うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 7

2010-05-05 15:57:05 | ドラマ

謙三  (照れて)そうは言われたって、まあこの際だ、お言葉に甘えてジュン、今日はまあゆっくりしてって下さいよ。汗かいちゃうなこりゃ。<o:p></o:p>

よね  ジュンは……どうもしっくりいかないわね、ジュンは将校さんなんですってね。<o:p></o:p>

謙三  将校、ほんとかい。<o:p></o:p>

清子  少尉さんよ。<o:p></o:p>

謙三  そんじゃ英さんと同じだよ。大したもんだ、日本人でアメリカの将校なんて。<o:p></o:p>

清子  日本人じゃなくて日系人なのジュンは。<o:p></o:p>

ジュン キヨコ、ボクの心は日本人です。<o:p></o:p>

よね  キヨコ?(謙三の膝を突っつく、謙三よねを睨む。清子平然)<o:p></o:p>

謙三  そりゃそうだ、なんたって御両親は日本人だもんな。それでなにですかい、大和魂でもってやっぱり戦ってきたんですね?大和魂にあの物量じゃ鬼に金棒だ。こっちの大和魂が負けるのはしょうがないや。<o:p></o:p>

清子  お父ちゃん、そんな戦争の話止めてよ。<o:p></o:p>

ジュン カマイマセン、パパさん二世部隊は日本軍に鉄砲ムケマセン。<o:p></o:p>

謙三  てえと?<o:p></o:p>

ジュン ボクタチ二世、ソノカワリ日本のことイッショウケンメイ勉強シマシタ。文化・歴史・地理・精神・人情・風土・文学・芝居・映画・家族・家庭・教育・思考・言語、その外タクサンタクサンイッパイの事勉強シマシタ。<o:p></o:p>

謙三  また随分とならべましたね。それは大変でしたな。それで?<o:p></o:p>

よね  そんなにたくさんの事勉強してなになすったんですか、鉄砲撃たないで?<o:p></o:p>

ジュン 二世部隊は紙とペンで戦いマシタ。<o:p></o:p>

謙三  てえことは……<o:p></o:p>

清子  宣伝工作とかするのよ、ねえジュン。<o:p></o:p>

謙三  なるほど、日本軍で言う宣撫班ってやつだな。<o:p></o:p>

ジュン ハヤク戦争オワラスタメニ、日本のヘイタイさんにイッパイ話しました。勉強役にタチマシタ。日本の兵隊のココロヨクワカリマシタ。ハヤク戦争終われば、ボクノ両親ハッピイです。キヨコのパパさんママさんもいっぱいハッピイです。<o:p></o:p>

謙三  なるほどねえ。<o:p></o:p>

清子  それだけではないのよ。<o:p></o:p>

よね  それだけじゃないって、まだ他に何をなすったんです?<o:p></o:p>

清子  二世部隊は沢山の日本兵を救ってるのよ。宣伝ビラやスピーカーで降伏を勧めたりして、ねえそうよねジュン。<o:p></o:p>

ジュン 日本の兵隊サン、「生きて虜囚の辱めを受けず」とオシエ込まれてます。<o:p></o:p>

謙三  また随分と難しい言葉知ってますね。<o:p></o:p>

ジュン イッパイ戦って降伏スルノハズカシクありません。ボクタチ一生懸命降伏ススメマシタ。イノチ大事、戦争オワリ、フルサトへ帰ればママさんパパさんヨロコビマス。<o:p></o:p>

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謙三唸り、よね手拭を取り出す。<o:p></o:p>

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ジュン (清子に不安げに)ママさん泣いてます、ボク気に触ることイイマシタカ?<o:p></o:p>

清子  何でもないのよ、お母ちゃん涙腺が人一倍弱いのよ。<o:p></o:p>

ジュン ルイセン?<o:p></o:p>

謙三  涙っぽろいんだよ、ママさんは。ジュンの話に感動してるんですよ。<o:p></o:p>

よね  何がママさんだい!(謙三を撲つ)<o:p></o:p>

謙三  はははっ、……日本兵の捕虜、けっこういたんだ。<o:p></o:p>

ジュン 戦争オワレバ、ハヤクハヤク日本へ帰します。出身地、名前しらべます。日本兵ウソの名前出身地言います。コマリマシタ。<o:p></o:p>

謙三  何で嘘つくんです。<o:p></o:p>

ジュン 捕虜ニナッタコト、シレルコト恥ずかしいコトとオモイます。ウソ名前イイマス。アメリカ兵ウソワカラナイ、二世スグワカル。タクサン勉強シテマス。<o:p></o:p>

謙三  (身を乗り出す)どんな名前言うんです?<o:p></o:p>

ジュン 清水次郎長、大前田英五郎、笹川繁造、森野石松、国定忠治、コレ、日本の侠客ネ。番場忠太郎イタネ、コレ一番タクサンイタネ。ママさんコイシノ気持カラネ。東郷平八郎、乃木稀典、大山巌、コレエライ明治の軍人ね。坂東妻三郎、市川歌右衛門、長谷川一夫、榎本健一、映画俳優ネ。ウソ見抜きホントノ名前言わせマス。ハヤク日本へ帰れます。日本の兵隊サンイサマシイのイタよ、名前イッタネ、近藤勝蔵ッテ、ボクすぐわかりました。オマエ、ソレ、今度は勝つぞのイミだろうって。ウソダメだとボク言いました。(よね、泣き笑いする)<o:p></o:p>

謙三  成る程ねえ、番場の忠太郎か、泣かせるじゃないか母さん。<o:p></o:p>

よね  忠太郎でも石松でもなく、ほんとの名前言わせるんだね。無事帰って来てくれれば親としてはねえ。ジュンも早く無事な姿をご両親にお見せするんだね。<o:p></o:p>

ジュン 任期終えたら、スグカエルヨ。ママに早くアイタイデスヨ。<o:p></o:p>

よね  レコードのお土産持ってね。<o:p></o:p>

謙三  アメリカには日本のレコードなんちゃ無かったのかねえ?<o:p></o:p>

清子  (お膳のチョコレートの包装を剥がし、茶を淹れ換えながら)戦前は日本から取り寄せて沢山あったそうよ……でも、日本と戦争が始まって、日本人は敵性国人として捕まり、ひとまとめにされて収容所送りなったのよ。持ち物は一人何キロと制限されて。それでジュンの家族はみんなして、泣き泣きレコード土間に叩きつけて、粉々に割ったそうよ。それで二世たちはアメリカに対する忠誠心……家族たちの釈放を願ってよ、示すために志願して銃を持ったのよ。ヨーロッパの戦場へ送られた二世部隊は、ドイツ相手に勇敢に戦って戦死者をたくさん出したのよ。<o:p></o:p>

よね  (手拭を手に)それでお家族たちはどうなったのよ清子?<o:p></o:p>

清子  沢山の戦功で大統領から勲章一杯授与されて、ジュンたちの働きだって、そのために日本とアメリカの若者の命が何万と救われたのよ、それで一世、ジュンの親たちの世代よ、収容所から出されて元のところに帰されたのよ。<o:p></o:p>

謙三  家屋敷は盗まれなかったんだろうな?坂田みたいのがいてさ。<o:p></o:p>

清子  ここの駅前とは違うわよアメリカは。<o:p></o:p>

よね  それは良かったねえ。ジュン、くにのママパパさん、首長くして待ってるよ。7<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む94

2010-05-05 04:49:09 | 日記

一学徒の国際情勢を見る眼に脱帽<o:p></o:p>

 溺るる者は藁をもつかむ。さらに厳をもつかむ日まで、この藁を極度に利用すべく、妖剣村正をふるいて敵を倒し自ら傷つくことなきは、これが外交の本領なり。外相の手腕に期待すといえども、また待つあるを恃むことを忘るべからず。あまりに虫よきことを考え、軽々しく秋波を送りてかえって敵に内兜を見すかされ、米ソ両国に嘲笑さるるの醜態を招くべからず。<o:p></o:p>

五月七日(月)晴<o:p></o:p>

 午前九時半、十一時、正午の三回にわたりB29一機ずつ来る。<o:p></o:p>

 日ようやく白く、緑萌ゆ。ただし、見渡すかぎり、樹々なかばは骸骨のごとく黒く焼けて立つ。東京の樹の半ばはこの災いを受けたるにあらざるか。風いまだ寒し。<o:p></o:p>

 羽左衛門死す。余は菊よりもこの人好きなりき。<o:p></o:p>

五月八日(火)曇ときどき雨<o:p></o:p>

 朝登校途上なりき。新宿駅前でいっしょになりし友三人とつれだちていそぐ途中、「ヨー、学生さん」という男のごとき声をきく。<o:p></o:p>

 ふりかえれば、路傍の防空壕の上に、四十がらみの女一人腰打ちかけて新聞を読みあり。<o:p></o:p>

 「?」<o:p></o:p>

 と、顔を見ていると、突然、<o:p></o:p>

 「きょうは大詔奉戴日である!<o:p></o:p>

 と、叫ぶ。<o:p></o:p>

 四人驚いて、眼をぱちくり。女はモンペ姿、頬赤く元気そうな長屋風おかみさんなり。西郷さんのごとき眼をぎろりとむいて、<o:p></o:p>

 「学徒がんばれ、学徒がんばれ。今日は人の身、明日はわが身。空襲警報! 空襲警報! 火だあ。火だあー」<o:p></o:p>

 と、けたたましく叫び出す。一同おったまげて周囲見回すに、そこらの軒下に女子供十人ほど並びいて、好奇と笑いに眼をかがやかして見物しあるが見ゆ。狂人、とはじめて気づき、逃げ出しながら、一人「チキショウー、朝っぱらから活を入れやがる」とこぼすに、うしろより<o:p></o:p>

 「学徒がんばれ! 学徒がんばれ!<o:p></o:p>

 云々とかん高く吼ゆる声追い来る。あとは凄い歌声にして、振り返れば、手ふり足ふり路上に踊り狂う姿見えたり。<o:p></o:p>

 頻々たる空襲、或いは先の大爆撃大火災の中に発狂せる人々の一人なるべし。(発狂せる人々の一人とは、まさに頻繁に襲う敵機の襲来で精神を壊される人々が多勢いたのですね。女性ということが実に痛ましいです。)<o:p></o:p>

 十一時半より第一講堂にて大詔奉戴式あり。佐々教授詔書奉読中、空襲警報のぶきみなるサイレンの音断続して聞こえ来る。<o:p></o:p>

 式後屋上にかけ上るに、雲低く暗澹として風うなり飛ぶ。雨ぽつぽつと頬にあたる。敵小型機数十機来せるとなり。雲の下を十機あまり乱舞するが見ゆ。高射砲の音も聞ゆ。代々木の森の上を、一機すこぶる超低空にてしきりにめぐる姿も見ゆるも、敵味方判別できず。間もなく空襲警報解除となる。