うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり5

2010-05-03 16:59:16 | ドラマ

綾子  この前初めて此処でお会いしたときからなんです。<o:p></o:p>

よね  それで一日二回もねえ。<o:p></o:p>

英輔  (改まって)小母ちゃん、俺、すいとん仇だなんて言ったこと無いよ。<o:p></o:p>

よね  ほほほっ、そうだったかね、英さんじゃなかったら、誰だったんだろう……なに真面目になってのよ今朝は。<o:p></o:p>

英輔  (話をそらし)綾ちゃんの靴磨き丁寧なんだ小母ちゃん、(綾子に)あんまり丁寧にすることないんだよ。靴墨だって減るし、第一くたびれるよ。ねえ小母ちゃん。<o:p></o:p>

よね  英さんだから特別なんじゃないの。(英輔にこにこする)<o:p></o:p>

綾子  (恥ずかしそうに)そんなこと。<o:p></o:p>

謙三  はい、お待ちどう、(よねに)いつまで坐ってんだ。ジャマだろうがお二人さんに、全く気が利かねえんだから。すいませんねえ英さん。<o:p></o:p>

よね  なにさ、あんただって二人のこと気になってしょうがないんだろう。<o:p></o:p>

謙三  だからって二人にへばり付いてるこたないだろうよ。<o:p></o:p>

英輔  (笑って)お二人さん、俺たちのこと気い揉むことないよ。こないだ話しただろう、みんなして綾ちやんのこと守って行こうって。俺はその上で行動してるんだ。<o:p></o:p>

謙三  おっ、英さん格好つけちゃって。<o:p></o:p>

よね  あんた、茶化すんじゃないよ。英さん、そうだったよね(手拭を取り出す)英さんありがとう。<o:p></o:p>

謙三  まためそめそしやがって、でも英さんよ、とは言うものの、とは言うもののじゃないの?<o:p></o:p>

英輔  何勘ぐってんだい小父さん、見当違いもいいとこだぜ。俺はね、綾ちゃんに初めて会った時吃驚したんだよ、妹がそこにいるのかと。俺はそれで綾ちゃんが妹の生まれ変わりのような気がしてきてんだよ。<o:p></o:p>

謙三  そうかい、言われて見れば妹さんとおんなじ年頃だ綾ちゃんは。<o:p></o:p>

よね  英さん、そんな気持になってんの。(綾子、手で顔を覆う)<o:p></o:p>

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奥の襖が勢いよく開き清子が出て来る<o:p></o:p>

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清子  ばかに賑やかね。英さん、綾ちゃんお早う。(謙三とよねテーブルを離れ座敷に腰を下ろす)<o:p></o:p>

英輔  清ちゃんこれからかい、どうしたいこないだの話?<o:p></o:p>

清子  そうだった、お父ちゃん、今日三時頃連れて来るわよ。喜んでたわよう……<o:p></o:p>

謙三  連れて来るって誰よっ?<o:p></o:p>

よね  アメリカさんでしょうよあんた。<o:p></o:p>

謙三  ああ、そうだったな。<o:p></o:p>

英輔  今日か、三時だね清ちゃん、俺会談には参加しないが、駅から店の間送り迎えするよ。考えてたんだが、お節介のようだがそうさせて貰うよ。駅前のとこ、なにかと小やかましいのがうろついてっから。<o:p></o:p>

よね  そうしてくれるかい英さん。ああ助かる。英さんが一緒に歩いてくれりゃあ恐いもんなしだ。ほんとに良かった。<o:p></o:p>

清子  それじゃ英さん、お願いね。じゃあたし出かける。<o:p></o:p>

綾子  待って清子さん、駅まで一緒に、小母さんお幾ら?<o:p></o:p>

英輔  なに言ってんだ綾ちゃん、俺が払っとくから早く行きな。<o:p></o:p>

綾子  それじゃあんまりです。<o:p></o:p>

英輔  いいから、多寡がすいとんの一杯や二杯。<o:p></o:p>

謙三  (おどけて)多寡がすいとんの一杯二杯ね。<o:p></o:p>

よね  綾ちゃん、ご馳走になんなさいよ。<o:p></o:p>

綾子  すいません。それじゃ遠慮なく。(英輔に頭を下げ、清子の後を追って店を出て行く)<o:p></o:p>

謙三  綾ちゃんはこれからお仕事だ、(英輔に)靴、磨きに行かないのかい。一日に二回とはね、おそれ入谷の鬼子母神だ。<o:p></o:p>

英輔  (笑って)まだ言ってやがる。<o:p></o:p>

謙三  あはははっ、ところで英さん、縄張りはちやんと守ってるんですか。<o:p></o:p>

英輔  (座敷の上がり口に移り)それは大丈夫だ。なにしろ蔵が焼け残って境界ははっきりしてるんだ。指一本触れさせないよ、俺は俺で屋敷内をし切ってバイをやらせてる。法外なショバ代は取らねえから、結構みんな喜んでるよ。<o:p></o:p>

謙三  そうだってね。なにしろ特攻隊あがりの一匹狼の英さんだ、坂田もうっかり手は出せないよな。<o:p></o:p>

よね  でも、相手は向う見ずのやくざだからね。子分もいっぱいいるし、気をつけて下さいよ。<o:p></o:p>

謙三  全くやる事があくどいよなあ、いくら焼け野っ原になったからって、他人様の跡地勝手に整地しちゃって、どんどんバラック建てて縄張りにしてしまうんだからな。疎開先や焼け出されて避難してた住人が、何か言ってきても取り合わねえてんだから非道いよな英さん。<o:p></o:p>

英輔  ああ、床屋も酒屋も八百屋も呉服屋も、焼け出された商店街の連中はみんな泣いてる。なんたって帰るところが無くなっちまんたんだからね。街の復興は坂田組からなんて体裁良い事抜かしやがってな。区役所も何もかも焼けちまってのどさくさに、焼け跡に残った土台石とっ払っちまって、勝手に道路引いて坂田組の看板立ててしまった。小父さんの言うとおり悪どい!<o:p></o:p>

よね  闇物資を買ったり売ったりするのはいいわよ、それはそれで助かる人がいるんだから。だけど怪しげな店建てて、怪しげな商売やらせるなんてこの町どうなってしまうのかね。それより坂田は今度の地方選挙に区会に出るなんて噂よ。やくざが政治家なんてあたし聞いた事ないよ。<o:p></o:p>

謙三  これも噂だが駅前のマーケットへ行くと、押し込みに使うピストル貸すそうだよ英さん、歩合取って。あくまで噂だけどね。<o:p></o:p>

英輔  小父さん、そんな事口にしないほうがいいよ。<o:p></o:p>

謙三  分かってる、ここだけの話だ。母さん、お前も分かってるな。<o:p></o:p>

よね  あんたと違ってあたしはお喋りではありませんよ。<o:p></o:p>

謙三  (呆れ顔で)これだよ英さん。5<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む92

2010-05-03 04:29:44 | 日記

風太郎氏の戦う覚悟<o:p></o:p>

 戦いて国を滅ぼすか、屈して永遠の汚辱にまみえるか。実に恐るべき関頭なり。決して小説中に於けるがごとき簡単なる命題にあらず。これ生きんとする本能と、光栄をつらぬかんとする理知との闘いなり。人間内部に於ける動物と神との格闘なり。日本人はいずれをえらぶか。断じて屈するなかれ。恥を知り死を恐れざる民族たれ!<o:p></o:p>

五月四日(金)曇ときどき日さす<o:p></o:p>

 午前九時半、正午それぞれB29一機ずつ来る。<o:p></o:p>

 午前の教練は新式散開訓練。<o:p></o:p>

 ピエル・ロティの短編を読む。<o:p></o:p>

五月五日(土)曇<o:p></o:p>

 ルントシュテット元帥もクライスト元帥も、独軍首脳相ついで捕虜となる。百万、五十万、各地の独軍続々と無条件降伏。<o:p></o:p>

 天地晦冥の轟音一過して、一夜に首都と総統を失いたるベルリン市民、壕より這い出で、茫然、虚脱せる微笑浮かべつつ、食物を求めて市中を彷徨しあり。一方モスクワにては、全市民街頭に躍り出て、相擁し、接吻し、狂喜乱舞をつづけつつありと。ああ何たる胸えぐる対照ぞや。<o:p></o:p>

 ドイツは徹底的、これ以上申分なきほど無惨なる壊滅をとげぬ。日高駐伊大使、イタリー遊撃隊に捕らえられたりとの報道あり。大島駐独大使はいかになりしにや。願うらくヨーロッパ各地の日本人、米英の手にとらえらるるよりも、いさぎよくみずから処して、断じて祖国の患いをなすなかれ。<o:p></o:p>

 正午、B29一機来。<o:p></o:p>

 B29五十機、百機、最近連日本土西半を襲う。機雷等を近海各海峡に投下するがごとし。本土制空権完全に敵手に移りつつあり。日本の相貌実に昏し。<o:p></o:p>

 ノルウェーの独軍もまた降伏を申し出たりと。<o:p></o:p>

 本国敗れて遠征軍おのずから潰ゆ。<o:p></o:p>

 敵アメリカ、日本本土直接攻撃の犠牲甚大なるを危惧し、シナ大陸に上がりて日本を孤立せしめ自滅せしむる作戦。また一挙に日本本土を攻撃して、中枢を消滅せしめ抹消おのずから滅ぼす作戦。この二法いずれをえらぶかは種々論議されたれど、このドイツの戦例によりて、日本本土直接攻撃を採る算大なり。いずれにしても、日本は不堯不屈、ドイツとは違うなり。ドイツの戦例を以って日本に適用せんとする敵の錯覚誤解をその致命傷たらしめよ。<o:p></o:p>

 バルザック「田舎の医者」を読む。<o:p></o:p>

五月六日(日)晴曇はげし<o:p></o:p>

 昨夜十二時近く警報発令。敵大編隊北上中なりと。まもなく空襲警報発せらる。B29三機、房総と相模湾より相ついで進入せるも後続の主力は西進し、本日午前一時解除せらる。雲低くして、時々稲妻に似たる青白き閃光きらめく。<o:p></o:p>

 朝晴る。午前九時半敵一機至る。雲出で、曇る。十一時また一機。雨となる。雨をついてまた一機、鹿島灘方面に来る。B29なりしがごとし。