昔に出会う旅

歴史好きの人生は、昔に出会う旅。
何気ないものに意外な歴史を見つけるのも
旅の楽しみです。 妻の油絵もご覧下さい。

比叡山「大講堂」で見た木像と、肖像画

2009年02月02日 | 近畿地方の旅
祖師御行績絵看板のある坂道を進むと左手に大講堂がありました。



朝日に輝く朱色の大講堂です。

■正面横に説明板があり、転記します。
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大講堂
第一世天台座主義真和尚の建立らよるもので、僧侶が学問研究のため論議する道場です。
ことに古来比叡山の行事で、慈恵大師以来五年毎に行われる法華大会の広学堅義は、僧侶になる登竜門として現在につづいています。
現在の建物は昭和三十一年焼失後、山麓坂本にあったものを移築したもので、堂内には叡山で研修された各宗派の御開山の尊像が、安置されています。
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大講堂の向こうに鐘楼が見えます。

鐘の下には「開運の鐘」と書かれた看板がありました。

1人1回鐘つきができるとのことで、鐘をつく場面を妻に1枚撮ってもらいました。



階段の下から見た大講堂の入口です。

とても大きな建物で、入口の高さは、人の背の3倍近くあるようです。



大講堂に入った正面の様子です。

皆さんが座って、これから始まるお坊さんの読経を待っているようです。

正面の天井の下にはお釈迦様の絵が掛けられ、周囲にも多くのお坊さんの肖像画が掛けられています。



お坊さんのお経が終わった仏壇正面の様子です。

寄付を要請する案内板が、各所に見えます。

木魚があります。

木魚は、禅宗だけと思っていました。



大講堂入口付近から、右手を見た様子です。

天台宗の高僧や、新たに宗派をおこした上人達の肖像画が並んでいました。

■大講堂の中に説明板があり、転記します。
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大講堂とご尊像
比叡山延暦寺は、延暦七年(788)に伝教大師最澄上人が山上に一乗止観院(根本中堂)を建立し、国宝的人材の養成と、鎮護国家の祈願を行う大道場としたのに始まります。
その後幾多の宗教的偉才をひらかれた祖師達が、この山で修業し、下山後は、大衆教化に専念して仏教文化の花を咲かせました。
中でも浄土宗の法然上人、浄土真宗の親鸞上人、臨済宗の栄西禅師、曹洞宗の道元禅師、日蓮宗の日蓮聖人などは、この山で命がけの修行の末、自己の信ずる道に従って一宗一派を開かれたのです。
この大講堂は延暦寺の中でも特に学問の道場として長期研鑽の総仕上げをする所であります。
諸宗の祖師達も、このお堂で血のにじむ修練をかさねられたのです。ご本尊は大日如来さま、右脇仏が弥勒菩薩左脇仏が十一面観音菩薩です。共に私達の諸願を成就して下さる尊いみ仏ですから、心から礼拝して下さい。
左右の間にはこの山で修業された、お祖師さまのお木像が夫々の宗派から泰安されております。
外陣にはお釈迦さまの十大弟子、中国、日本の高僧、比叡山修学の各宗祖師画像がかけられております。これは全日本肖像画美術協会総裁馬堀方眼善孝先生が三年の歳月をかけ精魂こめて画き上げられたものです。
比叡山が釈尊以来の正しい仏法を伝授し各宗の母山として、又現代新宗教々団とも深いご縁を持つ霊山であることがわかっていただけるでしょう。どうぞごゆっくりご拝礼下さい。
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仏壇の左右の奥に高僧の木像が並んでいました。

向って左から「日蓮聖人」、「道元禅師」、「栄西禅師」と並び、その右は「智証大師」だったと記憶しています。

延暦寺第5代座主円珍[えんちん]が「智証大師」と言われています。

彼の教えを継承した僧たちが園城寺(三井寺)を拠点とする天台宗寺門派で、叡山を拠点とする天台宗山門派と長く対立したそうです。



向って左の像は、「宗祖伝教大師(最澄)」で、隣は「聖徳太子」の像だったと思います。

聖徳太子の像は、最初に仏教を広めた人として並べられているのでしょうか。



向って左の像は、「桓武天皇」、右の像は、「高祖天台智者大師」です。

「桓武天皇」は、奈良の平城京から平安京へ遷都、勢力のあった奈良の南都六宗を牽制し、唐から伝わった天台宗や、真言宗を保護した天皇です。

「高祖天台智者大師」は、中国で天台宗を開いた智[ちぎ]大師で、「智者大師」の称号は、深く帰依していた隋の煬帝から贈られたようです。

この木像の二人は、比叡山が開山できた大恩人といったところでしょうか。



こちらの木像は、「法然上人」、「親鸞上人」、「良忍上人」と書かれています。

「良忍上人」は、融通念佛宗の開祖です。

その他、多くの高僧の像が並んでいましたが、比叡山が日本の仏教に及ぼした影響の大きさを改めて感じました。