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Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

近況報告聖ピオ十世会韓国

2015年05月23日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

亡くなった姉妹ベルナデッタ文貞子さん(享年57歳)は、幼児洗礼を受け、まだ20代のころクララ会の修道会に入会したそうです。残念ながら新しいミサの新しい修道生活で、聖伝の修道生活ではなかったので、うまくいかなかったようです。

ベルナデッタは、必ず口で聖体拝領をしていました。

その後は、母と義理の姉との3人で教会(水流聖堂)で交代で、24時間の聖体礼拝をして20年過ごしたそうです。その後に、聖ピオ十世会の捧げている聖伝のミサに出会ったそうです。

聖ピオ十世会に出会う前は、手による聖体拝領を強制されて、何年も聖体拝領が出来なかったそうです。

聖ピオ十世会に出会い、聖伝のミサを愛していました。聖伝のミサを待ち焦がれ、御聖体拝領が楽しみでした。

亡くなる1週間前の金曜日にはレネー神父様のミサに与かり敬虔に御聖体拝領をしました。

その夜は、徹夜で聖体礼拝したそうです。

翌朝のレネー神父様の土曜のミサは、預かりましたが御聖体拝領は嘔吐の危険を感じ、できませんでした。そして、直後に、体の不調に苦しんでいました。病院には行かない、痛くない、大丈夫だと言っていたそうです。そして、木曜日の朝10時に息を引き取ったそうです。最後に口にしたのは、御聖体とルルドの聖水でした。

医者によると、死因となる病名は無いそうです。医者は、特に病気は無い、と家族に報告しました。

ベルナデッタ姉妹の一生は、祈りの一生だったと家族の方々が言っています。

亡くなる前に、全て苦しみを聖伝のために捧げると言っていたそうです。自分を愛のいけにえとしてイエズス様に捧げ、聖伝に多くの方々が来るように祈る、と言っていたとのことです。 自分の苦しみを聖伝の発展のために捧げる、自分が苦しみ、多くの兄弟姉妹が聖伝に来るように捧げる、と祈っていました。

ベルナデッタ姉妹は、聖伝のインマクラータの騎士でした。無原罪の聖母の騎士した。

今朝、予定通り、9時からミサがありました。

遺体が運ばれると、遺体を迎え入れる儀式をしました。それが終わると、ベルナデッタ姉妹のお祖父さんの兄弟の息子がカトリック司祭の、文キュウヒョン神父様(韓国では有名な司祭だそうです)も来られていました。お会いして自己紹介しました。聖ピオ十世会司祭である、これから聖伝のミサをすると申し上げると、そうして下さいと言われました。

最後に墓地を祝福し、埋葬式を行いました。全てを天主に感謝します。

明日はソウルで朝10時からミサを行います。

愛する兄弟姉妹の皆様のお祈りを感謝します。天主様の祝福が豊かにありますように!!

トマス小野田圭志神父@携帯メールから投稿

近況報告聖ピオ十世会マニラ

2015年05月22日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

こんにちは!

聖ピオ十世会マニラの教会では、先週17名の男性が聖イグナチオの霊操による黙想会に参加しました。今週は16名の女性が霊操に参加しています(明日まで)。

黙想会の指導の途中ですが、同僚のヘラ神父様に黙想会を委ねて、葬式のために、韓国に来ています。全州に向けて移動中です。

愛する兄弟姉妹の皆様のお祈りを感謝致します。

トマス小野田圭志神父

【訃報】キンジェのベルナデッタさんの霊魂が天主様に召されました。お祈りをお願いいたします。

2015年05月21日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 たった今、連絡を受けたのですが、韓国のキンジェというところに住むベルナデッタさんが、お亡くなりになりました。彼女の霊魂の安息のためにお祈り下さい。R.I.P.

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

自然の美しさ、創造の御業、感謝、ルイ・シュヴァーツベルク Louie Schwartzberg

2015年05月19日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

 愛する兄弟姉妹の皆様、

 この動画を紹介されたとき、これを見て自然の美しさに改めて感動しました。
 このような美しい自然も、全ては天国の永遠の生命への手段、道具、これをよく使って、天主を愛するよすがとするように私たちに与えられました。天主様に感謝!
Louie Schwartzberg: Nature. Beauty. Gratitude.




天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

聖ピオ十世会ボホル巡礼 SSPX BOHOL PILGRIMAGE

2015年04月21日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

如何お過ごしでしょうか?

こちらフィリピンでは、先週、例年のボホル巡礼がありました。

三日間かけて、タグビラランからカルメンまで歩きます。今回は、820名が登録して(登録料は1000ペソです)、参加しました。

たくさんのロザリオを唱え、歩き、聖歌を歌いました。

司祭は11名、また全てのブラザーたちとシスターたちとが参加しました。

このお恵みを天主さまに感謝します。

巡礼により、ブログの更新が遅れてしまいましたことを、ご了承ください。

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!!

トマス小野田圭志神父

私たちの主イエズス・キリストの御復活のお喜びを申し上げます。

2015年04月06日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

主イエズス・キリストは、まことによみがえり給えり!
私たちの主イエズス・キリストの死者から復活され給えり!





天の元后、慶び給え アレルヤ!
御身に宿り給いし者は。アレルヤ!
宣える如くよみがえり給えり。アレルヤ!
われらのために天主に祈り給え。アレルヤ!
童貞マリア、慶び喜悦し給え。アレルヤ!
主まことによみがえり給いたればなり。アレルヤ

私たちの主イエズス・キリストは、初めであり、終わりです。私たちの主は、道であり、命であり、真理であり、復活です。

イエズス・キリストは、人間として、永遠の生命に入った初子であり、永遠の生命の根源です。私たちに救いを与える源であり、私たちの永遠の命の根源であり、模範です。

イエズス・キリストは、私たちのために、御受難と十字架の死によって、栄光ある復活を勝ち取りました。

十字架のいけにえを通して、私たちの主は罪に対する勝利を勝ち取り、御復活をもって死に対する勝利を得ました。

イエズス・キリストの真の友は、十字架の友です。謙遜、従順、柔和をもって十字架を担い、イエズス・キリストに従う者です。

十字架の友は、全てに超えて主を愛し、その愛の限度は、限度なく愛することです。

十字架の友は、天主を究極の目的として愛します、天主を無条件に愛します。力を尽くし、心を尽くし、精神を尽くして愛します。天主を信じすぎることもあり得ないし、天主に希望しすぎることもあり得ないし、天主を信じすぎることもあり得ません。

 私たちの主はこう言われました。「あなたたちは、私を愛するなら、私の掟を守るだろう。...私を愛する人は、父にも愛され、私もその人を愛して、自分をあらわす。」
「私を愛する人は私の言葉を守る。また父もその人を愛される。そして私たちはその人のところに行って、そこに住む。」
「私はあなたたちに平安をのこし、私の平安を与える。...父が私を愛しておられるように、私はあなたたちを愛した。私の愛にとどまれ。」
「私が愛したように、あなたたちがたがいに愛しあうこと、これが私の掟である。」(聖ヨハネによる福音14章、15章より)

私たちは、天へと向かう巡礼者です。この地上は永遠に留まる場所ではありません。この地上は過ぎ去る場所です。十字架の友は、天国への巡礼者は、つねに永遠の慶びへと向かっていなければなりません。

イエズス・キリストという無限の宝を胸に秘めつつ、天主の聖寵にいつも助けられて、天国への歩むのです。

天主を愛するという北極星をひたすらに目指して、この大海原の航路一途に、永遠の安全な港にたどり着くまでです。たとえ、私たちの主が、嵐の海に休んでおられように見えようとも、主に信頼して、進むのです。

この地上で、タボルの山頂にテントを作ってそこで幸せに過ごすのではなく、イエズス・キリストと共にカルワリオに登ること、十字架を宝のように見なすこと、この地上での生活が逐謫の追放の身であるから、十字架の友は、苦しみのうちに愛に生きる身であることを自覚することです。

主の受けたあざけりを黙想し、主の聖名を永遠に愛しましょう。私たちは、イエズス・キリストの受ける侮辱を償い、御顔の汚れをぬぐい、罪人らのために罪の赦しを、ただこいねがいます。復活の主を最初に見たマグダラをまね、私たちも主の御足に愛の口づけをし、愛の香油を主に捧げましょう。

この世を愛する人々は、この地上のことに究極の目的を置きます。ですから、この世の人々は、十字架の敵として生きています。十字架を愛する私たちを見て、愚かなことだ、時間の無駄だ、と軽蔑します。それよりもこの地上に楽園を建設することを夢見ています。

愛する兄弟姉妹の皆様、この聖なる復活の夜に、私たちの主の聖寵を求めましょう。私たちがイエズス・キリストに忠実でありますように、私たちの主の御教えに忠実であり、私たちの主への愛に忠実でありますように。

復活のロウソクの火からともされ、私たちがついに、愛の炎に焼き尽くされ、私たちの主と共の復活を目指して、愛に死すことができますように。この世から離脱し、いつも主を愛し、主への愛に生き続けますように。そして、私たちの本当の報いである私たちの主を、至福直感によって見える日まで、主への愛に生きることができますように。

多くの霊魂が私たちの主を知り、愛することが出来るお恵みを祈りましょう。

幼きイエズスの聖テレジアの詩(Vivre d'amour)から:


愛の主は、秘密を明かす。「愛すとは、主のみことばを、守る者なり。」
「愛ゆえに、また聖父も聖子と共に来て、愛し給いて、慈しむなり。」
「合い共に住処を定め、聖父と聖子は、平和をのこし、恵みを与ゆ。」

愛に生く、主の御言葉を守り時、三位は我に留まり給う。
愛に生く、我を愛してホスチアに隠れ留まる御身のために。
愛に生く、御身と共に、十字架を宝の如く担い苦しむ。

愛に生く、この世に生きるその間、御身のために愛に生きたい。
愛に生く、報い求めず惜しみなく、主の聖心に全て与える。
愛に生く、過ぎし過ち、罪、とがは、主の愛の火に焼き尽くされて。

愛に生く、無限の宝、胸に秘め、いつも恵みに助けられつつ。
愛に生く、慶び平和まき散らし、隣り人らに、主を見いだして。
「愛に生く」、帆に書かれたる合い言葉、愛の星へと航路一途に。

愛に生く、嵐の海に休む主よ、眠り続けよ!主に信頼す。
愛に生く、御身をまみゆその日には、信仰は失せ、希望は消える。

愛に生く、天使らよりも司祭らが愛に燃ゆるを祈り求める。
愛に生く、主の教会が栄ゆため、いけにえとして我を捧げる。

愛に生く、御顔をぬぐい、罪人の罪の赦しを、ただこいねがう。
愛に生く、主のあざけりを思いつつ、我、主の聖名をとわに愛さん。

愛に生く、香油を捧ぐマグダラをまねて御足に口づけをせん。
愛に生く、御顔に捧ぐ、わが香油、それはわが愛、主にのみ捧ぐ。

愛に生く、この世は叫ぶ、さげすみて「愚かなことよ、時間の無駄だ」と。
愛に生く、なんと豊かな損失か!ついに歌わん「我、愛に死す!」

愛に死す、焼き尽くしませ、愛の火よ、わが夢に見るは愛に死すこと。
愛に死す、主こそ報いよ、わが希望、主を見る日まで、我、愛に生く。

Vivre d’amour


Au soir d’Amour, parlant sans parabole
Jésus disait : "Si quelqu’un veut m’aimer
Toute sa vie qu’il garde ma Parole
Mon Père et moi viendrons le visiter.
Et de son cœur faisant notre demeure
Venant à lui, nous l’aimerons toujours !…
Rempli de paix, nous voulons qu’il demeure
En notre Amour !…"

Vivre d’Amour, c’est te garder Toi-Même
Verbe incréé, Parole de mon Dieu,
Ah ! tu le sais, Divin Jésus, je t’aime
L’Esprit d’Amour m’embrase de son feu
C’est en t’aimant que j’attire le Père
Mon faible cœur le garde sans retour.
O Trinité ! vous êtes Prisonnière
De mon Amour !…

Vivre d’Amour, c’est vivre de ta vie,
Roi glorieux, délice des élus.
Tu vis pour moi, caché dans une hostie
Je veux pour toi me cacher,ô Jésus !
A des amants, il faut la solitude
Un cœur à cœur qui dure nuit et jour
Ton seul regard fait ma béatitude
Je vis d’Amour !…

Vivre d’Amour, ce n’est pas sur la terre
Fixer sa tente au sommet du Thabor.
Avec Jésus, c’est gravir le Calvaire,
C’est regarder la Croix comme un trésor !…
Au Ciel je dois vivre de jouissance
Alors l’épreuve aura fui pour toujours
Mais exilée je veux dans la souffrance
Vivre d’Amour.

Vivre d’Amour, c’est donner sans mesure
Sans réclamer de salaire ici-bas
Ah ! sans compter je donne étant bien sûre
Que lorsqu’on aime, on ne calcule pas !…
Au Cœur Divin, débordant de tendresse
J’ai tout donné… légèrement je cours
Je n’ai plus rien que ma seule richesse
Vivre d’Amour.

Vivre d’Amour, c’est bannir toute crainte
Tout souvenir des fautes du passé.
De mes péchés je ne vois nulle empreinte,
En un instant l’amour a tout brûlé…..
Flamme divine, ô très douce Fournaise !
En ton foyer je fixe mon séjour
C’est en tes feux que je chante à mon aise :
« Je vis d’Amour !… »

Vivre d’Amour, c’est garder en soi-même
Un grand trésor en un vase mortel
Mon Bien-Aimé, ma faiblesse est extrême
Ah je suis loin d’être un ange du ciel !…
Mais si je tombe à chaque heure qui passe
Me relevant tu viens à mon secours,
A chaque instant tu me donnes ta grâce
Je vis d’Amour.

Vivre d’Amour, c’est naviguer sans cesse
Semant la paix, la joie dans tous les cœurs
Pilote Aimé, la Charité me presse
Car je te vois dans les âmes mes soeurs
La Charité voilà ma seule étoile
A sa clarté je vogue sans détour
J’ai ma devise écrite sur ma voile :
« Vivre d’Amour. »

Vivre d’Amour, lorsque Jésus sommeille
C’est le repos sur les flots orageux
Oh ! ne crains pas, Seigneur, que je t’éveille
J’attends en paix le rivage des cieux…
La Foi bientôt déchirera son voile
Mon Espérance est de te voir un jour
La Charité enfle et pousse ma voile
Je vis d’Amour !…

Vivre d’Amour, c’est, ô mon Divin Maître
Te supplier de répandre tes Feux
En l’âme sainte et sacrée de ton Prêtre
Qu’il soit plus pur qu’un séraphin des cieux !…
Ah ! glorifie ton Eglise Immortelle
A mes soupirs, Jésus ne sois pas sourd
Moi son enfant, je m’immole pour elle
Je vis d’Amour.

Vivre d’Amour, c’est essuyer ta Face
C’est obtenir des pécheurs le pardon
O Dieu d’Amour ! qu’ils rentrent dans ta grâce
Et qu’à jamais ils bénissent ton Nom….
Jusqu’à mon cœur retentit le blasphème
Pour l’effacer, je veux chanter toujours :
"Ton Nom Sacré, je l’adore et je l’Aime
Je vis d’Amour !…"

Vivre d’Amour, c’est imiter Marie,
Baignant de pleurs, de parfums précieux,
Tes pieds divins, qu’elle baise ravie
Les essuyant avec ses longs cheveux…
Puis se levant, elle brise le vase
Ton Doux Visage elle embaume à son tour.
Moi, le parfum dont j’embaume ta Face
C’est mon Amour !…

« Vivre d’Amour, quelle étrange folie ! »
Me dit le monde, " Ah ! cessez de chanter,
Ne perdez pas vos parfums, votre vie,
Utilement sachez les employer !…"
T’aimer, Jésus, quelle perte féconde !…
Tous mes parfums sont à toi sans retour,
Je veux chanter en sortant de ce monde :
« Je meurs d’Amour ! »

Mourir d’Amour, c’est un bien doux martyre
Et c’est celui que je voudrais souffrir.
O Chérubins ! accordez votre lyre,
Car je le sens, mon exil va finir !…
Flamme d’Amour, consume-moi sans trêve
Vie d’un instant, ton fardeau m’est bien lourd !
Divin Jésus, réalise mon rêve :
Mourir d’Amour !…

Mourir d’Amour, voilà mon espérance
Quand je verrai se briser mes liens
Mon Dieu sera ma Grande Récompense
Je ne veux point posséder d’autres biens.
De son Amour je veux être embrasée
Je veux Le voir, m’unir à Lui toujours
Voilà mon Ciel… voilà ma destinée :
Vivre d’Amour !!!…


TO LIVE OF LOVE


The eve His life of love drew near its end,
Thus Jesus spoke: "Whoever loveth Me,
And keeps My word as Mine own faithful friend,
My Father, then and I his guests will be;
Within his heart will make Our dwelling above.
Our palace home, true type of heaven above.
There, filled with peace, We will that he shall rest,
With us, in love.

Incarnate Word! Thou Word of God alone!
To live of love, 'tis to abide with Thee.
Thou knowest I love Thee, Jesus Christ, my Own!
Thy Spirit's fire of love enkindleth me.
By loving Thee, I draw the Father here
Down to my heart, to stay with me always.
Blest Trinity! Thou art my prisoner dear,
Of love, to-day.

To live of love, 'tis by Thy life to live,
O glorious King, my chosen, sole Delight!
Hid in the Host, how often Thou dost give
Thyself to those who seek Thy radiant light.
Then hid shall be my life, unmarked, unknown,
That I may have Thee heart to heart with me;
For loving souls desire to be alone,
With love, and Thee!

To live of love, 'tis not to fix one's tent
On Tabor's height and there with Thee remain.
'Tis to climb Calvary with strength nigh spent,
And count Thy heavy cross our truest gain.
In heaven, my life a life of joy shall be,
The heavy cross shall then be gone for aye.
Here upon earth, in suffering with Thee,
Love! let me stay.

To live of love, 'tis without stint to give,
An never count the cost, nor ask reward;
So, counting not the cost, I long to live
And show my dauntless love for Thee, dear Lord!
O Heart Divine, o'erflowing with tenderness,
How swift I run, who all to Thee has given!
Naught but Thy love I need, my life to bless.
That love is heaven!

To live of love, it is to know no fear;
No memory of past faults can I recall;
No imprint of my sins remaineth here;
The fire of Love divine effaces all.
O sacred flames! O furnace of delight!
I sing my safe sweet happiness to prove.
In these mild fires I dwell by day, by night.
I live of love!

To live of love, 'tis in my heart to guard
A mighty treasure in a fragile vase.
Weak, weak, am I, O well beloved Lord!
Nor have I yet an angel's perfect grace.
But, if I fall each hour that hurries by,
Thou com'st to me from Thy bright home above,
And, raising me, dost give me strength to cry:
I live of love!

To live of love it is to sail afar
And bring both peace and joy where'er I be.
0 Pilot blest! love is my guiding star;
In every soul I meet, Thyself I see.
Safe sail I on, through wind or rain or ice;
Love urges me, love conquers every gale.
High on my mast behold is my device:
"By love I sail!"

To live of love, it is when Jesus sleeps
To sleep near Him, though stormy waves beat nigh.
Deem not I shall awake Him! On these deeps
Peace reigns, like that the Blessed know on high.
To Hope, the voyage seems one little day;
Faith's hand shall soon the veil between remove;
'Tis Charity that swells my sail always.
I live of love!

To live of love, 0 Master dearest, best!
It is to beg Thee light Thy holiest fires
Within the soul of each anointed priest,
Till he shall feel the Seraphim's desires;
It is to beg Thee guard Thy Church, 0 Christ!
For this I plead with Thee by night, by day;
And give myself, in sacrifice unpriced,
With love always!

To live of love, it is to dry Thy tears,
To seek for pardon for each sinful soul,
To strive to save all men from doubts and fears,
And bring them home to Thy benign control.
Comes to my ear sin's wild and blasphemous roar;
So, to efface each day, that burning shame,
I cry: " 0 Jesus Christ! I Thee adore.
I love Thy Name!"

To live of love, 'tis Mary's part to share,
To bathe with tears and odorous perfume
Thy holy feet, to wipe them with my hair,
To kiss them; then still loftier lot assume,
To rise, and by Thy side to take my place,
And pour my ointments on Thy holy head.
But with no balsams I embalm Thy Face!
'Tis love, instead!

"To live of love, what foolishness she sings!"
So cries the world. "Renounce such idle joy!
Waste not thy perfumes on such trivial things.
In useful arts thy talents now employ!"
To love Thee, Jesus! Ah, this loss is gain;
For all my perfumes no reward seek I.
Quitting the world, I sing in death's sweet pain:
Of love I die!

To die of love, O martyrdom most blest!
For this I long, this is my heart's desire;
My exile ends; I soon will be at rest.
Ye Cherubim, lend, lend to me your lyre!
O dart of Seraphim, O flame of love,
Consume me wholly; hear my ardent cry!
Jesu, make real my dream! Come Holy Dove!
Of love I die!

To die of love, behold my life's long hope!
God is my one exceeding great reward.
He of my wishes forms the end and scope;
Him only do I seek; my dearest Lord.
With passionate love for Him my heart is riven.
O may He quickly come! He draweth nigh!
Behold my destiny, behold my heaven,
OF LOVE TO DIE.


復活のミサ聖祭を大阪で執行して下さったレネー神父様に感謝します。

よき復活節をお過ごし下さい!

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)







《罪なく宿り給いし聖マリアよ、御身に寄り頼み奉る我らのために祈り給え。また、御身に寄り頼まぬ全ての人々のため、ことに、フリーメーソンのため、また、御身に依頼された人々のために、祈り給え。》

「わが天主よ、私は御身を信じ、礼拝し、御身に希望し、御身を愛します!御身を信じない人々、礼拝しない人々、御身に希望しない人々、御身を愛さない人々全てのために、赦しを乞い求めます。」

「至聖なる三位一体、聖父と聖子と聖霊よ、私は御身を深く礼拝いたします。私は、世界中のすべての御聖櫃の中にましまし給うイエズス・キリストのいとも尊き御体、御血、御霊魂、神性を、天主御自身が犯されている侮辱、冒涜、無関心を償うために、御身にお捧げいたします。イエズスの至聖なる聖心とマリアの汚れなき御心の無限の功徳により、私はあわれな罪人の回心を御身に願います。」

ああ、イエズスよ、われらの罪を赦し給え。われらを地獄の火より守り給え。また、すべての霊魂、殊に最も必要としている霊魂を、天国に導き給え。

「聖マリアの甘美なる御心よ、ロシア、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、そして全世界の救いとなり給え。」

「ああ聖マリアよ、御身の清き汚れなき御宿りによりて、ロシア、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、そして全世界の回心を得させ給え。」


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사랑하올 형제 자매 여러분,
성비오10세회(SSPX)
웹 사이트를 소개합니다.
SSPX KOREA


毎年恒例の聖ピオ十世会公式秋田巡礼にご参加希望の方々は、聖ピオ十世会日本 秋田巡礼 SSPXJAPAN PILGRIMAGE TO AKITAなどを通してお申し込みください。

私たちの主イエズス・キリストの御復活

2015年04月05日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、私たちの主イエズス・キリストの御復活のお慶びを申し上げます。

今日の午後には、大阪で聖伝のミサがあります。

天主様の祝福が豊かにありますように!!

トマス小野田圭志神父

聖伝のミサによる御受難の黙想 「ミサの聖なる黙想」 聖ピオ十世会

2015年03月28日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 明日はいよいよ枝の主日です。東京では聖伝の典礼(聖伝のミサ)による枝の主日のミサが行われます。時間は10時半からです。

 聖週間として、主の御受難の黙想のためにも、「ミサの聖なる黙想」を、ご紹介いたします。日本語の訳が字幕として増えているので、内容の理解も深まると思います。どうぞご覧下さい!



 よき聖週間をお過ごし下さい!

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

「わが天主よ、私は御身を信じ、礼拝し、御身に希望し、御身を愛します!御身を信じない人々、礼拝しない人々、御身に希望しない人々、御身を愛さない人々全てのために、赦しを乞い求めます。」

「至聖なる三位一体、聖父と聖子と聖霊よ、私は御身を深く礼拝いたします。私は、世界中のすべての御聖櫃の中にましまし給うイエズス・キリストのいとも尊き御体、御血、御霊魂、神性を、天主御自身が犯されている侮辱、冒涜、無関心を償うために、御身にお捧げいたします。イエズスの至聖なる聖心とマリアの汚れなき御心の無限の功徳により、私はあわれな罪人の回心を御身に願います。」

ああ、イエズスよ、われらの罪を赦し給え。われらを地獄の火より守り給え。また、すべての霊魂、殊に最も必要としている霊魂を、天国に導き給え。

「聖マリアの甘美なる御心よ、ロシア、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、そして全世界の救いとなり給え。」

「ああ聖マリアよ、御身の清き汚れなき御宿りによりて、ロシア、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、そして全世界の回心を得させ給え。」


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聖ピオ十世会 日本 聖伝のミサ 【トリエント・ミサ】 レネー神父様のミサ聖祭の報告

2015年03月17日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 昨日と今日、レネー神父様が大阪で聖伝のミサを捧げて下さいました。御ミサの報告をご紹介いたします。

 レネー神父様のお説教は、後ほど、掲載いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
3月15日(四旬節第四主日)には、15人の方々が、
  16日(月)には7人の方々が御ミサに与るお恵みを頂きました。
 デオ・グラチアス!!

両日とも素晴らしいお説教を聞くことが出来ました。御ミサの後の食事の時には、「お説教が身にしみた」とか「そーいうー意味だったのかー」とか、カトリック信徒らしい会話がはずみました。
これらの素晴らしいお説教をもっと沢山の方々に聞いていただけたらなと思います。

16日の御ミサの後、 レネー神父様は出国される前に愛する姉妹のご家族のお見舞いに病院へ行かれ、病者の祝福をして下さいました。愛する姉妹のご家族の病気の快復と洗礼の御恵みをお祈りいたします。






《罪なく宿り給いし聖マリアよ、御身に寄り頼み奉る我らのために祈り給え。また、御身に寄り頼まぬ全ての人々のため、ことに、フリーメーソンのため、また、御身に依頼された人々のために、祈り給え。》


幼きイエズスの聖テレジアの最後の言葉「祈りと犠牲とを持ってだけ、私たちは教会のためになることが出来ます。...カルメルでは、私たちは霊魂を買い取るために偽のコインを偽造してはなりません。綺麗な言葉を書いたり受け取ったりすることは、しばしば偽造貨幣を交換するだけでしかありません。」

シスター・ルチア「神父様、この世を救う手段は2つあります。祈りと犠牲です。」


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ラ・サレットの聖母「私はあなた方に、六日間の労働の日を与え、七日目は私に取って置いた」 四旬節の黙想

2015年02月19日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 昨日の2月18日は、灰の水曜日でした。「人間よ、おまえは塵であって塵に戻ることを覚えよ。」
 天主は、私たちに真理を教えてくれます。私たちを幻想から目覚めさせてくれます。
 私たちはどれほど多く「この地上に永遠にいる」という幻想を抱いてこの地上のことだけに専念し、「この地上に楽園を作ろう、永遠のすみかを作ろう」とうつろな望みを抱いていることでしょうか!
「人間よ、おまえは塵であって塵に戻ることを覚えよ。」

 私たちは、ついには塵に戻らなければならない塵に過ぎないことを、どれほどすっかりと忘れていることでしょうか!
 永遠の天国に行くためにこの世につかの間の生を受けていること、私たちに必要なことはただ一つ、つまり私たちの救霊であること、真の天主に嘉する唯一の宗教であるカトリックの教えのことを、私たちははっきりと覚えなければなりません。

 ラ・サレットの聖母マリア様はこう言われます。
「もし、私の民が従おうとしないなら、私は御子の手がなさるがままにせざるを得なくなります。その手はもう私が支えることができないほど、ずっしりと重いのです。」
 「私はあなた方のためにずっと苦しんでいます!御子があなた方をお見捨てにならないようにと私が望む限り、私は絶えずそう祈らなくてはなりません。ところがあなた方と言えば、そんな事におかまいなしです。あなた方がこれから祈っても、行動しても、私があなた方のために負った苦しみを決して償えないでしょう。」
 「私はあなた方に、六日間の労働の日を与え、七日目は私に取って置いたのに、誰も私にそれを承知したがりません。それが御子の腕をこんなにも重くしているのです。・・・」

 カナの婚宴では、マリア様のお言葉を通して、イエズス・キリストは6つの石がめに水を入れることを命じました。

 マリア様は、ラ・サレットで「私はあなた方に、六日間の労働の日を与えた」そして、最後の「七日目」はご自分のためにとっておいた、と言われるとき、もちろん主日を聖化することをお望みであると同時に、私たちの6つの自分の聖化のための努力をお望みであること、そして本当に私たちが自己聖化するのは、最後のマリア様の思いのままに取っておかれていると言われているようにも聞こえます。

 では、この40日間の四旬節を聖なる時期として過ごすことが出来るように聖母の汚れなき御心に取り次ぎを願いましょう。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)





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【報告】2015年2月15日五旬節の主日 聖ピオ十世会 大阪での聖伝のミサ レネー神父様

2015年02月16日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 昨日の2月15日にはレネー神父様が大阪で聖伝のミサを捧げて下さいました。次のようなご報告を戴いたのでご紹介いたします。
レネー神父様には深く感謝します。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

2月は御ミサのご報告です。
15日 五旬節の主日には、20人の方が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオ グラチアス!

お説教は、
現代社会は、天主を拒絶し、天主の権利を拒絶しているが、私達はマリアの子になること、サタンとその国を拒絶し、キリストの愛の国を選んだのであるから、天主の敵との大いなる戦いに参加しなければならず、この戦いには主イエズス・キリストの恩寵が必要で、これを得る為には第一に祈りと黙想、第二に遷善の決心、第三に苦行である。
これらをマリア様のマントの中で祈りと信頼を持っておこなえば、謙遜に、主イエズス・キリストに忠実であることが出来る。という内容でした。

御ミサの後には、たくさんの御影や聖アルフォンソの『聖母の鎖』、新しく買い替えた車の祝別をお願い致しました。
食事の時に、神父様への信徒の方からのお土産のお菓子を『四旬節前に、四旬節前に、』といいながら皆に配って下さいました。
四旬節に向けて、良い決心を立て、天主様の御助けによってそれを実行し、良い御復活の準備をしたいと思います。

《罪なく宿り給いし聖マリアよ、御身に寄り頼み奉る我らのために祈り給え。また、御身に寄り頼まぬ全ての人々のため、ことに、フリーメーソンのため、また、御身に依頼された人々のために、祈り給え。》

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ルター派から改宗した ステン・サンドマルク神父様(聖ピオ十世会司祭)とのインタビュー

2015年02月07日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 今から9年前に、パリのサン・ニコラ・ドュ・シャルドネ教会でルター派牧師がカトリック教会に帰正しました。

 皆様も覚えておられるかもしれません。

 【記事】パリのサン・ニコラ・ドュ・シャルドネ教会でルター派牧師がカトリック教会に帰正する

 【記事】2006年7月30日に、カトリックへの帰正式を行ったシュティン・サンマーク師の紹介

 ステン・サンドマルク師ですが、その後、2010年にドイツのツァイツコーフェンの神学校で叙階されカトリック司祭となりました。

 そして次のようなインタビューをなさっていますので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。

 天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)






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コルベ神父様のお言葉がそのまま本に 『無原罪聖母のお導きのままに』 聖ピオ十世会出版

2015年01月08日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 コルベ神父様のお言葉を、テーマごとにまとめて編集した本が聖ピオ十世会アメリカ管区のアンジェルス・プレスから出版されました。Let Yourself Be Led by the Immaculate (無原罪聖母のお導きのままに) です。



 その日本語訳を愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。

 天主様の祝福が豊かにありますように!

 トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

「無原罪聖母のお導きのままに」

はじめに


 聖マキシミリアノ・コルベの生涯と教えについて多くの優れた本が書かれている。が、残念なことに、イタリア語やボーランド語を知らない英語圏の人々が、聖コルベ自身が語ったままの言葉に触れるのは簡単ではない。これは大変遺憾なことだ。なぜなら、これらの言葉の数々には深遠な単純さと、聖霊だけが与えることのできる力があるからである。さらには、聖人による膨大な量の個人的著作物と、間違いなく聖人のものであると確認が取れている講話の記録がある。それらは文書として配布されており、最も手厳しい評論家たち──特に聖人の著作に関心のある人々──の真偽のほどの批判要求にも耐えうるもので、あらゆる方面からの保証を得ている。Cristoforo Zambelli 神父による不朽の名著「コルベ神父著作集(Scritti Kolbiani)」では、マキシミリアノ・コルベ神父の著作の全集がみごとなイタリア語に訳されており、聖人の論文、手紙、そして聖人が保存しておいた新聞記事、黙想やその他の出来事についての個人的メモさえもその中に含まれている。[1]

[1] マキシミリアノ・コルベ著作集(Rome: Editrice Nazionale M.I., 1997)[Scritti di Massimiliano Kolbe (Rome: Editrice Nazionale M.I., 1997).]のこと。以下、SKと省略し、ナンバーをふってある。コルベ神父のあらゆる種類の著作物を確認するため、この本の中で使用されるナンバーに一致している。[Section sourcesは読みやすさを考慮して、巻末の注に書かれている]

 同じく、聖コルベが、ポーランドと日本で修道士たちに行った霊的講話に関する、修道士たちが書き留めておいたメモの収集物も存在する。[2]これは聖コルベの数々の言葉の小さな選集が集められたこの膨大な宝の数々に、英語圏の人々がすぐに手に取ることができるようにするためである。

[2] Konferencje Swietego Maksymiliana Marii Kolbego (Niepokalanów: Wydwnictwo OO. Franciszkanów, 1990). この著作に関しては、霊的講話の番号に続く頭文字のKとだけ記された人物によって触れられている。批評家たちは普通、これらのメモの信憑性の確実さを疑うが、たとえそのメモの数々が常に完全でなく、時として正確ではないかもしれないということが確かだとしても、すぐれた努力と入念な配慮で用意されていることは間違いない。たとえそれが聖コルベの言葉によるものではない事柄だとしても。メモの数々は軽視されてはならない聖コルベの教えの、計り知れないほど貴重な源をそのままに保っている。このメモは、聖人の最も身近な弟子たちへの個人的教えの貴重な証言だからである。




この映画のダビングのために日本語訳を作り、録音してくださった声優の方々や、字幕を作ってくださった方々、すべての関係者の方々に感謝します。


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私たちの主イエズス・キリストの御降誕のお喜びを申し上げます。

2014年12月25日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
Alma Redemptoris Mater, peccatorum miserere!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 私たちの主イエズス・キリストの御降誕のお喜びを申し上げます。

 全宇宙の創造主が人間となって、私たちのうちにお生まれになりました。数万光年の巨大な銀河を創り、星座を定め、植物と動物の世界を統治している全知全能永遠の天主が、人間となって今から2000年前にお生まれになりました。

 その昔、イザヤを通して天主はこう預言されました。"Deus ipse veniet et salvabit vos. tunc aperientur oculi caecorum et aures surdorum patebunt." (35章)天主自身が来られ、おまえたちを救いたもうだろう。その時、盲目らの目は開け、耳の聞けない者らの耳は開くだろう。死と地獄とに打ち勝つ天主が、天国の門を開くためにお生まれになりました。

 ベトレヘムの寒村に、「静けき真夜中」にお生まれになり、天主の御一人子、人間となった永遠の天主の御言葉は、み母の胸にやすらかに眠っておられます。まき場の夜空高くに、天主のみつかいのうた声がひびきます。天のいと高きところに天主に栄光あれ!と。天使たちは、牧場にいる羊飼いたちに、よき便り告げ、光にみちて天のみ使いらは、喜びあふれてほめ歌うたいます。天のいと高きところに天主に栄光あれ!地には善意の人々に平安あれ!と。み告げ受けて、羊かいは、群れ打ちおきて人間となった天主を礼拝しようと道をいそぎます。

 聖母マリアと聖ヨゼフとの後、ベトレヘムの羊飼いたちが、人となった天主を最初に礼拝する特権を受けます。そしてベトレヘム(その意味は「パンの家」)という地も、御聖体を制定すべく生まれた贖い主によって祝福されます。ベトレヘムの旅籠屋には救い主を受け入れる場所がありませんでした。しかし、ベトレヘムの羊飼いたちは違いました。

 ベトレヘムに天主がお生まれになって200年後、ユダヤ人が追い出され、異教徒らが入り込み、キリスト教は禁止され迫害を受けていましたが、オリゲネスは、ベトレヘムにはイエズス・キリストが生まれた洞窟が生まれた場所があること、信仰に反対する敵でさえキリスト者らが礼拝するイエズス・キリストが生まれた場所であることを認めていることを書き記しています。(ケルスス反駁1章51)339年には、聖ヘレナがベトレヘムに聖誕の教会を献堂し完成します。

 638年、イスラムによる占領により、ベトレヘムはイスラムの支配下に入ります。イスラムは聖地を500年支配し、キリスト者は迫害を受け、残念ながら多くは背教しました。ナザレトでさえもキリスト者がほぼいなくなり、さらに1009年に起きた迫害によって、聖地の至聖所はことごとく破壊されますが、ベトレヘムの聖誕のだけは奇跡的に免れました。第一次十字軍が到着したとき、キリスト教の町として留まったベトレヘムのキリスト者たちはこの解放者を大歓迎します。ベトレヘムは、20世紀まで人口の大部分がキリスト者としてとどまり、2014年のクリスマスもキリスト教の町として人となった天主を迎えています。最初の羊飼いたちの礼拝者と、最初の幼子の殉教者たちの後継者として。

 私たちもベトレヘムの洞窟を訪問しに行きましょう。ベトレヘムには、私たちが感嘆しなければならないものがあります。私たちが愛さなければならないものがあります。私たちがまねしなければならないものがあります。

 はい、ベトレヘムの洞窟には、私たちが感嘆しなければならないものがあります。天主が、馬小屋で眠っておられる! 天主が藁の上に寝ておられる! 天のいと高きところに玉座を持つ天主が、拒絶されて、貧しい羊飼いたちと動物らと友におられる!

 はい、ベトレヘムには、私たちが愛さなければならないものがあります。最高の善、無限の善である天主がそこにおられます。まずしい赤子として生まれることを選んだ天主が、そこにまします。恐るべき天主ではなく愛すべき天主として。

 ベトレヘムには、私たちがまねしなければならないものがあります。天の主、創造主、王の王が、私たちにその模範を持って教えておられます。「私は柔和で心の謙遜な者であるから、私に倣え」と。

 ベトレヘムの愛すべき幼きイエズス・キリストを礼拝し、お愛ししましょう。そして、イエズス・キリストを愛するが故に、私たちの隣人を愛しましょう。

 ベトレヘムの馬小屋に行きましょう! まぐさ桶で寒さに震え、私たちのために泣き、凍えておられる贖い主イエズス・キリストに感謝しましょう。私たちの主イエズス・キリストは、私たちに赦しを与えるために、私たちを待っておられます。さあ、すぐに、今すぐ、ベトレヘムに行きましょう。赦しを得るために。イエズス・キリストが私たちのために持っている計り知れない愛をいつも考えましょう。

 幼子が私たちのために生まれました。救い主が私たちのために生まれました。さあ、ベトレヘムに行って、天主なる幼子を礼拝しましょう。私たちも、私たちの受ける十字架と寒さと苦しみをイエズス・キリストのために捧げましょう。

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

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聖ピオ十世会ケニアにおける、イエズスとマリアの宣教修道女たちの着衣式と誓願式

2014年12月20日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
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愛する兄弟姉妹の皆様、

 「ケニアの宣教修道女たちの着衣式と誓願式」についての記事をご紹介します。

原文はこちら

Taking of the habit and religious profession for the Missionary Sisters in Kenya
ケニアの宣教修道女たちの着衣式と誓願式


二〇一四年十二月五日

「御身の浄配になるとは、おお、イエズスよ、御身との契りによりて霊魂らの母になること」(幼きイエズスの聖テレジア)




 十一月二十一日──それは聖マリアの神殿奉献の祝日です。

 すでにして清らかなマリアを、神殿へ奉献するために導く聖ヨアキムと聖アンナのことを思い巡らすのは一つの喜びです。幼きマリアの心のうちには、天主よりの贈り物がすべてそろっていました。そしてこの最初の公の奉献は、いささかのひるみもなく、お告げの際のフィアットと十字架のみ足元へと続く、最初の一歩となったのです。
 私たちの創立者であるフェレー司教様は、この美しい祝日を私たちの儀式の日として選んで下さいました。こうして、昨日、二人の姉妹の着衣式と、一人の姉妹の初誓願に立ち会う喜びを得ました。ニクラス・フルーガー神父様がこの儀式を司式してくださり、私たちの毎年の黙想のために説教をしてくださるドミニク・ブルモー(Dominique Bourmaud)神父様、そして修道院付き司祭であるライナー・ベッヒャー(Rainer Becher)神父様が、同席してくださいました。

 二人のナイジェリア人志願者たちは、世間との分離を表す修道服、そして新しい人間になるために自分自身との分離を表す修道名を受け取りました。これこそまことに人生の新たなスタートであり、これに続く禁域である修練院での二年間は、天主なる子羊との永遠の契りのために私たちの霊魂を準備するためです。




 スイス人の修練女は初誓願を立てました。これは単純で、偉大な瞬間です。聖櫃は、一つの新たな霊魂を彼へと引き寄せるため、十字架上のイエズスの聖心のように開かれており、修練女は三年間の清貧、貞潔、従順の誓願を立てます。彼女はこの契りを封印する指輪を受け取ります。

 私たちの住む地域での天気はというと──儀式に先立って行われた黙想会の週は、雨季の始まりでした。儀式はどしゃぶりの中で行われるのではないかと心配していました。しかし、太陽の光が空を、そして私たちの心を照らし出してくれました。

 私たちは、奉献修道女たちに感謝します。とりわけ、修練院での毎日の修道生活のために、私たちを養成してくださっている院長様に感謝します。私たちの恩人の皆さまに、私たちのために祈ってくださっている方々に感謝します。み摂理のうちに私たちの小さな修道院を見守り、アフリカでの道のりをご自分へと導いてくださる天主様に感謝致します。

 マリア様の両親が神殿でマリア様をお捧げになったこの日、マリア様を満たされた自己奉献という同じ精神を、私たちの心のために童貞なるマリア様が勝ち得てくださいますように。デオ・グラツィアス!

 イエズスとマリアの一宣教修道女より
(source: sspx – DICI no.306 dated Dec. 5, 2014)


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