うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その247

2009-04-30 06:20:48 | 日記

七月十七日 曇。<o:p></o:p>

ビールの空き瓶を売って、今日の小遣いにするとは平穏な一日になるのでしょうか。<o:p></o:p>

七月二十一日 晴、一雨ほしや。<o:p></o:p>

 朝湯のよろしさ、朝蝉のよろしさと感じるそばから猛暑に苦しみます。油蝉熊蝉が鳴き出します。<o:p></o:p>

 何でも売れる、窮すれば通じると。一杯代をひねり出します。空き炭俵六枚十八銭、古新聞十六銭、空きびん七銭、合計四十一銭也と。<o:p></o:p>

七月二十五日~二十七日<o:p></o:p>

 この三日間は空白にしておくと。自分の修行未熟をみせつけられるばかりだったと嘆く様は、またもや酒の上の失敗でしょうか。いまさら驚くには値しませんが、「私はバカバカバカ、ダメダメ」と恐らく頭を叩いての反省しきりと見ます。<o:p></o:p>

七月二十八日 晴。<o:p></o:p>

身心やや軽快とかで佐野の妹を訪ねます。その費用を、呉郎さんから本三冊借り受けそれを質入してこしらえたと、当たり前の口調です。一時の汽車で大道まで、そこから歩きと言います。<o:p></o:p>

肉縁を懐かしみますが、反面同時にいやらしいと矛盾した心持を妹や甥に対して感じます。それに耐え切れずに引き止められるのを振り切って七時の汽車で帰ります。しかしその後がいけません、小郡で飲んで飲んで飲み潰れます。<o:p></o:p>

七月二十九日 晴。<o:p></o:p>

 朝早く河で泳ぎます。これは己の禊と言います。「六根清浄、身心潔白、青天白日」。何のことでしょう不可解であります。<o:p></o:p>

七月三十日 三十一日<o:p></o:p>

 「何も書かない、というよりも書けないのである。」何があったのでしょう翌八月一日は渾沌の二文字に終わっています。<o:p></o:p>

八月二日 晴、曇。<o:p></o:p>

 沈鬱たへがたし。まさに一刀両断すべしとは、哀れさが滲みます。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 介護保険てなに?

2009-04-29 05:13:45 | 怒り

「介護保険が使えない」<o:p></o:p>

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 NHKのスペシャル番組「介護保険が使えない」をうなされるような気分で観ました。その内容から介護保険の矛盾さに唖然とさせられたわけです。十年前鳴り物入りで発足した制度が、崩壊寸前の形相で牙をむいて迫ってくるのですから息も止まりそうです。発足当時これで子供らに余計な世話をかけないで済むと安心したのですが、糠喜びとはよく言ったものです。<o:p></o:p>

 番組では認知症の夫を車椅子の妻が介護する老夫婦の様子が描かれます。たまには介護から解放されてゆっくりと睡眠をとりたいという妻の願い、それはショートスティという介護制度で叶えられるはずなのに、何ヶ月も先でなければと撥ね付けられてしまうのです。お二人の生きる姿は地獄絵図以外のなにものでもありません。<o:p></o:p>

 母親の介護のため、職を辞めて日夜介護費用と生計のやり繰りに翻弄される六十台の娘さんがいます。その姿には、頭が下がると同時に制度の不備、矛盾、そして後手に廻る改正等、すべてが急を要する事態なのに国の対応は漫然としているとしか言いようがありません。 <o:p></o:p>

要介護度5のお年寄りの介護者が、ある程度の身心のホローをしようと、万全の介護を利用した場合、一割負担で三万八千三百円となり、低額の年金では利用することは到底不可能です。なにしろプラス介護者自身の生活もあり老後の生活も控えているのです。事態は深刻を通り越して悲惨な毎日ということになるのです。<o:p></o:p>

問題はこれだけにはとどまりません。番組ではある大型団地を例にとっていますが、独居老人が著しく増加をし、その人たちの存在を把握する難しさを伝えます。既に認知症を発症している老人がいても、介護保険の理念として本人の意思によって介護が始まるというのです。介護保険の存在も理解できずに苦しむ老人が、多々存在する事実を行政も手をこまねいているわけではありません。しかし人手不足を理由に地域住民の協力を仰がざるを得ないのが実態と言います。<o:p></o:p>

 いずれにいたしましても、この国の介護保険の現状は心細い限りです。<o:p></o:p>

老人は誰しも人の世話にはなるたけ掛からず、あの世に旅立ちたいと考えているのではないでしょうか。あたしとしては元気そのもので床に着き、いい夢を見ながら朝には呼吸が止まっていたなんて、まさに理想的な最後でそれが望みと言えます。<o:p></o:p>

 観終わってかみさんとの会話です。<o:p></o:p>

 「良かったわね、あたし達はお互いの両親を大事なく看送ることが出来て。」<o:p></o:p>

 「何言ってるの、今度はこっちが送られる番だ、娘や孫に迷惑はかけられない。介護保険がこうも頼りなくては、少しでも蓄えを増やしていかなくては地獄を覗くことになる。」<o:p></o:p>

 「今から少ない年金から老後のための貯金ですか、二人とも七十台後半にいるのよ。今更老後の貯金なんて…」<o:p></o:p>

 「まったくだ。落語のオチにもならないな…」<o:p></o:p>

 「しかし今からでも遅くないわ、心入れ替えましょうよ。娘たちの将来は大事にしてやらなくちゃ。」<o:p></o:p>

 「……、」<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その246

2009-04-28 05:52:11 | 日記

七月四日 曇、風吹く。<o:p></o:p>

防空訓練第一日とあります。禁酒、身心清掃に努力と自らに活を入れます。悔恨限りなし、自粛自戒を唱えますが、一向に効果なく、それなら成り行きにまかせて自然体で、自己嫌悪に身を沈めてればよろしいと、口から出掛かりますが、それは余りにも酷い言い方と反省、小生もどうしていいかしどろもどろであります。<o:p></o:p>

七月七日 曇、そして雨。<o:p></o:p>

 今日もまた反省の一日のようです。身心重く、これも自業自得、自滅するしかないと深刻です。当人、わかっているのです。先ずはアルコールを節すべし、禁ずるとはあくまで山頭火は発しないのです。とどのつまりは例の如く、「自己を失わない範囲で酒を楽しむべし。」と結論です。<o:p></o:p>

 文章報国を掲げます。戦時なんですね。「句作一念の覚悟なくては、私は現代に生きていられない」<o:p></o:p>

 支那事変二周年記念日。黙祷、回向とあり、「私も日本人である、日本人なら日本人らしく行動せよ。」漂泊の俳人も戦争の外に身を置くことは、叶わぬといったところでしょうか。<o:p></o:p>

七月九日 晴。<o:p></o:p>

憂鬱やりどころなし、一杯ひっかけて我慢とありますが、山口へ散歩にでかけ、軌道を踏み外しての街頭の悲喜劇は、書くに忍びないと言うほどのもののようであります。<o:p></o:p>

七月十四日 曇、晴。<o:p></o:p>

 沈静。「昨日までの私の生活はあまりに放漫だった、安易すぎた、緊張せよ、精進せよ、喝。」「しきりに旅を思う、山を水を思う」<o:p></o:p>

七月十五日 曇。<o:p></o:p>

 身心平静。湯銭なく散歩、夏の夜明けの快さとは負け惜しみでしょう。無一文、煙草も吸えなくなったと天を仰ぎます山頭火、暑苦しい日であったとくさります。ところがです、Yさん来訪、酒煙草を買ってもらいます。挙句は気持よく酔って歩き廻ったとオチをつけます。<o:p></o:p>

七月十六日 晴。<o:p></o:p>

芒々漠々、真夏の太陽が照りつけ、山頭火は身心の日照であえいでおります。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その245

2009-04-27 06:42:56 | 日記

◎酒は慎むべし、さけを慎めない私はしょっちゅう自分に言い聞かせているけれど、いつもダメになる。<o:p></o:p>

◎酒は悪魔か、否、酒は菩薩か、否、酒は酒である。そして時<o:p></o:p>

として悪魔、時として菩薩、私次第で。……<o:p></o:p>

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六月二十三日 曇、雨。<o:p></o:p>

雷鳴が響きます。ようやく雨となり、田植えが出来ると百姓に代わって喜びます。昨日今日とさすがの山頭火も疲れ果てております。とにかく酒を慎もう、慎まなければならぬと再々ながら肝に銘じております。<o:p></o:p>

夕方にYさんが雨中に来訪とあります。酒と米を買ってくださります。「ありがたし、ありがたし、ほどよく酔うてぐっすり寝た、めでたしめでたし。」とは笑ってしまいます。<o:p></o:p>

六月二十五日 曇、梅雨らしく。<o:p></o:p>

 身心清掃!<o:p></o:p>

 さびしく焼酎一杯、そして入浴、そして散歩。近郊に二三の墓石を見つけます。それには在監中死亡者合葬之墓とあります。山頭火ひさかに回向します。<o:p></o:p>

 窓辺にいろいろなものが来てくれると言います。蝶、蜻蛉、蜂、蜘蛛、雀、百舌鳥、賑やかなことですが蝿と蚊はお断りと抜かりはありません。<o:p></o:p>

六月二十六日 曇。<o:p></o:p>

 山口へ買い物いろいろ。そしてちょいちょいコップ酒です。<o:p></o:p>

 「東漂西泊、おのずから死がおとずれる、そして野の鳥のように一生を終わりたい。」<o:p></o:p>

六月二十九日 曇。<o:p></o:p>

 先日来の飲酒で多少憂鬱のようです。それでもYさん、Mさん来訪とあり、Kへ出かけ、酔っ払ってみじめをさを味わっています。<o:p></o:p>

七月二日 曇。<o:p></o:p>

 自虐、自己嫌悪に陥っています。昨日は自分で自分を持て余すほど、だらしなさを実演しております。…阿呆、馬鹿、…ぼうぼうばくばく…こんとんとして泥沼に嵌っています。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その244

2009-04-26 05:21:30 | 日記

   旧作二首<o:p></o:p>

一杯の茶のあたゝかさ身にしみて<o:p></o:p>

  こころすなほに子を抱いて寝る<o:p></o:p>

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噫、亡き弟よ。<o:p></o:p>

今はたゞ死ぬるばかりと手をあはせ<o:p></o:p>

  山のみどりに見入りたりけむ<o:p></o:p>

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六月十日 曇。「時の記念日」<o:p></o:p>

 徹夜だったと言います。温泉は有難い、身心少し落ち着く。夕方まで友人相次ぎ来訪。千冬君と同道して山口へ出かけます。酔って夜更けて夢中で戻って寝た。とあります。<o:p></o:p>

六月十八日 晴。<o:p></o:p>

 世の中は難しい、うるさいなあと思う。散歩が安全第一、何よりも良い。<o:p></o:p>

六月十九日 晴。<o:p></o:p>

 早起きはいいのですが、とかく口やかましくなるようです。近隣に対して、「父よ母よ、そんなに子を叱るなかれ」と。そして身の回りを片付けます。旅立つ前の用意として、なにやら穏やかではありません。「誰もさびしいのだ、みんな寂しき人々なのだとも時々は思わされるが。」<o:p></o:p>

六月廿日 晴、曇。<o:p></o:p>

 昨日今日は古いゴム長靴を売って支えたとは、「死身の捨て身だ!」とは深刻な状況であります。<o:p></o:p>

六月二十一日 曇<o:p></o:p>

米がなくなった、銭はもとより。腹はへっても食べる物がない、水ばかりがぶがぶ飲むとあります。<o:p></o:p>

Nさんに逢う、ある家で飲む、よかったよかった。<o:p></o:p>

六月二十二日 雨、よい雨。<o:p></o:p>

 ほどよい酔い心地です。銭を少々借りられて程よく食べてぶらぶら歩きます。<o:p></o:p>

◎何よりも米、そして酒である。私のような酒好きでも。


うたのすけの日常 何てえ酷いことを!

2009-04-25 07:17:38 | 怒り

そう易々と同居させるな!<o:p></o:p>

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 またも同居人が絡む幼女虐待事件が起きた。「死亡女児母ら虐待か」の新聞の見出しである。<o:p></o:p>

男が同居人然として母子家庭に入り込み、単独で、或いは母親と一緒になって子供を虐待死させる事件が、各地に頻発している事実をこの母親は知らないのかと不思議でならない。ニュースも見ず、新聞も読まずに世間と没交渉で過ごしているのかと、声を荒げたい。<o:p></o:p>

 母子家庭のお母さんよ、男は選ぶには慎重で用心深くあって欲しい。この世知辛い世の中ですよ、自分の口を充たすのも容易でないのに、なにを好んでこの先いろいろ物入りがあるのが分かっていて、生さぬ仲の子を愛情もって育てようなんて奇特な男、滅多矢鱈に居るもんじゃありませんよ。どうか肝に銘じて欲しい。<o:p></o:p>

 そこでです。よく考えて下さいよ。いっぱしに男の体面を持つ男なら、少なくとも母子を迎えるべき居を構え、親族、少なくとも友人知人を有し、一般常識をわきまえているのが当たり前の姿でしょうよ。それが女の住まいに転がり込んで同居人になるなんて、それこそ最低の男だ。いいですか、そんな男はあなたに一片の愛情もないってことをわきまえるべきなんですよ。あなたを体のいい食いつなぎとしか見てないんですよ。それに言いたくはないが、男と女の関係だけにしか目が向いてないんだ。巧言令色というお誂えの言葉を噛み締めて下さいよ。<o:p></o:p>

 もう一言言わせて貰いたい。あなたは母子家庭であればいろいろの行政の補助を受けているでしょう。男は当面それが狙いと見ますよ。あなたの家に転がり込み、あくまで同居人で押し通してあなた親子の手当てを食いつぶすといった、恥知らずの行動を臆面無くやらかす男たちと熟知するべきです。<o:p></o:p>

 こんな男を親とし、「新しいお父さんにたたかれた」なんて子供に言わせるとは、なんと酷い話か! 子供は親を選べないとはよく言ったもの…です。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 ちょっと言わせて下さい

2009-04-24 08:20:58 | 一言

痛々しい話とバカバカしい話<o:p></o:p>

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 元タレントの女性が自殺しました。幼いとき亡くなった父の墓前での自殺です。傍には意識を失くされた車椅子の母御が残されていたといいます。母を道連れにしようとしたのか、そして瀬戸際に思い止まったのかは不明ですが、暗然とした光景といわざるを得ません。重症の母の看病のためタレント業を罷め、仕事を変えて看病に専念していたといいますが、貧困そして無策といえる日本の福祉、そして介護の問題を如実にあぶりだした事件といえます。   <o:p></o:p>

その原因や経緯はそれぞれの分野で検証分析されていますが、繰り返して放映されるタレント時代の彼女の姿を目にし、無念でなりません。<o:p></o:p>

 彼女の活躍を当時目の当たりに見ており、大いに拍手を送った覚えがあるだけに口惜しい思いが募るのです。<o:p></o:p>

それでこの事件を敢えて要約して言えば、それは斬って捨てるようになりますが、現実に介護を受けている人、介護に専念している人は一様に、明日は吾が身と感じ取ったのではないでしょうか。<o:p></o:p>

介護する人の介護が、有形無形の介護が緊急の課題と考えます。<o:p></o:p>

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人気タレント(男性)が泥酔して深夜の公園で全裸となり、大声を発していたところを公然猥わいせつ容疑で逮捕されました。<o:p></o:p>

近隣の住人の通報で警官が駆けつけたとき、彼は芝生にあぐらをかき、警官の尋問に何故に裸になって悪いかと、抵抗の態度を取ったので逮捕に至ったということらしいのです。<o:p></o:p>

国民的スターということで様々な憶測が飛んでいますが、要は酒癖ですかねえー…。元々酒は好きだったと言われていますが、泥酔がすべてではないでしょうか。恐らく何も憶えてはいないと思います。といって絶対許されることではないことは勿論でありますが、同じ酒好き老人として憐憫の情が湧いてくるのも事実であります。<o:p></o:p>

脱いだ衣服はきちんとたたまれ、財布、携帯電話がその傍に置かれていたようです。律儀な人らしいですね。<o:p></o:p>

 あたしが憐れに、そして彼にとって残念に思うのは、警官が駆けつけたとき、もう少し酒を飲んで泥酔以上の、早い話が昏睡に近い状態になっていれば良かったのではないかと思うのです。そうなれば警官も深夜の公園で公衆の面前でもないわけですから、やさしくそして笑いながら泥酔者保護の手段を取ったのではないでしょうか。ちょっと甘いですかね。

うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その243

2009-04-23 06:00:21 | 日記

「注」 十月二十六日 この日付を最後に、以下白紙二十四枚の空白があり、この時期に其中庵から湯田の風来居に移っている。<o:p></o:p>

 

風来居日記<o:p></o:p>

昭和十四年<o:p></o:p>

「注」 昭和十三年十月、六年間余を過ごした其中庵を去り、<st1:MSNCTYST w:st="on" Address="山口市" AddressList="35:山口県山口市;">山口市</st1:MSNCTYST>湯田温泉にある仮住居を「風来居」と名付けて移り住みます。風来居は賑やかな街中の片隅にあり、若い詩人仲間と飲み、語り、浮かれる毎日であった。<o:p></o:p>

十四年三月三十一日、山頭火は東に向って再び旅たちます。旅の目的は信州伊那に眠る乞食俳人井月の墓を詣でることだった。この旅は五月十三日で終わります。<o:p></o:p>

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昭和十四年五月十九日 晴。<o:p></o:p>

さらりと朝湯によごれを流して。今日はアルコール無しであります。<o:p></o:p>

五月廿日 晴、風、そして曇。<o:p></o:p>

 暑い、暑い、汗、汗、友、友、酒、酒。<o:p></o:p>

五月二十一日 晴れたり曇ったり。<o:p></o:p>

 初夏の朝の爽やかさと言いますが、タバコキキンとぼやきます。<o:p></o:p>

五月二十二日 曇。<o:p></o:p>

「静かに生きて静かに死にたい」。<o:p></o:p>

 山口まで散歩。夜明け近く、ホトトギスの啼き声を耳にします。一声、二声。<o:p></o:p>

五月二十七日 曇。<o:p></o:p>

◎自粛自戒、鞭は自分で持て!<o:p></o:p>

 林芙美子女史の北岸部隊を読んで感動してます。三日ぶりに入浴して御飯を炊くとあります。<o:p></o:p>

五月二十八日 晴曇。<o:p></o:p>

 「重苦しい日であり夜であった」。<o:p></o:p>

五月二十九日~六月九日<o:p></o:p>

 この間ブランク、「それは渾沌とでもいうより外はなかった」。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その242

2009-04-22 05:55:31 | 日記

◎私の外郭はしばしば破れるが、内なる私はなかなか破れない。この点で私は私を堅く持している。<o:p></o:p>

◎だらしがない、これが酔山頭火に対する定評だ。まったくその通り、ほんとうに、だらしがない!<o:p></o:p>

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十月十七日 好晴。神嘗祭、日本晴れです。<o:p></o:p>

澄太君が庵のためになにやかやと、街へ買い物に行ってくれます。今日の庵は物資豊富と感謝です。<o:p></o:p>

澄太君の好意で焼杉下駄二十五銭、家庭用マッチ三十銭、借金一円。<o:p></o:p>

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十月十八日 快晴。<o:p></o:p>

「頭はかるいが胃が重い! 落ち着いて読書、麦と兵隊など。」<o:p></o:p>

午後郵便出しに行き、半月ぶりの入浴をします。途上の酒の一杯二杯が楽しかったと実感がこもります。<o:p></o:p>

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十月十九日 晴。有明の月に起こされた、早すぎるが起きたと、これまた風流そのものあやかりたいものです。「みぞそばの花の野生美、山から小鳥が下りて来た。ひよどりが啼く。百舌鳥の声が秋風と共に鋭くなる。」たまりませんな。「私は万物に感謝する。」と山頭火。
 ポストまで出かけます。途中の一杯を忘れません。帰ってうたた寝、その挙句にのたまいます。「うたた寝は独身の自由を表現している。無産有閑の余得である。」と。<o:p></o:p>

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◎無理のない存在、自然な生死。<o:p></o:p>

◎「麦と兵隊」を読んでの感想です。<o:p></o:p>

記者の目と作者の目 彼らのペンの相違<o:p></o:p>

実感体験の貴さ<o:p></o:p>

水の如く酒の如く、そして<o:p></o:p>

記録文学のこと<o:p></o:p>

戦線制作のこと

うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その四十四

2009-04-21 05:17:42 | 日記

偕楽園と千波湖そしてお祭<o:p></o:p>

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四月二十一日<o:p></o:p>

 日曜日、昨夜から下の孫の友達三人が泊まり込みで遊びに来ています。何かと話し声が賑やかでして、ときたま高音の笑い声が聞こえてまいります。上の孫は昨日ディズニーランドへ行って帰りが遅かったので、寝不足眼で下の居間のソファーでぼうっとしています。<o:p></o:p>

 日曜ですが婿殿も娘も仕事です。今日一日娘たちにわが家は占領される形勢ですので、遠慮なく気侭に騒がしたほうが良いのではないかと、年寄り二人は緊急避難ではありませんが急遽外出と決めました。丁度昨日から偕楽園でつつじ祭りが始まっていますので、全株開花には少し早いといった懸念はありましたが、十時五十分のバスで出かけました。<o:p></o:p>

 ポカポカ陽気に誘われたといいますか、園内はかなりの人出で家族連れが多いとみました。つつじはやはり早めでしたが株により、見事に花を咲かせて目の保養には十分であります。<o:p></o:p>

 園を出て千波湖に向います。湖畔もかなりの人出でして湖上にはスワン型のボートが遊弋しています。みな楽しそうであります。偕楽園から千波湖を約半周しますとかなりの距離になりまして、いささか足が硬直してきて、歩幅も狭まり息が上がってきます。その点かみさんは毎朝のウォーキングを欠かさず行っていますので、余裕しゃくしゃくです。<o:p></o:p>

 小生としては一時近くなっていますので、とにかく駅ビルに辿り着いて生をぐうっとやるのを楽しみに歩きました。駅前では偶然東照宮の例大祭にぶつかり、神輿やお囃子に疲れも瞬時に消えてしまいました。言うこと無しの一日でした。

 

 

 

 

 

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