彦四郎の中国生活

中国滞在記

ヴォーリズ建築を巡る❻神の執事として―全国に残るヴォーリズ設計建築、大阪大丸・関西学院大学など

2020-07-27 12:29:24 | 滞在記

 大阪の心斎橋にある「大阪大丸(心斎橋大丸)」。ヴォーリズが1933年に設計し建築された当時の絵ハガキに残されている。今、心斎橋大丸に行ってみるとヴォーリズの設計部分はそのままの形で残され、上部や背後に新しい階や建物がある。とても印象的で美しい建物だ。外観1・2階部分のテラコッタのさまざまな紋様などの意匠もすばらしいなあと眺める。

 内部はほとんど改装されていて当時の面影はあまりないが、裏の入り口付近のステンドガラスの意匠が残されている。

 ヴォーリズは1945年の第二次世界大戦の終戦までの40年間あまりだけでも約1500もの建物を設計している。実に1か月間に2つの設計ペースとなる。1905年(明治38年)に初めて来日。最初誰一人として知り合いのなかったこの日本の国で、その後、彼は多くの協力者を得て、多岐にわたる活動を行った。最初は高校の英語教師として、そして2年間あまりの後の馘首。その後、建材やオルガンの輸入、メンソレタームの販売などを行った「近江セールズ」の創立。

 私立として日本初の結核療養所であり、疎外されていた結核患者を救い続けた「近江療養院」の開設。小さな保育施設から始まり、幼稚園から高等学校までに及ぶ教育活動。ほかにも、図書館の運営、出版など多くの文化事業を行い、建築においては住宅から学校、教会、デパートメントやホテル、オフィースまで幅広く手がけた。それら近江兄弟社やヴォーリズ学園、ヴォーリズ建築設計事務所などは、ヴォーリズ来日115年目を迎えた今日でも、多岐にわたった彼の活動は死後もその灯を絶やすことなく、脈々と発展しながら事業が受け継がれている。

 現在、一粒社ヴォーリズ建築事務所のホームぺージには以下のような文章があった。—神の執事として―

 「ヴォーリズの設計・建築活動は彼の伝道を伝える経済基盤として始まりましたが、彼独特のクリスチャン・マインドによって率いられた建築事務所が生み出した建築物は、温かい人柄が香り、その魅力は長い年月を経た今も多くの人の心を捉えて離しません。

 その作風は、人を驚かせるかのような建築家の自己主張をよしとせず、建築依頼者の求めに相応しい様式を選択し、その応用と近代的な改善を施すことに努め、住み心地の良い、健康を護るに良い、能率的建物を目指しました。私ども一粒社ヴォーリズ建築事務所は、大阪・東京・福岡に事務所を置き、全所員がヴォーリズの思いを受け継ぎ、彼がつくり続けた温かみのある空間を創造するべく、今日も建築活動を行ってまいります。」

 

 今は、新型コロナウイルス感染拡大の問題でヴォーリズが設計した大学のキャンパス構内への立ち入りができない状況の大学も多い。7月中旬には構内への立ち入り禁止が解除される予定だった兵庫県西宮市にある関西学院大学や神戸女学院大学のキャンパスもそうだ。関西学院大学が今の西宮・上ヶ原キャンパスに移転した時の第4代目学長とヴォーリスはともにアメリカ人で、海外伝道の親しい仲間でもあった。

 このため、1929年の新キャンパスの建物群の当時の設計のほとんどの建物をヴォーリズが行った。大学の講義内容はヴォーリズの親友が担い、建物はヴォーリスが担った。これが関西学院大学の歴史の一端だった。今、日本で最も美しいキャンパスの一つとなっている。

◆―以下の建物群は、私がまだ行ったことのないヴォーリズ建築だが‥―

 この関西学院大学からほど近い神戸女学院大学。女子教育の関西のメッカの一つとして創立された。ここの建物の多くも1933年、ヴォーリズの設計による。

 森の中のキャンパスはとても美しいようだが、今は残念ながら2つの大学ともにキャンパスに入ってその建物群を見ることがしばらくかなわない。

 大阪に「大同生命ビル」がある。ここの建物も元の建物はヴォーリズが設計したものだった。(上記右端の写真の建物・1925年)      1993年にヴォーリズ設計事務所によって建て替えられたので、現在の建物はヴォーリズ自身の設計ではない。

 NHK朝ドラ「朝が来た」の主人公モデルとなった廣岡浅子。彼女の娘(千代=本名:留子)の婿が一柳恵三で、その妹の一柳満喜子がヴォーリズの妻となった。一柳恵三は、元 播州小野藩の大名だった一柳子爵の次男。彼が実質的に廣岡浅子の事業を引き継いだ。大同生命も創立している。

 大阪にある富久邸。まるで日本家屋の建物だがヴォーリズの設計。家屋内部はかなり洋風も取り入れられている建築。1907年に首となった近江八幡にある八幡商業高等学校。その本館の設計を依頼されたのはヴォーリズだった。1938年に設計し、1940年に完成している。

 東京の三鷹市にある国際基督教大学キャンパス。ここの本館建物などの建築群はヴォーリズ建築(1954年~58年)。どことなく、滋賀県の旧豊郷小学校校舎群と似通ってもいる。

 東京の「山の上ホテル」の白亜の建物。1937年のヴォーリズの設計。アール・デコ調のクラッシックな内外装が。

   韓国の名門私立大学「梨花女子大学」本館などの建築群。1935年のヴォーリズ設計。 

   ヴォーリズが設計した学校の建物群としては、他に九州の西南学院大学、西南女学院、静岡英和女学院、滋賀県土山小学校、東京の東洋英和女学院、滋賀大学陵水会館、函館市の遺愛学院、慶応大学YMCA会館、静岡市立森下小学校、大阪医科大学(高槻市)、神奈川県の明治学院大学などがあるようだ。

   関西では神戸などにもヴォーリズ建築がけっこうあるようだ。全国で1500近くもある彼の設計した建築のその一部を見たこの6月上旬からの2カ月間だった。

 

 

 


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