うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む105

2010-05-16 04:51:23 | 日記

その六 墜ちたB29のこと<o:p></o:p>

 唖の話した落下傘云々というのはこんな話だ。今暁墜ちたB29の中の一機が、高輪螺子の裏、十間ほどの空地を隔てて厚生省があるが、その石塀の向こう側とこちら側にかけ墜ちた。その恐ろしい響きといったら、みんな柱に抱きついたくらいだと高輪螺子のおやじはそのまねをしてみんなを笑わせたが、それはあんな巨大なものがわずか十間ばかり離れたところに墜ちれば恐ろしかったろう。それは自分もあとで見にいったが、塀のこちら側に尾翼の一部が落ちて地面にめり込み、ビクとも動かなかった。<o:p></o:p>

 さて、話にきくと、続いて落下傘で二、三人降りて来た。斜め前の肉屋だった家の軒先を掠めて落ちて来た一人は、落下傘が完全にひらかず、つぶれて死んでしまった。その跡も自分は見たが、血はまだ路上に斑々と残っていた。もう一人は恐ろしく若い飛行兵だったそうだが、集まった民衆が激怒してみんなでよってたかって鳶口で半殺しにしてしまったという。もう一人は、なんと女であったそうで、これは憲兵が連行していって今厚生省の中にいるらしい。なお今でもそこにみんながおしかけてわいわい騒いでいる。<o:p></o:p>

 おやじは墜ちた機体から素早く油を四、五升汲み出して来たそうで、これで螺子を作るんだと悦に入っている。今度墜ちて来たら、憲兵の来ないうちにウイスキーや菓子をとってくるんだといい、あんなものにまた墜ちられてはたまらないと女工たちは悲鳴をあげている。<o:p></o:p>

 深夜また警報。B29数機駿河湾より本州を北上、日本海に機雷投下。<o:p></o:p>

五月二十五日<o:p></o:p>

 朝、また焼跡にいって見ると、驚いたことにきのう半分掘りかけた防空壕の入り口が、また新しい瓦礫でぎっしり埋まっている。きくと隣家の遠藤さんの娘の節ちゃんが、昨夜八時までかかって埋めたのだそうだ。<o:p></o:p>

 むろん遠藤さんの家もないが、ここは防空壕がちゃんとしているので、当分そこに住むことにしたらしく、こちらの防空壕の口から火と煙が立ち昇り、見ていて不安だったのと、もうだめだろうと思って埋めたのだという。<o:p></o:p>

 しかしこちらにして見れば、掘って見ればまだ何が残っているかも知れない。お節介なことをすると、高須さん大いに怒り、もう一度昨日の通りに掘返してもらおうと、どなりつけて会社へ出かけていった。<o:p></o:p>

 遠藤家でまた掘返すからというので、自分も町会へ出かけてゆき、ひるまで行列して罹災証明をもらった。<o:p></o:p>

 警報は二、三度鳴ったが、無一物になった者にとっては、もう戦々兢々としている必要は何もない。しかしそのうちにまた空襲警報になってしまった。五、六十機の小型機が侵入中だという。<o:p></o:p>

 小型機は銃撃する。しかしみんな動かない。罹災証明書をもらわなければ、何も買えず、どこへも汽車でゆけないからである。<o:p></o:p>

 その罹災証明書をもらうのに、一日でも駄目、二日目に半日も並ばせるとは何事と怒り出す者もある。ところが町会事務所では、老人が一人、女が二人キリキリ舞いをしていて、私達も焼け出されたんだ、その焼跡整理も出来ないんだと悲しげにつぶやいているのである。


うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 16

2010-05-16 04:43:41 | ドラマ

よね  (その背中に)英さん上野、ずっと付き合ってくれてんだろう?(綾子振り返り嬉しそうに、ええと答えて店を出る)<o:p></o:p>

よね  あんた、綾ちゃんすっかり元気になったね。<o:p></o:p>

謙三  ああ、元と変わりねえ、良かったな。<o:p></o:p>

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 客つぎつぎと店を出て行き、朝の時間を終えた二人、椅子に腰を下ろして一休みといったところで店の前が騒がしくなる。区会議員に立候補した坂田の一行である。幟を翻し、メガホンで支持を強要せんばかりに怒鳴る子分を従えた坂田が登場する。二人、表に出て、坂田に軽く頭を下げる。<o:p></o:p>

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坂田  おうっ、ひぐらしさん、景気はどうですか?いよいよわが街復興の時です。(周囲を睥睨し、演説を始め出す)不肖坂田武治、粉骨砕身地元皆さんのため、この町を一日も早く復興させる事を約束します。生活の安定主食の安定配給を旗印に、区議会に出馬する決意に至りました。ここに七重の膝を八重に折り、伏して皆様のご支援を願う次第であります。旗印、掲げる目標はそれだけではありませんぞ!先ずは混沌そして混迷を極める駅前の整地そして区画整理、即ち碁盤の目のように道路を整備し、葦張り、板張りのバラックは勿論取っ払い、近代的な商店の誘致繁栄に議会に働きかけます。諸肌脱いで議場を鉄火場と心得、反対する野郎共がいたら叩ッ切ても、やると言ったらやる覚悟であります。(三々五々と集まってきた聴衆、子分たちの強制で拍手する)次なる約束は皆様の可愛い子供の教育です。青空教室の解消、即ち近代的な教室の拡充であります。二部授業なぞ以ての外即廃止に持っていきますぞ。更に完全給食の実施です。皆様の子供は絶対に飢えさせません!いつまでもアメリカに頼っちゃいねえ。坂田組、一家を挙げて買出し部隊を編成、米どころを隈なく詮索して買い上げ、この町の子供たちにギンシャリ、ギンシャリですぞ!給食を実行します!体を張っても!食糧管理法なんか坂田の眼中にはありません。糞食らえであります。衣食たりて礼節を知る、腹を空かしてちゃあ鉛筆一本持てやしませんぞ!やると言ったら坂田はやる。坂田武治に二言は有りませんぞ!(子分たち拍手、まばらな聴衆の拍手が続く)次なる旗印は、これは肝心かなめ。アメリカ万歳民主主義大歓迎、日本の赤化防止。ソ連は日ソ不可侵条約を破って満州はおろか、樺太はじめ歯舞色丹なぞ北方四島を火事場泥棒も真っ青ってな案配で盗みやがったんですぞ。ソ連に仁義はない!飢える日本にシャケ一匹送って来たかってんだ。そこへいくとアメリカは違う。小麦粉やとんもろこし牛乳とじゃんじゃん送ってくれる。日本はアメリカに見習い、民主主義を確立しなくちゃいけません。坂田武治は体を張って、その実現に邁進する覚悟であります。どうか皆さんの清き一票を、地元の繁栄に命を賭ける男の中の男一匹、坂田武治にどうかお願いします。(満足気に一礼して、謙三に近づく)いやあ、断りなく店前借りて演説ぶっちゃってすまねえ、後で若え衆に一本届けさせっから勘弁してくれ。<o:p></o:p>

謙三  飛んでもありませんよそんなお気遣い。大変ですな選挙運動を朝早くっから。<o:p></o:p>

坂田  まあな、ところで……(廻りを見廻し聴衆の去ったのを見て)倅の事だが、奴さん最近大分派手にバイに走ってるらしいんだ、それにいちゃもん付ける訳じゃねえが、俺としては、はははっ、いささか目障りなんだ。縄張りってもんがあるからな、しめしはつけなくちゃならねえ。<o:p></o:p>

謙三  (顔色を変える)待ってくださいよ坂田さん、邦夫が縄張りをどうこうしたって仰るんですか?<o:p></o:p>

坂田  そうは言ってねえよ、いずれそうなるかも知れねえって事を言いてえんだ。どうだい、倅はなかなか見所がある。だが寄らば大樹の陰って言うぜ、俺ん所の身内になったらどうか、倅に一度聞いてみてくれ。おめえさんにも損の無い話だ、駅前の整地が済んだら一角、一等地を空けとくよ。昔のような店を構えたらどうだい、親子でよく考えといてくれ。俺は面倒が嫌いな人間でな……それじゃまだよそ廻らなくちゃならねえから。(不敵な笑いを残して坂田と一行はメガホンの騒音を残しながら去って行く。謙三とよね不安げに見送り店に入る)<o:p></o:p>

よね  あんた、英さんの言ってた事ほんとだったんたね、邦夫の事。<o:p></o:p>

謙三  ふん、脅しに掛かりやがって、ほっとけばいいさ、こっちには何一つ弱みは無いんだ。<o:p></o:p>

よね  でも邦夫の事が、向う見ずに何仕出かすやら分かんないよ。<o:p></o:p>

謙三  あいつだって其処んところは心得てるさ、坂田の縄張りまで入り込むような真似はしないよ。邦夫はがつがつ儲けに目を晦ますようには人間出来てない、英さんも気を使ってくれているし、心配するこた無いよ母さん。それより飯にしようよ。<o:p></o:p>

よね  そうだね、何か急にお腹が空いてきたよ。坂田の演説じゃないがギンシャリでも食べてみたいね腹いっぱい。<o:p></o:p>

謙三  寝てる子起こすような事言うない。それよりこないだの間違い、知らぬ半兵衛決め込んでいたなあいつ。<o:p></o:p>

よね  相手にしない。<o:p></o:p>

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二人が朝食の雑炊を食べ終わる頃、表から拍子木の音が聞こえてくる。<o:p></o:p>

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よね  あんた、紙芝居だよあの拍子木。<o:p></o:p>

謙三  そうらしいな、紙芝居の復活か、焼け跡だらけで場所には事欠かないや。(立って行き戸を開ける)あれっ、あの紙芝居や……伊織さんじゃないか。<o:p></o:p>

よね  伊織さんてお巡りさんの?まさか、(謙三の傍に駆け寄る)そうだわよ!呼んでみよう、伊織さーん、伊織さーん!<o:p></o:p>

伊織  (振り返り照れ臭そうに笑う)へへへっ、これはひぐらしさんお早う。<o:p></o:p>

謙三  お早うもないでしょう、何ですかその格好は?それも仕事のうちですかい。<o:p></o:p>

よね  とにかくお入んなさいよ、さっさっ、(二人して伊織を店に引き入れる)<o:p></o:p>

謙三  どうしたんです?訳聞かして下さいよ、一体どうなんちゃってるですう。<o:p></o:p>

伊織  警官辞めたんだよ。<o:p></o:p>

謙三  辞めたっていつ?<o:p></o:p>

伊織  辞めたってより早い話が首になったんだ警察。16<o:p></o:p>