うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 17

2010-05-17 14:59:41 | ドラマ

よね  クビ?またどうしてです。いやその前に朝済んでんですか。食べたの、じゃ今お茶淹れますからね、ゆっくり訳聞かしてくださいよ。警察と聞いては腰据えなくちゃ。(お茶の支度をする)あんた、かんそ芋があったね。<o:p></o:p>

謙三  卓袱台の下だ。それで又何だって首に?<o:p></o:p>

よね  待って、今下へ直ぐ行くから伊織さん。あんたずるいよ一人で聞いたりしちゃ。(首を突っ込む)お待ちどう様、それで?<o:p></o:p>

伊織  話すんですか、弱ったなあ……実はね、パトロールしててばったりかつぎやと鉢合わせしたんですよ。俺はその、見て見ぬ振りそのままやり過ごそうと思ったんだが、其奴何勘違いしたか、いきなり俺の胸のポケットに百円札捻じ込んで、脱兎の如く横丁へ駆け出すんだよ。「おいおい」って言う間もあらばこそ、あっという間に消えちまったんだよ。追っかけようにも腹空いてるしさ、しよぅがねえな、なんて思っているうち、そんな事すっかり忘れてしまったんだ。<o:p></o:p>

謙三  うん、有り勝ちな事だな。<o:p></o:p>

よね  そしてどうなすったんですか。<o:p></o:p>

伊織  どうもこうもないですよ。交番へ戻ったら部長と同僚が怖い顔しててね、傍にしょんぼりさっきの男がいるんですよ。其奴俺から逃げた出した後、同僚に捕まってさ、さっきそこで百円渡して見逃して貰ったって、また百円出してふん捕まったって訳だよ。<o:p></o:p>

謙三  立場最悪ですね。<o:p></o:p>

伊織  もいいとこだよ。部長が本当かって言うから、ああそうだったと思ってポケットまさぐったら百円札が出てきたってわけですよ。当たり前だ奴が入れたんだから。しまったと思ったが後の祭り、以上だよ。収賄で即刻懲戒免職さ。<o:p></o:p>

よね  でも伊織さんは受け取るつもりも、見逃すつもり……ではない捕まえる気も全然無かったわけでしょう?そこんところ上手く弁解できなかったの?<o:p></o:p>

伊織  同じ事、職務怠慢でお払い箱ですよ。<o:p></o:p>

謙三  ついて無いね。<o:p></o:p>

伊織  その通りですよ、ツキはさっぱりと逃げ出してますね俺からは。孫の顔見ようなんて年に兵隊に取られ、鉄砲の代わりに鍬持たされ芋作りに汗流す始末さ。付近の百姓には芋兵、芋兵って馬鹿にされるし、戦争が終わってやっとの思いで帰ってみれば、女房子供は三月の大空襲で焼け死んでしまってたって訳ですよ。ツキに見放されるなんてもんじゃないよ、会社は焼けて行方知れず、警察官募集のポスター見て潜りこんだが、所詮お巡りは俺の肌には合わない。これで良かったと思うよ、負け惜しみ無しでさ。はっはは……(自嘲気に笑う)<o:p></o:p>

よね  みんなそれぞれ苦労がお有りだったんですねえ。(手拭を出す)<o:p></o:p>

謙三  なるほど、そういうわけですか。それにしても紙芝居とはまた思い切りましたね。<o:p></o:p>

伊織  とにかく職探しと知り合いを駆けずり廻ったんだが無くてね、たまたま隣の、バラックですがね、住人の年寄りが戦前からの紙芝居やで、自分はもう年できつくなったから良かったらやって見ないかって、それで一式借り受けて始めたってわけだよ。はははっ、速成の手ほどき受けてね。<o:p></o:p>

よね  それにしても勇気いったでしょう?<o:p></o:p>

伊織  それほどでもないよ、元々俺は子供の頃から芝居心があってね、こういう事嫌いじゃないんだ。なかなか子供たちには評判良く大勢集まるんだ、大人たちも結構見てるよ。<o:p></o:p>

謙三  そいつは良かった。あの商売も上手い下手があるからね。警官やってるより良いじゃないですか。収入も結構有ったりして……<o:p></o:p>

伊織  腹減らして立ち眩みするような事は無いよ、はははっ。<o:p></o:p>

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伊織の笑いが空しく消えていく中、舞台溶暗そして溶明。その日の夜、謙三の店。座敷<o:p></o:p>

で謙三よね清子の三人遅い食事をしている。<o:p></o:p>

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清子  その伊織さんて警官見事な転身遂げたわね、警官から紙芝居やさんなんてなかなか真似出来ないことよ普通の人には。<o:p></o:p>

謙三  そうだとも、商売に貴賎なしだ、俺、つくづく感心させられたね。人間やる気になりゃあ何だって出来るって事だよ。<o:p></o:p>

よね  あの人も戦争被害者だったんだね。それも飛びっきりのさ。あたしは話聞いてて涙が出て来たよ。<o:p></o:p>

清子  お母ちゃんは何聞いても涙なんだから。<o:p></o:p>

謙三  全くだ。ああそれより母さん、清子に確かめる事があったんだよな。<o:p></o:p>

よね  そうそう、忘れるとこだった。あんたからお聞ききよ。<o:p></o:p>

謙三  何言ってんだ、こういう話は母親が聞くもんだ。久し振りだ三人ゆっくり飯食うなんて、こんな機会ないよ母さん。聞いてみな。<o:p></o:p>

よね  全くあんたって人は、なんでも人に押し付けるんだから。<o:p></o:p>

清子  何よ、なにを聞きたいの?想像はつくけどね。<o:p></o:p>

謙三  こりゃいいや、話が早い、そう言う事なんだ清子。一体どうなってんだ。<o:p></o:p>

清子  (呆れて)お父ちゃん、<o:p></o:p>

謙三  何だよ、お父ちゃんお母ちゃんの聞きたい事分かってんだろう、話したらどうだい、ええっ。<o:p></o:p>

清子  呆れた、禅問答してんじゃないのよ。はっきりしてよ。<o:p></o:p>

よね  そんならはっきり聞く清子、ジュンの事だよ。<o:p></o:p>

清子  やっぱりね。<o:p></o:p>

謙三  やっぱりって、分かってんじゃないか、どうなってんだ?最近いささか帰りが遅いし、それもしょっちゅうだからな。三日にあげずだ。<o:p></o:p>

よね  帰りの遅いのとやかく言ってるんじゃないよお父ちゃんは、こないだもジュンと食事して来たなんて言うし、気が気じゃないんだよ。何たって相手はアメリカ人だしね、そりゃジュンは良い人だよ。親思いだし礼儀正しいし、やさしそうだしね、あたしだって嫌いじゃないよ、<o:p></o:p>

清子  なら問題ないんじゃない。要はジュンがアメリカ人だって事よね。そうよね?<o:p></o:p>

謙三  (よねの顔を伺いながら)そうよねってお前決めつけんなよ。いいかい、あのね、アメリカっちゃ遠いんだぞ、いやそうじゃない、問題ないって何が問題がないんだか、それ聞いてないよな。17


うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む106

2010-05-17 04:24:16 | 日記

その七 不満募る被災者 連夜の焼夷弾<o:p></o:p>

 不平をいえばきりがない。なぜ政府は急遽大々的に消防隊を作らないのか、なぜ罹災地に数日分の米なり缶詰なりを運ばないのか。いやそれよりもB29そのものを、なぜ海上で迎撃して全部やっつけないのか。やりたいのだが、やれないのだ。出来ないのだ。<o:p></o:p>

 ひる、乾パンを一袋もらって引き返してみると、防空壕はもとのままで、遠藤家では自分のほうの焼跡整理に一心不乱である。自分を見ても知らない顔をしている。顔負けして新宿の学校へゆく。<o:p></o:p>

 学校へゆくと、みな病院へいっているらしかった。自分はひとまず帰郷するよりほかはないと決心し、罹災のむね報告。また高輪にもどると、高須さんとおやじは目黒の焼跡へいっているという。すぐに追っかけていってみると、例の穴は依然そのまま、高須さん大いに怒り、遠藤家では言を左右にしているところであった。<o:p></o:p>

 怒ったり弁解していてもしかたがないと、高須さんと勇太郎さんと自分と節ちゃんで、汗と煙と埃に恐ろしい顔つきになってふたたび掘返し出した。しかし、結局出て来たものは、焼けた靴、中の服やシャツや着物も焼け焦げたトランク、行李、下半分灰になった医学書など、モノらしいモノは何も出て来なかった。奥の方に毛布や蚊帳があるはずなのだが、まだ熱く、煙がひどく、あきらめて夕刻高輪に帰る。<o:p></o:p>

 夜、風呂にゆく。この辺一帯断水しているため、小半里もある銭湯を探してそこへゆく。二日間の煙と煤と汗と砂と泥を洗い落とし、美しい月明の夜を歌をうたいながら帰る。そしていい心持ちで蒲団に入ろうとした、時に十時。<o:p></o:p>

 警報またもや発令。<o:p></o:p>

 敵先夜とひとしく二百五十機を以って来襲。<o:p></o:p>

 二百五十機とはあとになって知ったことだが、がばとばかり起き上がり、かくて先夜についで、いや先夜にまさる炎との大悪戦が開始されたのである。<o:p></o:p>

 敵はまず照明弾を投下して攻撃を開始した。<o:p></o:p>

 三十分ほど後には、東西南北、猛火が夜空を焦がし出した。とくに東方、芝、新橋のあたりは言語に絶する大火だった。中目黒のあたりも燃えているらしい。<o:p></o:p>

 ザアーアッという例の夕立のような音が絶え間なく怒涛のように響く。東からB29は、一機、また二機、業火に赤く、また深照燈に青くその翼を染めながら入って来る。悠々と旋回している奴もある。<o:p></o:p>

 隣組の人々は、厚生省傍の空地に集まっていた。そこは建物疎開の跡で、大きな防空壕が二つ野菜など蒔いた畠があった。人々は空を仰いで、畜生、畜生、と叫んでいた。厚生省は真っ赤に浮き上がり、ガラス窓は紅玉のように輝いていた。B29がまっすぐ頭上に進んでくると、「ああっ、危ないっ」と叫んで、みなあわてて軒下や防空壕に逃げ込んだ。それると、「わっ、助かった!」と胸をなで下ろした。<o:p></o:p>

 厚生省の向こうの女学校が燃え上がった。エロクトロン焼夷弾というのであろうか、真っ白なしぶきのように炎が噴き上がって、パーン、パーンと凄まじい音が空中に無数の火の粉をまきあげている。<o:p></o:p>

 「いよいよ今夜はこっちの番だ!<o:p></o:p>

 と高輪螺子のおやじは迫った声でさけんだ。