彦四郎の中国生活

中国滞在記

中国が戦狼外交をとることとなった外交官たちの言動の理由が容易にわかる北京大学王緝思教授の注目論文

2020-07-07 14:28:37 | 滞在記

 何に対してももう顔色をうかがわず遠慮しないと「戦狼外交」を本格化させた中国習近平政権。

 それを担い世界に発信する外交部などの政権に忠実な報道官たち。

  中国の北京大学国際関係学院(学部)の王緝思教授の論文「新型コロナウイルス流行下の米中関係」は、現在の米中関係に関する必読の論考のようだ。そこには、歴史上最悪の状況にある米中関係について、「中米両国は全面的な競争から全面的な対立に向かう」と率直に記述されているという。2020・6・2付の渡辺悦和氏のインターネット記事ではその概要を以下①~⑦は「その内容の注目点だ」として述べている。

 (※私が最近目にした王教授のインターネット記事には、他にも「这个世界上到底有没有普世価値」などがある。このテーマの記事のテーマの意味は「はたして、西欧諸国のいう"人類の普遍的価値"などというものがこの世界にあるのだろうか?」との意味。人権や自由といったような西欧由来の価値観を"そんなもんあるのか?"と疑問視する記事内容だ。)

 

①1979年以来の41年間の中米国交の歴史の中で、私たちの米国に対する不信と反感は過去に例がないほど高まっている。

②今後、中米関係における矛盾は続き、日増しに緊張が高まるだろう。妥協する余地と引き返す可能性はますます少なくなる。中米両国は全面的な競争から全面的な対立に向かい、いわゆる「トゥキディデスの罠(=既存の覇権国と新たに台頭する大国が戦争に至る)」に陥る可能性を排除することはできない。

③この趨勢(すうせい)が続くと、主要になる戦略は「新冷戦」を避けることではない。立ち向かうことだ。

④新型コロナウイルスの流行は、中米関係に大きな打撃を与えた。両国関係の悪化のスピードは加速し、政府間交渉はほとんど凍結されている。戦略の相互不信は日増しに深刻になり、国内における互いの国に対する反感は前例がないほど強い。

⑤長期間にわたっても「米国に対しては爪を隠して対応すべきだ」という考えが浸透していた。現在、この考え方は世論の主流から外れ、その代わりに「米国と真っ向から対峙し、恐れずに力を見せつけるべきだ」という意見が主流になっている。

⑥米国による反中国言動への中国政府と国民の容認度は著しく低下した。米国による攻撃を中国が容認することはもうない。中米関係の情報戦争、世論における論争、外交戦争はますます激しさを増し、今や後戻りすることが難しくなっている。

⑦米国が対中政策を大きく転換し、中国がそれを認識して戦略、考え方、具体策を変更し、競争から闘争の方向へ断固として舵(かじ)を切ったことを これらすべてが明らかにしている。米国に対する幻想を捨て去り、非常に危険な挑戦に対する備えを行い、恐れず、巧みに戦い、闘争意識を高めなければならない。

◆「ここには1980年代初頭からの鄧小平氏の中国の時代から2019年までの40年間は基本的には続いた「韜光養晦」を完全に捨てて、米国と本格的に対決する時代になったという中国の決意が満ちている。米中貿易戦争の時代は終了し、本格的な米中新冷戦の時代に入ってきていることを如実に示す論文だ。

 この論文を読むと、現在の中国の指導部層内の優勢派が、新型コロナ禍に伴う世界の空白を生かし、中国側の沖縄県尖閣諸島周辺や南シナ海、インド国境での軍事的行動、コロナ問題で世界は中国に感謝しろという"恩謝外交"姿勢、軍拡の一層の強化継続、香港に対する安全維持法の成立などの言動や動きが容易に理解できてくる。」と渡辺悦和氏は述べている。

 私もそう思った。今後、尖閣諸島に対する軍事面での動き、台湾に対する軍事的なまたはさまざまな手段での動きの加速化も予測できてくる。軍事的衝突も今後起きうる可能性はとても大きくなってきているとみた方がよいだろう。東アジア情勢を巡って日本はとてもとても難しい時代に直面することとなる。将来的には沖縄県全域や鹿児島県奄美諸島なども中国の進出にさらされることになるかもしれない。

 

 

 


中国が打ち出す対外政策、「戦狼外交」とは―どれだけ遠くにいようと、中国を侮辱する者には代償を払わせる

2020-07-07 10:25:32 | 滞在記

 中国政府内で新たな外交方針が定着しつつある。アメリカをはじめとする西欧民主主義諸国との徹底抗戦外交である。この外交方針は2020年5月に開催された全国人民代表者大会で改めて確認し、6月に入り、軍事・新型コロナウイルス問題・香港問題などのあらゆる分野でその方針を実行し始めている。

 1980年代初頭からの改革開放政策以降、鄧小平・江沢民・胡錦濤ら各中国最高指導者の中国の外交方針の基本は「韜光養晦(とうこうようかい)」(今、権力の中枢にある者に対しては 我が力を付けるまで従順を装い従い、我が権力の中枢となるべく着々と力を養う)方針だった。この言葉は日本語のことわざ「能ある鷹は爪を隠す」に通じるものがある。2012年に発足した習近平指導部になり、その外交方針は徐々に変化していく。経済力・軍事力の急速な増強に伴い、この「韜光養晦」方針を2014年頃から徐々に脱ぎ始めた。そして、2020年5月、「もはや他人の目を気にすることは永遠に過去のこととなった」と「韜光養晦」外交を完全に脱ぎ捨てた。)。これが今の中国だ。

 中国の権力構造のトップにたつ中国共産党総書記・習近平氏。中国国家主席と中国人民解放軍委員会の3権トップを兼任する。それに続く中国共産党の政治局常任委員・チャイナセブン(総書記習氏を含む) 。さらにそれに続く幹部が政治局委員25人である(チャイナセブン含む)。この25人が、中国政治・経済・外交などなどあらゆる分野を統括する。この政治体制は、習近平氏が任期を廃止し終身的なトップとして君臨することが可能となったことから、歴代の中国王朝の皇帝を頂点とする政治体制とほぼ同種のものだと考えられる。

 中国の外交分野でのトップは政治局員の楊潔チン氏。チャイナセブンの部下である。外交部部長の王毅氏はその楊氏の部下となる。外交部内の報道局の局長の華春瑩氏や副報道局長の耿爽氏などはさらに王氏の部下となる。さらにその部下に報道局員の趙立堅氏などが連なる。最近のその外交の攻撃的姿勢にふさわしく、外交部についた通称は勇ましい。ずばり「戦狼(せんろう)」だ。

 「戦狼」中国語(战狼・ジャンラング) の呼び名は今や、欧米の出版物のみならず中国の国営メディアでも広く使われている。王毅氏・華春瑩氏・耿爽氏の3人はともに刃(やいば)のような論説鋭いコメント表明を出す人として世界的にも有名だが、出場機会が激増し、最近はその3人を上回る刃で切り捨てるような"けんか腰"のコメント表明を出す人物が趙立堅報道官だ。

 全人代開催中の5月24日、王毅外交部長が北京で記者会見を行い、「我々から戦いを仕掛けたり、他国をいじめたりすることはない。しかし、我々には原則として気骨がある。意図的な侮辱があれば反論し、国家の名誉と尊厳を断固として守り、あらゆる根拠なき中傷に対して事実で反論する」と述べた。

 「戦狼外交」の呼称の意味と由来はどこにあるのか。「戦狼」は実は、中国で大ヒットしたアクション映画シリーズのタイトルだ。主人公はアメリカ映画の「ランボー」よろしく、国内外の敵から中国の国益を守る戦いに身を投じる。中国版「ランボー」とも言われている。しかし、ランボーと違うのは、一人で敵と立ち向かうのではなく、中国人民解放軍特殊部隊の多くの仲間とともにその一員としてハイテク装備で常に戦いをすることだ。その戦いのようすは常に司令部のカメラがとらえていて、状況に応じて各種指示が出される。

 2015年に公開された映画は5億4500万元(約72億円)を超える興行収入をたたき出した。続編「戦狼2」もすぐに制作され、17年に公開されると当時の中国で史上最高の興行収入を上げた。映画のキャッチコピーは「犯我中華者 虽远必誅」(「どれだけ遠くにいようと、中国を侮辱する者は誅殺され代償を支払う」)だ。

 今年の6月26日から、アメリカ映画製作の「ランボー5―完結編」の上映公開が日本でも始まった。(ぜひ見たいと思っている)  中南米を拠点とする人身売買組織にランボーの孫娘がさらわれ、その救出のためにランボーが一人で組織と戦うというストーリーだ。ランボーシリーズは全て観ているが、そのサバイバル性のある戦い方などもありとても面白い。しかし、「戦狼」はハイテク機器の駆使、単なる特殊部隊の一員として常に集団で行動する主人公の描き方など、「ランボー」のような野性的で迫力のある凄さと面白さは 私にはあまり感じられないが‥。(「戦狼」は中国のインターネット映画配信で観た)

 「戦狼」シリーズと中国外交官との比較がなされるようになったのは2019年から。もともとパキスタンの中国大使館に勤務していた趙立堅氏が、ツイッター上で米国政府に対するすざましい反論を始め、注目をされるようになったのがきっかけだ。この注目度から趙氏のキャリアは中国外交部の報道官として中国に戻され、今や中国外交部の定例記者会見を担う主要報道官3人の1人となっている。(最近のここ2〜3カ月では、最も多くメディアに露出している)  

  これにととどまらず、世界各地の中国外交官も趙氏の攻撃的な物言いやコメント表現に影響を受け追随するようになった。華春瑩報道局長なども最近では盛んにツイッターで発信を始めた。(※ツイッターやフェイスブックやラインなどは2015年頃から中国では禁止されているが、政府関係者など仕事上で必要とされれば使用は許可されている。) 在イギリスの中国大使・劉暁明氏などもツイッターを通じて中国政府に批判的な欧州の声に反論、「オオカミのいる場所には常に戦士がいる」とも書き込んでいる。

 6月6日に発表された新型コロナウイルスへの中国の行動「白書」などの国際的な批判を一蹴する内容も、この「戦狼」外交の一環だ。中国の政府系新聞「環流時報」は4月、欧米に戦いを挑む中国の「戦狼外交官」を称賛し、欧米の外交官が「ヒステリックなチンピラ外交に訴えている」現状では戦う姿勢が必要だと指摘した。

 中国の共産指導部内部では今、どこまで攻撃的な外交政策をとるべきか議論も展開され、意見の相違もあるようだが、今のところ「とうぶんオオカミたちの群れが優勢」のようだ。だが、どこまでこの状況が続くのかは将来はわからない‥。

 6月13日(土)、朝日テレビの報道番組「正義のミカタ」で、この「戦狼外交」のことが特集として取り上げられていた。コメンテーターの近藤大介氏(中国専門家)は、「逆境になれば強気になるのが習近平政権。国内では"戦狼外交"は称賛されている。」「"戦狼外交を称賛する中国国民は多いが、インテリや富裕層では"外交部ではなく絶交部、一帯一路が一退一路になってしまっているという懸念の声も」「4月予定の日本の習近平主席国賓訪日延期発表に習近平氏は激怒した」などとコメントしていた。

 中国という国はなぜこのような「戦狼外交」をもつのか。彼らの行動原理とは何なのか。このことは私にとっても世界の人々にとってもとても知りたいことだと思う。中国という国とはどんな国なのか、中国人とはどんな民族なのか。2013年から中国に赴任してずっと考え続けたことだった。そのために中国に暮らしながら中国という社会や人々のことを観察もし続け、書籍なども多く読んできた。そして、「日本概論」や「日本文化論」などの担当講義でも「日中民族比較」を取り上げてもきている。

 最近に刊行された書籍の中で、①『中国はなぜ いつも世界に 不幸をバラ撒くのか』(石平 著)徳間書店と②『中国の行動原理―国内潮流が決める国際関係』(益尾佐知子 著)中公新書は、このことを解き明かす書籍としては参考になり、一読に値する書籍だった。

 ①は「世界を蝕む中国五千年の悪弊―新型肺炎、南シナ海問題、知財パクリ‥なぜ中国は世界のトラブルメーカーなのか。歴史背景から儒教、中華思想まで 習近平政権に見る"中国の本性"を解説!」とこの書籍を紹介している。主に、儒教や中華思想からの視点から中国及び中国民族の行動原理を解き明かした内容だ。②は「民族特有の家族観、社会の秩序意識、政経分離のキメラ体制、国内の政治闘争から解明‥。—彼らのルールとは何か―中華思想でも、世界覇権への野心でもなく‥」と、この書籍を紹介している。主に、中国の政治体制や民族性を中国では特に強い家父長制の家族観から中国の行動原理を解明した書籍だ。

 ①儒教・中華思想、②の家父長的家族観だけでは、このテーマを解明することは難しいと私は思うが、かなりの参考にはなる力作書籍だった。

 (※一族の惣領たる家長の気に入られるように努力をし、息子たちは次代の中枢・家長の座を狙うという中国の歴史的・伝統的な家父長制度は、中国共産党一党支配組織の中国政治・社会を理解する上ではとても参考になった。日本でも家父長制度は歴史的にあるが、長男が家長となる場合がほとんどだった。中国では、息子たちがその機会を均等に与えられる。いわゆる息子たち間の競争がある。この日中の違いは、日本の歴史に比べて、中国の歴史の格段の厳しさにあると思う。つまり、能力に欠けるものが家長となると一族は滅んでしまうのだ。日本では能力に欠ける惣領息子でも一族は維持される安定社会だったが。)