまし
た。その時安倍首相は世界に向かって、福島第一原発から漏れ出る放射性物資を含んだ汚染水
は、湾の中で「アンーダー・コントロール」されている、という真実でないことを世界に向か
って言いました。

しかし今や、政府から「復興五輪」などという言葉は全く出てきません。そして、当の3・11
で被害を受けた東北三県(岩手、宮城、福島)では、「復興五輪」の理念はすかるかすんでし
まい、これに関連したイベントはほぼ消滅しています(『東京新聞』2021年6月13日)。

その後、安倍氏は東京五輪の理念として、「復興五輪」を取り下げ、「人類がコロナに打ち勝
った証として」という文句を掲げるようになった。


これは、安倍政権を途中から引き継いだ菅政権も、しばらく安倍氏の理念を持ち出していたが、
実態は、コロナに打ち勝ったどころか、昨年末から今年の5月まで、激烈な感染拡大が起こり、
春からは金事態宣言が発令されました。まさに「コロナに打ち負けた」証ばかりが目立ってい
ます。

このため、さすがにこのフレーズは使われなくなり、今では「安全、安心な大会を実現するこ
とにより、希望と勇気を世界中にお届けできるもの」という表現に変わってきています。ほと
んど説得力を持たない空疎な言葉です。

しかし、ワクチンを買うお金もなく、練習やオリンピックへの参加そのものさえ危ぶまれてい
る貧しい国の人たちに、どんな希望や勇気をあたえられるというのだろうか?

国会でも、このコロナ禍の中で、なぜ東京五輪を開催するのかと、何度も問われても能面のよ
うに無表情で「国民の命と健康を守る」という言葉を呪文のように繰り返すだけです。

この光景を見ていると、この人には語るべき「理念」などないとしか思えません。

その本心としては、“今は反対していても、いざ始まってしまえば日本国中がオリンピックで
盛り上がるに違いない”、と国民を見下した思いが透けて見えます。

私は、科学的なシミュレーションがオリンピックの最中に感染が拡大することを予測してい
るのに、強行することには重大な問題があると考えています。

これに対して、菅首相はこれまで、オリンピックの開催に関して「安全・安心」という精神
論を繰り返すだけで、その化学的な根拠を示してきていません。

私には、どう考えても西浦氏のシミュレーションの方が説得力をもっていると思われます。

ひょっとしたら、オリンピックを開催してもコロナの感染はそれほどでもないかもしれない
し、その後で感染が激増するかもしれません。それは誰にも確実なことは言えません。

オリンピックの開催は、支持率が低下しつつある菅政権にとって、一つの大きな「賭け」、
あるいはもっと平たく言えば「ギャンブル」です。

しかし政治家は絶対に、国民の命と健康を的(対象)にしたギャンブルを行ってはいけま
せん。

菅首相はおそらく、ワクチン効果もあるので、感染はそれほど問題にならない、と踏んで
いるのでしょう。

あるいは、かつて太平洋戦争の時に、自分は日本の安全な場所にいて、戦況報告をうける
と、“我が方の損害は軽微”といった軍の幹部のように、オリンピックで感染者や死者が多
少出ても、政権幹部は、“損害は軽微”、という言い方で無視するのでしょうか。

自分たちは、満員電車で毎日通勤することも、感染の危険に身をさらうこともなく、食事
も安全な高級レストランや料亭でゆったりと仲間と楽しむことができるかも知れません。

他方、感染が広がれば、それで苦しむ人、亡くなる人がおり、その家族・友人・知人は悲
しみます。また、医療関係者は休むこともできずに過酷な状況に追い込まれます。

菅政権にとっては、こうした人たちの一人一人の人生に思いを馳せるというより、統計数
字で、何人が感染し、重症となり死亡したのか、“損害が軽微かどうか”だけが重要なので
しょう。

一体誰のため、何の為に東京五輪を開催しようとしているのか、と菅政権の理念なき開催
に、スポーツ・ライターの谷口源太郎さんは、怒りをあらわにしています。まったく同感
です(『毎日新聞』2021年6月9日 夕刊)。

ちょっと話はずれますが、私がとても不快で、嫌悪感をもつのは「人流」という、コロナ
禍で突如登場した造語です。

この言葉はおそらく「物流」にたいする意味で考案された行政用語なのかも知れませんが、
そこには為政者が国民を上から目線で、人の動きを「物の流れ」のように冷たく見ている
響きがあります。

なぜ、「人出」とか「人の動き」ではいけないのでしょうか?


(注1)NHK WEB (2021年6月3日) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210603/k10013065271000.html
(注2)『毎日新聞』デジタル 2021年6月9日 https://mainichi.jp/articles/20210609/k00/00m/040/280000c?cx_fm=mailasa&cx_ml=article&cx_mdate=20210610 ;
日経新聞 デジタル(2021年6月10日更新)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA091TH0Z00C21A6000000/
m3.com ニュース 医療維新 (レポート 2021年6月10日 (木) 橋本佳子(m3.com編集長)) https://www.m3.com/news/open/iryoishin/926376


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