うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 23

2010-05-23 15:26:23 | ドラマ

謙三  俺はなにも責めてんじゃねえ!<o:p></o:p>

清子  お父ちゃんもお母ちゃんも止めなさいよ!<o:p></o:p>

英輔  奴らもさすが素人じゃねえ、見事に急所外してる。この分なら医者は要らねえ、良かった。<o:p></o:p>

謙三  奴らって?<o:p></o:p>

英輔  間違えねえだろう。(邦夫呻き声を上げる)どうやら気が付いたようだな、ひでえ顔なんちゃって。当分外には出られねえから丁度いい。(邦夫起き上がろうとする)<o:p></o:p>

よね  邦夫、動くんじゃない、母ちゃんだよ、分かるかい?<o:p></o:p>

英輔  邦夫、動かずに聞くんだ、いいな。口が利けなきゃ首で返事をするんだ。清ちゃん背中を支えてやってくれ、相手は坂田だな?<o:p></o:p>

謙三  畜生!<o:p></o:p>

英輔  黙って、PXの件でお前を闇市の何処か連れ込んだんだな?よし、お前のルートを吐かせようとして木刀背負わしたんだな。だがお前は吐かなかった、アメリカ兵に仁義を通したんだな。何に?(邦夫の口元に耳を持っていく)ジュンにも迷惑がかかる……泣かせるぜ邦夫!<o:p></o:p>

邦夫  (清子の手を借りて辛うじて体を起こし、喘ぎ喘ぎ話し出す)水をくれ母ちゃん。<o:p></o:p>

よね  あいよ、あんた水!<o:p></o:p>

謙三  はいよ。(厨房へ飛んで行く)<o:p></o:p>

邦夫  上野で綾ちゃんの家族に会って、それからダチの所へ行ったんだ。<o:p></o:p>

英輔  さあ水だ一口そっと飲むんだ、その位にしろ、ゆっくり話すんだ。いいな。<o:p></o:p>

邦夫  ダチと今までの儲けを山分けして、奴を関西へ高飛びさせてから、関西はダチの故郷なんだ英さん。俺はその金を一刻も早く綾ちゃんに渡してやろうと、当座の生活に役立てて貰いたいと、そしたら……その金を奴らに……<o:p></o:p>

英輔  よし、それ以上は言うな。<o:p></o:p>

綾子  あたし、そんなお金なんか要らない!(何時の間にか戻った綾子が座敷に駆け上がり邦夫に縋り付く)邦夫さんを助けて!英輔さん!<o:p></o:p>

英輔  大丈夫だよ、心配ない!それよりどうして此処に?<o:p></o:p>

清子  綾ちゃん!どうしたの?<o:p></o:p>

綾子  すみません、邦夫さんに一目会いたくて、此の侭会えなくなってしまうような気がして、途中から戻って来たんです。<o:p></o:p>

謙三  嬉しいこと言ってくれるじゃねえか母さん。<o:p></o:p>

よね  ほんとだよ、邦夫、綾ちゃんだよ分かるかい、しっかりおし、お前に一目会いたくて戻ってきてくれたんだよ。顔見えるかい邦夫、綾ちゃんだよ!<o:p></o:p>

邦夫  止してくれ母ちゃん、俺はそんな死にそうなケガ人じゃねえやい。<o:p></o:p>

英輔  (笑って)どうやら大丈夫なようだ。<o:p></o:p>

綾子  ほんとですか。<o:p></o:p>

清子  心配ないわよもう。(綾子泣き伏す、その背をよねそっと撫でる)<o:p></o:p>

謙三  英さん、すまない、英さんが居合わせなかったらどんな破目になったか知れない。(目をしばたく)<o:p></o:p>

英輔  おうそうよ、伊織さんに、みんな礼を言ってくれ。とんだ事になるとこだったんだ。(皆それぞれ礼を言い頭を下げる)<o:p></o:p>

邦夫  伊織さん、あんた命の恩人だ。<o:p></o:p>

伊織  大袈裟な、礼を言いたいのはこっちの方だよ。あんたの親父さんたちに、これで万分の一かの恩返しが出来たんだ。<o:p></o:p>

よね  そんな……<o:p></o:p>

英輔  それじゃ伊織さん……<o:p></o:p>

伊織  ああ、それじゃ皆さん、俺はこれで……<o:p></o:p>

英輔  (その背中に)承知とは思うが、この事口外無用に願いますよ。(伊織、振り向き軽く肯いて帰る)<o:p></o:p>

邦夫  英さん、(腫れた目を剥き)このおとしまえ付けまするからね俺!此の儘だんまり決めたんじゃ男が廃る。坂田を叩っ切る!<o:p></o:p>

英輔  バカヤロウ!何言い出すんだ、邦夫、あれほど口が酸っぱくなるほど言って聞かせたのが分かんねえのか!お前はいいからじっとしてりゃいいんだ、後のけじめは俺に任せとけ。<o:p></o:p>

邦夫  そうはいかねえよ、金までふんだくられて、おめおめ引き下がってるわけにはいかねえ!<o:p></o:p>

綾子  邦夫さん、お金なんかどうでもいい、英輔さんの言う事きいて下さい!<o:p></o:p>

英輔  (いきなり邦夫の腫れ上がった顔に平手打ちをかませる。邦夫のぞけり皆悲鳴を上げる)いいか邦夫、二度とは言わねえからな。お前はこの綾ちゃんと互いに力になって、小父さん小母ちゃんの助けになるんだ。闇市からすっぱり縁を切るんだ!そして家業に精を出す。いいな、これはお前との約束事だ。清ちゃんだって、ジュンだってみんながそれを望んでるんだ。真っ当な親兄弟が揃っていて……おまけに慕ってくれる女がいて、なに寝言ほざきやがんだ!そんな世迷言聞く耳俺は持っちゃいねえ!清ちゃん、こいつに粥でも食わしてやってくれ。<o:p></o:p>

綾子  あたし作ります。(邦夫を振り返り振り返りして、厨房に行く)<o:p></o:p>

よね  (嬉しそうに)そうしてくれるかい。<o:p></o:p>

英輔  それじゃみんな、明日朝また顔出すから、邦夫をしっかり寝かし付けるんだ。(英輔立つ)<o:p></o:p>

邦夫  英さん!<o:p></o:p>

英輔  喧しいやい!飯食ったらおとなしく寝るんだ。<o:p></o:p>

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英輔、静かな足取りで土間に下りる。厨房から綾子、座敷に立つ謙三よね清子、不安そ<o:p></o:p>

うな面持で見送る。           <o:p></o:p>

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二幕<o:p></o:p>

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幕間に当時の流行歌が流れる。例をとれば、『悲しき口笛』『東京の花売り娘』『かえり船』<o:p></o:p>

『泣くな小鳩よ』『星の流れに』『異国の丘』等々である。幕が静かに上がる。23<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む111

2010-05-23 04:51:47 | 日記

その十二 都落ちの心境は<o:p></o:p>

 有楽町はコンクリートの建物だけが蒼い月光に浮び、その間々にはまだ赤い火がチロチロと地上に燃えていた。人気のない月の町が赤あかと燃えているのは、恐ろしい神秘的な光景であった。<o:p></o:p>

 京橋から地下鉄で上野にゆく。上野駅の地下道は依然凄まじい人間の波にひしめいていた。<o:p></o:p>

 汽車にのってから気分が悪くなり、窓から嘔吐した。越後に入るまで、断続的に吐きつづけた。水上温泉のあたり、深山幽谷が蒼い空に浮んで、月明は清澄を極めていたが、苦しくて眠られず、起きていられず、悶々とした車中の一夜を過ごした。<o:p></o:p>

五月二十七日<o:p></o:p>

 久しぶりに日本海の荒涼たる波濤を見る。しかしこれより北へははじめて旅するのである。<o:p></o:p>

 越後寒川附近。人けのない白い砂浜に赤茶けた雑草がそよぎ、汀には太い丸太がころがっているのみ。家の屋根々々には無数の石がのせられ、寂漠とした海とよく映り合っている。裸の子供が三、四人砂浜で遊んでいた。<o:p></o:p>

 或るところでは「西」と白く染めぬいた赤い旗が立っていた。西風の意味であろう。浜には可能の最大限度と思われる位置まで田が作られている。或るところでは、浜で大きな木造船を作っていた。<o:p></o:p>

 列車は庄内平野に入った。田圃は青い畦で巨大な美しい碁盤のようだ。ふいにこの北国の野が憂愁にかげったとおもったら、はげしい驟雨がわたり出した。<o:p></o:p>

 羽前大山駅についた。驟雨は去って日さえさし出した。<o:p></o:p>

 歩いて勇太郎さんの家にゆく。すなわち高須さんの奥さんの実家である。ご両親のおじいさんおばあさんのほかに、奥さん、その妹さんの満ちゃん、満ちゃんの子供男の子二人、それから啓子ちゃんという可愛らしい女学生がいた。これはだれに属する女の子かよくわからない。<o:p></o:p>

 完全に焼け出された顛末、自分がここへ漂白してきたいきさつを報告。<o:p></o:p>

 夕刻、奥さん、勇太郎さんと北大山駅近くの善宝寺という寺にいって見る。<o:p></o:p>

 碧い空に赤松が夕日を受けて燃えるようにかがやき、糸垂桜はまだ咲いていた。五重塔もある美しい大きな寺だ。本堂に入り、廊下の壁に高くかかげられた竜や王昭君の絵や、経机に幾百となく積みあげられた大般若波羅蜜多経や金色の祭壇を見て出る。<o:p></o:p>

 この寺にも東京小岩の学童が疎開していて、この五月に来たそうだ。みんな一生懸命に石段などを掃いていた。<o:p></o:p>

 山門を出て、ひなびた町を帰る。カラタチの垣根に白い花が咲き、赤い椿の花がこぼれ、牛の鳴き声がするといった町だ。家の屋根はほとんど杉皮でふかれ、樽桶製作という看板が目につく。この町は酒と糟漬の名産地だそうだ。鳥海山はなお雪を株って遠く霞んでいたが、雪のため羽黒、月山は見えず。