その六 墜ちたB29のこと<o:p></o:p>
唖の話した落下傘云々というのはこんな話だ。今暁墜ちたB29の中の一機が、高輪螺子の裏、十間ほどの空地を隔てて厚生省があるが、その石塀の向こう側とこちら側にかけ墜ちた。その恐ろしい響きといったら、みんな柱に抱きついたくらいだと高輪螺子のおやじはそのまねをしてみんなを笑わせたが、それはあんな巨大なものがわずか十間ばかり離れたところに墜ちれば恐ろしかったろう。それは自分もあとで見にいったが、塀のこちら側に尾翼の一部が落ちて地面にめり込み、ビクとも動かなかった。<o:p></o:p>
さて、話にきくと、続いて落下傘で二、三人降りて来た。斜め前の肉屋だった家の軒先を掠めて落ちて来た一人は、落下傘が完全にひらかず、つぶれて死んでしまった。その跡も自分は見たが、血はまだ路上に斑々と残っていた。もう一人は恐ろしく若い飛行兵だったそうだが、集まった民衆が激怒してみんなでよってたかって鳶口で半殺しにしてしまったという。もう一人は、なんと女であったそうで、これは憲兵が連行していって今厚生省の中にいるらしい。なお今でもそこにみんながおしかけてわいわい騒いでいる。<o:p></o:p>
おやじは墜ちた機体から素早く油を四、五升汲み出して来たそうで、これで螺子を作るんだと悦に入っている。今度墜ちて来たら、憲兵の来ないうちにウイスキーや菓子をとってくるんだといい、あんなものにまた墜ちられてはたまらないと女工たちは悲鳴をあげている。<o:p></o:p>
深夜また警報。B29数機駿河湾より本州を北上、日本海に機雷投下。<o:p></o:p>
五月二十五日<o:p></o:p>
朝、また焼跡にいって見ると、驚いたことにきのう半分掘りかけた防空壕の入り口が、また新しい瓦礫でぎっしり埋まっている。きくと隣家の遠藤さんの娘の節ちゃんが、昨夜八時までかかって埋めたのだそうだ。<o:p></o:p>
むろん遠藤さんの家もないが、ここは防空壕がちゃんとしているので、当分そこに住むことにしたらしく、こちらの防空壕の口から火と煙が立ち昇り、見ていて不安だったのと、もうだめだろうと思って埋めたのだという。<o:p></o:p>
しかしこちらにして見れば、掘って見ればまだ何が残っているかも知れない。お節介なことをすると、高須さん大いに怒り、もう一度昨日の通りに掘返してもらおうと、どなりつけて会社へ出かけていった。<o:p></o:p>
遠藤家でまた掘返すからというので、自分も町会へ出かけてゆき、ひるまで行列して罹災証明をもらった。<o:p></o:p>
警報は二、三度鳴ったが、無一物になった者にとっては、もう戦々兢々としている必要は何もない。しかしそのうちにまた空襲警報になってしまった。五、六十機の小型機が侵入中だという。<o:p></o:p>
小型機は銃撃する。しかしみんな動かない。罹災証明書をもらわなければ、何も買えず、どこへも汽車でゆけないからである。<o:p></o:p>
その罹災証明書をもらうのに、一日でも駄目、二日目に半日も並ばせるとは何事と怒り出す者もある。ところが町会事務所では、老人が一人、女が二人キリキリ舞いをしていて、私達も焼け出されたんだ、その焼跡整理も出来ないんだと悲しげにつぶやいているのである。