大木昌の雑記帳

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少子化の本当の問題(4)―本気度が試される―

2023-04-15 05:23:17 | 社会
少子化の本当の問題(4)―本気度が試される―

1997年から翌98年の1年間にわたって『朝日新聞』に連載された小説『平成三十年』の中で
著者の堺屋太一氏(注1)は、平成三十年(2018年)には出生数が100万人を割るだろうと、
書いています。

連載当時の出生数は約120万人前後であり戦後の第一次ベビーブームの270万人、第二次
ベビーブームの200万人と比べると半減していたが、それでもまだ100万人を優に超えて
いました。

しかし当時はまだ少子化対策を禁忌する空気があり、大蔵省は国の財政への負の影響を心配し、
政治は傍観していました。

2006年夏、堺屋氏は猪口邦子少子化対策相に、「大学内に保育所を増やして学生結婚しやすく
し、両親とも24歳になるまで学費と保育料の全額を奨学金として出せばいい」と大胆な提案を
しましたが、受け入れられませんでした。

これ以降の歴代政権は少子化相を置き、対策に取り組んでいる風を装ってきましたが、改善は
みられませんでした。

そして、彼の予想通り2016年の出生数は100万人を割ってしまいました。彼はそうなった一
因が、若い世代の晩婚化だとみていました。まことに卓見だといえます(注2)。

晩婚化と並んで深刻なのは、前回紹介した立憲民主党の長妻議員が指摘したように、むしろ結
婚そのものの減少こそが問題となっているのに政府は、そこに手を打ってこなかったのです。

そこには、日本においては結婚していることが子供を産む前提となっている点が大きな障害に
なっています。

欧州では法律婚でないカップルからの誕生がかなりの比率を示しています。例えばフランスで
は、生まれる子どもの62.2%(20年)が法律婚でないカップルから誕生しています。一方、日
本では法律婚でないカップルからの誕生はわずか2.4%(20年)です。

このような実態があるので、日本では未婚が増えると直ちに少子化に影響を及ぼす状況になっ
ています。

もし、現政権が、法律婚であろうとなかろうと、子どもは社会の宝、社会全体で差別なく育て
ましょうという姿勢を強く訴えてきたらな、事態は大きく変わったと思います。

しかもその背後にはもう一つの問題があって、岸田首相がはしなくも本音を言ってしまいまし
たが、同性婚やLGBTの家族を認めると、日本の社会が「変わってしまう」という保守的な
政治家が自民党の中核を占めているからです。

日本では、50歳時未婚率(結婚経験が一度もない)を見ると男性で28%、女性で18%(20年
国勢調査)と、50年前に比べて男性16倍、女性5倍と急増しています。男性3人に1人が結婚し
ない社会となっているのです(以下の図参照)。


では、独身者はどのような状態にあるかといえば、日本は先進国の中でも親との同居率がトッ
プクラスです。独身者は男女ともに30代も40代も6割以上が親と同居しています(20年国勢調
査)。いわゆるパラサイトシングルと言われた状態です。

一方、欧米では独身者の親との同居率は男性18%、女性12%と低く、欧米では成人すれば独
立するのが通例でで、同居率は男性が18%、女性が12%にすぎません。

日本では1人暮らしをしようとしても住宅費が非常に高いうえ、非正規雇用が4割を占め、金
銭的な不安が常につきまとうのです。このため、男性では、非正規雇用者の結婚率は正社員
の半分しかありません(17年総務省調査)。親と同居していれば、家賃や家事の負担も少な
くて済みます。

このように考えると、日本では非正規雇用者の賃金が低く、この階層の男女は結婚には積極
てきにならない一因となっており、この事態が改善されないと、結婚→出産という風にはな
かなか進みません。

しかも、このブログの2015年10月16日に掲載した「恋人要らない 結婚したくない」と
いう記事でも書いたように、アンケート調査では、結婚の前の段階で、恋愛さえも積極的で
はない独身男女が予想外に多かったのです(『毎日新聞』2015年6月16日)。

もう少し、詳しく見てみましょう。

内閣府の意識調査(2021年)調査「人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査」
は20歳以上70歳未満の2万人(男女ほぼ同数)を対象に実施しています。

男女の独身者(未婚、死別、離婚)は全体で約38%でした。結婚経験のない独身者のうち
「結婚の意思なし」は女性の場合、20代で14・0%、30代で25・4%、つまり4分の1もい
ました。

20代、30代といえば、まさに出産期です。これほど多くの出産期の女性が「結婚の意
思なし」となれば、将来的に子どもの数が増えることは期待できません(以下の図参照)。



この調査結果を分析した斉藤正美氏(専門は社会学、フェミニズム研究)は言います。
    いま岸田政権が異次元の少子化対策と言っているが、実際には経済対策だと見て
    います。行政はお金を出すけれども、実際に事業を行うのは委託された結婚情報
    産業です。4月に発足する「こども家庭庁」の新年度予算案では、結婚支援とし
    て約2億円をかけて、結婚をテーマにしたテレビ番組の製作や電車内の動画広告
    など、幅広い媒体で結婚の機運醸成がうたわれています。

しかし、結婚を礼賛すればするほど、子供を持つ可能性がない人や、持ちたいと思っても
持てない人、LGBTなど性的少数者で異性との結婚という法制度に入りたくても入れない
人にとっては生き地獄ではないでしょうか、と斎藤さんは危惧しています。

また、子供を持ちたくない、子供を持てない人は、社会から置いてけぼりにされたという
気持ちになるでしょう。自分を責める人もいるでしょう。そういう政策をとるべきではな
いと、指摘しています(注4)。

東京大大学院の赤川学教授(社会学)は、そもそも少子化は悪いことなのか、と問いかけ
ます。というのも、これは子どもを産まない女性の社会進出が進み、一人で生きていける
時代になったということです。

女性にとって、結婚と出産は「オプション」(選択肢のうちの一つ)になったことを挙げ
ています。

これ自体は非常に良いことで、社会に必要な価値観だと考えるならば、出生率が下がった
としても構わないと主張していくべきだと述べています(注5)。私もこれに賛成です。

テレビのある報道番組で以下のような数字が示されました。

出産期の女性人口(25歳~39歳)の動きをみると以下のごとくです。
 2000    2005    2010     2015   2020   2021
1292万人  1295万人  1231万人  1067万人 959万人 711万人
  
2005年から2020年までに26%減少しており、その後の25年間に25%ずつ減少する
(これは決まった未来)。というのは、2021年において0~14才の女性が711万人だから、
25年後の25歳~39歳の女性は711万人に減少してしまいます。

番組では、今後100年は人口は増えない。できることは、そのスピードを少しゆるやか
にすることだけだ、と指摘しています。

河合雅司(人口減少対策総合研究所理事長 現内閣の対策員会のメンバー)は、現実的問
題は出産する女性が激減期に入っており、人口が増えないとすると、今できることは、縮
小した日本でどう社会を組み立てるかを考えることだと、述べています。

また、山田昌弘(中央大学教授 家族社会学)は、まず、ここ30年間、政府は対策をさ
ぼってきた付けが現在の出産期の女性の激減をもたらしたことを指摘しています。

日本社会は2040年には高齢者の多死社会となる一方で、超少子化が同時進行します。
これは、火葬場不足、消費激減、社会保障費上昇、人事不足、労働人口不足、介護難民、
自治体消滅など、社会的機能が満たされない社会になります。

こうなると、 社会は混乱し、若い世代が社会に希望を持てない状況だったら、もっと子
供を産まなくなる。子供がいないことを前提に社会が組み立てられると、ますます子供の
数は減り、人口も減る、という悪循環に陥ることが考えられます(注6)。

私は、少子化の背景には、若者が将来の生活に希望をもてるビジョンを描けないこと、あ
るいは政府や社会がそのようなビジョンを若者に提示できないこと、も少子化の非常に重
要な背景であると考えています。

以上を考えたうえで、それでは、どうしても避けられない少子化=人口減少を何とか食い
止めようとするなら、日本にはどのような選択肢があり得るのか考えてみましょう。

①欧米諸国のように移民を積極的に受け入れる。
②同性婚やLGPTの人たちから成るカップルも含めて、結婚や家族の多様性を社会が認める、
 あるいはそのような空気を政府や社会が一体となって醸成する努力をする。
③上記と同じであるが、事実婚であれ、法律婚であれ、生まれた子どもは社会が責任をもっ
 て育てる財政制度と経済支援を確立する。
④政府も社会も、若者に明るい未来のビジョンを提示する。
⑤若者が子どもを産むことを躊躇する一つの要因は、教育費であることを考えて、ヨーロッ
 パの多くの国で実際に行われているように、幼稚園から大学まで公教育は全て無料とする。
⑥労働者の4割を占める非正規の賃金を上げる。
⑦これまでのようにひたすら経済成長を追い続けることを止めて、社会の全ての仕組みを人
 口に見合った規模に縮小する。
⑧もしこれらすべてが不可能なら、特に少子化対策を講ずることなく、事態の進行をあるがま
まに放置しておく。

以上の選択肢には、政治家や社会の価値観を根底的に転換し、国の資源(財政的資源や人的
資源)の配分を少子化対策に大胆に振り向ける必要があります。

①~⑦はいずれもハードルが高く、簡単にしかも短期間に実現することは不可能かも知れま
せんが、今、日本の政府と国民の少子化を食い止める本気度が試されています。もし、全ての
可能性がむりなら、⑧の衰退の道をあゆむことになります。


(注1)堺屋太一氏は、旧通産官僚で、1998~2000年は経済企画庁長官を務めた。その後大阪万博
    の企画から実施までを担当するなどの事業に腕を振るう一方で、作家としても活躍した。
(注2)『日本経済新聞』電子版(2019/3/11 2:00)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42213140Y9A300C1TCR000/?n_cid=MELMG011
(注3)『毎日新聞 プレミア』(2023年2月21日)
    https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230220/pol/00m/010/005000c
(注4)『毎日新聞』(電子版 2023/3/24 15:00 最終更新 3/24 15:00) https://mainichi.jp/articles/20230322/k00/00m/040/192000c?utm_
    source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20230325
(注5)『毎日新聞』(電子版 2022/1/1 09:00 最終更新 1/1 09:00)https://mainichi.jp/articles/20211230/k00/00m/040/092000c
(注6)TBSBS 『報道1930』(BSTBS 2023年3月31日 )

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