うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 10

2010-05-09 16:29:24 | ドラマ

清子  (店を出て行く邦夫の背中に)邦夫、闇商売ぐらいは姉ちゃん大目に見るから、喧嘩して人傷つけたり、人の物に手え出すことだけはしないのよ、いいわね!<o:p></o:p>

邦夫  (向き直り)わかってるよ姉ちゃん、俺だって馬鹿じゃない、そこんところは承知してるさ。それより父ちゃんに言ってやれよ。<o:p></o:p>

清子  何を?<o:p></o:p>

邦夫  商売の事だよ、駅前の食堂じゃ、駅前に限らないが何処だって闇米売ってるんだよ。表に外食券のバイ人立たせて売らせ、堂々と銀シャリ食わせてんだ。堅いばっかりが能じゃ無いって、みすみす金儲け見逃す事無いって。(店を飛び出そうとしたが、振り返り)そうだ、忘れるとこだ。駅前で靴磨きしてる可愛い娘いるだろう、家へ毎日飯食いに、飯じゃねえやすいとん食いに来るんだってね。<o:p></o:p>

謙三  すいとんで悪かったな。<o:p></o:p>

邦夫  (腹巻から緑色した布地を取り出し)これ、その娘にやってくれ。<o:p></o:p>

清子  何、ビロードじゃない。<o:p></o:p>

邦夫  靴磨く布だよ。大分擦り切れたの使ってたからな、持って来てやったんだ。<o:p></o:p>

清子  どうしたの?<o:p></o:p>

邦夫  どうしたのって、電車のシート剃刀で切って頂いんたんだよ。じゃね。(飛び出して行く)<o:p></o:p>

謙三  あいつめ。綾ちゃんに目つけやがったんだな。<o:p></o:p>

清子  そうじゃないわよ、変にあの子気の付くとこがあんのよね。(一人呟く)どうせオンボロ電車、どんどん板張りになってんだから椅子、大目に見るか。<o:p></o:p>

よね  (顔を覗かせ)行っちまったんだね。あんた、あの子何しに来たんだい。<o:p></o:p>

謙三  何しに来たんだか、別にどうって事はないんだろう。お前の様子を見に来たんだろ。<o:p></o:p>

よね  (顔を一瞬和ませ)お腹空かしてたんじゃないだろうね。<o:p></o:p>

謙三  そんな事あるかい。清子……<o:p></o:p>

清子  何父ちゃん。<o:p></o:p>

謙三  母さんも聞いてくれ、あいつの言い草じゃないが、闇米仕入れて銀シャリ客に売れば儲かることは分かっているよ。だけどな、高けえ食事取れないで、わざわざ来てくれる客もいるんだ。配給だけで商売するのは骨は折れるが、誰かがやらなくちゃならないんだ。俺は馬鹿正直だ、融通が利かない堅物と笑われようが、何時かは報われる世の中が来ると思ってるんだ。たとえ報われなくたってそれはそれで良しと決めてんだよ。<o:p></o:p>

清子  そうよ、お父ちゃん。お父ちゃんの商売なんだから、自分の思うとおりにやったら良いのよ。ねえお母ちゃん。<o:p></o:p>

よね  そうだとも、自分たちだけ米のご飯頂いて、客にすいとん食べさせる訳にはいかないよ。それで堂々と胸張って、大偉張りで生きて行けるんだよ。<o:p></o:p>

謙三  (苦笑いしながら)俺だって時には、闇米じゃんじゃん売って儲けたいって気になる事もあったさ。お前たちに銀シャリ鱈腹食わせたいって思った事もあるさ、だけど、邦夫があの通りだ、何時警察のご厄介にも成りかねねえ風来坊だ、この俺が闇でしょっぴかれでもしてみねえ、親子で警察で鉢合わせなんて事になったら、とんだお笑いだ。<o:p></o:p>

よね  ほんとだよ。このままで良いんだよあんた。(しみじみと)あの子が中学に入ったばかりの頃だったよ。学校で書いた作文を、机の上にほうりっ放してあったのを読んだ事があるんだよ。そう、食糧難がだんだんにひどくなって、主食の配給も途絶えがちになって来たころだったね……<o:p></o:p>

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 舞台暗くなりストップモーション、ナレーションが流れる。<o:p></o:p>

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N   弁当箱の蓋をとる、昼食時間騒然とした中にも開放感が教室内に充満する。今日の僕の弁当は何時もとは格段の相違で真っ白である。銀シャリである。「みんなの弁当すげえんだよな、銀シャリだよ母ちゃん、パンだって真っ白なの食ってるんだ」「お前、黄色い団子や黒いパン食べてるのが恥ずかしいのかい」「恥ずかしくなんかないさ、おれ堂々と食ってる」昨夜母とそんな話をしたばかりである。母ちゃん無理したな、僕は飯を口に運んだ。ううっ、やったな母ちゃん、一瞬複雑な味が口の中を走る。弁当の中身は銀シャリとは程遠い、大根を極細に千切りにした炊き込みご飯だ。それも米二に大根八の割合だろう、おまけに真ん中に梅干とは芸がこまかい。僕の家は外食券食堂で客に食事を出す商売をしている。銀シャリなど闇の米は売らない、当然代用食が米のご飯を上回る。家族もお客さんと一緒だ。母は苦難の時代だからこそ、家族がみんな胸を張って生き抜きたいのだ。<o:p></o:p>

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 舞台明かり戻り元の情景。<o:p></o:p>

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謙三  そんな事があったのか、初めて聞くな。<o:p></o:p>

よね  あたしはそれ読んだ時、あの子が不憫でならなかったよ。食い盛りの年頃なのにと。<o:p></o:p>

清子  あたしは邦夫と違って代用食食べてるの恥ずかしかったな、薩摩芋の時なんか特にね。<o:p></o:p>

謙三  だが、腹は空かさせなかったぞ。(胸を張り)今でも。<o:p></o:p>

よね  その代わり、おならがよく出た。<o:p></o:p>

清子  やだあお母ちゃん(三人大笑いする)<o:p></o:p>

よね  笑いが出たとこで寝るとしようか、くよくよしたってしょうがないねあんた。<o:p></o:p>

謙三  そうこなくちゃ母さん。<o:p></o:p>

清子  そうよそうよお母ちゃん、気を強く持ってよ。<o:p></o:p>

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その時、店の戸が激しく叩かれる。店の前でやくざが三人が怒号をあげる。謙三慌<o:p></o:p>

てて電気を消す。清子、座敷に上がりよねに体を寄せる。<o:p></o:p>

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男一  居るのは分かってんだ!開けねえか、邦夫を出せ。<o:p></o:p>

男二  邦夫が戻って来てんのは先刻承知なんだ!愚図愚図してねえでさっさと開けろ!<o:p></o:p>

男三  邦夫に用があって出向いて来てんだ!素直に出さねえと戸ぶち壊すぞ!10<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む98

2010-05-09 05:54:27 | 日記

新宿駅前にて<o:p></o:p>

 新宿駅前などに、最近「勝利絶対確信運動本部」なるものが、新聞紙に墨でなぐり書きせるものを、到るところにベタベタ貼っている。 全都ことごとくに貼っているのかも知れない。曰く、<o:p></o:p>

 「同胞を信ぜよ」<o:p></o:p>

 「神代以来、日本民族の高さ美しさ」<o:p></o:p>

 「国に生き、卒伍に生きよ」<o:p></o:p>

 「叩きつけろ神州の怒り」<o:p></o:p>

 「蒙古来る。北より来る。かくて時宗自ら剣を把り、その妻子また将兵の炊事を…」<o:p></o:p>

 「誇れ、大君のおんそば近くお早うございます。お仕え申す都民よ」云々。云々。<o:p></o:p>

 中には「ヒトラーをどう思うか」「真田紐の由来」など新聞紙五、六枚に書き殴った長論文あり。駅をとりまく爆風よけの土嚢の配置上、ヘンなところでその続きが二、三間も離れた次の土嚢の壁に飛んでいる。<o:p></o:p>

 家に味噌も醤油も塩も全く尽きたり。醤油は五月分いまだ配給にならざるなり。塩は三月以降一匙の配給もなきなり。況んや、酢、酒をや。砂糖のごときはすでに遠き昔の童話となりはてぬ。このゆえに味噌のみ極度に利用せざるを得ず、十五日にしてすでに尽く。副食物の配給も旱天の一滴のごとし、勇太郎さんと顔見合わせて苦笑するのみ。<o:p></o:p>

 勇太郎さん苦心惨憺。今夕は壷掻きはらいての塩、瓶打ちふりての醤油、而してこれにソースを加えて(!)汁を作る。内容は昆布と菜っ葉と大根一握ずつ。<o:p></o:p>

五月十九日(土)曇後雨<o:p></o:p>

 二時間目、病理授業中、敵数目標八丈島南方を北上中との警報。空曇。敵なかなか来らず。やがて爆音聞え、投弾の音聞ゆ。このごろは一々防空壕にも入らず、授業続行。正午前解除。(教授も学生も、慣れもありましょうが、状況判断に長けてきたものと思われます。)<o:p></o:p>

 夕の放送によれば、九十機、関東南部、東海地区を雲上より攻撃せりと。<o:p></o:p>

 他に今朝より十機二十機、或いは九州に、或いは北陸に、ほとんど日本全土を爆撃、機雷投下。本土の上空はただ敵の跳梁にゆだねるのみ。P51も活躍を開始せしもののごとし。夕冷雨となる。季節にくらべ、気味悪きまでに寒し。<o:p></o:p>

五月二十日(日)霧雨寒し<o:p></o:p>

 正午警報。味噌なきに困惑、高須さん知人に五合枡ほどの小桶に味噌を借り来る。<o:p></o:p>

 日本、三国同盟、防共協定その他の失効を宣言。<o:p></o:p>

 およそ国家の安危は武力にあり。(特に現時のごとき大戦争時代にはいうまでもなし)而して日本の運命は今沖縄にかかる。南西諸島海域の戦況また暗転せんとし、この危惧に臨んでや、人多く頭をめぐらして途を他に求めんとす。しかれども現代のごとく各国の内情電波のごとく全世界に通達せられ易く、また人智精微を極むるの時に於いて「力」を外に、徒手空拳、ただ「外交」のみにて驚天動地の変転をなし得るや否や。特に日本にその手腕ありや、東郷外相にその自信ありや。廟堂の苦悩吾ら知る。されどなお恐る、第一等の、否、唯一の鍵たる沖縄決戦に勝つ能わずしてただ外交にのみ途を求め、ソビエトに翻弄されて全世界の嗤笑の的たらんことを。日本よ、祈るらく、ことここに及んで下手な媚態に身をこらすことなかれと。(風太郎氏、先見の目ありといったところです。)