瀬崎祐の本棚

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詩誌「ハルハトラム」 5号 (2023/04) 東京

2023-05-09 18:27:07 | 「は行」で始まる詩誌
「春の電車」小川三郎。春という季節が電車に乗って目の前を通り過ぎていく。そして、

   まず
   私の名を呼ぶ声があり
   そして
   悲しみを歌う文句があり。
   弱った身体を引きずりながら
   私たちは電車に乗り込んだ。
   花はどんどん散っていって
   どれもすぐに済んでしまった。

人は移ろう季節のなかで彷徨ったりわめきとらしたりしているわけだが、そんなことには無頓着に「消えゆく景色」があるばかりなのだ。淡い儚さが感じられる作品。

「空を焼く」小野恵美(ペンネームを”恵矢”から変えたとのこと)。桐タンスのなかに「ここから出してくれと/口を尖らせている」母がいるのだが、わたしははだしで「いつものように仕事に行く」のだ。母への捻れた感情が冷静な風で詩われている。

   そんなウソはつけない と思ってきたけれど
   されたことばかり想い浮かべていたけれど
   空を焼いたから もういいんです
   ひとつ空を焼いたら 相手の目から見たわたしがいたんです

”空を焼く”というイメージがよく効いている。紅色の激情、しがらみの焼却などを想起させて印象的だった。

「名刺」佐峰存。名刺は自分の名前や肩書きを記録として残る形で相手に伝えるものだろう。口頭で聞いただけでは忘却もあるし、記憶違いもあるからだ。しかし、名刺は相手の何を伝えてこようとするのだろうか。

   薄切りへの一閃
   午後へと
   ひらいていく表層のなかで
   活字の氏名がくっきりと 影として
   踏み止まっていた

この作品では、一枚の名刺に載せられた相手の情報が孕む曖昧さを通して、他者と交流することにまつわる不気味さ、不可解さがあらわされていた。
コメント
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