渋谷の小さな映画館で東京大空襲の記録映画を観た。墨田区森下5丁目の記憶の復活映画。なぜか最近になって震災と戦災が気になって記録映画を観ることになった。まだ叔父のいたずらかもしれない。
漬物のキムチの歴史を探るとどうしても関東大震災後の事件が気になる。普通の日本人が簡単に人殺しを正当化する。これは後の中国大陸での苦戦に繋がる。善良な市民が普通に殺人者となる。そして処分が甘い、場合によっては正当防衛とか精神錯乱で刑の猶予となる事例もありそうだ。
江東区は震災、戦災で意識しないと住民の記憶と消える。森下5丁目の記録への執念が映画で理解できる。そこには生き残った人と普通の市民がある日に虐殺される。今ウクライナの人も同様な気持ちだろう。
普通の善良な人が突然に凶悪な人になる、仕向けられる。そして落ち着くと語りたくないことを心に隠し善良な人に戻る。被害者から被災者へなるも加害者へなることもある。結局評価は生きている時は判らない。記録あるのみ。