瀬崎祐の本棚

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蹲るもの 秋山公哉 (2019/09) 書肆山田

2019-12-26 00:12:42 | 詩集
 第7詩集。101頁に24編を収める。
 大部分の作品では、現実の事象をそのままなぞるのではなく、そこから核のようなものを抽出しようとしている。事象に惹かれた根本が何であったのかを、おずおずと探るように確かめている。

 「昨日の音」は、「海の中から/ピアノの音が聞こえてくるのだという」と始まる。その音は、死者が海の底に沈んでいるピアノの鍵盤を叩いているもののようだ。死者は何を伝えたくて鍵盤を叩くのだろうか。その音が聞こえてしまう者はどうすればいいのだろうか。

   あれから六年
   ピアノの音は
   誰かの胸の中で
   響いているのだろうか

 もしかすれば海で亡くなったのかもしれない者への思いが、木霊となって話者にかえってきているようだ。次の作品「海からの風」でも、「海のそこからやって来る」あなたの合図が話者にとどく。だからいつも、「ここは/いない私で満ちている/海からの風で満ちている」のだ。美しいイメージの作品。

 「アナウンス」。ラジオからは「今夜は霧が出ています」と言う声が流れている。そんな夜に、女は時を捏ねては霧の中に投げ込み、男は乳白色の空にしがみつこうとしながら霧の中に落ちていく。それぞれの行為は非現実的でありながら、そうするしかないのだろうな納得させてしまう部分を持っている。

   女は言葉を切っていた
   包丁を振り下ろすと
   言葉が大人しく刻まれていく
   刻まれたうそを集めて女は
   霧の中に流し込んでいった

 こうして、霧の夜の女と男の寓意に満ちた情景が描写される。作品の始めと終わりにラジオからの台詞をくり返すことによって、大勢の人たちのなかの無名の男女の一情景であることが、効果的に伝わってきていた。

 「不思議な夜」という作品では、時が降り、波を立て、零れている。「人の中の時も流れ出してしまう夜」があるのだという。印象的な作品だった。
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