あすか共和国建国宣言から十日という日にちが瞬く間に過ぎた。だがその間共和国の閣僚たちは、昼夜兼行で子供たちの教育問題、ライフラインの安定確保に重点を置き、日本政府と交渉を続けていた。しかし未だ日本政府から過日の声明の確約としての、交渉調印には至っていなかった。ライフラインの保証はあくまで声明だけであって、昭島はせめて公文書による確約を要求し続けていたが、日本政府の返答はのらりくらりで進展はなかった。 大統領官邸の大広間。ようやく夕陽が丘陵に傾きかけ、茜色の陽光が燦然と白亜の官邸を浮き立たせている。そして広間は惜しみなくシャンデリヤが光を放ち、華やいだ雰囲気が充満して、弾くような燦きが横溢している。それもその筈である。今夜はあすか共和国建国祝賀会が催される夕べである。正面にはあすか共和国建国祝賀会と大書された横断幕が掲げられている。着飾った秋田大統領が満面笑みを浮かべ、女性閣僚たちいずれも華やかな衣装を纏い広間を行き来する。内閣広報室長石神るみ子がドレスの裾をひるがえし、軽やかな動きでウエイターたちに次々とを指示を与え一人しきりに時間を気にしている。重厚な、ときには軽快な音楽を用意された楽団が奏で、会場の興奮をいやが上にもかき立てる。広間の中央には、フランス外人部隊の兵士二名がスマートな礼服で微動だにせず直立している。 昭島たちも今日はスーツ姿で決めている。 夕闇が迫りつつある山間の道路を一台のジープを先頭にマイクロバス一台、その後を中型の幌をかぶったトラックが四台続く。かなりのスピードでカーブをブレーキの音を軋ませてこなして行く。トラックに分乗した男たちは、それぞれの車内の赤色灯の灯る中、目を光らせ無言でいた。ある者はライフル、ある者は自動小銃、そしてある者は背嚢を大事そうに膝に抱えている。窓の外を流れる山肌は次第に遠ざかり、替わって都会の空気が彼らの嗅覚を刺激していき緊張感が車内に漲る。各トラックの中では、先導車のジープからの指示を無線でやり取りしていた隊員が仲間に指示している。
「後三分で目的地に到着、現場はかなりの市民が集まっているが、その排除は警視庁の急襲部隊。自衛隊特殊部隊は各自の状況判断にて威嚇射撃を実施、一挙に邸内に突入する。予定通りの作戦で変更はなしだ」
男達の目が一段と光を増していく。 やがて車列は山間の道路から国道に入ったところで停まった。後は一気に勾配を下れば秋田邸まで数分の位置で、眼下に秋田邸が一望できる。ジープから二人の男が降り立った。すでに目出し帽や覆面を着用している。各車両から幹部と見られる男たちがこれも目出し帽をかぶり、ジープのそばに駆け寄ってくる。 隊長らしき男が双眼鏡で眼下を見ていたが、
「ようし、諸君いよいよ屈辱を晴らす時がきた、同時に日本をないがしろにする犯罪者集団の企みを排除する時がきたのだ!諸君、沈着冷静そして敏速に作戦を敢行する!」
祝賀会場では開催の定刻なのか、スタンバイしていたテレビのカメラが動きだし、リポーターの高揚した声が会場の模様を逐一描き始める。
「もう間もなく開催の時間です。大統領始め閣僚たちが賓客を迎えるため威儀を正して玄関脇に居並びます。今夜のあすか共和国の要人たちの衣装は日本橋四越の好意によって誂えられたものであります。そしてこの世紀のイベントは伝単が総力を挙げて企画からすべて無償で協力したものであります。料理飲み物一切は国際ホテルの提供によるもので、料理人ウエイター共々国際ホテルから派遣されております。あっ、今、井沢文部省補佐官に引率された少年少女たちが、あすか国旗と日の丸の小旗を手に、可愛い揃いのセーラー服姿で螺旋階段を躍るように降りて参りました。申し遅れましたが護衛として起立する外人部隊の兵士はフランス大使館のアイデアで、大使館の外交官が扮しているものです。なお手元に配られました資料によりますと、今夜の招待客には、あすか国を承認された国々の元首は身辺警護の問題から敢えて招聘状は送らなかった由であります。しかし日本国在任の大使領事は夫人同伴で、すべて招聘に応じておられるそうであります。従ってあすか政府は、賓客の安全を確保するため大和警備保証会社のベテラン、屈強な警備員を配置しております。しかし残念と申すのでしょうか、未だ日本政府は世界の動向に背を向けあすか共和国の承認に至らず……」
突如レポーターの声が途切れた。扉の開けられた玄関から、自動小銃を構えた目出し帽や覆面、黒ずくめの男たちの集団が飛び込んできたのだ。数名を残し二手に別れ二階と奥の厨房へと敏速に動く。同時に戸外で立て続けに銃の発射音がけたたましく鳴り響き、広間の女性子供たちの間に悲鳴が起きる。テレビ局員たちが機材を放りっ放しで戸外に飛び出して行く 指揮官らしき男がいきなり天井に向かって銃を連射する、悲鳴が再びあがる。
「動くな!騒ぐな!」
外交官が扮した外人部隊の兵士は男の一喝で銃を捨て両手を挙げる。楽団員たちが算を乱して転げるように逃げ場を探して右往左往する。
「残念だが客人は来ない、門前でお帰り願う。女子供、それにあすかの部外者は直ぐ表へ出るんだ!」
「表で仲間が門外に誘導する、手早く動け。そうだそうだ、その調子だ」 指揮官の男は言葉を和らげる。
「きさまたちは何者だ、昭島すまん、油断した」
沢田が昭島に駆け寄った。それを見た指揮官は銃を構え声を荒げた。「動くな、喋るな、きさまたちは手を下ろすんじゃない」
夫人たちは男たちに急かされながらも、それぞれの子供たちの手を握り立ちすくんでいた。大統領が「官房長官!」と悲痛な叫びをあげ昭島に駆け寄ろうとするが覆面の男に阻止されてしまう。「大統領!」絶叫する昭島の喉元に銃口が突き付けられる。閣僚たちは悲鳴をあげる。翔太が覆面の男の隙をみて井沢に縋り付き泣き叫んだ。
「先生、行きたくないよう!」
井沢は翔太を抱こうとするが、覆面の男は軽々と翔太を抱え上げ井沢を突き放した。閣僚たちは昭島たちと言葉も交わすことも出来ず、子供たちの手を握り嗚咽しながら振り返り振り返り広間を後にして行く。厨房から男たちに小突かれながら料理人やウエイターたちが、そして楽団員たちが次々と表へ出される。やがて覆面の男たちと残された昭島たち七人は静まり返った広間に対峙した。
「とんだ愁嘆場を見せやがる。奴らの体を調べろ」「拳銃は所持していない」
沢田が指揮官を探るように詰め寄った。指揮官は後退しながら銃を向けた。
「口をきくなと言ってある」
部下の男たちが手荒く昭島たちの体を調べる。
「銃は所持してないようだな、不用意だったな。しかし賢明だった、余計な犠牲者を出さずに済んだからな」
島元が怒りで体を震わせ叫んだ。
「婦人や子供たちはどうした!」
すると部下の一人がいきなり彼の向こう脛を蹴り上げた。思わずうめく島元を指揮官は冷たい目で見ていたが、
「よし、手を下ろせ。口をきくことを許す」
昭島が指揮官の男をまともに見据え、
「ここをあすか共和国と知って襲ったのか。婦人や子供たちは?」
「あすか共和国?ほざくな、世迷い言はいい加減にしろ!お前たちの言うあすか共和国の大統領一行並びに家族は、めいめいそれぞれの家庭に戻す。今から普通の生活に戻る。平穏な日常に帰るのだ、余計な心配はすんな」
一方広大な庭に出された祝賀会に手伝いにはせ参じていた男女が、銃のもと一箇所に集められ、次々とそれぞれの車に乗車させられ屋敷の外に追い立てられていく。そのそばを、ジープに先導されマイクロバスに乗させられた閣僚と子供たちが追い越して行く。門の外、国道では誘導灯を手にした黒装束の男たちが、邸内に進入しようとする招待客の車を停車させては車の窓を開けさせ、声高にUターンを命じている。そして国道は祝賀会を一目見ようと集まった群集、それを蹴散らす武装集団の男たちとのいさかい、罵り合いで大混乱を呈していたが、夜空に放たれるライフルの威嚇射撃に次第に群集は怯え沈黙し、事態は沈静していった。配備された警備員はが右往左往しながらも、懸命に群集を誘導避難させ事態の収拾に奔走していた。 沢田が沈痛な声を上げる。
「大統領は?ここが大統領の…」
「秋田夫人は子息と一緒に実家へ送り届ける。秋田次官もそこにおられる」
指揮官に代わって島元を蹴り上げた男があとを続けた。
「人質全員それぞれの肉親のもとに無事送り届ける」
昭島が無念の形相で男に問いただした。
「それがお前たちの目的か。警視庁の特殊部隊か!」
島元が重ねて迫った、
「貴様たちは何者だ!名乗れ」
言うなり指揮官の男にとびかかったが、体をかわされ、そこを部下の男に銃の台尻でしたたかに殴打され、無残にも仆れてしまう。 床にうずくまり苦痛をこらえる島元を庇いながら沢田は指揮官に詰め寄った。
「貴様たちは恐らく「ヨルカ師団」の隊員だろう、それも特殊部隊だ!そうだろう!」
「ふん、そんなことはどうでもいい、貴様たち、いいように自衛隊を世間の笑い者にしたな。だがそれはいい、俺たちは自衛隊とは無関係だからな、縁も所縁(ゆかり)もない!しかし貴様たちのとった行動を見逃すわけにはいかない。貴様たちが自分たちの希望に走るのは勝手だ、政府を批判するのも結構、しかし世界を盾に日本の改革だどうのと宣うのは許せん!貴様たちの行動は身勝手だ。ここは日本だ、この地は日本人のものだ。だれも自由勝手にいじくり廻すことの出来ぬ日本人全体のものだ。日本を変えるというなら日本人として行動しろ。その気魄を持て。金の強奪が失敗したからといって、変わり身も素早く外国をダシに、女子供を操り英雄気取りで闊歩するのは許すことは出来ない。甘ったれるな!」
指揮官の男は声高に昭島たちを激しく面罵した。
昭島 「それは違う!わかってくれ」
島元 「自分たちは夢かも知れないがそれを追ったのだ、日本の新生を願って。決して英雄気取りなんか…」
沢田 「自分たちは決して自衛隊をないがしろにはしていない、私心を捨て日本の将来を見据えて事を起こしたのだ。止むに止まれぬ行動だ!」
島元 「事は成就したのだ!微かではあるが光はみえている、日本の将来に明るい展望が開かんとしているんだ!どうかこのまま撤退してくれ、頼む」
部下 「黙れ!理屈はどうにでも後からつけられる、許せん!」
隊長 「まあいい、貴様たちの処遇については拘束し、アメリカ大使館へ全員身柄を亡命させるため移送する手筈だ」
昭島たちは顔を見合わせその表情に苦悩と驚愕が走った。
昭島 「俺たちを逮捕しないのか!日本政府はなんと?」
隊長 「逮捕?俺たちは国籍不明の決起集団だ、日本政府とは関係ない。それにはっきりと言っておく。自衛隊とも警察とも無関係な集団だ」
井沢たち四人はただ呆然と目も虚ろに、沢田たちと男たちの緊迫したやり取りを見守るだけだった。事態の急変が余りにも衝撃的で心の動揺が激しく、現状を把握する術を失い絶望感から正常な心理状態になく、放心状態に陥ってしまっていたといってよかった。そこへ二階や厨房へ散っていた覆面の男たちが戻って来た。
「火器弾薬全て奪取。建物爆破の準備完了。爆破十分前であります」
昭島 「この屋敷を爆破するのか!止めろ!俺たちを逮捕すれば十分ではないか、アメリカに俺たちを渡す必要はない、警視庁に突き出せ。それで何もかもお仕舞の筈だ。この屋敷を破壊するな!」
隊長 「そうはいかん!二度と貴様たちのような奴が現れないためにも、あすかの片鱗を残してはならんのだ」表から数人の覆面の男たちが駆け込んでくる、その場の緊迫に息をのむが直立して報告する。
「部外者は全員門外に誘導退去完了。各国大使には丁重に接し、穏便にお帰りいただきました」
「女子供の家庭への送還作戦無事完了」
隊長 「ご苦労、撤収する!急げ!」
七人は両脇を男たちに固められトラックに乗せられた。ジープが先導し車は猛スピードで都心に向かう。七人は黒装束の男たちの銃のもとに、赤くした目を黙然と見合していた。やがて大音響が彼らの耳を弄したが、数条の火柱が天を焦がすのを目にすることはなかった。あすか共和国崩壊の刹那を。
総理官邸の一室で総理が煙草をくゆらし、テレビの画面を食い入るように見ている。日にちも替わった深夜である。官邸であすか共和国大統領たちとの息詰まる、交渉というのか、説得というのか、慰撫とでもいうのか、恫喝も匂わしての話し合いが最前まで続けられていたのだ。
「ここでただ今入りましたニュースをお知らせいたします。今夜六時あすか市あすか町一丁目一番地あすか共和国の大統領官邸に国籍不明の武装集団が押し入り官邸を爆破、炎上させました。死者負傷者は出ておりません。大統領一行並びに家族は、直前に難を逃れ、日本国内にあるそれぞれの肉親の家に避難しました。なお国籍不明の男たちの行方はわかりません。政府は直ちに記者会見をし、官房長官より次のような談話が発表されました。『政府と致しましては、閣議であすか共和国承認の決議をし、通告直前の出来事でした。爆破炎上した大統領官邸の惨状を目の当たりにして、唖然たるおもいであります。しかし事件はあくまであすか共和国の国内問題でありまして、日本政府の関与する余地は全く御座いません。また許されません。成人男子を除くあすか共和国大統領一行は政府に政治亡命を求め、政府はあすか共和国を未承認ながら、人道的立場からこれに応じ保護、大統領並びに閣僚要人の諸氏と腹蔵なき協議を重ね、両者に於いて、あすか共和国の自然解体を確認しました。よってあすか共和国の国土は日本国に復帰、ここに一連の事件は単純明快な解決をみたわけであります。まことに世界に誇る欣快な終結であります。なお、現場より逃亡した七人について、先ほど警視庁は全国に指名手配しました』ニュースを終わります」
(10) 数日後瓦礫の山と化した秋田邸の跡地に秋田緑が黙然と立っている。表情は能面のように微動だにせず、その姿は陽光に陽炎のように揺らぎ、鎮魂曲が空耳に聞こえてくるような粛然とした姿である。その彼女の周囲を記者団が取り囲んでいる。やがておもむろに彼女は口を開いた。フラッシュが光り、テレビカメラが廻り始めた。 「昭島様ほか皆様の消息が、不明なのがいま一番気掛かりでございます。皆様には一連の夢を見させて頂いたことに、心より感謝致しております。若者たちの自信に満ち溢れ、昂揚した姿はいまは私の瞼の裏に、かげろうのようにたゆたうだけになってしまいました。若者の強さしなやかさの裏側に、儚い脆さが限りなく秘められていたのを悲しく思い知らされました。人間の営み、国家盛衰の歴史の蓄積、その背後に潜む、獣たちの弱肉強食の世界を凌ぐ無残さを目の当たりに見せられました。粛然といま、無情の虜と堕ちた自分に涙しております。しかし展望はもたされました。 私はこの屋敷跡を瓦礫をこのままに保存し、あすか市に市民公園として使用して頂きたく寄贈いたすつもりです。うたたかの夢と消えましたが、隆盛の極みの華やかさ、亡国の儚さに寄り添った美しさを、私は脳裏から消し去ることは出来ません。あすか共和国の誕生の地、崩壊の地としての証しをこのまま未来永劫にこの地にとどめておきたいのです。将来、マヤ遺跡、ポンペイの史跡、アンコール・ワットの寺院遺跡と並び、人類栄枯盛衰の栄華と悲劇の綾なす聖地と讃えられ、世界遺産と称され、あすか共和国の名を世界史の一頁にとどめることでしょう。そしてこの瓦礫の山は黙せども、世界平和と日本の正しき進路を指針し繁栄を示唆する礎となるでしょう」 静かに廃墟を去る彼女の後姿をカメラがいつまでも追っていた。 「了」
四日目 煌々とシャンデリヤが一段とひかりを増している秋田邸の広間では、いや秋田邸というより、今はあすか共和国大統領官邸というべきだろう。記者会見の会場が設定され、既に記者席には多勢の内外の記者団が詰め掛けている。テーブルに置かれた多数のマイクを前に、あすか共和国大統領である秋田夫人を中心に、閣僚である夫人たちがそれぞれ、緊張した面持ちで腰をおろしている。その背後に彼女らを護衛するように、前強盗犯である昭島たち、今は何と称すべきなのか、あすか共和国の要人となった男たちが、昭島を中央にして迷彩服のまま立ち並ぶ。井沢と子供たちの姿は見えない。広間に置かれたテレビからは、旭日テレビの実況放送が既に映し出されている。
リポーターの声が興奮で上ずっている。
「一昨日世界に向け、日本よりの独立宣言を発信しましたあすか共和国の建国宣言が、ただ今から行われようとしております。そのあと、あすか共和国大統領ならびに閣僚の記者会見が行われます。あすかは既にアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツを始め、国連加盟の国々からの承認を祝福とともに受け、日本の承認のみが残されているのが現況であります。果たして日本の承認はあるのか、いまもっとも注目されているのがこの一点であります。騒然としていた日本とあすか共和国の国境線からは、日本の警察、機動隊の姿はまったくなく、代わりに詰め掛けた民衆の交通整理のため、大勢の警備員が動員されその整理に没頭されています。老若男女があすか共和国の建国の瞬間を一目見ようと緊張した面持ちで、修復されロープだけの門扉につめかけております。一部は車道にあふれ警備員が制御に声をからしております。今こちら大広間です。一同に並ぶあすか共和国の要人たちの前の、テーブルの上には共和国の国旗でしょうか、日の丸と共に、白地に金色の鳳凰の雄姿が鮮やかに染め抜かれた小旗が並んでいます。その旗は門前にも、また玄関にも屋上にもベランダにもへんぽんとひるがえっております」
秋田あすか共和国大統領が、鮮やかな濃紺のドレスを翻すようにすくっと立った。胸元のネックレスがフラッシュの光に燦然と輝きを放ち、その輝きはあすか共和国の前途をいか様に象徴しているのか。大統領は建国宣言書を手にしておもむろに開き、閣僚たちも起立する。またカメラのフラッシュが一斉に焚かれた。その瞬間がいま世界に放映されているのだ。 建国宣言書を読み上げる大統領の落ち着いた声が場内に流れ、スピーカーを通して邸内は勿論、国道上に参集した日本国民の耳にも厳かに達して行くのである。そして日本全土、世界に。
「ここに厳粛に、世界の国々に感謝の念を込めてあすか共和国の建国を宣言します。200X年4月1日あすか共和国秋田大統領秋田緑」
記者団から一斉に拍手が起きる。
昭島が軽く頭を下げた後、おもむろに記者団に話し出した。
「皆様の只今の内外記者団の盛大なる拍手、それぞれの国々を代表されてのあすか共和国建国の意義に協賛され、そして祝福をして頂いたものと理解し、大統領ならびに、あすか共和国の国民に成り代わりまして感謝いたします。私はこのたび官房長官に任命されました昭島と申します。それではここであすか共和国の国是政治機構並びに対外政策、これは日本国を含めてですが、要綱を簡潔に発表します。我が国はいかなる国に対しても平和共存を軸に対応する。我が国は共和制を敷き、全ての政策は国民の発議を基に国民の審議納得を得て遂行する。また特に日本国に対して敵対することなく、あくまで友好を柱として政策を進めていくことを宣言いたします。次にあすか共和国の国勢を発表します。その国土は元日本国東京都あすか市あすか町一丁目一番地。その面積9917平方メートル。人口二十人、男十人女十人。軍事力、陸軍のみ兵員五名、装備は小銃2丁自動小銃5丁手榴弾12個。産業は皆無、将来は観光立国を目指し国の財源を確保する。通貨は円。最後になりましたが憲法は現時点で制定も立案も審議外です。しかし基本的に日本国憲法を遵守していくことが妥当としております。これは国民の総意であります。以上であります。ではここであすか共和国の大統領ならびに閣僚人事その他の人事を発表します。 大統領 秋田緑 日本国東京都出身
官房長官 昭島貞夫 日本国大豆島出身
大蔵大臣 春島生江 日本国東京都出身
法務大臣 山内幸子 日本国東京都出身
国防長官 沢田一郎 日本国大豆島出身
文部大臣 高梨夏子 日本国東京都出身
農林水産大臣 原田くみ 日本国東京都出身
国土庁長官 神宮司真利子 日本国東京都出身
内閣広報室長 石神るみこ 日本国東京都出身
その他の人員は児童を除き全員その補佐役ないしは相談役とする。それではご質問をお受けします、国家機密に亙らない限り、お答えします。それぞれの質問に対しは、その担当者がお答えする形をとります。時間は一時間に限らせていただきます。質問される方はその前に所属される社名を明示して下さい。氏名は省略されて結構です。ではどうぞ」
瞬間、記者団の間にざわめきが流れたが、間を置かず最初の質問者が挙手をして昭島が指名する。
「読切新聞です。最初に内外記者団を代表いたしまして、かような記者会見の席を設けて下さったあすか共和国大統領、並びに閣僚、そしてあすか共和国の国民の皆様に建国のお祝いと共に、感謝の念を表明いたします。では率直に質問させて頂きます。私共記者団が本日あすか共和国を訪れた際、驚きましたことは共和国全域に片ぽんと翻るあすか国旗です。事件発生から短時間のうちにこのようなことが可能なのか、その疑問です。共和国建国の事前工作が秋田邸の皆様と官房長官始め大豆島出身の皆様との間で行われていたのではありませんか」
内閣広報室長の石神るみ子がすかさず立った。その顔ににっこりと笑みを浮かべ、「お答えします。私、内閣広報室長の石神るみこ、ゴッドストーンでございます。建国のことはもとより国旗の件、決して事前工作はありません。本日の記者会見を前に、急遽デザインが子供たちの手によって喜々として進められ、即、広告代理店「伝単に発注、好意ある徹夜作業によって完成、早朝から伝単職員の手で滞りなく飾り立てられたのです」
記者団から期せずして驚きの歓声が上がり、昭島がすかさず補足の説明を述べる。
「この件について補足します。国旗掲揚について、日本政府からなんら抗議妨害の類いがなかったことを明白にしておきます。それでは次の方どうぞ」
「朝方新聞です。憲法制定の件で質問いたします。あすか共和国は基本的に日本国憲法を遵守していくと申されましたが、先程軍事力を発表したことと矛盾しませんか」
沢田が緊張気味に眉元に厳しさを滲ませ答弁に立った。
「国防長官の沢田です。官房長官は基本的にとお断りしております。日本国憲法の第9条については日本国内でも数十年に亙って論議が続き、陸上兵力のみでも12個師団15万人を持つ自衛隊が、未だ軍隊と呼称されておりません。兵力五名のあすか共和国の軍事力が日本国憲法に反するとは夢にも考えておりません」。
次の質問には毎回新聞の記者が立った。
「これはどうしてもお聞きしたいことなので、率直に言葉を選ばず質問します。あすか共和国建国の発端は、またその根底に「安全第一銀行」の現金輸送車襲撃事件であります。あすか共和国政府は、ご婦人子供さんを除いて強盗犯として日本警察の追求、逮捕の対象に置かれております。日本政府はこの件、建国についてですが、未だなんの見解も表明しておりません。これについて日本の世論が納得できるご答弁を願います」
山内幸子が厳しい表情で幾分声を震わせて答弁に立った。
「法務大臣山内和子で御座います。率直なご質問ですのでこちらも飾ることなく事実のみを述べさせて頂きます。苦衷の答弁になります、どうぞ恩情あるご理解をお願い致します。現金輸送車襲撃事件はご周知の通りでして、一切の弁解は致しません。突然招かれざる客として訪れた、官房長官以下六名の方とは初めてお会いしました。そこであすか共和国建国の建議が行われ、そのネックとして現金強奪の件をいかに解決するかが最大の議題となりました。皆様ご存じのように銀行側に強奪金を返還、「安全第一銀行」会長春島氏に免罪を懇請、快く承諾されました。会長のテレビでの発表内容は事件直後のことで私共と多少意志の疎通に欠けるものがあって、あのような私共が人質となっていると誤解されての悲痛な内容となってしまいました。秋田邸側は人質の意識は皆無だったことを、事実としてここで改めてご理解下さるようお願い致します」
大きくため息を吐いて答弁を終わる法務大臣に、ねぎらいの目を向けた昭島が補足する。
「この件につきましては後日、日本政府の正式な免罪符を頂きたく、防衛庁からの武器無断借用を含めて懇請、併せて国際司法裁判所に提訴懇請することになっております。なお、武器については無断借用の際に一方的ではありますが、借用書を武器庫に添付してきております。日本政府は発表しておりませんが、本日早朝武器返還を申し入れてあります。勿論返還の条件として、あくまで日本政府の以上の件に関しての免罪符が前提であります」
日本全国の家庭そして職場街頭では、今日のあさか共和国の記者会見は最大級の注目を集め、人々はテレビの前に釘付けになっていた。そのテレビからは淡々としたアナウンスが流れている。
「質問が建国問題の核心に迫り、会見場に緊迫感が走り、ざわめきと水を打ったような静けさが交差しております。あすか共和国政府の答弁にも苦汁に満ちたものになっていることは歪めません。記者団側にも重ねての質問を躊躇するのが感じられます。秋田邸側が闖入して来た七名を招かれざる、突然の訪問者と称しているのが注目されます」
「旭日テレビです。強奪金返還の経緯は分かりましたが、今後ですね、共和国の財政基盤はどのように保っていくのでしょうか。先程産業は皆無、観光立国を目指すと発表されましたが、当面の財政基盤をお聞きしたいのですが。世界最小の共和国サンマリノ共和国は観光、切手、そしてイタリアからの援助が、その基盤となっているといわれますが、あすか共和国は日本の援助を求めるのですか」
春島が伏目がちに、それでも力強い声で答弁に立つ。
「大蔵大臣の春島生江です。最初にお断りしておきます。ご存じの通り夫は「安全第一銀行」日本橋支店長、会長の春島一徹は舅でございます。この件につきましてはプライバシーの問題とご理解いただきます。問題に入りますが先ず結論から申しますと日本政府の経済援助を求めます。それを前提と致しまして、共和国には現在アメリカを初め各国からの経済援助借款等の暖かいお申し出がありますが、お断りしております」
外人記者が穏やかな口調で質問をする。
「具体的にどのような援助を日本政府に求めるのでしょうか」
秋田大統領が昭島を振返って見ながら春島を押さえて立った。
「私から答えいたします。円借款は念頭に御座いません。援助というより経済協力を、協定を締結したいのです。先ず生活基盤として電力ガス水道下水処理設備ゴミ処理の安定供給、食料日常生活用品等の恒常的な輸入購入の自由化の保証。以上のことに関しての交渉を眼目にしております。東京都知事、関東電力にも積極的に働きかけてまいります」
別の外人記者が質問に立った。
「それらについてですが、財政的な裏付けはどのようになさるのですか」 春島大蔵大臣が答弁を続けた。
「お答えします。皆様薄々お気づきでしょうが、先日来共和国に旭日テレビのみ放映拠点を有しております。旭日テレビに独占放映権を許可しました。その金額についてはこの段階ではお話できませんが当面の財政が賄える金額であります」
合同通信の記者が質問を続けた。
「そのことに関して質問します。独占放映について我々は不安を感じております。一社のみの放映はあすか共和国の実情が、片寄った形で世界各国に伝わるのではありませんか。良くも悪しくも一社の主観で、お国の国なりが形作られ放映される恐れがあると危惧します」
昭島がその質問の答弁に立った。
「ですから我々はこうして世界各国の記者団をお招きしてお話しているのです。今後は定例記者会見を持ち、具体的にあさか共和国の姿を世界に顕示する方針であります。テレビ放映は補助的なものとご理解下さい」
そのときテレビ局員が慌しく表の中継車から駆け込んできて叫んだ。
「申し訳ありません、緊急放送が入って参りました。日本政府の発表でありますので切り替えます」
「内閣広報部室からです。つい先ほど政府発表がありました、内容は次の通りです。本日早朝防衛庁長官が辞表を提出しました。総理はこれを受理しましたが、その後長官は防衛庁にも私邸にも姿を見せず、その行方は杳として掴めておりません。辞表は防衛庁次官によって届けられましたが、その際小瓶にアルコール漬けされた小指が二本添えられていたそうです。 それに関して官房長官がコメントを発表しております『なにも一本でいいのに二本も詰めるとは長官らしい』以上。なお後任その他についてはいまのところ情報は入っておりませんが、閣僚の更迭は防衛庁長官で現内閣にとって三人目ということになります」
その時刻総理官邸の一室で総理と官房長官が、あすか共和国大統領官邸での記者会見のやり取りのテレビを見ていた。
「総理、奴さんどこえ消えちまったんでしょう」
「なんか情報が入ってねえのかい」
「いまんところはね」
長官はそこでにんまりと含み笑いをして声をひそめた。
「それより総理、防衛庁の警務隊から極秘情報がへえってます」
「なんだって」
「明け方自衛隊のですね、ゲニラ対策の特殊部隊の腕っこきが、二十八名姿をくらましたそうです。完全装備で」「なんだと」
思わずむせぶ総理に長官はにんまり笑い、
「またまたオーバーに、芝居気たっぷりに、驚くには当たりませんでしょう、総理の読みの通りでしょうが。泳がしておきやすぜ、あっしが総理に代わって泥は被りやす、奴らの動きを陰で助けやす」
「ふふふっ、そうかい、清水港の二十八人衆といったところだな」「そんなところでしょう。ところで奴ら、今もテレビで言いていほうでえ抜かしておりやすが」
「いいってことよ、飴しゃぶらせておけってんだ、今に吠え面かかせてやる。なんだな、こうなると防衛庁が頼みの綱ってわけだ」
「そういうことで」
「なんたって国の面子ってもんがあるんだ、餓鬼のままごとといつまでほうって置くわけにやぁいかねえ」
「その通りで。それよかブッシュ大統領からなんか言ってきやしたかその後」
「あはははっ、言って来たよ、ホットラインで。案の定決まり切った経済問題で、ああだこうだってイラクまでまた持ち出しやがった。こっちが鵜呑みにすりゃあ、あすかの承認はエイプリルフールのジョークでとぼけるときやがった」
「それで何と」
「決まってるじゃねえか、あめえ顔は見せられねえよ。こっちもとぼけてやったな昨日の筋書きどおり、のらりくらりのおとぼけ戦術よ。舐められてたまるかってんだ。いっそあすかを承認するてったら奴さん慌てるだろうな。あはははっ」
あすか共和国での記者会見は新たな質問に入っている。
「あすか国民の国籍問題ですが、現実に照らしてみても皆さんは現在日本人であり、それぞれのご家族も日本国籍を有しており、ご伴侶が日本国内に生活手段を持ち、日本国に対しての納税義務者であるわけです。また保有されていると思われる資産、動産不動産も日本国内にあり、日本の法律に依って保護され、有形無形の権利も法治国家としての日本国に保証されているわけです。今後いかに対処されるのかお答え頂きたい」
山内幸子法務大臣が、得たりといった笑顔を浮かべ答弁に立った。質問は産界新聞の記者である。
「明快にお答えできます。あすか国民は日本国籍を持つ者の家族です。必然的に私たちは日本国籍を持ち、日本人として有形無形の権利義務を履行する責務を負うものです。その上で国籍はあすか共和国にも有ります。端的に絞って申せば二重国籍者です。ご理解頂けますか、卑近な例を上げればフジモリ前ペルー大統領がいい例だと思います。フジモリ氏はペルー国籍を有しなから、同時に日本国の戸籍簿に本籍地が登録されている日本国籍者でもあるわけです。従って日本政府は日本の国内法に依って、ペルー政府の身柄引き渡しを拒否し、ペルー国会からの召喚状のフシジモリ前ペルー大統領への転送要請さえ拒否しております。このことは、皆さんよくご存じの筈です。以上です」
会見場に異様な雰囲気が醸し出され、ざわめきが寄せては返すといった状態が続き自由質問に変わっている。
「すみませんが、ここで視点を変えて素朴な質問をさせて頂きます。よろしいでしょうか、最前からの質問に対して回答される皆様は澱みなく、それもなんら手元に資料の用意もなく答弁される、そのこと自体驚きなのに時間的に突発的な事件からいくらもたっていない。それなのにこの答弁、どう我々記者団は推測したらよろしいのでしょうか。冒頭の質問にもあったように、あさか共和国建国の裏側になんらかの事前工作、地下工作、きつい推測になりますが、国際的な謀議があったのではないかという疑問です。即ち日本をおとしめる謀略があったのではないかということです。いかがでしょうか」
会見場に呻きに似たどよめきが走る。外務省の上級職員を夫に持つ石神るみ子内閣広報室長が、満面に笑みを浮かべて記者団を睥睨するかのように、答弁に立ち上がる。
「私たちは昨日から一睡も致しておりません。あすか共和国を建国するについて建議し激論を交わし、衆議一決、皆様にお答えする国是をみたのです。私たちはなんらためらいもなく日本国民としての、そうです、恥です。その恥を気後れすることなく払拭するために建国に奔(はし)ったのです。日本人である皆様を前に失礼極まる発言ですが…建国自体も無謀そのものです。しかし止むに止まれぬという言葉があります。恥が私たちを煽ったのです」「広報室長、具体的に恥とは?そしてその前に謀議の件は」 質問が最前の記者から投げられる。「そうです断言します。国際的な謀略といったご質問は笑止です。私たちにも日本人の血が脈々と流れているのですから…では、改めてお答えします。皆さんは現在の日本の現状をどうみております?政治、経済、人心、世相、あなた方が毎日書かれる記事に溜め息が出ませんか、苛立ちを感じませんか。あらゆる新聞雑誌テレビ・ラジオ所謂マスコミ記事、識者と言われる方々の論評全て、飽きることなく一国の指導者、与党野党の政治家をくまなく酷評し糾弾しております。しかし、その政策なりを変えさすことは出来ないでいる。ただ喚いているだけ、そして諦め悪循環は続き、世相は荒れ放題、自分勝手の人間が巷に溢れ人心は荒み少年は非行に走り、国民は戸惑ってただ息を呑むだけでお手上げ状態。この日本に未来がありますか、希望を持てますか、政治面経済面社会面それらの記事を書きながら、ペンを持つ手が怒りに震えませんか、悲しみの涙で紙面が濡れませんか。子供たちにこの現状のままの日本を預けることに心の痛みを感じませんか」
石神るみ子は改めて会場を見渡し、ゆっくりとコップの水を軽く飲み、皮肉っぽく薄笑いを浮かべる。
「それとも諦め半分馴れ合い気分で記事をものにしているのですか。私たちはキレました。そして日本からの独立を謳ったのです。よろしいですか、あすか共和国を建国し、こうした日本の恥を拭い、日本丸という船の舵取をする指導者の破廉恥振りを冷静に見守り、正しい航路を進んで頂きたく行動を起こしたのです。今後とも警鐘を鳴らし続けます」
記者団から一斉に拍手が起き、しばらくの間鳴り止まなかった。外人記者の中には「ブラボー」と歓声を挙げ、床を踏み鳴らす者までいた。質問は続いた。
「只いま感銘を受けましたお話の中に日本の子供たちのお話が出ましたが、あすか共和国の子供たちの教育問題はどうなるのですか」
高梨夏子が万を持してたかのように、ふくよかな頬を紅潮させゆっくりと記者団を一瞥し、答弁を開始した。
「文部大臣高梨夏子です。それは一つに日本政府の共和国への対応次第です。私たちは決して日本の教育現状に満足しているわけではありませんが、当面子供たちは日本への留学を希望しております。子供たちには集団生活が必要ですし、また通い慣れた地域でもありますし。その上で日本の教育制度、教育基本法といった面からも、いろいろ日本の文部科学省に意見を申し入れるつもりでおります。根本的な教育改革を進言することも念頭に入れております」
そこでいきなり記者会見の中継が打ち切られ、テレビの画面が変わった。皆の目が画面に集中した。アナウンサーの興奮した声が流れる。
「ここで先ほど行われました、官房長官の記者会見内容をお送り致します。『ただ今官邸におきまして臨時の関係閣僚会議が持たれ、あすか共和国問題について当面つぎの方針で当たることを決定しました。あすか共和国の承認問題、また銀行の現金輸送車襲撃事件の免罪は、現時点では結論には達していません。ただし早急に国内法に照らし、或いは国際事例をつぶさに研究し、国際法は勿論法曹界の識者の意見をくまなく取り入れ、遅からぬ段階で結論を出すことに意見の統一をみました。その上で日本国とあすか共和国との国境は今後とも封鎖はしない。あすか国民の日本国への出入国を原則として認め検問は行わない。また日本国民のあすか国への出入国はなんらの切制限もしない。あすか国児童の、日本国内の学校への留学通学は人道的教育的見地からも認める。あすか政府ならびに国民の日本領土内での、あらゆる物品の購入の自由を認める。ただし決済は円に限る。また生活基盤である水道下水ゴミ処理については、従来通り円滑に行うという都知事よりの進言もあって、これを尊重し、政府としては一切関与しない。電気ガス電話放送受信についてはあすか共和国とそれぞれの供給会社との協定に、原則として介入しない。郵便物の集配は大局的見地から黙認する。あすか共和国からの119番通報はこれを受理するが、110番通報は紛争を避けるために受理しない。以上です』」
会場にどよめきが走る。大統領始め閣僚たちは紅潮した顔で握手を交わし、一カ所に集まりなにか協議を始めた。そして協議を終え昭島は記者団に向かって大声で話す。
「ここで一旦質疑を中断させて頂き、ただ今の日本政府の発表に関してあすか政府の対応を発表します。承認免罪の件に結論が出ないことは遺憾ではありますが、大筋で歓迎であります。特に生活路線全てが確保出来たことに安堵しております。あすか政府といたしましても国境の日本国民の自由往来になんら制限は設けません。国境には柵も設けません。なお今後さらに両国間で煮詰めなければならぬことが多々あるので、早急に事務レベルでの協議を開催することを日本政府に提案します。以上であります。質問を続けて下さい。しかし残念ではありますが約束の時間が迫っておりますので、最後の質問とさせて頂きます。ご了承下さい」
最後の質問者が立った。
「先ず当面のあすか国民の、生活基盤が確立されたことにお祝いもうしあげます。そのことに関してですが、あすか共和国は食糧自給率は0との発表です。今後その点についていかなる方針がおありなのでしょうか」
「私農林水産大臣からお答えいたします。私秋田家に永年お手伝いとして勤務致しております原田くみです。若干生鮮食糧品に欠ける恨みは御座いますが、先ず当面約一月分の食糧備蓄はございます。しかしその後は日本政府のご好意に甘えて、輸入に頼らざるを得ません。将来的には品目によって自給自足を目指しております」
昭島が補足する。
「つきましてはこれに関連しまして国土庁長官より、補足の説明を致させます」
「国土庁長官、神宮司真利子で御座います。ただいま農林水産大臣より、将来的には食糧の自給自足をとのお話がありましたが、この地あすか市は、戦後日本政府の指導の元官民一体となりましての開発が進められた新興都市でありますが、まだまだ手付かずの侭の丘陵地帯が広大な広がりを見せております。水の豊富なそして緑豊かな丘陵が延々と続いております。幸いここに大統領ご一家は膨大な父祖伝来の土地をお持ちです。未来は明るうございます。開拓事業を資金の調達のメドさえつけば、日本はもとより海外からの開拓移民も受け入れ、事業を推進させます。様々な農産物の産出が可能となります。将来の輸出も視野に置き展望は大きく開きます。しかしこのことは、日本とあすか共和国の間に友好関係が一日もはやく築かれることが、大前提であることは言うまでも御座いません」
昭島が胸を張って記者団を見廻した。
「それでは残念ではありますが、記者会見を終了させて頂きます。終了に当たりましてあすか共和国大統領からの報告があります」
あすか共和国大統領秋田緑が、今は威厳さえ感じる堂々たる物腰で立った。
「あすかは日本を除く世界の大多数の国々から承認を頂きました。自ら独立の尊厳を維持し、世界平和を希求しそれに貢献することを改めてここに、あすか共和国朝野を挙げて宣言します。さて、前途多難な独立の存続ではありますが、一筋の光明が前途に兆しております。それは我が国に続々と寄せられる各国のご好意であります。いの一番に大統領直々に親書をお寄せ下さり承認されたアメリカ合衆国。それに諸手で協賛されたイギリス。外人部隊の派遣の検討をして頂いたフランス共和国。この小国に不可侵条約を締結せんと、率先して手をさしのべられたロシヤ連邦。ドイツ連邦共和国からはイタリア共和国と連携して、我が国と「あ独伊三国同盟」を締結せんとの打診を頂きました。オーストラリア連邦からはコアラの寄贈のご好意が御座いました。そして隣国大韓民国大統領は食糧の無償供与を表明され、先刻在日大韓民国大使館よりその第一便として、米、唐辛子、キムチが積まれた貨物船が釜山港を出港したとの連絡が御座いました。次ぎにこれは余談ではありまかが、北朝鮮からは衝撃的な申し入れが…内容は極秘ですが、丁重にご辞退しました」
会見場に呻きとも取れる声が起きたが、すぐに歓声に変わり拍手が沸き起こった
「世界的規模の支援のもと、あすか共和国は確実に独立の一歩を踏み出しました。今後は日本政府の一日も早い承認を願って止みません」
大統領は深々と頭を垂れた。 テレビ局、記者団も去り、静けさの戻った広間に一際大きく昭島の声が響く。
「沢田、あすか署の署長に、直ちにあすか国に対する通信機器の盗聴を止めるよう通告するんだ。島元、お前はNTTに盗聴設備を直ちに外し、今後あすか共和国に対しての盗聴には関与も協力もしないという誓約書を提出させろ。郵政省にはあすか共和国に関する郵便物の検閲をしないとの確約を取れ、以上の経緯を新聞紙上に公表させろ。いいな、もし違約行為があった場合は国際世論に問題提起し国際法廷に提訴するとな」
一方総理官邸の一室で総理と官房長官が夕闇が迫る中、灯りも点けずに声を忍ばせている。
「見たか聞いたか、北朝鮮がミサイルを提供するだと匂わしやがった。小賢しい真似しやがる、大嘘もいいとこだ、脅しをかけやがって」
「あの昭島ってのが主犯格の男ですよ、揺さぶりをかけてんですよ。なかなかの策士ですな野郎は」
「だから俺はT大出は嫌れえなんだ、小利口ぶって先々と手を打ってあすか共和国の既成事実を作っていきやがる。飛んでもねえってんだ、野郎たち何様のつもりでいやがるんだ、言いていほうでい抜かしやがってからが。ええっ!」
怒り心頭に達している総理を官房長官はしきりに宥める。
「まあまあ総理、怒ったら負けですよ。耳寄りな情報がさっき入りましてね」、
「何だ」
「へえ、警視庁の特殊急襲部隊のベテランが十九人、休暇届けを出して消えちまったそうです」
「それを先に早く言えってんだ。うふふっ、そういうことか。てえことはなんだな…」「そういうことですよ」
「清水港は二十八人衆どころか、合わせて忠臣蔵は四十七士ってとこだな、防衛庁本腰だな。警視庁もやるじゃねえの。猶予はならねえ、さっきのテレビ見たろう。あすかの国土庁長官、神宮司とかいったな、なかなかいい女だ。うちの国土庁の大姐御より上いくな。まあそれは置いといてだ、あすか丘陵開拓云々と抜かしやがった。あすこは俺っちの縄張りだぜ、こりゃ侵略だ。ぜってい許せねえ」
「ごもっともで、いよいよ性根の据え所ですぜ。総理はあくまで知らぬ半兵衛を決め込んでくだせえよ、くれぐれも。ようござんすね。浮足立っちゃあ元の木阿弥、取らぬタヌキの皮算用になりかねねえ。しめっくりはあっしがつけます」「わかってらな、だが防衛庁、抜かりなくやるだろうな」
官房長官呆れ声で、
「これだ、また相も変わらねえ取り越し苦労を。それより総理、四十七士の骨を拾ってやっておくんなせえよ」
「命を落とす者がいたら靖国に忠魂碑を建ててやるぜ」
官房長官慌てる。
「それがいけねえってんですよ、参拝だけでも騒ぎなのに、今どき忠魂碑なんて、そんなこというからご近所やマスコミに叩かれんですぜ。懲りねえんだから」
「ほうっとけ、あっはははっ、それより石神って広報室長、てめえのことゴッドストーンて吐かしやがった。何かぃ、そんじゃ俺は……ううっ、何とかの何とかかい」
「それより総理、きゃつらの処分はどうします?難しいとこですぜ」
「ふん、そんなこたあは簡単よ」
「へええ?」
「アメリカに預ける、なんたってアメリカが言い出しっぺだからな。面倒見てもらおうじゃねえの、多少熨斗代は高くつくがこのさいだ目をつぶる。この点に関しちゃ俺が直(じか)にブッシュに頭下げて頼み込む。まさか重石つけて東京湾に沈めるわけにゃいくめえよ、人殺しじゃねえんだから。しかし、表向きは強盗犯として指名手配は抜かりなくやるぜ」
「…ナールホド」
「それにな長官、目論(もくろ)みどおり事が成就一件落着の暁にゃ、ほとぼりの冷めるのを待って自衛隊の若いもん原隊に復帰させるぜ、警視庁もな。そうそう草鞋はかしたままで放っとくわけにはいくめえよ」
「ごもっともで、それに 防衛庁長官の処遇も」
「わかってるって」
(7)
総理官邸では、深夜にもかかわらず再度日本政府の危機管理緊急閣議が招集されいた。会議は前回以上に緊張は高まり、発せられる言葉も激しさを増している。自衛隊統幕も陪席している。ドアの外には多勢の記者やカメラマンがつめ掛け、時たま出入りする者がいると誰彼かまわず取り囲み、話を聞こうと押し合う状況が繰り返えされていた。それも今は静まり、会議の成り行きに耳をすまし見守っているといった状態である。
総理 (苛立たし気に)「どうなっちゃってんだ、だれでもいいから俺に分かりやすく説明しろってんだ!」
外相 「ですから立て籠もりの犯人が、人質たちと謀りやがってあすか共和国なんてものをおっ建てやがたんで。それを世界中の親分衆に回状廻して、こともあろうにアメリカを先頭に各国の親分衆が、これをいい子いい子しちまったってわけですよ。承認しちまったんですよ」
総理 「それじゃなにかい、ブッシュ大統領さんはイラクや北朝鮮をならず者国家だと決めつけておいて、強盗野郎が勝手にあすか市におっ建てた国が、国際的には合法的なもんだって言うのかい、べらぼうな。勝手もいいとこだ」
官房長官「現時点ではそういうことで。国連事務総長もワシントンの尻馬に乗って祝電まで送ってくるって有り様で。アメリカ大使館もついさっき、小国とはいえ国際的に認知された独立国を、大国である日本が武力でもって包囲して脅迫するなんて許されねえ。仁義にもとるってこわ談判で。まあそんなぐえーで、次官のかみさんが、電話口で大統領とかなんとか口走ったのも合点がいったわけで」
総理 「そんでとりええず殴り込みの若いもんを引き上げさせたってわけかい」
警察庁 「あっしは総監と引き上げてきた若い(わけえ)衆(し)を出迎えたんだが、まともに、見てられなかったですぜ可哀想で」総監 「若けえもんは皆、男泣きに泣いてましたぜ」(目をしばたたかせる)
総理 「そうかいそうかい」
防衛長官「分かるぜ警視総監よ」(総監にかけより肩を抱く)
通産相 「ワシントンの腹は見え見えで、総理、きゃつらはあすか共和国を日本の弁慶の泣き所に仕立てて、ちくりちくり痛ぶる腹積もりなんですよ」財務相 「通産の、嫌がらせですよ、これをネタに日本を強請る気なんで」通産相 「そうよ財務省の、この泣き所を足場に市場開放、規制緩和とか産業構造の改革とかのたくって、要はこっちのシマを掠め取る手立てに出やがったんで」
財務相 「てめえんところの株価が急落したり、購買力が落ちたりすると直ぐに尻持って来やがる。あげくにゃ金融改革だ、不良債権処理を急げと矢の催促だ」
通産相 「そうよ、アメリカの景気減速までこちとらのせいにされたんじゃ間尺にあわねえってんだ」
総理 「俺だってアメリカに何もしてねえわけじゃねえんだぜ。湾岸の戦争(でいり)のときゃ、銭だけ出して血を流さねえって、散々厭味言われたもんで、こんだあ自衛隊まで泣き泣き差出してんだぜ」
財務相 「ごもっともで。おまけに湾岸以上の銭、上納してるんで」
文相 「しかし、話は四月一日のエイプリルフールから始まったことですぜ。世界の旦那衆だって、おそらく冗談に乗ったまでで、お互えまさか、世界中のお偉いさんが気い合わしてあすか共和国を認めるなんて、思いもしなかったんじゃねえんですかい」
総理 「冗談から駒ってわけかい、じゃこちとらとしても冗談で撥ね付けりゃいいじゃねえか。えぇっ、どうなんでいそこんところは」
官房長官「そこんところですよ総理、アメリカが先に立って旗振りしたもんで、それにおそらく出先の大使館から、それぞれの親分衆にアメしゃぶらしたり、知恵つけたんじゃねえんでしょうか。世界の警察だなんてふん反りけえってるアメリカの梃入れじゃ、エイプリルフールもなにもあったもんじゃねえんですよ」
総理 「待ちねえ、それじゃアメリカとこちとらの同盟関係はどうなるんでい」
通産相 「政治と経済は別もんってこってすよ。みんなてめえの懐が可愛いってこってすよ。どいつもこいつも、隙ありゃあ人の懐掠める気でいやがるんだ。油断も隙もあったもんじゃねえ」
防衛長官(いきり立って)「だから言ってるんだ、初(はな)っから四の五言わせねえで自衛隊に招集かけて殴り込みかけりゃあ、どうってことなかったんだ。それをごたごた御託並べやがってからがこの始末よ。今日のことだってそうよ、アメリカがなに言ってこようが、せっかく殴り込みのお膳建てまでしたってえのに、引き上げさせるこたあなかったんだ。警視総監は泣いてるぜ、ええっ!」
外相 「防衛庁の、それはちっと言い過ぎってもんだぜ。世界中があすか共和国を承認するって始末のさなかに、ドンパチは出来ねえ」
総理 「まあ、そうだろうな。防衛庁の、少し頭を冷やしねえ、日本は小国を侵略したとか、市民を無差別に虐殺したとかで袋叩きよ」
官房長官「その通りで、そうなったら閣僚全員国際戦争犯罪法廷に引っ張り出されて戦犯でつるしっ首だぜ」
総理 「お詫びしますって頭さげても追いつくめえな」
防衛長官「冗談じゃねえ。身内のいざこざだ、ほっといてくれってんだ」
法相 「気持ちはわかるが、事は国内問題をとうに飛び出してるんで」
防衛長官「じゃなにかい法務大臣よ、このまま強盗野郎を見逃せってえのかい。法律はどうなってんでい」
法相 「法務省としてはよ、事が国際問題となると今んところわけわかんねえで」
防衛長官「打つ手はねえのかい、騒乱罪とか破防法を持ち出すとか」
法相 「それには公安委員会とか招集して法的手続きとやらが複雑なもんで時間がかかるんで、おいそれってわけにはいかねえんですよ。それよか「秋田邸」は、日本じゃなくなってるんだ」
防衛長官「だらしがねえ」
法相 「なにっ!」
外相 「まあまあ、外務省としては、あすか共和国の奴らは銀行強盗でって、アメリカ大使に説明したんですがね、奴さん、それは犯人たちが強奪した金を返し、銀行側が免責したことで解決したと、シレッとしてやがんで。そうはいかねえって言ったんですがね、それはごくごく些細な日本の問題で、アメリカ並びにあすか共和国を承認した各国は、国際法上は司法取引が成立したと認め、奴らは犯罪人じゃねえってぬかしやがんで」
総監 「べらぼうめ、金盗んでごめんなさいで済みゃあ警察はいらねえよ。司法取引なんてここはアメリカじゃねえんだ。そんなもんくそ食らえってんだ」
防衛長官「そうよ警視庁の、いいかい。国際法かなんかしらねえが、奴らがこちとらのシマの一部を、でけえ小せえは問題じゃねえ、掠め取ってるですぜ。それを指くわえて黙ってるんじゃ自衛隊はいらねえ。即刻解体すりゃあいいんだ」
総理 (防衛庁に)「そうもいくめえよ。まあ落ちつきねえ。法務省よ、国内問題だってアメリカさんが言うんなら、日本政府は独立は認めねえって開き直ったらどうなんでい」
法相 「それはそれで構まわねえんじゃねえんですかい。しかし、だからって国際的に認知されちまった国を攻め込むわけにゃあ、ちと…」
総理 「にっちもさっちもいかねえってことかい。八方塞がり状態ってことかい」
官房長官「総理、ですからこの際事態を静観ってことにしたらどうでしょう」外相 「総理、無視、あくまで無視。仰せごもっともでえって、あさって向いて舌だしてりゃいいんですよ」
総理 「外相よ、おめえも案外(あんげえ)悪党だな」
外相 「そいつはひでえっすよ」
総理 「つまりだ、ぬらりくらり、暖簾に腕押し、柳に風、糠に釘、蛙の面に小便、馬の耳に念仏、馬耳東風知らぬ顔の半兵衛と決め込むわけだな」
外相 「また随分と並べやしたね総理、それが得策ってもんですよ」
法相 「法務省としても奴らを表だって免罪には出来やせんから、今んところは玉虫色に扱って惚けっ面で通すのが得策で」
官房長官「あっしもその線で押すのが良いんじゃねえかと、アメリカだって選挙選挙でなにかと忙しい時期を迎えているんで、ほかの親分衆だってそうですよ、そういつまであすか共和国に構っちゃいられませんよ。元々エイプリルフールから始まった揉め事で、ひとの噂も七十五日、そのうちどこの騒ぎだったんだ、てえことにも成りかねませんよ」
総理 「よし、官房長官それで行こう。国会審議じゃねえが野党をおちょくる手でいきゃぁいいんだ。御説ごもっとも、すべからく国際世論を真摯に受け止め、そのご期待に極力添うよう前向きに検討をかさね、日本政府として、あらゆる角度からの法的解釈を駆使して、内外ともども納得する結果を念頭に、万端遺漏なき解決に邁進努力を重ねる所存であります。こんな具合でどうでい官房長官、これで押そう」(得意げに胸を反らす)
官房長官「それじゃ皆の衆、決をとりやす。多数決ですぜ。宜しゅう御座んすね。あすか共和国対策は総理のおっしゃるとおりの線で、各国に対応するってことに異存のねえお人は挙手しておくんなせえ。(防衛庁長官のみ挙手せず、陪席している統幕や警察庁長官そして総監が拍手する。官房長官、彼等にぐっと睨みをきかして)防衛庁よ、賛成の手が多いんだ、言い分はあろうがすんなり引き下がって貰うしかねえですぜ」
防衛長官「あっしだって阿呆じゃねえ、そのくれえの分別はつかあな。だがここで一言ぐれえゆわしてもらったって罰は当たるめえよ」
総監 「そうよな兄弟(きょうでい)」
官房長官「なんでい、犬猿の仲が変に乳繰りやがって」
防衛長官「なんだと!」
総理 (貫禄十分に)「止さねえかい。長官よ、この二人だって身内を思ってのことだな、聞いてやんねえ」
防衛長官 「ありがとうござんす親分、じゃねえ総理ぃぃ」
長官は総監と二人して目頭を押さえる、それを見て思わずハンカチを取り出す閣僚も。官房長官までが憮然としていたが、テーブルにもたれ嗚咽する二人に、思わず感極まって擦り寄り肩を叩くのだった。
総理 「俺はこういう光景は好きだな、東映の任侠映画路線を地で行くってシーンだ。泣かせるぜ」
防衛長官(感極まって号泣する)「ありがとうござんす総理、遠慮なく言わせて頂きやす」
総理 「いいともいいとも、遠慮はいらねえぜ」
防衛長官「へい、元はといえばこの騒動(でいり)、あっしの監督不行き届きのために起きたこと、重々申し訳なく思っておりやす。なんとかけじめをつけなくちゃならねえと、ねえ知恵絞ってあれこれ策を練ってるんで、おとしまえもつけねえでこの決着じゃあっしの顔が立たねえ。総理、お願えです。どうかあっしを男にしておくんなせえ。この通りだ」(テーブルに額を押し付けて泣く)
総理 「頭を上げねえかい、おめえさんの気持ちはわからねえでもねえが、見ての通り片はついたんだ。いまさら話を蒸し返すわけにゃあいかねえ、そこを分かって貰わなくちゃなるめえよ。(おもむろに)だがよ、そのねえ知恵絞って練った策ってのを、聞くだけなら聞いてもいいぜ」
官房長官(慌てて)「総理!」
総理 「まあまあいいから聞くだけ聞いてやったらどうでい」
警察庁 「そうよそうよ」
防衛長官「総理、自衛隊には選りすぐりの若(わけ)え衆(し)がごまんと控えているんです、身に余る予算を頂きやして、ゲリラ野郎を消すために連日夜なべも厭わず朝討ち夜討ちのしごきに耐えてきてるんです。それを使わねえ手はねえでしょう。それこそ宝の持ち腐れっていうもんで」
官房長官「待ちなせえ、どんな策があるか知れねえが今更手遅れってもんだ、世界中が目を皿にしてあっしらの出方を注目してるんだ。その目のめえで手荒な真似はできねえよ」
防衛長官(ぐっと胸を反らし、こぶしで鼻をこすり)「皆の衆、ようござんすか、自衛隊ゲリラ対策特殊部隊を除隊させるんで、杯を返えさせるんで。(総監、大きく頷く)全員草鞋を履きやす、長え旅に出やす。そうなりゃどこの身内でもねえ、一本どっこの旅烏、どこのどなたとも縁もゆかりもねえ身軽な旅の一本刀でやんす。人別帳からも、煙となって消え失せやす」
総理 「話だけ聞けば面白そうだな」
官房長官(呆れ顔で)「総理!」
総監が防衛庁長官に合いの手を入れる。
総監 「一行連れ立って赤城山に籠もり時期を待ちやす」
総理 「何で赤城山なんでい」
警察庁 「ひとつの例えじゃねえでしょうか」
防衛長官(委細かまわず)「時期を見計らって殴り込みを掛ける」
総監 「若えもんがゲリラになるんで」
防衛庁官「ゲリラがゲリラを血祭りにあげるんで」
総監 「身内の衆にはなんのいちゃもんもつけさせねえ」
防衛長官「早え話がどこのだれだかわからねえ無宿もんのゲリラが、「あすか共和国」に殴り込みをかけ、影もかたちも無くしちまうんで」
総監 「日本って国の喉元に突き刺さった棘をきれいさっぱり抜きやす」防衛長官「政府はあっしらには関わりのねえことでって白を切る」
総監 「殴り込みを終えた若(わけ)え衆(し)はまたまた永え永え草鞋を履く」
防衛長官「政府は『今回起きた騒乱はあくまで、あすか共和国の国内問題であって日本政府は一切介入しない』といちめえの紙っぺらを読み上げりゃあいいんですよ。総監よ、合いの手を入れてくれてありがとよ」
総監 「なあーに」
総理 「うーん、面白そうだな、だがよ、官房長官も言ってるように世間が見てる前でおおっぴらに騒動は起こせねえぜ」
外相 (総理の乗り気なのに慌てる)「いけませんよ総理、防衛庁に釘を刺して置くんなせえ、ナシはついてるんだ、今更騒ぎは起こしちゃならねえと。冗談じゃねえ、そんなことになったら総すかんを食ってしまう」
防衛長官「それじゃこのまま、念を押させて貰うが放っておくんですかい、(怒声をあげる)国のメンツはどうなるんでい!」
官房長官「防衛庁の興奮しちゃいけねえよ、閣議の決定事項だ。各国の痛ぶりは無視、静観、事態の推移を見守り平和的解決を図る。ようござんすね総理」
総理 (苛立たしげに)「わかってらな。じゃ、これでお開きだな」
閣僚たちは総理に深々と頭を下げ会議室を後にする。外では待ち構えていた記者団が閣僚銘々に群がり、フラッシュを焚き、マイクを向けて喧騒を呼ぶ。ひときわ防衛庁長官の大声が長い廊下にこだまして行く。
「何も今んところはおめえさんたちに話すことはねえよ。後で官房長官が話すんじゃねえのか」
残った総理は官房長官に向かって、
「相変わらずでけえ声出しやがって、小うるせえ野郎だ防衛庁は」
電話をかけていた長官が総理にかがみ込むようにして小声で話し出す。「総理、皆それぞれ官邸を後にしやしたそうです、あっしに何か御用で」
「ああ、おめえさんに残って貰ったのはよ防衛庁のことよ、聞いておきてえんだ。奴さん、さっきの見幕本気かなあ」
「まあ、はったり半分てとこじゃねえでしょうか。何たってこのままじゃ奴さんにしたって、引っ込みがつかねえでしょうよ、てめえの身内から跳ねっ返りを出したんですからね、身内で始末つけてえってのも本音でしょう」
「俺はな、防衛庁が万が一言った通りのこと仕出かそうと動いても、見て見ねえ腹積もりでいるんだ。それはそれで一つの筋だと考えてるのよ。いいかい、この侭アメリカさんたちの言い分を呑んでだぜ、奴らをほうっといたら、国の締してっものがつかねえ。雨後の筍じゃねえが、後から後から国のあちこちで独立騒ぎが起きたらどうするんでい、日本人っちゃ付和雷同物まねが得意だからな。そうなってみねえ本家の存在そのものがやばくなる。他人のいちゃもんなんか構ってられねえんだ」
「なるほど、奴さんの打つ手を、見て見ぬ振りってわけですかい」
「大きい声じゃ言えねえが、これはおめえと俺だけのことで、腹にしまっておいて貰いてえんだ」「分かりやした。さすが総理、読みが深え。感じ入りやした。あっしも薄々総理の腹の内はそうじゃねえかと、それであっしもなにかと防衛庁にいちゃもんつけて、カリカリさせてたんですがね、奴さんカッカ熱くなりやがって」
「そうかい、俺だってこれだけの縄張りを仕切ってるんだ、先は読まなくちゃなるめえ。そこでだが、奴さんどんな手立てを企んでやがんだろう」
「皆目わかりやせん、奴さん自体(じてい)はていした頭脳(あたま)じゃねえが、取り巻きにはしたたかな若い衆(わかいし)がついてやすから、おっしゃる通り見て見ぬ振りで泳がしておきやしょう」
「よし、あくまで内緒だぜ」
「へえっ、念には及びやせん」
国道上に設営された大テントの前線対策本部内は、混乱が渦巻き、幹部たちの動揺は極限に達していた。なかでも秋田緑に応対したあすか署長は、顔を真っ赤にして喚いている。ボードに貼られた秋田邸の見取り図を平手で叩き、
「とにかくただ事ではない。肉親の犯人説得どころではない、中止だ。そうだ皆さんを一応宿舎にお帰ししろ。一刻を争う救出作戦だ。許可はまだ出んのかね」
「あすか署長、電話の様子では邸内は極限状態でしたな。なにか異変が起きたことには間違いない。夫人の電話にただならぬものが感じられた。まるで錯乱してますよ。あすか共和国とか大統領とか…」
日本橋署長の目も血走っている。
一方隣接した急襲部隊のテント内は、水を打ったような静けさが殺気を押さえ込んでいるような、緊張した空気が支配していた。特に受信機を傍受している隊員たちは額に汗を滲ませ、モニターを睨みつけている。隊長が満足気に部下たちの奮闘に目をやり会心の面持ちでいた。部下の一人が振り返り、レシーバーを外し隊長に報告する。
「隊長、見事作戦成功です。モニターに夫人たちの動きが、昨夜から逐一映し出されております。夫人たちの行動範囲は二階に集中しています。子供たちの行動もそれに付随しているものと思われます。特に深夜となれば人質は二階に全員集まるのは確定的です。下着類となには二階各部屋に分散して運ばれました。強力に発信しております」
隊長はモニターに目を釘付けにしたまま、隊員たちを見回し力強く言った。「そのようだな、それを確認して深更一挙に階下に重点攻撃をかける」
部下たちは隊長の言葉に一斉に頷き挙手の礼をする。
「ではここであらためて机上作戦の確認を行う。第一第二第三第四小隊長前へ!」
各小隊長は各班長を伴い、テント中央の大テーブルを囲んだ。机上には秋田邸の見取り図が敷かれ、色彩豊かな標識が各所に置かれている。隊長の声を一言一句聞き漏らすまいと回りの隊員たちにも緊張が走る。
「深更×時×分邸内並びに庭園の外灯の電源を切る。作戦開始。一斉に侵攻。狙撃隊はここ所定の位置にてベランダに標準、突入部隊の援護。第一第二小隊は正面玄関、第三小隊は広間の窓、第四小隊は右側面入り口の破壊工作を瞬時に行い、発光弾及び催涙弾を発射、犯人の耳目を封じ突入。同時に待機の照明灯を邸内に一斉照射。第一小隊は二階に向かい人質の確保、他の小隊は犯人の身柄を…」
捜査本部に戻った特殊部隊の隊長は一気に捲くし立てた。
「一刻も早く救出作戦を敢行せねば。事態は最悪ですぞ。総理はなにを迷っているんだ。人質はパニックを起こし、錯乱状態だってえのに。おい、突入命令はまだ来んのか」
奥の部下に怒鳴る、
「そちらの電話に直通になっております」部下の返事も荒々しい。
「なに躊躇してるんだ総理は。相変わらず日和見ってやがんだな」
あすか署長が今度は泣きつくように、会心の笑みを浮かべて戻ってきた隊長に迫った。
「隊長、見込みはあるのですか。私は中の状態が心配で心配でならんのですよ。なにしろ今が旬の、女盛りの、なんです、女性が七人も監禁されているんですぞ。そこに血の気の旺盛な若者が七人もとぐろを巻いている。わあっ数が合う、考えただけで身が凍る思いだ。子供を目の前にして、ああ、耐えられん」
署長は、髪の毛を掻き毟ってテーブルを両こぶしで叩いた。
「署長、お気持ちはわかるが、お言葉をちと謹んで貰いたい。そんな事態を防ぐために我々はここにいるのですぞ。救出作戦敢行あるのみです」電話が鳴り、隊長慌てて取る。
「分かりました。よくご決断を。一刻の猶予も許せません。みんな突入許可が出ましたぞ。深更突入決行だ!」 隊長は待機している幹部隊員を呼び、大声で命令を伝達する。
「命令は下った、全員装備を再度確認、テント内で待機。狙撃班は別途指示を待て。以上だ」
隊員は早足で本部に隣接した待機所のテントに飛び込んでいく。中から地鳴りのような歓声が本部まで聞こえる。
「いや無理だ」いきなりあすか署長が強く首を横に激しくふった。
「なにを今更」 隊長が冷ややかに突き放す。
「いや無理だ、中の様子が皆目不明なのに作戦強行なんて。ご覧になったでしょう、窓という窓は完全にシャッターが降ろされ、次官から提出された邸宅の設計図によればその厚さ十ミリですぞ。建物の外壁の厚さだって五十センチだ。どうやって破壊突破するんです」
「そんなことは先刻承知してます、あすか署長確りしてください」日本橋署長がテーブルを叩いて、
「何だって次官はこんな頑強な建物を建てたんだ」
「阪神大震災の教訓だそうです」
「まるで要塞だ、馬鹿げている。程度ってものを心得ておらんのか次官は」 隊長は毅然として言い放った。
「とにかく突入命令が出たのです。深更突入です。既に特殊部隊は腕を鳴らして待機してますし、政府の許可の出た今決行あるのみです。特殊部隊はこの日のために日夜連続の猛訓練を重ねているのです。警視庁特殊急襲部隊の実力、勇敢さ沈着さを信じて頂きたい。新たに開発された突入用機材の優秀さは完璧です。その優秀さは、積み重ねられた訓練で実証されてます。さきほどから申し上げている通りの作戦で敢行します。あすか署日本橋署の警官隊にはお願いしてるように、後方支援を受け持って貰います」
「それまでに奴らが不埒な行動に出ねばいいのだが…」
「またそれをおっしゃる、彼等とて野獣ではありませんよ」
「おのれ奴ら、ひっ捕まえたら八つ裂きにしてくれるぞ!」
「そうです、その意気です。仕上げは隆々ごろうじろというとこですよ。浅間山荘の二の舞いは踏みません、隊員にも武器の使用を許可してあります。殉職者は絶対出しませんよ、勿論人質は無傷で救出します。狙撃隊も配備してあります。なにが自衛隊のオリンピック候補だってんだ。警視庁の狙撃隊の腕前は自衛隊にひけはとらん、屁でも食らえってんだ」隊長思わずぶるっと体躯を震わせる。あすかと日本橋の署長が隊長に声を合わして言う。
「隊長、馬鹿に高揚してますね、落ち着いて下さい。貴方が頼りなんですから」
「武者震いですよ」
「それならよろしいのです」そこへ突入服姿の特殊急襲部隊の隊員が飛び込んで来る。
「隊長殿、本庁より緊急指令であります」
「何事だ慌てふためいて」
「突入命令は撤回、よって強行手段は即時中止。直ちに部隊を本隊に帰還させよとの命令です」
「何にい、馬鹿な、何が起きたんだ。何で今度はそっちの電話なんだ、混乱の極みもいいとこだ、電話をとれ、総監に繋げ」 怒りで顔面を蒼白にして隊長は部下の差し出す受話器をひったくる様にしてとると、
「こちら対策本部です。何事です突入中止とは、はっ、こちらにはまだなんのニュースも入って来ておりません。突入命令を受けて鋭意作戦中でありまして…はい、はい、はい…」
隊長の意気は次第に消沈し小声になり、いきなり受話器を投げ出し椅子を蹴り上げる。警視がそばに寄り肩に手を掛け、「作戦は中止ですね、いか様な事態が発生したのですか?総監はなんと…」
「警視、わたしは部下に顔向け出来ません。何と説明するのか、どう説得したらよいのか、いずれにしても中止の命令が出たのです。我々特殊急襲部隊は撤収します」
隊長は挙手の礼をすると、荒々しく床を踏み鳴らして表へ出る。警視と両署長は慌てて後を追った。既に事情を把握した隊員たちが、テントの外に出て隊員輸送車の前に整列していた。うつむく者、天を仰ぎ悔し涙をこらえている者、それぞれの隊員が一様にショックを隠しきれないでいた。 隊長を迎え、幹部が号令を下した。
「気をつけ、敬礼、直れ」 隊員たちは敬礼したその腕で涙を拭っている。隊長はそんな隊員たちを前に、怒りを懸命にこらえて簡潔に命令した。「総監から首相命令を受けた。作戦中止。もう一歩のところで人質救出犯人逮捕が出来たのに無念だ!間違いなく成功した!諸君もさぞかし無念だろうが致し方ない。こらえてくれ!特殊急襲部隊は直ちに本部に撤収する。以上」そして命令一下隊員は黙々と機材を収納し、車両に分乗し捜査本部を後にする。隊員たちのアスファルトを踏みしめるブーツの足音が、深夜の国道に空しく響き夜空にこだましていった。
無言と涙の撤収を見送った警視はテントに戻り、改めて幹部を招集し、その前で本庁と詳細な連絡を取った後、命令を下した。
「今回の事件、国際的な波紋を呼んだようです。就いてはその鎮静化を図るため、緊急処置として今回の突入中止の決断になったようです。因ってですね、警視庁機動隊も敏速にテントの解体を行い、機材をまとめ撤収のこと。日本橋警察署署員並びにあすか署署員はその作業に助力の後、それぞれ本署に戻り、所轄管内の通常任務に精励して下さい。以上です。なお、当秋田邸周辺のパトロールは通常通りで差し支えありません。以上です、では速やかに行動して下さい。勿論国道封鎖は解除です」
三日目
あすか共和国官邸の大広間は、深夜十二時を過ぎ大いに盛り上がり、テーブルの上にワインの瓶が並び、次々に開けられ乾杯の音頭が繰り返されている。子供たちの姿は見えない。 昭島がグラスをかかげ顔を紅潮させ捲くし立てている。
「さすがアメリカだ、いの一番に承認の連絡だ。ブッシュ大統領の署名入りとは泣かされるよ。フロンティヤスピリットいまだ盛んなりだ。四月一日作戦大成功だ。これで大統領、あすか共和国は盤石の基礎が打ち立てられました。イギリスもロシヤもカナダもイタリアも承認だ!」沢田の厳しかった顔つきも穏やかに変貌している。
「世界の大国の承認が雪崩のような勢いで舞い込んできてます。大統領!」
「本当に夢のようです。あなたがたの作戦が見事図にあたりましたね」カーテン越しに外を窺っていた島元が声をあげる。
「表の動きが慌ただしいぞ、装甲車が撤退している、機動隊が邸内から消えて行くぞ。そうか、ベランダからの見張りはもう必要ないだろう。沢田、代田を呼び戻してもかまわないだろう。代田も呼んで一緒に祝杯をあげよう。大丈夫だよ、広間から見てれば十分だ」
島元は二階に駆け上がって行く。代田と島元が笑い転げるように降りてくる。沢田がFAXの紙片を手にしながら歓声を上げた。
「おい、みんな聞いてくれ。フランス大統領から祝辞とともに、国防軍が手薄なら、外人部隊を派遣するにやぶさかではないと言ってきてるぞ。さすがフランス、言うことが粋だなあ」山内幸子が興奮した声で、
「外人部隊ですって、まあ素敵、モロッコ、ゲーリークーパー、デイトリッヒ。あらいやだわ私としたことが、齢が知れちゃう」井沢がそんな幸子にグラスをかかげ、
「そんなことありません、俺たちだってあの名画は知ってますよ」
「あら、ほんとに井沢さんておやさしいのね」
皆と握手を交わしながら祝杯の輪に合流した代田は、祝杯を歓声を上げて飲み干している。そこへお手伝いの原田くみが二階から降りて来る。
「皆さん、子供たちは興奮も収まりやっと眠りにつきました。あすか共和国の国旗のデザインで、もう夢中でしたからね」
「それは良かった。農林水産大臣ご苦労様でした」昭島がねぎらいの言葉を口にすると、くみは真っ赤になって、
「あら、大臣だなんておっしゃって、恥ずかしいですわ。主人が聞いたら何ていうかしら。笑い飛ばされてしまうんじゃないかしら奥様」
「そんなことありませんよ大臣、会議で決めたことです。自信を持たなくては」
「そうですわね。はい、皆様のご推薦に応えるよう微力ながら力いっぱい務めさせていただきます」
「その意気です。準備が整い次第、マスコミを招集して、あすか共和国の政治機構等を内外に誇示するのですから」昭島が緊張した面持ちで自分に言い聞かせるように言う。代田が感極まって昭島手を強く握る。
「今この時間、あすか共和国建国のニュースが世界中を駆け巡っている。痛快だなあ!勿論日本政府、日本国民にも」
みなは一斉に乾杯し手を叩いた。昭島は皆を軽く制して、
「しかしあすか共和国は、先程の会議で決定をみたように、日本政府を敵対視せず、あくまで友好的に接するということをお互い再確認しよう。大統領からも改めて」
「そうですわね。皆さんよろしいですね、それが肝要です」期せずして大統領万歳、あすか共和国万歳の声が広間を震わしていく。
「では明日は、いや今日は早くから忙しくなる。とりあえずこの広間を大統領執務室、外務省国際部、共和国議会兼閣議室並びに明日の合同記者会見場に当てます。二階の居室はご夫人方子供たちで適宜ご使用下さい。我々は一階各所で気ままに休みます」沢田が昭島に続き、
「二階ベランダを国防部の詰め所として歩哨を交替で行うことにする。田代、すまんが明け方まで担当してくれ」
「わかった、まかしてくれ」「じゃ、散会としよう、大統領閣下並びに閣僚の方々お引き取りになり、十分な睡眠をお取り下さい」秋田がそう言う昭島や皆を押しとどめた。
「でも皆さん、わたし不安でわ。もう夜明けまでいくらもありません、徹夜で皆さんとミーティングをしますわ。いかがですか」昭島は鼻を詰まらせ、
「感激です、大統領閣下。しかし現時点での警察の突入の危惧は一応回避されました。この際、ゆっくりと休養をとっていただきます。記者会見にそなえて明日一日、いや今日になりますが完璧なる作戦を練ることにします」
二日目
事件発生から二日目の朝を迎えた秋田邸の大広間では中央の大テーブルを前に、七人の人質が横並びに椅子に掛けている。井沢、田代を除いた五人、昭島、沢田、島元、代田、元井が彼女たちに向かい合うように立っている。いずれも緊張した面持ちである。反面婦人たちはリラックスしている。笑みさえ浮かべ互いに何ごとか囁き合っている。昭島が緊張したまま口火を切った。
「改めて昨日秋田夫人にお願いがあるとお話した件でお集まり頂きました。最初は秋田夫人を通じて皆さんに是が非とも承諾して欲しかったのですが、事態は緊迫しておりますので、一挙みなさんにご一緒に話を聞いて頂くことにしました」
「何でしょう改まって、重要なお話のようですがお二人欠けていますわね。子供たちは出席させなくてもよろしいのですか」沢田が秋田夫人の問いに答える。
「田代は見張り、井沢は子供たちの勉強の時間で二階に出張させております」「安全第一銀行」日本橋支店長夫人春島生江が、すかさず言葉を挟んだ。
「井沢さんて、本当に聡明な方でいらっしゃいますわね。なによりやさしくていらしてますわ」法務省の高官を夫に持つ山内幸子が、天真爛漫の表情で応じた。
「ほんとうに、昨日今日と僅かな時間に子供たちすっかりなついて」
国立大学の助教授夫人高梨夏子も謳うように共鳴する。
「ほんとう。一日で子供たちの人気者です。学校の先生もああでなくては」神宮司真理子が断言する。彼女の夫はゼネコンの開発部門の部長である。
「井沢さんのような先生が担任でしたら、無理に塾になんか通わせませんわ」
夫が外務省事務次官秋田の部下である石神るみ子が、緑の顔を見ながらそれとなく探りを入れる。
「当分ここで勉強見ていただきたいぐらいですわね」
山内 「合宿して受験勉強しているみたい、願ってもないことですわ」
高梨 「おまけに母子共々ですもの、環境もすこぶる良好ですしね」
神宮司 「なんたって先生がT大出身ですし、それも優秀な成績で卒業なさったとか」
石神 「ここはひとつ秋田さんにお願いして、ずうっと置いていただきたいですわ」
春島 「みなさんもそう思います?それよりここにはうるさいだけの亭主は居ないし」
山内 「宅なんか、勉強してるか?それだけですもんね」
高梨 (改まって)「私、こんなこと言っていいかしら、不謹慎かもしれませんけど、昨日ベランダで手を振ったときなんかこう、興奮しちゃって」
神宮司 「あら奥さま、あたしもそうなのよ。体が顫えてきちゃって止まらないの」
石神 「あのう…ほらお正月に皇居参賀ってあるじゃありません、皇族の方々がお揃いでお出ましになって、お手を振るわれるじゃありません、なんですかそんな気分になっちゃって」
山内 「昨夜テレビで『人質親子は銃口の下で初めての夜を、いかなる気持ちで迎えるのでしょうか』なんて言ってましたけど、なんかピンときませんでしたわ私」
高梨 「この方たち、それほど悪人には見えませんしね。子供たちのいいお兄さんて感じですもんね。ねえ皆さん、秋田さんにこの状態をずっと続けて頂けないかお願いしましょうよ」
神宮司 「せっかくリーダーのお骨折りで教材や運動用具も届けられたことですし」
春島 「秋田さんどんなものかしら。皆さんもああおっしゃってるんですし」秋田緑はしばらく呆然として言葉もなかった。昭島と沢田はそんな夫人を見てにんまりと笑みを交わしている。
秋田 「ちょっとお待ちになって、みなさんの気持ちも分からないではないではないですけど…」
春島 「そんなら話は早いではございませんか、ご主人の秋田さんにお電話差し上げて、警察にそっとしておいてくれって、言っていただくのよ。私たちは安全で全く身の危険を感じてなんかいないと。子供たちも昨日半日ですっかり強盗さんたちと打ち解けて、喜々として勉強スポーツに励んでいるって。いかが」
夫人たち一斉に賛同の拍手をする。緑は目が点になってしまっている。
山内 「この方たち、お金は返したんですし春島さんのお義父様も銀行には被害がなかった、罪は問わない、なにより事件そのものもなかったっておっしゃってるではございませんか」
高梨 「それに私たちはべつに監禁とか脅迫されているわけではないし、人質って意識は全然ないんですから、加害者も被害者も居りませんはここには」
石神 「強盗事件も人質事件もないってことですわね」
山内 「この状態で子供たちに受験勉強を続けさせてはいかがでしょう」高梨 「勿論いろいろ費用はかかりますけど、秋田さんだけにご負担はおかけしませんことよ」
神宮司 「みんなして相応の負担をさせいただきます」
石神 「私も早速主人に連絡させて頂いきますわ、なんの心配もないって」皆それぞれ頷きあって秋田緑を見た。
秋田 「しかし現実には警察はここを包囲していて、この方たちを捕まえようとしているのよ」しかしその言葉には力が失われている。
昭島 「そこです秋田夫人」昭島はここぞとばかり身を乗り出した。頬を紅潮させ眼差しは真剣である。
昭島 「警察に包囲を解かせるのです」
秋田 「そんなこと出来るんですか?」
昭島 「出来ます。策は練りに練ってあります」
沢田 「まあ、昭島の話を聞いてやって下さい」
秋田 「昭島さん、警察の包囲を解かせるってどういうことでしょうか」
昭島 「前から言ってましたよね、俺たちの提案要請懇願を聞いて頂きたいと」
秋田 「そうでしたわね。一体どういうことなんですか」
昭島 「我々は、我々とは俺たちそれにあなたがた、お子さんも含まれます。勿論ご家族の皆さんもです」
原田 (不安げに)「私もでしょうか」
昭島 むろんです(原田にっこりして夫人たちを見回す)よろしいですか、この秋田邸を日本から分離するのです。日本国から独立するのです。日本国から袂を分かち新しい国を建国するのです。国名はこれから合議で決めます」
秋田 「何ですって!」みな一応に驚愕の声を上げるが、その面持ちは真剣そして興味一杯である。
昭島 「我々は、これは仮の国名ですが秋田国が日本から独立したという宣言を世界に発信します、高らかに。そして全世界の国々から承認をかちとります!」
秋田 「そんなこと可能なんですか。日本から別れるなんて、戸籍や子供たちの将来はどうなるんです」
昭島 「夢を語る、そうお考え下さい。子供たちの将来、それが一番重要なことです。その前に我々が犯した事件につきましてお話します。アメリカを介して国際的な司法取引で免罪をかちとります。簡単とは申しませんがこれは根気よく交渉をつづけます。その後で日本との友好条約締結に持っていきます。それに付則して種々、より良い生活環境を維持するために交渉を続けます。その中にはもちろん秋田さんの心配されてる子供たちの将来もふくまれます。具体的な事柄は事態が進展していく中でお話し諒解を得ていきます。よろしいですか。皆さん今の日本の現状をみてどうお考えになりますか。この国に未来が見えますか…子供たちの将来を考えるならば、ここで日本に警鐘を鳴らすのです。日本脱出を謳うのです。お家大事保身第一と右往左往する為政者たち、官僚、大企業、銀行等に鉄槌を下すのです。そして安穏と不甲斐なく、綿々とそれらのいうままに従う日本国民に目を覚まして貰うのです」
秋田 「興味はそそられますわ。(夫人達を見回し)でも皆さんそう上手くいくと思いますか」
春島 「でも昭島さんは夢を語るって言われたわよね。そんな夢なら一度は見てもよろしいんじゃないかしら皆さん」みなそれぞれ隣を見やり賛否を言い兼ねている。
沢田 「そこです。昭島は皆さんの賛同協力を第一に掲げ懇願しているのです。もう一度よくお考え下さい、日本の今の現状を。子供たちにこんな有り様の日本をこのまま託せますか。無責任もいいとこです」
秋田 「それで日本から離れて私たちだけでも、生き甲斐のある国に子供たちを住まわしたいということですか」
昭島 「いえ、夢は大きく持つのです。秋田国を基盤に日本国に揺さぶりをかけ、国際的な視野で改革を迫るのです。成功するかしないかは未知です、ですから夢を語ろうと皆さんに申しているのです」
原田 「薄ぼんやりとは分かってきたような気もしますが、反乱とか謀反とかにはならないのですか。法廷に引き出されて全員銃殺刑なんてことにはならないんですか」
沢田 (声を強め)「そのために緊急に、国際的に秋田国の承認を得るために策を練り努力を重ねます。勿論おっしゃるような心配は皆無です。人間は親を自分で選ぶことは不可能ですが、国を選ぶことは自由です、努力は必要ですが。幻滅を感じたどうしようもない国からの亡命することは可能なのです。希望の国に移住するとか、その国に帰化するとかするではありませんか。我々は自分たちで国を作り、独立し世界の国々から承認を得るのです。日本国に対して日本人として銃を向けるわけではないのです。平和裡に秋田国の独立を勝ち取るのです」
秋田 「仮にですよ、秋田国が国際的に承認されたとして秋田国に将来はあるのですか」
昭島 「ですから先程から申してます。夢を見るのです、お互い夢を語るのですよ。秋田国から日本国に対し警鐘を鳴らし、日本国民に啓蒙を促し共により良い日本の改革を薦めるのですよ。いかがですか秋田夫人、どうしてもあなたがたの賛同が欲しいのです。ご一緒に独立の花火を打ち上げようではありませんか。愉快ではありませんか。秋田国の将来は自ずと見えてまいります」
春島 (興奮した面持ちで)「なんですかお話を伺っていると、こう、目の前が明るくなってきたような気がしてきましたわ私。(秋田に向かって)奥様、私夢を見たくなりましたわ、皆様はいかがですか?」
山内 (立ち上がり)「私賛成します。考えてみたら日本て随分と出鱈目な国ですわ、どうしようもない国ではありませんか。未練なんかありませんことよ」
昭島 「そうです。どうしようもない国です。経済政策一つ見ても絶望的です。この国の借金はこともあろうに八百十八兆円ですよ。この金額がいかに膨大なものか考えたことありますか。仮に毎日ですよ、百億円返済したとしても二百余年かかるんす。この返済をこの国の子供たちに背負わせる羽目になってるんです、許されていいものでしょうか。すべて国の舵取を誤った悪行数々の政治屋の仕業です。景気回復策とかいってその場限りの大手銀行やゼネコン、大企業への公的資金の投入。全て日本国民の血と汗の結晶ですよ。呆れ果てて言葉にもならないとは正にこのことですよ」
高梨 「私も子供の未来のためにも、いま行動に移らねばとひしと感じてまいりましたわ」
神宮司 「ロマンチックではございません日本からの独立、素敵よ」
石神 「革命闘争に馳せ参じる。ヘミングウエイの世界だわ」
神宮司 「自分たちで国の方針を図り将来を決め、より良い国造りに邁進するなんて夢のようだわ」
山内 「まいりましょう、まいりましょう。皆さんして」
原田 「私は奥様方に付いてまいります、もろ手を上げて」
秋田 「私もなんですか皆さんの熱意に感化されそう、いえその気になったとはっきりと言えます」男たち感極まって手を握り合い、夫人たちの肩を叩いて廻る。
春島 (おもむろに)「さっき国の名前を仮に秋田国とかおっしゃいましたが、これは提案です。いかがでしょう、独立発祥の地秋田様のお屋敷の地名に因んで国名はすんなりと「あすか」としては!平仮名で三文字「あすか」」夫人たち一斉に歓声を上げ、あすかあすかと連呼し、男たちもそれに唱和する。
昭島 「あすかは飛ぶ鳥、飛鳥に通じ日本の古代文化発祥の地でもあります」
石神 「明日香の村にも通じ、ロマンの香を漂わすではありませんの。ロマンチックだわ」 夫人たち、歓声を上げる。緑が電話にかけよりFAX用紙をとり、ペンで「あすか」と書き高く掲げた。歓声が再びあがり拍手が沸く。
昭島 (皆を制して)「我々も国名をあすかと最初から第一候補に上げていたのです。皆様の感性には脱帽します、挙国一致の賛同を得て光栄です。国制は大統領を軸に共和制を布き正式に国名を「あすか共和国」と命名しましょう。ご異存ありませんか」
全員口々に異議無しを唱え顔面紅潮させ万歳を叫ぶ。二階から子供たちがにこやかな顔の井沢に先導されて駆け降りて来る沢田
「井沢、ご夫人たちの賛同を得たぞ、喜べ。いよいよ独立に向かって一直線だ」
井沢 (喜色満面で)「そうか、やったな。みんなご苦労さん」子供たちをそれぞれの親たちが抱えるように出迎え、はしゃぎながら耳打ちしている。翔太 「じゃ僕たちこれからもずっと井沢のお兄さんに勉強教えて貰えるんだ。みんなと一緒に。わあ凄い」子供たち歓声をあげながら井沢の回りを手を繋ぎ廻り始めるのだった。
昭島 「代田、ご苦労だが事の顛末をベランダの田代に伝えて、見張りを代わってやってくれ(代田、躍るように二階へ行く)皆さんご静粛にねがいます。只今から独立の第一歩を踏み出します。その前にご異存はなかろうかと思いますが、いかがでしょう。あすか共和国初代大統領に秋田夫人に就任して頂くことを提案します」一斉に賛同の拍手が沸き起こり、秋田夫人が顔を赤らめながらも粛然と身を引き締めて立つ。
昭島 「ありがとう御座います。ではあすか共和国大統領秋田緑の名において独立宣言を世界に向けて宣言します。沢田、島元、代田、元井、資料を持ってパソコンに向かってくれ。在京の外国大使館の大使。各国の政府官邸に元首、国連本部の事務総長宛てに宣言文を送る。いいな。「200X年日本時間4月1日我々「あすか共和国」国民は極東の国、日本国の首都東京都あすか市あすか町一丁目一番地に9917平方メートルの国土を平和的手段をもって確保、日本国と決別して「あすか共和国」を建国し、ここに独立を厳粛に宣言いたします。貴国ならびに国連の速やかな承認を懇請いたします。200X年日本時間4月1日あすか共和国大統領秋田緑」いいな、四月一日を黒でも、赤でも太文字でアンダーラインもよし、強調することを忘れるな。この際時差は勘弁してもらう。察してくれるだろう」(語尾は独り言のようになっている)
沢田ら四人は、壁際に移動させた応接セットのテーブル上のパソコンに向かった。そしてパソコンのキーを機関銃のような早さで叩きメールやFAXを発信する。子供たちはその背後に群がり口々に驚愕の声と歓声を上げる。
秋田 「さあさあみんな、お兄さんたちの邪魔になるから少し静かにしましょうね。みんな感激でしょう。今にみんなもお兄さんたちのようになるのよ。これからは世界のあちこちで活躍しなければね」
昭島 「大統領閣下、仰せの通りです。子供たちにはいい刺激になりますね」
秋田 「あらいやですわ大統領閣下なんて」
昭島 「いえ、今後そう呼ばせて頂きます」
秋田 「よろしいように」
沢田 (立ち上がってくる)「俺の持ち分は終わった。みんなもそろそろ終わるだろう」
島元 (立ち上がってくる)「俺も終わった」残る二人も戻る。
秋田 「この後はどう事態は進展するのですか」
昭島 「各国の承認を待つのみです。その前にあすか共和国の政治体制綱領を確立せねばなりません。我が国としてはあくまで国民合議制がモットーですので、国民会議を開催せねばなりません。発議の権利は国民が一人一人持ちます」夫人たち、三人のやりとりを真剣な面持ちで見守っている。
秋田 「素晴らしいことです」
沢田 「緊急に各分野の担当を決めねばなりません。国民全部がなにかしらの責務を担わねば小国であるあすか共和国は運営していけません。私としては大統領に国民会議の招集を提言いたします。どうかご許可をお願い致します」
秋田 「勿論。許可します。国民会議の招集をどうぞ」
いきなりスピーカーからの警察の呼びかけが、広間は勿論邸内に響き渡る。 「犯人たちに通告する。わたしはあすか署長である。君達がかよわい女性子供を盾に、無慈悲な立て籠もりを始めてから二日目を迎えている。我々は人質の安全を第一に考え君達の要求を受け入れてきた。しかし警察の忍耐にも限度がある。あらゆる手段を講じて人質の無事解放を実行せねばならぬ責務がある。いまからでもおそくはない、君たちには逃走の手立ては皆無である。周囲は完全に包囲されているのだ、すぐ人質を解放し武器を捨てて投降しなさい。全国民が君達の出方を注視している。テレビで一部始終を注目し、人質の無事解放を願っているのだ。君達の肉親も今ここに集まっている。世間の厳しい非難の眼差しに身を細め、君達の犯し罪に心を痛めて、君達の投降を願ってここにいらしてる。その血を吐くような呼びかけに素直に耳を傾けなさい」 続いて耳をつんざくような、七人の男たちの肉親の声が邸内にこだましいく。広間のテレビが空しい中継放送を伝え始めた。
「皆さんのお耳に肉親たちの涙交じりの呼びかけが達していると思います。邸内に、次々に息子を兄を弟を懸命に説得する悲痛な声がこだまし消えていきます。果たしてこの説得の声が犯人たちに届くのでしょうか、聞き入れられるのでしょうか。屋敷からの反応はいまのところ全くありません。説得の声は空しく邸内に溶け込まれていくようです。警察の次の手が待たれます」
秋田はテレビのスイッチを切り、毅然と立ち、
「昭島さん、警察に電話を掛けて下さい。私が出ます」
「もしもし、あすか署長ですか」
「そうですが、あなたは」
「秋田です」
「(咳き込んで)秋田次官の奥様…、ご無事ですか!」
「あすか共和国大統領秋田緑です」周りの皆が一斉に歓声を上げる。
「はあっ、電話口が騒々しくてよく聞き取れませんが、なんとおっしゃいましたのでしょうか」
「私はあすか共和国大統領秋田緑です」
「大統領?なんのことです。そばでだれか脅迫して言わせてるのですね」「お黙りなさい。一国の大統領に対して無礼ですよその言辞は!謹みなさい」
「はあっ?あの、次官夫人落ち着いてください、お気を確かに」
「署長、いまから私の言うことを心して聞きなさい」
「どうなってるんですか次官夫人」
「直ちに雑音放送を取りやめなさい」
「犯人の指示ですね次官夫人」
「犯人とは誰を指して言ってるのですか。ああ、彼等を指しているのですね。あなた方はとんでもない間違いを犯しています。彼等は突然の前触れなしでの誕生日パーティ会場への訪問でしたが、その問題はすでに解決済みです。彼等と私たちはいま堅い絆で結ばれ、一つの目的のために力を結集して邁進しているのです。これから、ここ「あすか共和国」では重要会議が持たれます。雑音を齎(もたら)さないようあすか署、並びに日本政府に警告します。あすか共和国に対しいわれなき中傷放送を直ちに止めなさい。警告を無視した場合起こり得る、いかなる事態の責任は全て日本政府にあることを肝に銘じなさい。以上です」
秋田緑が受話器を悠然と置くと、皆が一斉に拍手を送った。昭島が握手を求め感嘆の声を上げる。
「お見事です。恐れ入りました。もっともこの段階では署長、狐につままれた思いでしょうが」
沢田も緑に感嘆の眼差しを向け、
「おいおい時間の経過とともに事の重大さに気づくでしょう。では外が静かになったところで国民会議を開催しましょう。子供諸君はそれぞれのお母さんたちの側に立ち、会議に参加して下さい」子供たちは歓声をあげ喜々として所定の位置につくのだった。
ここはアメリカ合衆国の首都ワシントンはアメリカ大統領の執務室である。大統領は重厚なソフアーに深々と腰を埋めて物思いにふけっている。ドアがノックされ大統領補佐官が部下を伴い入って来る。顔面に何が嬉しいのかにこにこと笑みを浮かべている。
「大統領、只今東京から珍妙なメールが飛び込んで参りました」
「補佐官、ばかに嬉しそうじゃないか。何ごとだね」補佐官、紙片をちらつかせながら、
「東京の一角に日本政府から離反した「あすか」という独立国家が誕生したのです。僅か9917平方メートルという超ミニ国家であります」「それで」大統領がケースの葉巻を取り出すと、部下が素早くライターを点ける。大統領思い切り吸い込み煙を吐き出す。
「アメリカ大統領にあすか共和国の速やかな承認を求めてきておりますのです」
「ほう」
「大統領、日本時間四月一日付けです。念入りに赤でアンダーラインが引いてあります」
「四月一日付けだ?ほう、そうか。それで君の意見は?」
「あははっ、お気づきになりましたか。エイプリルフール。ジョークですよ、人騒がせな。暇人がいるもんですな世間にゃ、あはははっ。ではおくつろぎのところお邪魔しました」補佐官は頭を下げ、笑いながら退出しようとすると大統領は強い声で押し止めた。
「待ちたまえ、何がジョークで、あはははっ、だ!」
「はあっ?」
「それでよく大統領補佐官が務まるな。そのメール、アメリカ大統領だけに発信されたのではあるまい!」
「おそらく主要国の元首に軒並み送られていると推測されますが…」
「そうだろう。勿論イギリスのブレア首相にもな。彼はどう対応する、いいか、ユーモアはイギリス人だけの専売特許じゃない。アメリカ人だってユーモアに富んでいるということを世界に先駆けて証明しなくてはならない。またとない絶好の機会ではないか」
「しかし事実関係を、もう少し把握してからのほうがよろしいのではありませんか」
「きみい、四月一日は待っててはくれんよ。ほかの国々もおそらく手を叩いて承認するに違いない。このことは二十一世紀最初の微笑ましいニュースとして世界中を駆け巡る。アメリカはその尻馬に乗るわけにはいかん、アメリカ合衆国はなんでも一番だ、世界に率先して範を垂れねばならんのだよ」
「そういうことで、では至急在日大使に訓令を送ります」大統領は秘書官の対応に思わず雷を落とした。
「何言ってるか!直々にあすか大統領に承認書を送るのだ。直ちに草案を作りたまえ、署名をするから」補佐官、部下を慌てて別室に走らした。「それから補佐官、明日招集される国連総会での演説文を書き換えたまえ。あすか共和国誕生の祝賀演説にするのだ。アメリカが世界の指導者であることの、なによりの証明になる。さすがアメリカ合衆国は懐が大きいと、世界各国の称賛の嵐を呼ぶこと間違いなしだ」
「はい、わかりました。早速に」
「それでよしだ」そこに補佐官の部下が飛び込んで来た。
「大統領閣下、ただいま東京のアメリカ大使館から電文が入りました」
「それより承認書は」部下慌てて紙片を差し出す。大統領それに目を通し、「うむ、よしこれでいいだろう」すらすらっと署名をする。
「発信したまえ」補佐官、部下の差し出した東京のアメリカ大使館からの電文を見ながら、部下と困惑げに首をかしげている。
「なにを愚図々々しておる!エイプリルフールは待っててはくれんぞ」部下、大統領の一喝に部屋を飛び出していく。
補佐官恐る恐る、
「大統領、東京からの電文ですが」
「読みたまえ」
「はい、テレビや新聞のニュースでもその片鱗は入ってきておるのですが…」
「何だね?」
「電文は長いので要点を説明させていただきます。昨日東京で強盗事件が発生しまして、強盗団が人質をとって民家に立て籠もり、警官隊と対峙するという事態に至ってるそうであります。そしてその後犯人は奪った金を銀行に返し、銀行側との交渉で事件はなかったものとして免責を主張、銀行側もこれを了承、マスコミを通じて世間の諒解を訴えたそうであります」「ふうん、それがどうかしたのかね」
「実は強盗団の立て籠もった場所が、東京都あすか市あすか町一丁目一番地日本外務省事務次官秋田成人の邸宅であります。ということは…」「言わんでもわかっておる。メールやFAXはそこから発信されたと言いたいんだろう。結構ではないか」
「はぁっ?」
「いいかね、これがテロとか過激派とか、ゲリラ集団や日本政府の転覆を企てる政治結社の所業なら問題は別だが、強盗団とはかえってユーモラスではないか。日本政府の慌て振りが目に見えるようだ。近ごろとんとお目に掛かれない痛快事だよ補佐官」
「大統領閣下がそうお考えならば一向に差し支えありません。ですが一応日本政府に打診してはいかがなものでしょうか。両国間になにかと悶着が起きてはなんですので」
「ほうっとけ、君は案外肝っ玉が小さいの」「しかし相手は強盗団ですよ。それに議会に諮らず承認しては、野党は何かと手ぐすね引いてますので」「君もしつこいね。強盗団ではないよ、銀行側は免責を謳っているというではないか」
「しかし法的にどうかと」
「そんなことは日本の内政問題だ、知ったことかね。それより議会だが、議会がなんか言って来ても、エイプリルフールのジョークだと言えば済むことだ。千歳一隅のチャンスだよ補佐官」
「ええっ?」
「わからんのかね。日本政府はこのところ何かと我々の要求を躱している。検討するとか、真摯に受け止めているとか言葉を濁し、巧みに話をうやむやにしてしまう。日本企業ばかり真綿で包んで外資系企業の、とりわけアメリカ企業の進出を拒んでいる。一向に規制を緩和して市場を開放しようとしない。不届きの一語に尽きる態度だ。ここで日本政府の足元をすくって慌てさせ外交攻勢をかけるのだ」
「なるほど、江戸の仇を長崎での類いですな閣下」
「何だねそりゃあ、君は時々わからんこを言うな。まあいい、あすか共和国にどんどん親睦攻勢に出るんだ。友好条約を結ぶも良し、経済援助も良し、武器貸与も良し、なんなら安保条約の締結も推し進めてもいいぞ、なんでも有りだ。ようし、日本からイラク復興資金もわんさと搾り取るぞ。そうだ、狂牛病の全頭検査も無しだ。輸出も一挙再開だ、あっはは、吉野家も喜ぶぞ、はっはははっ」 アメリカ大統領の止まることのない笑い声が、執務室の高い天井に響いていった。
ようやく事件発生から二日目の夜、「あすか共和国」にとって、初めての夜の帳が降りようとしていた。微かな夕陽の陽射しが、大広間に忍び寄っている。その中に秋田夫人と昭島の二人がテーブルに対峙していて、さながら二人は舞台の上で、スポットの明かりに浮かんでいるようである。
「昭島さん、ちょっとお聞きしてもよろしいでしょうか」 緑が控えめに訊いている。
「なんなりとお聞きください」
「昭島さん、現金輸送車の襲撃、そしてパトカーの追跡からのわたくし宅への訪問。総てあらかじめ仕組んだものであったのではないのですか?日本国からの分離独立のための」
「はははっ、お気づきですか、さすがです大統領閣下。襲撃後パトカーに追尾させ、お宅に避難すること、もっとも追尾が急で銃の乱射というヘマは犯しましたが。総て事前にお宅そのものと、近辺を徹底的に調査しての筋書きです」
「昨日、私宅で誕生日会が催されることも」
「申し訳ありません。お陰さまで日本中の耳目を秋田邸に集中させるという、第一段階をクリアしました。決して皆さんを騙そうとしたわけでは…」昭島は緑の顔を不安げに見た。緑は微笑みを返した。
「それをお聞きして安心しました。現金強奪という単純な粗暴犯ではなかったのですね」
「えっ?」
「分離独立の提案が、現金輸送車襲撃の失敗からの、自暴自棄の所産でないことがはっきりしました」
「……」
「それに、もう一つ訊いてもよろしいかしら、昨日のパーティのとき私うっかりして玄関に施錠するのを忘れていました。あの扉です、簡単には開きませんですわよ…あそこで立ち往生してらしたら今回の計画はあの段階で…」
「銃で乱射してロックを破壊することも可能かも、それより爆薬で数秒でコンパクトな破壊で開けられましたよ。なにしろ自衛隊のベテランが二人もおりますから」
「おっほほっ、訊くだけ野暮でしたね。周到な計画の上での今回の事件というか決起なんですね。よろしかったらここに至った経緯を話して頂けませんかしら。皆さんずっと以前からこの計画を練っていらした?」
「そうです、話せば長くなりますが、かいつまんで話せば高校の時からです」
「まあっ」
「大学の入試準備の段階から皆で集まっては将来のことについて色々話し合っていて、いつの間にかこうした夢を抱くようになっていったんです。それがいつで、何がきっかけってわけでもないのです。さっきもお話したのですが、要は夢です、若者に有り勝ちな」 昭島は遠くを見るようにして話を続けた。「四国、とりわけ俺たちの生まれ育った大豆島は気候は温暖、産物は山の恵み海の恵みと、品数豊富でほんとに楽園のようなところです。俺たちも何一つ不自由なく子供時代を過ごしてきたのです。しかし政治の中枢から離れた場所にいても、世間の矛盾不条理な出来事、荒れていく世相、政治に、政治家に対する不信感は日に日に芽生えていきます。のんびり学業にかかわっている時代ではないのじゃないか、新聞紙上を毎日のように賑わす政治の腐敗、官僚の身勝手な行動、実業界、産業界の道徳の欠如、警察の暴走。それに比例して少年を含めての犯罪の増加、俺たちの怒りは増幅していきました。ここでなにかを変えねば、一時俺たちは全員自衛隊に入隊して同士を募り仲間を増やし、自衛隊の中枢を掌握してクーデターを考えたりもしたのですよ。しかしそれは余りにも殺伐過ぎるし、流血の惨事も生みかねません。それにはっきり言って実現の可能性はほとんど無しです。それで今回の挙に出た訳ですよ、まだ完全に成功に至ってはいませんが。秋田さんのご協力で光明は見えてきました。秋田次官がこの邸宅を阪神大地震の教訓から堅固に作り、食料その他を備蓄し市民の避難所にしたということをニュースで知りました。申し訳ありませんがお宅に白羽の矢を立てさせて頂いたわけです。」
「そうでしたの」 あすか共和国大統領秋田緑は深く息を吐き、遠く目を見やった。
興奮したアナウンサーの声が響く。「こちら旭日テレビの人質事件の現場からの中継であります。旭日テレビでは犯人一味たちと紳士協定を結び、なんら危険を冒すことなく独占テレビ放映に漕ぎ着けました。この放送は旭日テレビを通じ各民放テレビ、ラジオ、また公営テレビ、ラジオにより全国放送されております。また一部世界各国にも生々しい映像が送られます。只今のところ警戒の警官、機動隊の動きは全くなく現場は静まりかえっております。門扉から玄関に通じる石畳を引き積めた道のほぼ中間に、真新しい白線が引かれております。最前奪われた現金と物資の受け渡しの行われたところであります。今後この場所で犯人一味との折衝が行われるのではないでしょうか。庭園の芝生、樹木は青々と、そして芝生を囲んで色とりどりの草花が咲き競っております。そしてご覧のように、奥に控える白亜の殿堂と申しても過言ではございません二階建ての邸宅が、春の日差しを浴びて輝いております」
総理 「世界に放映か、また世界中から総すかんをくうな。なんたって防衛庁のハジキやマシンガン持っていかれちまってんだからな」
防衛長官(がっくりと)「総理、もうそれはおっしゃらねえで」
総理 「ははははっ、気にすんな。こうなったら何処まで支持率が下がるか見てやろうじゃねえの」
官房長官「ですが総理、ものは考えようで。この事件見事解決すりゃあ一挙支持率倍増ってことになるかも知れませんぜ」
総理 (嬉しそうに)「倍増は無理だが10パーセントぐらいにゃなるかな。史上最低の支持率でシマを投げ出すわけにゃいかねえ」
官房長官「全くで」
テレビ中継が続く「あっ、只今動きが、ご覧ください、玄関の扉が開かれ前を塞いでいた車を犯人の男が一人乗り込み、扉から離れた場所に移動させました。ご覧ください、扉に人影が見えます。あっ、子供のようです。あっ、先導しているのは迷彩服の男です。次々と子供たちが出て来ます。最後に又一人同じ扮装の男が一人、先導の男と同様ライフルを手にしております。子供は一、二、三、男の子が三人女の子が三人、人質になったお子さん全員です。犯人に前後を守られるようにして建物左のテニスコートのあるグランドの方に歩いて行きます。カメラを寄せます、はっきり表情が伺えます。ご家族の方々お子さんを確認頂けたかとおもいます。あっ、こちらに手を振っているお子さんもいます。みんな手に手にラケット、バット、グローブを持ち、サッカーボールを抱えているお子さんもいます。みんな喜々として、なにかこうキャンプ地での出来事を見るような気がしてまいります。犯人二人は子供たちに背を向け、ライフルは肩に掛けたままです。こちら警備陣の方を見ております。子供たちはそれぞれ相手を作り運動を始めております。笑い声さえ聞こえるようです」
文相 (感じ入って)「運動時間ってやつだな。野郎たち考えやがったな。マスコミ狙いだ」
防衛長官「なんでい、文部省の、出張ってなすってたのかい。又なんで文部省が危機管理会議に」
文相 「又なんでもねえもんだな。ガキが人質になってるですぜ、そうなりゃこちとらとしたって、指をくわえてるわけにはいかねえでしょうよ。ドンパチやらかすだけが危機管理じゃねえ、ガキの健康、精神管理も危機管理のうちですぜ防衛庁の」
防衛長官「違えねえ、だけどその、なんとか管理もいいがなにをやらかんすで、(皮肉っぽく)あそこに学校や病院でもおっ建てるおつもりで」
文相 「気に入らねえなその言い方は、真面目に考えてくれ。児童心理学や精神医療の学者先生の派遣を考えてんのよ。てめえの足元からハジキを掻っ攫われるようなドジは踏みたくねえからね」
防衛長官(怒りあらわに)「なにい!」
文相 「先々と考えてるでい、物事進めるにゃここが肝心よ」(そう言って指で頭を叩く)
防衛長官「なにかい、それじゃ防衛庁は何も考えてねえとでも言うのかい。その頭(おつむ)もねえっていうのかい!」
文相 (薄笑い浮かべて)「そこまでは言ってねえよ」
防衛長官「なんでいその態度(てえど)は!」
官房長官「まあまあお二人さん、仲間内の言い合いは謹んでくれ」
総理 「そうよ、二人とも黙んねえかい、 テレビが聞こえねえじゃねえか」二人とも睨み合いながら神妙に頭を下げる。総理貫禄十分といったところである。
テレビ中継は続く「あっ、ご覧下さい。二階の一部屋のカーテンが開きました。ガラス戸が開きました。ご婦人方がベランダに出てまいります。総勢…七名人質の女性全員であります。表情をご覧ください、皆さんにこやかに笑みさえ浮かべておられます。恐怖の面影は全く御座いません。あっ、中央の背の高いご婦人がどうやらこの屋敷の秋田外務省事務次官の夫人のようであります。その隣の白いサロン前掛けをしてるのはお手伝いさんでしょう。皆さん一斉に手を振っておられます。精一杯元気でいるということを、ご家族の方々に知っていただきたいという思いなのでしょうか。私の思い過ごしでしょうか、そんな健気さがじいーんと伝わって参るようです。背後に犯人の気配はありません。あっ、運動中の子供たちもお母さんたちと一緒に手を振っております。カメラが全景を写しだしております。全国の皆様、涙なくしてみられない光景であります。一日も早い救出が待たれます」
総理 (見終り)「官房長官よ、テレビ見てて、ひょこって思いついたんだが…」
官房長官「何でしょう?」
総理 「ペルーの日本大使館占拠事件よ、確かフジモリ大統領は…」
官房長官「前大統領ですよ」
総理 「そうよ、そのフジモリの旦那だが、競艇の賭場を一手に牛耳ってる…なんてったかな、気の強(つ)えぇ女の貸し元がいたな、そこに確か草鞋を脱いでる筈だが」
官房長官「へえ、客人になってやしたが…確かでえぶ前(めえ)に草鞋(わらじ)を履きやした…が…」
総理 「遅かったか、その客人に、ゲリラを血祭りに上げたトンネル作戦の一部始終を訊けたらとよ、(一同注目する)使いをたてたらどうでい」
官房長官(冷ややかに)「ダメですよ総理、炭鉱が廃止されて半世紀立つんですぜ、日本にゃ穴掘り職人なんて残っちゃいません。居たって年いってて使えやしませんよ」
総理 「なるほど。そんなもんか。(がっくりと肩を落とす)いい考えだと思ったんだがな」
秘書官が入ってくる。 秘書官 「官房長官、表に秋田外務省事務次官が入室の許可を願って折りますが」官房長官は総理の顔色を窺うが、総理は鷹揚に頷く。官房長官 入室させな。次官が憔悴した面持ちで、それでも姿勢は崩さずに入って来る。
次官 「総理、かような重要な会議の席にご無礼とは思いましたが、思い余りまして…」
総理 「いいってことよ。いまテレビで見たぜ、かみさんなかなかの別嬪じゃねえの、しんぺいすんのは無理もねえ、察しるぜ」
次官 「総理、(目頭を押さえ)前の家内に早くに死なれ、後添いの家内がやっと出来た息子共々人質になって…」
総理 「そうかいそうかい、年いってからのガキの可愛さは一入って言うからな。まあしんぺいだろうが、ここは一つ踏ん張って貰いてえ。悪いようにはしねえよ」
次官 「ありがとう御座います。総理、お願いです。どうぞ強攻策だけは取らないでください。どうか犯人の説得を」
防衛庁官「ちょっくら待ちなよ。次官さんよ、ちと女々しくねえかい。それによ、このことに関しちゃ方針が立っているんでい。自衛隊の後ろ盾も万全だ。(声を荒げ)いくら人質の身内だからって出過ぎてんじゃねえのかい」外相 「防衛庁の、その言い方は酷じゃねえのかい。てめえの舎弟を庇うわけじゃねえが、奴さんの身にもなってやってくんなせえよ」
警察長官「そうよな。それより防衛庁、防衛庁の後ろ盾だなんて、まさか抜け駆けしようなんて腹積もりじやあるめいな。統率を乱しちゃいけねえよ」防衛長官「おれはそんな積もりじやあ…」
警察長官(冷ややかに)「そんなら結構」
総理 「うるせえんだよおめえたちは。俺が次官と話してんだ、周りでがたがた喚くんじゃねえ。次官よ、この会議じゃ人質の安全確保が大前提ってことが決まってるんだ。しんぺいはいらねえよ」
次官 「ありがとうございます」
外相 「そうと決まったら引き上げたほうがいいな」
総理 「おっ、ちょっと待ちねえ。おめえさんの家屋敷えらく豪華じゃねえの、まさか外交機密費流用しておっ建てたんじゃあるめいな」
次官 「とんでもございません。あそこの場所一帯は父祖伝来の土地でありまして、開発に伴い…」
総理 「はははっ、冗談よ。なにかと今マスコミが喧しいからな、悲劇の主人公が一転汚職の主人公じゃ様になんねえからよ、ちとな。はははっ、事が無事収まったら上納金を弾んでもらわなきゃなるめいよ。なっ」
次官 「分かっております」次官、ほうほうのていで飛び出して行く。
官房長官「総理、抜け目ありませんな」(総理、知らんぷり)
総理 「これでお開きとするか。とにかくじたばたしたってはじまらねえ、要は警察庁に総監よ、いろいろ策は練ってんだろう。いつまで奴らの御託聞いてるわけにはいかねえ、ぴしっとするときにゃしねえとな」
総監 「へいっ、現場にはゲリラ対策のベテランを向けてありやす。飴玉をしゃぶらせておきやす、いまんところは…」
総理 「よしお開きだ」
国道にパトカーのサイレンが鳴り響き、それに先導されたあすか署長を乗せた車が本部前に到着した。数名の記者やテレビのリポーターが素早く駆け寄るが、屈強な警備の警官が容赦なく排除する中、出迎える幹部たちに迎えられ、署長は鷹揚に挙手を返して本部に入って行く。特殊部隊隊長と日本橋署長が立ち上がって出迎える。警視が腰を下ろしたまま軽く手を上げる。
「どうでしたか署長、会議の模様は」
「人質の安全と犯人への説得懐柔、これしか危機管理だかなんだか知らんが打つ手はいまんところないでしょう。とにかく対策本部の頭越しの交渉だけは止めてくれるよう、釘を刺してきましたよ」
「それは上出来でした」隊長と日本橋署長が声を合わせ、本部内にほっとした空気が流れる。
「こちらになにか進展は?」
「一味の身元を完全に洗いだしましたよ。五人の居住地勤務先全て家宅捜索を完了、尤もすべて藻抜けの殻、ですが指紋の採取に成功、勤務先から採取した指紋と合致しましたよ」隊長が満足気にボードに貼られた一味の顔写真を見ながら補足した。
「これで奴らの身元は全て割り出したわけです。考えられる限りの範囲の通信傍受も完了。奴らの電話での会話は人質を含めて完璧に掌握できます」
「それはそれは」
「奴らの肉親総勢十名、大豆島から自衛隊のヘリで間もなく到着の予定になってますよ。今夜から犯人への呼びかけを開始します」
「それより先程「安全第一銀行」の春島一徹会長が記者会見をしましてね。ちょっと署長に記者会見のビデオをお見せしろ」 隊長が幹部にテレビを顎でしゃくって見せる。幹部がテレビを操作し春島会長の声が流れてくる。あすか署長の目が画面に釘付けになる。
「先程犯人側から電話連絡がありまして、その事実、その結果を全て明らかにいたします。犯人は強奪した金を返還するということで、私はそれを承諾受け取りは完了しました。犯人はその条件として銀行側は罪は問わない、銀行としてなんの被害もなかった。被害届の撤回です。「安全第一銀行」と犯人側との間にはもともと、なんの利害関係もなかった。それを今ここに公に声明いたします。ここへ来る前に私は警視庁に以上の事実をお話し、一刻も早く人質全員の解放に全力を尽くしてくれるよう、懇願してまいりました。恥ずかしながら私は、いまは一介のただの老人です、いろいろご非難はございましょうがお察し下さい。伜の嫁と目に入れても痛くない孫娘が恐怖に晒されているのです。以上でございます。なお、付け加えさせて頂ききますが、彼等はこのやり取りの間、脅迫的な言辞は一切弄しておりません。むしろ至って紳士的でした。私は今後出来得るかぎり彼等の申し出には、人質解放を念頭に柔軟に接する所存でおります、どうかみなさまのご理解を伏してお願いする次第であります」 幹部、ビデオを止める。 「もともと銀行側と犯人と間にはなんの利害関係もなかった。よくものたまわったもんだな」あすか署長が呆れ顔で言い、隊長が「完全に無視」と唱え、日本橋が「勿論ですとも」と和し、警視が「よし、これで合同捜査本部は一致団結しましたね」と結論した。
衝立の向こう側では、テレビのモニターを捜査員たちが懸命に見守っている。彼らのレシーバーに新しく現場の実況放送のアナウンスが聞こえている。
(6)
「春の一日もようやく暮れかかっています。人質の親子の姿は邸内に消え、いま屋敷の窓という窓は厚いカーテンに覆われ、物音一つ響いて来ず静まりかえっております。警官隊のみが屋敷を囲んだ土塁に等間隔で配置され、水も漏らさぬ警戒を続けております。今後警察はどんな行動に出るのでしょうか、犯人たちはいかなる要求を出してくるのか、人質の早期解放はあるのか、警察の実力行使は果たしてあるのか、予断は全く出来ません。陽はいま完全に沈み、夕闇が足早に近付いております。人質親子は銃口の下で初めての夜を、いかなる気持ちで迎えるのでしょうか。肉親たちの気遣いはいかばかりか、犯人たちに全国民は一刻もはやく人質を解放することを訴えております。あっ、いま広大な庭園に水銀灯が一斉に点灯されました。まばゆいばかりの明るさです。昼間と見まがうほどです。邸宅が暗く霞んで浮き上がってみえます。おそらく邸内からは敷地の隅々まで一望出来るのではないでしょうか。地面を這う虫一匹でも見逃さないでしょう。勿論、警官隊の動きは逐一識別可能でしょう。果たしてこの状態下、警察はいかなる行動が出来るのでしょうか、憂慮は果てしありません。空しく今日は暮れるのでしょうか」
話は前に戻る。
犯人側からの要求された物品の搬入が上層部から許可されたとき、警視庁特殊急襲部隊隊長は、小躍りせんばかりの気持ちをぐっと抑え部隊のテントに駆け込み、全員を招集した。そして入り口の立哨を倍に増やし、テントの周囲の警戒を厳にするように命じた。
「諸君、好機到来だ!よく聞いてくれ、皆も聞き知っていると思うが、犯人の要求した物品の引渡しにゴーサインが出た。よってだ、作戦1を発令する。いいか、この作戦は念を押すまでもないがあくまで隠密作戦だ!機動隊は無論、あすか署日本橋署にも漏洩阻止のため明らかにはしない。あくまで部隊内で敢行する。勿論補助行動には彼らの力は必要だが、秘密漏洩は絶対あってはならない。物品が届いたら全てここに搬入させ、隊員以外の入室は阻止、たとえ警視殿、両署長でも許してはならん!誰もテントに近づけてはならん」
隊長は一息入れると幹部の一人を名指し、
「時間は限られている。今ここで発信機を埋め込む準備に入る。そこでだ、もっと皆近くに寄るんだ。いいか、発信機が仕掛けられるぐらいのことは犯人も承知の筈だ。物品調達の時間を最小限にしているのはそのせいだ。よってここからが日頃の訓練の成果の見せ所だ、迅速完璧に発信機を装着する」
「隊長、何に装着するかが成功の可否を握ります。奴らの調べをかいくぐって見破られぬように何の何処に」 隊長はにんまり笑って、
「いいか、幸い犯人は色々差し入れの物品を要求してきたが、中にご夫人がたの下着類、そして医薬品を並べている」 隊員たちの間にどよめきが起こった。
「そうだ、あとは言わんでも分かるだろう、俺は医薬品として生理用品も用意させる、それに下着類をそれも下半身のだ、それに装着する。直ちにメーカーに連絡し、縫製方面の技術者を動員するんだ、ここで装着、包装そして梱包しなおす、メーカーの協力が不可欠だ。時間はない、直ぐ掛かるんだ!」
隊長の檄に部下たちは嬉々として、そして速やかに行動に移った。
(4)
対策前線本部、所謂合同捜査本部周辺は緊張が渦巻いているといっても過言ではない。破壊された門扉まえの国道は、広範囲にわたって交通は遮断されている。報道陣は遠くに押しやられ代表とでも言うのか、限られた数人の記者カメラマンが警官に先導されて、軍事基地と化したような周辺を行き来している。制服私服の幹部警察官が居並ぶ本部のテーブル。苦虫を潰したあすか署の署長、日本橋署長。警視庁の警視が上席に、警視庁の特殊急襲部隊の隊長の姿が今は見えない。 あすか署長が怒り心頭に達したかに、声を荒げて周囲の部下に当たり散らしている。
「なんてこった、奴らに機先を制せられた」幹部がなだめる様に、
「しかしこの場合、人質の心の安定が第一ですからやも得んでしょう。一歩後退二歩前進の気構えで」
「きれいごとを言うな、学習用品とか教材、運動用具とか、なに企んでやがんだ奴ら」
「長期戦の構えではありませんか。人質の精神的ホローを図っているのです」
「そんなこと君に言われんでもわかっている。おめおめ奴らの要求を呑まなきゃならんのが腹立たしいんだ、おのれえ!今に見てろ。それより時間内に、要求してきている物資は揃うのか」別の私服幹部が自信一杯に答える。
「人質のご主人、学校関係、それに進学塾の「請負塾」薬局にと迅速な協力を要請しております」
「そんなことはわかってる。時間に間に合うのかと訊いてるんだ」
「間に合います」
「それでいいんだ。それよりこの費用誰が持つんだ」
「それは、署としはこんな事件初めてのケースでありまして、この件につきましては種々検討してみないことには、現時点では結論は出し兼ねるわけでありまして」
「いまは緊急事態だぞ、持って回ったような言い方は止めたまえ。なに考えたんだ」
「ですからこういうときに、費用がどこからどうのとおっしゃってる場合ではないと、恐れながら考える次第でありまして…」
「何だよその言い方は、分かった分かった」幹部、にやにやしながら、
「署長、こんな時に外務省のように使い道、勝手自在の機密費なんかあるとよろしいですな」
「あのな、今この場合にだ、よくまあそんな脳天気なセリフが言えるよなあ。なにか、君が要人外国訪問支援室長ってわけか」
「いえ、そんなつもりでは」幹部は隣の制服に小声で言う。
「こっちにだって内部工作費って奥の手があるんだ」
「なんか言ったか」
「いえ、別に」そのとき署員が一人慌ただしく衝立の陰から飛び込んでくる。一枚の紙片を幹部に手渡すのを見て署長が大声を出す。
「何事だ!」幹部、紙片を掲げ咳払いして、「署長それからご一同様、新しい情報です」警視がご一同様はないでしょうと文句をつけ、「いいから読み上げなさい」
「はっ、申し訳ありません。こんな場合、上司の方をご一緒にお呼びするのに、何とお呼びしていいものやら、初めてのことで皆目見当が付きませんでしたので、止むを得ず申したわけでして…」
日本橋署長が業を煮やして幹部を叱責する。「ごだごだ何を下らんこと、くっちゃべってる。肝心の情報の方はどうしたんだ」
「はい、犯人一味が強奪した金を返すと「安全第一銀行」春島支店長に夫人に携帯で言わせてきました。本庁からの連絡であります」
「何だと!」
「金は要求した物品と引き換えに渡す。その際支店長を同行させるようにとのことであります。また物品の代金は別途請求書を提出しろと…」また警官が衝立の陰から駆け込んでくる。
「今度は何事だ。君、かまわんから報告したまえ」「はい、犯人からの新しい要求が警視庁にありました」「それを早く言わんか」
「はい」
「返事はよろしい」
「はい」
「まだ言っとる」
「申し訳ありません」警官は気を取り直して、胸を張る。
「犯人側の要求を本庁が承諾しました。要求の内容とは中継放送の件でありまして、旭日テレビ一社に限り、門扉より十メートル以内に取材基地を設置させよ、順次邸内の撮影を許可する、人質とのインタビューも考慮している。この処置は人質と我々、我々とは犯人一味でありますが、友好関係にあり、人質の無事であることを日本国民に知って貰いたいからである。以上であります。そして旭日テレビが頑強に取材基地の設置許可を、警視庁に直接に要請してきております」
あすか署長憤怒の形相も凄く立ち上がり、
「奴ら捜査本部の頭越しに次々と話を進めやがって、もう頭にきた。いいじゃない、この件についちゃ警視庁に下駄を預けよう。警視庁からお出での警視殿のご意見をお聞きしよう」警視冷ややかともとれる穏やかな声色で、
「総監がどういうお考えでそう対処されたのか、それに従うしかありませんね。それが得策でしょう」
「日本橋署長はいかようにお考えで」
「現場の中継放送なんて些細なことです。日本橋署としては、一味が奪った金を返すというなら、総監がどのような配慮で裁断を下したのかはいまのところ判断出来ませんが、受け取ってもいいのではないかと。幸い現金輸送車のガードマンには危害が及ばなかったことですし、これで金が戻れば日本橋署としては、現金強奪事件は一応の解決を迎えるわけでして、残るは人質事件の早期解決があるのみで、これは現場があすか署の管轄であるわけでして、我が署としては人質事件はあすか署主導で解決するのが筋かと。勿論全力を挙げて協力することにやぶさかではないことを表明いたします」
「随分とまた回りくどい言い方でありませんか。要は日本橋署はこの件から手を引くということですか」
「そんなことは一言も申し上げておりませんよ。協力するとたったの今明言いたしております。ただここではっきりと申し上げたいのは、人質事件の現場があすか署の管轄内という事実です。事件解決の手段、責任はそちらにあるということです」あすか署長は必死に冷静を装うっているが、明らかに怒りは爆発寸前である。
「待って下さいよ、金を返したからって強奪事件が解決したとはとても思えませんがね」
「ですから一応の解決を見たと申しておるのです」
「それは詭弁というもんだ、大体事件を発生現場で解決出来ず、あまつさえ犯人一味をあすか署管内に追い込んだのは日本橋署の不手際です。そればかりか、せっかく挟み撃ちしたのに邸内への侵入を許したのは、あなたの、日本橋署のパトカーですよ。自動小銃を発射されたぐらいで追跡を諦めてしまうなんて。応戦し車を体当たりさせてでも侵入を阻止すべきだったんです。敢闘精神に欠けていたんだ。そのそしりは免れませんよ。そうすれば人質事件なんか起きなかったんだ」
今度は日本橋署長がいきり立つ番である。一同成り行き如何にと固唾を呑んでいる。
「私の部下が臆病だったと言うんですか、聞き捨てならぬ発言です。撤回して頂きましょう。そんなこと言われたんでは部下に顔向けが出来ん」警視が、立場上仕方がないといったうんざりした表情で、間に入った。
「まあまあお二人とも冷静になって下さいよ、指揮官がいがみ合っていたんでは一味に付け込まれる。警視庁、あすか署日本橋署と合同捜査本部をもったのです。どこが主でどこが副でもありません。みちのりは茨であります。いまの話はなかったことにして、とにかく協力態勢万全といきましょう。それに日本橋署長の発言は戦線離脱とも取れます。こんなこと外部に漏れたらいい恥さらしですよ」日本橋はあっけらかんとした顔で、
「ごもっとも、ごもっとも、発言は撤回しましょう」あすか署長は怒り収まらぬ仏頂面で、
「ご同様に」伝令の警官がまた入って来る。
「犯人の要求した品物が到着しました。それと春島支店長が本庁の職員が同行して強奪金の受け取りのため待機しております。それに旭日テレビが本庁の許可証を提示し、犯人指定の位置にテレビカメラを設置するため櫓を組始めております」
「総監は犯人の要求を全てお呑みになったわけですな、お二人さん」 警視の言葉にあすか署長が不満たらたらに、
「なんてこった。せんかたない、屋敷に出向きましょう」そこへ又伝令が飛び込んでくる。
「緊急指令であります。只今内閣に危機管理センターが設置され、担当大臣が総理官邸に招集されました。あすか署長は至急出頭せよとのことであります」日本橋署長が我が意を得たりと口を出す。
「いくら合同捜査本部といっても、やはり、あすか署に陣頭指揮を取って貰わねばならん。本庁でもそう考えているからこそ署長を呼んだのです。こちらの実情をじんわりご説明してきて頂きたい。とにかく前線本部の頭越しに話を進めて下さらんようにと。なんなら総監にこちらに出向かれ直々に指揮を取って貰いたいと。ただ今の勢いで弁じてきて下さい」
あすか署長は「ふん」と一言言って立ち上がる。
慌しく出発するあすか署長を見送った一同は、がん首を揃えて邸内に足を進めた。門扉から十メートルほどの地点には、既にテレビ局の職員たちが大勢の機動隊員が周囲を固める中で、作業員に指示し或いは手を貸して鉄パイプの櫓を組んでいる。カメラは作動され、アナウンサーがなにやら声高に喚いている。日本橋署署長が、機動隊員をかき分け作業員やテレビ局員を睥睨し、とてつもない大きな咳払いをして皆を注目させた。カメラが素早く追う。
「こら!カメラを向けんな!いいか、絶対に警察側を映してはならん、こんなこと常識だろうが、こちらの警備体制がきゃつらに筒抜けになる。分かったか!私は日本橋署、署長である。本来ならあすか署の署長が話すのが筋だが、所用で不在なので私から一言忠告して置く。いま、ここに出動している警官、機動隊員は人質の安全確保救出、犯人の速やかなる逮捕。それが最大の任務である。故に諸君はいかなる事態になろうとも、自分の身は自分で守る、その気概でいて貰いたい。そういえば分かる筈だ、いかに許可が出たとはいえ、節度を守って頂きたい。平たくいえば我々の作戦行動を妨害しないで貰いたい。以上、警視なにか」
警視も咳払いをして、
「よろしいですか、署長のお怒りは当然のことです。また、忠告は一見厳しいようですが、これはひとえに皆さんの安全を願っての発言であります。どうかその点誤解なきようお願いいたします。それから現在ヘリコプターは飛んでないようですが、飛行は非常に危険でありますから禁止します。あたしからは以上であります」 責任者らしい局員が警視に名刺を差し出し、
「署長のお叱りごもっともであります、カメラを絶対警備側に向けないことを誓約します。それから警視、ご忠告ありがとう御座います、ご趣意は徹底させますから今後ともよろしくご配慮願います。それからヘリの件ですが、犯人側と了解が成りましたなら、報道の意義、責務からも敢行しますので…」「そうなれば構わんでしょうよ」警視はあっさりと頷き、一行は踵を返した。
(5)
総理官邸で危機管理会議が始まった様子。記者団やテレビカメラ、マイクを手にしたマスコミが会議室前のドア付近に殺到して、あたふたと入室する大臣たちにフラッシュを浴びせ、マイクを突きつけて談話を取ろうと必死である。あすか署長が汗を拭き拭き記者団の波をかいくぐり、会議室に飛び込み室内を見回し末席に腰を下ろした。 議長席は空席のまま、そこへ黒と白の縦縞模様の背広で身を固めた総理が足早に入って来て着席する。
官房長官「これは総理、お早いお着きで」
総理 「当ったりめえだ」。
官房長官「ごもっともで」 一座に緊張が流れる。
総理 「ところで現場はどうなってんだ。そこの端にいんの、あすかのシマのもんだな。どうなんだ様子は!」
署長 「はい。(署長は一気に捲くし立てた)あすか署長であります。現場は本庁のお指図通り一味からの要求の物品の調達、強奪金の受け取り、旭日テレビによる中継それらの準備等、全て順調に進み、現在は小康状態にあるといったところであります」
総理 「そうかい、それはまずまずといったところだな。ところで官房長官よ、この政局多難のときっていうか、なんだな、たかが銀行強盗ぐれいで危機管理会議の開催もねえもんだろう」
官房長官「いえ、それがですね、一味の武器が防衛庁から流れてるもんで、ひょっとしたら内乱にでもなりかねえんじゃねえかと、防衛庁警察庁警視庁とも相談しやしてね」
総理 「それよそれよ、内乱はちと大袈裟だが、防衛庁の、(怒りも露に)おめえんところは一体(いってい)どうなってんでい!」
防衛長官「面目次第もありません」テーブルに両手を付いて額を擦り付ける。
官房長官「面目ねえんじゃすまねえんじゃありませんか、兄弟(きょうでぃ)」総理 「俺はな、おめえさんのたっての頼みで、防衛庁のシマをおめえさんに預けたんだぜ。大臣任命権のしくじりとやらで、またマスコミに叩かれる。俺の立場はいま、断崖絶壁に爪先で辛うじて立っているんだ。どうしてくれるんだい、指詰めるぐらいじゃすまねえぜ、ええっ!」
防衛長官「腹は出来ておりやす。ですが総理、このまま指詰めておめおめ草鞋はくわけにはいきやせん。あっしにも意地がありやす。どうかあっしを男にしてやっておくなせい。防衛庁一家を挙げて奴らを叩っ切りやす。けじめはその後でつけさせて下せい」
官房長官「防衛庁の、それは穏やかじゃねえ。法務省の、自衛隊が強盗野郎に殴り込みかけるなんて出来んですかい」
法務相 「防衛庁の、頭を冷やしなせいよ。自衛隊が盗っ人相手にドンパチやらかすなんてとんでもねえ、現行の法律では許されちゃいませんぜ」総理 「周辺有事ってのには当たらねえのかい外務省の?」
外相 (そっけなく)「ぜんぜん。総理、それよりあっしのしんぺいしてんのは、ヨルカ駐屯地の武器庫から掠められたのが防衛庁の言う通りのものだけか、ということですよ」
防衛長官「外務省の、なにかい、俺が嘘ついてるとでも言いなさんのかい。聞き捨てならねえ!確かに若けえもんのしめしがついてなかったってことには潔く頭を下げるが、この期に及んでまやかしは言ってねえ。情報公開はちゃんとしてるぜ」
総理 「まさか機関銃やバズーカ砲なんてえのは持ち出されてねえだろうな」
防衛長官(情けなさそうに)「総理い…」
総理 「冗談々々、冗談よ。それより警察庁の、今後の対策はどうなってんのよ」
警察長官「総理、まだ事件が起きてから半日も立ってねえんですよ。対策がどうのこうのって段階じゃねえんです。警視庁、現場の警察とも、まだまともに会合持ってねえんです。いまんところは奴らの要求が、度外れたもんでねえんで鵜呑みにはしてやすがね、そうそういつまで言いなりにはなりやしません。とにかく人質が、それが問題で。なにしろ外務省事務次官や「安全第一銀行」の会長の家族が人質になってるもんで。総監とも万全の策を練ってるとこで」
防衛長官「なにを言ってるでえ、人質に差別をつけるようなことは言っちゃいけねえよ」
警察長官「なにもあっしはそんなつもりで」
総理 「二人ともいい加減にしねえかい。話を戻そう。とにかくこの事件(でいり)で大事(でえじ)なのは、押し込みに防衛庁の武器が使用されてるってことだ。いいなみんな、これがいかに旦那衆を不安にしてるかってことよ、国際的にも俺の他愛のねえ失言よりもえれい信用問でいだ。そこでだ、いいか、腹を据えて聞いてくれ。人質の無事救出。犯人の国外脱出は絶対阻止、犯人の全員逮捕。これが俺の掲げる目標よ。これが全部叶えられりゃあ多少の要求は呑む。大事の前の小事と考えて、メンツの潰れるのはこの際(せい)だ、お互え我慢しようじゃねえの。どうでい!超法規なんて策はしちゃならねえ、いい恥じっつぁらしになる」
官房長官「さすが総理、腹を固めましたね。これで決まり。ところで当面の事態、状況だが総理、ここに現場のあすか署長がせっかく出張ってきてんですから、奴さんの意見聞こうじゃありませんか」
総理 「おう、遠慮はいらねえ、あすかの、言いていことがあったらなんでも言ってみな」
署長 「かたじけねえでござんす。いけねえうつっちやった。いえ、ありがとうございます。早速でありますがお言葉に甘えさせて頂きますす。今後のことであります。今後犯人一味からの要求は一切現場の前線対策本部にするようにと、撥ね付けて欲しいのであります。現場で処理出来ない場合上部にお伺いを立てるという図式を、明確に確立して頂きたいのであります。でありませんと現場は右往左往するばかりで、迅速な対応に欠ける恐れがありますのでして、その点をどうかお察し願いたいのであります」
総理 「じゃあなにかい、奴らがうだうだ言ってきても取り合わねえで、おめえさんたちに直接言えって言ってやりゃいいんだな、そういうことかい」
署長 「ご賢察の通りでございます」
総理 「それは構わねえよ、それが筋ってもんだろうな、なあ官房長官よ」
官房長官「その通りで、警察庁、異存はあるめえ」
警察長官「それはあっしからも言いたかったことでして」
総理 「聞いた通りだ、あすかの。今後はおめえさんたち現場の顔を立てるから安心しねえ。決して顔潰すようなことはしねえから、まあ骨折ってくれい」
署長 「はい、身命を賭して事件解決に邁進いたします」
総理 「おっう、その意気だ。防衛庁の、聞いたかい」
防衛長官(膨れっ面して)「へえ」
署長 「それではこの件を至急現場に伝えねばなりませんので、退出をご許可願いたいのですが。ほかにご指示がありませんでしたら…」
官房長官「ああ構わねえよ」
署長、そそくさと退出する。入れ違いに首相秘書官が入ってきて官房長官に耳打する。
官房長官「総理、現場のテレビ中継がはじまったそうで」
総理 「そうかいそうかい、見ようじゃねえの」 秘書官テレビをつける。
(3)
)
秋田邸国道に面した門扉は無残になぎ倒されている。四輪駆動の馬力に抗し切れなかったのだろう。邸宅が頑健無比なのに比べ、あっけなく破壊されたのは、ひとつにこの屋敷の当主秋田外務省事務次官が、国道に面した処に頑丈一辺倒の無粋な門扉を嫌った結果であった。それが災いして一気に強盗犯の侵入を許してしまったのだ。 今、秋田邸の周囲は国道を含め、青色一色に塗り潰されていると言っていい。警察車両が行き交い、或いは駐車し、機動隊員がヘルメットもいかめしく警戒に当たっている。警官の出入りの激しい大型の車両のそばに、真新しい格納庫のような巨大なテントが二棟設営されている。一棟には墨痕も鮮やかに「安全第一銀行現金強奪事件合同捜査本部」と、長たらしく書かれた看板が掲げられている。そばには警官が盾を構え立衛している。 車両から警察幹部らしい制服私服の男たちが降り立ち、足早にテントに入って行く。中には既にテーブル椅子が配置され、衝立で仕切られた一角は捜査本部の中枢であろう、無線機電話機、そしてテレビのモニターが置かれている。壁面に大きな白ボードが据えられている。中央テーブルをあすか署、日本橋署の両署長に警視庁から派遣されてきた総指揮官である警視に、警視庁特殊急襲部隊隊長ら幹部が、椅子に腰を下ろし或いは立ったまま囲んでいる。あすか署長がおもむろに一人の幹部を名指して、対策そして経緯の説明を求めた。幹部は咳払い一つした後、ボードの前に立った。ボードには人質の顔写真が張られ姓名が書き込まれている。「先ず最初に人質の説明を致します。先刻ご承知のように、強盗犯が立て篭もった場所は東京都あすか市…」「キミィ、そんなことは分かってる。いまさらくどくど説明しても始まらん、いかなる対策を立てのか、それと今後の見通しを手早く話したまえ」 あすか署長が不機嫌この上なしといった顔付きで幹部を叱り飛ばした。「はい、ではお指図どおり先へ進みます」「前置きはいい、早くせんか!事件発生からどのくらい時間が経過してるんだ」「はい、四時間経過しております」「分かった分かった、先へ」幹部は額の汗をぬぐいながら一気にまくし立てる。「ボードにあるとおり、人質の姓名並びにご主人の姓名職業は判明致しております。又、犯人一味の全貌も逐次明らかになっており、その全体像の把握、また、犯人それぞれの周囲の状況、関係筋の解明も明白になっております。さすれば目下の作戦と致しましては、犯人が強力な火器を携帯していることを考慮し、まずは邸内の状況把握、犯人の暴走阻止、人質の無事救出、それを第一としております」「そんなこたぁ当たり前だ!」今度は日本橋署長が噛み付いた。「でありますから、交渉の第一と致しまして秋田邸との直通電話の設置、並びに盗聴器の設置そして無線の聴取、全て完了。また、犯人の投降を促すため、親兄弟による説得が肝要と判断、四国大豆島に自衛隊に協力願って、大型ヘリによる家族の搬送を行っております。間もなく到着の予定であります」警視が顎を撫でながらぼやいた。「なんで自衛隊で警察のヘリじゃないの、警視庁にだってヘリ部隊は存在するんだよ」「その件に関しては、防衛庁が今回の権威失墜を回復するため、たっての協力参加を申し入れてきたということらしいであります。詳細については…」 警視は不満やる方なしといった表情で、「ということらしいじゃないの、そうなの、これは警察の仕事ですよ。なにも自衛隊がしゃしゃり出てくることはないですよ。それに何ですか、こちらから協力をお願いしたみたいなこと言ったりして」「はっ、形式上いつの間にかそういうことになりまして、これはあくまで防衛庁の面子をおもんばかって…」「いいからあと続けなさい」「はっ、つきましては、これからは署長並びに警視殿の陣頭指揮のもと、人質救出、犯人逮捕の段取りに移行する段階であります」「ようし分かった。お膳立ては出来たって訳だな、警視、一応犯人の出方をさぐらにゃならん。犯人に電話をして下さい」「あたしがですか?これはあすか署の出番じゃないの、なんたって現場が管内でしょうが」「その通り」日本橋が大声で賛同する、不服面であすか署長おもむろに電話機を手にする。「間違いなく犯人に繋がんだろうな」「繋がります」幹部が大声で応える。 一方秋田邸の広間では最前までの緊張はなく、リラックスした雰囲気が漂っている。島元が感慨深かげに、「安全第一銀行の支店長の奥さんが人質の中にいたとはなあ」昭島が独り言のように言う。「俺たちのロマンの方向に向かっていくようだ。春島支店長に、春島一徹会長か」「昭島、なんだにやにやして」昭島はそういう沢田に笑みを返すだけ、そのとき電話が鳴り、昭島が受話器を取った。「いよいよしびれを切らしたな。ミーテイグ通りに行くぞ」 皆が昭島の回りに集まる。 「わたしは対策本部の責任者だ。君は誰だ。我々は君たちの氏名前歴家族関係も全て掌握している。君たちは完全に包囲され、脱出の可能性は皆無だ。観念して人質を解放、速やかに投降したまえ。幸い君たちは現在のところ誰も傷つけていない。これ以上罪を重ねることは良策ではないだろう。最高学府を出ている君たちだ、事態は良く判っている筈だ。今からでも遅くない。人質を解放し、武器を捨てて出て来なさい」 昭島が噛んで含めるように応対する。 「お上にも情けがあるということですね。はっきりしましょう、よく聞いて下さい。一つ、俺たちには投降の意志は全くない。二つ、人質は全員無事、両者は友好関係にあってあなたがたはその点危惧する必要は全くない。三つ、電源は切らぬ事、ガス水道は止めぬ事。それにこれは補足だが、俺たちには食料も武器も十二分にある。事態を平穏に終わらせるための提案要求は随時連絡する。以上です」 「もしもし、もしもし」 昭島は電話を切った。男たちに笑顔が浮かぶ。沢田が指示を出す。「これで第一段階終わりだな昭島。井沢、お前ベランダへ行って元井と代田と代わってくれ。屋上の見張りはいらんだろう、ベランダも一人で今のところは十分だ。それから警察も包囲網を完成、反撃の準備も整ったようだ。今後は無線での連絡は止める、口頭で行う。」元井と代田が井沢に代わって戻り口々に報告する。「動き全くなし」「ヘリは引き上げた」昭島が咳払いをして一同を見回し、一瞬照れ臭そうにしてたが、「みんな、今更だが改めて言う。高校時代から描いてきた夢を今、ここに実現させる。俺たちはこの地を日本から分離させ、一国を建国し独立する」みな目を見開き昭島を凝視する。「籠城を続け、あらゆる手段方法奇策を駆使して独立を勝ち取る。最悪戦いになってもそれは栄光ある独立戦争だ。そのために予定通り二階の皆さんにも建国に加わって貰う。難題だが、これは必須条件だ。俺が懇請する、夢に参加して貰う、是が非でも!」沢田がそれに応じて、 「そうだ、夢に酔うんだ。俺たちは生まれてきたときから日本国民だが、好んでなったわけじゃないもんな。こんな絶望的な日本に未練があるわけじゃなし、行くぞ」島元は直立して言う。 「俺は2尉殿に絶対服従であります」沢田は島元の言葉に苦笑いしながら、 「昭島、お前に全幅信頼だ。軍事面は俺と島元が当たる。独立建国の策は、なあみんな、昭島の腹案通りに任せよう」みんな一斉に手を叩く。そのとき階段から秋田夫人が現れる。揶揄するように、「皆さんお邪魔じゃありませんかしら、大切なお話しがありますの」 「いえ、そんなことはありません」昭島が慌てて夫人に椅子を勧める。みな一斉に輪を崩して中央に夫人を迎える。「ちょうど良かった、今お迎えに上がろうとしたところでした。元井、春島夫人をお呼びしてきてくれ」「春島さんになにか」「いえ、ご心配はありません。お二人に是非お願い、というよりご協賛していただきたいことがあるのです。どうしても」「私のほうこそお願いが」元井、春島夫人を伴って戻る。「お連れしました」「申し訳ありません、お呼出しして。奥さんご心配はご無用です。さあ、お二人ともおかけ下さい。お二人にぜひ聞いて頂きたいことがあります」「お待ちなさい。こちらの話を先に聞くのが順序でしょう、こちらが先です」「そうでしたね、ではなんなりとお話し下さい。我々の話はあとでじっくり聞いて頂くことにします。さあ、なんなりとおっしゃって下さい」秋田緑は春島を労るように椅子にかけさせ、自分もおもむろにかける。「単刀直入に申します。子供たちを今直ぐ解放して下さい。人質は私たち大人七人で十分ではありませんか。あなたたちにしても、幼い子供たちがいては何かと足手まといでしょう。どんな計画でいるか存じませんが、邪魔にはなっても益することはなにもないと思いますよ。それより子供たちは既に相当精神的に不安定な状態にあります。このことは、将来に亙って精神的肉体的に憂うべき障害を残します」島元が即座に反発した。 「まだいくらも時間たってないじゃありませんか。解放なんてとんでもないですよ」夫人は島元を無視して、「それに新学期を迎えているのです。子供たちは来年中学受験を控えており、お母さん方はそれを一番恐れています。あなたたちのT大を目指しておりますが、あなたたちと違って秀才ではありませんからね。塾での遅れも重大です」代田が身を乗り出す。 「受験勉強なら心配ありませんよ。井沢に任せればバッチリですよ、なにしろあいつは家庭教師やってて、受け持った生徒100パーセント名門中学に合格させてますからね、それもクラスで成績が中以下の生徒をですよ」彼らが襲撃した、「安全第一銀行」日本橋支店長の春島夫人が、目を輝かせてこれも身を乗り出した。「本当ですかそれって!」「嘘言ってもしょうがないでしょう。やつは気がやさしいし、受験のテクニックに長(た) けてますからね、子供たちには抜群の人気で父兄から引っ張りだこでしたよ」「奥様、子供たちを解放させて頂いて、その井沢さんという方に家庭教師をお願いしてみたらどうかしら」「春島さんなにをおっしゃるの、この人たちは銀行強盗の犯人なんですよ」「あら、私としたことが」「結論から申します。子供たちの解放は検討はしますが、現時点では承諾は難しいです」「昭島さん、政治家のような発言ですわね」「ですが提案があります。その件についてですが」「どんな」緑は小首を傾げた。「子供たちの健康、精神的な面を含めてホローし、また勉学を遅らせないよう手段を講じるために警察に要求を出します。代田、電話を取ってくれ」「どんな要求ですか?」「まあ、聞いてて下さい」 昭島 「警察か?」署長 「私はあすか警察署の署長だ。人質は無事か」昭島 「要求があります。メモを取って下さい、勿論録音はしてるでしょうが」署長 「それより君達は完全に包囲され、逃亡は不可能だ。人質の無事救出のために我々は全力を尽くす、絶対に譲歩はしない」昭島 「今、その段階ではないでしょう。メモの用意は?これから述べるものを至急差し入れる事。一つ、子供たちの勉学用品に進学塾の教材。二つ、スポーツ用具。さしあたって野球、サッカー、テニス用具。三つ、テレビゲームのソフト。四つ、ご婦人方の生活必需品。五つ、救急医薬品。六つ、婦人用子供用の下着類。それに寝袋七つ」署長 「なにを考えてるんだ!人質の状態は?」昭島 「いまの要求が答えになっているでしょう。揃ったら台車に載せて門から玄関の中間まで運び待機して下さい。二時間の余裕を差し上げます。今午後二時、四時が時限です。返事は?」署長 「即答は出来ない、検討の余地がある」昭島 「結構です。しかし検討の時間は制限時間にふくまれます。時間内に調達出来なければそちらの人質のご心配は見せかけだと、世論は見透かしますよ。この要求は旭日テレビ局に知らせます、以上、問答は時間の浪費です。承諾は白旗、拒否は赤旗を掲げて下さい」署長 「もしもし」 昭島は電話を置き、「お聞ききの通りです。お子さん達の生活はふだん通りになさって下さい」春島夫人が不安気に、「どういうことですか」 「勉強は学校以上のカリキュラムを組みます。教師は井沢に当たらせます。進学勉強には進学塾以上の成果をお約束します。また、外での運動遊びも自由ですし、それに伴うお母さん方の行動も制約しません。勿論護衛には最善を取らせて頂きますが」 緑が素早く反論した。「護衛ではなくて監視でしょう。それにその計らいは人質生活が長期に亙ることになりますね」「それはこれからの秋田さんたちのご協力というか、我々の提案要望にどう答えて頂けるかにかかっております」「なにか意味深長ですわね」「きっとご賛同頂けるものと確信しております。その前に春島さん、あなたのご主人は「安全第一銀行」の日本橋支店長ですね。ご主人には大変ご迷惑をお掛けしました」「なにお今更」緑が語気を荒げた。春島が不安げに秋田を見ながら、「そうですが…」「携帯でご主人に連絡をして頂きたいのです。強奪した金をそっくりお返しします」男たち皆おもむろに頷いた。「返還の方法は後程連絡すると伝えて下さい」「今更お金を返したからって犯した罪は消えませんよ昭島さん」「いや、銀行に我々に対しての免罪の声明が欲しいのです。奥さん。極端な話、銀行はなんの被害を蒙っていないと言明して貰いたいのですよ。春島会長のお力添えをお願いすることになります。沢田、以上のいきさつを旭日テレビに連絡してくれ。旭日テレビのみに伝えるんだとな。それから我々も要求するから局からもテレビ撮影を許可するよう警察に交渉しなさいと。勿論旭日テレビ局の独占だと強調してくれ。おいおい邸内の中継もして貰うと」沢田がにんまり笑う。 「そういうことか。面白くなってきたな、まず春島さん連絡お願いします」春島、秋田に肩を抱かれ、沢田の取り出す携帯を受け取り、沢田は電話に向かう。そのとき螺旋階段の上から井沢が顔を覗かせ、白旗だとVサインをする。島元が大声で応える。 「何、白旗が振られている」「事態は我々の思う方向に向かっています。先程言いかけました皆さんに対する要望提案はまた改めてということにします。あなたがたの憂慮されていることを先行させたことを評価して下さい」 昭島は深く頭を下げた。
あすか共和国の興亡2
(2)
そのときテレビが丁度事件の放送を始めるところだった。
「ここで放送を中断してただ今入った強盗事件についてお知らせします。本日九時ごろ「安全第一銀行」の現金輸送車が日本橋支店の通用門口で、数人の武器を持った男たちに襲われ現金を強奪されました。怪我人が出たかどうだか不明。また被害金額は判っておりません。通報を受けた所轄署はただちに緊急配備をし、隣接する警察と連携、非常線を張り犯人の車の行方を追っております。犯人の車は黒の大型の四輪駆動車の模様」「新しいニュースが入りました。犯人の車は国道ろ号線あすか市の交差点の検問で発見され、逃走を続けましたが、新興都市のあすか市あすか町一丁目一番地の国道い号線の路上で、パトカーに包囲されましたがそれを躱し、近くの民家の庭に進入、そのままその民家に逃げ込みました。警察は周辺の交通を遮断、その民家の周囲を完全に包囲。犯人逮捕に万全を期しております。それではここで、警視庁記者クラブからこれまでに警視庁に入ったニュースをお知らせ致します」「こちら警視庁記者クラブです。警視庁では現金輸送車襲撃事件が人質事件に発展しかねない状況と危惧しております。警視庁では警視庁、日本橋署、あすか署の合同捜査本部をあすか署に設置、事態の早期解決を期しております。以上警視庁からでした」
昭島 「お二階さんもこれで事態を呑み込んだろう」
沢田 「パニックを起こさなければいいが、とにかく女と子供だけだからな」
島元 「それは心配ないだろう、あの秋田夫人一寸苦手だが他(ほか)のもんを上手く統率していくよ」
沢田 「はっきり言ってこっちも頼りにしたいぐらいだ。見通しは明るいぞ昭島」
昭島 「よし、それを祈ろう。では反省と今後の対策だ。はっきり言って甘かった、あんなに早くパトカーが動員されるとは。銃の発射も頂けない。しかし、かろうじてシナリオ通り第一関門はクリアした。屋敷の様子も事前の調査以上に完璧だ」
沢田 「昭島、反省はいいよ、今更どうしようもない。近所の下見も完璧だった。それよりはっきりしよう、俺は作戦遂行、後へは戻らん」
昭島 「よし、長期戦だぞ、文字通り籠城だ。人質がその間耐えられるかどうかが問題だ。彼女たちを苦しめるのはこっちもちと辛いな」
沢田 「何を今更、リーダーらしくないぞ」井沢 「そうだよ、彼女たちにとっちゃ思いもしない災難だが…しかしこれも予測のうちだよ昭島」
昭島 「元井と代田はどうだろう」
島元 「目的完遂を躊躇(ためら)っているのか昭島。お前はリーダーだ、しっかりしろよ。俺たちの決意は揺るがないぞ」
田代 「俺もだよ。元井も代田も決意は変らん筈だよ」
昭島 「すまない、弱気を覗かして。挫折したら、単なる現金強奪犯で終りだ」
沢田 「当たり前だよ」
皆一斉に、真剣な形相ながら安堵の息を吐(つ)いた。
昭島 「よし、今後は人質の協力、なかでも人質のリーダーの秋田夫人の資質に賭ける。四月一日作戦開始だ」
無線の呼び出しが鳴る。島元が無線を取り、
島元 「元井か、どうした、門扉のパトカーが下がった、なに、装甲車が三台横並んでその背後に警官が大勢、判った、顔は出すな。代田に伝えてくれ、予定通り四月一日作戦を取ることを再確認した。決定だ。異存はないよな。なにを今更か、はははっ、よし、監視を続けてくれ」
昭島 「さて今後の作戦だが、これは戦争だ。作戦の指揮は勿論予定通り、沢田お前が取ってくれ。なにしろ専門家だからな。サブは島元だ。俺は夢を練り上げる」
島元 「よし、受けた。みんな沢田の指揮に従おう」
沢田 「いいかい、警察はまだなんの打つ手もない状態だ、俺たちの出方を模索して動きを待っているんだ。だから俺たちは沈黙を続ける。警察は先ず俺たちの身元を懸命に探る。これは時間の問題だ、間もなく割れる。その出方を見て行動だ。行動というより要求を出す」
井沢 「身元が直ぐ割れるって?」
島元 「沢田と俺の線からだよな」
沢田 「そうだ」
テレビが新しいニュースを始める。「ここで現金輸送車襲撃事件の続報をお知らせいたします。事件は思わぬ方向に展開し始めました。本日防衛庁より警視庁に陸上自衛隊ヨルカ駐屯地の兵器庫から、自動小銃5丁、ライフル銃2丁にそれぞれの相当の弾薬、爆薬、それに手榴弾1ケース12個が盗難に遭ったという事実が、自衛隊からの被害届で明らかになりました。これらの武器が襲撃に使用された疑いがいまのところ捜査本部では濃厚と見ております。なお犯人たちの立て籠もった屋敷はあすか市あすか町一丁目一番地、外務省事務次官秋田成人氏の邸宅であることが判明いたしました。現在人質の人数性別は不明です。また確定的な犯人の人数も判っておりません。邸宅は静まり返り、中の様子は全くうかがい知ることは出来ません。しかし犯人たちが強力な武器を携帯していることは、間違いありません。合同捜査本部では憂慮を隠しません」
沢田 「よし、警察側にたってミーティングだ。まず俺たちの身元の捜査といこう、いいな、俺が仕切る。ヨルカ自衛隊の報告では本日早暁武器庫からニュースにあったような武器が消えているのが発見された。同時に2等陸尉沢田と彼の部下島元陸曹長の二名が昨日から帰隊していない、即ち姿が消えた」
島元 「島元は沢田と同郷で四国瀬戸内海大豆島の壺井高校の同級生。高校卒業と同時に自衛隊に入隊」
沢田 「一方沢田は高校卒業後防衛大学に入校、卒業後3等陸尉に任官。ヨルカ駐屯地に配属まもなく2等陸尉に昇級」
島元 「島元は沢田がヨルカに配属されると同時に、大豆島駐屯地よりヨルカに転属願いを出し、沢田2等陸尉の直属部下となる」
昭島 「沢田は防衛大学時代から射撃の才能に恵まれ、次期オリンピックのライフル射撃部門の有力優勝候補と目されている。これが問題だ」
沢田 「沢田の交友関係を洗い出したか」
井沢 「沢田の高校時代の仲間は総勢七名。揃って秀才で地元の新聞で小豆島の二十四の瞳をもじって十四の瞳と騒がれました」田代 「沢田と島元をのぞく五名は現役でT大に合格。留年することなく去年卒業、しかし就職することなく、現在の職業は不明。おそらくフリーターをしているのではないかと推測されます」井沢 「七名の顔写真は入手済みであります」田代 「T大組五名は一昨年の夏、沢田2等陸尉の斡旋でヨルカ駐屯地に体験入隊をしております。それも半年間にわたる長期合宿訓練を受けております」
昭島 「なにいぃ、自衛隊なに考えてんだ」
島元 (薄笑いを浮かべて)「恐らくT大出の自衛隊入隊を期待したんでありましょう」
昭島 「まさか実弾射撃訓練まではさせていないだろうな」
沢田 (笑いながら)「沢田のことです。やらしたものと考えるべきです」
昭島 「あはははっ、そうだったな。」
井沢 (姿勢を正し真面目な顔で)「その事実関係は自衛隊に強硬に正すべきだと思います。部下の命にかかわる問題です。手榴弾の投擲訓練もしたかもしれません。(一同声を出して笑う)井沢という男が一人黙々と車輌の操縦に励んでおりました。自衛官が呆れるほどの腕前だそうです」(皆笑う)
昭島 「パトカーがあっさりかわされたのも無理ないな」(井沢、にんまり笑う)
沢田 「これで犯人の人数、身元も確認、顔写真も入手、携帯武器も判明した。あとは人質の人数身元だが」
田代 「それも逐次情報が入っております。占拠場所は外務省事務次官秋田成人邸。秋田邸では四月から六年に進級する小学生翔太君の誕生祝いのパーティが九時頃から、複数の友達とその母親が招かれて催されておりました。今確実な人質は母親の次官夫人と翔太君、それにお手伝い。招かれた母子の氏名住所人数は確認を急いでおります。なお現金輸送車身襲撃の際に、銀行員、警備員にはなんら被害はありません」
昭島 「それはなによりだ。被害金額は判明したか」
井沢 「一億一千万円です」
島元 「人数の割りには少ないな」(一同苦笑いする)
沢田 「あとは犯人がなにを要求してくるか、まずは投降をあらゆる手段をこうじて勧めることだ。言うまでもないが人質の身の安全が優先だ、そして現場の警官たちから犠牲者を出さぬことだ。これは人質の安全と共に徹底させるのだ」
無線の呼び出し音がミーティングを中断する、沢田おもむろに無線機を取り出し、
「どうした元井か、ヘリコプターが飛来して来る、テレビ局か、心配ないさ、単なる取材だ。やじ馬だ、ほっとけよ」「さっ、ミーティング続行だ」
島元 「犯人の住所勤務先を洗いだし、直ちに家宅捜索に入るんだ」
沢田 「親兄弟、近親者の確認を急げ」
島元 「親兄弟による投降の説得ですか、それは今どき流行らないんじゃないか。なにしろ親子断絶家庭崩壊の時代だからな」
昭島 「いや、たとえ浪花節でもお涙頂戴でも、あらゆる手段を尽くしたほうがいい」
また無線が入る、沢田が取る。 「ヘリは狙撃を恐れているらしく、高く飛んで建物の周りを旋回してるだけか、どうりでヘリの音が低いわけだ。だが姿は見せるなよ、当分隠密作戦だ」
井沢がおどけた口調で話を続ける。
井沢 「只今、犯人が秋田邸に乱入した経緯の報告が、現場の責任者から報告が入りました。パトカーは犯人の車を秋田邸の門前で挟み打ちしたのでありますが、犯人の車はハンドルさばきも鮮やかに右に左に切り、(笑いが起きる、井沢得意顔)門扉を突き破り邸内に侵入…」
島元 「パトカーは?」
井沢 「すかさず邸内に追跡したのでありますが犯人は車を急停車し、犯人二人が両側の窓から身を乗り出し、自動小銃を連射したのであります」
島元 「直接パトカー、警官を狙って撃ってきたのか?」
井沢 「いえ、地面に向かっての威嚇射撃であります」
沢田 「犯人に攻撃的な殺意はなかったと言えるな」
井沢 「やむなくパトカーは停車、犯人の車はそのまま邸内に侵入。玄関に達しました」
昭島 「パトカーの警官は咎められんな。ピストルと自動小銃では話にならん」
田代 「新聞社、テレビ局が記者会見を要請してきておりますが」
沢田 「断れ、記者会見なんかあとのあとのずっと先だ。直ちに対策本部を現場に設置する。国道にテントを設営する。敏速に全力を挙げて行動だ」
テレビのニュースが流れている。「犯人の身元、人質になっている方々のお名前は以上であります。只今旭日テレビのヘリコプターが、現金輸送車襲撃犯が占拠した秋田邸の上空に到達した模様であります。現場の様子は現在どのようでしょうか『ハイ、こちらヘリコプターより現場の様子をお知らせ致します。空は快晴眺望は絶好です。今見えてまいりました、ヘリコプターは秋田邸の上空を高度を高く取って旋回しております。白い宏壮な二階建ての邸宅が一望できます。屋上一杯に庭園になっているのがご覧いただけるとおもいます。かなり大きな樹木も多く、犯人が潜んでいても発見は不可能な状態です。一階も二階も窓は完全に厚いカーテンで覆われ犯人は勿論人質の様子を窺いしることは出来ません。あっ、玄関の前に大型の黒の四駆動が横付けになっております。玄関を完全に塞いでおります。その玄関から真っすぐに石畳で舗装された道路が門まで百五十メートルぐらいありましょうか、続いております。その両脇と敷地を囲むように樹木が植えられております。そして各所に水銀灯のポールが立っております。門のそばには警察車両が建物に対峙した格好で停められております。それに身を隠すように多数の警官が警戒しております。門の前の道路は完全に封鎖され、報道陣はシャットアウトされております。ただ今道路が俄然慌ただしくなっております。警察車両が行き交っております。なにか進展があったのでしょうか。以上ヘリコプターよりお伝え致しました』」
沢田 「なかなかいい場所に指揮所が確保できたな、秋田邸への電話は直通にしたな」
島元 「それよりテレビ局のヘリの飛行禁止の措置はとったか。徹底させろ、沢田の腕なら一発で撃墜されるぞ」
昭島 「狙撃班の出動を要請するか」
沢田 「その必要は今のところないだろう。それより自衛隊からその後情報は入ってるか」
井沢 「えらいことです。沢田の奪ったライフルは五菱重機の開発した最新鋭の銃で、射程距離殺傷力ともに抜群で、おまけに赤外線暗視スコープを装置した秀れもんのことです」
昭島 「機動隊の盾は役に立つのかな」
田代 「それは大丈夫です。浅間山荘の銃撃戦以来改良に改良を重ねて、バズーカでも跳ね返します。」
島元 「ほんとかよ、(みな真面目に不安げに顔を見合わせる)これで防衛庁長官は更迭だな。俺は知らないよ」(みんな大笑いする)
沢田 「よし、奴らから未だなんの意思表示もなされない。もう待ちは限界だ、作戦開始だ」
井沢 「皆さん、新しい情報が只今入りましたテレビからです。人質の中に襲われた「安全第一銀行」の支店長の家族がはいっています。おまけに支店長の父親は未だ会長職で実権を掌握し、銀行界にドンとして君臨しております」
テレビのアナウンスが、感傷的に続いている。「以上人質全員のお名前をお知らせ致しました。人質のご家族のご様子については判り次第お知らせいたします」