昔に出会う旅

歴史好きの人生は、昔に出会う旅。
何気ないものに意外な歴史を見つけるのも
旅の楽しみです。 妻の油絵もご覧下さい。

北海道旅行No.1 富良野・美瑛地区の畑見物

2010年07月24日 | 北海道の旅
5月の沖縄旅行の記事を中止、北海道旅行へ変更します。

今回の北海道旅行は、7月14日から7月21日までの8日間で、以下が行程概要です。

1日目 福山市自宅~岡山空港→千歳空港~上富良野・美瑛~旭川泊
2日目 旭川~幌延~稚内~宗谷~稚内泊
3日目 稚内→利尻島→礼文島泊
4日目 礼文島→稚内泊
5日目 稚内~オホーツク海沿岸~網走泊
6日目 網走~知床~野付半島~弟子屈(屈斜路湖畔)泊
7日目 弟子屈~湖めぐり(屈斜路・摩周・阿寒・オンネトー)~士幌~帯広泊
8日目 帯広~南富良野~千歳空港→岡山空港~福山市自宅

北海道での移動はレンタカーで、千歳空港から8日間(フィット)、重複して利尻島4時間(軽四)、礼文島24時間(軽四)を借りました。

少し小雨がありましたが、概ね天気に恵まれた幸運な旅行になりました。



上富良野町「かんのファーム」の花畑で、16:30にやっと到着しました。

観光案内の写真通り、なだらかな丘陵に美しい花畑が広がり、妻は大喜びです。

自宅を9:00に出発、岡山空港11:25、千歳空港11:10から旭川市を経由して順調に到着しました。



家族連れで花畑を楽しそうに見物しています。

平日のためか、観光客もまばらで、天気にも恵まれてゆったりと見物できました。



畑のほとりにこんな警告の看板がありました。

畑の中に入ると罰金1万円!

右上の家族連れは大丈夫だったのでしょうか?



上富良野町の道を南東に進んでいると正面に高い十勝連山が見えて来ました。

高い三角の山が十勝岳でしょうか。

この一帯には黄色の麦畑、白やピンクの花が咲くジャガ芋畑、緑のとうきび畑が続いています。



富良野川に向って走っていると駐車場のある公衆トイレがあり、隣に大きな岩の上に立つ石碑がありました。

石碑には小さな文字がびっしりと刻まれ、読み取れませんでしたが、最後二行目に大正15年12月15日とあり、この石碑が作られた時期と思われます。


石碑の横にある案内板です。

案内板には「大正泥流の痕跡」とあり、その下の写真には大岩の左手には人の姿が見えます。

説明文には「記念碑の石」「大正15年5月24日、十勝岳噴火に伴う大正泥流により、運ばれてきた大礫」とあります。

妻に「大正泥流の痕跡」と伝えると、三浦綾子さんの小説「泥流地帯」にあった十勝岳の噴火で発生した泥流ではないかと言いました。

「大正泥流」とは十勝岳に積もった大量の残雪が噴火により急速に溶けて発生したもので、十勝岳の麓を泥流が襲い、死者・行方不明者144名、損壊建物372棟の深刻な被害が発生したそうです。

この石碑と、泥流で流れてきたと思われる大岩は、泥流の恐ろしさを後世に伝えるため遺されているものと思われます。

こんな厳しい歴史を忘れてしまったように美しい畑が広がる富良野・美瑛で、再び惨事が繰り返さないことを祈るばかりです。



美瑛駅の北の丘にある「北西の丘展望公園」です。

ピラミッド型の展望台からは、360度の広大な景色が見えました。

18:00頃、辺りの景色にも黄昏が近付いてきました。



「北西の丘展望公園」の景色です。

花畑には土が見えて少し殺風景ですが、周囲の美しい景色を堪能しました。



美瑛町のポプラの木、「ケンとメリーの木」です。

昔、「スカイライン」のCMで、この木の映像に流れていた「道の向こうへ 出かけようよ 今が通りすぎてゆく前に~」の歌詞は今でも懐かしく思い出します。

左の車からウェディングドレス姿の女性が道路を横切っています。

これもCMか、観光案内の写真撮影で、夕陽に映える花嫁姿をねらった写真でしょうか。



遠くの丘に「親子の木」が見えました。

丘に立つ木は、遠くから見る方が良いようです。



道路脇の畑にトラクターが動いていました。

飛行機の翼のように両側に長いパイプを広げ、農薬を散布しているのでしょうか。

はじめて見る光景です。



旭川方面に走っていると「セブンスターの木」がありました。

観光案内の写真では、広い丘の続く道端にぽつんと立つ一本のカシワの木でした。

しかし、木の横には写真では見なかった土産物店の建物や、自動販売機が並び、余りにイメージが違いました。

ここでも「ケンとメリーの木」の所で見かけたウェディングドレス姿の女性が来ていました。

妻によると、夕方の撮影は、女性の肌を美しく見せるのではと言っていました。

観光案内の写真と、余りに違うこの風景は、化粧した女性の顔と、素顔と同じ様なものだと納得した日でした。