うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その47

2008-07-31 06:09:39 | 日記

十一月十三日 汽車で四里、徒歩で三里の道則を<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="44:玖珠町;" Address="玖珠町">玖珠町</st1:MSNCTYST>へ。予定の行き先は<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="01:森町;" Address="森町">森町</st1:MSNCTYST>らしいが二時に到着、二時間行乞したもののしぐれて寒いので丸屋なる旅籠に宿泊です。山国は既に冬の面持ちでどの家にも炬燵が開いており、駅にはストーブが焚かれて自分の寒げな様子が手に取るように分かると言ってます。昼の弁当は草の上で食べ「寒かつた、冷たかった…」。<o:p></o:p>

 行乞での繰り言です。吊り下げられた針に食いつく魚、投げられた餌に飛びつく犬のようになってはならない。そのための修行なのに今日の行乞に限らず、非人情的態度の人々に接すると少なからず憤慨と憐憫を感じると嘆き、その場合は観音経を読誦し続けると言います。「今日も自ら省みて自ら恥ぢ自ら鞭打った」と殊勝であります。<o:p></o:p>

 そうは言うもののそんな日は寒さも一入感じ、頭も重くぼんやりとして車に轢かれそうになります。そして山頭火らしく「…危ないことだつた、もつともそのまま死んでしまへば却ってよかつたのだが、半死半生では全く困り入る。」<o:p></o:p>

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 あふるる朝湯のしづけさにひたる<o:p></o:p>

 ここちようねる今宵は由布岳の下<o:p></o:p>

 下車客五六人に楓めざましく<o:p></o:p>

 雑木紅葉のぼりついてトンネル<o:p></o:p>

 尿してゐる朝の山どつしりとすわってゐる<o:p></o:p>

 自動車に轢かれんとして寒い寒い道<o:p></o:p>

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 今日の宿も昨日と比べても申し分ないと褒めます。着くと温かい言葉、炭火、お茶、お茶請(漬物)。そして何事も気持ちよくやってくれる。これだけの接待で二十五銭であると感心しております。<o:p></o:p>

 翌日はお目当ての<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="01:森町;" Address="森町">森町</st1:MSNCTYST>に向いますが、ここ<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="44:玖珠町;" Address="玖珠町">玖珠町</st1:MSNCTYST>は宿の待遇とは裏腹に、河ひとつ隔てた<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="01:森町;" Address="森町">森町</st1:MSNCTYST>と雲泥の差で、どの家でも御免、御免の連発と言います。<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="01:森町;" Address="森町">森町</st1:MSNCTYST>では殆ど全ての家で潔く、気持ちよくということでしょう、報謝して下さると感激の面持ちであります。二時過ぎまで行乞し、一旦宿に戻って出直し、あとは言わずと知れたで酒を造り酒屋を梯子です。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その46

2008-07-30 05:58:54 | 日記

十一月十二日 初雪とあります。ところは大分湯布院。南湯布院、北由布院と小雪ちらつく冷たい空気のなか、この湯壷まで四里の道を行乞しながら到着です。あまり行乞に適した道筋ではなかったと悔やみますが、それでも金四十銭と米七合の報謝を頂いております。しかし景色は絶景、四方なだらかな山に囲まれ、一方にはもりあがった由布岳。豊後富士というそうです。高原らしい空気がただよい、中腹までの雑木紅葉に杉か檜の植林が割り込んでいるのは、経済的と芸術の相剋であると解説します。中腹から上は枯草、頂上は雪がかぶり登りたいなあと絶句です。<o:p></o:p>

「山色夕陽時といふ、私は今日幸にして、落日をまともに浴びた湯布岳を観たことは、ほんとうにうれしい」<o:p></o:p>

景色だけではありません。宿も気安くて親切、おまけに安い。殊にこんこんと湧き出る内湯を勿体無いとまで言い切ります。まさに旅の醍醐味ここに極まれりです。<o:p></o:p>

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刺青あざやかな朝湯がこぼれる<o:p></o:p>

洗うてそのまま河原の石に干す<o:p></o:p>

寝たいだけ寝たからだ湯に伸ばす<o:p></o:p>

水音、大声で話しつづけている<o:p></o:p>

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同宿は三人でみな同行といいます。みんな一本飲みます、みな好人物らしいが、そうならなくてはならない人々なのである。なんだか分かるような気がします。彼も一本飲みそれで微酔加減、天下泰平、国家安泰、家内安全、万人安楽と大袈裟でありますが、「…としておく、としておかなければ生きてゐられない」とは切実な境涯といえます。<o:p></o:p>

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別れるまへの支那の子供と話す<o:p></o:p>

支那人が超えてゆく山の枯すすき<o:p></o:p>

また逢うた支那のおぢさんのこんにちは<o:p></o:p>

夜も働らく支那の子供よしぐれるな<o:p></o:p>

 しぐるるや旅の支那さんといつしょに寝てゐる 

うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その45

2008-07-29 04:27:56 | 日記

 この湯ノ平温泉をベタ褒めです。山の湯の町ですか、石畳、よろずや、料理屋等々と<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="28:温泉町;" Address="温泉町">温泉町</st1:MSNCTYST>の風情がすっかり気に入ってます。こちらも嬉しくなるというものです。しかし気候は朝寒夜寒と言い、どなたか綿入れ一枚寄付して下さい、ハイ、カシコマリマシタとふざけます。そして行乞の微苦笑劇を語ります。母が子に嘘を教える場面に何回となく出くわす、子供が御免、御免と繰り返し、留守、留守と実際には親は居るのに、子供に居留守を言わせるのであると。そしてここでも母親は多分主婦の友、または婦女界の愛読者であろうと断言します。当時この山の中でさような雑誌の読者はインテリ女性でありましょう、そうした女性を皮肉っているのかも知れません。<o:p></o:p>

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 いちにち雨ふり一隅を守つてゐた(木賃宿生活)<o:p></o:p>

 あんたのこと考へつづけて歩きつづけて<o:p></o:p>

 大空の下にして御飯のひかり<o:p></o:p>

 貧しう住んでこれだけの菊を咲かせてゐる<o:p></o:p>

 阿蘇がなつかしいりんどうの花(ひらく)<o:p></o:p>

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翌日も宿は同宿、滞在とあります。そしてこの温泉地を繰り返し褒めます。羨ましくなります。「山もよく水もよい、湯は勿論よい、宿もよい、といふ訳で、よく飲んでよく食べてよく寝た、ほんとうによい一夜だつた」<o:p></o:p>

人生の幸福は健康、健康はよき食欲とよき睡眠との賜物と言い、自分はよすぎるほどの食欲に恵まれてはいるが、睡眠がよくないと贅沢なことを言いながらも、まことに横着であると反省もしてます。<o:p></o:p>

その夜は珍しく酒を飲みません。懐具合もありますが、飲まないで寝られたほど気分がよいと手放しです。<o:p></o:p>

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枯草山に夕日がいつぱい<o:p></o:p>

しぐるるや人のなさけに涙ぐむ<o:p></o:p>

夕しぐれいつまでも牛が鳴いて<o:p></o:p>

  夜半の雨がトタン屋根をたたいていつた 

うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その44

2008-07-28 06:03:40 | 日記

 一きわ赤いはお寺の紅葉<o:p></o:p>

 手洟かんでは山をみてゐる<o:p></o:p>

 枯草の日向の蝶々黄ろい蝶々<o:p></o:p>

しつとりと濡れて岩も私も<o:p></o:p>

枯草、みんな言葉をかけて通る<o:p></o:p>

剃りたてのあたまにぞんぶんの日の光<o:p></o:p>

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 今夜の宿悪くはないが、水の乏しい土地柄か風呂をたてません。五六里歩いての体にはたまりません。アルコールの力で辛うじて眠りますが、おかげで夢数々の夢を見ます。良い夢悪い夢は勿論、懺悔の夢故郷の夢、少年の夢青春の夢、家庭の夢僧院の夢、ずいぶんいろんな夢を見るものだとしるしてますが、読むほうがなぜか辛くなります。そしてなおも辛さが増すようなことを言います。「味わふ、物そのものを味わふ、貧しい人は貧しさに徹する、愚かなものは愚かさに徹する、与へられた、といふより持つて生まれた性情を尽くす、そこに人生、いや、人生の意味があるのじゃあるまいか。」<o:p></o:p>

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 宿までかまきりついてきたか<o:p></o:p>

 ずんぶりぬれて馬も人も働く<o:p></o:p>

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 十一月十日 湯の原温泉、大分屋。夜は長いそして年寄りは朝が早いと言いながら暗いうちに目覚めてしまいます。外は冷たい雨のうえ腹具合も悪く、滞在休養として原稿書きに徹しようと思いますが、こういった点はなかなか判断が早いようです。しかし天気は回復に向い青空も見えてまいりました。山頭火十時過ぎには身支度よろしく、濡れた草履も少し冷たいが山国らしくよろしいとどうして元気です。天気とともに腹の調子も回復したらしいです。そして沿道のところどころ行乞して行程三里大分屋に到着したのが四時ということです。<o:p></o:p>

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 秋風の旅人になりきつてゐる 

うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その二十二

2008-07-27 05:18:52 | 日記

病院に行ってきました その四<o:p></o:p>

 7月22日<o:p></o:p>

 時刻は1時半、先生や看護師さんたちには申し訳ありませんが腹ペコです。会計するのにも大病院は時間がかかるものと感心します。診察料に紹介なしの受診ということで2100円が加算されています。早い話が風邪っぴきや腹痛たぐらいで病院へ来られては、混雑するといったことで取り入れられた制度らしいのですが、見たところたいして効果はなさそうです。昼をとうに廻っているのに、食堂を探すので院内をうろうろしましたが、どこの科もまだまだ患者が詰めかけております。<o:p></o:p>

 食堂の椅子にかけてほっとします。渡された書面で次回のことをゆっくりと確認します。診察は9月2日ですが、8月半ばと最初打診されたのですが午後からで、終わるのが遅くなると言われましたので敬遠したわけです。泌尿器科が混み合うとはいえ、ずいぶん日を空けての診察は、あたしの症状がたいしたことではないという、ひとつの判断材料としてひとまず安心しました。尿検査で血尿を指摘され、エコーでは腎臓に細かい結石が見られるといわれているのですから。<o:p></o:p>

 次回は尿を採取して持って行かねばなりません。簡単な器具を渡され、そのほかに2日間の排尿記録も取らねばなりません。そのためのノートもいだいてきています。それと当日は膀胱をぱんぱんにしてお出での注意書き。正に至り尽くせりの配慮と、感心且つありがたくなりました。<o:p></o:p>

 そうでした注文したのは和風ハンバーグ、小ジョッキぐらいと思ったのですが、さすがにメニューにはありませんでした。見舞い客も利用するのですから、置いても差し支えないとするのはあたしぐらいでしょうか。<o:p></o:p>

それはともかく食事を終えて玄関ホールの椅子に腰を下ろし、しばしバスの時間まで調節待機です。辺りを見廻し、車椅子や歩行器に縋る大勢の患者さんたちを見ると、少ない年金を愚痴る生活ながら、一人で病院まで来られる半健康の体に感謝せねば罰が当ると、つくづく肝に銘じた一日でした。                        おわり<o:p></o:p>


うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その二十一

2008-07-26 05:21:40 | 日記

病院に行ってきました その三<o:p></o:p>

 7月22日<o:p></o:p>

 まあ血液や尿の検査に1時間かかるといいますから、1時間半も待てばと踏んだのですが考えは甘かった。それからゆうに2時間も経過して12時を廻りました。午後からの再診予約の患者さんも来始めている様子です。先生や看護師さんたちは、昼飯はどうするのだろうと心配するころに「うたのすけさん1番へどうぞ」とアナウンス。既に時計の針は1時を指していました。<o:p></o:p>

 椅子にかけます。割りと若い先生です。既に問診表に書き込んでありますので、先生の質問は簡明要領を得ており、こちらも負けずに無駄を省いて、後の患者さんのこともあるしお話します。「お薬を飲んでも変化がない、それで治療を止め、一年して症状が悪くなってお出でになったのですね。飲んでいたお薬は、なるほど」とカルテに書き込み、それではとベッドに仰向けに寝てエコーで検査、写真に撮ります。首を傾げる先生と元の位置に戻ります。<o:p></o:p>

 前立腺は肥大していませんよ、と写真を見せられます。「これが肥大の写真、あなたのと比べてみればここが膀胱、前立腺が膀胱に出張っていないでしょう。こちらをみれば一目瞭然、どうです、大きく膀胱にせり出ているでしょう。前に手術の話しは出ませんでしたか。そうでしょう、手術しても症状は治りませんし必要もありません。」「では」あたしは恐る々々、「そうです。考えられることは尿道が細くなっているか、膀胱の関係ですね。今日は膀胱の尿の量の検査が空っぽで出来ませんから、次回ということになります。」ああ、肥大じゃない、今までの治療はなんだったんだろう。頻尿のことはずっと以前からで、当地へ来る前にも治療にかかったことがあるのです。そこでは薬を続け効果がないからと手術も勧められていたのです。そのときはそれほど辛くはなかったので敬遠したのですが、一体どういうことかと、ここへきてこちらとしても首を傾げざるを得ません。とにかくあとの診察結果を待つしか今のところ取る道はありません。<o:p></o:p>

 いずれに致しましても長年悩んでいた、前立腺肥大の呪縛から解放されたことだけでも目出度いことと思わねばなりません。目出度しです。前立腺肥大の手術を、選択の一つと言われる覚悟で今日は来たのですから。<o:p></o:p>

                   つづく<o:p></o:p>


うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その二十

2008-07-25 06:02:09 | 日記

病院へ行ってきました その二<o:p></o:p>

7月22日<o:p></o:p>

8時半過ぎからすでに2時間経過してます。トイレに行くのも侭なりません、その間に名前を呼ばれたらどうしようかと考えます。三つの診察室で診療は行われておりますので、じっと患者の出入りと大体の診療時間を計り、三つの診療室に患者が同時ぐらいに出入りする時間帯を観察します。よし、呼び出しはしばらくは無いはずと一目散にトイレに駆け込みます。喉が渇いています。自販機でドリンクを買い、一応念のため受け付け窓口で初診の誰某と名乗り呼び出しの有無を訊ねます。すると意外といや病院としては当たり前のことなのでしょうが、「うたのすけさんですね、今看護師から話しがあります。」看護師さんが紙片を持ってあたしを呼びます。「これから血液検査と尿の採取がありますから、これを持って検査室へ行って下さい。検査室はこの廊下の突き当たりにありますから」あたしは慌てます。「今トイレへ行ったばかりでオシッコは出ません。」「大丈夫ですよ、血液検査の結果が出るまで1時間はかかりますからゆっくり採取して下さい。」<o:p></o:p>

検査室の受付に書類を渡し、受付番号を貰い待機。まもなく呼ばれて部屋に入りますと、横長の部屋に長い机が置かれて何人もの検査技師が注射器片手に、次々と入室する患者から手際よく採血していきます。終わって尿コップをわたされトイレを指差されますが、事情を話しますとどうぞかまいませんよ、ごゆっくりと返事が返ってきます。冗談ではありません、ゆっくりしていたらどんどん待ち時間が長くなるだけです。いくら暇人でもそれはかないません。既にこの時点で10時半過ぎています。あたしはまたドリンクを飲み、待合室でひたすら尿意の催すのを待ちました。経験でコップの底から1㎝足らずの量で間に合うのを知ってますから、僅かの尿意で採取してやっと元の待合所に戻ることが出来ました。あとは検査の結果が出れば呼ばれる筈と、いささかゆっくりした気分で文庫本なんか取り出します。しかしあたりは相変わらず患者さんが一杯です。まあ正直なとこ泌尿器科のベンチはお年寄りの男女が大半です。<o:p></o:p>

あたしはそこでハハーンと頷かされました。向かい側は小児科です。ヨチヨチ歩きの腕白盛りが何人もオデコに熱さましシートを貼り付け、年寄りのベンチの前を駆けて行き来します、転びます、また走ります。若いお母さんが追いかけ横抱きにして戻って行きます。普通なら長時間待たされ疲れていらいらしているのでしょうに、みなそんな光景を眺めてにこにこしているのです。あたしの頬も緩みます。上手く診察室を配置したものと感心しました。                    つづく 

うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その十九

2008-07-24 05:35:58 | 日記

病院へ行ってきました その一<o:p></o:p>

7月22日<o:p></o:p>

 連休も終わって火曜日、燃えるゴミの収集日です。ゴミをかみさんと出しながら朝の散歩です。玄関を出たとたん、わっ、涼しいと声を上げましたが、歩き出せば梅雨も明けて正真正銘の夏です。見事に汗が背中に流れ、額に汗が浮びます。<o:p></o:p>

さて今日は二三日前からどうしょうかと盛んに迷っていた病院行きです。早めに朝食を済ませて7時50分のバスで出発です。初診は8時半受付といいますから、頃合のバスです。バスは女子高生と通勤客で座席は一杯になります。バス停から急ぎ足に病院へ、5分ぐらいの距離ですか、すでに受付周辺は大勢の人が詰め掛けています。指示通りに診察申込書に必要事項を記入しますが、今日は何日だか度忘れしています。ままよと今日何日だか分かりませんと提出。受付の方、にっこりと構いませんよと言ってくれます。おそらく同じような愚か者がいると思われました。程なく診察券となにやら書付を頂き二階の泌尿器科に向かいました。昇って左手に泌尿器科と小児科の診察室が複数廊下を挟んであり、廊下の中央にベンチがずらっと並び、そこは既に満杯で患者がひしめいております。<o:p></o:p>

 これは可笑しいのではないか、8時半の受付で早めに済ましているのにこの人波は何事なのだ。疑問がよぎりますが直ぐに氷解、なんのことはない、再診の受付が7時半から行われていたのです。初診の患者らしき人があとから続々と詰めかけます。きょろきょろ不安げですから直ぐにそれと分かります。さあそれから辛抱の待ち時間が始まったわけです。<o:p></o:p>

 さてあたしは前立腺肥大である病院に治療に通い、ただ薬の服用と尿検査で一年過ごしたわけですが一向に変化もなく、治療に目新しい指針も示されませんので通院を放棄していたのです。そして一年経過、なんとなく症状の悪化を意識しだしましたので、病院を変えてみようと決断した次第なのです。<o:p></o:p>

別段以前の先生に不信感を持ったわけではありませんが、別の診断や治療を探ってもいいのではないかと。あたしなりのセカンドオピニオンといったものです。    つづく                    


うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その43

2008-07-23 06:34:06 | 日記

 水飲んで尿して去る<o:p></o:p>

 明けはなれてゆく瀬の音たかく<o:p></o:p>

 あかつきの湯が私一人をあたためてくれる<o:p></o:p>

 壁をへだてて湯の中の男女さざめきあふ<o:p></o:p>

 見る見る月が逃げてしまつた<o:p></o:p>

 物貰ひ罷りならぬ紅葉の里を通る<o:p></o:p>

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 山頭火に言わせると禅の範疇に、どうやら徒歩禅なるものがあるらしい。草鞋は割り箸と同じで捨てられる運命にあり、穿き捨てるその様が日本的で、旅人らしい感情は草鞋によって快くそそられる。その草鞋による一歩一歩には古今東西もなく、一歩一切ここに徒歩禅の意義があると説明するが難解である、当たり前の話である。しかし次の言葉にはなんとなく、「山に入つて死なない人生、街へ出ては死ねない人生、いづれにしても死にそこないの人生」。山頭火が身近に感じられてくるのではないだろうか。彼が哀れっぽくなるのだ。そして又も飲酒に触れるのですが、酒は自分を挫折させたが、人間的には疑いもなく生かしてくれたと言う。彼にとって酒は呪うべきものだが同時に祝すべきものであったのだとも言う。酒に関しての山頭火はしばしば語るが単なる酒好きで、言うことは単なるまやかしなのだろうか。<o:p></o:p>

 話変って門付けの挿話を語ります。ある料理屋に立つ、その店内の鏡台の前でたいしてシャンでもない酌婦が化粧の最中、横目でこちらを見るが、断りの「御免」も言わないでいる。彼はしばらくの間読経をし続けるが同じ状態にとうとう根負けして立ち去ったという。そして相も変わらぬ戯れごとを聞かせます。女がちらちら横目で読経の間こちらを見たのは色目で、それがお布施ではなかったのかと。もうひとつは老婆が読経の間、懸命に引きだしを探した挙句、五輪銅貨を鉄鉢に入れるのを見て、「多分お婆さん、その銅貨をどこかで拾ひでもしてその抽出に入れておいたのだろう、空気の報謝…」と苦笑いし、「お婆さんは多分五厘で極楽へゆくつもりだらう、欲張り爺さんが一銭で大願成就を神様に押し付けるようにさ!」と辛辣に締めくくりました。

うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その十八

2008-07-22 05:15:57 | 日記

三連休が終わりました<o:p></o:p>

 さて終わったもののこの三日間、いかように過ごしたのかと振り返ってみましたが、はっきりとこうだったと何も浮んできません。一瞬これは恐ろしいことではないのかと、恐怖が背筋を走り抜けます。よく年取ると昔のことは昨日のことのように憶えているが、肝心の昨日の記憶はきれいに頭から消えているといわれます。まさにそうです。最後の休日が、昨日のことです。ああしてこうしてこうだったと、きめ細かくでないにしても判然と浮んでこないのですから凄いものです。これは落ち着いて検証しなくてはならぬと思わず気負いたちました。先ず初日です。ふーむです。呻ります。躓きます。こうなれば助けが必要です。カレンダーに目を向けますが、これカンニングではないかと気が咎めますが、話が前に進みませんから致し方なきことと是認することに致しました。
 初日は土曜日19日で、2時半歯医者さんとあります。そうです。この日朝からかみさんに午後歯医者さんですからね、と念を押していたのです他人事のように。お医者さんではやはり奥歯の状態が芳しくなく、お互い決断の時と以心伝心、涼しくなってから抜歯と話をあらかた決めてきたのです。帰りに帽子を忘れ自転車を漕ぎ出してから頭がいやに熱いので気付いて、慌てて戻ったことが甦ります。その後昼寝を1時間、目覚めてむっとした暑さに驚きクーラーを点けました。そのあとははっきりしておりまして、お相撲中継を楽しんでおります。途中風呂に入り、後は夕食そして寝床が待っているだけです。<o:p></o:p>

 さて夕食ですが、娘は残業で遅く、下の孫は5時からアルバイトなので上の孫と三人です。7時夕食ですが、娘が味付けしておいた豚ロースの味噌漬け焼きと、冷やっこ。かみさんが煮た南瓜その他諸々といったところです。あたしは早々に二階に引き揚げます。衛星放送の黒沢明の「白痴」を録画しておきます。そのあとは漫然と旅番組を見ました。<o:p></o:p>

 正直申せばかみさんに記憶の糸を紐解くのに、かなりの手助けをしてもらっています。情けなき限りというしかありません。<o:p></o:p>

   情けなし 初日の記憶で 躓いて <o:p></o:p>

   後の二日は そっとしておく <o:p></o:p>