うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 11

2010-05-10 19:00:55 | ドラマ

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 謙三灯りを付ける。<o:p></o:p>

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謙三  邦夫に何の用があるんだ、聞かせて貰おう。<o:p></o:p>

男三  喧しい!稼業のいざこざだ、素人の出る幕じゃねえ。ひっこんでろ!<o:p></o:p>

よね  (跣足で土間に飛び降り謙三に寄り小声で)あんた、こんな場合は女のがいい。<o:p></o:p>

清子の傍にいてやって。(表に向かい)邦夫に用事がって、その御用とやら聞かせ<o:p></o:p>

て下さいな、それに何処の誰方か知りませんが、邦夫邦夫って息子を呼び捨てに<o:p></o:p>

される筋合いはありませんよ。<o:p></o:p>

男一  何だと!邦夫を邦夫って呼んで何処がいけねえんだ、ぐだぐだ理屈捏ねてねえで出しやがれ!<o:p></o:p>

よね  そうは行きませんよあんた。話の道理に因っては出しもしますが、生憎邦夫は在宅していません。近所にも迷惑ですお帰り下さい。<o:p></o:p>

男一  ザイタク?ふざけんなばばあ、いいか、よく聞けよ、邦夫はな、三河島の沢村一家の賭場で負けが混み、挙句が坂田の身内だと騙りやがってその儘ふけやがったんだ。おとしまえをつけさせるんだ、さっさと出せ!<o:p></o:p>

よね  (揶揄するように)話はよく分かりました。邦夫が帰ったら問い質し、事実でしたら後日邦夫と同道し、如何様なるご処置も甘んじてお受けすると、親分さまに左様お伝えください。ですからどうぞ今夜の所はお静かにお引取り願います。<o:p></o:p>

男一  (焦燥ち募らせ)やいばばあ!しゃっちこばった科白なんか聞いてる暇なんかねえんだ。ふざけやがって、さっさと邦夫を出せ!<o:p></o:p>

よね  分かんない人たちだね、邦夫は居ないってさっきから言ってるでしょう!この分からず屋が。いいかい、よく聞くんだよ、例え居たとしても、あんた達に非道い目に遭うのが分かってて、はいそうですかって差し出す親が何処に居る!居やしないよ!さっさとお帰り。<o:p></o:p>

男一  何オー(男たちなお激しく戸を叩く)<o:p></o:p>

よね  あんた、清子、鍋でも何でも音の出る物持ってきて思いっ切り叩くんだ、(二人厨房から大鍋小鍋を抱えてくる)いいかい、こうやるんだよ。<o:p></o:p>

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二人、よねに倣って一斉に鍋を叩き、大声で「火事だ、火事だ」だと喚く。男たち、中の思いも寄らぬ奇襲に慌てる。近所に騒めきが起きてくる。<o:p></o:p>

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男二  兄哥、これはヤバイや、<o:p></o:p>

男三  兄哥、ここは一先ず引き揚げやしょう。<o:p></o:p>

男一  畜生、あのばばあ、とんでもねえしろもんだ。よし、(戸を蹴上げ三人口々に悪態吐いて引き揚げる)<o:p></o:p>

よね  (外の様子をじっと伺っていたが)諦めて帰ったね。<o:p></o:p>

清子  お母ちゃん、凄い、見直したわ。<o:p></o:p>

謙三  (椅子に掛け、ほっと息を吐き)こういう駆け引きは女に限るんだよ清子、男が表に立つと何かと騒ぎが大きくなるもんなんだよ。<o:p></o:p>

清子  あらお父ちゃん、大丈夫かな、大丈夫かなっておろおろしてたじゃないの。<o:p></o:p>

謙三  そんなことあるもんか。<o:p></o:p>

よね  そうだよ、お父さんが後に居ると思うから虚勢も張れるのさ、膝ががくがくだったよ。(三人座敷に上がる)それよりあんた、邦夫、ほんとにそんな事仕出かしたのかね。<o:p></o:p>

謙三  仕出かすわけねえだろう、そう思ったから母さんも、あんな思い切った啖呵切ったんだろうよ。なんかの間違いにきまってるさ、さっきだってそんな素振り見えなかったじゃないかあいつに。<o:p></o:p>

よね  そうだよね。<o:p></o:p>

清子  明日、英さんに話して調べて貰いましょうよ。<o:p></o:p>

謙三  そうだな、また迷惑かけちゃうが……さっ寝よう。そうだ、鍵を確かめよう。(土間に下り戸を見ていたが)これは呆れた鍵かかってねえぞ!(がらがと戸を開ける)<o:p></o:p>

よね  わあ、ほんとだ!わあ恐しい。<o:p></o:p>

清子  よかったわねえ、あいつ等てっきり鍵が掛かってるもんと……邦夫が出て行った時そのまんまだったんだわ。間抜けな連中ね。<o:p></o:p>

謙三  これはお笑いだ。<o:p></o:p>

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暗転<o:p></o:p>

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(4)<o:p></o:p>

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溶明、翌日朝の盛りも終え、謙三とよね座敷で茶を飲んでいる。そこへ戸が開き巡査の<o:p></o:p>

伊織が入ってくる。かなり小柄である。制服も体に合わずだぶだぶ、進駐軍払い下げのブ<o:p></o:p>

―ツも靴だけが歩いてるようだ。丸腰で警棒をぶらぶらさせている、初老の巡査である。<o:p></o:p>

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謙三  (かなり緊張した面持)いらっしゃい伊織さん、今朝はまた何か?<o:p></o:p>

伊織  へへっ(いやしく笑う)今朝食事して来なかったんだ。<o:p></o:p>

謙三  なあんだ、そんな事ですかい。すいとんで良かったらあがってって下さいな。<o:p></o:p>

伊織  助かるよ、食券が……<o:p></o:p>

謙三  いいですよ、家庭用ってことでご馳走させてもらいますよ。<o:p></o:p>

伊織  じゃあ遠慮なくご馳走に……(黄色の丸箸を手にすいとんの運ばれるのを待ち構えている)<o:p></o:p>

よね  (丼を手に)上へ上がったら、それのが気楽でしょう。(伊織、喜々として箸を口<o:p></o:p>

に銜え、急いで靴を脱ぎ座敷に上がる)それじゃごゆっくり、障子閉めさせて貰<o:p></o:p>

いますよ。<o:p></o:p>

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戸が開き、学生が紙袋を持っておづおづと入って来る。軍服に角帽である。


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む99

2010-05-10 05:23:48 | 日記

敗戦のドイツ<o:p></o:p>

五月二十一日(月)曇<o:p></o:p>

 正午B29一機来りて、神田方面へビラを撒けりと。軍部はご裁可を待たずして満州事変を初めたりとか、日本人を幸福にするは降伏あるのみとか、B29は無敵なりとか、アメリカの生産力は驚異的なりとか書ける由。<o:p></o:p>

 「降伏」なる文字は日本人に対するかぎり使用せざるが可ならん。<o:p></o:p>

五月二十二日(火)曇<o:p></o:p>

 時々霧雨降る。寒し。産婦人科の清水教授など、六月来らんとするに外套を着て講義す。今年の農作心痛にたえず。<o:p></o:p>

五月二十三日(水)雨<o:p></o:p>

 ドイツは政府を認められない、米英ソ仏四国の軍政下にひきすえられた。ナチス首脳部をはじめおびただしい人間が「戦争犯罪者」として断罪され、幾十百万のドイツ兵は捕虜として、徒歩で本国に追い返され、また戦後復興の奴隷として英国やソ連やフランスへ送られつつある。米兵はドイツ内の「宝探し」に狂奔し、ドイツ民衆は「生きるだけの食糧」を与えられて地べたを這いずりまわっている。<o:p></o:p>

 流血の犯罪者ドイツ! 世界の悪党ドイツ! 勝利者は冷酷に、高らかに宣言する。<o:p></o:p>

 一個人すら「悪人」と刻印打つは躊躇せざるを得ない時代に、一国あげて悪人国と断ずるのは!<o:p></o:p>

 曾ての盟邦にセンチメンタルな同情を寄せるのではない。チャーチルやスターリン米国人はつくづく馬鹿だと思う。勿論彼らの今までの惨苦や犠牲や勝利の陶酔は知っているが、しかし、これはまた新しい未来の戦争のたねをまくだけである。<o:p></o:p>

 彼らは、たとえドイツを寛大にゆるしても結果は同じだというであろう。それはそうかも知れない。しかしドイツが数十年の後、さらに復讐の頭をあげることは眼に見えている。<o:p></o:p>

 こうしてまた酷薄な殺戮が、ああ、永遠にくりかえされるのであろう。<o:p></o:p>

 昨日今日珍しくB29来らず。最近B29の大挙爆撃本土になし。沖縄の戦い、大本営沈黙久しく、新聞の激越なる報道もやや中だるみの感あり。まさに山雨至らんとして風楼に満つるの日々。<o:p></o:p>

五月二十四日<o:p></o:p>

 前夜のことである。高須さんと勇太郎さんと風呂へゆく途中大鳥神社のほうへ下る広い坂道を歩みながら、初夏の美しい星空をしずかになでている数本の探照燈を仰いで、自分は指折り数え、<o:p></o:p>

 「高須さん、あなたたちが夜間の大空襲に会ったのは、あの三月十日が最後ですね。四月中旬のやつのときには田舎へいってたんだから」<o:p></o:p>

 「うん、そうだ」<o:p></o:p>

 「じゃ、もうそろそろ凄いやつをくらっても文句はいえんわけだ」<o:p></o:p>

 「冗談じゃない」<o:p></o:p>

 すると勇太郎さんが「コロコロいうて、なかなかコラへんかな」といった。朝鮮の遊女のまねだそうだ。三人は大笑した。