tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

ストロベリーショートケイクス

2008-04-12 21:33:17 | cinema

ストロベリーショートケーキ。職場での誕生会で、職場の女の子がいろんな種類のケーキを買って来た中で、ぼくにはいつもストロベリーショートケーキだった。フロマージュ・ブルベリーとかショコラとか、人気のケーキから無くなって、いつも、イチゴの赤がキレイなストロベリーショートケーキは最後まで売れずに残っていた。だから、いつもストロベリーショートケーキ。
ぼくの一番好きなケーキだ。
このケーキの思い出は、家族と暮らしていた頃に戻る。高校生の頃は、自分のこづかいじゃケーキなどを買う気がしなかったし。学校帰りに買えるのは、今川焼きがせいぜい。だから、中学生以降、食べた記憶ない。職場での誕生会を除いて・・・・・・。
そして、誰かと一緒にショートケーキと言ったら、やっぱり、家族とかな。

塔子も、久しぶりの田舎で、ちひろと一緒に食べようとしたのは、松月堂のショートケーキだった。
「結局、誕生日に食べてなかったからね」
塔子もちひろも、島村松月堂のケーキが好きなのだろうけど、きっと田舎の高校生の頃は、ぼくと同じように家族と一緒に食べていたんだろうな。
塔子は、夢破れて田舎に帰るちひろを、母親のような気持ちで見ていたのだろう。でも本当は、塔子は過食症でプライドが高く、ルームメートのちひろが男に媚びへつらっているのを嫌悪していたんだ。
彼女は確かに、「BLUE」の時代に見せた人との交わりから進化した。それは、東京で若い女性が一人で生きてきた種々の経験が、彼女にもたらしたものなのだろう。群れるのではなく、いつでも帰れる存在。大人への脱皮。

里子からプレゼントされた神様の石を、秋代は海に投げ捨てる。神様なんかいらないと。彼女はこの先、5階以上の高さの一人用マンションを購入し、ボケそうになったら飛降り自殺することに決めている。だから、神様なんていらない。

過食症イラストレーターとか片想いデリヘル嬢とか極端すぎるキャラの設定だが、登場する4人それぞれが抱えてるものは誰でも持ってるものだ。だから、心に刺さって来る。そして、エンドクレジットで、溜め込んでたものをちょっぴり吐き出す彼女たちを観て、少しだけ救われる思いがする。
希望は売り切れじゃない。
やがて4人は海へ向かい、低い空を見上げる。遠くには大きな観覧車。この映画を観て、元気になった女性は多いだろう。

ストロベリーショートケーキ。アメリカでは"cake"に卑猥な意味の隠語があるという。一緒にDVDを見たアメリカの友達が教えてくれた。
「この映画のぼろぼろこぼれる"cake"達は、所詮、世の中の最悪という言葉に対する想像力に欠如してるんじゃね」
「違うぞ、彼女たち・・・・・・」
ぼくは、何故かムキになって、若い女性たちをかばっていた。海の向こうの人には、英語の字幕があっても彼女たちが抱いている絶望的な閉塞感はわからない。ぼくらが、常に死を想定して生きていること。ショートケーキを食べたくても、一緒に食べてくれる相手もいないこと。結局、ショートケーキを口にしたのは塔子だけ。

アメリカのショートケーキ は、スコーンのようなビスケットが土台。母親の味だ。日本のショートケーキは、”Strawberries and Cream Cake” かもしれない。


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