うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 22

2010-05-22 16:46:19 | ドラマ

<o:p> </o:p>

英輔  どうやら間に合った、遅れてすまない清ちゃん。<o:p></o:p>

綾子の母 綾子、昨夜のお方、これはこれは夕べは色々と有難うございました。綾子から聞きました、毎晩綾子に付き添って下さって頂いてたとか、ご親切は一生忘れません。<o:p></o:p>

英輔  (照れる)止して下さいよ、頭を上げて。清ちゃん、邦夫来てないようだな、昨日っからかい?<o:p></o:p>

清子  そうなのよ。(綾子、不安気に英輔を見る)<o:p></o:p>

英輔  そうか、ほかあ心当たり見て来っから、綾ちゃん、心配しなくったっていいんだよ。(そのまま飛び出していく、綾子、心配そうに見送っている)<o:p></o:p>

謙三  英さんも邦夫なんかほっとけばいいんだ、邦夫ってのは昨日上野で会ったと思うけど(清子を指し)これの弟でしてね、気は良いんだがそのう…<o:p></o:p>

よね  あんた…(綾子、目を悲しげに伏せる)<o:p></o:p>

謙三  まあどこにでもある話で……ところで実家の方には連絡は?<o:p></o:p>

綾子の母 はい、昨日電報を打たせて頂きました。<o:p></o:p>

謙三  そうですかい、じゃあ皆さんもお待ちかねだ。<o:p></o:p>

綾子の母 はい、(遠慮がちに)汽車の時間もありますので……<o:p></o:p>

よね  それはそうだ、何時までお引止めしてはいけませんね。綾ちゃん一寸待ってよ。(奥の座敷に行き、何やらごそごそしてたが戻り)はい、綾ちゃん。これあんたから預かった毎日の売り上げだよ。小母さん郵便局に通帳こさえて預けといたんだよ、よく頑張ったよねえほんとにさ、これが判子だよ。<o:p></o:p>

綾子  小母さん、(両手で押し頂く)有難う、お母ちゃん、小母さんがこれを……<o:p></o:p>

綾子の母 何から何まで、もうお礼の言葉もありません。この通りでございます。(深々と頭を畳に擦り付ける)<o:p></o:p>

綾子  小母さん、(何か言い掛けるが躊躇う)<o:p></o:p>

よね  なんだい?<o:p></o:p>

綾子  …手元に僅かな金でも置いておくと物騒だから、小母さんに預かって貰ったほうがいいって、……邦夫さんが……<o:p></o:p>

清子  邦夫の指図なんでしょう、邦夫とは上野からの顔見知りだったんでしょう綾ちゃん。<o:p></o:p>

綾子  (消え入るように)すみません。<o:p></o:p>

清子  謝ることなんかちっともないのよ綾ちゃん、うちのお父ちゃんお母ちゃんなんか、跳んで喜ぶわよ。(二人に)ねえそうでしょう?<o:p></o:p>

とよ  (照れを隠すように)もう時間だってのに邦夫は一体何してんだろうね。<o:p></o:p>

謙三  何が何だか、とにかく喜びが二つ重なったような、そうでもないような……よくわかんねえよ清子。<o:p></o:p>

綾子の母 (きょとんとして)では皆様、この辺でそろそろ……<o:p></o:p>

謙三  そうだ、慌てて行くと碌なことはない。清子、(清子、英輔からの紙袋やみやげ物を手早くまとめ一行に手渡す)<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

一行それぞれ身支度して土間に下りる。お互いの家族励まし礼を言い合い外に出る。既<o:p></o:p>

に冬の陽は傾き始め、あたりには夕闇が忍び寄って来ている。それぞれ手を振りさような<o:p></o:p>

ら元気でね、の声が薄暮の道に吸い込まれて行く。謙三たちしばらく一行を見送って立っ<o:p></o:p>

ていたが、やがて店に入りそれぞれ後片付けを始める。三人改めて座敷に上がり、ほっと<o:p></o:p>

した表情で清子の淹れるお茶を飲む。<o:p></o:p>

 その時、足早に英輔が入って来る。座敷に上がり、どかっと胡坐をかく。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

英輔  間に合わなかった……悪かった。邦夫だが、心当たりは隈なく探したんだが……<o:p></o:p>

謙三  何処へ消えちまったんだか、見送りにも来ねえで、まあ英さん、お茶でも。<o:p></o:p>

清子  綾ちゃん心細そうだった。英さん、邦夫たち、やっぱりなによ……<o:p></o:p>

英輔  なによって?<o:p></o:p>

清子  なによって、やっぱり恋仲、恋仲だったのよ二人は。<o:p></o:p>

英輔  うん、それでせめて送らせようと捜し歩いたんだが、今度ばかりは……<o:p></o:p>

よね  何処へ行ったんだか、あの子だってひと目会っておきたかったろうに。<o:p></o:p>

謙三  しょうがねえじゃねえか、いねえもんは!英さんが骨折ってくれてるってえのに、あのバカが。<o:p></o:p>

よね  そこまで言う事ないよあんた、可哀そうじゃないか。<o:p></o:p>

謙三  ……<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

その時、激しく表戸を開ける音、邦夫を抱えた伊織が倒れんばかりに這入って来る。皆<o:p></o:p>

驚愕の声を上げ土間に転げ落ちるように寄る。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

よね  邦夫!(意識半ばの邦夫をみんなして座敷に運ぶ)<o:p></o:p>

英輔  卓袱台を端へ寄せるんだ!清ちゃん、バケツに湯だ、小母ちゃん、タオルを有りっ丈出して。小父さん、焼酎だ!伊織さん、座布団並べて、そうだ、そっと横にさせるんだ。(英輔、手際よく邦夫の手当てを始める)<o:p></o:p>

よね  邦夫、しっかりおし!誰が邦夫をこんな目に。<o:p></o:p>

謙三  それは後だ母さん、英さん、傷の具合はどうだね?<o:p></o:p>

英輔  何とも言えないが、小父さん、火鉢にどんどん炭くべるんだ。伊織さん、邦夫を何処から連れて来てくれたんだ。<o:p></o:p>

伊織  そこの屋台で一杯やってたら這うように、それこそ今にも倒れそうに、誰かと寄って見りゃあ、此処の息子じゃないか、泡食って運んだってわけで、とにかくひどくやられている。前島さん、大丈夫かな医者を呼ばなくて?<o:p></o:p>

英輔  それを今調べてんだ。(裸にした体を清子と丁寧に拭きながら)どうやら骨折はしてねえ。<o:p></o:p>

よね  ほんとかい英さん!<o:p></o:p>

謙三  いつかこんな事になると思ってたんだ英さん。<o:p></o:p>

英輔  愚痴は後だ小父さん。<o:p></o:p>

よね  ほんとだよ、痛い思いをしてんのは邦夫なんだよ、そんな事言っちゃ可哀そうだよあんた。22<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む110

2010-05-22 05:20:52 | 日記

その十一 焼跡を行く<o:p></o:p>

まだ津雲邸は燃えているのに、厚生省の前では数台の消防自動車がホースを長々とのばして、後始末にかかっていた。三人、手錠をはめられた男が、警官につれられて歩いていた。火事場泥棒らしい。<o:p></o:p>

 計画的群盗団が横行しているという噂もある。実際あの修羅の火の町の中では、強盗でも強姦でも、やる気になれば何でもやれるかも知れない。<o:p></o:p>

 最高の美と最低の悪が、火炎の中で乱舞する。恐るべき時代である。<o:p></o:p>

 一時間ほど死んだ魚みたいに眠りこけた。<o:p></o:p>

 眼をさましてから、火事場を歩いて見る。<o:p></o:p>

 この一夜に出現した荒野は、まだ煙と残火に燃えくすぶっている。津雲邸はなお巨大な赤い柱のピラミッドを虚空に組み立てていた。電車が数台、半分焼けたまま線路の上に放置され、罹災民がその中に眠っていた。負傷者が担架に乗せられてしきりに通る。炊き出し隊の前には何百人かの人々バケツを持って並んでいる。米屋の焼跡には黒焦げになった豆の山が残り、女子供が餓鬼のようにバケツにすくい入れている。<o:p></o:p>

 下目黒の方へいってみると、二十四日焼け残った部分が、この朝きれいに掃除されたように焼き払われていた。町会はまた焼かれて、さらにどこかへ引越していた。<o:p></o:p>

 電車、バス全く不通である。東海道線も不通だという。帰郷しようと思っていた自分は途方にくれた。<o:p></o:p>

 この高輪螺子は高須さんの知人だから、高須さんはまだいいとして、その下宿人たる自分がいつまでもここにくっついていることは出来ないのである。その高須さんも、ともかく勇太郎さんといっしょに鶴岡近くの奥さんの実家にゆくことにして、自転車で上野駅に切符を買いにゆく。<o:p></o:p>

 夕刻東海道線は品川と鶴見間通じ、大船以西は通じていることが分かった。しかたがない。鶴見と大船のあいだは歩くよりほかはない。<o:p></o:p>

 夕食、みなで酒を飲んでいるうち、いっそ山田君、勇太郎君といっしょに君が山形県へゆかないか、と高須さんがいい出す。切符を買ったものの、高須さんは会社のこともあり、山形県へゆきっぱなしというわけにもゆかないので、東京で新しい住所を求める必要もあり、今夜旅立つのはやはり都合が悪いというのである。で、自分がそちらへゆくことになった。<o:p></o:p>

 但馬へ帰るつもりが羽前へゆくことになってしまった。何がどうなるのか見当がつかない。<o:p></o:p>

 依然電車は不通である。京橋にゆくと地下鉄が通じている。で、自転車二台を借りて、高須さんが自分を乗せ、勇太郎さんがクラちゃんという女工を乗せて、白金台町から京橋まで月下の町を走る。<o:p></o:p>

 至るところ余燼くすぶる廃墟の中を芝公園まで来たら、路上に散乱する物体のため、勇太郎さんの自転車がパンクしてしまった。しかたがないので、ここから高須さんとクラちゃんに帰ってもらい、自分たちは京橋まで歩くことにした。<o:p></o:p>

 まだ酔っ払っていて、歌を歌いながら京橋まで歩く。途中日比谷公園で勇太郎さんは脱糞した。