うたのすけの日常

日々の単なる日記等

ステーション物語 再録

2015-04-02 05:25:57 | 物語

うたのすけの日常 ステーション物語 終回

2007-07-17 05:40:19 | 物語

ステーション物語 七話

 

 下り最終電車が間もなく到着の時間です。駅の長い一日もようやく終わりの幕が降ろされるわけです。なんの事故も無く平穏裡のうちに。しかし好事魔多しとは世の習いといいます。一人の男が人混みの階段をふらつく足で降りて参ります。白髪の混じる頭が、がっくりと落とした肩の揺れが哀愁を漂わせております。しかしふらつく足元は危険は危険、駅員が一人今日最後のお勤め安全管理と、眦(まなじり)ぴしっと決めて駆けつけます。そして腕をかかえてホームに誘導しました。

「お客様、危険ですからあまりお歩きにならいようにお願い致します。ここで動かず最終電車をお待ち下さい」「おう、若いの、ご親切に。だが俺は酔ってなんかいないぞ、現にこうしてちゃんと立ってるぞ」客は足元をふらつかせながら言います。駅員は努めて穏やかに、にこやかに応対します。「酔ってるお客様は皆さんそうおっしゃいます。ご自分では酔ってないと言われても、その足付きはいけません。この場にちゃんと電車が来るまでおとなしくしていて下さい」客はふらつきながらも胸を張ります。「なあんだあ、ひとを子ども扱いすんな、おれは幼稚園の園児じゃないぞ」駅員もめげません。「いえ、そんなつもりでは、お客様の無事なお帰りをお家族の皆様は願っておりますよ」「おうっ、洒落た物言いするじゃないか、俺を拘束するのか、腕を放せ!」「違いますよ。お客様の安全を願ってのことです」「ほほほうっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。これもJRとしてのサービスの一環か」「いえ、これはサービス以前の問題でして、ヒューマニズムの発露です」今度は駅員が胸を張ります。「なにっ、やたら横文字並べるな。若いの、名前なんていうんだ?ううん?水戸…か、仰々しく名札ぶら下げて」「いけませんか?これはJRの社員としてひとりひとりが責任の所在を明らかにして、お客様に接するという証しであります」「またまた言う。それが気に入らん。JRになってからやたらみんな名前を名乗るが、その名札もそうよ。ハッキリ言ってどうも胡散臭い。こっちが名前を知りたくなるようなサービスしろってえの」「ごもっともです」

 駅員いささか持て余し気味です。「ごもっともです、なんてわかってんの、乗客にサービスするというなら検札なんか止めたらどうだ。あれは取り調べってもんだろう」「取調べなんて飛んでもありません。ご乗車して頂く代価をお客様に公平にご負担頂くのがモットーでして、他意はございません」乗客はなおも矛先を緩めません。どうも駅員とのやりとりを楽しんでいる気配もなくはないようです。「他意はございません。小難しいこと並べてマニアルに書いてあるのか」「そんなマニアルはありません。当然のことでして限りなきサービスの根源であります」「言ってくれるよなあ」乗客はいささか疲れてきたようです。「それからお客様、検札ではなく改札と申します」「わかった、わかった。分かりました。君は偉い!この酔っ払いにめげずに応対する。なかなか出来ないよ。親御さんのお顔を拝見したいもんだ」駅員は溜め息を吐きます「上げたり下げたり」

 

 「一件落着」

乗客は一言残して歩き出そうします。慌てて駅員は羽交い絞めするように元の位置にもどします。乗客は酔いも醒めたのか、それとも疲れたのか、今度は逆らわずにおとなしく顔に笑みさえ浮かべてます。しかしどこか寂しそうです。

「駅員さん、もうそろそろ電車来るね」「二分で参ります」乗客は言葉を繋ぎます。

「俺も六十の定年前にしてリストラで退職だ。サラリーマン最後の日にあんたのような若者に逢えたってことは、何事にも替えがたい貴重な経験だよ。天からの贈り物だ。繰り返して言わせて頂きますよ、貴重な夜でした」駅員ははにかみます「大袈裟なお客様、でも最前からのお言葉無駄には致しません。僕にとっても貴重な夜でした」「はははっ、嬉しいこと言ってくれるね」

 ひと際高く警笛を鳴らしながら最終電車が到着します。かの客は最後に車上の人となり、駅員に深々と頭を下げています。駅員はなにごとも無かったようにホームに気を配り、車掌に合図を送ります。発車のベルが今夜ばかりはなぜか物悲しさ中にも爽やかさを滲ませ、ホームの屋根を震わせながら、夜空にやさしく溶け込んでいきます。


ステーション物語 再録

2015-04-01 00:53:06 | 物語

2007-07-11 06:07:01 | 物語

ステーション物語 第六話

 

ホームに電車が到着しては発車していきます。そしてそのあと前と同じように、秩序正しい列が作られていき、そして一つの乗車口に中年の男性が二人並びます。朴訥な感じでどこかとなく素朴な地方の匂いが漂います。恐らく農村からの出稼ぎの人でしょう。男の一人が口火を切り、相手が答えて話が弾みます。

「おい、おっかあから便りあっか」「ああ、こないだあったわ」「なんて?」相手は嬉しそうに答えてます。「本家の跡取りにやっとこさ嫁が決まったとさ」「ほほうっ、そいつは目出てえな、どっからだ、フィリッピンじゃあんめえ」「うん、違う。村にも二人ばかフィリッピンの嫁っこいるが、よく働くもんな。でも違う。詳しいことは書いてなかった」伺うように男が聞きました「町のおなごじゃあんめい?」「そうじゃねえ」「倅に嫁が来ねえのは不憫なこったが、町からきた嫁さんに泣かされてる農家もあるって。だって農家の嫁が土で手が汚れるの嫌だと言うんじゃ、こりゃ泣かされるわな。そんな嫁なら来ねえ方がいいしな。でも倅が不憫なことには違えねえし…」相手は苛立ちます。「町からじゃねえってばさ」「わかってる、わかってるって。そいじゃ仕事じめえのめいに、一度帰えなんきゃあんめいな。おらとこと関わりあんだら、おらも式さ出なきゃなんねえし、一緒さ帰えっぺ」相手は手を振ります。「まだ式は先のことだっぺよ、また気の早え」「はははっ、んだな」「ところで」と相手は改まります。「おらさ、都会さ来ていつも思うだが」「なによ?」「いやなんだな、都会さ来て一番びっくりしたのは…」「だからなにさ」「ビルがいっぺぇあることじゃねえ、仰山の人いるでもねえ」「なによ?」「電車の数よ。今行ったと思ったら直ぐに来っぺ、これは驚きだな。田舎じゃ行っちゃったら呆れるぐれえ来ねえもんな。さすが都会だあ」と感嘆の声を上げるのでした。それに相手は反発します。「田舎とそんだらこと比べたってしょうあんめい、田舎には田舎の良さがあっぺよ。素朴だべさ田舎は、都会じゃまんず見られねえいいもんがいっぺいあっぺよ、な。田舎だあってホットすることあるべよ」「それもそうだ、だども嫁不足にはみな泣いてっぺ」「それよ、いま村にいるもんたら、嫁も来ねえでも頑張ってる長男の倅と、年寄りだけだもんな」「それよか、農家じていがよ、自分とこの娘っこ農家に嫁にやるの嫌がっててさ、それでて嫁が来ねえ嫁が来ねえってのはおかしな話だっぺよ」「違えねえ、それを矛盾してるっていうだべ」「今に農村は年寄り夫婦と、嫁もとれねえまま男やもめになっちまった長男だけになっちまう。おっそろしいなや」「そうよ、こないだタクシーの運ちゃん言ってたわ、客は病院通いと、ゲート場さ行く年寄りだけだと」「笑い事じゃねえよな全くのとこ、過疎じゃなくてこりゃ疲弊ってんだな。田舎にゃ若いもんの仕事がねえんだからしょうねえよなあ」

 

二人の愚痴話は延々と続き、思い過ごしか電車もそれに合わせるようにゆっくりと、警笛も寂しげに鳴らして入ってきました。

第六話終わり

 

 

ステーション物語 再録

2015-03-31 05:53:03 | 物語

ステーション物語 第五話

 

 中年夫婦が夜も更けてきたホームに佇んでおります。市内に知人を訪ねた後、デパートで買い物をすませ、デパートか駅ビルの食堂で夕食を終えて、ラッシュを避けての帰りと見て取れます。二人してデパートの大きな袋を手にしております。妻が夫に話しかけます。

「電車おそいわね、行ったばかりかしら」

「もう間もなくだろう、ラッシュも過ぎたし間隔があるんだよ」「そう、ねえあんた、そろそろ帰省シーズンよ。お土産何にする」夫は屈託無く答えます「去年と同じでかまわんだろう」「去年と同じって」「でもいつも雷おこしでは芸がないよなあ」「でも今どき都会も田舎も変わりないんですもの。都会にあるものなんかなんだって田舎にあるのよ。結局同じものにおちついちゃうわよね」「うん、そうだよなあ」「だから、改まってお土産変えることしないで、その代わりに義姉さんに渡すお小遣い、思い切って奮発しましょうよ」夫は即座に賛成します。「そうだな、それのがいいかも知れない、義姉さんには親父お袋を大事にしてもらってるし」「そうよ、あたしだってお陰で大助かりですもの」「よし、そうしよう、兄貴もかみさんに大きな顔が出来るだろう。お袋にも少し奮発するか、でも年寄りって案外年金だなんだで結構小遣い貯めこんでいるんだよな。振り込め詐欺に遭わなきゃいいが。はっははは、それほどでもないか」どうやら意見がまとまったようです。夫は言葉を続けました。「子供らは昔からブーブー言ってたが、今年も汽車で帰るぞ。子供らは来たければ車で来ればいい。帰省ってものはやっぱり汽車がいい。帰省列車といった確固たる言葉もあるしな」妻も応えます。「そうよね、帰省列車って響きもいいわよね、季語にあるのかしら」「どうかな、しかし故郷に帰る男には帰省列車が似合うんだ」夫は思いなしか胸を張っています。

 

「田舎から都会に出てサラリーマンとなり、あんたと一緒になってからも、子供たちが次々と生まれてからも、いろいろあったが年に一度の帰省が楽しみだった。蒸気機関車での集団就職、そして今は新幹線での帰省、社会の移り変わりは目を見張るようだ」「そうだわよね。ねえあんた、昔サラリーマンのこと月給取りって言ったのよね。今の若い人は言わないわよね」「その月給取りをその昔は腰弁といった、腰弁だ。今どき腰に弁当なんかつけて見ろ、満員電車になんか乗れないよ。あはははっ」「おほほほっ」妻も一緒に笑います。

そして夫婦は到着した電車に笑顔のまま乗り込みました。

第五話終わり

 

 


再録ステーション物語

2015-03-31 05:30:20 | 物語

うたのすけの日常 ステーション物語

2007-07-13 05:07:54 | 物語ステーション物語 第四話

 

ホームはラッシュ時を過ぎ、乗客の姿も心なしか少なめとなり、駅舎全体がリラックスした雰囲気に包まれていきます。そんなほっとした空気を引き裂くように、今しも発車寸前の電車に乗ろうと、階段を駆け降りてくる男女がいます。女性の方が年嵩と見受けられます。スピーカーが「駆け込み乗車は危険でーす」と悲鳴を上げますが、女性は飛び乗ります。その瞬間無情にもドアは閉まってしまいます。しかし女性が機敏にハンドバッグを閉まる寸前のドアに挟みました。取り残された若い男が必死にドアをこじ開けようとします。駅員が駆けつけ車掌に合図を送りますが、ドアはバッグが引き入れられるギリギリしか開かずにドアは閉まって、またも男は取り残されてしまいました。電車は何事もなかったように動き出します。駅員と男の前でにこやかに笑みを浮べ挙手の礼をする車掌。そして冷ややかに電車は通過して行きます。

「こんなってありかよ」男が駅員に怒りをぶつけます。「僕は連れだぞ、僕が乗れるぐらいドア開けたっていいじゃないか」どうやら駅近辺の居酒屋あたりで飲食してきたらしく、酒気を帯びての怒気には凄まじいものがありました。駅員は一歩身を引いて弁解します。「電車が定刻より大分遅れているのです。次の電車で下車駅でお会いになって下さい。待っててくれますよ」「何言ってるんだ、行き先まだ決めてないんだぞ、乗ってから行き先相談しようと言ってたんだ。どうしてくれるんだ!」駅員は冷静に応対します。「そうおっしゃられても困ります。直ぐに次の電車が参りますから」「だからどこで降りるか決めてないって言ってるだろう。わざと僕を乗せないように意地悪したんだ」駅員は悲鳴に近い声を上げます。「そんなあ、そんなこと出来るわけないじゃないですか」「いや、そうに決まってる!絶対そうに決まってる、あの車掌め、嬉しそうにひとの顔見てにやにやしながら通り過ぎて行きやがった。お前も車掌と示し合わせて意地悪したんだ。自分たちが女に持てないもんで、ひとのことやっかんで、陰険だぞ!

駅員は思わず口をとんがらせます。「それはないっすよお客様。第一この駅近辺にだってホテルなんかいくらでもあるんだし、わざわざ電車に乗ってまで行かなくたっていいじゃ…」「あれっ、おい、変な言い方するじゃないか。僕たちがホテルに行くって決めてかかってる。僕たちが不倫してるみたいな言い方じゃないか!」駅員、余計なこと言ってしまったといった慌てようで男をとりなします。「そういう意味ではありません。なっ、仲がよろしくって結構だってことを言ってるわけです。やさしそうなお方でしたから、なんとか連絡をつけてくれますよ」

駅員しきりと頭を下げるなか、いきなり一人の乗客が登場します。

「はははっ、語るに落ちるとはこのことだな」「なんだよあんた横から」「まあまあ、ところで駅員さん、お二人は不倫なんかしておらんよ」「すみません、つい口が滑って申し訳ありません」「そうじゃない、不倫とは或る人に言わせると美人が浮気するのを言うのであって、あの手の容貌(かお)では不倫とは言わん。不貞を働くと言うのだそうだ」「何だよ、不貞を働くって」男は乗客に怒りをむけます。これ幸いと駅員は急いで二人から逃げ出しました。

 

乗客は斜に構えて男から離れながら言いました。

「えっ、あっそう、わかんない、君の連れは煙草吸って鼻から煙出してるのが似合いの顔だって言ってるんだ」。

第四話終わり


再録

2015-03-30 05:43:46 | 物語

うたのすけの日常 ステーション物語3

2007-07-10 05:23:37 | 物語

ステーション物語 第三話

 

夜も大分更けてきたプラットホーム。ラッシュ時の喧騒の余韻がいまだ後を引いております。駅舎全体を揺さぶるような騒めきは、夜の静寂(しじま)にほど遠く、ホームを照らす天井の灯りが眩しく流れます。流れる灯りはレールを鈍く、濡れたように光らせています。そんな中に声高に喚くように話に興じる若者が二人、ホームの端に陣取っています。ニッカーボッカーズにふわっとした作業着をまとっています。今風のとび職の扮装(いでたち)でしょうか。赤と黄色のタオルをそれぞれ無造作に額に巻き、勿論茶髪。腕にブレスレットが絡み、太いネックレスが首に踊って、金と銀のメッキの光が周りの空気を恫喝するようです。

 若者の一人が感に堪えぬように喋ります。

「俺さ、田舎から出てきて何がびっくりしたって満員電車だよ。だってさ、あんなに堂々と男と女がピッタリくっつけるなんて考えられないぜ田舎じゃ。田舎もんには毒だがよ、人が一杯いるってことはいいことだよな」「なに考えてんだお前、変態か」相手が言います。「違うって、助兵心があるだけ、助兵心は誰にだってあるぜ。変態と違う。助平心は健全なる精神と肉体に宿る」「ふーん、尤もらしいこと言ったりして。それより痴漢てさ」相手は話題を変えます、「痴漢てさ、男だけなんだろうか」そんな相手に若者の言葉は弾みました。「そりゃあそうだよ。でもさ、女の痴漢に遭っても誰も届けないよな、第一悲鳴なんかあげない。少なくとも俺はされるままにじっと我慢してる、ただひたすら耐える」「バカ、そんなに力入れんな。それよりさ、俺こないだ面白え話聞いたんだ」「女の痴漢か」若者は相手の若者の話に乗りました。「いや、痴漢てわけじゃないんだ。満員電車でその人さ、女と向かい合ってぴったりくっついていたんだって。夏のことでその女の人汗かいて化粧も流れ落ちそうだったんだって」「バカに話がこまかいな」相手は黙って聞けと怒りました。そして話を続けます。「その人痴漢に間違えられないように、両手を上げたままはいいが身動き一つ出来ない混み様だったそうだ。そんとき女の人汗拭きたくて、身動きできないながらバッグからハンカチ出そうと必死だったらしい。ところがバッグのチャックを懸命に開けようとしたのはいいんだが、間違えその人のパンツのチャック降ろしちゃったんだって」「嘘、うそウソ、ウッソー」若者は相手の若者を小突きました。小突かれた若者はなお続けます。「ほんとだって、そして手を入れてシャツの裾と一緒にアレ摘み出したんだって、その人びっくりしたのしないのって、なんたって手は上げっぱなしで下ろせないんだから」「それで女の人は?」「そこまでいきゃあ気づくさ、真っ赤になって必死に乗客かき分けて離れて行ったってさ」「恥ずかしかったろうな、それから」相手の若者がまじめに話を促します。「それより気の毒なのはその人だよ。しまわないで行かれたもんだから剥きだしのまんま。手下ろしてチャック閉めることも出来ず往生したってさ」「間違い無しの露出狂ってわけだ。それって立派な犯罪だぜ、猥褻物陳列罪。ははははっ」彼は笑って決め付けるように言いました「ウソ」。

相手も間髪入れずに言いました「ウソ、あっはははっ」。

               第三話終わり


再録 ステーション物語

2015-03-27 12:44:15 | 物語

うたのすけの日常 ステーション物語1

2007-07-08 05:49:34 | 

ステーション物語

 

 駅の階段ホームには朝夕のラッシュ時に限らず、外界とは違った緊張が漲ります。ホームに到着した電車は乗客を吐き出し、次なる乗客を投網で掬うように呑みこんでは発車していきます。そこに男と女そしてあらゆる年齢層や階層の人たちがひしめき合い、黙々と人生模様を繰り広げているのではないでしょうか。駅を劇場に例えれば、観客不在で喜劇悲劇とあらゆるドラマが演じられているはずです。あたしは今一人の観客となって、演じられているはずのお芝居に、見たり聞いたりそして読んだことを元に想像をめぐらして、いくつかの物語を書いてみようと思います。先ずは第一話とまいります

第一話

 

今ホームに立つ二人連れのサラリーマン、一見上司とその部下と見てとれますが、いささか酒気を帯びているようです。上司が部下に語りかけます。「定時に終わったときぐらい真っ直ぐ家へ帰ればいいのに、今日も途中下車してしまったな」「でもこの時間に帰れれば御の字ですよ」「そうだな」部下の答えに自嘲気味に上司は言葉を繋ぎます。「帰っテ、風呂入っテ、茶漬け食っテ、テレビ見テ、そしテ…テテテテテテで明日はまた二時間通勤か、我ながらよく持っているもんだ。…ところで君な」「何でしょう?」急に改まる上司に部下はいささか緊張します。「私はいつもこうして電車を待っているとき思うんだよ」「何をですか」「人生ってのは電車に乗り遅れるようなことがあるっていうことだよ…直ぐ後から来るのに乗ればいいのだが、絶対に前には追いつけないし、勿論追い越すことも出来ない。乗ったのが終電車ってこともあるわけだ」「ははあ…?」部下は今ひとつ理解できずにいます。上司は赤くした酔いの目も虚ろに慨嘆します。「…ついてる奴だけ乗ってる電車もあるんだろうなあ」「はあっ」「まあいい、そろそろだな」「何がです?」いささか腹立たし気に上司は言いました。「電車だよ」「そうですね、空いてるといいですね」部下の言葉の語尾は進入して来る電車の騒音に消されていきました。

第一話おわり

 

うたのすけの日常 ステーション物語 終回

2007-07-17 05:40:19 | 物語

ステーション物語 七話<o:p></o:p>

 

 下り最終電車が間もなく到着の時間です。駅の長い一日もようやく終わりの幕が降ろされるわけです。なんの事故も無く平穏裡のうちに。しかし好事魔多しとは世の習いといいます。一人の男が人混みの階段をふらつく足で降りて参ります。白髪の混じる頭が、がっくりと落とした肩の揺れが哀愁を漂わせております。しかしふらつく足元は危険は危険、駅員が一人今日最後のお勤め安全管理と、眦(まなじり)ぴしっと決めて駆けつけます。そして腕をかかえてホームに誘導しました。<o:p></o:p>

「お客様、危険ですからあまりお歩きにならいようにお願い致します。ここで動かず最終電車をお待ち下さい」「おう、若いの、ご親切に。だが俺は酔ってなんかいないぞ、現にこうしてちゃんと立ってるぞ」客は足元をふらつかせながら言います。駅員は努めて穏やかに、にこやかに応対します。「酔ってるお客様は皆さんそうおっしゃいます。ご自分では酔ってないと言われても、その足付きはいけません。この場にちゃんと電車が来るまでおとなしくしていて下さい」客はふらつきながらも胸を張ります。「なあんだあ、ひとを子ども扱いすんな、おれは幼稚園の園児じゃないぞ」駅員もめげません。「いえ、そんなつもりでは、お客様の無事なお帰りをお家族の皆様は願っておりますよ」「おうっ、洒落た物言いするじゃないか、俺を拘束するのか、腕を放せ!」「違いますよ。お客様の安全を願ってのことです」「ほほほうっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。これもJRとしてのサービスの一環か」「いえ、これはサービス以前の問題でして、ヒューマニズムの発露です」今度は駅員が胸を張ります。「なにっ、やたら横文字並べるな。若いの、名前なんていうんだ?ううん?水戸…か、仰々しく名札ぶら下げて」「いけませんか?これはJRの社員としてひとりひとりが責任の所在を明らかにして、お客様に接するという証しであります」「またまた言う。それが気に入らん。JRになってからやたらみんな名前を名乗るが、その名札もそうよ。ハッキリ言ってどうも胡散臭い。こっちが名前を知りたくなるようなサービスしろってえの」「ごもっともです」

 駅員いささか持て余し気味です。「ごもっともです、なんてわかってんの、乗客にサービスするというなら検札なんか止めたらどうだ。あれは取り調べってもんだろう」「取調べなんて飛んでもありません。ご乗車して頂く代価をお客様に公平にご負担頂くのがモットーでして、他意はございません」乗客はなおも矛先を緩めません。どうも駅員とのやりとりを楽しんでいる気配もなくはないようです。「他意はございません。小難しいこと並べてマニアルに書いてあるのか」「そんなマニアルはありません。当然のことでして限りなきサービスの根源であります」「言ってくれるよなあ」乗客はいささか疲れてきたようです。「それからお客様、検札ではなく改札と申します」「わかった、わかった。分かりました。君は偉い!この酔っ払いにめげずに応対する。なかなか出来ないよ。親御さんのお顔を拝見したいもんだ」駅員は溜め息を吐きます「上げたり下げたり」<o:p></o:p>

 

 「一件落着」<o:p></o:p>

乗客は一言残して歩き出そうします。慌てて駅員は羽交い絞めするように元の位置にもどします。乗客は酔いも醒めたのか、それとも疲れたのか、今度は逆らわずにおとなしく顔に笑みさえ浮かべてます。しかしどこか寂しそうです。<o:p></o:p>

「駅員さん、もうそろそろ電車来るね」「二分で参ります」乗客は言葉を繋ぎます。<o:p></o:p>

「俺も六十の定年前にしてリストラで退職だ。サラリーマン最後の日にあんたのような若者に逢えたってことは、何事にも替えがたい貴重な経験だよ。天からの贈り物だ。繰り返して言わせて頂きますよ、貴重な夜でした」駅員ははにかみます「大袈裟なお客様、でも最前からのお言葉無駄には致しません。僕にとっても貴重な夜でした」「はははっ、嬉しいこと言ってくれるね」<o:p></o:p>

 ひと際高く警笛を鳴らしながら最終電車が到着します。かの客は最後に車上の人となり、駅員に深々と頭を下げています。駅員はなにごとも無かったようにホームに気を配り、車掌に合図を送ります。発車のベルが今夜ばかりはなぜか物悲しさ中にも爽やかさを滲ませ、ホームの屋根を震わせながら、夜空にやさしく溶け込んでいきます。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 ステーション物語6

2007-07-13 05:07:54 | 物語

ステーション物語 第六話<o:p></o:p>

 

ホームはラッシュ時を過ぎ、乗客の姿も心なしか少なめとなり、駅舎全体がリラックスした雰囲気に包まれていきます。そんなほっとした空気を引き裂くように、今しも発車寸前の電車に乗ろうと、階段を駆け降りてくる男女がいます。女性の方が年嵩と見受けられます。スピーカーが「駆け込み乗車は危険でーす」と悲鳴を上げますが、女性は飛び乗ります。その瞬間無情にもドアは閉まってしまいます。しかし女性が機敏にハンドバッグを閉まる寸前のドアに挟みました。取り残された若い男が必死にドアをこじ開けようとします。駅員が駆けつけ車掌に合図を送りますが、ドアはバッグが引き入れられるギリギリしか開かずにドアは閉まって、またも男は取り残されてしまいました。電車は何事もなかったように動き出します。駅員と男の前でにこやかに笑みを浮べ挙手の礼をする車掌。そして冷ややかに電車は通過して行きます。<o:p></o:p>

「こんなってありかよ」男が駅員に怒りをぶつけます。「僕は連れだぞ、僕が乗れるぐらいドア開けたっていいじゃないか」どうやら駅近辺の居酒屋あたりで飲食してきたらしく、酒気を帯びての怒気には凄まじいものがありました。駅員は一歩身を引いて弁解します。「電車が定刻より大分遅れているのです。次の電車で下車駅でお会いになって下さい。待っててくれますよ」「何言ってるんだ、行き先まだ決めてないんだぞ、乗ってから行き先相談しようと言ってたんだ。どうしてくれるんだ!」駅員は冷静に応対します。「そうおっしゃられても困ります。直ぐに次の電車が参りますから」「だからどこで降りるか決めてないって言ってるだろう。わざと僕を乗せないように意地悪したんだ」駅員は悲鳴に近い声を上げます。「そんなあ、そんなこと出来るわけないじゃないですか」「いや、そうに決まってる!絶対そうに決まってる、あの車掌め、嬉しそうにひとの顔見てにやにやしながら通り過ぎて行きやがった。お前も車掌と示し合わせて意地悪したんだ。自分たちが女に持てないもんで、ひとのことやっかんで、陰険だぞ!<o:p></o:p>

駅員は思わず口をとんがらせます。「それはないっすよお客様。第一この駅近辺にだってホテルなんかいくらでもあるんだし、わざわざ電車に乗ってまで行かなくたっていいじゃ…」「あれっ、おい、変な言い方するじゃないか。僕たちがホテルに行くって決めてかかってる。僕たちが不倫してるみたいな言い方じゃないか!」駅員、余計なこと言ってしまったといった慌てようで男をとりなします。「そういう意味ではありません。なっ、仲がよろしくって結構だってことを言ってるわけです。やさしそうなお方でしたから、なんとか連絡をつけてくれますよ」<o:p></o:p>

駅員しきりと頭を下げるなか、いきなり一人の乗客が登場します。<o:p></o:p>

「はははっ、語るに落ちるとはこのことだな」「なんだよあんた横から」「まあまあ、ところで駅員さん、お二人は不倫なんかしておらんよ」「すみません、つい口が滑って申し訳ありません」「そうじゃない、不倫とは或る人に言わせると美人が浮気するのを言うのであって、あの手の容貌(かお)では不倫とは言わん。不貞を働くと言うのだそうだ」「何だよ、不貞を働くって」男は乗客に怒りをむけます。これ幸いと駅員は急いで二人から逃げ出しました。<o:p></o:p>

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乗客は斜に構えて男から離れながら言いました。<o:p></o:p>

「えっ、あっそう、わかんない、君の連れは煙草吸って鼻から煙出してるのが似合いの顔だって言ってるんだ」。<o:p></o:p>

第六話終わり<o:p></o:p>


うたのすけの日常 ステーション物語5

2007-07-12 06:34:10 | 物語

ステーション物語 第五話<o:p></o:p>

 

 中年夫婦が夜も更けてきたホームに佇んでおります。市内に知人を訪ねた後、デパートで買い物をすませ、デパートか駅ビルの食堂で夕食を終えて、ラッシュを避けての帰りと見て取れます。二人してデパートの大きな袋を手にしております。妻が夫に話しかけます。<o:p></o:p>

「電車おそいわね、行ったばかりかしら」<o:p></o:p>

「もう間もなくだろう、ラッシュも過ぎたし間隔があるんだよ」「そう、ねえあんた、そろそろ帰省シーズンよ。お土産何にする」夫は屈託無く答えます「去年と同じでかまわんだろう」「去年と同じって」「でもいつも雷おこしでは芸がないよなあ」「でも今どき都会も田舎も変わりないんですもの。都会にあるものなんかなんだって田舎にあるのよ。結局同じものにおちついちゃうわよね」「うん、そうだよなあ」「だから、改まってお土産変えることしないで、その代わりに義姉さんに渡すお小遣い、思い切って奮発しましょうよ」夫は即座に賛成します。「そうだな、それのがいいかも知れない、義姉さんには親父お袋を大事にしてもらってるし」「そうよ、あたしだってお陰で大助かりですもの」「よし、そうしよう、兄貴もかみさんに大きな顔が出来るだろう。お袋にも少し奮発するか、でも年寄りって案外年金だなんだで結構小遣い貯めこんでいるんだよな。振り込め詐欺に遭わなきゃいいが。はっははは、それほどでもないか」どうやら意見がまとまったようです。夫は言葉を続けました。「子供らは昔からブーブー言ってたが、今年も汽車で帰るぞ。子供らは来たければ車で来ればいい。帰省ってものはやっぱり汽車がいい。帰省列車といった確固たる言葉もあるしな」妻も応えます。「そうよね、帰省列車って響きもいいわよね、季語にあるのかしら」「どうかな、しかし故郷に帰る男には帰省列車が似合うんだ」夫は思いなしか胸を張っています。<o:p></o:p>

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「田舎から都会に出てサラリーマンとなり、あんたと一緒になってからも、子供たちが次々と生まれてからも、いろいろあったが年に一度の帰省が楽しみだった。蒸気機関車での集団就職、そして今は新幹線での帰省、社会の移り変わりは目を見張るようだ」「そうだわよね。ねえあんた、昔サラリーマンのこと月給取りって言ったのよね。今の若い人は言わないわよね」「その月給取りをその昔は腰弁といった、腰弁だ。今どき腰に弁当なんかつけて見ろ、満員電車になんか乗れないよ。あはははっ」「おほほほっ」妻も一緒に笑います。<o:p></o:p>

そして夫婦は到着した電車に笑顔のまま乗り込みました。<o:p></o:p>

第五話終わり<o:p></o:p>

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うたのすけの日常 ステーション物語4

2007-07-11 06:07:01 | 物語

ステーション物語 第四話<o:p></o:p>

 

ホームに電車が到着しては発車していきます。そしてそのあと前と同じように、秩序正しい列が作られていき、そして一つの乗車口に中年の男性が二人並びます。朴訥な感じでどこかとなく素朴な地方の匂いが漂います。恐らく農村からの出稼ぎの人でしょう。男の一人が口火を切り、相手が答えて話が弾みます。

「おい、おっかあから便りあっか」「ああ、こないだあったわ」「なんて?」相手は嬉しそうに答えてます。「本家の跡取りにやっとこさ嫁が決まったとさ」「ほほうっ、そいつは目出てえな、どっからだ、フィリッピンじゃあんめえ」「うん、違う。村にも二人ばかフィリッピンの嫁っこいるが、よく働くもんな。でも違う。詳しいことは書いてなかった」伺うように男が聞きました「町のおなごじゃあんめい?」「そうじゃねえ」「倅に嫁が来ねえのは不憫なこったが、町からきた嫁さんに泣かされてる農家もあるって。だって農家の嫁が土で手が汚れるの嫌だと言うんじゃ、こりゃ泣かされるわな。そんな嫁なら来ねえ方がいいしな。でも倅が不憫なことには違えねえし…」相手は苛立ちます。「町からじゃねえってばさ」「わかってる、わかってるって。そいじゃ仕事じめえのめいに、一度帰えなんきゃあんめいな。おらとこと関わりあんだら、おらも式さ出なきゃなんねえし、一緒さ帰えっぺ」相手は手を振ります。「まだ式は先のことだっぺよ、また気の早え」「はははっ、んだな」「ところで」と相手は改まります。「おらさ、都会さ来ていつも思うだが」「なによ?」「いやなんだな、都会さ来て一番びっくりしたのは…」「だからなにさ」「ビルがいっぺぇあることじゃねえ、仰山の人いるでもねえ」「なによ?」「電車の数よ。今行ったと思ったら直ぐに来っぺ、これは驚きだな。田舎じゃ行っちゃったら呆れるぐれえ来ねえもんな。さすが都会だあ」と感嘆の声を上げるのでした。それに相手は反発します。「田舎とそんだらこと比べたってしょうあんめい、田舎には田舎の良さがあっぺよ。素朴だべさ田舎は、都会じゃまんず見られねえいいもんがいっぺいあっぺよ、な。田舎だあってホットすることあるべよ」「それもそうだ、だども嫁不足にはみな泣いてっぺ」「それよ、いま村にいるもんたら、嫁も来ねえでも頑張ってる長男の倅と、年寄りだけだもんな」「それよか、農家じていがよ、自分とこの娘っこ農家に嫁にやるの嫌がっててさ、それでて嫁が来ねえ嫁が来ねえってのはおかしな話だっぺよ」「違えねえ、それを矛盾してるっていうだべ」「今に農村は年寄り夫婦と、嫁もとれねえまま男やもめになっちまった長男だけになっちまう。おっそろしいなや」「そうよ、こないだタクシーの運ちゃん言ってたわ、客は病院通いと、ゲート場さ行く年寄りだけだと」「笑い事じゃねえよな全くのとこ、過疎じゃなくてこりゃ疲弊ってんだな。田舎にゃ若いもんの仕事がねえんだからしょうねえよなあ」

 

二人の愚痴話は延々と続き、思い過ごしか電車もそれに合わせるようにゆっくりと、警笛も寂しげに鳴らして入ってきました。

第四話終わり

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