清子 (店を出て行く邦夫の背中に)邦夫、闇商売ぐらいは姉ちゃん大目に見るから、喧嘩して人傷つけたり、人の物に手え出すことだけはしないのよ、いいわね!<o:p></o:p>
邦夫 (向き直り)わかってるよ姉ちゃん、俺だって馬鹿じゃない、そこんところは承知してるさ。それより父ちゃんに言ってやれよ。<o:p></o:p>
清子 何を?<o:p></o:p>
邦夫 商売の事だよ、駅前の食堂じゃ、駅前に限らないが何処だって闇米売ってるんだよ。表に外食券のバイ人立たせて売らせ、堂々と銀シャリ食わせてんだ。堅いばっかりが能じゃ無いって、みすみす金儲け見逃す事無いって。(店を飛び出そうとしたが、振り返り)そうだ、忘れるとこだ。駅前で靴磨きしてる可愛い娘いるだろう、家へ毎日飯食いに、飯じゃねえやすいとん食いに来るんだってね。<o:p></o:p>
謙三 すいとんで悪かったな。<o:p></o:p>
邦夫 (腹巻から緑色した布地を取り出し)これ、その娘にやってくれ。<o:p></o:p>
清子 何、ビロードじゃない。<o:p></o:p>
邦夫 靴磨く布だよ。大分擦り切れたの使ってたからな、持って来てやったんだ。<o:p></o:p>
清子 どうしたの?<o:p></o:p>
邦夫 どうしたのって、電車のシート剃刀で切って頂いんたんだよ。じゃね。(飛び出して行く)<o:p></o:p>
謙三 あいつめ。綾ちゃんに目つけやがったんだな。<o:p></o:p>
清子 そうじゃないわよ、変にあの子気の付くとこがあんのよね。(一人呟く)どうせオンボロ電車、どんどん板張りになってんだから椅子、大目に見るか。<o:p></o:p>
よね (顔を覗かせ)行っちまったんだね。あんた、あの子何しに来たんだい。<o:p></o:p>
謙三 何しに来たんだか、別にどうって事はないんだろう。お前の様子を見に来たんだろ。<o:p></o:p>
よね (顔を一瞬和ませ)お腹空かしてたんじゃないだろうね。<o:p></o:p>
謙三 そんな事あるかい。清子……<o:p></o:p>
清子 何父ちゃん。<o:p></o:p>
謙三 母さんも聞いてくれ、あいつの言い草じゃないが、闇米仕入れて銀シャリ客に売れば儲かることは分かっているよ。だけどな、高けえ食事取れないで、わざわざ来てくれる客もいるんだ。配給だけで商売するのは骨は折れるが、誰かがやらなくちゃならないんだ。俺は馬鹿正直だ、融通が利かない堅物と笑われようが、何時かは報われる世の中が来ると思ってるんだ。たとえ報われなくたってそれはそれで良しと決めてんだよ。<o:p></o:p>
清子 そうよ、お父ちゃん。お父ちゃんの商売なんだから、自分の思うとおりにやったら良いのよ。ねえお母ちゃん。<o:p></o:p>
よね そうだとも、自分たちだけ米のご飯頂いて、客にすいとん食べさせる訳にはいかないよ。それで堂々と胸張って、大偉張りで生きて行けるんだよ。<o:p></o:p>
謙三 (苦笑いしながら)俺だって時には、闇米じゃんじゃん売って儲けたいって気になる事もあったさ。お前たちに銀シャリ鱈腹食わせたいって思った事もあるさ、だけど、邦夫があの通りだ、何時警察のご厄介にも成りかねねえ風来坊だ、この俺が闇でしょっぴかれでもしてみねえ、親子で警察で鉢合わせなんて事になったら、とんだお笑いだ。<o:p></o:p>
よね ほんとだよ。このままで良いんだよあんた。(しみじみと)あの子が中学に入ったばかりの頃だったよ。学校で書いた作文を、机の上にほうりっ放してあったのを読んだ事があるんだよ。そう、食糧難がだんだんにひどくなって、主食の配給も途絶えがちになって来たころだったね……<o:p></o:p>
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舞台暗くなりストップモーション、ナレーションが流れる。<o:p></o:p>
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N 弁当箱の蓋をとる、昼食時間騒然とした中にも開放感が教室内に充満する。今日の僕の弁当は何時もとは格段の相違で真っ白である。銀シャリである。「みんなの弁当すげえんだよな、銀シャリだよ母ちゃん、パンだって真っ白なの食ってるんだ」「お前、黄色い団子や黒いパン食べてるのが恥ずかしいのかい」「恥ずかしくなんかないさ、おれ堂々と食ってる」昨夜母とそんな話をしたばかりである。母ちゃん無理したな、僕は飯を口に運んだ。ううっ、やったな母ちゃん、一瞬複雑な味が口の中を走る。弁当の中身は銀シャリとは程遠い、大根を極細に千切りにした炊き込みご飯だ。それも米二に大根八の割合だろう、おまけに真ん中に梅干とは芸がこまかい。僕の家は外食券食堂で客に食事を出す商売をしている。銀シャリなど闇の米は売らない、当然代用食が米のご飯を上回る。家族もお客さんと一緒だ。母は苦難の時代だからこそ、家族がみんな胸を張って生き抜きたいのだ。<o:p></o:p>
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舞台明かり戻り元の情景。<o:p></o:p>
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謙三 そんな事があったのか、初めて聞くな。<o:p></o:p>
よね あたしはそれ読んだ時、あの子が不憫でならなかったよ。食い盛りの年頃なのにと。<o:p></o:p>
清子 あたしは邦夫と違って代用食食べてるの恥ずかしかったな、薩摩芋の時なんか特にね。<o:p></o:p>
謙三 だが、腹は空かさせなかったぞ。(胸を張り)今でも。<o:p></o:p>
よね その代わり、おならがよく出た。<o:p></o:p>
清子 やだあお母ちゃん(三人大笑いする)<o:p></o:p>
よね 笑いが出たとこで寝るとしようか、くよくよしたってしょうがないねあんた。<o:p></o:p>
謙三 そうこなくちゃ母さん。<o:p></o:p>
清子 そうよそうよお母ちゃん、気を強く持ってよ。<o:p></o:p>
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その時、店の戸が激しく叩かれる。店の前でやくざが三人が怒号をあげる。謙三慌<o:p></o:p>
てて電気を消す。清子、座敷に上がりよねに体を寄せる。<o:p></o:p>
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男一 居るのは分かってんだ!開けねえか、邦夫を出せ。<o:p></o:p>
男二 邦夫が戻って来てんのは先刻承知なんだ!愚図愚図してねえでさっさと開けろ!<o:p></o:p>
男三 邦夫に用があって出向いて来てんだ!素直に出さねえと戸ぶち壊すぞ!10<o:p></o:p>