うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 18

2010-05-18 20:34:25 | ドラマ

よね  焦れったいねっあんたって人は、清子、よくお聞きよ。あたしたちはね、ジュンと付き合ってる事をとやかく言ってるんじゃないよ。その付き合いがどんなものなのか、先行きなんか約束しての付き合いなのか、それが知りたいんだよ。<o:p></o:p>

謙三  アメリカは遠いんだぞって、ここでお父ちゃんは心配するから言うんだった清子…(独り言)また早まったかな。<o:p></o:p>

清子  分かったわ。心配かけてごめん。邦夫の事もあるしあんまり心配かけたくなかったのよ余計な、あたし、結婚申し込まれてんのよ。<o:p></o:p>

謙三  ジュンにか?<o:p></o:p>

よね  当たり前じゃないか、(清子に)余計なだけ余計だね、親は子供の心配するように出来てんだ。やっぱりそうだったんだねお父さん、あんたは反対だよね?<o:p></o:p>

謙三  (慌てる)俺に下駄預けんなよいきなり。賛成だ、反対だなんて簡単に言えるか、アメリカは遠いんだ。<o:p></o:p>

よね  そればっかり、ほかに言う事ないのかいあんた。<o:p></o:p>

謙三  (頭抱えて)困った、何とも言い様がねえ。<o:p></o:p>

よね  それで、返事はしたのかい。<o:p></o:p>

清子  まさか、考えさして貰ってるの。でも……<o:p></o:p>

よね  でもってなんだい?<o:p></o:p>

清子  社長さんからも薦められてんのよ。<o:p></o:p>

謙三  社長さんから?そいつはいいや、社長さんなら国際問題にも詳しいだろうから色々お話を伺ってだな、返事した方が良い。何も慌てるこたないさ。<o:p></o:p>

よね  あんた何聞いてんのよ、社長さんは二人の結婚に賛成で薦めてらっしゃるの!<o:p></o:p>

謙三  そうだよな、社長さんはアメリカが遠いの知ってて薦めてるんだろうか?<o:p></o:p>

よね  (謙三を無視して)それでお前の気持は正直どうなの?<o:p></o:p>

清子  ……まだ思案中。<o:p></o:p>

よね  確率は?<o:p></o:p>

清子  急かせないで、でも……<o:p></o:p>

よね  でもなんだい、<o:p></o:p>

清子  承諾したらお父ちゃんお母ちゃん怒る?<o:p></o:p>

よね  お父さんは反対するだろうね理屈もなく、これは間違いない。お母ちゃんはそんなでもないよ。でも、社長さんのお話をよく聞いてからだね。……お母ちゃん嬉しいよ正直に話してくれて。<o:p></o:p>

清子  当たり前じゃないの。<o:p></o:p>

よね  そうだよね。(手拭を出す)<o:p></o:p>

謙三  (不服そうに)これだ、いつものけ者にして、やんなんちゃうよ。<o:p></o:p>

清子  そんな、のけ者なんて。お父ちゃん有難う。アメリカなんて今の時代そんなに遠くないわよ。<o:p></o:p>

謙三  そうよな、飛行機の時代だからなこれからは。あれっ、なんか変だな。<o:p></o:p>

よね  他愛ないんだから。(清子と顔見合わせ笑う)とにかく邦夫の意見も聞いてみなくちゃね、なんたって跡取りなんだから、頼りないけど意見ぐらい聞いてやんなきゃ。ねえっ。<o:p></o:p>

謙三  そりゃそうだ。<o:p></o:p>

清子  邦夫といえば最近どうなの、まだ懲りずに危ない橋渡るようなことやってるの?<o:p></o:p>

謙三  英さんが時々会って忠告はしてくれてるんだ。素直にきくようなタマじゃない。一度痛い目に遭わなきゃダメかもな。<o:p></o:p>

清子  英さんてばこないだ朝駅で会った時、ジュンの連絡先訊かれたわ。理由は言わなかったけど、邦夫の事かしらね、教えておいたけど。<o:p></o:p>

よね  あたしね清子、こんなこと考えてんだよ最近、邦夫に綾ちゃんが嫁にきてくれたならってね。<o:p></o:p>

清子  お母ちゃん、何言いだすのよ、英さん、綾ちゃんの事想ってんじゃないの?<o:p></o:p>

謙三  (嬉しそうに)それがどうやらそうじゃないらしいんだ。色々探り入れたんだが、英さんはただ妹のように思ってだな、心配してるだけのようなんだ。だから母さんしきりと夢みたいな事言いだしてんだよ。邦夫みてえなやくざ、綾ちゃんなんかが振り向くもんかって、言うんだがな。<o:p></o:p>

清子  (急に何か思い出したように)待ってよ、こないだ邦夫から預かった靴磨く布、綾ちゃんに弟からって渡したとき……綾ちゃん邦夫と会ったことないわよねここで、当然邦夫がここの息子だってことは知らない筈よね。<o:p></o:p>

謙三  それがどうかしたか?<o:p></o:p>

清子  それなのに、待ってよ、まるで好きな人からの贈り物のように、愛しそうに胸に抱いて、頬をほんのり紅く染めてたわ綾ちゃん、いま思うと……待ってよ……<o:p></o:p>

よね  (身を乗り出し)何が言いたいんだい清子は?<o:p></o:p>

清子  待って……<o:p></o:p>

謙三  大分待ってるよ。<o:p></o:p>

よね  あんた黙ってて!<o:p></o:p>

清子  弟からだってのに、なにも弟のことも聞かずに受け取った、当たり前のように。ということ初めてではないのよ布を貰ったの邦夫から、そうよ、二人は綾ちゃんが上野に居るときから知り合ってるのよ。おそらく食事はここでしろって邦夫の指図よ。そうよお母ちゃん。邦夫考えたわね、お父ちゃんお母ちゃんに預ければ安心だって踏んだのよ。邦夫もやるわね、勿論綾ちゃんは邦夫になにも言うなって口止めされてんのよ。邦夫照れ屋だから。<o:p></o:p>

謙三  と言う事はだな……<o:p></o:p>

よね  あんた黙ってて、それじゃ清子、邦夫と綾ちゃんは恋仲とでも……<o:p></o:p>

清子  間違いないわよ。<o:p></o:p>

謙三  ほんとかい?<o:p></o:p>

清子  でもまだ二人は、はっきりとは気持打ち明けあってはいないわね。<o:p></o:p>

謙三  またなんでそんな事お前に分かる。<o:p></o:p>

清子  理屈じゃないわよ、カンよ。<o:p></o:p>

よね  そうかもね。<o:p></o:p>

謙三  そうかもねって落ち着いたいる場合か、そんなら何だって堅気な暮らしをしようとしないんだ邦夫は、誰がやくざな男になびくもんか!真っ当な暮らしをしててこそ、はじめて男は女を迎かい入れる事が許されるんだ。今のままのあいつには綾ちゃんに惚れる資格はねえ!18<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む107

2010-05-18 04:30:42 | 日記

その八 まさに銃後も前線である<o:p></o:p>

 どうせ結局やられるんだ、早く片づけてくれ、などと昼間はいっていたのが、さすがにいざとなると動揺は覆いがたい。<o:p></o:p>

 B29は今夜もまたよく墜ちた。赤い人だまみたいに炎の尾をひいて飛んでゆく奴もあった。煙が空中に満ちて、空が次第に見えなくなって来た。<o:p></o:p>

 ゴウーと風が出はじめて、近くの邸宅の森の樹立が海鳴りみたいな音をたて出した。あまりの大火に凄まじい気動が生じるのは、この空襲がはじまってから身を以って体験した一事実である。<o:p></o:p>

 ピカッと空にきらめく青白い閃光、轟音、投弾の響、女達の悲鳴。男の女を叱りつける威張った、そのくせかん走った声。みんな、なんども肝つぶして物陰に逃げ込んだ。<o:p></o:p>

 何時間たったか分からない。もう星のまったく見えなくなった空に、敵機の爆音はなお轟いている。<o:p></o:p>

 この白金台町もつづいて燃え上がり出した。目黒方面から、炎が潮のように迫って来た。黒煙は濃霧のように流れ、前の往来は避難の群集でいっぱいだった。<o:p></o:p>

 蒲団をかぶった老人、大八車を引いてゆく姉妹、赤ん坊を背負った母親、しかしこの人々は何処へ逃げようというのだろう。敵機はまだ飛んでいる。安住の地は東京の何処にもないはずだ。火のないところと、敵は丁寧に投弾してゆくのだ。(人を、日本人をターゲットにした殲滅作戦です。日本軍には投降は許されぬといいますが、無防備の市民を助ける術もないということなのか?)<o:p></o:p>

 見るがいい、さっきまでは暗かったただ一つの方角の空にも、まるで金の砂のように焼夷弾がふってゆくではないか。焼夷弾は地中にめり込む鉄の筒だ。凄まじい速力で落下するにきまっている。しきしそのあとの空中に、オーロラのごとく垂幕のごとく、徐々に徐々にふってゆく金色の砂みたいなものはいったい何だろう。幾千億の花火が傘をひらいて降りてゆくようにも見える。そして風の唸りがはげしくなって来た。<o:p></o:p>

 空を仰ぐと、火の潮みたいに赤い火の粉が渦巻き流れてゆく。無数の赤い昆虫が飛んでゆくようにも見える。大きな燃えカスが、屋根や路上に落ち、ころがり回って危険なことこの上ない。自分と勇太郎さんは屋根に上がって火叩きをふりまわした。みな、往来をころがってゆく大きな火の粉に必死に水を浴びせている。(火叩きも現実に活躍したわけです。防空演習ではよく見たものですが…)<o:p></o:p>

 「水を使うな、そんなものに水を使うな!<o:p></o:p>

 と、だれかが叫んだ。しかし目の前に飛びめぐっている火の塊を見ると、みな本能的に飛びかかって踏みにじらずにはいられない。<o:p></o:p>

 電車通りをはさんで左側一帯を焼き払ってくる姿は、とうとう右側にも移った。焼ける音が凄惨にひびいた。<o:p></o:p>

 「みんな逃げるな、最後まで敢闘せよ!<o:p></o:p>

 ここの防空群長をやっている在郷軍人が凄まじい声をあげて、荷物を背負った群集の逃げ惑う往来を歩いていた。しまいには、<o:p></o:p>

 「白金台町は断じて燃えない! 逃げるやつは厳罰に処するぞ、逃げちゃいかん」<o:p></o:p>

 と棒を持って群集の方へ躍りかかっていった。