うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む111

2010-05-23 04:51:47 | 日記

その十二 都落ちの心境は<o:p></o:p>

 有楽町はコンクリートの建物だけが蒼い月光に浮び、その間々にはまだ赤い火がチロチロと地上に燃えていた。人気のない月の町が赤あかと燃えているのは、恐ろしい神秘的な光景であった。<o:p></o:p>

 京橋から地下鉄で上野にゆく。上野駅の地下道は依然凄まじい人間の波にひしめいていた。<o:p></o:p>

 汽車にのってから気分が悪くなり、窓から嘔吐した。越後に入るまで、断続的に吐きつづけた。水上温泉のあたり、深山幽谷が蒼い空に浮んで、月明は清澄を極めていたが、苦しくて眠られず、起きていられず、悶々とした車中の一夜を過ごした。<o:p></o:p>

五月二十七日<o:p></o:p>

 久しぶりに日本海の荒涼たる波濤を見る。しかしこれより北へははじめて旅するのである。<o:p></o:p>

 越後寒川附近。人けのない白い砂浜に赤茶けた雑草がそよぎ、汀には太い丸太がころがっているのみ。家の屋根々々には無数の石がのせられ、寂漠とした海とよく映り合っている。裸の子供が三、四人砂浜で遊んでいた。<o:p></o:p>

 或るところでは「西」と白く染めぬいた赤い旗が立っていた。西風の意味であろう。浜には可能の最大限度と思われる位置まで田が作られている。或るところでは、浜で大きな木造船を作っていた。<o:p></o:p>

 列車は庄内平野に入った。田圃は青い畦で巨大な美しい碁盤のようだ。ふいにこの北国の野が憂愁にかげったとおもったら、はげしい驟雨がわたり出した。<o:p></o:p>

 羽前大山駅についた。驟雨は去って日さえさし出した。<o:p></o:p>

 歩いて勇太郎さんの家にゆく。すなわち高須さんの奥さんの実家である。ご両親のおじいさんおばあさんのほかに、奥さん、その妹さんの満ちゃん、満ちゃんの子供男の子二人、それから啓子ちゃんという可愛らしい女学生がいた。これはだれに属する女の子かよくわからない。<o:p></o:p>

 完全に焼け出された顛末、自分がここへ漂白してきたいきさつを報告。<o:p></o:p>

 夕刻、奥さん、勇太郎さんと北大山駅近くの善宝寺という寺にいって見る。<o:p></o:p>

 碧い空に赤松が夕日を受けて燃えるようにかがやき、糸垂桜はまだ咲いていた。五重塔もある美しい大きな寺だ。本堂に入り、廊下の壁に高くかかげられた竜や王昭君の絵や、経机に幾百となく積みあげられた大般若波羅蜜多経や金色の祭壇を見て出る。<o:p></o:p>

 この寺にも東京小岩の学童が疎開していて、この五月に来たそうだ。みんな一生懸命に石段などを掃いていた。<o:p></o:p>

 山門を出て、ひなびた町を帰る。カラタチの垣根に白い花が咲き、赤い椿の花がこぼれ、牛の鳴き声がするといった町だ。家の屋根はほとんど杉皮でふかれ、樽桶製作という看板が目につく。この町は酒と糟漬の名産地だそうだ。鳥海山はなお雪を株って遠く霞んでいたが、雪のため羽黒、月山は見えず。


うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 22

2010-05-22 16:46:19 | ドラマ

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英輔  どうやら間に合った、遅れてすまない清ちゃん。<o:p></o:p>

綾子の母 綾子、昨夜のお方、これはこれは夕べは色々と有難うございました。綾子から聞きました、毎晩綾子に付き添って下さって頂いてたとか、ご親切は一生忘れません。<o:p></o:p>

英輔  (照れる)止して下さいよ、頭を上げて。清ちゃん、邦夫来てないようだな、昨日っからかい?<o:p></o:p>

清子  そうなのよ。(綾子、不安気に英輔を見る)<o:p></o:p>

英輔  そうか、ほかあ心当たり見て来っから、綾ちゃん、心配しなくったっていいんだよ。(そのまま飛び出していく、綾子、心配そうに見送っている)<o:p></o:p>

謙三  英さんも邦夫なんかほっとけばいいんだ、邦夫ってのは昨日上野で会ったと思うけど(清子を指し)これの弟でしてね、気は良いんだがそのう…<o:p></o:p>

よね  あんた…(綾子、目を悲しげに伏せる)<o:p></o:p>

謙三  まあどこにでもある話で……ところで実家の方には連絡は?<o:p></o:p>

綾子の母 はい、昨日電報を打たせて頂きました。<o:p></o:p>

謙三  そうですかい、じゃあ皆さんもお待ちかねだ。<o:p></o:p>

綾子の母 はい、(遠慮がちに)汽車の時間もありますので……<o:p></o:p>

よね  それはそうだ、何時までお引止めしてはいけませんね。綾ちゃん一寸待ってよ。(奥の座敷に行き、何やらごそごそしてたが戻り)はい、綾ちゃん。これあんたから預かった毎日の売り上げだよ。小母さん郵便局に通帳こさえて預けといたんだよ、よく頑張ったよねえほんとにさ、これが判子だよ。<o:p></o:p>

綾子  小母さん、(両手で押し頂く)有難う、お母ちゃん、小母さんがこれを……<o:p></o:p>

綾子の母 何から何まで、もうお礼の言葉もありません。この通りでございます。(深々と頭を畳に擦り付ける)<o:p></o:p>

綾子  小母さん、(何か言い掛けるが躊躇う)<o:p></o:p>

よね  なんだい?<o:p></o:p>

綾子  …手元に僅かな金でも置いておくと物騒だから、小母さんに預かって貰ったほうがいいって、……邦夫さんが……<o:p></o:p>

清子  邦夫の指図なんでしょう、邦夫とは上野からの顔見知りだったんでしょう綾ちゃん。<o:p></o:p>

綾子  (消え入るように)すみません。<o:p></o:p>

清子  謝ることなんかちっともないのよ綾ちゃん、うちのお父ちゃんお母ちゃんなんか、跳んで喜ぶわよ。(二人に)ねえそうでしょう?<o:p></o:p>

とよ  (照れを隠すように)もう時間だってのに邦夫は一体何してんだろうね。<o:p></o:p>

謙三  何が何だか、とにかく喜びが二つ重なったような、そうでもないような……よくわかんねえよ清子。<o:p></o:p>

綾子の母 (きょとんとして)では皆様、この辺でそろそろ……<o:p></o:p>

謙三  そうだ、慌てて行くと碌なことはない。清子、(清子、英輔からの紙袋やみやげ物を手早くまとめ一行に手渡す)<o:p></o:p>

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一行それぞれ身支度して土間に下りる。お互いの家族励まし礼を言い合い外に出る。既<o:p></o:p>

に冬の陽は傾き始め、あたりには夕闇が忍び寄って来ている。それぞれ手を振りさような<o:p></o:p>

ら元気でね、の声が薄暮の道に吸い込まれて行く。謙三たちしばらく一行を見送って立っ<o:p></o:p>

ていたが、やがて店に入りそれぞれ後片付けを始める。三人改めて座敷に上がり、ほっと<o:p></o:p>

した表情で清子の淹れるお茶を飲む。<o:p></o:p>

 その時、足早に英輔が入って来る。座敷に上がり、どかっと胡坐をかく。<o:p></o:p>

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英輔  間に合わなかった……悪かった。邦夫だが、心当たりは隈なく探したんだが……<o:p></o:p>

謙三  何処へ消えちまったんだか、見送りにも来ねえで、まあ英さん、お茶でも。<o:p></o:p>

清子  綾ちゃん心細そうだった。英さん、邦夫たち、やっぱりなによ……<o:p></o:p>

英輔  なによって?<o:p></o:p>

清子  なによって、やっぱり恋仲、恋仲だったのよ二人は。<o:p></o:p>

英輔  うん、それでせめて送らせようと捜し歩いたんだが、今度ばかりは……<o:p></o:p>

よね  何処へ行ったんだか、あの子だってひと目会っておきたかったろうに。<o:p></o:p>

謙三  しょうがねえじゃねえか、いねえもんは!英さんが骨折ってくれてるってえのに、あのバカが。<o:p></o:p>

よね  そこまで言う事ないよあんた、可哀そうじゃないか。<o:p></o:p>

謙三  ……<o:p></o:p>

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その時、激しく表戸を開ける音、邦夫を抱えた伊織が倒れんばかりに這入って来る。皆<o:p></o:p>

驚愕の声を上げ土間に転げ落ちるように寄る。<o:p></o:p>

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よね  邦夫!(意識半ばの邦夫をみんなして座敷に運ぶ)<o:p></o:p>

英輔  卓袱台を端へ寄せるんだ!清ちゃん、バケツに湯だ、小母ちゃん、タオルを有りっ丈出して。小父さん、焼酎だ!伊織さん、座布団並べて、そうだ、そっと横にさせるんだ。(英輔、手際よく邦夫の手当てを始める)<o:p></o:p>

よね  邦夫、しっかりおし!誰が邦夫をこんな目に。<o:p></o:p>

謙三  それは後だ母さん、英さん、傷の具合はどうだね?<o:p></o:p>

英輔  何とも言えないが、小父さん、火鉢にどんどん炭くべるんだ。伊織さん、邦夫を何処から連れて来てくれたんだ。<o:p></o:p>

伊織  そこの屋台で一杯やってたら這うように、それこそ今にも倒れそうに、誰かと寄って見りゃあ、此処の息子じゃないか、泡食って運んだってわけで、とにかくひどくやられている。前島さん、大丈夫かな医者を呼ばなくて?<o:p></o:p>

英輔  それを今調べてんだ。(裸にした体を清子と丁寧に拭きながら)どうやら骨折はしてねえ。<o:p></o:p>

よね  ほんとかい英さん!<o:p></o:p>

謙三  いつかこんな事になると思ってたんだ英さん。<o:p></o:p>

英輔  愚痴は後だ小父さん。<o:p></o:p>

よね  ほんとだよ、痛い思いをしてんのは邦夫なんだよ、そんな事言っちゃ可哀そうだよあんた。22<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む110

2010-05-22 05:20:52 | 日記

その十一 焼跡を行く<o:p></o:p>

まだ津雲邸は燃えているのに、厚生省の前では数台の消防自動車がホースを長々とのばして、後始末にかかっていた。三人、手錠をはめられた男が、警官につれられて歩いていた。火事場泥棒らしい。<o:p></o:p>

 計画的群盗団が横行しているという噂もある。実際あの修羅の火の町の中では、強盗でも強姦でも、やる気になれば何でもやれるかも知れない。<o:p></o:p>

 最高の美と最低の悪が、火炎の中で乱舞する。恐るべき時代である。<o:p></o:p>

 一時間ほど死んだ魚みたいに眠りこけた。<o:p></o:p>

 眼をさましてから、火事場を歩いて見る。<o:p></o:p>

 この一夜に出現した荒野は、まだ煙と残火に燃えくすぶっている。津雲邸はなお巨大な赤い柱のピラミッドを虚空に組み立てていた。電車が数台、半分焼けたまま線路の上に放置され、罹災民がその中に眠っていた。負傷者が担架に乗せられてしきりに通る。炊き出し隊の前には何百人かの人々バケツを持って並んでいる。米屋の焼跡には黒焦げになった豆の山が残り、女子供が餓鬼のようにバケツにすくい入れている。<o:p></o:p>

 下目黒の方へいってみると、二十四日焼け残った部分が、この朝きれいに掃除されたように焼き払われていた。町会はまた焼かれて、さらにどこかへ引越していた。<o:p></o:p>

 電車、バス全く不通である。東海道線も不通だという。帰郷しようと思っていた自分は途方にくれた。<o:p></o:p>

 この高輪螺子は高須さんの知人だから、高須さんはまだいいとして、その下宿人たる自分がいつまでもここにくっついていることは出来ないのである。その高須さんも、ともかく勇太郎さんといっしょに鶴岡近くの奥さんの実家にゆくことにして、自転車で上野駅に切符を買いにゆく。<o:p></o:p>

 夕刻東海道線は品川と鶴見間通じ、大船以西は通じていることが分かった。しかたがない。鶴見と大船のあいだは歩くよりほかはない。<o:p></o:p>

 夕食、みなで酒を飲んでいるうち、いっそ山田君、勇太郎君といっしょに君が山形県へゆかないか、と高須さんがいい出す。切符を買ったものの、高須さんは会社のこともあり、山形県へゆきっぱなしというわけにもゆかないので、東京で新しい住所を求める必要もあり、今夜旅立つのはやはり都合が悪いというのである。で、自分がそちらへゆくことになった。<o:p></o:p>

 但馬へ帰るつもりが羽前へゆくことになってしまった。何がどうなるのか見当がつかない。<o:p></o:p>

 依然電車は不通である。京橋にゆくと地下鉄が通じている。で、自転車二台を借りて、高須さんが自分を乗せ、勇太郎さんがクラちゃんという女工を乗せて、白金台町から京橋まで月下の町を走る。<o:p></o:p>

 至るところ余燼くすぶる廃墟の中を芝公園まで来たら、路上に散乱する物体のため、勇太郎さんの自転車がパンクしてしまった。しかたがないので、ここから高須さんとクラちゃんに帰ってもらい、自分たちは京橋まで歩くことにした。<o:p></o:p>

 まだ酔っ払っていて、歌を歌いながら京橋まで歩く。途中日比谷公園で勇太郎さんは脱糞した。


うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 21

2010-05-21 15:03:47 | ドラマ

よね  やだよあんた!せっかくのお目出度い晩に。<o:p></o:p>

英輔  いや小母ちゃん、小父さんの言う通りだよ。だから俺は邦夫に、綾ちゃんの事想ってんならいい加減にやくざな暮らしから足洗えって、あっ、(言葉に詰まる)<o:p></o:p>

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謙三とよね、愕然とする。清子はお盆を持ったまま目を据える。<o:p></o:p>

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謙三  (落ち着きを戻し)英さん、どさくさに紛れて今ポロっと何かこぼしたね。<o:p></o:p>

英輔  何もこぼしゃしないよ。とにかく俺は帰る。(英輔戸口に走り、清子後を追い表に出る。清子後手で戸を閉める。互いに戸から離れる)<o:p></o:p>

清子  英さん、今の落し物しっかり受け止めたわよ。あたしは気付いてたから別に驚きもしないけど、いつからなの二人は、上野からでしょう?別に英さん隠さなくてもいいのよ、お父ちゃんお母ちゃんそうなる事を願っていたみたいなの。ただ、あたしは英さん綾ちゃんを好きなんじゃないかと……そうなんでしょう?妹みたいに思ってるって言ってるけど……それは嘘でしょう!<o:p></o:p>

英輔  …ばか言っちゃいけないよ、小母ちゃんたちが俺の事そう見てたのは知ってたが、俺は初っから、彼女を妹みてえに思ってお節介焼いてただけだぜ、ただそれだけよ清ちゃん。清ちゃん、二人を幸せにしてやんなきゃな。小母ちゃん喜ぶよな……<o:p></o:p>

清子  英輔さん……<o:p></o:p>

英輔  それと今度の邦夫の事、ジュンの力借りた。礼を言っといてくれ。それから二人の事しっかり頼まれているぜ。はははっ……<o:p></o:p>

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暗転<o:p></o:p>

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(7)<o:p></o:p>

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舞台暗転のまま紗幕が下りている。前面中央にスポットが暗く当たり、うつ伏せに倒れ<o:p></o:p>

ている邦夫を三人の男が竹刀や木刀を手に囲んでいる。椅子が一つ置かれている。二人で邦夫を乱暴に引き起こして椅子に坐らせる。大分痛めつけられたようで、半ば意識がないようだ。男が竹刀の先で額を押して、顔を上げる。<o:p></o:p>

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男一  渋てい野郎だ!いい加減に喋ったらどうだ。何も難しい事訊いてんじゃねえんだ!いいか、おめえのダチと、取引相手のアメリカ兵の名前と連絡先を教えろって言ってるんだ。俺たちが代わりに取引をする、こっちは資金がごまんとあるんだ。がばっと仕込んで儲けは山分けだって、涙が出るほど嬉しい話を持ち掛けてんだ!大概に往生したらどうだ。<o:p></o:p>

男二  おまけに親分は杯を下さるってんだぜ。それだけじゃねえ、おめえの親父の店、駅前の一等地に建てさせてやるって、仏のような事までおっしゃって下すってんだ。<o:p></o:p>

邦夫  (竹刀を払い腫上がった顔で不敵に笑い、唸るように)おめえたちもくでえな、俺はな、アメリカ兵とは手を切ってるんだ。嘘は言ってねえ、横流しからは手を引いたんだよ、闇ルートはもう消えちまってんだ!ざまあ見やがれってんだ、俺を痛めてボロ儲けしょうったってそうは問屋が卸すかってんだ!<o:p></o:p>

男三  この野郎!(竹刀を邦夫の肩口に振るう、邦夫椅子から崩れ落ち仰向け倒れる。晒しの腹巻から紙包みが覗く)<o:p></o:p>

男一  何でえこりゃ(二人寄る)札だ、札束だ。<o:p></o:p>

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邦夫、腕を伸ばすが、力尽きそのまま気を失う。男たちの薄笑いのうちスポットが未練<o:p></o:p>

を残すように消える。紗幕が上がり、浩々たる照明に謙三の店が浮き上がる。座敷で綾子の家族を迎えささやかな歓迎の宴が開かれている。綾子の家族が謙三よねのもてなしに幾度となく頭を下げ、清子がまめに上と下とを行き来している。英輔の姿は見えない、綾子どこか落ち着か無げである。<o:p></o:p>

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謙三  とにかく長い間の苦労も、これで一応報われたって事だ。ご主人が亡くなられたってえのが残念だか、これだって分かりませんよ、お骨が帰ったって訳ではないんでしょうから、シベリヤへ連行されたって事もあるわけだ。そのうち嬉しい知らせが有るかもしれない、希望を持って元気に過ごす事です。<o:p></o:p>

よね  そうですとも、この近所でもそんな話沢山聞いてますよ、お墓まで建てたのにひょっこり戦死した筈の当人が復員して来たなんてね。世の中思い掛けない事が起きるもんですよ。<o:p></o:p>

綾子の母 本当に色々励ましを頂いてお礼の申しようがありません。夕べは綾子からこちら様の並々ならないご親切を夜通しで聞きまして、ただただ頭の下がる思いでございます。こうして親子が無事会えたのも皆様の……本当に有難うございます。(深々と三人揃って頭を下げる)<o:p></o:p>

よね  (手を振り)もうもう、頭を下げるのはそれくらいにして下さいな。あたしたちは、ただただ綾ちゃんの健気さに感心させられてしたまでの事。かえってあたしたちの方が励まされたくらいなんですよお母さん。<o:p></o:p>

綾子の母 そんな、(嬉しそうに微笑む)<o:p></o:p>

謙三  まあまあ、お互い話はその辺りにして、何にもありませんが、遠慮なく食べてやって下さい。(弟に)食べな、おいしいよ。弟さんは幾つにおなりで?<o:p></o:p>

綾子の母 十五になります。この子も綾子とちりぢりになってから、引揚げ船を待つ間、なにかとあたしの支えになってくれました。<o:p></o:p>

謙三  そりゃあ頼もしいや、これからもお母さんの力になるんだね。<o:p></o:p>

弟   はい。親父の分まで頑張ります。

よね  聞いたかいあんた、(手拭を目に当て)邦夫に聞かしてやりたい。<o:p></o:p>

清子  お母ちゃん。<o:p></o:p>

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その時表戸が勢いよく開き、英輔が駆け込んでくる。そのまま座敷に上がり、大きな紙<o:p></o:p>

袋を清子に手渡す。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その九十三 

2010-05-21 05:03:38 | 日記

七十八の誕生日を迎えて<o:p></o:p>

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 今年はすこぶる天候が不順で、その故でしょうか庭の雑草も例年に比べて育ちが悪く?それもまた結構なことでして、割りと骨も折らずに五日ほどで草取りを完了しました。毎朝四時半ごろ庭に出て一時間半ほどの作業でした。かみさんと二人で黙々とはいかず結構お喋りしながらでして、それもまた楽しいものです。<o:p></o:p>

 ちょうど誕生日の朝に終了し、まあまあ眺めて老夫婦の仕事としては上出来の部類と自画自賛といったところです。立ち木の剪定は残っていますが、これは秋口までなんとか格好はついておりますので見合わせます。この庭の手入れいつまで続けられることやら、先行きいささか不安がもたれます。まあ腰を落としての草取りは、今回の出来からみてまだまだいけると自信がつきました。しかし梯子を架けての立ち木の剪定はいささか無理ではないかと思ったりもします。なにしろ足を踏み外しでもしたら、それこそ大ごとであります。そんなことを考えたりしながら朝食を摂りました。<o:p></o:p>

結構なことでして食事は三度三度美味しくいただけます。七時、十二時、七時と食事時間はよほどのことがない限り正確です。朝と昼はかみさんと二人で摂りますので家族に負担はかけませんが、夕食は七時に二人して階下の食堂にまいります。それで時には娘を慌てさせます。支度の遅れている時などお腹空いていないから大丈夫よ、なんて言葉をかけてテレビなど見てたりしますが、二人してお膳のまえにチョコンと座られては娘も気が気でないのではと察したりします。<o:p></o:p>

まあそれはともかく上の孫からメールが入りました。「いつもお家のこと色々やってくれてありがとう。体に気をつけていつまでも元気なじじちゃんでいてね。」<o:p></o:p>

夜は孫たち二人は学校、務めと食事は一緒に出来ないとのことで娘に鮨屋でご馳走になります。まあ、七十八歳の誕生日としてはこんなものでしょう。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 20

2010-05-20 20:49:55 | ドラマ

清子  気の毒絵描いたようねあの奥さん。<o:p></o:p>

謙三  駅から離れているから地回りに脅されまいと、あすこに屋台出したんだそうだが、三日もしねえうちに坂田の子分が誰に断わって屋台を出したと、早速ショバ代取立てに来たそうだよ。<o:p></o:p>

よね  おまけに博打に強引に誘われたり、何時の間にか旦那さん坂田の子分みたいにされちゃってね、今度の選挙じゃ運動員にされ、夜の商売だってえのに朝っから狩り出されて、全く気の毒だよ。奥さん赤ん坊ひっちょって……<o:p></o:p>

謙三  坂田が区会議員とはな、最下位でも議員に変わりはない、何をやり出すやら、この町のお先は真っ暗だ。<o:p></o:p>

清子  でもお父ちゃん、最下位でやっと当選したって事は、ほとんどの町の人は投票してないのよ。子分や坂田の利権に群がってる人や、後は半ば強制されて名前を書かされた人たちだけよ。誰がやくざに区政を預けるもんかって人が大勢いるのよ。<o:p></o:p>

よね  そうだよ、投票所へ行った時、子分が道筋や入り口んとこにうろうろしてたじゃないか、あれが奴らの脅しってんだね。何時までそんな事許されやしないよ。<o:p></o:p>

謙三  そうあって欲しいな……今夜は冷えるなやけに、銭湯へ行って温まって寝るとするかな、母さん行くかい?<o:p></o:p>

よね  今夜は止めとくよ、湯たんぽ入れて布団が暖まったところで寝るとするよ、清子、一緒に入れとくかい。<o:p></o:p>

清子  あたしはいいわよ、若いのよ。<o:p></o:p>

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その時、英輔が凄い勢いで下手から店に飛び込んでくる。<o:p></o:p>

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英輔  おう、みんな起きてたか、驚くんじゃないぞ吉報だ!綾ちゃんの家族が帰って来たぞ、お袋さんと弟二人揃ってだ!<o:p></o:p>

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三人、それぞれ言葉にならぬうめきに近い声を上げて英輔を囲む。<o:p></o:p>

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謙三  こいつは春から縁起がいいや。それで綾ちゃんは?<o:p></o:p>

英輔  まあみんな坐ってくれ、話はそれからだ。邦夫はいないのか、まあいい。<o:p></o:p>

よね  皆さん元気なんだろう?<o:p></o:p>

英輔  元気だ、格好は上野の浮浪者顔負けってところだが、何はさておき元気だ。顔色は進駐軍が振り掛けるDDTで真っ白で定かじゃねえが、とにかく元気だ。<o:p></o:p>

よね  そうかいそうかい、それはなによりだ英さん、ご苦労さんだったね。<o:p></o:p>

英輔  それは綾ちゃんや家族に言ってやる言葉だよ小母ちゃん、家族三人抱き合っちゃって、涙、涙だ……俺、たまらなくなっちゃって、てめえじゃ涙なんかに縁のねえ人間だと思ってたが、だらしがねえ、後から後から涙が溢れてきやがんだよ。<o:p></o:p>

よね  (テーブルに打ち伏し激しく泣く)綾ちゃんの長い苦労がやっと実ったね、あたしゃ嬉しいよ。<o:p></o:p>

清子  英さん、それで皆さん今夜は?<o:p></o:p>

英輔  あらまし俺から綾ちゃんの今をお袋さんに話したんだが、また涙だよ、小母ちゃんたちの事を座り込んじゃって、手合わして感謝してたぜ。そうよ清ちゃん、その事、今夜はとりあえず、都で用意してある引揚者援護会とかがやってる宿泊所に一泊するそうだ。東京都も満更捨てたもんじやねえ。<o:p></o:p>

よね  それで……<o:p></o:p>

謙三  それで何時こっちへ来てくれるんだい。お袋さんたちにご苦労様でしたの一言を言わして貰いてえよ。<o:p></o:p>

清子  それに綾ちゃんの喜んでいる顔が見たいわね、お母ちゃん。<o:p></o:p>

よね  あたしは涙が乾く暇がないよねきっと。<o:p></o:p>

謙三  そんな事改まって断るこたない、いいからずっと泣いてるがいいよ。俺も付き合うぜ。<o:p></o:p>

英輔  まあそんなところだろうな、遠慮しないで泣いておやりよ小母ちゃん。それで綾ちゃんが言うには明日、店の暇んなる午過ぎてから来るってんだ。<o:p></o:p>

よね  なんだい詰まんない遠慮して、早くに来りゃいいのに。<o:p></o:p>

謙三  まあ何だな、夜通し今夜は家族で語り明かすんだろうよ、泣きの涙で。積もる話は際限ねえ筈よ、ゆっくり出て来なさるがいいさ。<o:p></o:p>

清子  明日あたし休むわ、なんか支度しなくてはねお母ちゃん?<o:p></o:p>

英輔  それは俺に任しときな清ちゃん、何か甘いもん集めてくるよ。<o:p></o:p>

清子  そうね、英さんならそこはお手のもんだもんね。そっちの方お願いするわ。<o:p></o:p>

よね  すまないねえ。<o:p></o:p>

英輔  それより邦夫遅いな、来る事になってんだがなあ……<o:p></o:p>

謙三  邦夫はみんなと上野で会ったのかい英さん?<o:p></o:p>

英輔  (歯切れ悪く)ああ、たまたま駅で邦夫と会う事になっててね、後でこっちへ来るからって先別れたんだが、まあそのうちに来るだろう。ところで小父さんも小母ちゃんも、それに清ちゃんもこんな時だが聞いてくれ、邦夫の事だが、PXの横流しの件すっぱりと手を引かしたからね。(みな目を輝かす)<o:p></o:p>

よね  ほんとう?<o:p></o:p>

英輔  多少ゴネたが、甘い顔はしてられねえ、面は張らなかったが脅し半分懇々と言ってやった。邦夫もやっと納得してくれたよ。近々家に落ち着くんじゃないかな、目は当分離せねえが、ははっ、とにかく危ない橋からは手を引いたから安心していいよ。(清子首を傾げている)<o:p></o:p>

謙三  (よねと深々とテーブルに額をつける)すまない、この通りだ。<o:p></o:p>

英輔  小父さんも小母ちゃんも止してくれよ。<o:p></o:p>

よね  あら、こんな所でお茶も淹れないで、上がろうよ。清子、(清子、厨房に立つ)<o:p></o:p>

英輔  いや、ゆっくりもしてられないんだ。だけどよ小父さん、これからも綾ちゃんたちは苦労だぜ、田舎の暮らしも大変だと思うよ。<o:p></o:p>

謙三  (深く肯き)そうだろう、分かってる。綾ちゃんのお父さんだって百姓の次男だろう、百姓の次男三男なんちゃ犬の糞みてえなもんで、たとい土地分けて貰ったからって猫の額だ、食っていくには大変だよ。だから満州まで一家引き連れ渡ったんだ。実家に落ち着くとこなんかねえと思うよ、恐らく長男と嫁さんの時代でな……俺は目に浮かぶんだ英さん、たいして広くもねえ庭の片隅の、雨露凌ぐだけの鶏小屋みてえなあばら家での生活が待ってんじゃねえかと……20<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む109

2010-05-20 04:41:00 | 日記

その十 火との戦い続く<o:p></o:p>

 「水を、水を切らさないように、みながんばって下さあい!<o:p></o:p>

 と警防団が絶叫する。<o:p></o:p>

 もう一息! この声がほとんど明方までくり返された。まったく死力をつくしたという感じだった。ポンプを動かし続けて、自分は頬がげっそり落ちたような気がした。しかし面白いことは面白かった。<o:p></o:p>

 火は或るお寺の境内でくいとめた。火はうしろに回ったが、これも薄明のころ、やっと消し止めた。<o:p></o:p>

 左側は往来に面した家にとりかかっている間に、火は次第に奥へ奥へと回っていって、一時はほとんど収拾のつかない状態になった。しかしこれも朝になって、津雲という代議士の邸宅を最後の犠牲として食い止めてしまった。<o:p></o:p>

 この最後の犠牲は実に豪華版だった。<o:p></o:p>

 自分は夜明けの邸宅街を走って、裏側からこの津雲邸の庭に入り込んだ。<o:p></o:p>

 美しい、広い庭園だ。建物は、尖った屋根やヴェランダや、まるで西洋の中世期の寺院のようだった。それが火の海を背景に、そしてまだ蒼い黎明の空を背景にくっきりと最後の姿を浮かべていた。<o:p></o:p>

 庭にはB29の翼が落ちていた。おそらく厚生省の傍に落ちていた尾翼と同じ機体であろう。その翼の上に、雀みたいに町民どもが並んで、<o:p></o:p>

 「惜しいなあ!<o:p></o:p>

 「助けたいものだがなあ」<o:p></o:p>

 と、口々に嘆声を発していた。しかしみな腕をこまねいているだけで、どうやらこの富めるものの潰滅の光景に、どこか歓喜をおぼえている眼のかがやきでもあった。<o:p></o:p>

 赤い火が、屋根の青い瓦を蛇のようにチロチロとなめはじめた。大邸宅はゴウーと微かに、しかし重々しい、物凄いうなりを立て出した。<o:p></o:p>

 消防隊のホースはもうこの邸の方は放棄して、庭園の樹々を必死に濡らすのにかかっていた。自分は、いまこの燃え始めた邸の一階、二階、三階を一人で駆け回ってみたい衝動を覚えた。<o:p></o:p>

 十人あまりのボロボロの菜っ葉服を着た少年の群が、長い塀に両手をかけて押し倒そうと汗を流していた。<o:p></o:p>

 「チキショーめ、でっかい家を作りやがったなあ!<o:p></o:p>

 など、嘆声をあげている。近くの町工場の少年工であろう。その頭上から、樹々に向けられたホースの水が真っ白な夕立みたいに注ぎかけられた。彼らは濡れ鼠みたいになって奮戦していた。<o:p></o:p>

 津雲邸はついに炎の城になりかかっていた。<o:p></o:p>

 しかし夜はまったく明けたし、まわりは大体鎮火したし、もう延焼のおそれはまずなかった。自分は死ぬほど疲労していた。眼のまわりにクマが出来ているような気がした。この大邸宅の炎上する美観を見たいという芸術的欲望も、今にも倒れそうな睡魔にはかなわなかった。<o:p></o:p>

 恐ろしい混雑の町を帰った。109<o:p></o:p>


うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 19

2010-05-19 15:57:20 | ドラマ

よね  そう決め付けては実も蓋も無いね、邦夫は邦夫なりに目算があるのかないのか、今はただ我武者羅に突っ走っているだけなのさ。あたしたちは直ぐこうだと決めてかかる。いけないよ、もう少し落ち着いて成り行きを見ようよ。<o:p></o:p>

謙三  ばかに母さん悟っちゃったじゃないか。<o:p></o:p>

清子  そうよ、慌てることはないわ、二人して困ればお母ちゃんに相談持ちかけて来るわよ。<o:p></o:p>

よね  そうなったら嬉しいねえ……あんた。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

暗転<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

(6)<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

舞台は紗幕が降り、下手一角にスポットが当たりテーブルに椅子が二脚。英輔とジュンがコーヒーを飲みながら話している。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

英輔  お呼び出しして申し訳ない、お忙しいところ。<o:p></o:p>

ジュン 英さん、堅苦しいハナシカタヤメマショウ。ジュン、英輔とヨビアイマショウ。<o:p></o:p>

英輔  それは有り難い、それのが話が早い。<o:p></o:p>

ジュン お互い、清子のフレンドね、イヤ一寸チガウね、ボクハ清子と目下熱愛中ヨ、英輔ボクノライバルないですよね。<o:p></o:p>

英輔  飛んでもない、幼馴染ってだけだよ安心しなよ。そんな事より今日は邦夫の事で来たんだ、邦夫知ってるよね。<o:p></o:p>

ジュン 邦夫?おう清子の弟、将来のギテイね会ったことない、会いたいデスネ。<o:p></o:p>

英輔  今にいくらでも会わしてやるから、じっくり俺の話聞いてくれ。<o:p></o:p>

ジュン オーケーよ。<o:p></o:p>

英輔  よし、口挟まないで先ずは聞いてくれ、いいな。邦夫は今PXからの横流し物資を、闇市に流す仕事に手を染めているんだ。勿論一人じゃない、相棒、相棒分かるな?邦夫と同じく予科練崩れだ。二人は米兵と組んで段々大胆に規模を広げてんだ。ヤバイんだ、米兵の名前も所属部隊も訊きだして分かっている。ここに書いてある三人、PX勤務で古顔だ。俺はこのルートを断ち切って邦夫をまともな生活に戻したいんだ。これは清ちゃんは勿論、あの家族の願いなんだ。そこでだ、ジュンに頼みたいのはこの三人に、この紙には取引場所や日時が詳しく書いてある、これを突き付けて脅しをかけて貰いたいんだ。<o:p></o:p>

ジュン オドシ……ダケナノ?<o:p></o:p>

英輔  ここんところが肝心なんだ、よく聞いてくれ、検挙されては困るんだ、調べで、邦夫の名前が出れば、彼も挙げられる。そうなると清ちゃんのパパやママが泣く破目になる。ジュンの力でうまく米兵三人を邦夫たちから引き離し、縁を切ってて貰いたいんだ。あくまで邦夫が表に出ないように、そのルートを消して貰いたのさ。<o:p></o:p>

ジュン よーくワカッタ、ボクこう言えばイイネ、三人に、そうそう友達に二世のMPイルヨ、将校ヨ、彼そばにおいて三人呼び出して、モチロン憲兵隊でなくボクノオフィスね、言うね、オマエタチ横流しの証拠コノトオリアル。刑務所イヤナラスグコノコトカラ手をヒケ。さもないと刑務所ダケナイ、軍歴剥奪、不名誉除隊、懲罰労役、銃殺、オドシのこと一杯アルヨ。三人ふるえあがるよ英輔。<o:p></o:p>

英輔  有り難い、分かってくれて。だが銃殺はオーバーだ。<o:p></o:p>

ジュン ソウネ、ソシテ最後に今回はオマエタチの輝かしき軍歴に照らしてオオメニ見て、穏便に内々にスマスとイウコトネ。<o:p></o:p>

英輔  完璧だ。さすがた。しかし、よく俺の気持を察してくれたな。<o:p></o:p>

ジュン よくワカルヨ、マエ言ったダロウ日本人の気持勉強シタ。義理人情気持ネ、<o:p></o:p>

英輔  軽蔑するかい?<o:p></o:p>

ジュン ソンナコトナイ、ソノ気質ネ尊敬スルヨ。<o:p></o:p>

英輔  尊敬?お世辞じゃないのかい。<o:p></o:p>

ジュン トンデモナイ、ボクお世辞と坊主の髪イッタコトナイヨ。<o:p></o:p>

英輔  (苦笑い)参ったな…ジュン(頭を下げ)有難う、恩に着るよ。<o:p></o:p>

ジュン 恩にキルコトナイヨ、邦夫アウトロー抜ければ清子ハッピー、ボク好青年ギテイ出来る。(改まって)コレ取引ナイヨ英輔、ボクタチノ結婚オチカラゾエオネガイイタシマス。ボク除隊ナッタラ花嫁サン連れてカエル、アメリカのパパやママに手紙書いた、トテモ喜んでイマス。<o:p></o:p>

英輔  分かった。その話はこの事が片付いたらゆっくり話に乗るよ。誓うよ。それじや先を急ぐからこれで失礼するよ。<o:p></o:p>

ジュン ソウ、コンバン清子ト勤め終わってからデイトよ、ボクノ一心岩をも通すよ。<o:p></o:p>

英輔  その意気でやっくれジュン。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

スポット消え紗幕上がる。年も新しく代わり、正月飾りの笹が冷たい夜風にかさかさと<o:p></o:p>

寂しげに音をたてている。七草も過ぎ笹の根元の松が色あせて倒れ掛かっている。謙三が最後の客を送り出し、何やら愛想を言って暖簾を下げ店に入って行こうとする。その背中に下手からの女、乳飲み子を背に謙三におずおずと声を掛ける。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

女   すいません、旦那さん。<o:p></o:p>

謙三  (吃驚して振り返る)誰だい?ああ屋台の、どうなすった、寒いから早くお入り。<o:p></o:p>

女   ちょっとお願いが……<o:p></o:p>

謙三  まあ話は中でだ。おい、母さん、屋台のその、かみさんが……<o:p></o:p>

よね  あらどうしたの、ああ、焼酎がご入用なんだね。<o:p></o:p>

女   何時もすいません、必ずお返しに上がりますから……<o:p></o:p>

よね  いいんだよ、都合がついた時返してくれれば、あんた上から出して遣っておくれ。<o:p></o:p>

それより旦那さん今夜は?商売一人なのかい?<o:p></o:p>

女   はい、親分さんの当選祝いで行ってるんです。<o:p></o:p>

謙三  (一升瓶をテーブルに置いて)金一封持ってかい。<o:p></o:p>

女   (消え入るように)はいっ。<o:p></o:p>

謙三  全く、あんたもそうだが旦那も大変だな、なにかと。さっ、屋台からっぽにしちゃいけねえ、早くお行き。(女、焼酎を抱え何度も頭を下げながら帰って行く。清子座敷から下りて来る)19<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む108

2010-05-19 04:07:58 | 日記

その九 風太郎氏奮戦す<o:p></o:p>

 「白金台町には神様がついておる。決して燃えん、神様がついておるぞお」<o:p></o:p>

 たんに激励のためではなく、ほんとうにそう信じているとしか見えない形相だ、と思って見ていると、いきなりこっちをむいて、<o:p></o:p>

 「こらっ、そこの学生、何をぼんやりしとるか、いって手伝わんか」<o:p></o:p>

 と、駆け寄って来た。<o:p></o:p>

 こんな場合にちょっと癪に障ったが、向こうの炎を見て、よし、やってやる、と心に叫んで、二町ばかり宙を駆けた。警官が前に立った。<o:p></o:p>

 「危ないっ、何処へゆく!<o:p></o:p>

 「手伝います!<o:p></o:p>

 「よしっ」<o:p></o:p>

 自分は人々の最前線に飛び出した。<o:p></o:p>

 目黒駅の方角から燃えて来た炎は、次から次へと家を焼きながらこちらに移動してくる。水がない! 水道はどうなっているのか、烈しい警笛をあげながら消防自動車は幾台か走り集まってくるが、みな処置のない様子で、水を出しているのはただ二台だけだ。警防団や市民が、一町以上もの列を作って、遠い家々の用水槽からバケツを手送りに運んで、その消防車へ注ぎ込む。<o:p></o:p>

 その行列の中へ飛び込んだ。<o:p></o:p>

 「水っ」<o:p></o:p>

 「そらっ」<o:p></o:p>

 「何ぼんやりしてる」<o:p></o:p>

 右からくる水のバケツ、左からくる空バケツ、いつのまにか全身濡れ鼠になり、それが火の熱さにすぐ乾いてまた濡れ鼠になる。<o:p></o:p>

 自分は手押しポンプに回った。ゴウ、と火が吹き付けて、火の粉で眼もあけていられないほどになる。思わず一瞬、うしろをむいてうずくまらずにはいられない。しかし、水と火の凄まじい修羅場の中で、必死にポンプを動かしていると、次第に悲壮な英雄的気分になって来た。<o:p></o:p>

 気がつくと、自分と並んでポンプの柄にとりついているのは十七、八の少女であった。火光に映える円い顔は、燃える薔薇のようだった。頭巾の下からはみ出した髪はふり乱され、ふりむいては銀鈴のような声で、「水、水をお願い。」と叫ぶ。まさにジャンヌダルクを思わせる壮烈無比の姿である。<o:p></o:p>

 空にはなお金蛾のような火の粉が渦巻き、水に濡れた路上には火影が荒れている。手前の数軒はなお物凄い勢いで炎をふいているが、その向こうの町はもう焼けつくして、樹や柱や電柱が幾百本の赤い棒となって、闇黒の中にゆらめいている。地獄の風景のようだ。<o:p></o:p>

 あれよあれよしいうまに、火はまた手前の家に移る。みな疲労困憊して、ともすれば水が途絶え、ホースの水が細くなり、折れ、消えてゆく。<o:p></o:p>

 「もう一息だ」<o:p></o:p>

 「もう一がんばり」<o:p></o:p>

 「負けちゃいかん、火に負けちゃいかん!


うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 18

2010-05-18 20:34:25 | ドラマ

よね  焦れったいねっあんたって人は、清子、よくお聞きよ。あたしたちはね、ジュンと付き合ってる事をとやかく言ってるんじゃないよ。その付き合いがどんなものなのか、先行きなんか約束しての付き合いなのか、それが知りたいんだよ。<o:p></o:p>

謙三  アメリカは遠いんだぞって、ここでお父ちゃんは心配するから言うんだった清子…(独り言)また早まったかな。<o:p></o:p>

清子  分かったわ。心配かけてごめん。邦夫の事もあるしあんまり心配かけたくなかったのよ余計な、あたし、結婚申し込まれてんのよ。<o:p></o:p>

謙三  ジュンにか?<o:p></o:p>

よね  当たり前じゃないか、(清子に)余計なだけ余計だね、親は子供の心配するように出来てんだ。やっぱりそうだったんだねお父さん、あんたは反対だよね?<o:p></o:p>

謙三  (慌てる)俺に下駄預けんなよいきなり。賛成だ、反対だなんて簡単に言えるか、アメリカは遠いんだ。<o:p></o:p>

よね  そればっかり、ほかに言う事ないのかいあんた。<o:p></o:p>

謙三  (頭抱えて)困った、何とも言い様がねえ。<o:p></o:p>

よね  それで、返事はしたのかい。<o:p></o:p>

清子  まさか、考えさして貰ってるの。でも……<o:p></o:p>

よね  でもってなんだい?<o:p></o:p>

清子  社長さんからも薦められてんのよ。<o:p></o:p>

謙三  社長さんから?そいつはいいや、社長さんなら国際問題にも詳しいだろうから色々お話を伺ってだな、返事した方が良い。何も慌てるこたないさ。<o:p></o:p>

よね  あんた何聞いてんのよ、社長さんは二人の結婚に賛成で薦めてらっしゃるの!<o:p></o:p>

謙三  そうだよな、社長さんはアメリカが遠いの知ってて薦めてるんだろうか?<o:p></o:p>

よね  (謙三を無視して)それでお前の気持は正直どうなの?<o:p></o:p>

清子  ……まだ思案中。<o:p></o:p>

よね  確率は?<o:p></o:p>

清子  急かせないで、でも……<o:p></o:p>

よね  でもなんだい、<o:p></o:p>

清子  承諾したらお父ちゃんお母ちゃん怒る?<o:p></o:p>

よね  お父さんは反対するだろうね理屈もなく、これは間違いない。お母ちゃんはそんなでもないよ。でも、社長さんのお話をよく聞いてからだね。……お母ちゃん嬉しいよ正直に話してくれて。<o:p></o:p>

清子  当たり前じゃないの。<o:p></o:p>

よね  そうだよね。(手拭を出す)<o:p></o:p>

謙三  (不服そうに)これだ、いつものけ者にして、やんなんちゃうよ。<o:p></o:p>

清子  そんな、のけ者なんて。お父ちゃん有難う。アメリカなんて今の時代そんなに遠くないわよ。<o:p></o:p>

謙三  そうよな、飛行機の時代だからなこれからは。あれっ、なんか変だな。<o:p></o:p>

よね  他愛ないんだから。(清子と顔見合わせ笑う)とにかく邦夫の意見も聞いてみなくちゃね、なんたって跡取りなんだから、頼りないけど意見ぐらい聞いてやんなきゃ。ねえっ。<o:p></o:p>

謙三  そりゃそうだ。<o:p></o:p>

清子  邦夫といえば最近どうなの、まだ懲りずに危ない橋渡るようなことやってるの?<o:p></o:p>

謙三  英さんが時々会って忠告はしてくれてるんだ。素直にきくようなタマじゃない。一度痛い目に遭わなきゃダメかもな。<o:p></o:p>

清子  英さんてばこないだ朝駅で会った時、ジュンの連絡先訊かれたわ。理由は言わなかったけど、邦夫の事かしらね、教えておいたけど。<o:p></o:p>

よね  あたしね清子、こんなこと考えてんだよ最近、邦夫に綾ちゃんが嫁にきてくれたならってね。<o:p></o:p>

清子  お母ちゃん、何言いだすのよ、英さん、綾ちゃんの事想ってんじゃないの?<o:p></o:p>

謙三  (嬉しそうに)それがどうやらそうじゃないらしいんだ。色々探り入れたんだが、英さんはただ妹のように思ってだな、心配してるだけのようなんだ。だから母さんしきりと夢みたいな事言いだしてんだよ。邦夫みてえなやくざ、綾ちゃんなんかが振り向くもんかって、言うんだがな。<o:p></o:p>

清子  (急に何か思い出したように)待ってよ、こないだ邦夫から預かった靴磨く布、綾ちゃんに弟からって渡したとき……綾ちゃん邦夫と会ったことないわよねここで、当然邦夫がここの息子だってことは知らない筈よね。<o:p></o:p>

謙三  それがどうかしたか?<o:p></o:p>

清子  それなのに、待ってよ、まるで好きな人からの贈り物のように、愛しそうに胸に抱いて、頬をほんのり紅く染めてたわ綾ちゃん、いま思うと……待ってよ……<o:p></o:p>

よね  (身を乗り出し)何が言いたいんだい清子は?<o:p></o:p>

清子  待って……<o:p></o:p>

謙三  大分待ってるよ。<o:p></o:p>

よね  あんた黙ってて!<o:p></o:p>

清子  弟からだってのに、なにも弟のことも聞かずに受け取った、当たり前のように。ということ初めてではないのよ布を貰ったの邦夫から、そうよ、二人は綾ちゃんが上野に居るときから知り合ってるのよ。おそらく食事はここでしろって邦夫の指図よ。そうよお母ちゃん。邦夫考えたわね、お父ちゃんお母ちゃんに預ければ安心だって踏んだのよ。邦夫もやるわね、勿論綾ちゃんは邦夫になにも言うなって口止めされてんのよ。邦夫照れ屋だから。<o:p></o:p>

謙三  と言う事はだな……<o:p></o:p>

よね  あんた黙ってて、それじゃ清子、邦夫と綾ちゃんは恋仲とでも……<o:p></o:p>

清子  間違いないわよ。<o:p></o:p>

謙三  ほんとかい?<o:p></o:p>

清子  でもまだ二人は、はっきりとは気持打ち明けあってはいないわね。<o:p></o:p>

謙三  またなんでそんな事お前に分かる。<o:p></o:p>

清子  理屈じゃないわよ、カンよ。<o:p></o:p>

よね  そうかもね。<o:p></o:p>

謙三  そうかもねって落ち着いたいる場合か、そんなら何だって堅気な暮らしをしようとしないんだ邦夫は、誰がやくざな男になびくもんか!真っ当な暮らしをしててこそ、はじめて男は女を迎かい入れる事が許されるんだ。今のままのあいつには綾ちゃんに惚れる資格はねえ!18<o:p></o:p>