瀬崎祐の本棚

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詩集「一瞬の不安」 大家正志 (2024/09) 私家版

2024-08-20 22:00:02 | 詩集
71頁に17編を収める。表紙カバーには指田一の不思議な、大変に魅力的なオブジェがあしらわれている。

「不実」。むかしは「手続きだった」というおんなが登場してくる。何?と思ってしまうのだが、作品はそんな戸惑いを蹴散らすようにぐいぐいと進む。手続きなのでおんなは「丹念に読み込まれ」「薄っぺらな皮膚一枚になっ」てしまうのである。おんなは石の空洞にはまりこみ、その石はやがて(欺瞞によって)神の声が聞こえると崇められるようになってしまう。終連は、

   しかし石は
   ただの石は
   声なき無数の石の路傍の石に混ざりたいとだけ願ったのだが
   そのことを願うたびに
   石のなかのおんなはおんなであった記憶が際だちはじめるのだった

伝承なのか、法螺話なのか、とにかく痛快な独特の世界が展開されている。

他の作品でも「等高線」や「共同体」といった、本来は捉えどころのない概念のような事柄が取り上げられているのだが、語られる内容は大変に身近に感じられる。抽象概念が具体的な事物であるかのように、ときには擬人化されて語られる。手触りを感じさせながら、そこから遠いところにまで読む者を連れていってくれるのだ。

”輪郭の濃いおんな”や”投石兵”、”樽に閉じ込められた人”などもあらわれる。彼らはある意味で極端な状況におかれているのだが、それは不条理を露わにすることによって説明が困難な事柄に立ち向かおうとする方法であるのだろう。
そんな話者にはどさっとくずれてくるものがあり(「どさっ」)、なにごとかが降ってくるのだ。しかも降ってくるのは”もの”ではなく”こと”なのだからややこしい(「空から」)。

「おいっ」では、話者は冬の青空から不意に呼ばれる。「おもわず/こんにちわといってしまった」のだが、誰が、何故、ぼくを呼ぶのか?

   空のむこうでは
   かたちの不揃いな色彩がきらきらしていた
   そのなかに
   おいっ
   という文字が見えた
   それは卑怯だとおもったが
   ことばが卑怯でなかったためしはなかったからいまさらなんだともおもう

一歩間違えれば理屈っぽくなってしまうところを、巧みな話術で楽しく読ませてくれる詩集だった。
コメント
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