うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 15

2010-05-14 15:22:23 | ドラマ

謙三  そしたら、<o:p></o:p>

よね  そしたらにやにやしながら頭に血が昇る様な事言うんだよあんた……<o:p></o:p>

謙三  何だって、<o:p></o:p>

よね  …この娘は生娘だって医者が言ってたなんて、あたしはカーッとなって、その生娘を寄ってたかって辱しめたのは何処の誰だって、良心咎めないのかって。<o:p></o:p>

謙三  よく言った。<o:p></o:p>

よね  でも、綾ちゃんが、泣き泣きあたしの腕引っ張って、もういいもういい、早く帰ろう帰ろうって……<o:p></o:p>

謙三  そうか、綾ちゃんその場に居るのが居たたまれなかったんだろうな……<o:p></o:p>

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障子が静かに開き、清子が出て来る。<o:p></o:p>

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清子  泣きやんだわ、落ち着いたみたいよ綾ちゃん。あらかた事情は聞いたわ、非道い話。今夜一緒に寝るわ。<o:p></o:p>

よね  そうしておくれ。<o:p></o:p>

清子  英さんに今夜の事は、話しちゃいけないって言っといたわお母ちゃん。<o:p></o:p>

謙三  そうだよな、英さん、俺が付いて行かなかったばかりにと責任感じるから。母さんからも明日また念押しといた方がいいな。<o:p></o:p>

よね  そうするよ。<o:p></o:p>

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その時、表戸を叩く音。<o:p></o:p>

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謙三  誰だろう、こんな遅くに。何時になる。<o:p></o:p>

よね  十一時になるよ。どなたあ。<o:p></o:p>

刑事  警察だ所轄の。すまんが時間は取らない、訊きたい事がある。<o:p></o:p>

よね  (目を怒らし、刑事を入れる、そっけなく)何んでしょ?<o:p></o:p>

刑事  (店の中に素早く目を配り)倅は居るかな?掛けさせて貰うよ。(清子刑事に一瞥も呉れず奥へ引っ込む)<o:p></o:p>

よね  (立った儘)邦夫ですか、居ませんよ。<o:p></o:p>

刑事  橋本二郎の事で少し訊きたいんだ。<o:p></o:p>

よね  二郎さんに直接訊いたらどうなんです。<o:p></o:p>

刑事  あんたらの指図は受けん。お宅の倅は橋本と以前からツルんでたのは分かっているんだ。居たら立ち回り先を訊こうと思ってな。お宅は橋本の家とも懇意にしてるっていうじゃないか。何か知ってる事はないか。<o:p></o:p>

よね  知りませんね、<o:p></o:p>

刑事  倅の行き先は?<o:p></o:p>

よね  知りませんね、それに二郎さんと倅とはとうの昔から付き合いはありませんよ。会って訊いてもなにも分かりゃしませんよ、生憎だけどね。<o:p></o:p>

刑事  何だその態度は!それはこっちで判断する事だ。お前んとこの倅も、今度の事件に繋がりがあると睨んでいるんだ警察は。<o:p></o:p>

謙三  何ですか、それじゃ倅がスリ仲間だって言うですかい?母さん、邦夫はスリ働いてるんだそうだよ。<o:p></o:p>

よね  バカバカしい、なにを根拠に言うのやら。息子はね、小学校の時分から不器用で通ってるんですよ、工作図画が不得手なんですよ。通信簿何時も甲乙丙の丙が指定席なもんで、スリなんて出来っこありませんよ。<o:p></o:p>

刑事  何!警察は何もかにもお見通しなんだ。叩きゃ埃の出る体なんだ、お前んところの倅は。まあ今夜のとこはこれぐらいにして帰るが、倅が帰ったら署の方に出頭させるんだな。<o:p></o:p>

よね  お帰りですか?ご苦労さんですね。一寸言わせて貰いますがね……<o:p></o:p>

刑事  何だ。<o:p></o:p>

よね  余り二郎さんのお母さんに纏わりつかないで下さいな。<o:p></o:p>

刑事  何だと!<o:p></o:p>

よね  あの人はね、今度の戦争で大事な跡継ぎをお国に捧げてるんですよ。弟の二郎さんが何したか知りませんがね、そんなのおあいこですよ、お母さんの苦しみや悲しみ考えたら。それなのにお家の廻りをうろうろしたり聞き込みしたりして、悲しませるのは止めてくださいよ。岡引根性丸出しで!<o:p></o:p>

刑事  …(一瞬言葉を失くすが)貴様あ、何ほざく、引っ括るぞ!<o:p></o:p>

謙三  (慌てて)お前、黙んないか!<o:p></o:p>

よね  引っ括る?それが善良な市民に言う言葉ですかね。民主警察が聞いて呆れるよ。<o:p></o:p>

謙三  刑事さん、まあ今夜のとこはお腹立ちでしょうが、此の侭お帰りになって下さいよ。こいつ気が立ってましてね。正常じゃないんですよ毎月の何で……<o:p></o:p>

刑事  ……何だ、毎月の事?ヒステリーになんのか、人騒がせな、終わるまで閉じ込めて置け!(憤然として帰る)<o:p></o:p>

よね  やだよ、あんたったら言うに事欠いて。<o:p></o:p>

謙三  まあ、あいだけ言えば気も晴れたろう。こっちは気が気じゃ無かったぜ。あの刑事も間が悪かったな。(二人、声を殺して笑う)<o:p></o:p>

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暗転<o:p></o:p>

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(5)<o:p></o:p>

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数日後月も替わり、初冬の風が時折寒々と店の暖簾を煽る。店内には綾子が数人の客に混じって朝食を摂っている。今朝は街の空気がなんとなくざわめいている。地方選挙が公示され、選挙運動が始まったのである。駅の方角からメガホンで我鳴る意味不明の声が近づいている。<o:p></o:p>

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綾子  ご馳走様、(丼を厨房のよねに手渡す)<o:p></o:p>

よね  はいよ、いよいよ真冬が到来だ。だんだん寒さが厳しくなるから、風邪引かないように気をつけるんだよ。<o:p></o:p>

綾子  はい、じゃ小母さん行ってきます。15<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む103

2010-05-14 04:52:45 | 日記

その四 火より煙の恐怖<o:p></o:p>

 高須さんはリュックを背負っていた。二人ともやっぱり小口さんの横を通って逃げて来たそうである。<o:p></o:p>

 町会のあった一帯はほとんどすでに焼け落ちて、通りに面した家々は骨だけになってまだ燃えていた。<o:p></o:p>

 煙の中を群集と一緒に、五反田へゆく大通りへ出た。そのとたん、ザザッーという音がして、頭上からまた焼夷弾が撒かれていって、広い街路は見はるかす果てまで無数の大蝋燭をともしたような火の帯となった。自分たちはこの火の花を踏んで走った。<o:p></o:p>

 五反田の空は真っ赤に焼けただれ、凄まじい業火の海はとどろいていた。煙にかすみ、火花に浮んで、虫の大群のように群集は逃げる。泣く子、叫ぶ母、どなる男、ふしまろぶ老婆、まさに阿鼻叫喚だ。高射砲はまだとどろき、空に爆音は執拗につづいている。<o:p></o:p>

 やっと目黒川のほとりに出た。この一帯も延々と燃え、ほとんどすでに焼け落ちて、煙と熱気にうるんで柱や電柱が無数の赤いアイスキャンデーのようにはろばろとゆらめいてた。熱い。しかしいざとなればこの河へ飛び込めば命に別状はないのだから、何といってもほっとした。<o:p></o:p>

 新橋のたもとへ出て、一時間近くあたりの燃えるのを眺めていた。人々は一杯路傍に立ったり座ったりしていた。蒲団を積んだ自転車やリヤカーや大八車が並んでいた。みな恐ろしいほど黙っていた。火だけがうなっていた。ぼんやり立っていると、びしょ濡れの服が寒くてたまらなくなった。傍の、たしか工場らしいと記憶していた建物はすでに崩れ落ちて、煮えたぎるような火の坩堝が地上にひろがっていたが、ときどきパーン、パーンと何か爆発して、真っ黒な煙がもくもくと火の中を昇っていった。傍へいって身体を暖めた。ごうせいな焚き火だ。この期に及んで、道に落ちている1本のシャベルを拾った。<o:p></o:p>

 三人は權の坂を下ってゆき、家のほうへ帰ってゆこうとした。<o:p></o:p>

 いつもゆくロータリーの傍の銭湯はすでに火の野原となり、煙突だけが火炎の中にそそり立っていた。まだ燃えている左側の家々に、警防団の人々が細いホースを向けていた。反対側の舗道には、中年の女が一人茣蓙の上に横たえられて唸っていた。大鳥神社も燃え、小杉八郎邸も燃えていた。その前の往来に置かれているゴミ車が、一人前の顔をして燃えているのが可笑しかった。<o:p></o:p>

 家のすぐ近くの米の配給店のあたりはなお盛んに燃え、その炎と煙が路上に吹きつけ、とても通れそうにないので、家にゆくのは断念して、しばらくロータリーのところで、下目黒から五反田へかけての火の海を眺めていた。<o:p></o:p>

 東の空は薄黒い微光をたたえ出していた。身体の疲労が感じられて来た。もう空襲警報は解除になっているのだろうが、サイレンは聞こえず、あたりのラジオも勿論早くから切れてしまっているので、状況はさっぱり分からない。<o:p></o:p>

 またトボトボと権の助坂を上っていった。数百人の人々が群がって、坂の下の火事を眺めていた。日の出女学校が燃えている。壁、建具が焼け落ち、屋根が落ち、赤い火が柱なりの形を残して空に描かれているが、やがて何とも形容しがたい響きをたてて一本の梁が折れると、どどっーとみな地に崩れ落ちる。地平線は火の潮が流れているようだ。<o:p></o:p>