うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む176

2010-07-31 05:18:56 | 日記

終戦直後の色々の出来事 4<o:p></o:p>

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…おらも、もうこうなつたら戦闘帽なんかやめて、中折帽にでもまた作り直すかね。いや、ヘンな話になっちゃった。<o:p></o:p>

 ありがてえ。少し気がはれてきたい。ばかばかしいが、そうでも考えなきゃ、気がくさくさしてたまらねえ。それでもシャクに障るなあ。畜生っ」<o:p></o:p>

八月十九日() 晴<o:p></o:p>

 酷暑つづく。<o:p></o:p>

 爆音聞こえ、日本機一機飛ぶ。どこかへビラでも撒くつもりにや。あの姿、あの日本機の姿。千機万機仰ぐは未来いつの日ぞ。<o:p></o:p>

 夕、徳田氏東京より帰る、都民みな呆然、陸軍気海軍機東京上空を乱舞し、軍は降伏せずと盛んにビラを撒きありとのこと。<o:p></o:p>

 マニラにて休戦協定を結ぶため、山下奉文この役を快諾せりという。山下がふつうの意味でこれを「快諾」するはずなし。すべてそっくりかえしておじゃんにするつもりなるべし、そうなったら面白くなるぞ、とみな期待す。<o:p></o:p>

 夜凄まじき雷鳴。青白き閃光きらめきて、轟々たる音につづき、時にどこかに落ちたるこどき音す。電燈消ゆ。ただし雨一滴もふらず。空鳴りにて秋となるや、こおろぎ鳴く。<o:p></o:p>

八月二十日() 晴<o:p></o:p>

 徳田氏ら、寮二階にて松岡を殴る。鼻血ふすまに飛び、腕をつたい、頬鬼灯のごとくふくれあがり、紫色の血管ひたいに浮く。殴らるるものたたみに伏して泣き、殴るものまた声をあげて泣く。<o:p></o:p>

 東京より帰れる友の話。某兵営の一部隊ひるま解散の訓示中、日本機ビラを撒いて過ぐ。部隊解散せず、この夜猛烈なる夜間演習を開始せりと。<o:p></o:p>

 日本人は憐れだ。惨めだ。だれを見ても、だれの顔を見ても、この数日、この感じがしてたまらない。<o:p></o:p>

八月二十一日() 晴<o:p></o:p>

 昨夜十二時まで、首相宮、ラジオにて反覆数回、国民に告げらる。国体維持に政府方策を有す。聖断は絶対なり、国民は静粛に治安を保つべしとの意味なりしがごとし。雑音多くて明らかに聴く能わず。<o:p></o:p>

「敵にしてわが国体を根本より破壊せんとの意図を有するときは再び開戦す。最後の一人まで決起せよ」とでもいわるるにあらずやとみな胸躍らせて待ちしに、絶望悲嘆甚だしきものあり。<o:p></o:p>

 各地の防空陣、敵機来るときはいまだ猛烈に応戦す。東京都内にては各所に貼り出された降伏のニュース、一夜のうちに、はぎとられたりと。またフィリッピンの日本軍は総攻撃を開始せりとの噂あり。<o:p></o:p>

 このありさまにては戦意全国に炎のごとく燃え上がり、不穏の状況いちじるしきものあり、かくて首相宮の悲鳴のごとき御放送となりたるものならん。みな、この分にては面白くなるぞとよろこぶ 


うたのすけの日常 ひとまず川柳

2010-07-30 18:08:08 | 川柳

ひとまず川柳<o:p></o:p>

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消費税 だけが敗因か 首傾ぐ<o:p></o:p>

 

大法螺よ 高速料金 無料化は<o:p></o:p>

 

与野党で 一致する点 ないのかね<o:p></o:p>

 

散々に 言った矛先 自から民<o:p></o:p>

 

髪結いの 亭主より今 代議士ね<o:p></o:p>

 

世間体 世界体をも 考えて<o:p></o:p>

 

歳費切り 定数減らせ 直ぐにでも<o:p></o:p>

 

普天間を 居心地悪しに 追い込んで<o:p></o:p>

 

魂消たあ 金のなる木の 即身仏<o:p></o:p>

 

痛々し 幼児いじめが あと絶たず<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む 番外編

2010-07-30 04:38:51 | 日記

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番外編<o:p></o:p>

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小生の手許に一冊の本があります。<o:p></o:p>

 昨日の風太郎氏の日記の中に、大洋製作のおやじの悲憤一杯の語りが収録されています。その中で日本の処女の防波堤? 国体の護持?についての一節があります。それに関連した本が手許のそれでして、番外として載せてみました。<o:p></o:p>

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 昭和48年7月5日 発行<o:p></o:p>

 「東京都の婦人保護」<o:p></o:p>

編集 東京都民生局婦人部福祉課<o:p></o:p>

発行 東京都広報室都民資料室<o:p></o:p>

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 小生数十年前に、神田の古書展で求めたものと記憶しております。それでは関連部分を抄録してみます。<o:p></o:p>

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 第2 法令通達類<o:p></o:p>

 5 外国軍駐屯地における慰安施設について(昭和20年8月18日 内務省警保局長より庁府県長官宛の無電通牒)
 外国軍駐屯地に於ては別記要領に依り之が慰安施設等設備の要あるも本件取扱に付ては極めて慎重を要するに付特に左記事項留意の上遺憾なきを期せられ度。<o:p></o:p>

1 外国軍の駐屯地区及時季は目下全く予想し得ざるところなれば必ず貴県に駐屯するが如き感を懐き一般に動揺を来さしむが如きことなかるべきこと。

2 駐屯せる場合は急速に開設を要するものなるに付内部的には予め手筈を定め置くこととして外部には絶対に之を漏洩せざること。

3 本件実施に当りて日本人の保護を趣旨とするものなることを理解せしめて地方局をして誤解を生ぜしめざること。

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(別記)

    外国駐屯軍慰安施設等整備要領

1 外国駐屯軍に対する営業行為は一定の区域を限定して従来の取締標準にかかわらず之を許可するものとす。

2 前項の区域は警察署長に於て之を設定するものとし日本人の施設利用は之を禁ずるものとす。

3 警察署長は左の営業に付ては積極的に指導を行い設備の急速充実を図るものとする。

    性的慰安施設

    飲食施設

    娯楽場

4 営業に必要なる婦女子は芸妓、公私娼妓、女給、酌婦、常習密売淫犯者等を優先的に之を充足するものとす。

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  6 R・A・A趣意書 (昭和20年9月)

 畏くも聖断を拝し、茲に連合軍の進駐を見るに至りました。一億の純潔を護り以て国体の護持の大精神に則り、先に当局の命令を受け東京料理飲食業組合、東京待合業組合連合会、東京接待業組合連合会、全国芸妓屋同盟会東京支部連合会、東京都貸座敷組合、東京慰安所連合会、東京連技場組合連盟の所属組合員を以て特殊慰安施設協会を構成致し、関東地区駐屯部隊将士の慰安施設を完備するため計画を進めて参りました。本協会を通じて彼我両国民の意志の疎通を図り、併せて国民外交の円滑なる発展に寄与致しますと共に平和世界建設の一助ともなれば本協会の本懐とするところであります。本協会は右の趣旨に基き、直ちに運営を開始致します所存で御座います故、何卒御賛同の上大いに御出資を賜り、如上使命達成に万全の御支援を御願い致します。

  昭和20年9月

                      特殊慰安施設協会


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む175

2010-07-29 04:33:23 | 日記

終戦直後の色々の出来事 3<o:p></o:p>

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…おら、こうなったらハマにでもいって洗濯屋にでもなろうかと思う。工場やってるときに職人の菜っ葉服が油によごれるもんだから、洗濯の機械を買っておいたんだが、世の中って可笑しなもんだなあ、何がどうなるか分からねえもんだ。あれを使って、やつらのでっけえ服でも洗って、せいぜいふんだくってやらなきゃ気がすまねえ。なに、今すぐやりゃしねえ。今そんなことしたら、日本人の気の短けえ奴にたたっ殺されちまわあ。<o:p></o:p>

 女がこまるって? ミサオを汚されるってのか? そりゃそうだなあ。アメリカ兵ったら、イギリスへいったってその道じゃあばれちらしたんだからなあ。まして負けた日本に来るんだ、うん、そりゃ上陸して船から下りるときに、そのことばっかりかんげえてるにきまってる。……こまったもんだ。<o:p></o:p>

 うんにゃ、こまりゃしねえ。今の日本の淫売どもといったら、何百万いるか知れやしねえ。全日本にみちみちてるってもいい。うちの職人でも、養いもなんにもできねえようなのらくらに、三人も四人もひっついて追っかけ回してるんだから。……米一升ならどうでもなる、なんてのはザラにあらあ。なんしろ日本の女あいま余ってるんだからな。<o:p></o:p>

 けんどおぼこは勿論いけねえ。アメリカ兵のおもちゃにさせるのは勿体ねえ。芸者、女郎、女給なんてえのは、工場なんかに動員されたっててんで駄目だったが、こっちなら本職だ。日本の女あその道にかけちゃ、ちょっと世界に類がねえほどうめえっていうぜ。<o:p></o:p>

 それにあいつらだったら、アメリカ人ってきいたら、いっそううれしがって、首ったまに飛びつくにきまってる。満天下に募集してみろ、たちどころに何十万と集まらあ。なんしろ、飢えて飢えて、足をばたばたさせてるのが多いんだから。何とか特攻隊とでも名づけるかね? ヘッヘッ。<o:p></o:p>

 日本の処女の防波堤? 国体の護持? ご冗談でしょう。あいつらに国体もシャケの頭もあるもんか。またそれでいいんだ。うれしがって、毛唐の鼻毛を数えてりゃあ、それで御国のためになるっていうもんだ。<o:p></o:p>

 しかし、こうなるとちょっとまたこまる。でえてえアメリカなんて女が大きなつらしやがって、男は女の靴紐結ぶなんて可笑しな国だそうだから、そう日本の女に可愛がられると、日本が大好きになって、駐屯が長くなったりしたら困る。司令官がもう帰れなんていっても、おらいやだ、おら日本がいい、おら日本に残りますなんてことになったら一大事だ。どうもいいことばかりはねえなあ。<o:p></o:p>

 なに、産科の医者になって、混血児はみなおろしちまうつもりだって? そんなことより、どうだね。バイドクでも植え付けちゃあ? そんなことは出来ねえもんかね。毛唐どもをみんなバイドク野郎にしちゃあ、負けて勝ったというもんだ。男で負けて女で勝つというもんだ。<o:p></o:p>

こうなると女さまざまだ。うんにゃ、もうそろそろ男の時代がすんで、女の時代が来たのかも知んねえぜ、ほんとうに。……戦争ってものは、どうしたって男の時代だからなあ。思や長い間、女もつれえ目をして来たもんだ。<o:p></o:p>

こうなったら、せいぜいノンビリやるさ。いまさら泣きわめいたってしかたがねえ。俎の上の鯛か鯉か知らねえが、あっさり諦めてニコニコ笑うんだね。…


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む174

2010-07-28 04:26:40 | 日記

終戦直後の色々の出来事 2<o:p></o:p>

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…こんなにあっさり負けていいのら、今まで食うものも食わずに我慢して来やしねえや。ええっ、畜生、シャクに障る。<o:p></o:p>

  特攻隊は何のために死んだんだ。可哀そうなことをしたなあ。いいや、特攻隊とか満州とられるとか、そんな損得いうんじゃねえ。ただ降参するって手はねえ。最後の一人まで戦って、日本が滅んだらそれでいいじゃあねえか。それでこそ勝ったということにならねえか。花々しく全滅したら気持がいいじゃねえか。でえてえ、小せえ奴が大きい野郎と喧嘩するんだ。命をかけねえで何が出来る? 苦しみ方が足りねえよ。まだ苦しみ方が足りねえよ。おらも苦しかったが、こんな苦しみ方で勝てるなんてつゆ思っちゃあいなかった。負けるにしたって勝つにしたって、こんな苦しみ方じゃ薬にも毒にもなりゃしねえ。<o:p></o:p>

  イタリーが前の大戦で寝返った。今度の戦争でまた寝返ってる。いきさつあちがうかも知れねえが、根を正しゃあおんなじこった。つまり弱えんだ。国民が腰抜けなんだって笑ったけか、これじゃこっちもあんまり大きな口は利けやしねえや。こんなことで投げ出すのら、またやったって、また途中いい加減なところで投げ出すにきまってる。案外日本人てこんなもんじぉねえか。ヘンに気がめいっちゃったよ。めいらざるを得ねえってわけだ。<o:p></o:p>

  あのとき天皇陛下は、なぜ最後の一人まで戦えっておっしゃらなかったのかなあ。もってえねえ話だが、おら泣くにゃ泣いたが、やっぱりもう一戦やりたかったなあ。<o:p></o:p>

  親を殺され子を殺され、家を焼かれて、へっ、いまさら毛唐にもみ手をして、へいへいばったの真似ができるもんけえ。これあこのまま納まりっこねえ。騒いだってしかたがねえ。<o:p></o:p>

  しかし、もうこうなったら、どっちにしたって、もう駄目だね。  畜生、畜生、畜生っ、か。へっ。<o:p></o:p>

  愚痴だ。愚痴だなあ。こんなこと、いまさらかんがえたって始まらねえ。頭が悪いんだねえ、日本人は。黄色い猿に毛が生えたようなもんだっていわれたって、これじゃしかたがねえ。ほんとにしかたがねえ。<o:p></o:p>

  おらの時代はもう駄目だ。そら、もう駄目だ。<o:p></o:p>

  ええ、畜生、ヤケだ。こうなったらへいへいしたっていいや。戦争にゃ負けたんだから、もうこうなったら奴らに頭を下げて、それでおらなりの敵を討ってやる。あいつらからふんだくってやる、畜生、いくらでもいい気になりやがれ。こっちは顔じゃあ笑って、腹の中であざ笑ってやる。あいつらあ、まあある意味でお坊ちゃんだからな。シャクに障るが、しかたがねえ。<o:p></o:p>

  これてね、支那もヘンなことになっちゃって、勝った方の仲間に入ったようなあんばいにゃなったが、これから何年かたってみろ、日本人の方がアメリカから可愛がられるにきまってる。支那人ってのあ、汚くって、ずるくって、ネチネチして、どのみちあんまり可愛いたちじゃねえからなあ。それからみると日本人ははまだ可愛いところがあるってわけだあ。そらおれみてえに、へっ、へっ、何、なかなか油断はなりゃしねえんだが。…


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む173

2010-07-27 04:50:15 | 日記

終戦直後の色々の出来事 1<o:p></o:p>

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鈴木、平沼両家に焼打ちをかけし者ありと。馬鹿なり。無念耐えずんば、黙して自分が腹切るべし。いま血を血で洗うの愚を日本に現すべからず。静々粛々、沈痛の中にも一致して結束を固めて敵を迎うべし<o:p></o:p>

 東久邇宮内閣成る。果然近衛公出ず。<o:p></o:p>

 清水に敵上陸せり。名古屋に支那兵上陸し、食糧挑発を開始せり。東京にすでに米兵四万は入りこみありと噂ながる。<o:p></o:p>

 いまだ日本人の頭は八月十五日以前と同じなり。しかも敵上陸の第一歩とともにイヤでもこの頭切替ざるべからず。惨苦は来れり。血の涙を流すべき忍苦の日はいよいよ来れり。<o:p></o:p>

 されど、いかに敏速なる東京人といえども、一昨日までの眼を敵見るやたちまち微笑の眼に変えることは不可能ならん。<o:p></o:p>

 今日飯田駅で兵隊がいままでのごとく特別に切符を買おうとしたら、少女駅員冷然として「兵隊さんはあとですよ」といった由。この話をきける面々、話した男を、なぜその女狐をぶんなぐらざりしと大いに怒る。余りといえば軽薄残忍の女にあらずや。<o:p></o:p>

 一将功成らず万骨枯る。<o:p></o:p>

 松岡なる友あり、大いなる製薬会社の社長の子なり。戦争以来、つねに白米の弁当に卵焼などを食い、いまだ配給物を食べることなしと、十五日夜「今後はアメリカ人と手を握りてゆくが賢明なり。わが会社にては早速化粧品でも作りてアメリカ婦人に売りて儲けん」と澄ましていい、そんなことはできずといいたる友に、冷然として「そういう奴は将来乞食になるより外なし」と笑いしという。<o:p></o:p>

 ききてみな大いに怒り、冗談にせよ、時と場合による。安西、柳沢、加藤らこれを制裁せんと相談しあり。いまさら殴りても始まらずといいかけたるところ、一人「四人のゲンコツでこれが日本のゲンシ爆弾なり」といえるに失笑。<o:p></o:p>

八月十八日() 晴<o:p></o:p>

 軍隊に軽率を戒むる勅語下る。<o:p></o:p>

 一昨日、信濃上空に日本機ビラを撒きて過ぎたりと。ビラには、国を売りたるは重臣なり。われら天皇を擁してなお戦わん。国民よ決起せよとありたりと。<o:p></o:p>

 横浜に三十万の米軍上陸せりとの噂あり。<o:p></o:p>

 大西海軍中将、特攻隊に謝するの遺書を遺し、割腹。<o:p></o:p>

 午後、大洋製作のおやじを訪ぬ、おやじ大いに悲憤す。<o:p></o:p>

「呆れけえってものもいえねえや。一てえ全てえどうしていいんだか見当もつかねえ。ここで投げるって話はねえ。まったくそんなふざけた話はねえ。おら阿南さん可哀そうでなんねえや。こりゃてっきり重臣連中が国い売ったにきまってらい。一方で特攻隊を出しながら一方で敵に色目をつかっていたとあ何てむげえ、恥っさらしな真似をしやがるんだろう。あの野郎どもたたっ殺しちまえ。<o:p></o:p>

 降参したら、急にいくじなく敵の強えことをぬけぬけと宣伝しやがる。醜態ったらねえ。しかしシャクだなあ、何が神州不滅でえ。負けて何が不滅でえ。勝利か、民族滅亡か。なんて生意気なことをぬかしやがって、今度は民族滅亡の怖れがあるから降参する、なんて、何が何だかさっぱりわかりゃしねえ。こちとら人間が簡単だからな。…


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む172

2010-07-26 05:55:29 | 日記

風太郎氏日本再興の策を論ずる<o:p></o:p>

 

学問そのものの発達が大切なのである。学問的な思考法に国民全体が馴れることが必要なのである。

「なぜか?」

 日本人はこういう疑問を起こすことが稀である。まして、

「なぜこうなったのか?」というその経過を分析し、徹底的に探求し、そこから一法則を抽出することなど全然思いつかない。考えて出来ないのではなく、全然そういう考え方に頭脳を向けないのである。一口にいえば、浅薄なのである。上すべりなのである。いい加減なのである。

 吾々は忍苦する。残念ながら忍苦する。

 そして次代の人間を教育しよう。千年後には必ず日本がふたたび偉大な国家になるよう遠大な教育を考えよう。(事の良し悪しはここでは論じません。まさに遠大な日本再興の秘策を弁じる風太郎氏、獅子奮迅といったところであります。敗戦のショック未だ燻ぶる中、かくもエヌルギッシュに筆を振るう姿勢に感服させられます。)

 青年は無限に死んだ。生き残っている青年達もその大部分は戦争に頭脳が空虚になり、また荒廃している。(風太郎氏もその中の一人といえるのではないでしょうか。悲しいかな、軍国教育の被害者、そして戦争犠牲者である。)ほとんど絶えず学んで来た少数の緻密な頭脳こそ新しき日本の唯一の原動力とならねばならぬ。吾々はその重大な責任を銘肝し、またそれを果たすことを天に誓おう。

 われわれは、健康な肉体と冷徹な頭脳を持った子供たちを作ろう。一口でいうと、鋼鉄のように強靭な肉体、鋼鉄のように鮮烈で確固たる頭脳。そして触るれば切れる鋭さを持ちながら、輪になるまでも柔軟に屈し、しかも屈すれば屈すだけそれが潜勢力となって激烈にはねもどる鋼鉄のような不屈の意志力を持った日本人を創造しよう。

 これはいうに易く、行うは実に至難の命題であろう。まして敵の懐柔政策と弾圧の下に行うのはまことに苦難にみちた道程であろう。しかしわれわれは辛抱強くなければならない。そして必ずこれを行いぬかなければならない。

 そういう丈夫な、頭のよい、恐るべき日本人を作りあげて、さてそれからどうするか?

ここに於いて僕は、大きな深い悲しみに打たれずにはいられない。今のところその目的は、ただ敵に対する報復の念のみであるからである。が、日本再興は、もういちど行うべき「悪戦」の後であるにしてもこの一念以外に、いまは何も考えらない。

 甘い、感傷的な、理想的な思考はみずから抑えよう。そしてこの一念のみを深く沈殿させよう。敵が日本に対して苛烈な政策をとることをむしろ歓迎する。敵が寛大に日本を遇し、平和てきに腐敗させかかって来る政策を何よりも怖れる。

 戦いは終った。が、この一日の思いを永遠に銘記せよ!

八月十七日() 晴

 眼醒むるもいまだ信ずる能わず。

 正直にいいて学校にゆく気せず。張り合いなし。

 宮城前にて将校二人割腹せりと。ああ、昨日、今日、死を選びし日本人幾ばくぞ。


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む171

2010-07-25 05:20:02 | 日記

阿南陸相割腹<o:p></o:p>

 

僕達は眼をつむり、眼をあけ、遥かなる未来へ眼を投げるべきである。

すでに大事去った上は、静々粛々、清掃して敵を迎え、驕る敵をして恥ずかしからしめる

ほどの端然また凛然たる態度を持すべきである。いまの激情にかられた花火は、かえって

一般国民の惨状を増大し長引かせるだけである。われわれは敵の駐屯を一日も短くするよ

うに努めなければならない。今一日の隠忍の緒を切れば、将来数年再興の日が遅れること

になるのだ。

 しかし、残念だ。どうして佐竹さんを説得できよう。その気力は自分にない。首を垂れ

黙々として寮に帰る。全寮悉く声のみて、死の家の如し。

 夜ラジオ、阿南陸相の割腹を伝う。遺書に曰く、

「一死以て大罪を謝し奉る。

 神州不滅を確信しつつ。

 大君の深き恵みにあみし身は言ひのこすべき言の葉もなし

 昭和二十年八月十日夜

            陸軍大臣阿南惟幾

 大将よ、御身の魂は千載に生く。

 また敢えて思う。敵より見て戦争犯罪者として処刑さるる怖れある人々、ことごとく先

んじて自決すべしと。

 暗愁の夜、更けてなお思いつづける頭がずきずきと痛んだ。

 事ここに至らしめた原因は何であろうか。大小無数の原因が相より相重なり、いずれ

を大とすることは出来まいが、僕の信ずるところでは、最大の敗因は「科学」である。

 古い日本は滅んだ。富国強兵の日本は消滅した。吾々はすべてを洗い流し、一刻も早く

過去を忘れて、新しい美と正義の日本を築かねばならぬ。こういう考え方は、絶対に禁物

である。

 武力なくして正義が通し得るか。富なくして美が創造し得るか。理想としては出来る。

個人としても可能である。

 しかし国家というものはそこまでまだ発達してはいない。このことは、この十年余の世

界史でわれわれが否が応でも凝視せずにはいられなかった事実ではないか。われわれは、

にがい、憂鬱な感情を以って現実論者にならなければならぬ。

 僕はいいたい。日本はふたたび富国強兵の国家にならなければならない。そのためには

この大戦を骨の髄まで切開し、嫌悪と苦痛を以って、その惨憺たる原因を追究し、噛みし

めなければならぬ。

 全然新しい日本など、考えてもならず、また考えても実現不可能な話であるし、そんな

日本を作ったとしても、一朝事あればたちまち脆く崩壊してしまうだろう。

 苦い過去の追及の中に路が開ける。まず最大の敗因は科学であり、さらに科学教育の不

手際であったことを知る。

 少数の天才教育などは労して効少なきに驚くであろう。日本人全体を科学的頭脳の持主

にしなければならぬ。この科学とは何も物理や化学や機械を指すのではない。いや、さら

に科学そのものにだけ力を入れてみても無駄である。


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む170

2010-07-24 05:38:37 | 日記

検証のこと 8<o:p></o:p>

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アイスキャンデー屋の前には、きょうも雀の大群みたいに子供達が集まって騒いでいた。

赤や黄色の氷の棒をふりまわして、キャッキャッと笑っている。子供達は何も知らない。

いいきかせてやってもわからない。(当時中学一年だった小生も、風太郎氏から見れば、言

い聞かせてやっても分からない一人だったかも知れません。)またいいきかせる気力がない。

それが彼らにわかったときには、彼らはすでに有形無形の鉄鎖の中にある。

 大松座では相変わらず女剣劇の音楽がブカブカ鳴っていた。ここにも不思議な連中がい

る。

 坂を下りかかったが、足が萎えたようでそれ以上歩く元気がなくなった。太陽が眩しす

ぎる。ふらふらと引きかえす。

 佐竹さんの下宿の前を通りかかったら、

 「おうい、元気出せよ!

 という声がして、高い窓から笑った顔がのぞいた。上がれというから上がって見る。

 「戦争はこれからですぜ」

 と言う。じっと顔を見ていたら、

 「どうしてこれが納まりますか。どうせ僕は、親父も姉も祖母も広島でやられちゃいました。女房は、女房は田舎に疎開させていますが、離縁します。これが手紙のやり納めです」

 と、一通の封筒を投げ出した。佐竹さんはもう三十を回ったひとである。

 「一戦やります。必ず一泡吹かせる連中が出て来ますから、それに参加します。山に立て籠もってやるんです。ええ、このままでは絶対やめられませんよ」

 と気焔を上げているところに、佐多が顔を出して、酒は一升とか二升とか話しかける。

どうやら今夜東京庵で闇の酒でも仕入れてヤケ酒を飲むつもりらしい。

 まだ眼が醒めないのか、と思った。今夜こそ、夜を徹しても、なぜ日本は敗れたか、と

いう問題を考えつめるべき夜ではないか。いまさら何のヤケ酒ぞや、と腹が立ったが、日

本人に対する寂しさの念が口をつぐませた。

 佐竹さんの心はよくわかる。分かりすぎるほど分かる。敗けた! 腹の底からそう思った

日本人はおそらくあるまい。みな、りきんだ腕が空を打ったように拍子ぬけしたのだ。

 親を失い子を失い、兄を失い弟を失い、その無念さは骨も凍らんばかりである。で、一

方十万、山に籠って天誅組のごとくのろしをあげる。一発の原子爆弾で空になる。それで

いいんだ。そんなことは覚悟の前だ、ただ日本人の意気地を敵に見せ、後世に伝えるのだ。

また敗れた日本にこれから生きていて何ほどのことがあろう。今の犬死は百年後子孫の胸

に炬火となって甦えるだろう。理屈は一切クソクラエだ。

 彼らはそう思う。無理とは決して思わない。たしかにそういうことも必要だ。僕の気の

進まぬのは、まさしく臆病かも知れない。しかし臆病でも。

 僕達はなるほど大いなる夢は消えたであろう。もはや偉大なことは何も出来ないであろ

う。しかし、百年後のためのひそやかな第一歩を踏み出す者は、生き残ったわれわれを置

いて誰があろうか。二歩進むためにも、百歩進むためにも、最初の一歩は絶対必要だ。い

まの軽挙は、美しいがしかし最後の花火のようなものである。


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む169

2010-07-23 05:25:54 | 日記

検証のこと 7<o:p></o:p>

 

配給制度はどうなるであろうか。一応統制はつづくであろう。恐るべきは食糧問題である。駐屯軍は食い荒らす。現物賠償の中に今秋の収穫物が加えられれば、さなきだに飢餓状態にある現在である。いかなる状態になるか肌に粟の生ずる思いがする。そもそも農民が今までのごとく自ら鼓舞して作物を供出するか否かが疑問である。

 軍隊の復員。徴用工の放出。彼らを受け入れるべき産業も工場もない。

 吾々はどうなるのか?「まず教練がなくなる」といった奴があって、こんな場合にみな笑った。しかし、こうなってはあの鉄砲の感触がむしろ懐かしい。

 わが艦隊はもう生きているこの眼では見られまい。いや、あのカーキ色の軍服すらもう見られなくなるであろう。

 国民学校、中学校は教科書の大改訂から始まるであろう。工科関係の学校もあのポツダム宣言から推せばもはや不必要だとして破壊されるに違いない。医学関係の方はそれに比べると、冷静に考えて最も変動なく存続を認められるであろうが、その内容はドイツ医学からアメリカ医学に移るであろう。

 しかし、われわれの学校は残るとするも、果たしてやる元気があるだろうか。やる張り合いがあるだろうか? また将来医療関係の薬品や機械の製造は日本に自由であろうか?

 天皇はどうなるか、ご退位は必定と見られるが、或いはそれ以上のことも起こるかも知れない。新聞によると最後の御前会議で天皇は「朕は国が焦土と化することを思えば、例え朕の身は如何あろうとも顧みるところではない」と仰せられ、全閣僚が声をあげて慟哭したという。この御一言で、たとえ陛下に万一のことがあれば、連合国側がいかなる態度に出ようと、われわれは小なりとも「昭和神宮」を作る義務がある、と誰かいった。

 しかし、そもそも国体は護持されたとはいっているが、連合国は何も保証してはいないではないか。強引に白ばくられれば、万事休すではないか。

 朝鮮はどうなるか。朝鮮は赤く染まる。ソ連はそのあとどう出るか。背後から日本を刺したにひとしいソ連の行為は日本人として永久に忘れないであろうが、しかし。……

 悲愁を極めた未来の想像談は、いつのまにか蒸すような暑い空気の中にはたと止まって、深い沈黙がつづく。

 雲が光のかたまりとなって動かない。じっと部屋に座ってこんな問答を交わしているのに耐えられなくなって、外に出て見る気になる。

 下に降りると、暗い台所で炊事の老婆が二人、昨日と一昨日と同じように、コツコツと馬鈴薯を刻んでいる。その表情には何の微動もない。……あとできくとこの二人の婆さんは、ひるの天皇の御放送をききつつ、断じて芋を刻むことを止めなかったという。こういう生物が日本に棲息しているとは奇怪である。

 広谷の父母が大連にいることを思い出し、慰めてやろうと町へ出て歩いてゆく。まぶしい太陽が額にジリジリとあたって、眼をひらくことも恥ずかしい。……まだ町にはアメリカ兵も支那兵もいないのに、えたいの知れぬ恥辱感が、おてんとうさまに対する恥ずかしさが、眼を地上に落とさずには置かない。