七月十七日 曇。<o:p></o:p>
ビールの空き瓶を売って、今日の小遣いにするとは平穏な一日になるのでしょうか。<o:p></o:p>
七月二十一日 晴、一雨ほしや。<o:p></o:p>
朝湯のよろしさ、朝蝉のよろしさと感じるそばから猛暑に苦しみます。油蝉熊蝉が鳴き出します。<o:p></o:p>
何でも売れる、窮すれば通じると。一杯代をひねり出します。空き炭俵六枚十八銭、古新聞十六銭、空きびん七銭、合計四十一銭也と。<o:p></o:p>
七月二十五日~二十七日<o:p></o:p>
この三日間は空白にしておくと。自分の修行未熟をみせつけられるばかりだったと嘆く様は、またもや酒の上の失敗でしょうか。いまさら驚くには値しませんが、「私はバカバカバカ、ダメダメ」と恐らく頭を叩いての反省しきりと見ます。<o:p></o:p>
七月二十八日 晴。<o:p></o:p>
身心やや軽快とかで佐野の妹を訪ねます。その費用を、呉郎さんから本三冊借り受けそれを質入してこしらえたと、当たり前の口調です。一時の汽車で大道まで、そこから歩きと言います。<o:p></o:p>
肉縁を懐かしみますが、反面同時にいやらしいと矛盾した心持を妹や甥に対して感じます。それに耐え切れずに引き止められるのを振り切って七時の汽車で帰ります。しかしその後がいけません、小郡で飲んで飲んで飲み潰れます。<o:p></o:p>
七月二十九日 晴。<o:p></o:p>
朝早く河で泳ぎます。これは己の禊と言います。「六根清浄、身心潔白、青天白日」。何のことでしょう不可解であります。<o:p></o:p>
七月三十日 三十一日<o:p></o:p>
「何も書かない、というよりも書けないのである。」何があったのでしょう翌八月一日は渾沌の二文字に終わっています。<o:p></o:p>
八月二日 晴、曇。<o:p></o:p>
沈鬱たへがたし。まさに一刀両断すべしとは、哀れさが滲みます。<o:p></o:p>