うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 13

2010-05-12 15:55:46 | ドラマ

伊織  おやじさん、すまないね何時も、ご馳走になったところで出かけるとするか。<o:p></o:p>

謙三  ゆっくりお茶でも飲んでったらどうです。<o:p></o:p>

伊織  そうもいかないんだ、近頃はパトロールとかいってアメリカ式で、のんびり交番で一服って訳にはいかない、あはははっ。<o:p></o:p>

よね  犬も歩けば棒に当たるってとこですね。(謙三、「これっ」とよねを嗜める)<o:p></o:p>

伊織  その通りだおかみさん、だけどね、なるたけ怪しい奴は避けて通るようにしてるんだ。追っかけたって空きっ腹では最初っから勝ち目はないよ。腹減らすだけ損てえもんだよ。(自嘲気味に)ほんとはそれではいけないんだが、ははっ。じゃ、何かあったら言ってくださいよ。(店を出て行く)<o:p></o:p>

謙三  憎めねえお人だ……(しみじみと歎く)全く戦争で若いもんが、根こそぎ兵隊に持って行かれちゃって、あの通りの中年巡査ばっかりじゃ帝都の治安はどうなるんだ。<o:p></o:p>

よね  帝都だなんて、にっぽん帝国はとっくにおしゃかですよ。<o:p></o:p>

謙三  東京都の治安よ。(ペラペラの新聞を広げる)大男のピストル強盗か、これはアメリカ兵だな。前ははっきり米兵の強盗なんて出てたけど、マッカーサーのお叱りでそうとは書けなくなってしまったんだ。新聞社のささやかな抵抗ってところだろうが、そんなら戦争中からその抵抗ってもんを見せて貰いたかったよな。勝った勝ったなんて嘘っぱち並べやがって!<o:p></o:p>

よね  何を今更ぼやいてんの、それより英さん遅いね、話がこじれてんじゃないのかしら。<o:p></o:p>

謙三  英さんの事だよ、大船に乗った気でいろよ。とにかく邦夫じゃないって事は確かだ。<o:p></o:p>

よね  そうだわよね。<o:p></o:p>

謙三  あれっ、(新聞を食い入るように見る)新橋のマーケットにスリ学校開設、浮浪児集めてチャリンコ養成。主犯で校長役の橋本二郎を指名手配。おまけに写真入りだ。ジロちゃんだよこれっ!<o:p></o:p>

よね  ジロちゃんて鉄工所の?(謙三から新聞を取る)<o:p></o:p>

謙三  そうだよ、邦夫の小学校からの遊び仲間だ。丸っきり姿見せないでいたのがこの通りだ。母親は歎くぜ、総領の一郎さんは戦争の初っ端に戦死、残ったジロちゃんがこの有様じゃ……他人事じゃない……<o:p></o:p>

よね  ほんとだねえ、あたしは一郎さんが無言の凱旋した時のこと、昨日のように目に浮かぶよ、駅前に町内総出でお出迎えして、在郷軍人の軍楽隊が悲しい音楽鳴らしてね、静々と葬列が行く。奥さん、ジロちゃんと並んで遺骨抱え涙一つこぼさず気丈なお人だったよね。<o:p></o:p>

謙三  バカ、息子の戦死で涙なんかこぼせる時代じゃなかったんだ。<o:p></o:p>

よね  ほんとだよね。(慌てて手拭を取り出す)<o:p></o:p>

謙三  だがものは考えようだ、勝ち戦の時戦死なすったからあれだけの葬式を出してくれたんだ。敗戦真際にゃ戦死公報の紙切れ一枚で終りだ。<o:p></o:p>

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表戸が開き、英輔が入ってくる<o:p></o:p>

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英輔  どうしたの、夫婦喧嘩てもしたの小母ちゃん?<o:p></o:p>

よね  夫婦喧嘩のがいいくらいだよ英さん、鉄工所のジロちゃんの事が新聞に……<o:p></o:p>

英輔  ああ、新橋あたりで悪さしてるって事は知ってたが、真逆スリの元締めとはな。それより邦夫の事だが、<o:p></o:p>

謙三  そうだよ、どうしました?やっぱり間違いで……<o:p></o:p>

英輔  小父さんも小母ちゃんも安心していいよ、話はついた。坂田の野郎おとしまえつけさせなくちゃならねえこっちから。<o:p></o:p>

よね  良かった、英さんすみませんでした。でっ?<o:p></o:p>

英輔  上野界隈の遊び人で「紅千鳥の邦」ってキザな野郎がいるんだが、そ奴が三河島の沢村一家の賭場で負けが込んで、そこで止めときゃいいのに、坂田の身内だって邦夫の名前騙り借金したんだ。そのまま梨のつぶてで、沢村から掛け合いがあったってわけだよ。坂田で人相風体確かめりゃいいものを、早とちりしやがってとんだ人騒がせな輩[やから]だよ。おまけに堅気さんを脅しやがって、このまんまじゃ済まさせねえ。<o:p></o:p>

よね  いいんです英さん、間違いと分かれば。<o:p></o:p>

英輔  そうはいかないよ小母ちゃん、俺の大事な小父さん小母ちゃんを怖い目に遭わせやがって!とりあえず安心させようと腹治めて戻ったんだが、きっとおとしまえは付けさせる。<o:p></o:p>

謙三  英さんの気持は有り難いが、まあ気を鎮めて下さいよ。<o:p></o:p>

英輔  大丈夫だよ、心配しなくたって、迷惑はかけないよ。<o:p></o:p>

よね  そうですか、余り騒ぎは起こさないで、お願いしますよ英さん。<o:p></o:p>

英輔  はははっ、大丈夫だよ。余計な事言ってしまったようだな。それより二郎の事だが、関わらねえようにした方がいいよ。何れサツから邦夫はダチだし聞き込みに来るだろうが、知らぬ存ぜぬで通すんだよ。いいね。<o:p></o:p>

謙三  分かってる。心配して貰ってすまないね。<o:p></o:p>

英輔  なあに、そうだもう一つ邦夫の事だが、薄々気付いているとは思うけど邦夫、進駐軍のPXの横流しを、それも大分大仕掛けでやってるようなんだ。アメリカ兵抱き込んで上野の闇市に卸しているようだ。坂田もそれを聞き齧って、邦夫たちのルートを狙ってる気配があるんだよ。まあ、PXの横流しは感心出来ねえが、こんなご時世だ、誰しも手を染めてる事で大袈裟に騒ぎ立てる事じやねえが、坂田が絡んで来てるとなると話は別だ。俺も邦夫の動きと坂田からは目を離さない。小父さんたちが、噂であれこれ邦夫の事を心配してるらしいから言うまでで、心配しなくたっていいんだからね。<o:p></o:p>

よね  心配したってきりが無いよ、英さん。一日も早くに邦夫が真人間になるのを願うだけよ。<o:p></o:p>

英輔  俺も邦夫を以前の邦夫に戻すように骨折るから見ててくれ小母ちゃん。<o:p></o:p>

よね  また英さん人泣かす様な事言ってくれるんだから……<o:p></o:p>

英輔  いけねえいけねえ、手拭出さないでよ。<o:p></o:p>

謙三  はははっ、英さんにはいつも家中のもんが庇ってもらって。13<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む101

2010-05-12 06:07:24 | 日記

その二 焼夷弾投下凄まじく<o:p></o:p>

 防空壕の口に立っていた自分は、間一髪土煙をあげてその底へ滑り込んだ。仰向けになった空を、真っ赤な炎に包まれたB29の巨体が通り過ぎていった。<o:p></o:p>

 はね起きて、躍り出してみると、もだこの隣組は大丈夫らしい。しかし暗い濛々たる煙は四辺に満ちて、眼が痛い。水にひたした手拭で拭き拭き、蒲団を防空壕に運んだ。<o:p></o:p>

 ときどき仰ぐ空には、西にも東にもB29が赤い巨大な鰹節みたいに飛んでいる。四つ五つ火の塊に分解して落ちてゆくやつもある。地上から、あれが新兵器のロケット砲であろうか、火の帯のようなものが空へ流れてゆく。この夜ほど多数のB29が墜ちるのを見たことはなかった。<o:p></o:p>

 万歳! 畜生! ザマミヤガレ! と叫ぶ余裕も次第に消え、煙の底で自分はレインコートを着、ノート類と奉公袋をポケットに押し込むと、また外に出て、防空壕の覆いの上であばれ出した。防空壕の口には杉の板戸が渡してあり、その上には土がかぶせてある。それをそのまま踏み落とそうというのである。ポキッと戸の折れる音がして覆いはたわんだが、なかなか落ちない。高須さんはもう一方の口に手で土を一心に掻き落としている。シャベルがないのでどうにもなすすべがない。シャベルがないのが命取りになりはせぬか、とは常々考えていたが、手に入る見込みなどどうしてもなかったのである。しかしこれはほんとうに家財の命取りになってしまった。<o:p></o:p>

 夢中になってあばれていると、ザザッ、ダダダッと凄まじい音がして、ついにこの一帯も焼夷弾の雨の中に置かれた。<o:p></o:p>

 自分は思わず軒下にへばりついた。目の前の、裏の藤原という家の塀の下で白い炎があがっている。茫然たること一瞬、自分と高須さんと隣の遠藤さんはこれに飛びかかって水をぶっかけた。しかし黄燐の炎は消えない。靴で踏むと、靴も燃え上がる。土と砂をぶっかけてやっとこれを消したが、一個木小屋の下に転がりこんで白い炎を噴いているのが、場所が悪くて処置なしだ。遠藤さんの娘で節ちゃんという子が狂気のように、<o:p></o:p>

 「藤原さん! 藤原さん! 焼夷弾落下ですよ! 何してるの、何してるの、逃げちゃだめですよ!<o:p></o:p>

 と叫ぶ声が鼓膜をかすめてゆく。しかし藤原家には一人もいなかった。あとで分かったことだが、この一家はそれ以前に自動車に荷物を積み込んで一目散にどこかへ遁走していたのであった。(凄まじい光景です。小生の両親も、勤労動員で東京に残った兄と姉も、このような悲惨な場面に遭遇していたのかと思うと胸が詰まります。)<o:p></o:p>

 自分に代わって防空壕の覆い落としに必死になっていた勇太郎さんはついに成功した。しかし隙間はまだ大きく開き、まして完全に土一尺の厚さで埋めるなどということは思いもよらない。それにもう一方の口は開いたままになっている。のども痛い、恐ろしい煙だ。焼けて崩れる音が近くで聞こえだした。<o:p></o:p>

 木小屋の下の焼夷弾は次第にとろとろと奥深く燃えひろがってゆく。ちらっと顔を投げると、隣の小口家は火に包まれ、安達家は完全に燃え上がっている。<o:p></o:p>

 「だめだ!<o:p></o:p>

 と自分は叫んだ。<o:p></o:p>

 「だめだ!」と高須さんも叫んだ。