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tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

5月の「昭和の味@モダン食堂」

2014-05-11 13:43:53 | old good things
今月のメニューは、「素人に出来る珍しい料理十二ケ月(東京料理献立研究会 昭和12年刊)」の中の一品、「ブロルイルド、ベネガービーフ」。

・・・何のこと?と思ったが、「ブロイルド・ビネガービーフ」だった。
ブロイルは直火で焦げ目を付けるような焼き方。
牛の肩やわき腹肉などかなり繊維質で硬い部位を、マリネした上でグリルしたロンドン・ブロイルをお手本にした料理。

硬い部位なので色んな味付けはあるにしろ、薄くスライスした牛肉をマリネ液に漬けて肉を柔らかくして食べるのが基本のようだ。
マリネに使うのが「ベネガー(ビネガー)」、」シェリー酒、サラダオイルなど。
「マリネに漬けたあと汁気を切って、よく熱した金網の上で、焦げ付かぬように注意して両面を焼く」のがレシピに書かれてある料理方法。

んで、お味は・・・硬い。
ちょっとやそっとじゃ噛み切れないような、しっかりとした歯ごたえ。
かなり繊維質なので、ナイフで切るのも一苦労。
そういえば、昔の肉って総じて硬かったような。皿の上で、ナイフとフォークを使って格闘してた。

昭和の頃は、口にするすべてのものが相応に固かった。
なので、あごの筋肉が発達して、四角い顔が日本人の主流を占めていた・・・のかも。
やがて固い肉が嫌われて、ビーフステーキ(Beefsteak)といえば霜降りが当たり前に。
調理方法も進化して、硬い牛もトロトロのシチューやカレーに。。
料理が軟弱になったのか、進化したのか。今はわからない。


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富岡八幡宮骨董市

2014-04-20 23:35:14 | old good things

 
 

北大路魯山人(明治16(1880)年・~昭和34(1959)年)
美食家、陶芸家、画家、書家、篆刻家、他。美に対する総合プロデューサー。
漫画「美味しんぼ」海原雄山のモデルとなった人だ。

「私の持って生まれた美食道楽がおのずと限りなき欲望を生み、美しく楽しめる食器を要求する。即ち、料理の着物を、料理の風情を美しくあれと祈る。美人に良い衣装を着せてみたい心と変わりはない。この料理の美衣をもって風情を添えることは、他人はどうであろうと、私にはかけがいのない楽しみである」(by 魯山人)

自分の美観に合わないと考えたものは例え相手が世界的に有名な人物などであっても例外なく、容赦なく罵倒し、批判した彼。
その奔放さと歯に衣着せぬ物言いが災いし、人と衝突することが多かった。だが、自分以外を全て否定していたというわけではない。
自分が良いと認めた古陶磁を集め、それらを眺めることで陶磁の中に宿る普遍性の美を学びとったといわれる。
魯山人の器は料理を盛り付けられることを前提として作られており、料理を盛り付けた時に料理との調和と美しさを発揮する。

実際に生活の中で用いることを前提とした「生きた美しさ」。
なんて、古い陶器に囲まれると目移りしてしょうがない。しばらくは、がまんだ。

「要は名器を見て学ぶ態度を修行の第一としなくてはならぬ。これが私の作陶態度であることは言うまでもない」(by 魯山人)


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4月の「昭和の味@モダン食堂」

2014-04-17 22:02:21 | old good things

 

今月のメニューは、「素人に出来る珍しい料理十二ケ月(東京料理献立研究会 昭和12年刊)」の中の一品、「チキンソテー・オブ・インデアン」だそうだ。

たぶん「インド風の・・・」といいたいのだろうけど、ひな鳥の柔らかな肉は胡椒で味付けしてある。
なので「インデアン」は添えられているライス型で型どられたカレー味のご飯を言っているのだろう。
たしかに、この時代、意味不明の英語がまかり通っていた。
それでもなんとなく、言いたいことは伝わってた。これも昭和の味。

「にわとりは皮ごとやわらかく食えるものにかぎる」とは、北大路魯山人の「料理メモ」。
昭和の時代、ご馳走といえば、ローストチキンが主役だった。
当時、一般家庭にはオーブンレンジなどどこにもなかったので、スーパーで売られていた丸ごとローストチキン。
脚に「紙飾り(マンシェット(manchette))」が飾られ、しょうゆ味のあんかけ風グレービーソースがかかっていた。
丸ごとだと脚が2本しかないから、一家4人の家庭では、いつしか丸ごとではなく、脚だけの「骨付きローストチキン」に変わって行った。
そしてご飯。
カレー味のピラフも昭和の味。いまでは、古い喫茶店のメニューでも、なかなかお目にかかれない。
アルミ製のライス型で型どられていれば、もう涙ものだ。
・・・ご飯を皿に盛るための工夫だったんだろうね。洋風に見せるための無駄な苦心だったけど、それも愛の証だったんだろう。


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わらび餅

2014-04-16 22:23:36 | old good things

 

ジム帰りのスーパーは危険だ。売れ残りのスイーツの安売りなどを見かけると、ついつい買ってしまう。

さて、山菜の中でも昔から親しまれているワラビ。春の山菜の王者だ。
父の生前、春先に連れられて、母の作ったお弁当を持って雪解けのスキー場にわらび採りに行ったことがある。
普通の原っぱに生える青ワラビと、ササ藪などに生えるワラビ「紫ワラビ」採り。
ワラビの若芽は小さな握りこぶしが数個ついたような形をしているので、すぐに見分けることができる。
凶作の年にワラビの根を堀り、つきくだいてデンプン を採り食料とした話は、近くの地方に伝わる悲しい逸話だ。

ゲレンデの雪はすっかりとけて、薹が立ったふきのとうがいくつも顔をのぞかせていた。
ワラビはたいていかたまって生えている。一つ見つけると、すぐに両手いっぱいになるほど採れた。
ゲレンデの近くで採れるワラビは小さいものばかりだが、 ヤブの中は見つけづらい分、いくぶん大きなものが生えていた。

・・・春の訪れを告げる風物詩だったよね。ワラビ採り。
採ったワラビは母親がアク抜きしておひたしに。2~3cmに切ったものを、そのまましょうゆで食べる。
けっして美味しいものじゃなかったけど、独特の春の味がした。わが家の味だ。

葛餅と同じで、きっとわらび餅も、ジャガイモなどからとったデンプンが使われているのだろう。
なので、安売りのわらび餅は透き通っている。これはこれで綺麗で良い。
本物の蕨由来のワラビ粉は目が飛び出るほど高いのだから。。。

さて、なつかしいわらび餅。梅の花が咲くなつかしい昭和時代の皿でいただきますか。


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昭和の味?@「モダン食堂」

2014-04-04 23:11:39 | old good things

 

深川東京モダン館は、昭和7(1932)年に建築された東京市深川食堂が元になっている。
おりしも第一次世界大戦直後の物価騰貴の時代。
こうした公営食堂は米騒動を直接の動機として全国都市に続々発生した。
東京府、東京市直接による公営食堂は、大正9(1920)年4月に牛込区神楽坂に市の施設として「神楽坂食堂」が開始されたのをはじめに、大正12(1923)年3月に神田食堂ができ、関東大震災を経て翌13年に九段食堂、そして昭和7(1932)年の深川食堂と続く。
これらの公営食堂は、座席にして合計1877席。
公営食堂は、昭和12(1937)年に廃止となるが、深川食堂についてはその後も深川栄養食配給所などと名称を変え、安く食事を提供する場として存続。第二次大戦後は、東京都立内職補導所、江東区の福祉作業所などに活用されてきた。
まあ、言ってみれば昭和初期のモダンな建物ということ。

この深川東京モダン館で、月に一度、「モダン食堂」が開催される。
この日のメニューは、トマトスープに始まり、豚肉の丸煮と牛蒡のマヨネーズ和え。デザートは焼きりんごだった。

・・・豚肉の丸煮って??今風のヘルシーな「モダンな味」だ。
ぼくが育った昭和の時代は牛肉・豚肉はまだ高く、肉やの隣の魚屋でクジラ肉が一盛りいくらで売られていた。
クジラは肉が硬く臭みがあるので、生姜を沢山すりおろした醤油に漬けて焼いて食べるのが定番だった。
クジラって、今では高くてとてもとても手が出ない。


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