彦四郎の中国生活

中国滞在記

国民国家と帝国原理国家、混沌とせめぎ合う今—10の書籍や雑誌、新聞記事から今を学ぶ

2022-07-04 06:03:21 | 滞在記

 ロシアによるウクライナ侵攻(侵略)が始まった2月24日。このウクライナへの全面侵攻から4カ月以上が経過した現在、この戦争の行方はまだまだ見通しがたたず、1年以上、またはそれ以上に長期化する公算も大きくなってきている。

 6月下旬に京都の丸善書店に久しぶりに行ってみたら、「ロシア、ウクライナ、プーチン、侵攻問題」などに関するさまざまなジャンルの書籍が百冊余り並べ置かれた特別コーナーが新設されていた。まあ、壮観な書棚の光景。書店の意気込みを感じる。

 5月上旬に「ロシアによるウクライナ侵攻問題」に関するブログ記事を書いて以来、2カ月ぶりのこの問題に関する記事となる。5月上旬以降、この問題に関する書籍や雑誌、インターネットや新聞、テレビ報道などを見続けてきた。この中で、書籍や雑誌では以下のものを購読し読んだ。それらの内容を少し紹介する。

 ❶『News week』5月24日号。「歴史で読み解くロシア(超)入門」と題して特集している号だ。「ウクライナ侵攻で見せた不可解なほどの権威主義—政治・軍事・文化を貫くロシアの本質を歴史から理解する」と銘うった特集号。

 ①「ロシアはなぜ"苦難のロシア"なのか」、②「意外な苦戦には理由がある」、③「プーチンがなぞる皇帝の道」④「大地が育んだ民族の自画像」、⑤「"脱ロシア"の乱が旧ソ連諸国で始まった」、⑥「データで読み解く大国ロシアの強さと弱さ」などの記事が掲載されていた。特に、①の「ロシアはなぜ"苦難のロシア"なのか」は、ロシアの歴史を俯瞰することができ、ロシアという国の本質を歴史的に知ることができる、なかなか優れたA4版の8ページだった。

 ❷『ロシア・ソ連の(超)怖い話』6月29日(KK・ダイアプレス発行)。この雑誌は数日前にコンビニの書棚に置かれていた。「実録怪談歴史ミステリー」と銘うった三文雑誌だが、それなりに、ロシア帝国・ソビエト連邦・ロシアという国の歴史における"負の真実"の歴史など30余りの記事が書かれていて、ロシアの歴史の一面を知るうえでは力作の雑誌の一つとも言える。 (※「現代に蘇った雷帝、ウラジミール・プーチンとは」、「自国民を殺し続けた独裁者スターリンによる農民弾圧と大粛清」、「ロシア史上最悪の暴君"雷帝"イヴァン4世」、「ウクライナ侵攻を支持するロシア正教の実態」、「江戸時代より日本領土を虎視眈々と狙っていた!」、「シベリアに抑留された日本人女性捕虜たち」など30余りの記事。)

 ❸『第三次世界大戦はもう始まっている』―米国は"支援"することでウクライナを"破壊"している―エマニエル・トッド著(文春新書)。この本の裏表紙に次の一文が書かれている。「第三次世界大戦はもう始まっている。本来、簡単に避けられたウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく、米国とNATOにある。事実上、米露の軍事衝突が始まり、"世界大戦化してしまった以上、戦争は容易には終わらず、露経済よりも西側経済の脆さが露呈してくるだろう。」  

 ■このエマニエル・トッドの「責任はプーチンではなく、米国とNATOにある」という見解に関して、私は同調しない。だが、この書籍で、ソビエト連邦崩壊後の米国の対ロシア戦略(ロシアを民主主義陣営に迎えることをヨーロッパ諸国は歓迎したが、米国は拒否的だった。その理由は、米国軍需産業の繁栄を保障するために、米国にとって常に敵対国・警戒国が必要で、それをロシアに求めたからだという事実)には、納得させられるものがある。

 ❹—世界の賢人12人が見た—『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社α新書)

 5月中旬すぎに発売されたこの著作は、第一章<この戦争が意味するもの>①「ロシアの侵略を許せば世界中の独裁者がプーチンを真似るだろう」ユヴァル・ノア・ハラリ、②「プーチンはウクライナ戦争で何を目論んでいるのか」ニーアル・ファガ―ソン、③「ウクライナ戦争による米露対立は、全人類への死刑宣告になる」ノーム・チョムスキー●世界のコラム「世界の軍需産業は、ウクライナ戦争でこれほど莫大な富を得ている」 そして第二章<プーチンとは何者なのか>、第3章<いま私たちに求められているもの>、第四章<この戦争の行方を読む>と続く。

 ■この12人の世界の賢者とも呼ばれている人たちの論考は、それなりの程度の参考にはなったが、「ウクライナの未来 プーチンの運命」という書名にあるような"未来"や"運命"については、とても参考になるほど論考しているものはなかった。ロシアのウクライナ侵攻問題と世界の未来についての考察の、誰にとってもの難しさを感じる。①のハラリの論考には共感を覚えた。

 ❺『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』―軍冷経熱—狂気のプーチン、笑う習近平—遠藤誉著(PHP新書)

 中国共産党政権研究の第一人者・遠藤誉氏の4月下旬に発売された著書。裏表紙には次の一文が。「習近平はプーチンのウクライナ軍事侵攻には反対だ。なぜなら攻撃の口実がウクライナにいる少数民族(ロシア人)の虐待で、その独立を認めたからだ。これは中国のウイグルなどの少数民族の独立を認めることに相当し賛同できない。

 しかし、アメリカから制裁を受けている国同士として経済的には協力していく。これを筆者は[軍冷経熱]という言葉で表している。ロシアが豊富なエネルギー資源を持っていることも[経熱]の理由だ。ロシアがSWIFT制裁を受けていることをチャンスと捉え、習近平は人民元による脱ドル経済圏を形成しようとしている。中国はEUともウクライナとも仲良くしていたい。」

 「ウクライナは本来、中立を目指していた。それを崩したのは2009年当時のバイデン副大統領だ。"ウクライナがNATOに加盟すれば、アメリカは強くウクライナを支持する"と甘い罠をしかけ、一方では狂気のプーチンに"ウクライナが戦争になっても米軍は介入しない"と告げて、軍事攻撃に誘いこんだ。第二次世界大戦後のアメリカの戦争ビジネスの正体を正視しない限り、人類は永遠に戦争から逃れることはできない。」

■「軍冷経熱」の論考は、その通りだろう。この著書が発売されて2カ月間を経過した今、ウクライナ戦線は膠着状況になり、中露を中心としたブロックと欧米を中心としたブロックの2陣営に世界は向いつつある。中国の対ロシア戦略がかなりわかる著作でもあった。バイデン大統領とロシア・ウクライナ戦争のかかわりも事実として正視しなければならないのだろう。

 ❻『文藝春秋』6月号(6月1日発売)—「日米同盟VS中露北朝鮮」特集号。「誰のための戦争か?」、軍事、安全保障、東アジア情勢の専門家が徹底討論。(山下裕貴[自衛隊元陸将]・阿南友亮[東北大学教授]・小泉悠[東京大学専任講師]・古川勝久[国連安全保障理事会元委員])の四氏による討論を掲載。第一章「ウクライナ戦争で笑うのは誰か」、第二章「日本列島が戦場になる日—緊急シュミレーション、その時日本は?」(①中国が台湾・尖閣侵略、②北朝鮮 核ミサイルが着弾、③ロシアが北海道に侵攻)。第三章「欧州の"平和ボケ"から日本は学べ」。

 そして、「プーチン殿の7人」(名越健郎[拓殖大学教授])の論考、「この戦争の勝者は中国だ」(J・ミアシャイマー[シカゴ大学教授])の論考、「ウクライナ残酷な物語」(黒川祐次[元駐ウクライナ大使]の論考、「戦国武将のハイブリッド戦争」(今村翔吾[作家])の論考、「ウクライナ義勇兵を考えた私」(砂川文次[作家])の論考が掲載されていた。

■今回のロシアによるウクライナ侵攻に対する欧米日などの経済制裁。ロシアは日本を敵対国と表明、ロシア・中国の軍艦や飛行機が日本列島周囲で共同訓練を増加させている現状。現在、日本で行われている参議院選挙の争点の一つが、この状況に対する安全保障問題だ。憲法改正、軍事費増額などを巡る問題は、一筋縄ではいかないが、現状を正視する必要は欠かせない。「日本のとるべき道とは」。

 ❼—現代の知の巨人7人が緊急提言『ウクライナ危機後の世界』(宝島新書)

  7月上旬のつい最近発売された著書。5月中旬に発売された『ウクライナの未来 プーチンの運命』よりも、7人の論考は「世界の近未来」についての考察が深められている感がした。本書の裏表紙には、「ロシアによるウクライナ侵攻は、"プーチンの戦争"と言われるように、プーチンという独裁者の歴史観に依る部分が大きい。プーチンはなぜ今、ウクライナに侵攻したのか。この戦争はどんな結末を迎えるのか。そして、戦争後の世界にはどんな光景が広がっているのか。現代の知性7人に問うた。」

 ①「プーチン勝利で訪れる戦慄のディストピア」(ユヴァル・ノア・ハラリ)、②「"プーチンの戦争"の本質は[永遠の政治]と[帝国主義]」(ティモシー・スナイダー)、③「脱グローバリゼーションで世界経済は"ブロック化"される」(ポール・クルーグマン)、④「"世界の平和"はロシアが民主化されない限り訪れない」(ジャック・アタリ)、⑤「核武装ではなく米軍の駐留が"核の傘"を確実なものにする」(ジョセフ・ナイ)、⑥「この戦争は衰退する民主主義の存亡を賭けた戦いである」(ラリー・ダイヤモンド)、⑦「ロシアには触れてほしくない"隠された真実"がある」(エリオット・ビギンズ)

■この7人の論考は、どれも「これからの世界」を考える上でとても参考になるものだった。特に②③④⑥は。世界経済は、この戦争を引き金に、急速にブロック化に動きつつあるのだろう。

 ❽『ロシアについて―北方の原形』司馬遼太郎著(文春文庫)

 20年ほど前に読んだ『ロシアについて―北方の原形』を読み直してみた。今、書店でも再版され置かれている。司馬遼太郎が1989年に書いたものだ。次の一文がある。「‥‥このようにして、ロシア世界は、西方からみれば、二重にも三重にも特異な世界たらざるをえなかったことを、ロシアというものの原風景として考えておく必要があるのではないでしょうか。外敵を異様におそれるだけでなく、病的な外国への猜疑心、そして潜在的な征服欲、また火器への異常信仰、それらすべてがキプチャップ汗国の支配と被支配の文化遺伝だと思えなくはないのです。‥」(※「キプチャップ王国」とは、モンゴル帝国の一つ。260年余りにわたってロシアを支配した。「タタールのくびき」ともよばれ、現代ロシアでもバレエの演目の一つとして上演されている。私は、ロシア・サンクトペテルブルグ市のマリンスキー劇場でこの演目を観た。)

■「ロシアについて」、その歴史からロシアという国について、ロシア民族について書かれた名著の一つかと思う。政治・経済・文化、あらゆる側面から、歴史的にロシアについて語っている。

 ❾7月1日付朝日新聞掲載、「"普遍的価値"を問い直す—国民国家と帝国原理 混沌とせめぎ合う今 己の矜持が試される―国を守るとは 何を守ることなのか」と題された見出し記事。

■この記事を執筆したのは、佐伯啓思氏(1949年生まれ。京都大学名誉教授)。佐伯氏は、たまに朝日新聞に論考を書いているが、洞察が深く、哲学的・歴史的に現代の世界をあぶりだす。掲載記事の題名にあるように、国民国家と帝国原理国家との対立(「民主主義国家と全体主義国家[又は権威主義国家]」の対立と表現する場合が多いが)、その対立を巡る「普遍的価値」が改めて問い直されている時代に入っている感はある。

 つまり、昨年末に中国の習近平国家主席が、「中国には中国の民主主義がある」と世界内外に表明したように、「民主」「自由」「法治」の概念・実態が欧米日などの「民主主義国家」と「全体主義国家」とではまるで違うのだ。(中国国家の"核心的価値観"として12の項目がある。「民主・自由・法治」もその核心的価値のうちの3つ。だが、それらは全て、中国共産党が認める範囲での価値観である。つまり、人民(国民)主権ではなく、中国共産党主権。全ては中国共産党指導部がその是非を判断するものだと、中国の憲法に明記もされている。)

 福沢諭吉は『学問のすゝめ』の冒頭に、「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」と述べているが、中国共産党一党支配下70周年を経てきた中国では、「天は人の上に中国共産党を造り 中国共産党の下に人を造る」というのが、「民主・自由・法治」の要点だ。「前衛思想」というイデオロギーであり、常に大局的な見地から大衆の前面にたち、「人民(国民)」を導く存在が中国共産党であるという考え方。この考え方が、国民を大局的に正しい方向に導けて、人々の幸福につながるのだという国家テーゼだ。

 ❿7月4日付朝日新聞掲載、「ロシア 形だけの民主主義—メディア・選挙を無力化 固めた独裁」の見出し記事もなかなか優れた論考。執筆しているのは朝日新聞論説委員のの駒木明義氏。「ロシアの国民の多くは、自国が始めた戦争やその被害への責任を感じていない」「プーチン大統領は20年余りをかけて民主主義を形骸化させ、独裁体制を固めた」「一昨年の憲法改正は、ウクライナ侵攻に向けた準備を整える意味を持っていた」と。

 「‥政治への当事者意識を失った人々は今、戦争への責任を感じていないと同時に、自分たちの力で止められるとも思っていないように見える。」と、記事は結ぶ。

 

 

 

 

 

 


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